イセカイ&ドラゴンズ   作:原田孝之

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PHASE3-3:レ・ミゼラブル

 ――帽子の庇をしっかり引いて、逆に胸は堂々と張って。大丈夫、絶対になんとかなるから。

 

 今朝確認したアンヘルとの打ち合わせを思い返す。廊下脇の警護兵へ敬礼を返し、エマは議事堂の中を一直線に進んでいた。

 

 白亜の議事堂の壁面は無骨ながらもどこか気品があり、帝国の長い伝統を感じさせる。頂点にまで登った陽が真っ直ぐに降り注ぎ、帝国を二分する建造物を神々しく照らしていた。

 

 議事堂は巨大な長方形の建造物で、三階建てになっている。前方部は広く庭園や馬車寄せに取られており、大きな議題の後には民衆が集まれるような広間の前に幅広のきざはしがある。中は中央玄関があり、その前には議場に繋がる通称「開かずの扉」が控える。その脇に伸びる廊下から五百席ある巨大議場に入れ、さらに休憩所や事務局がある。これはヴィエント家から齎された情報通りだった。

 

 各廊下には二名ずつの警備兵が控えており、重装騎士の姿もちらほら伺える。予定通りの厳重警備の中、ヴィエント家麾下、ロスチャイルド家の連中に紛れながら議事堂二階へ潜入したエマは、客間や控室がメインとなる三階に向かっていた。

 

「身分証の提示と目的を」

 

「報告になかったかしら? 三階からの見張りを増やすらしいわ」

 

 無言で身分証の提示を求める警備兵。元老院議員が集まる議事堂警備の練度は高く、軽く揺さぶっても引きさがる様子はない。渋々懐から身分証を取り出した。

 

「行け」

 

 慇懃に敬礼したエマは、無感情な警備の顔を横目にそっと息を吐いた。

 

 ――これは警備の者に配られる身分証です。が、所詮は偽造。中央本部と照会されればひとたまりもありません。決して過信しないよう。

 

 ルトリシアは議事堂潜入の為、想像以上に骨を折ってくれた。警護兵には珍しい女のエマが潜入できるよう手筈を整え、身分証を用意し、内部構造まで詳細に語ってくれた。今回の潜入。彼女の協力無くして此処までスムーズに事が運ぶことはなかっただろう。

 

 なぜ此処まで協力的なのか検討がつかない。去り際の不安そうな表情を振り返りながらも、同時に向こうから出された提案を思い出していた。

 

(それだけ私をスカウトしたいってこと? でも、それにしては……)

 

 手が混みすぎている。何かそれ以上のモノを穿って考えてしまう自分がいた。あり得る筈のない妄想が顔をだす。ぶんぶんと首を振りながら、くだらない想像を消し去った。

 

 三階になって急に人影が絶えた。無論零ではないが、減っている。エマは静かに足を早めると、議事堂の入り口が見渡せる正面窓の右端にたどり着いた。

 

 そっと鍵を開け、眼下の光景を眺める。三階建てとはいえ、一階一階が大きい議事堂の眺めは広々としていた。

 

 小さな黒い人影が、庭や敷地を区切る塀の向こうで蠢いている。あの軍帽と装備は憲兵だろう。一方、大広間や階段の下で続々と入ってくる議員団を護衛するのは帝都東方軍所属の精鋭兵や私設騎士団だろう。アンヘルの報告通り、外部を憲兵、内部を軍の精鋭で固めているようだ。

 

 ――ガイルスたちが報告を上げれば、バレンティア騎士団は総力を上げて警護を増やす。けど、帝都東方軍にだって面子があるから内部の警備は任せないと思うんだ。

 

 ――そうなの? 危険を前にしても派閥争いするのかな?

