ラブライブ!サンシャイン!! Beyond the Horizon 作:Le Nereidi
#1 水平線のかなたへ(1)
「ルビィ、ちょっとポテトもらうわよ」
「ああっ、ルビィの分までとらないで!」
漁港と干物で全国に名を知られる町、静岡県沼津市。
その中心市街地にあるハンバーガーショップの店内に、
ルビィの大好物ポテトフライをくすねたのは、左隣に座る
「善子ちゃん、食べすぎたらまた顔がむくんでくるずら」
「ヨハネ! 大丈夫よ、まだこのくらいなら私の精霊結界は保たれるわ!」
独特の修辞を日常的に駆使する善子――自称「堕天使ヨハネ」――を古めかしい方言交じりでイジったのは、ルビィの右隣の眼鏡っ子、
しかし当の花丸は、既にハンバーガーを一個平らげており、ためらいなく二個目にかぶりつく。その豪快な食いっぷりを、向かい側の席から
「花丸ちゃん、ほんっとによく食べるわね」
「いいなー、食べても全然太らないって」
千歌の右隣に座る
彼女たちは、つい先月開催された、高校の部活アイドル「スクールアイドル」の全国大会『ラブライブ!』――一般的には単に『ラブライブ』と表記されることが多い――で優勝を飾ったばかりの『
善子は、目の前の曜のポテトを気にする。Sサイズなのに、ほとんど手がつけられていなかった。
「曜、これ、食べないの?」
「あ、うん、なんか、食欲が……」
伏し目がちに答える曜に、千歌が微笑みながら優しく話しかけた。
「曜ちゃん」
「……えっ?」
「……ひとりで、何か抱え込んでない?」
曜はうつむいて黙り込む。いつもと違うその様子に、梨子が思わず言葉を添えた。
「今ここで無理に話さなくてもいいのよ」
先ほどまでにぎやかだった向かいの三人も、曜を見守る。
しばらくの沈黙ののち、曜は重たそうに口を開いた。
「実はね。私……」
▲▲▲
――新しい輝きってなんだろう。
新しい学校で、新しい輝きを。
今まで見てきたのとは違う輝きを見つけたい。
それがなんなのか、今の私にはわからない。
でも、一つだけ、わかってることがある。
それは、全力で走っていけば、そのキセキが輝きになるってこと。
だから走るよ、この六人で。
誰も見たことのない、新しい景色に向かって――
青く澄み渡る、四月の朝の空。ときおり強く吹く春風は、素足にはまだ少しばかり冷たい。
桜舞う校門の前に、千歌、梨子、ルビィ、花丸がたたずむ。左側の手や肘、肩には、使い慣れた学生鞄を携えて。
そこへ、いつもの元気な声が響く。
「おっはヨーソロー!」
自転車を押して登校してきた曜が右手で敬礼のポーズをとっていた。
四人は同様の敬礼で返す。
「ヨーソロー!」
曜の隣には、やはり自転車を押してきた善子がいる。曜に負けじと、大きな声であいさつする。
「おはヨハネ!」
「おは善子!」
「だからヨハネよ!」
最後は全員小さく、ぴょん、と飛び上がる。善子とほかのメンバーとの、日常的なコール・アンド・レスポンスだ。
Aqoursの六人はこれから、新しく通う高校の始業式に臨む。先月までは、沼津市南部の
三人の三年生が、期待や喜びを口にする。
「いよいよだね。新しい学校でどんなことが待ってるかな」
明るく天真爛漫な千歌は、現在のAqoursの発起人にしてリーダー。みかんの甘い香りをほのかに漂わせる、垂れ目で童顔の、素朴な女の子だ。自然に下ろした髪の長さは首のあたりまでで、左耳の後ろに着けたみかん色のリボンがアクセントになっている。
「ちゃんとした校舎に通えることになってよかったわね」
沈着冷静で品があり、しとやかなたたずまいの梨子。千歌や曜と違って緑のネクタイを首元できちんと絞め、腰まで達する髪を部分的にバレッタでまとめている。
