イセカイ&ドラゴンズ   作:原田孝之

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ギガ軽くて、エンドレス下品なので、苦手な人は注意です。



日常編第三話:ベップ異文化交流記 その一

 帝国属州随一の都、オスゼリアス東側に位置するデンドロメード湖を南南東に進み、古今一度も活用されることのなかった大自然の要塞「中央山脈」を西へ迂回すると、狂ったように樹木の茂る帝国大森林が果てなく広がっていた。

 

 帝国中緯度一帯は一般にガスパエル海気候と呼ばれ、夏期のほとんどが日照りばかりだが、この辺りだけは連峰の影響か降雨が多く、大樹林を形成している。魔物も相まってほとんどが未踏地であり、一応なりとも帝国に臣従したが、他国のように隷従することない原住民たちの宝庫であった。

 

 とはいっても、観光地として価値があるわけではない。年中暑く蛮族も闊歩する魔境は、帝国広しといえども研究熱心な学者先生方か、もしくは敬虔な宣教師の興味をくすぐるぐらいであった。

 

 そんな僻地を、周辺住民たちは「盗賊の遺棄場」と揶揄するぐらいには疎んでいた。魔物被害が目に見えて多いからだ。加え、我の強い探索者はアテにならないので、常設の森林警備隊とは別に有志の自警団が組織されている。「ポーナ州では鍬で人を耕す」とは至言だが、無骨な農民たちは競って武芸を磨くほど武侠の色が濃かった。

 

 そんな地元民でも近づかない地雷原を、二つの影が縫っている。

 

 その一つ、第三〇クナル小隊所属のお調子者ベップ・リベラ・フォルチは、いつにない不機嫌なオーラを纏っていた。

 

「あぁ~何も見えて来ねえ。暇すぎる……なあ、アルバ。お前ってどんな女がタイプ?」

 

「……」

 

「なあ、おいって。……はあ、ちょっとくらい話せよな、もう二年の付き合いだぜ俺たち」

 

 黙ってばかりの同輩に口先を曲げて文句を呟きながら、柘榴の捩木に手をついて沼地を進む。森を彷徨って早半日。樹木と熱帯特有のキモい昆虫、不潔な魔物が跋扈する超未開の蕃地に、自他称シティボーイのベップには辟易していた。

 

「なあ、同期で気になるやつでもいいからさ。さすがにちょっとぐらい居るだろ」

 

「……」

 

「趣味なら聞いていいのか?」

 

「……」

 

「おーい、アルバさーん。生きてますかぁー」

 

 壁を打つような徒労感。ベップは葉が擦れ合うようなため息を吐いた。

 

 同部屋、同班でありながら、こうまで不仲な関係は珍しい。プライベートに至っては出身部族しか知らないのだ。隊長、実質的なリーダーについても思考を巡らせてから、やってらんね、と黒光する巨大兜蟲を叩き斬り、別たれた胴体に腰かけた。

 

(そりゃ悪いのは全部俺なんだけどさぁ)

 

 休憩しているのが気に入らないのか、アルバは無言で前に立ち、ターバンの奥に潜む猫目で睨んでいる。

 

 これなら、ソニアと来たほうが万倍マシだったろう。候補生とは寝ないという掟を破りそうで怖いが、細事には拘っていられない気まずさだった。

 

 ベップはガサゴソをバックパックを漁り、蜂蜜エールの入った皮袋を取り出した。それから乾パン一欠片をつまんでみる。

 

 と、そこで、靴底がぺらついているのを発見した。

 

 やはり制服と革靴などで入るのは無謀か。二人の格好は、森林警備隊などに見つかれば自殺を疑われかねない気狂い同然の軽装であった。

 

(マジでおっさんの忠告を聞いとけばよかったぜ)

 

 今更だが、開拓村べンドンバーンで森師の案内を無下にしたことが悔やまれた。

 

