イセカイ&ドラゴンズ   作:原田孝之

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第十話:前哨戦 中

 小隊長クナルの相手は相手の大将格と思われるレイナが向かっている。騎士ハーヴィーの相手はサキと呼ばれた夢魔であるから、残されたのは機械人形だけであった。

 

 三角に尖った頭部、脚部が蠕動する。歯車の仮回しが終わったのか、動力部の駆動力がそのまま相手の機動力に変換された。

 

 ベップは剣を構える。直後、機械人形の一体は淡い紫の槍を真正面に突き出し、一直線に突っ込んできた。背丈は軽く倍ある。巨人でもなければ真正面から拮抗することなど敵わない膂力である。

 

 それなら、剣を斜めに構えて駆けだした。それほど筋力に自信はないが、速度ならまだ可能性はあった。

 

 空は白み始めている。金剛流を学んだ実直な剣士は、冒険者あがりのようになんでもありの闘いには向いていないが、このような障害物、闇夜のない真正面からの勝負には滅法強い。

 

 残像が尾を引く槍の影をじっと眺めた。目蓋を一度開閉する。時間が淀み、世界が加速する。加速するほど時間が遅くなる感覚。意識の加速が風景を歪ませた。

 

 相手の槍を頬を掠めるほどの近距離で躱す。大上段から振り下ろした銀線が胸部装甲へ走った。

 

 一線。がきんと火花が散った。

 

(硬すぎる、なんだこれは!)

 

 金剛流伝位の真髄は一撃の重さにある。真っ向から振り下ろされる剣はまさに神速。それこそが彼の信ずる剣だったが、それが真正面から弾かれたのは驚愕に値する光景である。

 

 ベップは舌打ちしながら大きく下がった。

 

 思考停止などもっての外だ。短い逡巡のあと、広く場所を使うことを選択し、大広間の中央へ躍り出た。

 

 中央には木彫りのランドマークが設られており、周りには花壇が丁寧に整備されていた。それ以外に遮蔽物は一切ない。強いて言えば石畳のほうが踏み込みやすいが、贅沢は言ってられないだろう。ベップは走りながら弱点を探った。

 

 モノアイか、間接部か。そう思考を巡らせていると、もう一体のほうから、小柄な人影が吹き飛んできた。

 

 ベップは顔を上げた。その人影はクルクルと回転しながら地面へと着地する。唇には切った痕。相手に叩き飛ばされた証明だった。

 

 相手が畳み掛ける。追撃してきたベップの相手は、コマのように旋回した。足元が一本足になっているからか、回転軸が不変で素早い。ビグザムの周囲拡散砲のように砂塵を撒き散らしながら接近してきた。

 

 それをなんとか走って逃げると、アルバの元に近寄る。距離を取られたことを察した敵は槍を投擲。ベップは全身全霊でそれをパリィすると、態勢を立て直そうとするアルバに助力した。

 

「大丈夫かッ」

 

 アルバの手を引いて立ち上がらせる。

 

 二体の機械人形が並走しながら吶喊してきた。戦車隊のような姿である。後背が家の壁となったベップは、アルバを突き飛ばすとその反動で反対側に流れる。異様な唸り声をあげて迫り来る槍をなんとかかわすと、ガラガラ崩れる壁の瓦礫が残った。

 

 家の瓦礫の影に潜む二体の機械人形。ベップは横並びになった。

 

「いけるか」

 

「……問題ない」

 

 アルバは短く言うと剣を静かに納刀した。気を溜めている、のだろうか。目を閉じて、深い思考の海に沈んでいる。

 

 しゃらん、と鈴の音を聞いた気がした。

 

「……行く」

 

 小さな体躯が空を駆けた。背中に翼が生えたような、軽やかな舞である。士官学校の制服だが、ベップにはどこかの民族の巫女が踊っているように見えた。

 

 その姿の細部を追えなかった。宙に舞ったまま、剣戟の反動だけで空を駆けている。二体の機械人形は撃たれるままだ。

 

