イセカイ&ドラゴンズ   作:原田孝之

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PHASE4-2:怪獣大決戦 上

「そうか、やっぱりそうだったのか」

 

 リカルドは気色満面で、今から小躍りせんばかりに椅子から飛び上がった。

 

 ヴァレリオット邸で行われた憲兵ディアゴの説明は、簡潔ながらも望んだ結末そのものだった。

 

 本日正午、町中を震撼させる前代未聞の襲撃事件が発生したこと。護衛に犠牲者多数を出しながらも、すんでのところで招聘した使節や議員に一切の被害がなかったこと。そして、それを成した第一功がエマであること。それらはすべて、別離の最中告げられた秘密作戦が真実であったことを物語っていた。

 

「やった、やったぞ。やっぱりアンヘルのことは信じてよかったんだ」

 

「……よかったですな」

 

「ああ、ああっ。ありがとう、ディアゴさん。それにヴァレリオットも。本当に感謝する。皆が居てくれなければ、俺はここまで来られなかった」

 

「……ああ」

 

 ヴァレリオットは両手を膝に置いて、ただぼんやりと地面を見つめていた。

 

 飛び上がった所為で、シャンデリアの中央飾りに髪が触れ合う。使用人に見咎められたので、リカルドはいそいそと席に戻った。

 

「なあ、エマの指名手配はいつ解除されるんだ」

 

「ええ、直ぐにでも手配しましょう。もう、時間がありませんからな」

 

 かちかちと動く針の音が閑寂な部屋に響いている。

 

 なんだ。リカルドは奇妙な雰囲気に当てられ、徐々に喜びが萎えてゆく。ヴァレリオットは冷え切った声を地面に放った。

 

「父上の処遇はどうなりそうだ」

 

「私はそう上の事情に通じとるわけじゃありませんが、副団長は責任を問われはせんでしょう。なにせ、あの襲撃を議員方に被害を出さなかったんですから。いや、もしかしたら自責の念で騎士団長が職を辞するかもしれませんから、団長職に就くかもしれません」

 

「そうか。ならば一抹の希望になるやも」

 

「難しいでしょう。副団長は責務に煩い方。ことの顛末が終幕するまで、自ら座を引くことはないでしょうし、それに……」

 

「そう、だろうな。すまない、わかっているんだ」

 

「おいおい、ヴァレリオット。なにをそんなに沈むことがある? ぜんぶ元通り、すべて解決したんだ。こんなときはパーっとパーティでもしようぜ」

 

 リカルドは景気づけと叫びながら、手で杯を傾ける仕草をした。

 

「すまないリカルド。今はそんな気分じゃ」

 

「もしかして、取引のことを心配してんのか。心配すんな。今回の恩は忘れない。ちゃんと試合では負けて――」

 

「そんな心配はしていないよ」

 

「なら良いけどよ。あ、でも、もしそっちがラファエルに負けて、こっちがラファエルに勝っての優勝は勘弁してくれ。いや、そういえばクナル班があるか。アンヘルが本気で来たら、もっとおもしろくなりそうだな」

 

 リカルドの頭の中には、新たに登場したライバルの姿が克明に映じられていた。

 

 正体不明、意味不明の美貌の剣士クナル。能力をひた隠しにしてきた友人アンヘルに、癖の強そうな仲間数名。油断はできない相手だ。

 

 怪我をしたラファエルのことも心配だ。こっちの事情で完全に忘れさっていたが、いずれは見舞いに赴く必要もあるだろう。後はニコラスか。彼は上位陣が学内に居ない現在、相当に威張り散らしているらしい。プライドが高い割にみみっちい奴だ。それをぶちのめすのはどんなに気持ちがいいか、想像で愉悦に浸れるほどであった。

 

 ヴァレリオット、ラファエル、ニコラス、そしてクナル。東西から南北まで天才を集めたとしても、此処までの面子が集うことはあるまい。リカルドは今後に想いを馳せていた。

 

