イセカイ&ドラゴンズ   作:原田孝之

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日常編第四話:ベップ異文化交流記 そのニ

 ケイブラビット族、という種族について記述しておこう。

 

 この獣人種は、帝国成立以前からちょろちょろと登場するものの住処を大森林の一画だけにして、興隆も滅亡もない凪のような歴史を紡いでいた。

 

 身長は帝国人と大差ないが、全体的に痩せぎすで、白い肌と体毛を持っている。言語体系は帝国語だが、文字の文化はなく、知能は低いとされた。

 

 雑に語れば、臣従した獣人部族の一つだ。

 

 ケイブ、という名が示すとおり山野や森林を好んで洞窟をつくる。男は木の実や作物をあつめ、女は蚕に似た生物で織物をするらしい。これらは人種的特徴というより環境適応であろう。フィルドラビット族と呼ばれる、野を駆けずり回っては旅行商に励む種も存在する。

 

 ここまでを統括するとさも帝国人の毒牙にかかりそうだが、アルン人などとは違い見向きもされなかった。奴隷として絶望的に需要がないのである。

 

 なによりストレスに弱い。暴行とか以前に住居が変わるだけで病死する。そのうえ、顎のしたに臭腺と呼ばれるものがあり、気に入らないと刺激臭をはなつ。

 

 労働力としてはもちろん、愛玩生物としても価値が極めて低い。このあたり、フィルドラビット族は融通がきいたので、見過ごされるかたちになった。

 

 帝国人は自種以外をしたに見る傾向があり、毛深い種ほどそれは苛烈になる。そういう意味でも幸運であったといえよう。

 

 つまりは、あらゆる亜人種の中でもっとも脆弱であり、かつ狩られる理由がないということである。ゆえに、彼等は危険を察知すると野山に篭る。逃げ足だけは疾いので、天敵たちは態々追いかけなかった。

 

 生存競争においてはもっとも分のわるい種族ながら、今日まで絶滅の憂き目にあわなかったのは、偏に絶妙な無価値さであろう。生存には十分なちからを持ち、かつ、他種を刺激しないことが功を奏した。脅かされるたび棲家を変え、文化を変え、ようやく人類不踏の地を住居としたのである。

 

 というわけで、意思の疎通ができても、本質的な部分で合着できるわけではない。

 

 たとえばこんなふうに。

 

「これぇ、なぁにぃ? あたらしいお友達ぃさん?」

 

「ちち、ちがうよぉ、これは人間さんだよぉ」

 

「ニンゲンってなぁに。食べれるのぉ?」

 

「ダメですよ、お腹壊しますよ」

 

「わわっ、なんか動いた」

 

 喧騒で目を覚ましたベップは、一瞬、囚われの身だということを忘れて瞠目した。見渡すかぎり白のモフ耳がひしめいている。一、二と数えるだけで日が暮れそうだ。

 

 目を輝かせたちびっ子から皺がれた老婆までキャイキャイ騒いでいる。どいつもこいつも好奇心に溢れていた。

 

 ここは神殿であろうか。篝火をたよりに目を凝らすと、どうやら祭壇に転がされているようである。削り出された尖岩が背中に刺さる。戒められた手首を動かして、剥かれた身体の寒さに耐えた。

 

(なんだこれ、いったいどうなってんだ。郵便を配達していたら、得体の知れない神さんの供物になってやがる。つか、んな薄着でどいつもこいつも寒かねえのかよ)

 

 穢れのない純白ロングの髪から、ぴょこんと兎耳が飛び出ている。

 

 これはいいとして、冷気の籠る岩肌の中で、全身は恐ろしいほど薄着であった。秘部だけを申し訳程度に覆っているのは、蔦と葉を組み合わせた自然のビキニだ。

 

 白毛に透き通るような肌と対をなした色彩は、アマゾン奥地の民族ピダハンに遭遇したダニエル・エヴェレット司教以上の衝撃だろう。

 

 ガキからババアまですっぽんぽん。皺くちゃボディが目に入って、ベップは吐き気を催した。

 

「触るな。こいつは私が捕らえたんだぞ。こいつは私の奴隷だ」

 

 いつの間にか、側の壇上となっている所に凛々しい声の持ち主が立っていた。

 

