「お邪魔して早々ですが、今日は心の整理をさせてください」
正気に戻った錦壌先輩は開口一番でそう言った。
「皆もごめんなさい。勝手だけど今日の部活動はここまでにしようか」
どこか憔悴しているが、彼女の瞳はしっかりと前を向いていた。
「その、店長さん。明日の部活動はここに集合という形でも構いませんか?」
「大丈夫。活動拠点として提供する以上、開店時間中は好きにおいで」
「ありがとうございます。では皆、また明日ここで」
そうしてその日は解散となった。
俺たちは今すぐ帰る必要も無いため、引き続き鶴寿に留まる。
休憩所のソファーに俺と漣は座り込んでいた。
真希は決闘者IDカードを機械端末に読み込ませて何かをやっていた。
「錦壌先輩は大丈夫かね?」
休憩所で一緒に休む漣に問い掛ける。
「どうかな。この世界ではデッキは決闘者の魂そのもの。あれだけボコボコにしたら一種の人格否定になりかねないよね。幸か不幸か、先輩はデッキよりも《ナチュル・エクストリオ》を重視しているみたいだからまだ希望はあると思うけど」
「まさか、部活に入っただけでこんなことになるとは……」
「ま、なるようになるさ。今の僕たちは待つことしかできないよ」
一層深くソファーに座り込む。
「気分転換に話を変えようか。僕が前の世界の記憶を思い出したのは一年前だったんだ。おかげで君たちの実家があるこの地域に引っ越せたんだけど、君たちはいつ思い出したんだい?」
「大分早く思い出したんだな。俺は入学式の一週間もしない前……例の事件の日だよ」
だから体験入部の期間を合わせても半月も経ってない。
「あの日か! あの日は僕もこの付近を駆けまわってたんだよ。でも三幻魔の皆曰く人払いの結界が張ってあるって……その後に不審者が捕まったっていうから君たちの無事を祈るしかなかったんだんだけどさ」
だから、入学式で出会ったときに目に見えて安心していたのか。
「とりあえず、あの野郎は復讐で真希を狙って来たから今回もお灸を据えてやったよ。んで真希の記憶が戻ったのはその次の日らしい」
「世界が戻っても犯罪者の行動は変わらないんだ――待って今
「あ、伝えてなかったか」
そういえば、あの野郎について情報を共有していなかったか。
今では大分回復したとはいえ、真希は無意識にあの一件忌避しているからな。
俺も話題に触れないようにしてて忘れていたな。
「あの野郎はさ、俺たちと同じく前の世界の記憶を持っていたよ。決闘盤とインヴェルズのデッキまで携えてな。そして決闘に負けたらカード化されるなんて闇のゲームを仕掛けられたよ」
「そんなことが……君が無事な以上、決闘には勝ったのは確かだろうけど、どうしてそんな力を……」
「言い草からして明らかに
俺の情報に漣は思案する。
「その支援者が不審者――それも前の世界の記憶を持っている人間を使っているとしたら、世界が変化した原因の一端を握ってそうだね」
「ま、犯罪者を部下にしている時点で狙いは碌でもなさそうだよな」
「そして、そんな支援者が狙っているカードを持つ僕らは標的になると。……もっと早く教えてくれても良かったんじゃないの?」
「いや、ホントゴメン。すっかり忘れてた」
詫びとしてジュースを一杯奢る。
DP様々である。
「まったくもう。でも支援者っていう潜在的な敵が居るなら、僕らがこうして集まれたのは幸運だね……決闘部っていう環境も有利に働くし」
「それってどういう事だ?」
「僕たちの味方を増やせるかもってことさ。大会とかで人脈を広げられるだろうし、錦壌先輩が折れていなければいざという時の戦力として育てられるってことさ」
「お前……そういう所が怖がられる原因なんだぞ?」
金持ちの彼が俺たちの友人となった理由の一端だ。
身内には甘いが、それ以外には酷くドライ。
一言に友人と言っても、気を許すまでが長い。
友人と言っておきながら、気分を害せば直ぐに切り捨てられる男だ。
おかげで孤立していたのをなんやかんやでつるむようになったのだ。
「あー、直そうとは思っているんだけどね。でも、君たちのおかげで大分マシになったと思うよ」
そんな彼だが、その心根は冷酷というわけでもない。