 

 ――議員の判断はわからないけど、この二つの勢力は魔剣のこともあって不仲なんだ。よほどの理由がなければ、棲み分けをするはず。

 

 想定は外れていなかった。身を隠しながら複数回窓を開けたり閉じたりを繰り返し、広間で待機するアンヘルに向かってサインを送る。これでエマが所定の位置にたどり着いたことを知らせることができた筈だ。窓の縁に陣取ると、階下をそっと覗き込んだ。

 

「絶対、イーサク兄を見つける」

 

 エマは鋭い目で周囲を見渡す。その瞳は鷹の目のように鋭利だった。

 

 ――後はどうやって相手を発見するか、だけど……

 

 ――それは任せて。議事堂に入るには絶対中央玄関を通らないと行けないでしょ。私が監視する。

 

 ――過激派を見つけるにはエマさんの記憶頼りなのは事実だけど、一階で見晴らしが良い所ってなると……

 

 ――三階で大丈夫。忘れた? 私って弓使いなんだから。

 

 弓使いに求められる能力の一つに、遠くを見る「眺視」が挙げられる。アフリカのタンザニアに暮らす民族は、遊牧や狩猟のために高い視力が必要で、日本人の十倍近く優れているらしい。強化術を加えたエマの視力は、可視光外すら捉えられるほど鋭敏なモノだった。

 

 時折背後を通ってゆく警備兵の足音に留意しながらも、眼下の人々を注視する。知っている顔、挙動が怪しい人物、何より兄イーサクの姿を探し続けた。

 

 かなり長い時間が経った。もうすぐ正午であろうか。すでに到来する議員の姿はなく、警護兵だけが庭に点在している状況である。

 

 エマは目頭を軽く抑えながら、塵一つ見逃さぬよう目を凝らした。

 

(さっきから兜を被った人が増えた。ああもうっ、せめて目庇を上げてよ!)

 

 目元だけから人相を把握することは「見当たり」と呼称され、高度な訓練が必要とされる。特別な訓練も受けていないエマは疲労困憊となっていた。

 

 炎天下の中、一階で探し回るアンヘルのことも心配だ。彼はある程度潜入に慣れているようだが、所詮は付け焼き刃だとも言っていた。焦れば焦るほど、視界が狭まってゆく感覚に陥る。

 

 太ももの肉をツネって冷静に成れと言い聞かせる。大丈夫、絶対に見逃さないと何度も唱えて、大きく深呼吸した。

 

 苦しいときは楽しいことだけを思い浮かべる。先日アンヘルが言っていたことだ。

 

 家の庭に咲く狂い咲きの梅をアンヘルくんと一緒に見る。

 

 エドゥアルドさんの為に、イーサク兄を止める。

 

 それで、あとは……

 

 ハッと顔をあげる。視界の端に疾走する馬車を複数認めたからだった。

 

 馬車は十台。いずれも二頭の馬が引いており、馬鎧を纏っている。全面は鉄板で固められているのか、もはや戦車の装いだ。それが敷地を区切る塀の向こうの大通りから一直線に向かってきている。

 

 いの一番に気付いたエマは窓から大きく身を乗り出し、大声で叫んだ。

 

「アンヘルくんっ! 正面入口!」

 

 敷地の警備に当たっていた憲兵の一部が慌ただしくなるが、それよりも先に馬車から複数の人影が顔を出す。辛うじて見えた鈍色の塊に、血の気が引いた。

 

 拳大の魔道具――充填式爆破魔道具、素早い武芸者に当てるのは兎も角、妨害魔道具下にて建造物を破壊するにはうってつけの兵器。それが襲撃者の手に握られていたのだ。

 

 馬車から身を乗り出した男たちは、その兵器を塀に投げつけた。同時に盛大な火炎が立ち登る。悲鳴と怒声、爆発の衝撃波が耳に届き、濛々と白煙が舞った。

 

 警備に当たっていた者たちの視線が集中する。まったく奥を見渡せない土埃の中から、微かに蠢く影を認めた瞬間だった。

 

 中から煙を掻き分けるよう嘶き。蹄鉄の鳴らす音が地震のように響いた気がした。それに続き、くろがねの馬車が躍り出てくる。

 

「敵襲っ、敵襲っ!」

 

「テロリストどもの襲撃だぁ!」

 

「であえ、であえぇぇぇぇぇええ」

 

 護衛兵たちの鬼気迫る蠢きの中に、チラリと見覚えのある茶髪の男を発見する。どうやらアンヘルも無事だったらしい。

 

 なんとしてでも彼らを議事堂には近づけない。こっそり忍び込ませた短刀を抜き、広間の戦いに参入しようと意気込む。

 

 その時だった。馬車が通り抜けた向こう側から、三人一組の憲兵風の男たちを発見したのは。

 

 外周警護の連中に紛れ踏み入ってきた男たちは、皆一様に帽子を深く被り、胴体が奇妙に大きい。議事堂に向かう姿は正しい姿に思えるが、馬車から飛び降りる男たちに向かう気配もない様子を見て、エマの中に一つの疑念が浮かんだ。

