東方外伝記 the another scarlet 作:そよ風ミキサー
文字数が前話の倍以上の約22000文字となりました。
読む際はお気を付けください。
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穏やかな秋の昼下がり。日本内陸部でも北に位置する場所に存在しているとある隠れ里は、目まぐるしく動き回る外の世界とは違って、とてものんびりとした時間が流れていた。
そんな隠れ里にある湖に、一艇のボートが浮かんでいた。
大きさは大の大人が2~3人座れる程度で乗っているのは一人、本来は太陽の下が恐ろしい程似合う事の無い、夜の王たる吸血鬼の女サテン・カーリーだ。
ダークブラウンのパンツスーツに同色のロングコートと手袋、顔以外は肌の見えないいつも通りの服装だ。組んだ手を枕にして仰向けになり、顔にはボルサリーノハットを被せたまますやすやと寝息を立てている。
背中の七色の歪な翼は、そんな彼女の状態を表しているかのようにだらしなく広げられていているが、鉱物の様な翼膜だけは淡い怪光を静かに明滅(めいめつ)させている。
全く動く気配の無い彼女の帽子の上に、それを良い事に一匹のトンボが羽休めをしていた。
空では小鳥が囀り、この地方特有の冷たい風の吹く音が聞こえ、更には妖精のはしゃぐ声や妖怪の笑い声までもがサテンの耳に届いて来るのは、此処が隠れ里ならではと言った所だろう。
サテンの感覚からすれば、それらは子供が外で遊び回っている時に聞こえてくる喧騒の様なものであり、彼女の眠りを妨げる要因にはなり得ていなかった。
「釣れてるー?」
かけられた声にサテンの体がピクリと反応する。組んでいた腕を解いて、顔に被せた帽子を持ちあげながら気だるそうに声の主を丸いサングラス越しに見ると、その時帽子に止まっていたトンボがふわりと秋空へと飛んで行ってしまった。
方角はサテンから見て上空、そこには大きめのバスケットを両手に持ってサテンの乗るボートへ降りて来るくるみがいた。
ボートに降り立ったくるみは、視線をサテンからボートの縁へと向ける。そこには縁に固定されたまま糸を湖に垂らしている木製の釣り竿と、獲物を入れる為のバケツが傍に置かれており、くるみはバケツの中を覗き込もうとした……が、その必要は無い。獲物は大きさの問題上バケツの受け口の縁の部分に嵌る形で収まっていたのだから。
そこにあったのは、本来釣りで釣れるものでは無かった。
大の人間の大人の頭部程もある赤い球体に、鋭い刃が球体を一周して丸ノコ状に取り付けられている奇妙な物体だ。それがバケツの受け口に嵌ったまま放置されているのだ。
「って、これ湖の警備用に沈めてた奴じゃない!」
「……それが今日釣れた獲物だったんだよ」
くるみはその成果物を湖に放り投げた。釣りのマナーは妖怪の世でもキャッチ&リリース……と言う訳ではなく、夢幻館の備品(?)なので元の場所に戻したまでの事。
本来は湖に害なす輩を撃退する為湖の中に大量に待機させていたのだが、今回はなんの間違いかサテンの垂らした釣り針に偶然一つ引っかかってしまったのだ。それを大事にバケツに収めて今に至る。
「あんなの獲物にしてどうするつもりだったの? まさか鞄の中に押し込むつもりじゃないわよね?」
「流石にあれはちょっと……」
サテンがあの物体を返さなかったのは、朝から釣り始めたのにも関わらず獲物があれだけだったので、何となく意地になっていただけだった。
サテンが使っているボートと釣り具一式は、くるみの小屋から借りて来たものだ。しかし、その成果は昼を過ぎた時間でこの有様である。
「釣りが下手なのは昔から変わっていないのねー……」
くるみが溜息をつきながら、両手で持っていたバスケットをボートのシート部分に置いた。言われたサテンは苦々しく笑う。
「良いんだよ、こうやってのんびりしているのが目的なんだから」
「へぇー、“あの時”の事が嘘みたいな悟りっぷりね」
「……昔の傷を抉らないでくれよ」
今自分の表情を気取られたくなかったサテンは、寝ころんだ体勢をそのままにそそくさと帽子で顔を隠した。
下手の横好きと言う言葉があるが、サテンがまさにそれだった。
サテンは釣りが好きだ。それこそ暇さえあれば何時間、下手をすれば何日そこで釣りをする為に居座っていても苦にならない位に。
なのにその腕はどうしようもない位に下手だった。およそ百年程前に同じ釣り竿、同じ場所等条件を対等にしてくるみと一緒に釣りをした時、サテンはさっぱり釣れないのに対してくるみの方はアタリが度々来る程サテンの釣りの才能は無かった。
逆にくるみの方が上手いという事がその時判明したサテンは愕然とし、大人げなく悔し涙を流しながら手に持った釣り竿を乱暴に握りつぶして粉々にしてしまうという、当時からしてみればあり得ない位の痴態を晒してしまった過去があった。
挙句の果てには、その後くるみに慰められながら彼女の釣った魚を晩御飯にして頂いたため、年長者として、そして釣り人(自称)としての矜持はもうズタボロである。やけに塩気のある味付けだったと、サテンはその時の事を後に思い返す。
しかし、結果としてそれが彼女たちの関係を良い方向へと向かわせた。
当時未だ心を閉ざし気味だったくるみの心を、皮肉にも開かせるきっかけとなったのだから世の中どう動くのか分からない。怪我(?)の功名と言えよう。
それからもサテンは懲りずに釣りを続けているが、昔ほど釣れる事に固執する事は無くなった。今は静かに時間を過ごすこの瞬間を気に入っているのだ。
隠れ里に滞在しはじめてから数日経ち、ここでの勝手もそれなりに分かってきたサテンのやる事と言えばもっぱらこう言った暇潰しだ。元々妖怪と言う存在は、基本的には暇な者達が大半である。
学校も試験も、ましてや会社も仕事も無いという言葉は彼らの為にある言葉であろう。
だが、それで良い。
妖怪としての本性をあらわしたまま、ここまで力を抜いてだらけていられるのなんてサテンにとっては随分と久し振りの事だった。外が寒いのなんてのは、北欧に住んでいた事と吸血鬼としての頑丈さが相まって何のその。冷たい空気が美味いとすら感じられる位だ。