「一度ブレザーの制服で学校行きたかったんだよー!」
曜は明朗快活、声に張りがあり、全身から元気があふれ出ている。髪の長さは千歌と同じくらいのボブだが、毛先に軽くウェーブがかかっている。
曜がさっそく気に入った新しい制服は、紺色で縁取りされた青いブレザーだ。首元に着けているものは学年ごとに異なり、三年生は緑の斜めストライプのネクタイ、二年生は赤いストライプの蝶々リボンである。あちらこちらで、黄色の短いスカーフをした新入生が、保護者に記念写真を撮ってもらっている。
二年生の三人もそれぞれやる気満々である。
「学食のメニューが楽しみずら」
低身長と幼い顔立ちに似合わず泰然自若とした雰囲気を持つ花丸。髪はセミロング、冬制服に黒のタイツを合わせ、この春からアンダーリムの眼鏡をかけ始めた。
「ここが新たなる約束の地。堕天降臨してリトルデーモンを増やすわよ!」
右手を不自然に開いて顔の前にかざす善子は、鼻筋の通った美少女だが、「堕天降臨」など奇抜な言動を好む。長い髪の一部を右側でお団子状に丸めている。
そして、ルビィ。花丸同様身長が低く、両脇の髪を部分的に高い位置で束ねたスタイルと、純情可憐であどけない顔や声は小動物を連想させる。ふだんから、こぶしを内向きに握ったまま両肘から先を立てて胸の前に引きつけておく癖があり、それを左右へ開くときには、お決まりのセリフを放つ。
「がんばルビィ!」
六人は自転車置き場に立ち寄ったあと、まだなじみのない白い校舎群の間を、講堂へ歩く。見ごろを過ぎたソメイヨシノの花びらが左右を流れていく。
「立派な校舎だね、花丸ちゃん」
「未来ずらー」
ルビィと花丸がやりとりしていると、知った顔の女生徒が急に目の前に現れる。曜がいち早く反応した。
「あっ、
「改めて、ぼくたちの学校・静真高校へ、ヨーコソー!」
生徒会長の渡辺月。右手を額に付け、いとこの曜が日常的に行う敬礼のポーズをまねながら、右目でウインクする。自らを「ぼく」と呼ぶ、茶目っ気に富んだ女の子だ。
「この校舎で勉強できることになったのも、月ちゃんたちのおかげね。お世話になりました」
と、梨子が丁寧に頭を下げる。
浦の星女学院からの編入生は、諸事情で一時は本校舎から遠く離れた老朽木造校舎の分校に通学する羽目になりかけていたのだが、千歌たちAqoursのライブ活動に加え、月をはじめとする生徒会執行部の尽力もあり、計画は最終的に撤回されたのだった。
「月ちゃん、これからもよろしくね! ……で、そのかっこうは?」
千歌はいったん視線を落としてから不思議そうに尋ねる。数日前に会った制服姿の月はスカートだったのに、今日はスラックスである。濃淡のグレーに赤の差し色が入ったチェック柄はスカートと共通だ。
「うちの学校では今年度から、制服のスカートとスラックスを選べるようになったんだ。前から生徒の間で要望があって、生徒会の先輩たちが学校側と交渉して実現したことだから、今日は生徒会長として率先してスラックスをはいてきたんだよぉ」
いつもの大仰な口調で月は説明する。顔立ちや髪の長さは曜と似ているが、毛先のウェーブがなく、また三年生用のネクタイをきりっと締めスラックスを着用していることも相まって 今日は男子顔負けの颯爽としたいでたちだ。
「月ちゃんめちゃくちゃ似合ってるよ」
「ありがとう。よかったぁ……って、ぼく、何しに来たんだっけ?」
いとこにべた褒めされて月は照れくさそうに頭をかき、自分の用件を忘れそうになるところだった。
「そうそう、さっそくだけど、今から例の子たちを紹介しようと思うんだ。話は聞いてるよね」そう言って月は、校舎の方を向いて手招きする。「おいでよ!」