錦壌先輩の戦力発言だって、先輩が巻き込まれた際に自衛ができるように協力するという意図でもある。
口から出るのが損得勘定ばかりなのが玉に瑕な男である。
未だ、一心不乱に機械端末を弄る真希の背中を見ながらジュースで口を潤す。
「そういえば、このお店なんだけど、君たちと幾つかカードショップを巡って遊んだ中で一度も話題にも上がらなかったよね。こんなにいいお店なのに」
「ああ、そっか。漣は知らないんだったか。確かに前の世界でもあったんだよ。経営自体はギリギリ黒字だったんだけどさ、父さんの事故と高校入学前のリンクショックの影響が重なってね……」
漣と出会ったのが高校入学してから暫く後であるから知らなくて当然だ。
「ああ、あの。それは……残念だったね」
「でも、他のカードショップを回るようになって漣と会えたんだから悲しいけど悪いことだけじゃなかったよ」
「そっか」
なんだかしんみりしてしまった。
どことなくエモい空気が流れる。
「できたー!」
そんな空気は一瞬でぶち壊れたが。
「さっきから何してたんだ?」
「あのね! この決闘者IDカード、カスタマイズできるんだよ!」
こちらに見せてきたカードには最強ジャンプに付属していたプロモ版《ブラック・マジシャン》のイラストが描かれていた。
彼女が普段から愛用している《ブラック・マジシャン》でもある。
「手持ちのカードイラスト1枚を裏面に刻印できて、オリジナルのIDカードが作れるんだよ! こんなのやらない訳にはいかないでしょ!」
「確かに無地のままは寂しいしな。そういえば漣は持っているのか?」
「当然」
取り出したIDカードに描かれるのは2013年のⅤジャンプに付録していたイラスト違いの《青眼の白龍》であった。
「ということはランクは」
「引っ越し前の地域で大会には参加してて“ブロンズ3”だね。下手に目立つと目を付けられたりと面倒だったからそこそこだけどね」
「それでもしっかり入賞しているのな」
二人のIDカードを見ていると、自分もイラストを刻みたくなる。
「《ブラック・マジシャン》、《青眼の白龍》と来るなら、やっぱりコレだな」
愛用の《真紅眼の黒竜》だ。
“ANNIVERSARY PACK”に収録されていた原作者描き下ろしの新イラストである。
『ちょっと! そこはアタシじゃないの?』
ショップ内を散歩していたゾークが帰ってきた。
不満げな表情を浮かべている。
だから俺は言う。
「すまんな! 原作者描き下ろしイラストには負けるんだわ!」
『くっ、ガチの創造神には勝てない!』
カードを片手に端末に向かう。
『私は原作者描き下ろしじゃないですか……』
その途中、部屋の隅で体育座りする光の創造神が居た。
その隣に大邪神が追加されたが、二人ともプリンでも買ってやれば問題は無いだろう。
その日はそんな感じで緩く過ごすのだった。
●
そして次の日である。
授業が終わった足で俺たちは鶴寿に集まった。
その中に錦壌先輩の姿は無い。
先に店に着いているかと思っていたのだが。
暇潰しに決闘しようにも今の気持ちでは集中できない。
「錦壌先輩は大丈夫だろうか」
「一度落ち着いたことで心が折れたりしてないよね?」
「大丈夫だとは思うけれど……僕たちが先輩を迎えに行くのも違うだろうしね」
不安だけが大きくなってきたその時だった。
「遅くなってごめんなさい!」
息を切らした錦壌先輩が店に駆け込んできた。
彼女は乱れた息を整えながら俺たちの前に立つ。
「わ、私の答えを聞いてください」
深呼吸を一つ。
「昨日の決闘で分かりました。私の一年の経験は無駄であると。実力は後輩に遥か劣ると。そんな実力で部長を名乗るなんて烏滸がましいことであるのでしょう」
「…………」
全員が口を噤んだまま先輩の言葉を待つ。
「だから……だから私を鍛えてください! 貴方たちが誇れる先輩に成れるように! お爺ちゃんのカードと戦えるように! よろしくお願いします!」
そして深く頭を下げた。
それに対する答えは決まっている。
『任せてください!』
俺たちはエンジョイ勢のファンデッカー。
大会ガチ勢と比べれば実力は些か劣る。
それでも先輩の想いに応えるよう全力を尽くすのみだ。