 勘違いされがちだが、身体能力と行軍能力は別物である。探索には、なによりもまず、地図と方位磁針といった道具の扱いが重要とされる。足拵えは、長距離移動に耐え得る厚い皮の長靴にするべきで、傾斜を登るための尖った鉄製の杖やアイゼン、ザイルなど諸々を備えておいた方が良い。それから数日分の食料。夜を越すための燃料や火打石なども必須である。これら物質的備えに加え、「沢を下ってはならない」などといった原則なども抑えておくべきであろう。

 

 候補生のくだらない、かつ、割とある死因が自然を舐め腐って餓死することである。超人的な身体能力は、雪山など夏着でも踏破できてしまう。脳筋候補生にありがちな傾向だった。

 

 一切れのパン、ナイフ、ランプを鞄に詰め込まない愚か者の行く末は如何に。当然、君を乗せることなどできない。家族に不名誉な死が届かぬよう、ベップは信じてもいない神に祈りを捧げた。

 

「なあ、まじないかなんかでどうにかできね?」

 

「……無理」

 

「そこをなんとか、さ。ほら、二人寄らば文殊の知恵っていうだろ」

 

「……期間は一週間、尻拭いは自分でしろ」

 

 第三十小隊は現在、マルマラ州のビーチで、護衛対象が揃うのを待っている。それまでに仕事を終え、トンボ帰りしなければとてつもない咎を負う羽目になるだろう。いや、精々置いていかれるぐらいだろうが。

 

 一方、小隊結成の経緯もあり、アルバは期限をなんとしてでも守ろうとするだろう。

 

 実に前途多難な旅路だ。

 

 完全に自分の所為ながらままならない人生に唾を吹き付ける。腰かけている死骸からけったいな悪臭が立ち始めたことで行軍を再開したベップは、どうしてこのようなことになったのか、経緯を振り返りはじめた。

 

 

 

 § § §

 

 

 

「やぁん、旦那様ったらお元気ですぅ」

 

「けしからんものを前にしちゃ黙っておれませんて。ああ、レイラちゃん、君の中にずっと埋もれていたい」

 

「あぁんもう、エッチなんですからぁ」

 

 相好を崩しながら手をワキワキさせている男。それが奇異に映らないのは夫婦の巣か、天下の遊里サンダカンの娼館街ぐらいであろう。

 

 いや、どちらにしても下品か。学園一の遊び人を自称するベップは、暑苦しい陽光で蒸し焼きになる中、桃色のカーテンが映える寝室で、いつもの相手レイラと馴れていた。

 

「それにしてもぉ、こんな真っ昼間に遊んでて大丈夫なんですか。小隊戦が始まったところだって、前のお客さんが言ってましたぁ」

 

「いいんだよ。俺たちは特別、いわばダークホスだからさ。あとで出て行ってびっくりさせるの」

 

「さすがですぅ。レイラ、キュンって来ちゃいます」

 

 二つの肉塊を両手で弄びながら金色の髪を喰む。漏れる心地よい艶聲を耳にしながら、ベップは窓の向こう、学園の方角を眺めていた。

 

 彼女とは初客であった縁から続いている。腰は程よくくびれていて、豊満な胸や吊り上がった尻肉と、風呂屋の芸妓やストリップバーのダンサァとは味わいがまったくちがった。

 

 元老院議員にも御得意が多いと噂される老舗サンダカンは、酒類や茶菓子も品があった。女性を全身で感じながら、豪の者らしくしゃぶらせる。これら、旧ヘラミム地方の葡萄酒を口にしながら耽るのは、世のしがらみを忘れさせてくれたのである。

 

(やっぱ女ってのはこうボン、キュ、ボンじゃないとなぁ)

 

 振る舞い茶屋のハンナ、それから製糸工場の次女レヴィン、未亡人も居ただろうか。遊んだ女は星の数ほどいれど、彼女ほど良い身体もなかった。

 