 ベップも駆け出した。アルバは息が尽きたのか、荒れた呼吸で地面に着地した瞬間、スイッチした。

 

 目まぐるしく立ち位置を変えて戦う二人。まったくはじめての共闘にもかかわらず、その呼吸は、驚くほどに合致していた。

 

 モノアイのような頭部に切り込む。当然、相手側も黙っては見ていないが、足で泥をかけながらバック宙を繰り出して、顔を土濡れにする。着地後、大きく跳び上がると兜割を放つ。

 

 横合いから差し出される槍に防がれるも、すぐさま飛びのいたことでアルバが戦線に復帰。再び、アルバの舞が披露された。

 

 一見、圧倒しているようにも見える戦い。

 

 相手は打たれるがままだ。

 

 ――だが、それでも。

 

 ベップの中で、徐々に不安は現実のものとなってゆく。

 

 個人の能力も連携も、本番勝負にしてはうまくいっているほうだろう。むしろ、ベップが昔残してきた未練のような錆が、アルバの技術に呼応して取れてゆく感触すらある。

 

 だが、それだけでは敵わない領域があるのも事実なのだ。

 

 二人の脳裏に過っていたのはただ一つ。火力が圧倒的に不足している、という点である。

 

 アンヘルが過去に相手取ったウッドゴーレムとは違い、ダークゴーレムの関節部はやけに頑丈に作られている。魔道黎明期に作られた神造兵器の後継機は、大抵の弱点を克服しているのだ。

 

 さらに、ベップは対人以外の経験が兎に角浅い。人相手なら早晩遅れは取らぬが、魔物相手になると手詰まりの感はある。人外の防御力を備えているとなると、苦戦は必至だった。

 

 二人は荒い息を吐きながら、再びモニュメントの前で横並びになった。ベップは肩で激しく上下させているが、アルバは頬を染めているくらいである。

 

 ――この班は隊長といい化け物ぞろいだな。

 

 ベップは感想を飲み込みながら、敵の細動すら見逃さないアルバの顔を見た。

 

「なあ、ちょっといいか?」

 

「……なに?」

 

「お前、アイツらの守りを突破して、破壊できるか?」

 

「……むり」

 

「こっちも無理だ。俺の剣は剛剣だが、あくまでも人斬り、鉄を斬るなんざやったことはねえ」

 

 ベップは握る剣の柄を叩いた。長剣にしては幅広で、刀匠グンドが打った業物だが、刀身一メートルとあんな鉄塊を叩き斬るには頼りない。

 

 アルバの披露も深刻だ。栗粒の汗を額に幾つも浮かび上がらせ、いつもなら平然としているはずの呼吸も大きく乱れている。

 

 一見すると絶望的状況。だが、アルバの戦意には一向に翳りはない。何かしらの手段が残されていることを意味していた。

 

「なあ、アルバ。そっちは隠し球があるんだろ?」

 

「……」

 

「そう黙り込むなよ。お前はこの二年、隠し通せてきたつもりかもしれないが、こっちだって馬鹿じゃない。ネタは上がってんだ」

 

 相手の身体が強張った。やはり、と確信を深める。

 

「そっちはたしか、学術院上がりだろう。それにヴィエントさまが洩らしたエゴヌ一族という言葉。それを忘れていねえ。お前の正体は、エゴヌ族に伝わる内燃魔術の使い手だ。そうだろう?」

 

 ラシェイダ族にはじまり、帝国に合併された部族の中にはそれ以前の文化を色濃く残した部族も存在する。エゴヌ一族というのは、貴族級の魔力を持たぬ代わりに、魔法の独自性と特異性を発展させた一族であることを頭の片隅で記憶していた。

 

「それを使えば、アイツらを一泡吹かせられるんじゃないか?」

 

 確信のしたり顔で尋ねてやる。

 

 だが、アルバは強張っていた身体から力を抜くと、失望したような表情を浮かべた。

 

「……お前、節穴」

 