「そういえば、アンヘルはいつから秘密警察なんかやってたんだ。その組織、最近できたんだよな?」

 

「え、ええ。若い衆が働かざるを得ない状況から考えて、恐らくそう長い年月は経っていないでしょう」

 

 奥歯に物が挟まったような言い方。憲兵ディアゴはあまりそのことに通じていない、ということが察せられた。

 

「ふうん……でもどうやってエマが協力することになるんだ?」

 

「恐らくエマ候補生が逮捕されたときだろう。ディアゴ隊長と同じように、彼がマークしていたのも彼女だったのだろう。逮捕翌日に協力を要請という秘密警察側の報告と照らし合わせれば――いや、待て。もしかして」

 

 ヴァレリオットは突如として立ち上がると、憲兵の報告書の束を漁り始めた。聞き迫った表情で神を捲る音が響く。時折勢い余って紙くずが舞った。

 

「写しとはいえ、これは重要書類ですぞ」

 

 ディアゴが血相を変えて詰め寄る。

 

「ディアゴ隊長、報告書は事実ですかな。エマ候補生が、詰所の尋問で何も吐かなかったというのは」

 

 ヴァレリオットはある一点に目を止めると、細い指先で文字をなぞった。

 

「何か不自然な点でも?」

 

「いや、責めているわけではない。もしかしたら突破口になるやもと思ってな」

 

「はあ」

 

 コンコンと閉ざされていた扉がノックされた。ヴァレリオット家の燕尾服を纏った執事は一礼すると、感情を感じさせない声で告げる。

 

「ディアゴさま、部下の方が報告に参りました」

 

「なんだ」

 

 上司であるディアゴを差し置いてヴァレリオットが直接問いかけた。部下は上司が後追いで頷いたのを確認して報告を始めた。

 

「機構から続報が到着いたしました。港区の倉庫街で――」

 

「待て」

 

 ヴァレリオットは立ち上がり、部下の報告を耳元で囁かせた。ほう、ほうと鳩のように頷きながら、打って変わって満面の笑みを浮かべた。

 

 そのまま座していたディアゴに耳打ちする。それを聞いた彼も、おおっと歓喜の声をかすかに漏らし、すっと立ち上がった。

 

「どうしたんだ」

 

「いや、こちらの話だ。私も立場ある身、たとえ未熟であろうと始末をつけねばと思ってな――ディアゴ隊長、構いませんな」

 

「それしかないでしょう。が、どうなるんです、相手は?」

 

「後で減罪するしかないでしょう。恩赦もある、最悪、死罪にはならないと祈るしか」

 

「それが最善、ですかな」

 

「絶対のババを引くよりは余程いい」

 

 ヴァレリオットは王者のように使用人へ指示を繰り出し、持ってこさせた武具を身に纏った。剣に胸当て、一眼で貴種とわかる陣中服。ディアゴは部下のように控えていた。

 

「どうしたんだよ」

 

「そんなに心配しないでくれ。どうやら残党が最後の襲撃を計画している様子。私も父の御代として、協力したほうがいいだろうという判断さ」

 

「そう、か。なら、俺も」

 

 腰を浮かしかけると、ヴァレリオットは肩を押さえながら首を振った。

 

「君はまだ候補生。そんな身分で憲兵に参加させれば、私が父上に叱られてしまう」

 

 そのまま身体をソファに押し付けると、肩が軋むほどの握力を込め始めた。

 

 痛い、けれど想いの詰まった。引き剥がすことは許されない想いの結晶であった。

 

「心配するな。私が、すべて解決する」

 

 

 

 § § §

 

 

 

 長い憤りの吐き出しは、女の意識が途絶えたことでひとときの休息を迎えた。

 

 行為に及んだ男たちの瞳には、皆一様に燃えるような怒りがあった。

 