 目の前でむっちりとした太ももが左右に揺れている。革靴から伸びる素足は暴漢に襲われたあとのようだ。痩身の集団に混じった、その肉感的な身体は一際輝いている。背中の毛並みもいい。ベップは応え甲斐のありそうな腰つきに釘付けとなった。

 

 視線を感じたのだろうか。ケイブラビット族の女はくるりと振り返った。

 

 帝国人に近いくりくりの瞳が、黒真珠のように輝いている。

 

 彫りは浅い。絵画的な美しさすら感じられる。厚ぼったい唇はむしゃぶりつきたいほどに官能的だ。ただ、歳の頃はよくわからなかった。ベップと同年代、もしくは少し下であろうか。

 

 美少女と美女の狭間、熟れる直前の彼女はなんとも形容し難い魅力を放っていた。

 

(エッロっ。やべ、勃ってきた……)

 

 顔を覗き込むため女がしゃがむと、フルンと肉が揺れた。犯罪者級の卑しい目付きで凝視する。彼は稀代のおっぱい星人だった。

 

「おい、お前」

 

「え、俺のこと――いっ、何しやがる。や、やめ、捻らないで」

 

「なにをおっ勃てている。埋められたいのか」

 

「これは生理現象だって、やめ、もげる。もげるから!」

 

「セイリ……? 知らん単語だ。どういう意味だ」

 

「ひ、人が生きていくうえで必ず起きる反応だ。男は寝起きに勃っちまうもんなんだよ!」

 

「そうか」

 

 女が手を離すと、ベップは祭壇の上で腰を引きながら想像を絶する痛苦に喘いだ。神槍ロンギヌスがゲイボルグに圧縮錬金されそうである。

 

「ち、千切れるかと思った……っふう、生で触ってんだからちょっとぐらい恥ずかしがれよ。どうだ、立派なもんだろ?」

 

 捕虜の身ながら、槍を無表情で掴まれては男が廃る。見栄っ張りベップはへへんと得意げに言った。

 

「粗末なモノで威張るな。さっさとしまえ」

 

 汚らわしそうな目付きで女は手を拭った。

 

「お前らが身ぐみ剥いだんだろ。つか、それ俺の靴っ!」

 

「奴隷のものは私のモノだ」

 

 女はツンと突き出た胸を張った。へへんと鼻も鳴らしている。

 

「ガキ大将かよ」

 

 ベップは呆れ返って、虜囚の身だということも忘れていた。やべ、と口を噤む。が、なぜか女は困惑している。

 

「……どういう意味だ。子供が今何の関係がある?」

 

「器が小せぇってことだよ!」

 

 今度こそ引けない事態だが、女は顰めっ面を晒して顎を摩っている。

 

「食器の話をしてどうする。お前はもしかして、バカなのか」

 

「……馬鹿はテメエだろ」

 

「なんだとっ!」

 

「ここで言う“器”ってのは度量とかのことだ。文脈を読み取れ」

 

 女は無言になると、感情という色を表情から消し去った。ふわりと飛び立ってモフ耳祭りの輪に立つと、ガキたちを集め高笑いを始めた。

 

「カサー、どうしたのー」

 

「どうもあのニンゲン、立場がわかっていないようだ。調教してやれ。私はあれを調べる」

 

 と言って、女は洞窟の奥に消えてゆく。わあっと歓声が湧き上がった。

 

「やったぁー」「ちょうきょー」

「ねえ、調教ってなあに?」「わかんなーい」

「あははー、カサの言うとおりだー」

「ねえ、誰がやるー」

「私やりたーい」

「私も私もー」

 

 ひそひそと姦しく少女たちが喚きたてると、足音を鳴らして、タップダンスのようなモノを踊りだした。次から次へと演者が減り、残ったタレ目の少女がどこかへ消えたと思うと、帰ってきてはトテトテと駆け寄ってきた。

 

 抱えているのは人参のような野菜である。ただし、いろは奇妙に青い。鼻先に設置すると十間ばかり距離をとった。少女から老婆まで、固唾をのんで見守っている。

 

(餌付けされてんのか、俺)

 

 毒性は強そうだ。だが腹は減っている。

 

 いや、冷静になれ、ベップ。子うさぎたちの目を見ろ。あれは、罠にかかるのを待つ漁師の目だ。

 

「知ってるのかなぁー」

 