隠れ里は今の所、平和そのものであった。
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くるみが持って来たバスケットの中に入っていたのは、紅茶の入ったポッドとサンドイッチがそれぞれ二人分。サンドイッチはハムと野菜を挟んだ物から卵サラダ等、極一般の家庭で見られる位のバリエーションが揃えられていた。
此処最近のくるみは、こうして暇を見つけてはサテンと一緒に過ごしている事が多くなった。
暇を見つけてと言ったが、実際の所くるみの仕事は暇な時間の方が多かったりする。サテンが何度か彼女の働く所を見学をしていたのだが、侵入者が来れば湖の底や近くに配備しているセキュリティーが瞬く間に不届き者を追い払ってくれるので、それほど大した労力は必要としていないみたいだった。くるみの本来の役割は、番人と言うよりこの湖に施された警備設備の管理役という意味合いの方が強い様だ。
だが、彼女自身が出張る時もある。そう言う時は、セキュリティーを掻い潜る事の出来る程の力を持つ妖怪であったりする場合が多く、人間が来る事はまずない。
くるみは吸血鬼と言う種族の中では確かに強い方では無いが、妖怪と言う広いカテゴリーから見れば、決してそうでもない。
爪を振るえば練達の戦士が繰り出す剣よりも鋭い一撃を以て相手を切り裂き、その腕力はガードレールや道路標識の柱程度の厚さの金属ならば簡単に捻じ曲げてしまう事も可能だ。
そしてその妖力は、そんじょそこらの十把一絡げに数えられる妖怪達を纏めて吹き飛ばせる程の一撃を放つ事が出来る。性格が大人しく、それでいて呑気なため今一つ自分の力を使いこなせていないのが少々珠に傷であるが。
例え同族内では弱かろうとそこは夜の帝王とまで言われ、妖怪の中でも遥か上位に君臨する吸血鬼の血を引く者。生半可な者では、くるみの相手にならない。
しかもそう言った侵入者が来るのも本当に稀である。
なので意外と暇を持て余しているくるみはこうして現在滞在中のサテンと一緒に食事をしたり、サテンの分身に留守番を頼み、山へ繰り出して本体のサテンと山菜採りを楽しんだり、夜の星空を散歩したりと結構自由に過ごしていた。
「へぇ、妖怪達の数が急に増えて来たのか」
自前の金属製マグカップに、くるみが用意した紅茶を注ぎながらサテンは首を傾げた。昼食を二人でとっている最中にくるみとお喋りをしていた際に先の話が出て来たのだ。くるみ自身も、この事は近所の妖怪伝手に聞いて知った事らしい。
しかし、くるみから妖怪が増えたと言われても実感が今一つ。慣れてきたとはいえ、サテンはこの地域の詳しい事情までは把握していないのだ。
「それって何かまずいのかい?」
見方を変えれば、外の世界がそれだけ急激に妖怪達にとって住む事すら厳しい環境になって来てしまったという風にも解釈できるが、突然過ぎる。
向かい合うようにシートに座ったくるみが、サンドイッチをバスケットから取り出しながらサテンの疑問に答えた。
「私達妖怪は平気だと思うの。困るとしたら、人間達の方よ」
この隠れ里にも人間は住んでいる。くるみ達のいる湖から大分離れているが、人間達の住む居住区画が存在している事をサテンはくるみの口から知る。しかし、外の世界とは事情が違っていた。
彼ら人間達の文化レベルは現代のものと比べると大分古く、ある時を境にして文明が止まってしまっているかのような状態だった。
以前幽香と話をした時に、この隠れ里の事も少し話題に挙がってサテンも知った事だが、“何者”かが大昔この地域一帯に特殊な結界を張った事が原因だった。肝心の結界を張った者については、幽香も知らないらしい。
結界を張った結果、その一帯だけは科学文明の発展は毛ほども無く、妖怪達の力が弱まる事態もここには無い。そしていつしかその地は文明の止まった人間達と妖怪の住まう箱庭となった、と言うのがこの隠れ里の実態だ。
妖怪達は外の妖怪達とは違って活き活きと活動し、人間を襲う。それはもう、わが世の春だと言わんばかりに。そんな妖怪達が急に増え出したら人間側からすれば堪ったものではないだろう。
しかし、人間側もただ襲われるだけでは無かった。
科学の進歩が無くなった代わりに、この地の人間達は彼らなりに独自の文明を築いて行ったのだ。
そのうちの一つとして、彼らは妖怪の脅威を払うために昔ほどではないにせよ、霊力や魔力等と言った科学とは真逆のもの、外の世界ではもはや見る事も極めて稀になってしまった力がこの里では一般的な技術として普及している。人間達はそれを駆使して退治を行っている。
妖怪が人を襲い、人が妖怪を退治する。
人と妖怪が誕生した遥か太古の時代より生まれた不文律、今も尚外の世界の裏側で行われている闘争が、この地でも行われている。
だが、妖怪の退治の意味合いはこちら(隠れ里)とあちら(外の世界)でその在り方が違っている。
外での妖怪退治とは、まさに妖怪と言う種族を根絶やしにせんとする殲滅戦だ。少なくとも西洋はそれが顕著である。
しかし、この隠れ里ではどうだろう。 人と妖怪の争いは一見すると外の世界と同じような構図に見えるが、其処にはある一定の境界線が引かれている様だ。
妖怪達は人間を喰い殺しにかかると言う訳では無く、悪戯や馬鹿騒ぎを起こして迷惑をかけている様なものが大半を占めている。
そして人間達も妖怪を消滅させるのではなく、彼らを封じたり懲らしめたりする程度に抑えている。否、もしかしたら抑えているのではなく、それが人間側の限界と言う可能性もあるが。
人間と妖怪の激戦区である欧州で生きて来たサテンからすれば何とも肩の力が抜ける話だが、それが妖怪を維持させる為の一つの循環機能として成り立っている事に気づき、驚愕する。
妖怪が人を襲い、退治される事で妖怪の存在意義が生まれ、結果として妖怪はそこに存在し続ける事になる。
誰がそのルールを敷いた? まさか自然にそうなったとも思えない。妖怪と人間が相談して決めたというのもちょっと考えにくい。