 

 三人組の中心人物、その男が議事堂をゆっくり見上げたとき、エマの中にあったそれが確信に変わった。

 

(ゴメン、アンヘルくん。正面は任せたから)

 

 エマは身を翻し、一人中央玄関に向かった。これは自分の役目だ、そう言い聞かせながら。

 

 

 

 

 

「アンヘルくんっ! 正面入口!」

 

 聞き覚えのある悲鳴が空から降ってきた瞬間、アンヘルは即座に行動を開始した。が、待機地点が悪く、すぐ駆けつけることはできなかった。

 

 エマと違って議事堂内に潜入する必要がなかったアンヘルだったが、実は彼女以上に警備から怪しまれていたのである。

 

 一応なりとも前日身だしなみを整えたのだが、何日も逃亡生活を送っていたせいか、どうやら非日常の雰囲気が香るらしい。胡散臭げに見られながら場所を変え、中庭の外れから必死に駆けて馬車を追った。

 

(絶対に阻止しなければならないのは、議事堂の爆破。それだけはなんとしてでも)

 

 エマの恩赦獲得に向けて、最低条件となるのが議員や使節団の安全である。もし首謀者を確保できたとしても犠牲者が出れば吹っ飛んでしまう。直接の襲撃は勿論、建物崩落による生き埋めも防がなければならない。

 

 集まってきた憲兵たちと列を並べながら、アンヘルは議事堂の正面入口すこし手前で、バリケードでも作るよう即席の隊列を組んだ。

 

「絶対にテロリストの侵入を許すなっ!」

 

 指揮官らしき男の怒号があがると、そこかしこから呼応の雄叫びが轟く。前方に意識を戻すと、激突間近といった場所に馬車三台が迫っていた。

 

 隊列の端で剣を構える。すると、衝突寸前になって中から過激派の志士たちが転がり出てきた。

 

 ――やばいっ!

 

「退避」と指揮官の絶叫が響いたが、時すでに遅し。鋼鉄で補強された馬車は隊列を薙ぎ払うように突っ込みながら停車すると、中がぐにゃりと膨張した。

 

 アンヘルが必死に跳躍したのと同時。轟音と共に爆炎が広がった。肉の焼ける匂いが鼻腔にすっと入り込む。ごろごろと転がりながらも手をついて立ち上がると、眼前にはヒンノムの谷が顕現していた。

 

 溶けたような肉と逆巻いた肌。とうとうと流れ落ちる血からは鉄の匂いが強く漂っている。衝撃波で耳鳴りのする鼓膜は地獄に喘ぐ憲兵たちの声を遮断した。

 

 白くぶれる視界の端にいち早く離脱した志士の姿が映る。彼らは一様に平青眼へ構えると、倒れている憲兵たちに止めを差し始めた。

 

「我らは国を守る騎士だっ! 断固たる決意と柔軟な思考を持ってすればテロリストどもなど弱兵にすぎん!」

 

 根性論のような指示を辞世の句としながら、指揮官は討ち死にした。帝都東方軍の精鋭たちが入口の階段下で壁を作りはじめる。しかし、遅い。敷地塀からは新たに十台近い馬車が突入してくる。議事堂周辺には数千人規模の護衛が詰めているはずだが、自爆覚悟の戦法により、局所的ではあるものの数の利が覆されようとしていた。

 

 飛び出してきた男たちの数は約二十。アンヘルが今まで相手にした中でも相当上位の数だ。しかも練度はかなり高い。それが議事堂に取り付けば夥しいほどの被害が出る。

 

 後続に備える為にも、敵をできるだけ短時間で片付ける必要がある。

 

「動ける人は死んでも目の前の敵を離さないでっ!」

 

 近くに居た憲兵二人を助け起こすと、剣を振りかざして志士に襲いかかった。

 

 アンヘルの長剣が鋭く舞った。突然襲いかかられたからか、男の動きが鈍る。それを見て相手の得物を払うと、素早く突きを繰り出した。

 

 斜め下から突き上げるよう、男の胸板を深々と差し貫く。そのまま一歩二歩と推し進めて、力強く剣を引き抜いた。

 

 噴き出る血流が顔を濡らす。服を紅く染め上げながら、ぶつかるようにして真横の胸元へ飛び込んだ。

 