「しっ。もうちょっと待とうよー」

 

 ハニートラップには弱いが、それ以外の耐性はある。虜囚の身にも慣れ、適当に欠伸をしていると、子兎たちは飽きて散開してしまった。

 

 生贄に捧げたいわけでもないらしい。一人残った視覚のテロリストは竹の器に水を汲んできてくれた。

 

「ここってどこ?」

 

 喉を潤したベップは、こっそり手首を捻って縄抜けを試みた。

 

「おうちよ。見たらわかるでしょう」

 

「……ならさ、連れを見なかったか。白いターバンを巻いた奴なんだけど」

 

「シロイターバン? おいしいのかしら?」

 

 祭壇の清掃を行う係なのだろう。中年の女は樹木の繊維で埃をはいている。厳しい監視もなく、身動ぎにさえ反応しない。

 

 ベップは好機とみて現状説明を要求するのだが、つかみを理解することさえ時間を要した。

 

 なにせ、言葉を知らないのだ。そのくせ、意味を曲解しつつも話を繋げようとするので、内容がとっ散らかったままになる。

 

 なまじ訛りがないだけに、そのトンチキさは強烈だった。薬ヤっているアバズレとはなしても、こんな気分にはなるまい。

 

 アルバのことは知らない。収穫班がベップを捕まえた。以上を聞きだすまでに料理、野草、匂い、石の色などに脱線した。どれそれの葉は着心地が悪いなんて、一生知らなくていい。

 

「それでそれで、あの子ったら水の中でアワアワ出すのよ。もう汚いったらありゃしないわ。ねえ、あなたもそう思うでしょう」

 

「あ、待て待て。取り敢えず俺は外に出たいわけよ、オーケー?」

 

「おうけい? ケイの木なら外に行かなくてもあるわよ。なんなら取ってきましょうか」

 

「違う違う。外に出たいの」

 

 ベップが身体を起こしてムズムズと肩を動かすと、何を勘違いしたのか、中年の女はポンと掌をたたき、

 

「なるほど、わかったわ」

 

 と言った。断言しよう、絶対にわかってない。

 

「シーシーしたいんでしょう。ずっとここに居るものねぇ。でも、出すなって言われてるし、何より今食事中だから」

 

 女は困ったわぁ、と頬に手をあてて考えこんでいる。なんで飯の話になる。頭をかち割って構造解析したい気分だった。

 

「なんて言われたんだ」

 

 丸出しにも慣れてきたベップは、開き直って堂々と大股開きになった。顔を赤らめた中年は、まぁ立派ね、とかほざいている。

 

「出すなって、カサが」

 

「漏れそうなんだよ。いいだろ、外に出るわけじゃないし」

 

「シーシーは身体から出すじゃない。もお、からわかわないで」

 

「……じゃあ散歩したいんだけど」

 

「あ、そうなの。それならいいわ。ほら、縄を解いてあげる」

 

 なんの邪気もなく言われると、脱走を試みているこちらが悪いようだった。じゃあね、と監督者としてあるまじき挨拶されて、ベップは居心地悪く神殿をあとにした。

 

 洞窟内は掘った跡がそこかしこに残っていた。集落とおぼしき部分は広大だが、通路は隙間がなかった。

 

 ゆえに逃げ場がない。よって他人と遭遇する度身体を緊張させるのだが、「どこいくのー?」と声をかけられて馬鹿らしくなった。

 

 いまではその辺のガキを捕まえて案内してもらっている。

 

 奇妙なことだが、彼らには捕虜が理解できないのだろう。そうだろうな、という情報はいくつもあった。

 

 中年の女は、決まって歳下を娘、年上を母と呼んだ。つまりは血縁という思考がない。序でに数も勘定もない。色を表す単語もない。奇妙な赤い果実をみて、「血みたいだ」と謂う。

 

 この事実は、ベップを心の底から戦慄させた。

 

 帝国人が考え得るであろう未開の蛮族、その遥か斜めしたである。唯一の娯楽は隠れんぼ。それをいい歳した大人が楽しんでいる。側から見ていると恐怖でしかなかった。

 

(アンヘルさんが来てたらグロッキーだったな。吐き気がするとか言いそう)

 

「カサはここに居るよぉ」

 

「ありがとな」

 