「なにっ」

 

 アルバは目の前で大きく溜息を吐くと、呆れたように首を振った。

 

「……だが、良い。時間を稼げ」

 

 それを最後に後方へ非難する。地面で胡座を掻き、何某かの呪文を唱え始めた。ブツブツと意味の解さないお経が響いてくる。

 

「おい!」

 

 呼びかけるがまるで返答がない。眼前には再び突撃の準備を始めている機械人形たち。やぶれかぶれだ。ベップは剣を上段に構えた。

 

「くそ、やってやる。やってやるよぉぉおおおお!」

 

 やけっぱちになって真っ向から斬りかかったベップは、瞳に真っ赤な殺意をたぎらせていた。

 

 馬鹿なことをやっている。そんな自覚があった。意味不明な理論に乗せられて、無謀極まりない戦況に身を置いている。

 

 常ならば見切ってしまう戦況。敵わぬと知って戦っている。それが、男のステージを一段上げた。

 

 これ以上ない程に冴える。無分別で怠惰な日常が近視眼的だった己の剣筋を変え、ただ生き残ることへ特化させたのだ。

 

 剛槍が唸る。ベップは機械人形の間合いに潜みながらも、決して距離を空けず常に挑発し、己の間合いから逃さなかった。

 

 前後、巨体に挟まれる形となる。必然、無防備な背中が晒されるが、冴えわたる身体技術で躱した。振り返って応対する。振り返る時間が惜しければ、剣を後方に構えて、受け流した。

 

 この男に真に向いていたのは、果たして金剛流なのかどうか。今となってはもうわからない。不誠実だった金剛流剣術に叩きつけた真実とは、対極に位置した東方一刀流と似た生き汚さへの適合であった。

 

 青白い燐光が迸った。朝日に強化術の光が染め上げられ、立ち上ってゆく。倍はある機械人形のモノアイが、打ち倒せない敵に戸惑いを深めてゆくように感じられた。

 

 殻をひとつ突き破った感触がある。絶体絶命、一太刀受ければ即死。此方の一太刀は、無価値。だが、そんな状況ですら、ベップは笑った。

 

 頬に槍が掠める。血の雫が頬を伝って地面に飛び散った。意識に間隙はない。剣に伝う強化術の流れだけがやけに鮮明だ。ベップは地面を滑りながら、相手の時間を置き去りにして、関節部を叩きに叩きまくった。

 

「まだか、アルバ!」

 

 強化の持続がそろそろキツくなってきた。そう思った瞬間、背後で神域の気配がした。

 

「憑依降霊術。人柱アルバ・エゴヌの名の下、降臨せよ」

 

 いつの間に書いていたのか、地面に描かれた血の魔法陣から朱色が立ち昇り、鮮血のカーテンを創り出した。

 

 鴉の濡れ羽色のようなアルバの髪が、純白に染まってゆく。触媒とされる髪が神降ろしによって変色するのは有名で、今何をしていようとしているのか、ベップの目にも明白だった。

 

 ふわりと拳ひとつほど浮き上がったアルバは、手に持った剣を水平に構える。その双眸から覗く瞳はどこか生気がなく、非人間的な印象を受けた。その瞼が下ろされると、あたりの空気がすべて集まり収斂した。

 

 開眼。剣を大きく振りかぶった。

 

 達人でも感嘆させられるようなまったくブレのない身体運びで、機械人形に向かって、必殺の剣撃を見舞った。

 

 その速度、力、精神状態、強化術の練度はあらゆるものを切り裂くに足るもので、大気の魔力微粒子を巻き込んでうねる。

 

 その斬撃には射程という概念が存在しなかった。刀身延上にまるで不可視の剣が出現しているような、そんな神の一撃は、機械人形二体の体を斜めに大きく断ち割った。

 

 続けて、背後の家々まで一刀両断する。暴威を極めた巨体は、壊れた人形のように動きを止めると、ずるずると斜めにずれ落ち、地面へと倒れ込んだ。

 