 剣というのは構造上、鍔元は意外に切れないものだ。貫手で男の喉仏を打ち抜くと、引き倒しながら刃を走らせる。男の喉からはどっと血潮が溢れた。

 

 男が持っていた剣を拾って投げつける。ギリギリで弾かれるも、アンヘルが瞬く間に二人斬り殺したことで一方的だった流れが止まった。

 

 そもそも数は此方が優っているのである。時間が経てば蜜に集る蟻のように味方の援護が期待できる。相手の勢いだけを一瞬削げればそれで十分だ。

 

 注目を集めたからか、四人一斉に踊りかかってくる。

 

 アンヘルは怒号を上げながら、もはや型もなしに無闇矢鱈と剣を振り回した。

 

 右斜めの男の顔を真っ二つに割る。流れるままに隣の男の籠手を叩き割ると、膝下が熱くなった。

 

 かくんと右足の力が抜ける。もう一人の男の刺突が素早く走った。必死に横へ躱そうとするが、肩を掠める。片手と片足の力で飛び上がると、剣を振り上げて男の顎を叩き割った。

 

 後方ダイブの要領で無防備に転がる。残った最後の男が剣を振り上げるのが目に映った。

 

 ――やばい、死ぬ。

 

 一瞬諦めの想念を浮かべたとき、敵の腹から剣が突き出る。敵の背後から憲兵の一人が突いたのだ。ごふりと血を吐きながら地面へと沈んだ。

 

「大丈夫か、あんた!」

 

「え、ええ。ありがとうございます」

 

「いや、礼をいうのはこっちのほうだ。さっきは助かった……うん? あんた――」

 

 助かったと息吐く暇もない。敵兵は後続の馬車と一緒になって再び突撃を繰り出そうとしている。

 

 アンヘルは敵の衣服を無造作に破くと、ぱっくりと割れた脛を縛りなんとか立ち上がった。

 

 ぐっぐっと右足を踏んで、感触を確かめる。鋭い痛みが神経を伝うが、出血は酷くない。ゆっくりと走り出すと、敵集団に吶喊した。

 

 激しい攻防。相手の剣術は今まで相対したどの剣客よりも優っていた。

 

 激しく散る火花が視界を焼く。衝撃で金属の破片が飛び散り、頬を鋭く裂いた。瞳孔が働かないのか、まるで世界に闇の帳が落ちたように光が消える。

 

 まるで深海にでも入り込んだように、闇が深まる。

 

 冷静に対処されれば、此方の拙い剣術では危険だ。相手を撹乱するように走り回ると、長剣を水平に動かした。

 

 脇腹を狙った動きは相手が弾く。だが、そこからの組み手が狙いだ。隣から降り注ぐ斬撃を組みついた男の頭蓋で防ぐと、胴体を貫通させて奥の敵を打ち抜く。

 

 串刺しにした男たちを纏めて地面に寝かせ、足をかけて引き抜く。男の喉からは、ゲッと蛙の鳴き声がもれた。

 

 朦朧とする視界の中で、アンヘルは大きく雄叫びを上げた。

 

 まさに壮絶だった。

 

 持った長剣からは血を滴らせ、全身に何箇所も手傷を負っている。

 

 顔は返り血を浴びて真っ赤で、白目まで濁り切らせている。

 

 ここが正念場と戦うアンヘルの姿は、どこかネジ一本外れた狂戦士そのものであった。

 

 ふと、潮が引いたように男たちの勢いが止まった。反撃の狼煙をあげるのに十分な隙だ。

 

「今がチャンスだ! 相手は怯んだぞっ!」

 

 新たな指揮官が怒号をあげると集ってきた憲兵たちが一斉に踊りかかった。数にして三倍、これまでの鬱憤を晴らさんが如く、数を頼みに敵を打ち倒した。

 

 瞬く間に敵兵が打ち取られてゆく。相手は最後の抵抗とばかりに手榴弾を飲み込んで突撃したり、潰走を始めた。

 

 前方を見ると、後続の馬車も討ち取られつつある。一度奇襲が失敗すれば、あとは数任せに惨殺されるだけだ。

 

 アンヘルは近くの木に手を掛けながら、大きく息を吐いた。漆黒の闇に光が差し込み、壊れそうなほど跳ねていた心臓が落ち着きを取り戻す。こっそりリーンを木陰に召喚し、己を治療させた。

 

(これで佳境は乗り切った、のかな?)