 頭を乱暴に撫でてやると、小娘はにへらと相好を崩してとたとた走りさっていった。ロリペドじゃないベップは意識の端にもとめない。ツルペタに興味はないのだ。

 

 原始的な集落は岩肌をくり抜いただけの簡素なものであったが、案内された先は意外なことに、飾り用である樫木の柱が乱立していた。

 

 まず驚いたのは仕切りだ。ここに来るまで、野ざらしで着替える女を幾度も見かけた。どうやら空洞が一部屋らしく、隠す文化がない。それだけあってか、文明の匂いがする場所は異質であった。

 

 ボロ臭い木戸を引っぺがすと、ベップは土足で入った。女と獣の混ざった生々しい匂いが香る。そこには、机に向かってうんうんと唸っている女の姿があった。

 

 ケイブラビット族の相談役カサ。元郵便配達員にして現奴隷ベップの身元引受人であった。

 

「そいつは俺のだぜ、返してくれよ」

 

 極限まで集中していたのであろうか。カサはびくりと肩を震わせると、全身の毛をゾワっと逆立たせた。

 

 振り向いたその肉体は、涎がでそうなほど豊満だ。久しくヤってないから、妄想で脳が焼ききれそうだった。

 

「お前っ、どうやってここに」

 

「散歩するって言えば出してくれたぜ。呑気なもんだよな」

 

「ちっ、馬鹿どもめ」

 

「形成逆転、ってやつだな。ほら、そいつを返しな」

 

「奴隷の言うことなど聞くものか」

 

 カサは反射的にであろう、クシャクシャと手紙を丸めた。突然の蛮行にベップは目を剥いて怒鳴った。

 

「おいっ!」

 

 慌てて飛びかかる。虜囚の身になってもここに居るのは何の為だと思っているのか。手紙の残骸を回収して一息付いていると、女の姿が消えていた。

 

「うっ、うっ……そんなおこらなくてもいいじゃないかぁ」

 

 濁声の主人カサは、部屋の隅っこで涙目になっていた。まやかしは言葉が過ぎるが、勝気と判断したのは早計だったのかもしれない。

 

 菩薩の心でしゃがみ込むカサの背中を撫でながら、ベップは心の中でため息を吐いた。

 

(どっかに草食だった名残りでもあんのかね)

 

 どれくらい時間が経ったであろうか。ドサクサに紛れてお触りしたベップは、頃合いをみて切りだした。

 

「それで、俺の荷物を返してもらおうか」

 

 いまだだ怯えが消えていないのか。とり繕うように髪を梳くと、ぷいっと素知らぬ顔で横をむいた。

 

「イヤだ、奴隷のモノは私のモノだ」

 

「おれは奴隷になったつもりはねえ。つか、いまはどっちかって言うとソッチのほうが不利だろ」

 

「むー、私はお前を捕まえたのだ。なら、お前は奴隷、一生奴隷なのだ。奴隷の分際でいちいち口答えするなぁ」

 

「いや、力のない主人は反逆に合うと思うけどな」

 

「そんなのしらないぞ。お前は奴隷、これ決定!」

 

「はぁ、わかったわかった。なら飯ぐらい出せよ。食料供給の義務は法律で決まってるだろ」

 

「むう、もっとわかりやすく言え」

 

「だーかーらー、飯は出さねえといけねえの。掟とかで決まってるの」

 

「ならそう言え……ほら」

 

 カサは立ち上がると、部屋の隅で積みあげられていた果実を放りなげた。毒はなさそうか。ベップが無造作に齧ると、無花果っぽい味が口内にひろがった。

 

「木の実じゃなくて肉はねえの?」

 

「あんなもの貰ってどうする。血がドバドバ出て汚いぞ」

 

「聞いた俺が馬鹿だった」

 

 ガリガリと頭を掻いたベップは、口の先を曲げて拗ねるカサに追加の食料を頼み、地べたにドスンと座りこんだ。

 

 手持ち無沙汰になって、手紙の皺をのばす。すると、代筆屋の文字に混ざって奇妙な形象文字らしきものをみつけた。

 

「もしかして、お前」

 

「ぎ、ぎくぎく。ち、チガウヨ、ワタシジャナイヨ」

 

「このアホ。子供みたいに落書きしてやがったな」

 

「ち、違うわッ。私はこれを解読しようと」

 

「はぁ?」

 