つくづくこの場所は不思議な所だと思い返しながらも、サテン突如妖怪達が増加した原因に疑問を抱いた。
この突然の増加、外からの流入にしては不自然と感じたのだ。いきなり外の世界が妖怪達にとって更に住みづらいくなってしまった何て言うにしては時間の経過が早すぎるし、自分の様に友人を訪ねに来ただとか、噂につられてやって来たという線も何かが違う。
この一連の事態には、自然の力ではなく何か作為的な物を感るのだ。
「その妖怪達はどこから来たんだろう」
「ごめんね、そこまでは私も知らないの」
分からない事をこれ以上追及しても意味が無いし、そもそも其処まで懸念してもいないので、サテンはくるみに「気にしないで」と返した。
「しかし人間達も災難だね。場所が場所だけに妖怪が増えるのは仕方ないんだろうけど」
「んー? ……そうでもないわよ。どうせそう言う騒ぎを起こした妖怪達って、巫女にコテンパンにされちゃうから」
サンドイッチを咀嚼していたくるみだが、何でもない様に言う。
人間達の中でも抜きんでた強さを持つ者がごく少数いる。
その内の一人、否、代表格と言っても良い人間がいるのだ。
博麗の巫女。サテンが初めてこの隠れ里に来た時に見た、あの神社の巫女がそれだ。妖怪達が騒動を起こせば、その度に彼女が出張っては懲らしめに行くと言う。
しかも殆ど高確率で問題を解決していくため、その実力は確かなものだろう。
ちなみに妖怪退治に向かう際、亀に乗って空を飛んでいくと言うのは結構有名なのだとか。
くるみも博麗の巫女の事は良く知らない様子だった。
この隠れ里に来た時はたまたま留守だったらしく、その後幽香に雇われて湖の番人として暮らして以降は、神社や人の集落のある場所に向かう理由もないため、結局今の今まで博麗の巫女というのがどんな者なのかは噂程度でしか分からずじまいだったのだ。
博麗の巫女、と言う言葉にサテンはピンと来た。思い出すのは、あの紫がかった黒髪の少女。
「……あのお嬢さんか」
「巫女に会った事あるの?」
「此処に来る前にちょっとだけ。道を教えてくれたから特に悪い印象は無かったんだけど」
サテンはくるみの用意してくれたサンドイッチを食べながら、巫女の人柄に付いて考えた。
あの出会った短時間の間に見た彼女の言動から察する所、無暗矢鱈に妖怪を退治しに行くという風では無く、妖怪が騒動を起こした時に動くタイプだろう。そうでなければ、自分の事を妖怪だと見抜いていたにも関わらず、人探しの手伝いをしてくれるなんて事はしない筈とサテンはにらんだ。
「ふーん、案外噂もアテにならないのね」
「噂? その巫女に何か?」
「んっとね、あそこの巫女は喧嘩っ早くて目に付く妖怪はすぐに退治しちゃうんだって。それで退治された妖怪に便利そうな能力を持っているのとかがいたら、そのまま神社で扱き使われるんだってさ」
「それ、誰から聞いたの?」
「近所の妖怪が教えてくれたの。知り合いの妖怪が神社に喧嘩売りに行ったら帰って来なくなって、様子を見に行った別の妖怪も帰って来なくなっちゃったんだって。ちょっと泣いてたわ」
まるで二次遭難に遭ったかのような有様である。どっちが妖怪なのだか分かったものではない。
「気の毒だけど、それは力の差が分からなかった彼ら(妖怪達)の責任だよ」
サテンは巫女に喧嘩を仕掛けた妖怪達に一応は同情するが、因果応報だと答えた。自分達から仕掛けたのだから文句は言えまい。
悪さ(人間側から見れば)をした報いとして考えれば、その巫女のやる事は別段不思議ではないし、もし本当に扱き使われる程度で済むのなら大分お優しい事じゃないかとサテンは思う。せいぜい巫女が満足するか、飽きるまで付き合ってやればいいのだ。
とまぁ、こうやって先の件に付いてあれこれと話しあっているサテンとくるみだが、彼女達にとっては今の所特に関係のある話と言う訳でもなかった為、暇を潰す話題の一つ程度としか思っていなかった。……が。
突如、山の向こう側から連続して爆発が起った。
聴覚にも優れた吸血鬼の二人も最初のそれに反応する。くるみがビクッと体を震わせ、サテンは静かに音の発生源へ顔を向けた。
「わっ何……あわぁーー!?」
いきなりの爆発音に驚いたくるみは、手に持っていた食べかけの卵サンドを湖に落としてしまった。
慌てて手を伸ばしたが時すでに遅く、落とした際に水面に生まれた波紋を未練がましく見つめながら、「私の卵サンド……」と半泣きでくるみはボートの手すりに顔をうずめた。その間にも爆音が山の向こうから何度も鳴り響いた。
それはおよそ数分に渡っただろうか。爆発音と、それによって何かが砕ける炸裂音が山の方から何回も響き、その後一際大きな爆発を起こして以降はぱったりと音が止んでしまった。
「……いる?」
静かになった所でサテンは自分の手にある口を付けていない卵サンドをくるみに渡すと、それをサッと受け取って一気に食べ、くるみは勢いよく立ち上がった。
「何よ! そして誰よ!? 近所迷惑な音を出したのは~!」
食べ物の恨みは恐ろしい。くるみがは怒りをあらわにし、蝙蝠の翼を大きく広げながら吠えた。涙目の為、迫力は大してないけれど。
「今のは神社の方から聞こえたけど、何かあったのかな?」
サテンはサングラスを指でずらし、そこから覗かせる緋色の瞳で山の向こう側を見やる。
湖の地点から神社の方角までは何キロも離れているが、吸血鬼の視力ならば問題なく見える。山の向こう、神社が建っている方角から一筋の黒い煙が昇っていた。
「神社がどうなったって、私の卵サンドが戻って来る訳じゃないもん……はぁ」
其処までサンドイッチを落としたのが悔しいのか、先のショックが尾を引いているくるみ。今頃湖に落としたサンドイッチは魚の餌になっている事だろう。
「……ちょっと様子を見てみるか」
流石に爆発音がすれば少しは気にもなる。くるみの様子に肩を竦めながらサテンがそう言うと、軽く手をかざした。すると手袋ごしの掌から一匹の蝙蝠が透き通る様にして飛び出し、サテンとくるみ達の乗るボートの回りを旋回しながら飛び回り始めた。