「アルバっ!」

 

 一撃にすべてを注ぎ込んだのか、神聖さを失って地面へとへたり込もうとする。ベップはすぐさま駆け寄って、その身体を抱きとめた。

 

「大丈夫か!」

 

「……うるさい」

 

「あ、ああすまなかったな。ああ、お前のおかげだ。すげえ、すげえよ」

 

「……頭ガンガンする」

 

「あ、すまない」

 

 ベップを押しのけて一人立とうとするも、力が入らないのか地面にへたり込んだままだった。

 

 代わりに手を差し伸べてやる。アルバは戸惑いながらも手を握った。

 

「それより、あの憑依降霊術。どんな神様を降ろしたんだ?」

 

「……先祖」

 

「あ、ああ先祖、先祖ね。ああ、うん」

 

 顔に出なかっただろうか、という心配をする羽目になった。立ち上がったアルバも不審な顔をしている。相手に読心能力がなくてよかったと心底思った。

 

 ――もっと高名な神かと思った。

 

 こんな罰当たりには、天罰が降ればいい。

 

 

 

 

 

 同刻。

 

 騎士ハーヴィーは夢魔の一人サキと対峙していた。

 

 一言で言えば、凶悪極まりない容貌である。さすが傾国の美女と呼ばれるだけあった。まったく興味のない女であるにもかかわらず、恐ろしいほどの色気を肌でピリピリ感じていた。

 

「私、こっちの騎士っぽいのも良いですけど、そっちのイケメンがいいですねぇ」

 

「あなたはそちらに集中なさい。毒を飲まなかった騎士ということは慎重なタイプです。それに、この場に立てているとなれば妨害魔道具の影響はなさそうですよ」

 

「はいはい、わかってますよう」

 

 もう一方のレイナと呼ばれた女は、クナルに釘付けとなっていた。当のクナルは敵が分散したからか興醒めしている。剣を地面に突き刺して待機の姿勢だ。

 

 大概イカれた奴だ。ハーヴィーは一人抜刀した。

 

「おい、私があの女をやる。もう一匹は任せるぞ」

 

「好きにしろ」

 

 どうでもいいのか腕を組んでいる。ハーヴィーは鼻を鳴らしながらこの班の異常性を再確認した。

 

「女よ、御相手願おうか」

 

「あはは、勝てると思ってる顔ですねぇ。それを歪めてあげたらどうなるんでしょうか」

 

 サキは目を歪めた。三白眼の奥には人類を完全に見下した蔑視の炎が揺らめている。口調から覗く無邪気さからの油断は一切伺えない。腰もとから短刀を二本取り出し、手元で交差させてから、その切っ先をハーヴィーの胸元にピタリとつけた。

 

 ハーヴィーは下段。剛剣を信条とする金剛流としては邪流だが、右腕を失ってからは、できるだけ負担の掛からぬ技に傾倒していた。

 

 鋭い風の音。それが、開戦の合図だった。

 

 ハーヴィーは地面を滑るように移動すると、大気を割るようにして、水平に白刃を突き入れた。

 

 剣がシュルシュルと相手の動きに合わせて動く。蛇の如く変幻自在だ。だがその中に、流派の真髄である剛剣の牙が隠されていた。

 

 対するサキは短刀だから間合いが短い。どうしても相手の懐に飛び込む必要がある。

 

 それこそが狙い。騎士ハーヴィーは剣術のスペシャリストである。

 

 戦闘経験、練度、どれをとっても、そこいらの候補生とは格が違う。相手を懐に入れないなど簡単な話だった。

 

 矢継ぎ早に剣劇を繰り出す。サキは二刀という手数有利な型だったが、自慢の手数を圧倒することで反撃の糸口を封じる。

 

 ――この女、まともな戦闘経験がないな。

 

 たった一太刀交えただけで、相手の能力の大幅を察する。汗すらかかず圧倒するハーヴィーの剣術は、アンヘルが御前試合で勝利したときより遥かに進歩していた。

 

