イセカイ&ドラゴンズ   作:原田孝之

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本当は第五章前に投稿する予定だった就活編第二話。時系列的にはソニア編と同時期に当たります。


就活編第二話:頑張ってるよユウマちゃん

 ガキンガキンと薄暗い洞窟の中に、鋼鉄の打ち合わされる音が響いている。

 

 闇の中では黒い影が複数蠢いている。もう慣れた戦いの気配。身体は快調であったが、その一振りには若干の迷いがあった。

 

 ランタン型照明魔道具の仄暗い灯りを頼りに、ユウマは巨大な戦鎚を振り回した。

 

「てやぁぁあ、どっかーん」

 

 間抜けな掛け声から遅れて、周囲を巻き込む衝撃波が地面を伝って洞窟内に反響した。

 

 飛び散る血肉。手応えは抜群である。どうやらまとめて片付けられたらしいと、こっそり安堵の笑みを漏らした。

 

「ユウマ、あんまり派手にやるんじゃない」

 

 巻き上がる土煙に、一見腺病質っぽい痩身の男が非難の声を上げる。

 

「悪気ないねん、堪忍やー」

 

 軽口を叩きながらユウマは飛び散った塵埃を払う。候補生御用達の脚絆、革のブーツは高めすぎた身体能力のせいでかなり草臥れていた。

 

 最後に上着を振って血を落とすと、戦闘を終えた仲間たちが駆け寄ってくる。先行しての撃破はもう慣れたもので、ユウマたちより幾分か年若い候補生たちは文句を顔の端にすら滲ませなかった。

 

「お前なぁ、今回の教導演習の意味が分かってるのか」

 

 唯一の例外、眼鏡をかけた神経質そうな男――エセキエルが苦言を漏らした。

 

「ウチあんま細かいの苦手なんよ」

 

「そういうわけにいくか」

 

「ええ、かたっくるしいなぁ」

 

「はぁ、これもなあなあでやってた弊害か。俺たちの所為なんだろうな」

 

 がっくりとエセキエルが肩を落とす。馬鹿にされるのは慣れっこだが、こう繰り返されると心も萎えてくる。

 

「別に悪ないやろ」

 

「こういうのは指揮官の所為になるんだよ。ほらみろ、下級生が出番奪われてるだろ――ほんとすみません、デブログ隊長」

 

 エセキエルはこちらの頭を掴みながら、のっしりと現れた隊長に頭を下げた。

 

 デブログ。五回生のそこそこ優秀な士官候補生である。大柄な肉体に骨格、金髪に高い鼻梁とザ帝国人という風貌であった。

 

「いやいや、構わないよ。ユウマくんが安全を考えて先陣を切っているのはわかっているからね」

 

「えへへ、やりぃ」

 

「まったくお前は……」

 

 呆れたエセキエルの顔を見ながら、態とらしくガッツポーズ。彼の意見が正しいとはいえ、こうも頭ごなしに指示されてはストレスが溜まるものである。

 

 ちょっとやり込めた爽快感に包まれながら、ユウマは本日の迷宮探索の進捗に想いを馳せた。

 

 現在は士官候補生が待ちに待った春休み。

 

 ソニアのような例外を除けば、一回生から五回生まで心休まるひと時である。

 

 ある者は故郷へ戻ったり、オスゼリアス近郊に住む者なら穏やかな日々を送る。が、ここにいる彼らは平穏とは真逆の行いに興じていた。

 

 教導官制度、というものが士官学校には存在する。これは春休み期間、全寮制を取っているオスゼリアス士官候補生の一回生のために設けられたものであり、一年間の訓練で強化術の修練が十分でなかったと判断された者に課せられる。いわば補習だ。

 

 二回生からはあの悪名高き迷宮探索演習が行われる。実力が劣っていると、本当に死の危険に直面しかねない。士官学校側はその点を考慮して、休み期間中に暇な上級生を教導官として、低レベル迷宮での訓練を実施するというわけであった。

 