吸血鬼の持つ超能力の一つ、体の一部を蝙蝠に変える力だ。自分の意のままに操れるので、分身の一種と考えても良い。
蝙蝠が見聞して感じた五感の全ては、本体であるサテンの頭の中へと直接送られてくるのでこう言った情報収集の際に役立ち、やろうと思えばお使いにも行かせられるのでサテンは重宝している。
(目標は山向こうの神社。取りあえずは様子見だな)
サテンの意思に呼応して、蝙蝠が動き出す。昼間と言う時間帯に似つかわしくない一匹の蝙蝠が、本体の命じた場所を目指して秋の空を飛び立っていった。くるみが「いってらっしゃーい」と呑気に見送る声が聞こえる。
サテンは、オールに手をかけボートを漕ぎ出した。
「あれ? どうしたの?」
「ただ待つのもあれだから、釣り場所を変えるんだよ」
「……なぁーんか結果が見えて来ちゃうのよね。」
「今度こそ釣ってやるさ」
この湖に魚がいるのは既に確認済みだが、自分の腕では中々釣れない事も承知済み。それでも釣りを止めないのは、意地も少しあるが、やはり好きだからと言うのが大きい。
実は吸血鬼の力を駆使すればあっさりと釣れてしまうのだが、サテンはそれを「味気が無い」と嫌う。純粋に釣りとして楽しみたいのだ。
だからこれで良いのだ。サテンはくるみにああは言ったものの、一応この結果に内心納得して釣れそうな場所へ向かった。
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「サテンちゃん、何か分かった?」
蝙蝠を放ってから十数分後、サテンの様子が妙な事に気付いたくるみは興味本位で問い掛けた。
しかし返事が返って来ない。釣り竿を手にしたサテンは水面の方へは眼もくれず、俯いて眉を顰めたまま動こうとしなかったのだ。サングラスを付けたままだが、その表情は多少なりとも困惑の色が見えた。
「ねぇねぇ、どうしたの?」
裾を引っ張ると、ようやくサテンの重くなった口が開いた。
「変な物を見つけた」
蝙蝠の眼で道中見かけた神社は、周りに生えていた木と一緒にまるで嵐に遭ったかのようにボロボロになっており、巫女は何処にも見当たらなかった。
代わりに、神社の石畳の上に爆発の原因である何かの残骸がもうもうと煙を上げながら燃えていた。場所が場所なだけに、もしかしたら巫女と一戦交えた末にやられたものなのかもしれない。
その燃えている残骸こそが問題だった。
壊れてしまっているが、それの原型はいくらかとどめられている為、サテンは一目でそれの正体を見抜いた。デザインがいくらか変わっているが、あれは間違いなく外の世界の物だ。
敵の攻撃を跳ね返す、分厚い鉄の装甲で固められた体。
どんな荒地ですら踏破して見せる無限軌道。
そして、極めて高い殺傷能力を秘めた弾を吐きだす長身の砲台。
それは近代科学の生み出した、人間達の戦争の象徴の一つともいえる兵器。その名は……
「……“戦車”が神社にあった」
それは、サテンが外の世界でも見た事のある人間達の保有する兵器だった。
「“せんしゃ”? 何それ?」
くるみがその名を聞いて不思議そうに首を傾げる。
元々くるみは戦車が誕生する前の時代にこの隠れ里へ移り住んだ身、知らないのも無理からぬ事である。
「くるみが外にいた頃はまだ無かったか。……戦車って言うのは、強力な大砲を付けた鉄の車。人間の作った兵器だよ」
「人間の? 鉄の車?……むんん~?」
どうもくるみの想像力ではピンとこなかったらしいが、ある結論にたどり着いた。
「とにかくそいつが私のサンドイッチを台無しにしたのね! 嫌になっちゃう、壊れちゃえばいいのに!」
「もう壊れてるよ。最後の爆発がとどめだったみたいだ」
「え、本当? なぁーんだ」
それなら一安心ねと、くるみはバスケットの中から残っていたサンドイッチを手に取り呑気にまた食べ始める。そんなくるみに、「まだ残っているんだから其処まで目くじらを立てなくても良いのに」と、サテンは呆れた。
だが、先程見た光景で嫌な可能性が脳裏を掠めた。ある意味、サテンが今一番危惧している事態だ。
――外の人間達が、この隠れ里を見つけた。
と、考えはするサテンだが、この隠れ里に来る際に見た結界が、そう簡単に戦車なんぞを簡単に持ち込ませる様なザルな作りをしているのだろうかとも疑問に思う。だが、戦車があった事は事実。
(せっかくくるみが暮らせる場所が見つかったのに、人間に荒らされるのは業腹(ごうはら)だな)
人間達の手から逃れる為にわざわざ極東くんだりまで来たと言うのに、これではあの娘の苦労が水の泡ではないか。
(それに、まだ操縦者は生きている)
パイロットの姿が何処にも見当たらない。派手に爆発したのでその時体をバラバラに吹き飛ばされたのかとも思ったが、それにしては体の欠片一つも無い。燃え尽きたにしては早すぎるし、生き物の燃える臭いすらしていない。
更に、神社から離れるようにして鉄と火薬の臭いがする何かが山の方へ向かっているのが何よりの証拠だ。大方、戦車の爆発を目眩ましにでもしてちゃっかりその場から逃げおおせたのだろう。
(……調べておくか)
既に巫女が動いているのかもしれないが、相手が妖怪では無く戦車だと言うのが気になる。サテンは再び蝙蝠を操り、独自にそのパイロットの足取りを調べる事にした。
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臭いを辿って山の中まで追跡していた蝙蝠(サテン)だが、そこで突如臭いが突然消えてしまった。
代わりに、何らかの魔術が行使された痕跡……いうなれば魔力の残りかすがその場に確認出来た。
(消えた臭い、魔力の残滓……転移魔法でも使ったのか?)
そうなるとサテンが最初に挙げていた前提が変わって来る。
転移魔法とはその名の通り、対象を別の場所へ空間移動させる魔法だ。少なくともちょっと魔法の知識を齧った程度の者では到底使う事等不可能な位には難易度の高い魔法だったとサテンは記憶している。以前、夢幻館で幽香がサテンにお茶を出していたのもこの魔法の応用だ。
そんな魔法を、外の世界の戦車パイロットが使えるものなのだろうか?