 帝国人らしい抜けるような肌は天下の花魁の名に相応しく、時折、詩を詠んでは深い教養を覗かせるのもポイントが高い。第二皇女に瓜二つ、などと巷では囁かれているようだが、頭アッパラパーな箱入り娘か、冷酷な女帝しかいない貴族女と一緒にしないでほしかった。

 

「ねえ、旦那様」

 

 存分に楽しんだあと赤ら顔で気の抜けた返事をすると、レイラは太客への媚びというより、女の哀願という面持ちで袖を引いてきた。

 

「今度はいつ頃いらっしゃいます?」

 

 目の奥には、縋るような弱い光が篭っている。彼女にとって、ベップははじめての男だ。売り時の今、馴染みの客に落籍してもらいたいという本心が透けていた。

 

(ま、そろそろ潮時なのかもな)

 

 遊郭とは一夜の幻、と心に刻んだつもりだったが、いつの間にか溺れていた。不義理は忍びない。彼女の鏡台に流れているほとんどが、アンヘルの持つ出元不明の資金であるから余計に。

 

 零細貴族に添うても不幸になるだけ。戦争で親を亡くし、なくなく身売りすることになった彼女こそ、市井に商いを持つ良人が相応しい。軍人の自分は、いつ黄泉に旅立つかわからないから。

 

 ベップは曖昧な笑顔のまま煙に撒くと、頬を緩みっぱなしにさせながら、ふらふら千鳥足のまま店先へと出た。

 

 懐はじゃらじゃらとまだ分厚い。見目が派手なのか、音が目立つのか。行く先々で屯する売春婦に両手を取られた。そうやって色街の隘路を彷徨っていると、まるで迷宮に入り込んだようであった。

 

 ――俺は(女の)迷宮王になる!

 

「って、地獄の切符と引き換えなんだけどさ」

 

 遊んでいられるのもあとどれくらいか。同期と連んで馬鹿騒ぎ、なんて長らくやってない。あの頃はよかった。金がなくて偉い奴にヘコヘコするのも楽しかった。

 

 それが今はどうだ。自分だけだろう、いつまでも遊び人でいるのは。

 

 いや、それもちがうか。

 

 すっと懐に潜りこんで来た手を、鋭い反応で捩じり上げた。

 

 筋張った慣れた手だ。ベップは、盗人の飄々とした細面を右手で張った。

 

「失せろ」

 

 壁に打ち付けられた盗人は、極度の恐怖にでも襲われたのだろうか。全身を震わせると、ご小水の蛇口を狂わせてしまった。うえ、きたね。

 

 鳥人並みの跳躍で周囲を驚かせると、喧騒など素知らぬ顔で酔っ払いを再開した。顔には現れやすいが、生まれつき肝臓が強く祝賀会の英雄と呼ばれていた。言い換えると店のカモだが。

 

(つか、男の失禁とか誰得だよ)

 

 汚染された記憶を塗り替えようと、やからに絡まれ、泣きながら奉仕するソニアを思い浮かべようとした。無理があって、女王様プレイに変更する。強引は好みじゃないのだ。

 

「おっ、あれはケーナちゃん」

 

 くだらない妄想で己を励ましていると、裏通りをすすっと横切ってゆくガールを発見した。ぴょこん、と頭から跳ねた耳が二つ折りになっている。茶毛の兎耳だ。

 

 なんということはない。フィルドラビット蛮族の小麦肌に囚われて、口説きまくった女の一人であった。

 

 あれほど致したあとだというのに、神槍ロンギヌスが戦闘態勢に入っている。

 

 暴れん坊な我が大槍身め。ふう、今宵もロンギヌスが泣いている。

 

 猛りに導かれて、ベップは不道徳を形にせんと動きだした。

 

「なあ、おっさん。そのボロ切れと鏡くれねえ?」

 

「あ、別にいいけどなんに使うんだ――っておい」

 