 エセキエルもこの補習訓練の実施者であったらしい。堂々と指揮する様――どうやらデブログは下級生の自主性に任せるタイプの士官らしい――は、そんな事実を微塵も伺わせないが、成長を思うとすこし笑えて来る。これまで歩んできたエルサ班の軌跡に、ユウマは頬が緩んでいた。

 

「何笑ってんだよ」

 

 気がつくと、エセキエルが訝しげな目を向けていた。

 

「何もないでー」

 

「変なやつだな、相変わらず」

 

「かっちーん。ウチ、激おこぷんぷんやで」

 

「それ、もう死語だぞ」

 

 こうやって私語をしながら迷宮探索をしていても咎める者は少ない。戦いに慣れれば慣れるほど軽口を叩きやすくなるとはいうが、どちらかといえば迷宮の難易度の関連が深かった。

 

 低層も低層、士官学校側の教官も叫べば到達できる距離で待機していると思えば、気が抜けるのも致し方なしなのだろう。

 

「しかし、ホントにモンスターが出ないな」

 

 エセキエルは泥水が跳ねるのは嫌らしい。バシャバシャと気にせず足を踏み鳴らす後輩に顔をしかめていた。

 

「しゃあないんちゃう。『蒼玉の洞窟』はめっちゃ不人気やし」

 

「ま、だからこそ教導用に選ばれているんだろうけどな」

 

「なんか文句でもあるんかいな」

 

「これで訓練になるかと言われれば微妙だろ」

 

「そうかもしれへんねぇ」

 

 言いたいことはわからないでもない。水気があって寒々しいのも、嫌気が差す原因の一つだろう。清い水で疫病の心配は必要ないことが唯一の救いである。

 

「っと、待ってくれ皆。御同輩だ」

 

 ずっと微笑を携えながら見守っていたデブログ隊長が声をかけた。

 

 視線の先には見窄らしい身なりの六人組。歳も人種も性別もバラバラだが、迷宮に得物を持って入ってくる連中は一つしかない。

 

 探索者。永遠の根無し草とも呼ばれるが、とりあえず迷宮の魔石採集を生業にする者たちである。

 

 ここは士官学校で習った最低限のマナーに乗っ取り、彼らが過ぎ去ってゆくのをただ待ち続けた。

 

「ちっ」

 

 エセキエルが苦い顔で舌打ちをした。歯に絹着せぬ物言いの彼だが、ここまで感情を露にするのはめずらしい。ユウマは尋ねていた。

 

「どうしたん」

 

「気が付かないのか。あいつらのあの格好」

 

「格好?」

 

 ユウマは彼らの身なりをつぶさに観察した。この寒々しい洞窟の中にあっても、麻の上下だけである。庶民のおしゃれとして、下履きの紐だけは高価な絹にするのが良いとされるが、それもない。

 

 足元には藁草履と、迷宮探索云々以前に町民としても少々見窄らしい格好であった。

 

「あんな格好で大丈夫なんかいな。いくらレベル低いからって」

 

 腰の差している得物もそうだ。鞘付きゆえ中身は伺えないが、あの見た目では決して業物とはいえない。それどころか木の棍棒を持っている者もいるぐらいだった。

 

「お前はもっと世間の勉強もしろ」

 

 その回答を聞いて、エセキエルは眦を下げた。

 

「なんよそれ、感じ悪いなぁ」

 

「いいか、今後は聞くなよ。あれは“強制探索”だ」

 

「きょうせい……えっと、なんやって?」

 

「奴隷を用いた強制探索業。帝国が産んだ闇の一つだよ」

 

 新聞社の息子であるエセキエルの思想は若干の偏りがあるものの、こういう社会差別の内容には熟練のルポライターのような見識を持っていた。

 

 彼の語るところによればこうだ。

 

 魔道具産業の中核を成す探索者家業の発展。それによって迷宮は一躍宝の山と化したものだが、すべてが稼げる場所であるわけではない。

 

