「あー! 負けた負けた!」
「いぇーい、勝った勝った」
戻ってきた二人はどちらもスッキリとした様子であった。
あれだけの決闘を演じておきながら、まだ余力のありそうな様子なのが驚きだ。
そんな二人に渡すものがある。
「二人ともお疲れ様。凄い決闘だったね」
褒めればむず痒そうに二人は照れた。
こうして見ると年相応に見えるが、一人前の決闘戦術を持つのだ。
その辺の小さな大会ならば高確率で優勝するだろう。
ならばこそ、アレを渡さなければ。
「さて、どうして最後の一戦を私がお願いしたのか。その理由はコレさ」
決闘場に備え付けられた機械から排出されるのは2枚のカード。
プラスチックのような硬質であり、無地のそれを二人に渡す。
両面を舐めるように確かめる二人に説明する。
「これはね。一端の決闘者なら誰でも持っている
ほぇー、と感心する二人に話を続ける。
「これ一つで大会の参加登録が済むし、手続きを行えば身分証明書としても使える……だけじゃないんだ」
昔はこんな物が作られるとは思いもしなかった。
「このカードには
『でゅえるぽいんと?』
疑問が異口同音な辺り、本当に仲の良い二人だ。
「デュエルエナジー云々の説明は省くと、決闘の内容によって得られるポイントさ。強いモンスターを召喚したり、激しい応酬があったりすると高ポイントになる傾向があるね。そして何より、このDPは1ポイントを1円として電子マネーの代わりにできるんだよ」
つまりは決闘を行う程に金が手に入るようなものだ。
「ただ決闘という行為が必要な以上、勝敗が存在するわけだ。勝敗に応じてその決闘で得られるDPを8対2の割合で分配し、敗者は自身のランクに応じて所持DPを勝者に献上することになる」
「……それって賭博罪に引っ掛かるのでは?」
うん、深弥くんの言う通りだ。
俺だってそう思う。
「実は“電子マネーの代わり”って言ったとおり、正確には金銭扱いじゃないんだ。DPを管理しているのは
世界の8割以上の企業がポイントに対応しているだけだ。
屁理屈染みているが、それで経済が正常に回っているのだから問題は無い。
税金の支払いにすら使える程に便利なのだから、一市民としては利益を享受するのみだ。
「一応、有効期限は一年で自動更新されるんだ。ただ更新規則があって、ランクに応じた規定回数の決闘を行わなければランクの降格、場合によっては強制解約もあり得るけどね」
中々難しい話だと思うのだが、二人は投げ出さずに静かに聞いてくれている。
「そこまで決闘に関連付けるあたり、決闘者じゃない人間は望ましくないんだろうな」
「あ、もしかして。私たちに一戦を促した理由はランクとやらに関係があったりします?」
それどころか理解して質問までされてしまった。
ついこの前、小学校を卒業したばかりとは思えないのだが。
「あ、ああ。決闘者IDにはランクによる格付けがされていてね。
高い程、手厚い優待制度が受けられたりするんだけど、一番重要なのは大会の参加条件の指定になっているんだ」
「成る程、ランクで足切りすることで最低限の実力を保証するってことか」
「下剋上の大番狂わせは面白いだろうけど、大抵は蹂躙で終わるもんね。逆に強過ぎる決闘者も弾くことができると。そうやって大会の質をある程度安定させることができるのかぁ。よく考えられているね」
……最近の子供って頭が良いんだなぁ。
「そう。で、ランクの昇格にはそれぞれ条件があってね。一番最初は誰もが通る初心者の証、“
「おお、そんなアッサリ」
「ということは“ルーキー”の大会には出られなくなったってこと?」
「まあ、そういうことだよ。騙したような形になったのは悪かったけれど、君たちの実力だと弱い者虐めにしかならないし、正直“ブロンズ”でも怪しいんだよね。あと“ブロンズ5”の名前通りここからはランクが5段刻みで昇格していくんだよ。その昇格条件は大会で入賞した回数で決まっちゃうんだ。だから今日はここまでが限界かな」
“ブロンズ”は自分の決闘戦術を確立するランクでもある。
その先に進んでいる二人にとっては退屈だろうが規定なのだから仕方ない。
「俺たち決闘者にとって重要な物だっていうのは分かったよ。でも、買い物にも使えるような物を俺たちに預けていいの? 父さんたちが持っていた方が良いんじゃ……」
「うんうん」
随分と大人な視点からの質問だな?