 

 ゆっくりと周囲を見渡す。まだ油断はできないが、どの戦況も優勢である。入口付近の防御が固まりつつある今、多少負けている箇所が出ても問題あるまい。

 

 体力が少しづつ戻ってくる。そういえばエマさんはどうしたんだ。そう思ったとき、不思議な集団を発見した。

 

 その集団は三人組の憲兵らしき者たちだった。一見して何もおかしいところはないのだが、彼らだけが人波に逆流して議事堂へ向かっているのだ。

 

 これだけの激戦に目も呉れず、一目散に議事堂へと向かう姿。その意味を一瞬考えたとき、ふとある結論に辿り着いた。

 

 ――もしかして、今までの突撃は囮?

 

 リーンを送還しながら、アンヘルは彼らを追うため駆け出した。

 

「止まれっ」

 

 背後から聞き覚えのある声が引き留めた。首筋に添えられた鉄塊。ぞろぞろと複数の足音が響いた。

 

 ちらりと後方を疑う。十人を超える憲兵の中央には、中年の渋い顔。彼らも激闘をくぐり抜けた形跡を残しながらも、その戦意は一ミリも衰えてはいなかった。

 

 憲兵ディアゴ。彼の熱意は本物だ。

 

「さっきの戦い、部下が世話になったようだな。だが、お前の容疑が晴れるわけじゃないぞ。観念するんだな」

 

 舌打ちを鳴らす。三人組の男たちは混乱に乗じ、帝都東方軍の脇を抜けて正面玄関へと消えてゆく。

 

 迷っている暇はない。だが、ここで憲兵を相手にしては、アンヘル自身が過激派の志士として狩られることになる。

 

 絶体絶命のピンチに強く拳を握った。召喚術も剣もダメ。この形相を見るに、低レベルな話術も通用しそうにない。

 

 八方塞がりだ。どうしようもない。

 

 歯噛みするしかないアンヘルの膝が蹴られ、地面へと押し倒される。年貢の納め時だという台詞と共に数人にのし掛かられた。

 

 ――あと、もうちょっとなのにっ。

 

 視界が滲む。必死の弁明も空に溶けるばかりだった。

 

 

 

 

 

 ――皆の勇姿は見届けたぞ。

 

 三人組の憲兵服に身を包んだ男たち。その中心人物――イーサクは、散っていった仲間たちの姿を脳裏に描きながら、逸る心を押さえ込もうとしていた。

 

 計画は成った。自分たち不至を叶えようとしている。内部の警備担当は外の援護に向かっている。制服に身を包み、まっすぐ議場へ向かう者たちを静止するものなど現れまい。

 

 暖色のシャンデリアが灯る中央玄関を抜け、一トン近い重量のブロンズ扉、通称「開かずの扉」に手を掛ける。ゆっくりと開かれた先には、白黒のタイルの上に敷かれた真っ赤な絨毯。それが階段の先にまで伸びている。

 

 厳かな空気が漂う。傍には無数の燭台と歴代の議長の油絵が並び、当代の為に用意された額縁もある。都市の歴史に由来する戦女神の意匠が柱や壁面に彫られていた。

 

 連れ立つ二人の同志が大判の扉を完全に開ききった。

 

「見ていてくれ、ブリヒッテ」

 

 感慨深く、議事堂へ繋がる扉を見上げる。階段を登り切った先には、帝国に巣食う寄生虫どもが跋扈しているのだ。夢にまで見たその光景。イーサクは同志たちと頷き合い、腰の長剣に手を掛けた。

 

「――いーさく、さん。てき、です……」

 

 ドサリと同志メルクリオが地面に沈む音がした。一瞬、イーサクは何が起きたのかまったく理解ができなかった。

 

 遅れてもう一方の同志が倒れ込んだ。信じられないと彼らを視界に収める。その脳天には、一本の異物が貫いていた。

 

 敵襲。そう思った時、背後から聞き覚えのある声を聞いた。

 

 長い間、聞いていなかった声。ゆっくりと振り返ると彼女は震える声で名を呼んだ。

 

「……イーサク兄」

 

 自らの実妹エマは、自分と同じ濃紺の憲兵制服に身を包み、観賞用に飾られている大きな弓を手に此方を睨んでいた。

 

 

 

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