 今は亡き革命闘志イーサクの妹であることを斟酌する者など一人もいない。男たちが手にした鞭や棍棒には出血の赤が染み付いている。

 

 それほど苛烈だった。女の声などすぐに絶えた。男たちの燃え上がった怒りは、小さな肉体に降り注いだ。

 

 それをただ見据える老人の目は狂気染みていた。微笑むだけでも周りの志士を怯えさせる、ねじり狂った意思が佇むだけで伝わってくる。

 

「楽にしてやりなさい、国のためです」

 

 たった一人、苦い顔を浮かべているエマの父親に指示した。老人は本心から、最後の始末をつけてやることが優しさであると確信していた。

 

 それも当然か。エドゥアルドの中にあったのは、裏切られた、という感だけである。

 

 元々革命云々何も伝えていない、などといった思考はどこかへ消し飛んでいる。血の繋りを持つくせに非業の死へと追いやった憎しみと、正しさを理解せぬ愚か者への蔑視だけしか残っていない。頑迷と謗られようとも、家族を超える絆など存在しないと心底から信じているのだ。

 

 斥候の報告によれば、議事堂および憲兵本部襲撃の生き残りはゼロであり、また芋づる式に街の中の同志たちが討ち取られつつあるとのことであった。

 

 襲撃という反撃の名目を与えた今、憲兵どもの追撃は苛烈さを増すばかりであり、時が経ち、混乱が落ち着けば包囲の網は狭まるばかりであろう。

 

 最後の砦であるこの場所がいつ見つからんとも限らないうえ、あろうことか命惜しさに陣営を抜け出す同志も数を増やしている。

 

 甘く見ていた。まさかエマとあの腑抜けた男の二人が、まさか何重にも張り巡らせた作戦を悉く粉砕してくるであろうとは思いもよらなかった。こんなことなら多少不審視されようが、門弟を総動員して刈り取ってやるべきだったのだ。

 

 そのうえ、議員に一人すら天罰を下せなかったのも痛かった。今回死した志士は二百を優に上回る。皆志高く、力のある勇者ばかりだった。その死がなんの道標も残せぬなどあってはならぬことだ。

 

 エドゥアルドの顔には強い憂悶が浮かんでいた。

 

 今から街を脱することはできない。かといって、元老院議員を一人でも道連れにできるかといえば、確率は紙のように薄いだろう。

 

 行くも帰るも地獄。

 

 戦いの基本は正面の敵を一つずつ撃破することであるが、すでに基本を貫くことはできず、敗色濃厚である。握りしめた手のひらは変色し、嫌な軋みをたてるようになっていた。

 

「あらあら、八方塞がりといったところかしら」

 

 憲兵本部襲撃隊から唯一帰還したアルトゥールは、どうしてか最後の戦いに参加すると居残っていた。エドゥアルドとて信用したわけではなかったが、情報を伝えてくれた恩義ゆえに願いを叶えてやっているだけであった。

 

 別にいい。どんな事情があれ、ひとりでも悪を多く撃ち、国を正すことができるのであれば。

 

 窓から差し込む月明かりを眺めた。夜は更けた。時は亥の刻限。最後の宴には相応しい。

 

 未だ渋るエマの父親を押しのけ、腰に下げた太刀を引き抜いた。未練を断ち切り、正しい道へと導いてやるのも役目だろう。

 

 地面へと倒れ込んだエマの頭に足を乗せ、その刃を振り下ろそうとしたとき、廃倉庫の扉が大きく弾け、遅れて見回りの志士が飛び込んできた。

 

「ふふ、真打の登場ね」

 

 扉の奥から現れたのは、不思議な生物だった。龍のようでいて、天使のような神聖さを持ち、羽ばたくでもなく浮遊している。生まれついて空に浮かぶことを義務とする雲のような存在だ。

 

 身体は小さいが、それは眷属のスケールで見た話。体重など人間の数倍は軽く上回り、体躯も倍に匹敵する。

 