 露天商が売っていた布を頭に巻きつけると、細工の切れ端であろう細長い鏡を片手に、にやりと歯を剥き出しにした。

 

 変態仮面、ここに爆誕。

 

 酔っ払いの狂態だと思っているのだろう、往年の店主も奇妙な顔で唸っている。だからどうした。今の私は、温暖化から地球を守るトゥーンベリの愛弟子だ。

 

 さあ、ご散水を始めよう。

 

 路地の端っこで尻を振りながら歩いている女を見つけると、無言のまま襲いかかった。

 

「喋るな」

 

「ひっ」

 

 ドスの効いた声と、突然背後から抱きすくめられ、首元に光り物――さっきの鏡――を突き付けられたことで、女は身体を硬直させた。

 

 気付いてない、気付いてない。

 

 嫌がる女を路地裏にずるずる引き込みながら、壁に両手を付いて股を広げろと命令した。

 

「い、いや……うそっ」

 

 スカートをたくし上げて、外気に淡い水色のショーツを晒す。かちゃかちゃとベルトを外す音を聞いたのか、肉厚の尻を小刻みに震わせていた。

 

 後背位の作法は指圧であろう。華奢な腰から手を離し、おもむろに乳房を鷲掴みにした。

 

 小ぶりではあるが、沈み込むような柔らかさを掌全体で堪能する。ピンと爪で弾くと、全身の筋肉に緊張が走った。

 

(ってあれ、ケーナちゃんってこんなに小さかったっけ?)

 

 大きくなることはあっても小さくなることなどあるのだろうか。伝ってくる感触もいつもとちがう。なんというか、初々しくて勝気な彼女っぽくないのだ。

 

 ぶちまけ変態プレイで温暖化対策に貢献してから、じっとり火照らせてやるつもりだったが、身体は氷のように閉じている。

 

 奇妙な心持ちで湿りもしない中心を弄っていると、彼女はフルフルとまつ毛を震わせ、涙ながらに切願した。

 

「やめてっ、ください……はじめてなんです」

 

「は、じめて?」

 

 いやいや、ケーナちゃん。俺とヤる前からバリバリ遊んでたじゃん。つか君、元娼婦でしょ。

 

 演技の一環なんだろうかと下履きをずり下げたとき、背後から身震いするような怒声を浴びせられた。

 

「キサマッ、アンナさんから離れろっ!」

 

 強大な殺気を感じ取り、ベップは彼女を抱えたまま飛び退いた。

 

 ぶうん、と凄まじい風切り音を立てて、回し蹴りが通り抜けていった。当たっていたら首もげ案件である。

 

「何しやがるっ」

 

「それはこちらのセリフだッ。早く彼女を解放しろ!」

 

 ファイティングポーズを取ったスキンヘッドの男は、戦地さながらの闘気を放射し始めた。全身を総毛立たせる、ガチもん戦士の風格であった。

 

(あ、しかもこいつ、徒手空拳の使い手だわ)

 

 インファイトを得意とする傭兵だろうか。得物ありなら兎も角、上背のある大男に素手は苦戦しそうである。

 

「私の正義が真っ赤に燃える。お前を倒せと指が喚く。外道っ、灰になれることすらぬるいぞ!」

 

「ちょ、ちょっと待てよ。お前は根本的に何かを勘違いしてる。少し落ち着けよ」

 

 ベップは脇に抱えた女を片腕で弄んで、自分のものであると殊更主張した。

 

 ケーナは性に奔放で、常連の職人衆十人を同時に食った伝説もある。この若人も、清楚な見た目に騙された被害者であろう。

 

 が、粗雑な弁解は逆効果だったようだ。男は固めた拳を突き立て、フーフーと荒い息を吐いている。

 

「ことここに至って言い逃れとは、生きていることを後悔させてやる」

 

「だから、ちょっと待てって。すぐ事情を説明してやるから、な?」

 

 滝のような汗を拭いながら、腕の中で沈黙を守っている彼女と大男を見比べた。

 