 ベップはまじまじと絵柄と文字を見比べた。絵ばかりで子供の落書きである。お世辞にも解読などといった高尚な真似事にはみえない。流れるような筆記体に対する冒涜であった。

 

「そんな怒るなよぉ。お前だって、できないことあるだろぉ」

 

 と、カサはまたもや涙目になっていた。

 

「いや、あるけどよ」

 

「私は今が、“男の巣篭もり”なんだよぉ」

 

(意味がわからん)

 

「なあ、もしかしてお前は文字が読めるのか」

 

「読めるけど」

 

「す、スゴイな。ちょ、ちょっとこれを読んでみてくれ!」

 

 しがみついてくるカサに鼻の下を伸ばしながら、ベップは手紙の内容を一字一句違えずに朗読した。

 

 読み進むにつれ、彼女は目をキラキラ輝かせ、終いにはお父さんと尊敬を露わにした。なんだろう、気持ちよくなっちゃうのでやめてくれません?

 

(年上とか知恵者は全部父なのね)

 

 欲望に塗れながらも、ベップは単語単語を区切りながら反応を注視していた。が、どうやら目的の一族と面識はないようだ。

 

 一言にフィルドラビット族といっても、その分布はかなり広い。彼らの多くは近縁種との旅行商を生業とするが、運悪く空振りだったようである。最悪に畳みかけるよう地名にも反応しなかった。現在地不明の知らせである。

 

「そろそろ行くか。完全なムダ足だったぜ」

 

「おい、お前。どこに行く」

 

「用事だよ。まったく無責任に連れ去りやがって――なあ、俺の服はどうした」

 

 バックパック、靴の中に衣服だけがみあたらない。さああ、と背中に冷や汗が流れおちる。無常にも、カサは興味なさげに言った。

 

「お前の服はばっちぃから捨てたぞ。葉っぱを巻きつけとけばいいじゃないか」

 

「しょ、しょんにゃぁぁ」

 

 人類は体毛を代償に服を手にした。裸のまま森を彷徨えば、破傷風でお陀仏だろう。

 

 腕づくでの帰還を諦め、とり敢えず身に纏う物をつくることになった。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 その日、ケイブラビットの青年“大きな雄”は、収穫班の一つに混じって大森林の恵みをあつめていた。

 

 彼の名は冗句ではない。名付けという文化が、かの一族にはないのだ。頬が赤いやつとか、足が小さいやつとか身体的特徴で区別するなかにあって、彼は名のとおり巨大な身体を備えていた。

 

 実はこれ、ハンデである。ラビット族は一概にして線が細く、胴がみじかい。逃走と持久力に命をかける流れにあって、筋骨隆々という男らしさは、女に見下されることはあっても評価される部類の能力ではなかった。

 

 男とは疾く駆け、食料をあつめる。一種、奇形の細面の小男が賞賛される土地柄であった。

 

 男が上層、女が下層と区分けされているおかげか軽蔑の眼差しを浴びることはなかったが、代わりに男のなかで徹底的に虐められた。

 

 かけっこで敗れては野菜を取りあげられ、芋虫を喰らう毎日。虚しくもタンパク質が身体をより大きくさせた。収穫班、炭鉱班と序列がある中で“大きな雄”は最下級、名前もない残土を運ぶ係であった。彼の友達は常に虫であり、洞窟社会のなかで一際下段に位置する存在であった。

 

「おい、“黄色い耳”よぉ、ふざけてんのか。もっとたくさん集めてこいや!」

 

「す、すみません、すぐ行きますから」

 

「ならいつまで寝そべってやがる。ぶっ殺すぞ」

 

 中でも粘着質に揶揄ってきたのは、”黄色い耳“と呼ばれる小男だった。その耳介は一里先の足音を聞き分ける。一際巨大な耳を持つ彼は、成人に達していないのに雌から黄色い悲鳴を浴びるほどの人気があった。

 

 彼らは夜中、闇夜に紛れて食べ物を収穫し、昼間は住居づくりと息つくひまなく労働に勤しんでいる。そんなエリートの中のエリートだ。成人となれば、献上祭にて、いの一番に美貌のプリンセスと契るであろう。

 

 ケイブラビットの姫カサ。

 

 いや、部族には高貴な血筋などという概念はないが、便宜上そのような立場の乙女である。

 