 ウルカヌ火山のように環境が劣悪なもの、塔のように立地が悪いもの、稼ぎやすい場所というものがあれば、稼ぎの悪い不人気な場所があるのも必然だ。

 

 この迷宮もそれに該当する。街からの遠さと、迷宮の半分が水の下、そしてレベルも低いとなれば、人気が出るはずもない。

 

 しかし、だからといって放置していれば迷宮災害が発生しかねない。彼らはそれら諸事情を解決するために生まれた存在であった。

 

「奴隷。それも戦闘用の、死んでもいい奴らってことだ。時折富豪の奴隷に対する扱いで裁判になることもあるが、こいつらの存在は誰も見向きもしない。必要悪ってことなんだろうが、俺には納得できねえよ」

 

 犯罪奴隷や戦争奴隷などから構成される彼らは、武装もなければ、大した訓練も施されることなく迷宮に赴き、命を顧みず魔石を回収する役目を負わされている。

 

 五年もすれば解放される契約らしいが、一年間の生存率は一割を切るとなれば、夢も希望も持てない世界が広がっていることは想像にかたくなかった。

 

「そんなんひどいわ」

 

 無意識の非難。それを見たエセキエルは、険しい顔で首を横に振るばかりだった。

 

「俺たちはそういうのを踏みつけにして生きてるんだ。何ができるってわけじゃない。けど、そういうのを忘れずに生きなきゃならないってことを、覚えておいてくれ」

 

 情報に通ずる者として、彼は色々な世界を見てきたのだろう。政治に翻弄される者、軍に弄ばれるもの、世間に杭打たれる者。それを受け入れてう生きている彼の目は、ひどく澄んでいた。

 

 彼が大人びて見える事実に恥じ入り、ユウマは目を伏せた。

 

「そろそろ行こうぜ。人にはやれる範囲ってのは限られてるんだから」

 

「うん、そやね」

 

 自分はうまく笑えているのだろうか。

 

 ユウマは頬をさすりながら、足枷を嵌められた囚人のごとく、迷宮を潜る彼らを見つめ続けた。

 

 

 

 § § §

 

 

 

「はぁ、ようやく今日も終わりやねー」

 

「さすがに疲れたな」

 

「いっつも思うとるけど、ちょっと体力なさすぎやない?」

 

「誰のフォローで疲れてると思ってるんだ」

 

 額に青筋を浮かべたエセキエルが、やってられんと腰を下ろす。平均よりも下の水準にあるのはわかっているのか、苦い顔をしているのはご愛嬌だ。

 

「いやいや、今日は助かったよ」

 

 教官たちが設営していたキャンプからマグカップを二つ持ってきたデブログ隊長は、いつもの優しい微笑みを浮かべて労う。手渡されたカップからは、ココアの香りがかすかに立っていた。

 

 ユウマは戦鎚を磨いていた手を止めて、陣取っていた大岩から退いた。不承不承といった感は否めなかったが、デブログは元ユウマの席に腰を下ろした。

 

「それにしても、さすがは奇跡の二回生……ともうすぐ三回生か。一般の君たちも中々の腕自慢だな」

 

「いえ、トップ層には敵いません」

 

 エセキエルの口調に悔しさはなかった。個人戦にそれほど拘るたちではないと、一年の付き合いでよくわかっていた。

 

「上位層はバケモンだよ。まあ、俺たちにはちょっと関係ない人種さ」

 

「冷めているんですね」

 

「歳を食えば、領分って言葉が自然と身につく。ま、世の中それで済ませられない奴もいるが」

 

 デブログは空になったマグカップを最後の最後まで傾けると、ぐるんと振り向いた。

 

「諦めきれない、って感じだな」

 

「ウチは……」

 

「いや、わかるよ。今日ずっと見てたが、君はそっち側に足が届きそうだ」

 

「でもウチ、オウルにはぜんぜん敵わへんかった。やなくて、敵いませんでした」

 

 ユウマの声音には、抑えきれない悔しさがにじみ出ていた。

 