 というか、早く顔を上げて弁解を助けてくれ。周囲から人が集まってきて、これでは本物の暴漢だ。

 

「俺と彼女は……そういう仲なんだ。これ以上、聞くだけ野暮ってもんだろ?」

 

「私には、無理やりに見える」

 

 と言いながらも、大男の額に脂汗が浮いて不安が漏れている。

 

「へ、へへ、快楽ってのはハードコアなほうが楽しめるって云うからよ。俺は、ちょっと工夫して楽しませてるだけっていうか。ま、そういうことだよ」

 

 言い訳すると焦って表現を誤ったのである。が、客観的に見て、今のロジックはどう考えてもエロゲェの陵辱敵キャラだった。

 

「う、うそ、ですよね。ねえ、アンナさん。アン、な、さん?」

 

 さっきから「アンナ」って誰だよ、と疑問に思っていると、腕の中の女がはらはらと涙を零し始めた。

 

 旅商いで失敗して、債務奴隷へと転じても明るく努めてきたのは、同じ身分の妹を助けるためであったらしい。寝物語に聞かされた身の上話の帰結は種族的強さというより、環境が育ませたということであったはずだ。

 

(って待てよ、妹ってたしか……)

 

 昔、酒屋の男と幼馴染を争って、ファイトクラブ騒動に発展したこととデジャブった。確かあのときも勘違いで……。

 

 肩を掴んで彼女を真正面から凝視すると、見覚えのない泣き黒子を発見してしまった。

 

 ――やっべ。別人だわ、これ。

 

 悪神が憑いているのか、時折、強烈な大事件を起こしてしまう。しかも今回、割と洒落にならない現行犯である。

 

「ゆ、許してくださいケインさま。私は、汚されてしまいました」

 

 目を伏せながら、ハンナは弱々しく呟いた。

 

 役者、というほどではなかったが、嗚咽混じりの懺悔は見るものの良心を燻らせた。

 

 拙いからこそ、よりリアルなのだろう。婚約者がいる身で暴漢に襲われた乙女。妄想が捗りそうな設定に神槍が鎌首をもたげはじめた。いや、普通に事実なのだが。

 

「き、き、き、き、き、きぃぃぃさぁぁまあああッ!」

 

 大男は、こんもりしたベップテントの膨らみを見て顔を真っ青にさせたかと思うと、一転赤龍もかくやとばかりに怒りを噴出させた。

 

 怒髪天を突いている。ハゲなのに。

 

「あ、あは、はは?」

 

 苦し紛れの愛想笑いに男は凶相を浮かべると、命の輝きとおぼしき魂の奔流をベップに浴びせた。過強化、の煌めきである。

 

 命を賭して囚われの姫を救わんと拳を掲げる。ディフェンディングチャンピオン、ベップは勝てば強姦魔、負ければ死亡。百パー自業自得だが、お縄になって手元不如意が最善にすら思えてくる次第だ。

 

「やめてください、ケインさま。私のような穢れのために傷つくなんて」

 

(さっきは喋れって思ったけど、今はマジで黙っててくれ。たのむ、ガチで死ぬから)

 

 集り始めた群衆が血の匂いに気付いて囃し立てはじめた。

 

「ぬ、抜けぇぇ! その格好、候補生であろう」

 

「あ?」

 

「貴様のような卑劣漢が世直しをほざくとは、誠狂った世よ。この私が成敗してくれる」

 

「い、いや、俺はそういうの興味ないってか」

 

「為らば尚のこと信念が欠けている。私は、ずっとアンナさんをお慕いしていた。彼女は誰も見向きもしない徒手空拳の使い手を、ただ一人励ましてくれた。この世に彼女ほど清廉な人は居ない。ゆえに、私は過去にどんなことがあろうとも気にしない。彼女の美しさは、その内面にあるからだ。ましてや、貴様のような寄生虫に噛まれたことなど、何の関係があろうか! 私の愛は、身分、過去、種族を超えたところにある。いま、それを証明してみせる!」