 比較的大柄であった見回りの志士など、その化け物と比べれば子供のようなものである。

 

 尻尾の一振りで紙吹雪のように吹き飛ばされるのは当然の帰着である。辛うじて意識の残っていた男は、只人には永劫届かぬ神の領域を垣間見て、激しく身体を震わせた。

 

「に、にげてください、エドゥアルドさま」

 

「何があったのです?」

 

「アレは――バケモノだ」

 

 一人の男が足を踏み入れた。その瞬間、全身から放たれる強烈な殺気に身を強張らせた。

 

 戦場では心のざわめきひとつが命取りになる。だというのに、驚くなというのは不可能だった。

 

 音もなく佇立していた男は、大した人物ではないと思っていたにもかかわらず、巨大な山脈のような存在感を伴っていたからだった。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 突然、ずしんと建物が揺れた。エマはぼやけた視界でそれを確かめた。

 

 ぼんやりした頭が、微かに囁かれる動揺を認める。それは永遠繰り広げられた、痛みの伴う打音ではない。いうなら悲鳴。理解不能な災害に直面したようだった。

 

 頭に乗っていた何かが退けられたことで、エマはようやく思考の海へと潜れるようになる。

 

 でも、もうなにもわからなかった。

 

 なんでこんなことになっているのか。誰のせいで私たちは不幸になっているのか。犯罪を止めるために奔走して、指名手配されてからは常に狙われて。

 

 ずっと駆け抜けてきたはずだ。最善の道を。自分の為ではなく、誰かの為に。

 

 なんで、どうして。そんな思いが渦巻く。

 

 悔しい。自分は何もしていないのに。

 

 兄は死んだ。あんなに無惨に、目の前で。けれども看取ってやることもできず、死してからも駆け寄ることすらできなかった。

 

 不意に目頭が熱くなる。けれど、もう涙は落ちてこない。

 

 睡眠不足と疲労。脱水症状も混じっている。拷問の所為で捻られた指が苦痛を伝えてきた。

 

 なんで私が殴られてるの。集団の中には見知った顔がいくつもあった。その中には自分の肉親である父親もあった。肉親や、門弟として剣を交えた彼らに殴られるのはこたえた。

 

 誰か、誰かがわかってくれるはず。

 

 そう信じていた。

 

 でもそれも、折れそうだった。

 

 辛うじて女としての尊厳は守られたが、生物としての権利は失われそうになっている。生きとし生ける者に与えられる生への渇望ですら、すでに奪われそうだ。

 

 ベタつく髪と吐きたくても内容物のない胃が自分の不調を訴えてくる。

 

 こんなのは嫌だ。

 

 お願い。誰か。誰か助けて。

 

 居るはずのない男の幻想を思い浮かべる。

 

 強引で偉そう。いつも見栄を張って、軍議盤で負けてやればすぐ得意になる。でも、誰よりも強かった自分の幼馴染。最後の最後は伝説の将軍みたいに助けてくれた。

 

 ――エマ、大丈夫か、って。

 

 だから、自分も手を伸ばす。助けてって。自分は此処にいるって。

 

 濛々と白煙が立ち上っている。冷静な頭であれば、これが襲撃だと気づいただろう。だが、朦朧とする意識は妄想の産物に手を伸ばすことしかできなかった。

 

 ――助けて、私は此処にいる!

 

 祈りを捧げるように、強く願った。喉は掠れていて、こひゅっというような小さな音が漏れるだけだ。それでも確かにエマは強く願ったのだ。

 

 そしてそれは――

 

「エマさん、大丈夫ですか!」

 

 力強く手が握られた。真横には迷宮でしか見ない龍が気焔を吐いている。夢だろうか。頭がおかしくなったのだろうか。でも、そんな違和感はどうでもよかった。

 

 ああ、ああ。願いが通じたんだね。エマは滂沱の涙を流しながら、その手を強く握り返した。

 

「****、来てくれたんだね!」

 

 

 

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