答えは“否”である。魔法の存在が追いやられてから大分年月の経つ外の世界で、しかもそれなりに高度な技となれば一般の人間ではまず身につける事等ほぼ無理だ。退魔士達の界隈でも昔は使う輩が極一部にいたがそれももう過去の話となっている。
後は会ってみれば分かる事だ。
幸いな事に、今この場所には転移魔法と思しき魔法の痕跡があるのでそれを辿ってパイロットの所まで“跳べば”良い。
熟練の魔法使いならば魔法の痕跡からそれがどんな魔法で、どういった効果を発揮しているのかなどと言ったその魔法の“履歴”を読み取る魔法を使って逆探知をかける事が出来るが、生憎蝙蝠の本体であるサテンは魔法使いでは無いのでそんな事は出来ない。
だが“似た様な事”なら出来るのだ。
(何度もの事ながら、ちゃんと着けるのか不安になる)
そう蝙蝠がぼやいた瞬間、突如蝙蝠がその場から掻き消えた。
まるで最初からその場に無かったかのように、何の予備動作や音もなく、蝙蝠はその場から姿を消してしまった。
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「ついに最終チェック完了なのです!」
次の瞬間、蝙蝠が耳にしたのは少女の気合の入った声だった。
どうやらちゃんと移動出来たらしい。蝙蝠があたりを見回すと、そこは機械の部品や設備に囲まれたガレージの様な場所だった
(ここは隠れ里の中……なのか)
部屋の中は隠れ里内の人間達の文明よりも遥かに進んでいる。それこそ今の時代の外の世界と遜色が無い位だ。
蝙蝠は先の声の主に悟られない様に、静かに天井にぶら下がり始めた。
部屋の中は蝋燭の明かりでは無く、時折チカチカと点滅する蛍光灯の明るさで照らされていた。
そこは大型車両が何台も入れる位広く、設計図や小さな部品が散乱している作業台が部屋隅にあり、何に使われるのか分からない機械的な大きめの部品が棚に並べられている。
そして大小様々なケーブルが床から中央へ伸びており、そこには無数のケーブルに繋げられている奇怪な物体を万感の思いで見上げる少女がいた。
歳は10代前半だろうか。切り揃えられた茶髪の前髪、背中まで伸ばした左右2つの三つ編みは赤いリボンで結ばれている。
首元を白いリボンで結んだ同色の長袖に、茶色の半ズボン姿の少女は全身至る所に焦げ跡とオイル汚れ、それに衣服には破れも目立っているが、当の本人はそんな事を気にしている風には見えない。むしろ高まる感情を抑えられず、今にも爆発しそうだと言わんばかりの笑顔を携え、手に持ったスパナを天に突き上げた。
「名付けて飛行型戦車『イビルアイΣ』! ふふ、こんな素敵な戦車を作れるアタイの頭脳が恐ろしいのです……」
違う、そこじゃない。本当に恐ろしいのはそのセンスだよ。
蝙蝠は三つ編みの少女の少なからず衝撃を覚えた。
少女の前にある物体の大きさは確かに戦車位の大きさはある。
だが戦車と言う乗り物を知る者がそのデザインを見て、誰がそれを戦車と呼べよう?
その戦車(仮称)の外観は、一言で言うのならば巨大な黒い目玉だった。
更にその目玉のボディに蝙蝠の翼と天使の輪、下部には植物の葉らしき物体を生やした極めて生物的な外観をしている。
いったい、どのような閃きの果てにあの様な物が戦車として生み出されたのがろうか。
もはやあれは科学だの何だのと言う枠を飛び越えた、全く新しいジャンルの何かである。
多少困惑してしまったが、サテンはこの三つ編みの少女が神社を荒らし、戦車を持ちこんだ張本人だと判断した。何よりその身体から漂う臭いは、神社から追いかけていたものと合致していたのだ。
そんな蝙蝠がこの場にいる事など全く気付かない三つ編みの少女は、その勢いをエスカレートさせていく。
「今こそ逆襲の時なのです! 今に見ているのですよ巫女め……あの能天気な顔を神社みたいにぺしゃんこにしてやるのです!」
『凄い事を言うもんだね』
突如部屋の中に、三つ編みの少女以外の声が響いた。まさかこの場に自分以外の誰かがいたとは思っていなかった彼女は、驚いてあたりを見回す。
「だ、誰なのです!?」
『こっちだよ』
声のする方向へ三つ編みの少女が振り向いた先に居たのは、天井にぶら下がったまま少女を見つめる一匹の蝙蝠だった。口元は動いていない、しかし声は確実に蝙蝠から発せられていたので、発声器官を用いない何らかの術を用いて言葉を発したのだろう。
「蝙蝠の妖怪? でも何時の間に……」
『ノックも無しに入ったのは失礼だと思うけど、お邪魔させてもらったよ』
「うーん、警備用のバケバケ達が反応しなかったのはどういう事なのです?」
そう呟きながら首を傾げる三つ編みの少女。
突然の来訪者に動揺していたが、その正体を知るや三つ編みの少女は落ち着きを取り戻しはじめた。言葉が話せる程度の蝙蝠で動じる人間ではないあたり、恐らくこの部屋は隠れ里の何処かにあり、彼女もこの地の住人なのだろう。
「まぁ良いです。それで、蝙蝠のあんたはアタイの工房に何の用なのです? これから大事な用事があるのですが」
割と気安く話しかけて来る三つ編みの少女。しかしその眼には警戒の色が浮かんでいた。突然前触れもなく、しかも警備の中をすり抜けて来た輩が目の前にいるのだ。至極当然の対応であると蝙蝠も納得している。
『神社に捨てられていた戦車の出所を調べに来たんだ。あれは君が持って来た物なのか?』
「妖怪なのに、戦車を知っているのですか?」
蝙蝠のさりげない一言に三つ編みの少女が食いついた。先程の警戒心は何処へ行ったんだと思わんばかりに興味津々な態度に、蝙蝠もちょっとたじろぐ。好きな分野の話題とかになると、周りが見えなくなる人種なのかもしれない。何だかこちらまで毒気が抜けてしまい、蝙蝠は静かに溜息をついた。