 

「け、ケインさま……」

 

 地面に崩れ落ちながらも両手を合わせ、キラキラした瞳で仰ぎ見るアンナ。場は、悪役令嬢のクライマックス並みに盛り上がりを見せた。

 

「おい、この男に剣を渡せ。これより、彼女を賭けた魂の決闘を申し込む」

 

「お、おいおい、このくらいでやめようぜ。謝罪ならするし、金なら――」

 

 言い方を完全にミスった。金、という単語を口にした途端、男は侮蔑の眼差しを浮かべると指抜きグローブを装着した。

 

「私は黒鷲傭兵団第三隊副長、赤指のケインだ。名を名乗れ、帝国人としての誇りも忘れた薄汚い拝金主義者め!」

 

「ベップだ」

 

 彼も立派な武官の生まれ。このような前口上にはめっぽう弱い。所属や家名を名乗らなかっただけ冷静さを残していたが。

 

「我が二つ名”赤指”は、故郷の名産品、巨大林檎を一握りで粉々にしたところから付けられた。私の指に捕まれば一巻の終わりであると覚悟せよ」

 

(……果てしなくだせぇ)

 

「今より神聖なる一騎討ち。間に割って入ることは許されぬ。皆の衆、良いな」

 

「こっちとしては法の裁きを受けるってのはやぶさかじゃないが、決闘ってなると手は抜けねえぞ」

 

「ふざけたことを。私のような平民では、わけもわからぬ理論で煙に撒かれるだけであろう」

 

「俺はそんないいところの出じゃ」

 

「臆したか、この卑劣漢めが」

 

「ケインさま、死なないで」

 

「はい、私ケイン。アンナさんのために、すべてを捧げます」

 

「もぉいいよ、なんか漫談みたいになってきた」

 

 ケインが恭しく騎士の礼を取ると、よくわからない憤りのようなものが燃え立っていた。無性に暴れたい気分だ。女郎屋の護衛から長剣を受け取ると、地面を思い切り蹴り付けて、弾丸のように駆け出した。

 

(物理的に戦えないんなら、地獄へ行かなくても済むかもな)

 

 隊長は人の心がなくて最悪だが、アンヘルの献身も十分終わっている。自己犠牲といえば聞こえはいいが、勘定に味方まで入っていない。

 

 そのうえ、呪われているのか頻繁に大事件が勃発するので、軽く死ねる。それと較べれば、よくわからない猿芝居など。

 

「俺のこの手が真っ赤に輝く! 敵を倒せととどろき叫ぶ! 必殺、○○○フィンガッー!」

 

 鞘に仕舞ったまま長剣を平正眼に構えると、その中心に標的を据えた。

 

 たちまち、男の眼つきが変わった。演説にわずかながら酔っていた頬が、針のような闘気に刺激されて緊張したのだ。

 

 ベップは無理やりながらも激戦を潜り抜けさせられた勇士である。そんじょそこらのお遊戯剣法とは一線を画した本格派だ。

 

 一瞬の油断が勝敗を決する。

 

 魅せの一手を上段から放つと、ベップはそのまま懐に潜り込んでショルダータックルを見舞った。

 

 こういう場合、重心の低い侏儒のほうが有利だ。鳩尾の下から担ぎ上げると、憐れケインは両手を放り出して吹き飛ばされた。

 

 気合は認めるが特別な才はねえな。立ち上がって猪のように向かってくるケインの喉元に、抜き手も見せず銀光を閃かせた。

 

「やめようや。嬲るってのは好きじゃねえ」

 

 低くドスの利いた声は、さっきまでのチャラい風を吹き消した。神速の居合術に男は凍り付いている。

 

「ほら、話し合いでケリにしようぜ」

 

「あ、アンナ殿……ああ、申し訳ない。あなたをお救いできず」

 