「君たちはあのロヴィニ紛争に?」

 

 意外、という顔でもなくデブログは尋ねた。

 

「とはいってもあまり大事な場面を任されたわけではありませんが」

 

「でも、忘れられへんことなんです」

 

 あれはユウマたちにとっても初の実戦。それも敗戦である。楽観的に話せというほうが無理なものだった。

 

「よかったら、事件のことを聞かせてくれないかな」

 

「緘口令が敷かれている範囲外でしたら」

 

 エセキエルは流作業のように事件の梗概を説明した。もう何度も話した内容である。ずっと隊を離れていたエルサ班には、目を引くような内容があるわけでもなかったが、デブログは興味深そうに何度も首肯した。

 

「ウチは、悔しかった。今まで、戦うってことには本気でやってきたのに、オウルにはぜんぜん敵わへんかった。それどころか、みんな一気に吹っ飛ばされて」

 

 ユウマにとって、まったく勝機の見えない敵というのはオウルがはじめてであった。

 

 無論、今まで敗北知らずで来たわけではない。士官学校の模擬戦でも負けはあるが、ああしていればという仮定が湧き上がるものである。しかし、あのオウルとの対戦では一切そのようなものがなかった。

 

 話を終えたとき、ぐずぐずと鼻がおかしくなっていた。大きく啜るように鼻を鳴らす。

 

 デブログは優し気な笑みを浮かべると、ぐりぐりと乱雑にユウマの頭を掻き混ぜた。

 

「悔しさを覚えていられるのが幸せなんだろうな。俺には、もう見上げるしかできないけどさ」

 

 哀愁の深い彼の目が瞬かれる。さて、と立ち上がると、「頑張りたまえ、若人たち」と一言残して立ち去っていった。

 

「ユウマ……」

 

 エセキエルはカップの中に視線を落とす。水面には漣が微かに立っていた。

 

「なんやの、そんな暗いのウチらには合わへんよ」

 

「いや、だけどな」

 

「いいねん、気楽にいこうな……あれ、どしたんやろ?」

 

 ユウマは洞窟の奥から響いてくる足音に耳を澄ませる。誰も注意を払っている様子はない。やはり自分は英雄症候群。聴力という点では群を抜いているのだ。

 

 と、ようやくエセキエルが足音を捉える。抜刀の構えを見せたので、それを押しとどめる。規則正しく、その軽い足音は敵性生物のものではなかった。

 

「モンスターは居ないのか?」

 

「そんな感じはせんなぁ」

 

「同業者ってことか」

 

 曲がり角の奥から顔を覗かせたのは、五人組の探索者たちだった。どの顔にも見覚えがある。記憶の海を漁って、それが探索前半で見かけた奴隷たちであることを思い出した。

 

「なんだなんだ。どうしたんだ」

 

「ちょっと捕まえて聞いてみよか」

 

 エセキエルが止める間も無く、ユウマは額に大粒の汗を浮かべた探索者の一人を捕まえた。

 

 首筋に奴隷の首輪を嵌めた中年は、明らかに身分の高い士官制服を見て身体をこわばらせた。

 

「あんたらなんでそんな急いどるん」

 

「あ、ああ。別になんにもねえよ」

 

「ウチらは新人の教育係なんよ。危険なモンスターが出たんなら、注意せんとあかんねん」

 

「なんもねえって。俺たちもういくぜ」

 

 士官候補生の集団を発見して落ち着きを取り戻した彼らは、けんもほろろに去っていこうとする。

 

 一人、二人、と麻服の探索者が入り口へと向かってゆく。最後の五人目が目の前を横切ろうとしたとき、ユウマはその肩を掴んでいた。

 

「なあ、あんたらもう一人はどうしたん」

 

「は、はあ? なんのことだよ」

 

「ウチ、あんたらのこと朝に見たけどな、そんとき確か六人やった。もうひとりはどこいったんや」

 