『うん、まぁ、ついこの間まで外の世界にいたからね。それで、実際の所どうなのさ』
「とんでもない! あれはアタイが一人で作った物なのです」
『……作っただって?』
先程の独白ぶりからよもやとは思っていたが、まさか本当に自作だったとは。つい眼を見開いて驚いてしまった。戦車の詳しい構造までは流石に知らないが、あれは一人で作れる代物では無い筈だと蝙蝠は記憶している。
驚くべき事に、この隠れ里の中において独自に戦車を生み出す程の技術を持った人間が存在している。最悪、その人間を発信地点として科学技術が他の人間達にも流れていく恐れすらある。それをきっかけとして、妖怪達の力が衰えて行ってしまえば、隠れ里としての意味が為されなくなってしまうのではないのかと危惧した。
外の世界では、科学という分野はわずか数百年程度で爆発的な成長を遂げている。永い時を生きてきたサテンから見れば、妖怪達を脅かすその存在の発展速度は脅威だ。
――この娘、どうしたものかな。
蝙蝠の本体――サテンはこれに少し危機感を覚えた。このまま少女を放っておけば、下手をすればいずれ隠れ里全体に影響を及ぼす爆弾となる可能性があるんじゃないか、と。
しかし、あくまでそれは可能性に過ぎない。
『……よく一人で作れたね。いや、そもそも君は隠れ里の住人なんじゃないのか?』
「そうなのです。生まれも育ちも此処の地元っ子なのですよ」
『だったら余計分からないな。何で君は戦車なんて知っているんだ?』
「フフフフフ……よくぞ聞いてくれたのです! これから語るのは、一人の天才美少女が人生を賭けるに至った壮大なる鋼鉄のヒストリーなのです!」
待ってましたと言わんばかりの得意顔。自分の事を美少女と抜かすのは、彼女の後ろに鎮座する戦車(笑)の完成に伴う高揚感に未だ酔いしれているからだと思いたい。
これは話が長くなりそうだと、蝙蝠は佇まいと直した。
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三つ編みの少女の名は里香、このたび戦車で神社を破壊した実行犯である。
彼女はこの里で生まれ育った現地人でありながら、『戦車技師』の肩書きを持つ異端の娘だ。
戦車技師と言う肩書きの通り、若い身でありながら戦車を作る知識と技能を備え持つ、外の世界で言う所の天才に分類される類稀なる頭脳と才能を併せ持った人間の少女であった。
里香が戦車に興味を持ったきっかけは、稀にこの隠れ里に流れて来る外の世界の書物だった。
隠れ里には妖怪以外にも、稀に外の世界の道具なども紛れこんで来る事がある。内容は使用用途の分からないからくり、中には道路標識や使われなくなった大きなガラクタ等、およそこの地の人間では理解する事の出来ない代物と様々である。
その内の一つである一冊の雑誌が、里香の人生を大きく変えた。
当時10歳にも満たなかった幼い身であるにもかかわらず、大人の言葉や文字すら容易に理解出来てしまった里香はその雑誌に載っていた内容に知識欲を凄まじく刺激された。
こちらでは見た事の無い質感の紙に、製本技術。そして何よりも、その本の中に載っていた精密な絵で書かれた戦車。当初その本を拾った幼い里香の衝撃は計り知れないものだった。
その雑誌こそ外の世界で言う所の兵器――戦車を重点的に取り上げていた軍事雑誌であり、後に彼女を戦車技師たらしめる原因にして彼女のバイブルとなった。
これぞ運命の出会い! これぞ天啓!
恋すら知らなかった少女が始めて焦がれた相手は身目麗しい白馬の王子では無く、大地を走破し標的を射ち砕く武骨な鋼鉄の怪物であった。
そしてその情熱は時の流れと共に徐々にベクトルを変え、知識を溜めこむだけでは満足できなくなった里香に創作意欲を沸き上がらせ、遂には自分で戦車を作りたいという目標を掲げるに至ったのだ。
しかし、そんな少女の願いを世間は許さなかった。
隠れ里内で科学と言う分野は、受け入れられざる邪教と見なされ存在しないもの、またはそれ自体が嘘っぱちとして信じられていなかったのだ。
その理由は発展を遂げなかった科学の代わりに魔法や霊的な力が台頭し、当り前の技術と認知されて隠れ里全体に普及されていた事が原因だった。そのおかげでこの隠れ里で科学を提唱しようものなら皆から笑い物にされ、退け者にされてしまうのがオチなのだ。
まるで外の世界で言う所の「魔法は空想の産物」だと言われている構図の真逆を行っている。
幼い里香もその例に漏れる事無く、周りの大人や同年代の子供達から笑い物にされた。
里香は怒り狂った。それはもう烈火の如く。
両親に彼氏を紹介したら断固反対されてしまい、怒りのあまりに鬼となった女の様に。
――このあんぽんたんどもがーッ! どうしてこれの凄さが分からないのですか!?
更に追い打ちをかける事に、元々里香は幼い身にそぐわぬ高い知性の所為で言葉遣いや物事の考え方が他の人間達と大きく違う事が度々あったことから、周りの物からは敬遠されがちだった。それが今度の戦車の件で決定的となり、彼女は人里の爪弾き者となってしまった。
所詮我が身は生まれる時代と世界を間違えた異端児かと打ちひしがれるもほんの一瞬、里香は次の手段に移った。
内容は至ってシンプル、此処(人里)が駄目なら人のいない場所で研究を続けて行けば良いのだ。
そしていつか教えてあげようじゃないか。私の作った戦車を、その素晴らしさを!
実の両親の制止を振り切りって人里を抜け出し、今の自分に必要なありとあらゆる知識と技術――それこそ戦車の根源たる科学を嘲笑った魔法ですら――恐るべき速度で習得した。
それはもはや執念、心に誓った夢の為に自分の人生すら捧げてまで遂げようとする不屈のど根性だ。
強い戦車を! 誰にも負けない、無敵の戦車を!