「二人が決闘している間に、それぞれのご両親からは許可を貰ったよ。大半の決闘者はDPをカードの購入に使うからね。欲しいカードを見つけた時に一々家に帰っていたら誰かに買われてしまうかもしれないしさ」
二人が恐る恐る自分の両親に視線を向ければ、笑みと頷きが帰ってくる。
「実は使用記録はその度に公的機関に残るから、どこで使ったかも調べれば分かっちゃうんだけどね」
「ああ、だからか」
「通りで」
とりあえず、納得したようだ。
「さて、決闘者カードを手に入れたところで自分たちのDPがどれぐらいあるか知りたくないかい?」
「それは知りたい!」
「三幻神召喚でどれだけDP貰えるか気になるかな?」
「決闘場に備え付けられた端末に読み込ませれば――」
言い切る前に二人は駆けだして行く。
やはり、まだまだ子供だ。
微笑ましく思いながら二人に近寄ると、
「219DP? ジュース2本も買えないじゃん……」
「343DPって……20戦した上に三幻神を召喚してコレ? え、査定渋くない?」
想像よりも遥かに低いポイントであった。
「ちょっとゴメンね」
端末を操作し、DPの推移を調べる。
記録では順調に増えており、19戦目の時点で二人とも万を超えていた。
“ルーキー”ではありえないポイント推移だ。
問題は20戦目。
3万強のDPが発生しているにも関わらず、二人には十数DPしか入っていなかった。
それどころか二人からそれぞれ1万以上のDPが流出しているではないか。
流出先は文字化けしており読み取れない。
「もしかして神と邪神の挙動に耐え切れずに誤作動を起こした?」
ありえない……とは言えない。
うちに設置した決闘場は大切に使っているとはいえ、既に数世代前の旧型だ。
どこかにガタが来ていてもおかしくない。
計5万DPの喪失に血の気が引く音がした。
「もしかしたら、うちの決闘場が――」
「叔父さん、原因は分かったから大丈夫だよ」
「はい。原因はこの子たちです」
そう言って二人が差し出すのは三邪神と三幻神、そして創造神のカードであった。
「お、おお。これが神のカード。フォーマットは他のカードと変わらないんだなぁ……ってこの子たち?」
彼らの言い分からすると神のカードが原因のようだが。
「俺も初めて知ったんだけど、神のカードにとってDPはエネルギー源になるらしいんだ」
「DPに触れたのはついさっきが初めてだったみたいで、無我夢中で吸収してしまったみたいです」
「そんなことが……」
ふと端末の画面が目に入る。
先程まで文字化けしていた流出先に“ゾーク・ネクロファデス”と“ホルアクティ”という名前に代わっていた。
“ホルアクティ”はともかく、“ゾーク”はこのような名前だったか?