 

 

 仕える家を探して幾星霜。

 

 ハーヴィーの記憶は、父と二人、仕える家を探して放浪することから始まった。現オスキュリア領の騎士団一門であったスキピオ家だが、政争に敗北すると、内紛騒動に合わせて解雇の憂き目となる。父の努力もあり家名はなんとか残せたが、彼の幼少期は、貴族とは程遠い職なし家なしの旅であった。

 

 その長い旅路で、母親は過労で亡くなったらしい。国境の紛争地帯で陣借りをするも、大きな戦功を挙げる機会には恵まれず、いつまで経っても傭兵生活が続いていた。

 

 その放浪は、およそ八歳まで続く。父親は北方諸国への増援によって失った。あっけない最後で、矢が首に刺さっての落馬である。それが六歳。それからはたった一人、スキピオの名を再び興隆させんと、力を振るった。

 

 貴族の煌びやかな人生とは程遠い地獄のような人生である。彼にあった貴族らしさとは、唯一といっていいほどの父の教えである「剣」と「言葉遣い」であった。

 

 名流の金剛流と言葉遣い。再起を願う父の希望である。だが、所詮八歳の少年には厳しい現実だった。その夢は、途中で儚く消えるものと本人ですら思っていた。

 

「あなたは見所がありますね。仕える家がないなら、ヴィエント家に加わりませんか?」

 

 今でも鮮明に思い出せる。血みどろのゲリラ戦。その最中に現れた援軍の中に、風に靡く翡翠の髪、神々しく恐れ多い馬上の姿を見た。それは、洗礼そのものであった。

 

 スキピオの名は、ヴィエント私設護衛団に加わる運びとなった。

 

 それからは順風満帆だった。大貴族だけあって差別がないわけではなかったが、徹底した実力主義を標榜するヴィエント家は過ごしやすい環境であった。幼少期から戦場を渡り歩いた男ハーヴィーには、そこいらの道場剣術はぬるすぎた。

 

 結果、メキメキと頭角を表したハーヴィーは、ルトリシアの士官学校入学にあたって、筆頭護衛の位置を獲得するに至る。

 

 しかし、それが間違いであった。倉廩満ちて礼節を知り衣食足りて栄辱を知る、とは管子の言葉であるが、貴族として成長しようとも剣は脂で鈍くなっていた。

 

 そんなときである。聞いたこともない冒険者に叩きのめされたのは。

 

 それ以来、復讐を誓った。この男を屈服させることこそ我が宿命。そう、ハーヴィーは位置付けた。

 

 それ以来、護衛を除けば、人が変わったように鍛錬に身を投じた。

 

 剣とはつまり精神である。迷いのない剣ほど斬れるものはない。騎士スキピオは、いまや一点の曇りのない白銀の剣と化していた。

 

「女よ。降参するというなら命ばかりは取らないでおいてやろう」

 

 ハーヴィーは相手の短刀を小手ごと叩き斬りながらいった。相手は唖然と大口を開けている。ここまで圧倒された経験はないのか、対応策が思い浮かばぬようだった。

 

 とうとうと切断された腕から血流が溢れている。ボコボコっと肉が盛り上がり、再生がはじまった。

 

「ふふ、あはは、あははア」

 

 サキは女の子座りで高笑いをあげ始めた。不気味に思って顔を顰める。まだ何か奥の手を隠しているのか。ハーヴィーは瞳に鋭い光を宿した。

 

「男ってのは皆そうです。すぐそうやって見下す。すぐ抑えつけて、組み伏せて。それで出したらもう知らんぷり。ムカつく、ムカつく、ムカつく。何様なんだよ、テメェらはぁあああ!」

 

 女が唾を飛ばしながら立ち上がった。口を大きく膨らませる。そして、ふぅぅと大きく息を吐いた。

 

「コレはねぇ、毒の息ってやつですよ。タランチュラの毒を遥かに超えて、熊すら一滴で身体の中どろっどろにしちゃうんです。油断しましたねぇー」

 