 男の角ばった顔がこわばる。感情の露呈を覆い隠さんと、鼻がピクピク蠕動していた。

 

「ケガ、しとるんやないよな」

 

「……そっちの見間違いだろ。もうほっといてくれよ」

 

 掴んだ腕を振り払って去ってゆく探索者たち。後ろで話を聞いていたエセキエルが、ハッと顔色を変えた。

 

「お前ら、生贄に置いてきたな」

 

 銀縁の眼鏡がキラリと光を反射させる。身体全体から怒気が放たれていた。

 

「なんやの、それ」

 

「よくある手さ。実力以上の敵に出会った探索者が、足止めとして仲間を置いていくんだよ」

 

 エセキエルが唾を地面に吐いた。それを聞いたとき、自然と壁に立て掛けてあった戦鎚を取っていた。

 

「おい、ユウマ。今更向かってももう――」

 

「班長に謝っといてや!」

 

 ランタンを拾うと、足の筋肉が引きちぎれんばかりに洞窟を駆け抜けた。

 

 足元は悪く、時折水が溜まっていてぬかるんでいる。なだらかな傾斜を降っていくせいもあって、走破には向かない地形であった。

 

 滑り出てきた小鬼の集団に突撃する。轟、と唸らせた戦鎚が頭蓋骨ごと弾く。割れた卵のように中身を露出させた死体を蹴り飛ばすと、翻した柄で突いた。

 

 ちょうど三匹団子状態になって地面に転がす。ユウマは三段跳びの要領で残骸を飛び越していった。

 

 ――たしか、あいつらはあっちの方にいったはずや。

 

 能力的に優れるユウマであろうと、迷宮に単独で潜行するのはリスクが大きい。冷静なソニアが居れば目を向いて怒鳴り散らす案件であった。

 

 頭の中で、今朝見た地図を浮かべる。地理関係の把握は士官として徹底的に叩き込まれる事柄。最底辺の成績であるユウマであっても、問題はなく進む。

 

 三又の分かれ道にたどり着く。どっちだというところで、ユウマは戦鎚の柄を地面につけた。

 

(右はたしか水路やったはずや。ということは二択。どちらにしようかな……)

 

 呪文を唱えながら、すっと占い棒から手を離す。重力か、それとも神の思し召しか。綺麗に倒れた戦鎚の先端は、中央の道を指し示していた。

 

 それから幾ばくか駆けた。短時間の走破では中々の記録、といったところで、ユウマは異臭に気がついて立ち止まった。

 

 血の匂い。それも、数匹ではない。十や二十を超える数。一般的に迷宮内で死亡した魔物は、どういう作用かすぐに地へ帰ってゆく。常識では考えにくい事態であった。

 

 もう一人以外にも犠牲者がいるのか。そんな想像をしながら突撃すると、眼前には驚くべき光景が広がっていた。

 

 うず高く積まれる死体の山。灯が照らす範囲には数えきれないほどの死体が積み重なっていた。

 

 湧き、いわゆるモンスターハウスと呼ばれる現象だ。それを誰かが喰らい尽くした。ユウマは非現実的な光景に言葉を失って立ち尽くした。

 

 闇の中で影のようなものが揺らめいだ。しかも大きい。ランタンでそこを照らしたとき、茶色の柔らかな腹のようなモノが見えた。

 

 野生の明らかに肉食と思える腹部の筋肉。体表は緑の鱗に覆われ、両手は鋭い爪が光を反射させている。徐々に光源を上へ向け、巨大な顎門を発見したとき、ユウマの顔から血の気が引いた。

 

「ど、ドラゴンっ!」

 

 疲れなど一気に吹き飛んで、ユウマは服を濡らすことに斟酌せず地面を転がった。

 

 一拍置いて、世界が光で押し流された。ガイアブレス。緑龍ドラゴネットの能力である。

 

 間一髪で避けた息吹は、唐紅の髪の端を焼きながら、奥の死体の山を一つを消しとばした。

 

(ちょいまちや、ここは水のダンジョンやで。なんで緑龍がおんねん)

