ラブライブ!サンシャイン!! Beyond the Horizon 作:Le Nereidi
「海外っていえば、鞠莉ちゃんのこと最近何か聞いてる?」
曜は絵はがきを千歌に戻しながら、果南の親友の近況について質問する。
梨子と千歌は答えた。
「この間、ルビィちゃんから少しだけ」
「ダイヤちゃんとはときどき連絡とってるらしいけど、そのくらいかなあ」
淡島の高級リゾート『ホテルオハラ』経営者の一人娘・小原鞠莉は、イタリアの大学へ進んだ。九月の入学時期を前に、既に現地で暮らしている。
「ほかには?」
「……」
梨子は振り向いた千歌と目配せし、少しためらってから口を開く。
「又聞きの又聞きだから正確じゃないかもしれないけど、あのお母さん、鞠莉ちゃんにまだあれこれ口出ししてるらしいの」
鞠莉は、幼いうちから勝手な理想を押しつけてくる母親の束縛から逃れたがっていた。先日とうとう見合い結婚を強要されそうになったため、自分の思うままに生きることを母親に宣言し、Aqoursメンバーの力添えもあって、それを認めさせたところであった。
「ほんとに? 口出しってどんな?」
「詳しくはわからないんだ。ただ、そんな深刻じゃないらしいんだけどね」
「いいほうに解釈すれば、お節介焼き。悪く言えば、子離れできてない、ってところかしら」
「そうなんだ。大したことじゃないといいな」
残るもう一人のAqoursのOGについて、梨子が話題を振る。
「ダイヤちゃんは東京で、どんな大学生活送ってるのかしら」
「親元を離れて、思いっ切り羽伸ばしてたりして」
曜は冗談めかしてそう言うが、千歌の見立ては違っていた。
「相変わらず真面目だと思うよ、ダイヤちゃんは。寮の門限が十時だし、バイトも家庭教師だしね」
ルビィの二つ上の姉・黒澤ダイヤは、春から東京の有名私立大学に籍を置き、都心部に近い、地方出身女子大生専用の学生寮に住んでいる。
「カレッジアイドルリーグから三度目の誘いがあったらしいけど、きっぱり断ったそうよ。昨日、ルビィちゃん残念そうに言ってたわ」
「カレッジアイドルって、スクールアイドルと違って男の子の取り巻きが多いし、チャラチャラした感じだからダイヤちゃんの性に合わないだろうね」
梨子と千歌が触れた『カレッジアイドルリーグ』とは、関東・関西の主要大学によるアイドル対校戦である。学生有志により運営され、スクールアイドル経験者が多数参戦している。ラブライブ優勝の実績を持つダイヤに声がかかるのは自然な成り行きだった。
「それで今入ってるのが、食品ロスを減らそうっていうサークル、だっけ? ダイヤちゃんらしいよね」
曜は言いながら、手元に残ったたまごサンドの、最後の大きな一かけらを見つめ、おもむろに口の中へ放り込む。
「そうだ、曜ちゃん聞いて!」
「ぁに?」
「昨日ルビィちゃんから入った最新ニュース!
「えっ、ほんふぉ?」
曜は口をもぐもぐ動かしながら、うれしそうな千歌の方を向いて目を大きく見開く。
「理亞」とは、ラブライブへの挑戦を通してAqoursと友情を育んだ、北海道・函館
「二年生が四人もアイドル部に入ってくれたそうよ」
梨子が付け加える。
曜はサンドイッチをのみ込んで、ようやく普通にしゃべれるようになった。
「えっ、じゃあ、五人組ってこと?」
「ううん、そのうち二人はマネージャーだって。だから三人組ね」
「グループ名は? 三人だから『スリーマーメイド』とかかな?」
「そんなわけないでしょ」
口元に人差し指を当てて真顔ですっとぼける曜に、梨子はムスッとする。
「グループ名は、これから三人で話し合って決めるんだって」
千歌はそう言って、四角い紙パックのみかんジュースをストローで吸う。ふくよかな左右の頬がキュッと凹む。
「
「新しいメンバーがそれぞれ作詞と作曲をして、理亞ちゃんが振付っていう分担になるみたいね」
「そうなんだ」曜は安心した。「あれから理亞ちゃんのこと心配してたけど、よかった。今度はうまくいくといいね」
「そうね。聖良さん札幌にいるんだし、手伝ってあげられるかしら」
「理亞ちゃんはたぶん、お姉ちゃんには頼りたくないんじゃないかな。ルビィちゃんと同じで」
ストローから口を離した千歌が、理亞の心情を推し量る。
理亞より二つ年上の鹿角聖良は、この春高校とスクールアイドルを卒業し、札幌の大学に進んだ。実家の甘味喫茶を将来継ぐため、経営やマーケティングについて学び始めている。
「かもね。でも聖良さん、なんで函館に残らなかったのかしら」
「函館って、意外と大学が少ないんだって」
「……沼津も大学がないよね」
何気ない曜の言葉のあと、不自然な間が空いた。千歌は思わず、ジュースのストローに口を付ける。
三人の知らないうち、背後の空に白い雲が少しずつ、湧き出ている。
「千歌ちゃん」
「……え?」
曜は、両腕で膝を抱え込みながら、控えめに聞いた。
「千歌ちゃんは……高校卒業したら、どうするつもり?」
「どうするって……」
急な質問に千歌は戸惑う。
「だから、その、ほら、大学に行くとか……」
迷いつつも曜の言葉を受けて、千歌は直感的にこう答えた。
「私は……大学には、行かない気がする!」
そして両隣の反応をうかがうと、曜も梨子もきょとんとしている。千歌は照れながら、理由を説明した。
