錦壌部長の意欲もあり、特訓は順調に進んでいる。
今日も今日とて部長の特訓のため、部員一同で鶴寿に移動する。
そして駅前の繫華街に足を踏み入れた時だった。
「……何か、いつもより人多くないですか?」
真希が呟く。
確かに普段から学生が集まってはいるものの、今日は五割増しで多い気がする。
「あー、そういえば春の対抗戦の時期かぁ」
先輩はその光景に心当たりがあるようだ。
「確かに決闘盤を装備している人が多いように見えますけど、何が対抗しているんですか?」
学生は元より、大人の姿も多いように思えた。
「“ショップ"だよ。正式には「カードショップ地区対抗戦」だったかな。特定の店舗を拠点として登録した決闘者がショップの代理人として戦うの。その戦績に応じてカードショップの公式ランキングが決まる大会なんだよ」
「カードショップに公式ランキングなんてものが?」
真希の問いに頷く。
「あるんだよねこれが。ランキング上位のショップになると大会賞品のプロモに超レアカードを優先して配布してもらえたり、新パックの優先販売とか、あと公式大会へのショップ推薦枠を増やしてもらったりとかかな」
「へえ、そういうところでも競い合ってるんですね」
「そうなんだ。ショップとしてはランキング上位になる程、名前が売れて、目玉のレアカードが貰えて、お客さんも増えるんだもん。そりゃあ上を目指すよね」
「そうなるとショップがランキングを上げる手段として、腕の良い決闘者を用意するために環境を整えたり目玉を用意したりして常連を増やそうとするわけですか」
「うん。そうして名前が売れれば新規の顧客参入が増えて、そこから常連が生まれてくる。人が増えればショップ内で切磋琢磨が始まって、強者が育っていくっていうのが理想的な循環だよね。っていうのがランキングの目的なんだ」
「逆に言えば、安定しているならランキングに参加しなくてもいいってことですか」
「ところがどっこい。参加していないショップは殆ど無いんじゃないかな。ランキングに参加しているっていうのが優良店のバロメーターの一つだからね。反社会的なショップは参加申請すらできないから、同類に見られるだけでも客足は遠退いちゃうよ」
そういえば叔父さんからランキングの話を聞いたことが無かったな。
まさか、普段の閑古鳥の光景はランキングに参加していないからとかじゃないだろうな。
「けれども、参加しているからってお行儀の良いショップばかりじゃない。隣町のどこかのショップは参加取消しギリギリのダーティ行為を頻繁に行っているって噂だしね」
「ダーティ行為?」
「噂だけでも中々酷いよ? レアカードを安値で買い取ろうとしたり、買い取りを拒否したら常連が買取り成立するまでショップに軟禁したりね。ノーマルカードをレアカード並みの高値で売るようなボッタクリは当たり前。アンティールールを強制してカードどころかデッキすら奪い取ったりなんて耳を疑うような話もあるんだ」
「えぇ……それって許されるんですか?」
「そんな訳ないよ。けれど証拠も残さないようにしてるらしいし、被害者は泣き寝入りが常だって話だよ。だから、人通りの少ない場所のショップに入る時はネットの評価なり調べてから入らないと危険なんだ。まぁ駅前とかは人の出入りが多くて悪辣なショップは駆逐される傾向にあるから、そっちに行った方が安全だね」
「カーショップにそんな落とし穴が……」
これもこの世界特有の現象か。
カードショップにふらりと入っただけで身包み剥がされるとか治安はどうなってるんだよ。
「話は逸れたけど、今回の対抗戦はショップの新人戦だね。対抗戦未参加の決闘者が参加できる催しだよ。参加者は勝敗に関わらずDPが貰えるから参加するだけ得なんだよね」
ここでもDPが餌になっているのか。
「他の地区の決闘者が対抗戦のために来ていたりするから、付き添いも併せて人が普段より多いんだね」
「他の地区、ということは」