頭上に掲げる言葉は何時もそれ、里香は大望を胸にいだきながら無法の大地へ足を踏み出したのだ。
幼い身一つで人里の外で暮らすのは艱難辛苦を極めた。ある時は妖怪の悪戯で大怪我を負い、ある時は冬の凍える寒さで凍死しそうになり、またある時は戦車の起動実験に失敗して大爆発を起こし、爆発に巻き込まれて三途の川を渡り掛ける事なぞ数える事すら馬鹿らしくなる程体験してきた。
それでも里香は止まらない。己の野望に忠実に、そして虎視耽々と人知れぬ場所で活動を続けていったのだ。
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そして現在……。
「……で、手始めに妖怪退治の腕利きと名高い博麗の巫女をやっつけて、戦車進出の礎を築こうと計画していたのです」
気が付けば里香は近くにあった作業台と椅子を引っ張り出してそこに座り、蝙蝠も作業台の上に降り立ってその話を聞いていた。
『良く今まで生きてこれたね』
「故郷に錦を飾る(?)と誓ったアタイの辞書に、死の文字は無いのです」
むふーと鼻息荒く得意げに笑う里香に、蝙蝠は呆れとも関心とも付かない溜息をついていた。
そして先程の話を聞くうちに、自分の心配事が取り越し苦労だった事に気づいて蝙蝠はフニャッと肩の力が抜けた。
隠れ里内の常識の問題上科学が広がりにくい事が分かったと言うのもあるが、彼女の作った戦車の構造と考え方を知った事がこの場では大きい。
里香の作った戦車は純粋な科学で生み出された物では無かったのだ。
彼女は戦車を作る上で材料の調達及び動力回りや制御系統等、そして武装に魔法を利用している。
何を隠そうこの戦車技師の里香は、魔法も使えるのだ。基本的な構造は外の世界の本来の戦車のものを参考にしているが、他は大胆にアレンジされていた。
魔力によるレーザー放射、全方位への弾幕展開。コックピット部には機体が大破した際の緊急離脱用の転移魔法搭載型シートと見た目とは裏腹に、その中身は外の世界では決して解明できないオーパーツと化していたのだ。
まさに科学と魔法のハイブリット戦車。
これこそ里香が独自に導き出した彼女だけの“戦車”の形だった。
……その形と言うものが後々混沌を極める事になるのは、外の世界の常識が通じないこの地ならではなのだろうか。
そして記念すべき里香式戦車第一号機、“ふらわ~戦車”が完成。しかる後に計画を実行に移すべく博麗の神社へ試作型の戦車を遠隔操作で引き連れ、戦車ごと転移魔法で移動させて強襲をしかけた。
だが結果はご覧の有様。火力と言う点においては問題は無かった様だが、巫女の機動力に車体その物が付いて行けず、最後は的当て状態となって大破した。脱出用シートは一応機能したらしいのだが、魔法の構築式に不備があったらしく戦車のすぐ近くに転移。パイロットを務めていた里香は爆風に巻き込まれながらも何とかこの工房まで逃げて来た。
そして今、負けた悔しさをバネに完成途中だった二号機の“イビルアイΣ”の最終調整を行っていた所で蝙蝠が現れて今に至ると言う訳だ。
更に付け加えると、此処最近増加している妖怪も里香が作ったものだった。
小さな魔力で大量に生み出す事が可能で、一度野に解き放てば自然と増殖して行く優れ物。「これも私の戦車技術の応用なのです!」とは里香の言葉だ。
「そういえばアンタは戦車を調べていたみたいなのですが、妖怪なのに何で調べていたのです?」
『ん? あぁ、実はね……』
始めは色々と思惑があった蝙蝠だが、もう気にする必要も無くなったのでもう一つの理由を伝える事にした。
内容とすれば、「戦車の音が迷惑だから文句を言いに来た」と言った所だ。
「ありゃ、それは申し訳なかったのです。次に作る戦車は音の出ない物を考えてみるのです」
頬を掻きながら素直に謝った里香だが、あくまで戦車を作ると言う点だけは決してぶれないあたり、流石は人生を戦車に捧げるとまで豪語した人間だった。
『所で君、大事な用事があるみたいだけど、時間大丈夫?』
「へ? 用事? …………へぁ!?」
蝙蝠が思い出したかのように訊ねた質問に里香はポカンと呆けていたが、慌てて棚に置かれた時計を見た。そして顔が青褪める。
「ぎゃあ!? 忘れてたのですー!?」
座っていた椅子を蹴飛ばす勢いで立ちあがり、里香が頭を抱えて絶叫した。
『ち、ちょっと、どうしたのさ?』
「戦車で巫女を追っかける予定だったのに、時間を食ってしまったのですよ~!?」
つまりその原因は蝙蝠とのお喋りだろう。もはや里香に害意の無くなったサテンは「着替え、着替えが!
いやその前に体の汚れがぁ~!?」と右往左往する彼女を気の毒に思ったので、少し手伝う事にした。
『お嬢さん、お嬢さん』
「何なのです!? 今私は取り込みちゅ……」
そこで里香は自分の体に違和感を覚え、視線を降ろした。
汚れと破れのひどかった服は新品の同様に戻り、体の方も汚れや擦り傷が無くなっていた。
「……あれ?」
『時間を取らせてしまったお詫びだよ。それなら何処へ行っても恥ずかしくないだろう』
「わあ! ありがとうなのです。蝙蝠さん!」
蝙蝠へのお礼もそこそこに、里香は戦車(イビルアイΣ)の元へ駆けよって準備を始めた。
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「それじゃあ、ちょっと巫女をとっちめに行って来るのです。外への通路はさっき教えた通りに向かえば大丈夫なのですよ」
『ありがとう。私が口にする事じゃないけど、程々にしておきなよ』
テーブルの上に佇む一匹の蝙蝠に見送られる中、里香を収納したイビルアイΣが動き出す。体中に繋げられていたケーブルが蒸気を噴き出しながら外れ、その巨体を宙に浮かせた。先程とは違い、イビルアイΣの眼球部分が血走っているのが何とも生々しいが、それは里香に言わせれば「エネルギーの循環機能が正常に働いている証拠」らしい。
イビルアイΣへの乗り方は、一見すると何処に搭乗口があるのか分からない姿をしているが、何て事は無い。頭頂部に里香が乗るとそこに魔法陣が浮かび上がり、搭乗者をコックピットへ引きずり込む仕組みになっているのだ。
里香の向かう場所は、巫女がいると目されている“魔界”だ。現在巫女は、とある幽霊を追い掛けて其処まで向かっているらしいのだ。
幽霊や里香が何をしようがこちらに迷惑が被らなければ何を言うつもりもない蝙蝠だが、久し振りに聞いた場所につい懐かしむ。
魔界、そこは人間世界での認識は恐ろしい所と言う印象が大半であるが、実はそんなに大層な場所では無いと蝙蝠(サテン)は思ってる。
天候や環境、そして魔法と言う概念が存在している点こそ人間世界とは違うが、其処に住んでいる魔界人や彼らの文化は人間達と其処まで大きな違いは無いのだ。
人間達の都の様に魔界の都市には高層ビルが並び立っているし。