二人の赤いリボンの生徒が、千歌たちの前に歩み寄ってきた。
「まさか……!」
近づいてくる二人を見た善子は、顔をゆがめる。そして、正対した左側の生徒を上目づかいで鋭くにらみつけた。
視線の先の相手は、髪が長く、くっきりした目鼻立ちの美少女、というより美人で、善子に動じることもなく、右手を腰に当て、顎の角度をわずかに上げ、女王のごとき尊大さと余裕をたたえている。
右のもう一人は、逆に少し緊張しているらしく、ぎこちない笑みを浮かべている。おっとりとした雰囲気の、丸みを帯びたショートヘアの女の子だ。
二人とも上背があり、しかも高二にしては大人っぽい外見である。
左側の生徒が、右手を腰から離し、髪をかき上げてみせる。
そのとき。
それが合図かのように、一陣の風が吹き抜け――駆け抜ける無数の白い花びらを伴いながら、黒髪は踊るように大きくなびき、千歌たちの目を奪った。
ルビィは、その長髪の少女と不意に目が合ってしまい、思わず花丸の背中に身を隠した。小さな肩越しに、大人びた同学年の二人を恐る恐るのぞいている。
「ルビィちゃん」
花丸は友を守るように、落ち着いた目でしっかりと前を見据える。
桜吹雪の中で出会った、六人と二人。
千歌は胸の内でつぶやく。
――これが、新しい学校。そして、新しい仲間……
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#1 水平線のかなたへ
始業式とオリエンテーションが終わった放課後、学生食堂の一角に、Aqoursの六人を含めた八人の生徒が集まった。花丸は、新しい学校に来ても相変わらず、好物の細長い菓子パンをもぐもぐ食べている。
「……浦女では、このほかに私たちの上級生三人がいて九人グループだったんですけど、四月からはとりあえずここにいる六人でAqoursを続けていきたいと思ってます。これからよろしくお願いします」
千歌がAqours一人一人の自己紹介を締めくくり、着席した。入れ替わりに、残る二人が起立する。先に話し始めたのは、長い髪の生徒だった。
「じゃあ、次は私たちから。静真高校スクールアイドル同好会の、私は
「
花丸はテーブル斜め向かいの位置の菜々実と目が合い、パンを食べる動作が一瞬止まる。そして互いににっこりする。
「遼香ちゃん特進コースなんだあ」
尊敬のまなざしで千歌が言う。T組はTokushinのT。難関大合格を目指す少数精鋭が集まっている。
「ルビィと違って頭いいんだ……」
ルビィがうつむく。
遼香は、胸のあたりまである黒髪の毛先を軽くカールさせ、前髪は左側へ流している。身長のわりに小さい顔は逆三角形の輪郭で、目は釣り目、口角は上がりぎみ。大きな黒い瞳に強い目力が漂う。ひいき目に見ても美形であり、知的な雰囲気をも醸している。
その遼香がいたずらっぽく言う。
「津島とは中学の同級生なので、彼女のいろんな黒歴史を知ってます。例えば、学校の屋上で……」
唐突な発言に一瞬ひるんだ善子だが、すぐに立ち上がり、テーブルをはさんで反撃に出た。自分の顔の前で右手の親指、人差し指、中指を不自然に開き、左手を右の肘に軽く添えながら、低い声で威嚇する。
「クックックッ。それなら私も、あんたの恥ずかしい過去をさらすわよ? 五・七・五の……」
「え、えっと……わ、私の自己紹介ですよね?」
遼香が一転してうろたえる姿を見て菜々実はクスクス笑う。しかし、当の善子は挑むような視線を元同級生にぶつけている。
「やめるずら」
隣の花丸にブレザーの裾を軽く引っ張られて、善子がきまり悪そうに座り直す。