 

 息吹のお陰で室内が炎で照らされる。ぼんやりした光が、身体二つ分はある巨大な龍と、その横でへたりこんでいる少年の姿を発見した。

 

 五人組の探索者と同じ服装。見窄らしい身なりに中程で折れた木刀が足元に落ちている。腹部には裂傷があり、服に朱色が滲んでいた。

 

 凄まじい戦闘があったのか。少年は戦闘人形のように感情を瞳から無くして、母親に縋るかのように緑龍の右足をさすっていた。

 

 場違いな属性。たった一人生き残っている少年。親しげなぐらいの挙措。世間に疎いユウマでも推察は容易だった。

 

 ――召喚師。

 

 その顎門は、こちらにロックオンされていた。

 

 ひやりと滴り落ちる冷や汗を認めながら、重い戦鎚の柄を握りしめる。ずしんと響くような一歩に身を竦ませながら、周囲に視線を走らせる。

 

(堪忍やで)

 

 決意は一瞬。同時に緑龍が宙を舞った。ユウマは大きく振りかぶると、地面を抉り取る必殺の技を放った。

 

「てやぁあああ、だいだい大爆発!」

 

 大仰な名に相応しく飛沫ごと地面を揺らすと、龍と地面の間に身体を滑り込ませて、そのまま死体の山の影に隠れた。

 

「驚かせて悪いなあ。けどウチ敵ちゃうんよ。ちょっとお話し聞いてくれんかなぁ」

 

 驚きは人に冷静さを取り戻させる効果がある。感情を無くし、全方位を敵視していた少年の瞳に理性が戻り始めた。

 

「お姉ちゃん、商会の人?」

 

「士官候補生、ゆうてもわからんやろし……そう、ウチは正義の味方や」

 

「せいぎの、みかた?」

 

「そやそや。怪我しとるみたいやし、悪いことせえへんから、そのお友達引っ込めてくれへんか」

 

「ウソつかないで、どうせ怖いところに連れていくんでしょ!」

 

「せえへんせえへん。ウチ悪いことしたことない……こともないけど、子供を連れてったりせえへんもん」

 

「ウソだ! グリが見つかったら、悪い貴族の人に捕まっちゃうって」

 

「そうなん?」

 

「お母さんが言ってたもん」

 

「心配ないて、そんなん聞いたことあらへんから」

 

 少年とのやり取りは長く続いた。喋り合っていてわかったことだが、少年はどうやら召喚師だと露見すれば、攫われるという教育を受けたらしい。

 

 ユウマはその辺りの事情がよくわからなかったので、とりあえず怪我を治すという一点で呼びかけを続けた。

 

「じゃあ絶対に迷宮から連れて行かへん。ほら、武器も捨てた。やから治療だけさせてくれへんかなぁ」

 

「う、うん」

 

「ありがとなぁ」

 

 両手をあげて、警戒させないようにユウマは少年に近寄ってゆく。あと数歩、というところで、少年は不安そうな顔をした。

 

「お姉ちゃん、痛くしないよね」

 

 ユウマは、少年の声で身体を硬直させた。

 

 何を隠そうこのユウマ、今まで治療らしきものすべてをソニアに押し付けてきた過去があった。

 

 

 

 § § §

 

 

 

「お前、いつか家業手伝わせるからな」

 

「あはは、ごめんて」

 

 目を釣り上げて怒りを露わにしているエセキエル相手に、ユウマはペコペコと頭を下げた。

 

 といいつつも彼の手捌きに淀みはない。腹部の裂傷を消毒し、針で縫い合わせる作業は見事だった。少年も痛みに顔を顰めることなく、あっという間の治療に胸を撫で下ろしていた。

 

 士官学校側の待機所はすでに撤収作業が開始されており、他の候補生は慌ただしく動き回っていた。

 

 ユウマが潜行している間、彼らも辺りを探し回っていたのだ。申し訳ないなという気分になって、もう一度深々と彼らに礼をした。

 