「うん。行儀の悪いショップの人も顔を出している可能性が高いから、直ぐに通り過ぎた方が良いかもね」
対抗戦なるイベント一つで治安が悪化するとか、ホントにカードゲームの世界になったんだな。
先輩の助言に従い、寄り道せずに繫華街を通り抜けた時だった。
「――っ!」
小さくも悲鳴のような叫び声が聞こえた。
「どこからだ?」
『裏通りの方かな。ここからでも分かるぐらいの悪意を感じるね』
霊体化したゾークの言うことを信じるなら。
「もしかして行儀の悪いショップの奴か?」
『十中八九そうだろうね。精霊の悲鳴も聞こえるんだから相当なものだよ』
ゾークの声は俺たち3人は顔を顰める。
被害者が心配ではあるが、下手に介入して危険を招くのは本意ではない。
ましてや錦壌先輩が居るのだ。
下手に巻き込むわけにもいかない。
ここは公権力に頼るべきだ。
「先輩、一応警察を呼んだ方が……居ない?」
先程まで先頭を歩いていた先輩が消えていた。
『錦壌さんなら悲鳴が聞こえた瞬間に走り出してましたよ?』
「それを先に言ってよ!?」
「何はともあれ、僕たちも行こう!」
一も二もなく俺たちは裏通りへと駆けだした。
●
錦壌実穂が現場に着いた時、それは既に終わっていた。
「約束通り、このカードは頂くぜ」
「そんな!? アンティールールなんて一言も……」
カードを撒き散らし、倒れ伏すのは自分と変わらない年頃の少年。
散らばったカードの内、一枚を拾い上げたのは高校生と思われる男であった。
「はっ。雑魚が持っているカードじゃねぇんだ。俺が使った方が幸せだぜ」
「そ、それは思い出の、大事なカードなんだっ」
取り返そうと手を伸ばす少年。
だが鬱陶しかったのか男は少年を蹴り飛ばす。
「ぐっ!?」
「雑魚が粋がってんじゃねーよ。負けたら終わりなんだよ」
そんな光景を目にして黙っていられる程、錦壌実穂は大人しく居られなかった。
「ちょっと! 何をしているんですか!」
「あん?」
蹴り飛ばされた少年に駆け寄って状態を見る。
咳き込む少年の背中を摩る。
「アンティールールの強制は強盗と同じですよ!」
そして少年を守る様に立った。
「そいつは俺との勝負に負けたんだよ。勝者は敗者から奪うのは当然の結果だろ?」
「そ、そっちがいきなり勝負を挑んできたんじゃないか。掛けるのはDPだけだって話だったのに……」
「何ですかそれは……詐欺じゃないですか!」
明らかに道理の通らぬ話であった。
だが、男にとってはどうでも良いことでしかない。
「うだうだと煩せえな。勝負が決まった以上、横から口出しすんじゃねぇよ」
踵を返して歩き出す男。
「待ちなさい!」
放っておけばどこぞへと消えるであろう背中にあろうことか声を放った。
「な、なら私のカードを掛けて決闘よ!」
取り出すのは祖父から受け継いだ《ナチュル・エクストリオ》。
「……ほぉーん、中々のレアカードを持ってんじゃん。けど、決闘板も無しにどう決闘するってんだ?」
その問いには少年の決闘盤を借りることで解決する。
「少しの間、お借りしますね」
「ど、どうしてここまで……」
「私も同じだからです。大事なカードを奪われる辛さを知っているから」
懐から取り出したデッキを決闘盤に装填する。
「まさかの初戦がこんなことになるとは……お願い、力を貸してっ」
その願いと共に手札を5枚引く。
相手も同じく手札を引いた。
「今日はツイてるぜ。こうもレアカードが手に入るとはな」
「それは貴方が勝てばの話。私が買ったら彼のカードは返して貰うわ!」
お互いに距離を取ることで決闘の準備は整った。
「――あ、居た! って何だこの状況!?」
「わっ、君、大丈夫?」
「とりあえず、散らばったカードは集めておこう」
それと同時に後輩たちが駆けつける。
「わらわらとめんどくせぇな。さっさとケリ着けるか」
「そう簡単に倒されるとは思わないで」
お互いに決闘盤を相手に向ける。
お互いの決闘盤が対戦相手を認識することで決闘システムが起動した。
『決闘!』
裏通りに勇ましい声が響いた。