 宥めようと思ったのだが、ケインが跪いて懇願を始めた。いや、話聞けよ。

 

「も、もうやめてください。私ならどのようなことでもご奉仕致します。なにとぞ、ケインさまをお助けください」

 

 こちらはアンナだ。ベップの足に縋りつきながら涙を流している。谷間をぎゅううと寄せての上目遣いにぐっと来た。

 

「そ、そんな、そのようなことはやめてくだされ」

 

「いいのです。このアンナ、ケインさまの想いに迷いから解き放たれました。あなたとの思い出だけで、私は生きて行けます。毎日、あなたの居る方角に祈りをささげることだけ、お許しください」

 

「おーい、別にそんなつもりじゃ――」

 

「おお、おお。神よ、どうしてこれほどまでの試練を与えたもうた。私は毎日一善、近所の子供に飴をやっているのです。病床の母に毎月仕送りをしているのです。私は善人ではないのですか。私はこのような苦難に合わねばならぬほどの悪人なのですか」

 

「ああ、なんとおいたわしい。ケインさまには必ずや、私以上にふさわしい人が現れます」

 

「そんなことはありません。私にとって、貴方はフレイアです」

「ケインさま!」「アンナさん!」

 

 悲劇の主役を気取って、地べたで抱き合いながらわあわあ泣いていた。大根臭すぎて辺りの見物人などは白け切っている。犯罪者ベップも冷めきった目で凝視していた。

 

 それからのコンボを話そう。

 

 一、逃げ時を逃したベップはあえなく憲兵隊に捕縛され、牢獄にぶち込まれた。

 

 二、面会室にて、ヴァレリオット(呆れ顔)に保釈の準備を頼んだ。

 

 三、当然だが、アンナの姉ケーナに振られる。

 

 四、一週間臭い飯を食べながら、憲兵ディアゴに和解の条件交渉を頼む。

 

 五、いろんな大人が動いた結果、多額の慰謝料および奉仕活動で手を打つことになった。

 

 結果、奉仕活動として、アンナの故郷にお便りを運ぶことと相成ったのである。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 すでに日も暮れ、焚き火を囲んで夕餉をとる迷子一同。ベップなどは乾き切った皮袋をひっくり返し、卑しくもペロペロと舐めていた。

 

 本日のメニューは光沢を放つ昆虫の丸焼き。吐き気を催す味と節足が歯間に絡み付くのを無視すれば、タンパク質や微量栄養素は取れた。

 

 向かいで蹲踞するアルバは、スプーンを無言で動かし、くっちゃくっちゃと幼虫を咀嚼している。エゴヌ族は南部の指定保護部族だから、ゲテモノ食に忌避感がないのだろう。

 

 死んだ魚の眼で咥内の感覚を捨て去りながら、禍々しい料理を口に運んだ。

 

(あぁ~、ヤりてぇなぁ。この際、男でもいっかなぁ)

 

 その目は鎖帷子から覗く肉体に釘付けだ。穴があればなんでもいいのだろうか。リラックスすると途端に暴れ出す欲望が怖かった。

 

 飲んでは酩酊し、肉に溺れる。時折、自分が社会不適合者になってしまった錯覚に陥いる。

 

 喜び勇んでとはいかなかったが、家族の望むまま士官学校に通い、食い扶持を固めていたはずだ。地方の屯所長にでもなって、気立のよい伴侶でも探すのが終生の旅となるだろう、と。

 

 だが、なぜだろう。無性に気に入らない。小隊戦に心血を注ぐ同期を眺めていると、どうしようもなく滑稽に思えるのだ。

 

 訓練にどんな意味がある。兵隊なんてのは駒の一つ。特別ではない一兵卒など、訳もわからぬ理想を実現する為だけに存在する。野犬に衣装を着せたぐらいの価値しかないのに。

 