 生まれつき頭が良く蜜蜂を好んだ彼女は、こちらも珍しく豊満な肉体を備えていた。洞窟から死ぬまで出ないため、健康な身体は女にとっておおきなきな利点とされた。

 

 行商人から得た叡智で益を齎し、頑強な肉体で子孫をもうける。女系が運営するにあって、若くして最高権力にちかいのが彼女である。

 

 結論として、器量が昔から一族の男衆に鳴りひびくほど有名な美女である、ということだ。“大きな雄”は仕事の特性上、女衆と出会う機会がおおい。チラリと遠目にしたことしかないが、彼にとってカサは、存在が女神のようなものであった。

 

 だが、それらは同時に深い虚しさを誘った。彼は生まれつき花形の外班に向かず、不器用なので穴掘りも落第点だった。不憫に思った大人たちにも、毒草の区別がつかなかったことで見捨てられた。

 

 カサという一族最高の美女には、それ相応の戦士でなくてはいけないのだ。脚が疾く、鼻が利かなければ。

 

 その事実に至ったとき、引きかえせぬほど巨大化した身体を呪った。

 

 日夜、全身を縮こまらせて眠る彼を、周囲はダンゴムシと嘲った。鼻息荒くして詰めよっても牽制されるだけ。颯爽とした男が好まれる文化で、腕っぷしなどなんの役にも立たない。

 

 献上品がなくては女が承諾するはずもなく。最上の娯楽にして栄誉ある祭、献上祭。ケイブラビット族の生き甲斐を前にして、

 

「お前には種を植え付ける権利などない」

 

 と揶揄われた、ある日のことであった。

 

 ――へえ、こんな重いモン運んでんのか。ご苦労なこって。

 

 ”黄色い耳“は外に運びだす予定の岩を担ぎながら、仲間たちと顔を見合わせて笑った。彼にとって、卑しい職務を嘲笑ったに過ぎないのだろう。しかし、彼だけは違和感を持った。

 

 ――これが重いのか。

 

 百六十を越えれば大柄なケイブラビットにあって、彼は上背百八十を超えていた。両腕は女の胴のように太い。その筋骨、長年鍛え続けた鍛錬の結露であった。

 

 彼はのそりと近寄り、真正面に立つ小男をみおろした。

 

 はじめての反逆。

 

 それこそ、変転の瞬間である。

 

 徐に掴んだ肩は軋みあがり、男の喉奥からは恐怖の吃りが反復した。自慢の足も逃げられねば意味がない。

 

 正確に顔面を捉えた右拳。残されたのは血反吐を撒き散らした虐めっ子と、隅でペタンと耳を伏せる家畜だった。

 

 ラビット族の魂に刻まれた、本能的な暴力への恐怖。その日以来、彼は秘めた凶暴さを解放した。

 

 最初こそいいのかなと戦々恐々していたが、諌めるはずの大人さえ怯えている。いつしか雑務を押しつけ、集落の入り口に陣取っては成果を搾るようになっていた。

 

 矛先となった“黄色い耳”たちは、成果の九割を捧げた結果、顔付きを落伍者特有の薄暗いものに変えていった。

 

「昨日みたいな奴を探せ。カサは捧げ物を大層お気に入りだったそうだ」

 

 支配者として振る舞いはじめたとき、何の気まぐれか、風鼬族襲撃に備えるため大枚を叩いて購入した鉄網が人族を捕虜にした。彼が持っていた鋼製の武器は、原始的な欲求を燻らせた。

 

 音をつぶさに収集する耳介がピクピクと反応する。功名心に長けた彼は、分取った長剣で天を突いた。

 

 卑しいと虐げられてきた種をのこしたい。草食であったはずの兎は、いつしか、小鳥を捕まえてはその血肉を喰らうようになっていた。

 

「もっとだ、もっとよこせ。俺に捧げろ」

 

 歴史上一度も誕生しなかったケイブラビット族の王。それが今、大森林の奥地で生まれ落ちようとしている。“大きな男”は、血の滾りを発露させながら、恋慕う少女とのひとときを夢想し続けた。

 

「し、ししし侵入者ですっ」

 

「どうやって入った。俺はずっとここにいたぞ」

 

「わかりません。それより早く、悲鳴が聞こえてきまさぁ」

 

 

 

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