地方の都市では商店街で魔界人の主婦達が井戸端会議をしているし風景が見られるし。
中には人間世界への旅行ツアーを計画している等と言ったツアー会社がある始末。その思考パターンは実に人間的だ。
魔界に漂う瘴気は好きだけど、あの高層ビル群だけは蟻塚みたいで窮屈そうなため、ちょっと好きになれなかったと蝙蝠(サテン)は当時魔界へ足を運んだ時の事を思い出した。
蝙蝠がちょっと思い出に浸っている内にも、里香を乗せたイビルアイΣは魔界へ行く準備を着々と進めていた。
イビルアイΣの全身から幾学模様の魔法陣が浮かび上がり、唸り声の様な音を立てながら光を放ち始めている。
『お嬢さん!』
蝙蝠がイビルアイΣの近くまで飛び、音にかき消されない様に一際大きな声が発せられた。里香の方もそれが分かっているのか、大きな声で返してきた。
「何なのです!?」
『余裕があったらで良いから! もし魔界に行って“シンキ”という銀髪の魔界人の女性に会ったら、“サテン”が宜しく言っていたって伝えてくれないか!?』
蝙蝠が口にした名は、かつて自分が魔界に行った時に世話になった女性のものだった。
「サテン? それがあんたの名前なのですかー!?」
魔法陣の光が部屋中を眩しく照らす程に強くなりだした。それはすなわち蝙蝠と里香の別れを意味する。
『そう! 私の名前はサテン・カーリーだ!』
「分かったのです蝙蝠さん! それじゃあ……さらばなのです!」
そこで、イビルアイΣは光と共に部屋から姿を消した。あの魔法陣は転移魔法の構築式を刻んでいたのだ。
(蝙蝠さんね……、ちゃんと覚えていてくれていると良いのだけど)
最後の最後で不安になる様な発言だけを残したまま魔界へ行ってしまった戦車技師の娘に、蝙蝠は心配になった。
だが、これで此処にいる理由は無くなった。科学の伝搬が此処の地では難しい事も分かったし、騒音の方は彼女なりに何か考えてくれるだろう。
とんだ家宅訪問になってしまったが、蝙蝠は此処へ来た時の様に移動する事は止めて、里香に教えられた入口へ向かって通路を飛んでいく事にした。
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「くるみ、終わったよ」
蝙蝠越しに全てを見ていたサテンが、水面に浮かぶ“ウキ”をサングラス越しに見つめながらくるみに告げる。その言葉には、安堵の色が浮かんでいた。
くるみはと言うと、サテンの後ろで背中合わせに座りながら同じく釣りをしていた。彼女の足もとに置かれたバケツには大小さまざまな魚がたくさん入っていた。
くるみが振り向き、サテンの垂らしていた釣り糸を一瞥した後、彼女の横に置かれたバケツに目をやった。
中の方は、相変わらず閑古鳥が鳴いている。
先程からサテンがバケツの方に眼もくれていないのは、釣れないとあきらめているのか、それとも現実を直視したくないからなのか。
「え、釣りが?」
「……そういう心に突き刺さる言葉は止めてくれよ。さっきからワザと言ってないか?」
「杭が刺さっても平気なのに、そう言うのだけは苦手なのね……だってサテンちゃん、こう言う時位しかからかえないんだもん」
くるみがくすくすと笑みをこぼした。
釣りの事となると、サテンはどうしてもくるみに弱くなる。妖怪としての実力云々ではなく、釣りの実力差に大きく差が開いている事が原因か。
「それで、何の話だっけ?」
「戦車だよ。昼に神社の方で爆発したあれさ」
「あ! そうだったわ。それで、どうだったの?」
釣り竿を縁に固定させてくるみがサテンの方に向きを変えると、サテンも釣り竿を片手に向き直る。
「持ち主に話を付けて来たよ。次からは気を付けるってさ」
「そっか、なら安心ね。あんな事が何度もあったらおちおちサンドイッチも食べれないし、昼寝もできないも……ぁ」
くるみは今、自分がとんでもないボロを出してしまった事に気づいて凍りついた。
「……へぇ。君、番人なのに昼寝なんてしちゃってるんだ? 職務怠慢はいけないなぁ」
しまった! と自分の迂闊さに苦虫を噛んだ顔を浮かべたくるみだがもう遅い。恐る恐るサテンの顔を覗き込むと、サテンは口の端を釣り上げていた。
「うわーん! お願い! 幽香ちゃんには言わないでー!」
あのいじめたがりなくるみの雇い主がこの事を知ったら、どんな反応をするのだろうか。彼女の事だから酷い目には遭わせないだろうが、良い目にも遭わせないだろう。
「おや、それは面白そうだな」
良い事を聞いたとサテンは陽気に口笛なんぞ吹きながらサングラスを外して磨き始めた。
「むぅ~サテンちゃんの鬼! 悪魔! 人でなし!」
「(吸血)鬼で、悪魔で、人でなしだよ。何を今さら言ってるんだい君は」
顔を赤くしたり青くしたりと忙しなく表情を変えるくるみに、サテンは先程散々茶化されてきたお返しと言わんばかりにおちょくり返した。
後日、その時の騒動が「大量の妖怪が博麗神社に大挙して暴れまわった」と言う内容で人妖問わず噂伝手に広がって行ったが、最後は博麗の巫女が解決して事なきを得る形で締めくくられた。
所詮この騒動も、この土地で度々見られる妖怪達の起こした乱痴気騒ぎの一つとして人間達に認識され、時間の流れと共に忘れ去られる“いつもの事”だったのだ。
しかし、そこで奇妙な話題が挙がっていた。
妖怪達を扇動していたその群れのボスというのが、鉄の体を持った大きな妖怪だというのだ。
その正体が何なのかを知る者からすれば実に滑稽な話であり、皮肉な事に真実を知る者は当事者を除けば極一部の妖怪達だけであった。
かくしてその謎に包まれた鉄の妖怪は一躍人里内でも話題の的となったのだが、それが果たしてその妖怪を生み出した人物の望んだ形だったのかは、当人のみぞ知る事であった。
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◆後書き
当初は吸血鬼VS戦車の戦闘シーンが展開される予定だったのですが、何か違うんだよなぁという事でそのシーンを全てぶった斬ってしまいました。
195ミリバーストでぶっ潰してやるのです!(世界観違う
東方旧作の隠れ里(幻想郷?)では科学は邪教だったり信じられていないと言う設定の為、里香の戦車はこう言った形になりました。ガワは科学、中身はファンタジーです。
それと戦車の件なのですが、隠れ里の中でしか暮らした事の無い住人からすれば、生まれて初めて目にした戦車なんかは「でかくて動く鉄の塊」程度にしか思われていなかったんじゃないのかなと思います。それか作中でも描写した様に妖怪にでも間違われるか。
でも、もし近代の人間達の戦争をその眼で見て来た妖怪がそれを見たら、どんな感情を抱くんでしょうね。
怖がるのか、悲しむのか、怒るのか、それとも「うるさいガラクタが紛れ込んで来た」程度にしか思われないのか。
そんな事を考えながら、こんな話を書いてみました。