「俄かには信じられないけど、神のカードだもんな。……自意識の一つや二つが宿っていてもおかしくはないのか……?」
だが、機材に問題が無い以上、原因らしい原因は他に見当たらないのも確かだ。
「だからさ、決闘場自体には問題無いから大丈夫! 安心して!」
「だから――というのは違いますけど、また決闘場をお借りしても良いですか?」
「ああそれは大歓迎さ。それにウチのショップ大会への参加も待っているから。“ブロンズ”クラスだから昇格条件を少しは満たせると思うよ。――あ、出来たら“三幻神”と“三邪神”以外のデッキでお願いしたいんだけれど……」
生粋の決闘者でない自分でも凄まじい衝撃を受けたのだ。
それが常連たちとなれば、神との対峙は危険としか思えない。
それに神のカードの情報が無為に拡散した場合、困るのは深弥くんと真希ちゃんなのだ。
「あ、それは勿論。コイツらも下手に騒ぎが大きくなるのを望んでいないんで。ええ、本当に」
「偶に決闘させてもらえば十分ですから。半年にいっか……月に……週に一回は流石に欲張り過ぎじゃ?」
二人の視線が別の方向に向かう。
誰も居ないが明らかに何かを認識している様子から神か何かがそこに居るのだろう。
そのフレンドリーな様子から仲は良好のようだ。
「はははっ。二人とも家が近いし、週末の閉店後にでも遊べるようにしようか」
「良いんですか? ありがとうございます!」
「お手数をお掛けします」
週末の楽しみが一つ増えたようだ。
●
「それじゃあ、また!」
「さようなら!」
「はい、さようなら」
二人と家族を見送れば、店内には俺と紗綾の二人のみとなった。
椅子に腰かけたまま
最後の決闘の後からやけに静かであった。
「大丈夫か?」
声を掛ければゆっくりとこちらを見た。
「……あれ、私ったら居眠りしちゃった?」
ようやく正気に戻ったようだ。
手元に視線を落としたかと思えばポツリポツリと言葉を紡ぐ。
「凄い夢を見たの。温かな光と穏やかな闇が激しくも美しいコントラストを描く夢を……」
どこか夢見心地なのは俺も一緒だが、紛れもない現実なのだ。
「夢じゃないぞー。俺たちは伝説の三幻神と、その対を成す三邪神の戦いを見届けたんだよ」
二人分の飲み物を用意して彼女の隣に座る。
手渡せば静かに受け取った。
「二人が居た手前、言えなかったが何かあったんだろ」
店の前で出会った時、表情が暗かったからな。
とはいえ、こいつは弱音を隠すのが上手いからな。
二人は気付いていなかっただろう、長い付き合いだから気付いたようなものだ。
「……実は最近、スランプ気味でね。自宅はボツ案の海に沈んじゃったんだよ。深弥くんの決闘盤のデザインを引き受けたのだって気晴らしついででもあったんだよね」
「そうか。……でもその様子なら解決したようだな?」
出会った時と明らかに様子が違っていた。
暗く淀んでいた瞳は爛々と輝いていた。
「うん。デュエルモンスターズの神様なんて存在を見たおかげか想像力への刺激が止まらないんだ。今までの停滞が何だって思うぐらいアイディアが溢れて止まらないんだよ!」
「そりゃ良かった。――んでどうする? 確か自宅は隣の県だったろ。もう日は沈んじまったが、今ならバスも電車も間に合うと思うぞ?」
最悪、近くの駅まで車で送れば良い。
悪くない考えだったのだが、溜息を吐かれてしまった。
何故だ。
「……すぐにアイディアを纏めないと忘れそうだなー! どこか落ち着いて作業できる場所は無いかなー!? 何故か居住環境が整っている場所とか無いかな――!?」
そんな大声出さなくても。
「それなら近くにビジネスホテルが――」
「移動する時間も勿体ないかなー!? あー! 今すぐ纏めないとアイディアがシャボン玉のように弾けちゃうかもしれないなー!」
何か切羽詰まってんな。
デザイナー業というのも大変そうだ。
「お、おう。ならここの休憩スペースを使うと良い。空調や電源は勿論、ネット環境も整っているからさ。あと、風呂は無いけどシャワーはある。自由に使ってもらって構わない……んだがな」
「……私が居ると困ることでも?」
「いや、商品の仕分けとかするから五月蝿くなると思うんだが、それでも構わ――」
「だいじょぶだいじょぶ。お邪魔させてもらう分際でそんな我儘言わないって。よし、それじゃあ案内してもらえないかな?」
何か凄い嬉しそうだな。
スランプから抜け出せたのがそれ程嬉しいようだ。
「まずは下に降りないとな。そういえばタオルとかは俺の使い古ししか無いから近くのコンビニで用意――」
「まあまあ、まずは荷物を降ろしてからにしようよ」
紗綾を連れて階下に降りる。
正直、先ほどの決闘を語りたくて仕方ないのだ。
どうせ夕飯はコンビニ弁当でも買って食べるのだ。
宿代の代わりに付き合ってもらうとしようか。
そんなことを考えながら俺たちは店の奥へと向かうのだった。