 紫の毒々しい霧が吐き出される。ハーヴィーの視界が靄に包まれる。

 

「はは、はあ。どうです、やりましたよカオスさま。見てください。この大馬鹿クソ野郎の姿を。ひひ、ひひひひひひ、あははああああああ」

 

 両手を広げて、哄笑を挙げるサキ。

 

 その声は広間全体へ響き渡るようにして広がった。壁で反響する。満足したのか、一瞬、視線を戻した。

 

 それが、女の最後の抵抗だった。

 

 騎士は外套を翻して一回転すると、毒の霧を払った。そのまま、一直線に進み出る。相手の驚愕が目に入った。

 

 地面を滑るような一歩から、胸に向かって神速の突きが放たれた。

 

 刹那、女の胸に先端が貫入する姿と苦痛に歪む姿を認めた。

 

 女の口から血が溢れる。同時に男の剣に血が伝った。それを切り払う。赤いトップスが無惨に切り開かれ、中の内臓が開帳された。

 

 女の顔が奇妙に歪み、地面へと前のめりに倒れる。

 

 それは、あり得ない事態に遭遇したのを、夢であると思い込む様にも見えた。

 

「お前はバカか。こんなチンケな毒が効くわけないだろうに」

 

 貴族級の魔力持ちは、身体の自浄作用によってあらゆる病魔、毒を無効化してしまう。だからこそ、ユースタス・ルトリシア撃破の為邪法を用いたのである。

 

 美しく整った女の顔が魔力を失って朽ちてゆく。残ったのはぐずぐずに溶けた魔族の最後であった。

 

「男に、私は男になんか負けないっ」

 

 最後の力を振り絞ってにじり寄ってくる女。ハーヴィーは、その地面を這う女の惨めな姿に激しい同情を覚えていた。

 

「止めろ。もう勝機はない」

 

「五月蝿い、五月蝿い、うるさい。男なんて、奉仕する奴隷なんです。私に指図するな、私に触るなぁあああ!」

 

 女は、己の手を自分の胸に突き入れた。ハーヴィーに負けるのがそれほど堪えたのか、自殺するつもりらしい。

 

「おい、止めろ!」

 

「私は、カオスさまの居場所を吐いたりしない。穢れた血の末裔どもは、我らが邪法と共に滅びろ!」

 

 そういって、己の胸を掻きむしると絶叫した。凄まじい生命力になんども復活を遂げるが、その度に己の心臓を破壊して、最後には朽ちた。

 

 その姿は美しかった頃などを思い起こせない。眼球や口や鼻から血を垂れ流しながら、死んだ。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 隘路をぬって、先にぼんやりとみえる影を追っていた。朝日が昇りはじめている。闇に紛れて大将首を獲る予定であったが、こうなってしまえば敵に発見してくださいと言っているようなものである。

 

 村の中は、あちこち村人たちの抵抗の痕なのか、死臭が強く立ち籠めている。所々、人の残骸とおもわれる臓器や肉片が落ちており、烏が集っている。グズグズの地面に血が染みこんでいた。

 

 アンヘルは苦味を顔中に刻み込んだまま、早鐘を打つ心臓を叱咤した。魔族、そして、上科の候補生を追っているのだ。多少の疲れなど気にしている余裕はない。眷属(リーン)の治癒術で回復はしていたが、先日レイナとかいう夢魔に付けられた傷から血が滲みだしていた。

 

(先行され過ぎたせいで距離が開き過ぎている。このままじゃ、敵のど真ん中で孤立するかも)

 

 ホアンとの距離は開くばかりである。相手を気にしながらの尾行は難しいし、なにより魔物に注意を払わねばならない。たった一人で敵と相対すれば、一貫の終わりである。

 

「どこに行ったんだ」

 

 アンヘルは眉間に皺を寄せながら、キョロキョロと周囲を見渡した。曲がってから何処へ行ったのかわからない。屋上へ飛び上がるわけにもいかず、耳を澄ませた。

 