「それで、よく無事だったな。ああいや君じゃなくて少年のほうな」

 

 腕を組んで様子を見守っていたデブログ隊長が尋ねた。

 

「召喚師、やったみたいなんです」

 

「なんだと」

 

 包帯を巻いていたエセキエルがばっと顔を上げる。少年が怯えたような眼差しを注ぐ。

 

「ああいや、悪い」

 

 エセキエルが手をあげて謝罪した。

 

「あんまり怖がらせんといてや」

 

「はあ、お前はことの重大性がわかってないのか」

 

「なによ。ウチが何をわかってないいうんよ」

 

「呑気だな、ほら、もっとよく見ろ」

 

 顎で使われるまま、ユウマは少年の容姿に着目した。

 

 齢はようやく十を超えた、といったところか。栄養的に満足な食事を取れていないからだろうが、身体はかなり細い。髪は紺に近い黒で、肌は南方の褐色肌。ラドック人特有の姿である。

 

 あとは年の割に利発なくらいか、と思考を巡らせたところで、もう一度エセキエルの顔を見た。

 

「ラドック人やね」

 

「それで」

 

「召喚師やね」

 

「……それで」

 

「それだけやけど」

 

 エセキエルははぁと大きなため息をつくと、隣に居たデブログと顔を見合わせた。

 

「ラドック人の故郷は、今はオスキュリア家所領になってるのは知ってるか」

 

「知らへんけど」

 

「……わかった。なら、オスキュリア家が司どるのは何か知ってるだろ」

 

「知らへんけど」

 

「お前、本当にバカだな」

 

 少々長ったらしい注釈をつけて、彼は講義を開始した。

 

 五大貴族は、それぞれが各分野に精通した、帝国で唯一所領をもつことを許された貴族である。かのヴィエント家は軍事、リエガー家は農業と特色ある中で、オスキュリア家が司るのは魔法と召喚術であった。

 

 が、魔法はともかく、召喚術は血筋に由来しない力。もちろんオスキュリア家とて例外ではない。それを解消するため、かの領地では古来から脈々とある手法が執り行われてきたのだった。

 

 かの領地では幼い頃、「能力測定」なるものが全土で実施され、召喚師としての才が発覚すれば、家に召し上げられることとなる。そして徹底的な教育が施され、分家に養子として迎えられることになるのだ。つまりは、かの家が継続して召喚師を召し抱えられるのは、徹底した人攫い制度であった。

 

 アンヘルが徹底的に能力を隠しているのも、この辺りの事情が関係している。帝国成立初期に横行した召喚師狩りとオスキュリア家の子供強奪政策が、あまり世情を知らぬ民間からの隠れ召喚師産む土壌になっているのだった。

 

「へー、そうなんや」

 

「もっと世間に気をくばれ」

 

「ははは。ユウマくん、教官に聞かれたら怒られるから黙っておきなよ」

 

 半笑いのデブロッグは、穏やかだったがかなり本気の度合いが強い忠告を残した。

 

「僕は捕まっちゃうんですか?」

 

 少年が顔を伏せながらいった。

 

「それは大丈夫だ」

 

 エセキエルはしゃがみ込みながら、少年に目線を合わせた。

 

「どこの商会所属なんだ」

 

「メイ商会です」

 

「そうか、ならそこの連中にはバレないようにしろ。能力持ちだと知れれば、君は高値で売り払われるかもしれないからな」

 

「う、うん」

 

「今回は助けられたことにすれば問題ないだろ――ですよね、隊長」

 

「そう、だな。とくに報告でもする内容でもないし」

 

 デブログが鷹揚に頷く。

 

 それからの撤収は早かった。少年は士官候補生の集団に混ざりながら、街までの家路を共にした。

 

 もう夜も更けていたころ、メイ商会の近隣で大きく頭を下げた少年は、絞り出したというように言った。

 

「お姉さん、僕に戦い方を教えてくれませんか?」

 

 

 

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