 だから、自分は女を抱くのだろう。荒涼な気分は包まれていれば露へと消える。現実など関係ない。誰もが無責任、感情のまま吐き散らかすのが現世である。

 

 降り始めた小雨がシューシューと炎を弱める。繁茂する森の中で陽射しを求めた大樹は、重みに負けてだらんと巨大な葉を垂らした。

 

「……寝る」

 

 徐に立ち上がると、アルバは慣れた手つきで焚き火に覆いを被せ、根の隙間に埋もれるよう膝抱えとなった。

 

 冷ややかな風がターバンを煽る。仄暗く照らされた横顔は、いつものように無であった。

 

「なあ、アルバ」

 

「……なんだ」

 

「なんで俺たちは此処に居る?」

 

「……」

 

 アルバは語らなかった。答えは二人とも分かりきっていた。

 

 いや、本質的には分かち合えていないのかもしれない。階級下位の間柄でも違いはある。部族の知恵と技を継ぐアルバと、ただの武官貴族の息子ベップの二人にも。

 

 追求することもなく、雨に打たれるまま空を仰いだ。眠るわけにもいかない。輝かしい宝石箱も積もった雲の向こうに隠れてしまった。薄暗い靄が視界を白けさせてゆく。心が霜焼けて身体の芯まで鬱々とする。濡れた制服を木の枝に吊るすと、根っこに腰掛けて転じる空模様を眺め続けた。

 

「あれ、は」

 

 月明かりに照らされた何かが、チカ、チカと反射するのを目に留めた。金属、それも鋼の輝きであろう。

 

 同時に、ぐぅと腹が鳴った。喉もカラカラに渇いている。人の気配に触発されて、生命としての欲求が息を吹き返したのだ。

 

 距離はまあまあある。ランタンや松明がないところを見ると夜目が利くのだろう。得物を引き寄せると、アルバに声を掛けることなく駆け出した。

 

(見間違いじゃなきゃやっとの脱出だぜ)

 

 目印がないから見失いやすい。闇の中だからか、距離感も狂っていたようだ。走れど走れども人影に出くわすことはなかった。

 

 グルグル彷徨っていると、どうやってたどり着いたかもわからなくなっていた。いつしか深い樹林の中で立ち往生して、蓬の木に手をついていた。

 

「くそっ、勘違いか?」

 

 巨大昆虫か、はたまた小鬼族の武器でも見間違えたのだろうか。帰還不可になったことも併せて、ぐっしょり濡れた額を手の甲で拭ったときである。

 

 気配に気付いたのは、ほとんど偶然であった。鋭い戦士の勘は闇の中であっても冴え渡る。ベップは、頭上から投射される影に反応し、反射的に横へと飛んだ。

 

(囲まれてやがるっ!)

 

 矢という予想に反して、投げ込まれたのは鉄網であった。歴戦の彼もさすがに魚の気分は知らない。無様に転倒して沼の中に埋もれる。足場が悪く、一向に立ち上がれそうにない。どころか、棘のような返しが網についており、動くだけで出血を誘った。

 

 狂乱の雄叫びが耳を劈いた。どこか、精神の在りどころを見失った素人っぽさが垣間見える。

 

 上から降ってくる鈍器の群れに耐えながら、ベップは頭を抱えて凌いだ。

 

 暗闇とこの体勢では反撃の糸口など見出せそうにない。火鉢に突っ込まされたような激痛を堪えながら、泥まみれの瞼を開き、意味もなく絶叫した。

 

 雲間からふいに月明かりが差し込み、自らに襲いかかる正体を認めた。その瞬間、かなりいいタイミングで後頭部に入った。

 

 どれほど身体を鍛えようとも、人体の弱点は依然としてある。血が噴水のように湧き出す感覚。視界が白濁して、痛みとも熱ともわからぬ何かが脳裏を占めた。耳鳴りがキーンと響く。

 

 ベップは、意識の線をぶちんと断ち切られ、泥の中へと沈んだ。

 

 

 

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