 斬り合う音。近くで戦闘が始まったのだ。

 

 南か。アンヘルは思い切ってそこまで走った。そこから一丁ほどの距離に行くと、村の狭い路地に小鬼の集団が集っていた。躊躇を見せず、抜剣して飛び込んだ。

 

 ――ホアン。

 

 最初に確認したのは、剣を振り回して応戦する男の姿だった。多数に囲まれながら、何体もの屍を量産している。傷ついた腕からはポタポタと血が滴り落ちていた。

 

「マリサ、行かないでくれ!」

 

 ホアンは敵から目を離して敵軍に身を潜める女に叫んでいた。彼女は魔物の人垣に埋もれながら悲しそうな顔をした。

 

「火計、誘い込み。これで助かる道はありません。ごめん、なさい……さようなら……」

 

「行くな! 待ってくれ!」

 

 踵を返して去ってゆくマリサ。それを遮るようにして、大鬼たちが姿を表した。さらに敵が集まってくる。この場は、見渡す限り敵となった。

 

 ホアンが地面で泣き崩れている。すぐさま抜刀し、無防備な背中を見せている小鬼の集団に剣を叩きこみながら割り込む。

 

 そして、寸でのところで彼に向かっていた棍棒をせき止めた。

 

「あ、アンヘル! どうして」

 

 驚愕を露わにするホアン。そんな反応に斟酌せず、アンヘルは腕を引いて無理やり立ち上がらせた。

 

「早く、この場を脱出しないと」

 

「やめてくれよ。俺を恨むのはわかる。けど、俺にはマリサが」

 

 泣きじゃくりながら、縋りついてくる。その言葉でド頭に来た。

 

「ふざけるな! 立ち上がれホアン・ロペス! 僕の前でそんな無様を晒すのか!」

 

 向かってくる敵を薙ぎ払いながら、一度深呼吸する。それからできるだけ落ち着くようにと言い聞かせて、ゆっくり言葉を紡いだ。

 

「――あの女は、大事な情報源です。ホアン隊長にどんな事情があるにせよ、我々臨時小隊の特務を妨害してもらっては困ります」

 

「……」

 

「それに貴方には、敵前逃亡の嫌疑が掛かっています。ですがこのような事態、必ずお目溢しが下るでしょう。私の方からも口添えを致します。まずは、現状を脱することだけをお考えください」

 

 努めて他人行儀に言った。これ以上話せばどんな暴言を吐き出すか判ったものではなかったからである。

 

 ジリジリと、周囲の魔物たちが距離を詰めつつある。剣士として全身全霊の力を振り絞ればなんとか切り抜けられるか、という包囲網である。なんとしてでも彼の力を借りねばならなかった。

 

「すまない」

 

「謝って頂いても困ります」

 

「そうじゃない。違うんだ」

 

「どのような意味でありますか」

 

「……許してくれ。アンヘル」

 

 ――今さら、何を謝る。

 

 そう思った瞬間、ホアンは懐から拳大の鉄塊を取り出した。その物体の頭にはピンが付けられている。そのピンを引き抜くと、目を腕で隠しながら地面に放りなげた。

 

「すまない!」

 

 瞬間的には太陽光すら超える閃光によって、直視したアンヘルの目を焼いた。

 

 ――閃光弾っ。

 

 強烈な立ち眩みを感じて、アンヘルは膝をつく。微かに瞼に映る影が、ホアンが走り去ってゆこうとするのを認めた。

 

「また、また僕を裏切るのか! ホアン・ロペス! 答えろっ!」

 

 虚しく、絶叫が響いた。

 

 パチパチと何かが弾ける音がした。もくもくと白煙が登っている。誰かがこの場に火をつけたのか、前門後門を挟まれた状態で、炎が上がりはじめた。

 

 目眩から立ち直った時、すでにホアンの姿はなく、目を抑えた魔物が囲んでいるだけだった。

 

 

 

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