遼香は一つ咳払いをしてから、話を続けた。
「……その同級生だった津島が、スクールアイドルAqoursの一員として活動しているのを知って、私も、という気になって始めました」
その言葉を聞いた善子は、意外そうな顔で遼香を見上げた。
目の合った遼香は、意味深な笑みを送ってから、あいさつを締める。
「いちおう、私が同好会の代表です。どうぞよろしく」
続いて、菜々実が、少し高めの優しい声で話し出す。つぶらな瞳に下がり眉、ぽってりした唇、温和で親しみを感じやすそうな顔立ちである。髪は卵型のシルエット、サイドは顎より上で、前は額が見え隠れする程度に透いてある。
「私は、Aqoursの
果南ちゃんかあ、とAqoursの何人かから声が漏れる。三月で高校とグループを卒業したOGの一人である。
「小さいときからチアリーディングをやってて、今もチアリーディング部と掛け持ちしてます。体力、ダンス、笑顔には自信があります。よろしくお願いします」
と言ってはいるが、自慢のはずの笑顔が少しばかり硬い。その分、困り眉が目立つ。
菜々実とともに礼をして席に座った遼香が補足説明を行う。
「同好会を作ったのは半年前で、私と吉原以外にもう一人メンバーがいたんですが、昨年度いっぱいで転校してしまって……お恥ずかしい話ですが、スクールアイドルとして、あまり目立った活動はできてません。なので、私たちのグループの存在を、認知してない先生や生徒がまだたくさんいます。保護者はほとんど知らないと思います」
Aqoursの六人は同好会の実情を神妙に聞いていた。梨子が問う。
「あなたたちのグループ名は、なんていうの?」
「グループ名は、『スリーマーメイズ』です」
「ス……スリーマーメイズ!?」
遼香の答えを聞いて、梨子は絶句した。ほかの五人もざわつく。
「なんという
「スリーマーメイドじゃないのぉ?」
「複数形だから最後にsが付いてマーメイズが正解ずら」
「やっぱり頭いいんだ……」
「そこじゃないでしょ!」
Aqoursが示したリアクションの真意をつかみかねて戸惑う、二人のスリーマーメイズ。菜々実があわてて見当違いなフォローをした。
「あ、あの、二人組になったので、近々名前を変える予定です!」
お互いの自己紹介が終わり、本題の話し合いに入る。梨子が口火を切った。
「浦女にあって静真になかった部は無条件で設置を認めるって校長先生から聞いてるけど、本当なのかしら」
「私もそう聞いてます。スクールアイドル同好会はないことにされてますね。まあ、そのほうが話が早いんですけど」
自虐を含みながらも
「ちなみに、正規の手続きで同好会から部へ移行するには、最低でも一年の活動実績と、五人以上の部員が必要です。部長と顧問の先生を決めたうえで、毎年四月末までに学校と生徒会に申請する必要があります」
遼香は落ち着いた、しかしはっきりと通る声で説明する。言語明瞭で論理的だ。
「私たちの同好会はまだ半年しかたってないから、浦女の活動実績で見てくれるといいんだけどね」
菜々実の懸念に対し、千歌は楽観的だ。
「大丈夫じゃない? 一年間やってきて、いちおうラブライブで優勝もしてるしね。顧問は
「井上先生が浦女から来てくれてほんといろいろ助かるよね」
曜が続ける。統廃合に伴い、浦の星女学院から数名の教員が静真へ移籍していたのだ。
「じゃあ、あとは部長だけ決めればいいってこと?」
「そう」
善子に対して遼香は目を合わせずぶっきらぼうに答える。
一同の視線が特定の人物に集中しかけたそのとき、機先を制するようにその人物――千歌が立ち上がった。
「私、部長もリーダーもやらないことにしたから!」
「……千歌ちゃん!?」