「なんていうか……机に向かって勉強するのって、昔から苦手なんだよね。それより、実際にいろんな場所でいろんな経験しながら、いろんなことを体で覚えてくっていう勉強のほうが、私らしいかなって思うんだ」
「旅館の若
梨子が尋ねる。千歌は温泉旅館『
「それもなくはないけど……一度は
「じゃあ、沼津には残るんだね」
曜が遠い空を眺めながら言う。
「たぶんね。私、大好きだから。沼津が……内浦が」
梨子は隣の二人が会話を交わすのを、真剣に見つめている。
「梨子ちゃんは、東京に戻るんでしょ?」
いきなり千歌に聞かれてビクッと上半身を動かした梨子だが、答え方は一通りしかなかった。
「……そうね、そうなると思う。この近辺には、音大がないし」
「だよね。ピアノが上手な梨子ちゃんが、いつまでもこんな所にいるのは、もったいないよ。ピアノの世界に戻れるなら、戻ったほうがいい」
千歌が笑顔でそう言ったきり、しばらく会話は途切れた。
三人の座るレジャーシートの端が、風に煽られパタついている。
やがて、梨子が伏し目がちに会話を継いだ。
「あのね、私、一つ気がかりなことがあるの」
「なあに?」
「私が卒業したら、スクールアイドル部に作曲や編曲のできる人がいなくなっちゃうかもしれない」
「……」
「卒業後も音楽面でルビィちゃんたちのサポートをしてあげたいけど、私自身の環境が変わるから、どれだけ手伝えるかわからないし。今度のスクワル用の新曲は自分たちで作るって言うから任せたけど、うまくいってるのかしら」
きっと今ごろ、ルビィ、花丸、善子は三人でどこかへ集まって、スマートフォンを使った曲作りに四苦八苦しているのだろう。梨子はため息をついた。
「今は、任せてみようよ。無理っぽかったらそのときまた考えればいい。それに、新入生もいるしね」
千歌は、とりあえずそう答えるのが精いっぱいだった。
「曜ちゃんは、卒業後はどうするの?」
「私にきたかー!」
梨子からの、ある程度予測できた質問に、曜は苦笑いし、答える。
「正直、迷ってるんだ。大学行って飛込を続けるか、普通の大学生活をエンジョイするか、それに船員さんになる夢も捨てがたいし、沼津に残りたい気持ちも……」
「フフフ、欲張りさんね」
「オリンピックでも目指せばいいのに」
千歌は冷やかす。そして空を見上げる。
「わりと真面目にそう言ってくれる人もいるんだけどね。でも私には、無理かな」
「どうして?」
意外そうな顔で梨子は聞いた。
「私と同じ年代の日本代表レベルの子がいるんだけど、学校の勉強以外のすべてを競技にささげてるの。友達どうしで遊んだりとかしないで、毎日トレーニングを重ねてる。私なんかより何倍も。それでも、オリンピックに出れる保証はないんだよね」
風が強くなってきた。三人の髪がなびく。
「私は、そこまでストイックにはなれない。それより今こうして、練習の合間に千歌ちゃんや梨子ちゃんとお弁当食べながらおしゃべりするみたいな、何気ない時間を大切にしたいの」
そう言って曜は、千歌と梨子の方を向いて、笑みをこぼした。
「大学で飛込を続ける場合も、勉強と部活だけの生活はしたくないんだ。今年インターハイで入賞すれば、ほぼほぼスポーツ推薦で大学入れちゃうから、最後のラブライブには無理なく参加できるけど、それと引き換えに大学で四年間競技を続けないといけないのはどうかなって気持ちもあるし」
千歌の肩越しに曜を見つめる梨子の表情が、ほんの一瞬だけ陰りを帯びる。
千歌はそれに気づかないまま、曜の瞳をしっかりと見ながら、優しく告げた。
「私は……私は、曜ちゃんがいちばんやりたいことをやればいいと思う」
すると曜は、急に真顔になる。
そして、トーンを落とし、かすれた声でこう言った。
「私、高校を卒業したら、いちばんやりたいことがあるんだ。なんだと思う?」
「……」
「それはね」
不思議そうな千歌と梨子。二人を目の前にして、曜は少しの間ためらい、やがて思い直した。
「……やっぱり、今は言わない」
曜は両膝を抱え込んで上体を丸め、夢を宝物のように胸の奥にしまい込んだ。
「ねえ曜ちゃん」
千歌が話しかける。
「ちょっと前に梨子ちゃんと話したんだけど、水平線って、なんで向こう側が見えないんだろうね?」
「地球が丸いからでしょ?」
曜は即答した。
「……そうなの?」
「違うの?」
千歌は不安そうに梨子を振り返ると、梨子はバツが悪そうに答えた。
「まあ、そうだといえばそうなんだけど……」
「ウソ!? それ梨子ちゃん知ってたの? ずるいよー!」
子供のように足をバタバタ動かす千歌を見て、梨子は苦笑いを浮かべる。
「ていうか、千歌ちゃんが言いたかったのはそういうことじゃないでしょ?」
「どういうこと?」
曜は話が見えてこない。
「水平線の先に何があるか知りたいでしょってこと」
「……」
千歌は、わが意を得たりという顔で曜に説明する。
「Aqoursだけの、私たちだけの新しい景色がなんなのか、知りたいと思わない?」
「うん、知りたい!」
「だから、曜ちゃんも一緒に確かめに行こうよ。Aqoursとしてはもちろんだけど、私たち三年生にしか見えない景色が必ずある気がするんだ」
「そっか。なんか千歌ちゃんらしいね」
「でしょ?」
梨子の顔がほころぶ。
曜は申し訳なさそうな表情を見せてから、話し出した。
「正直、私はこうして水泳部の活動があるから、みんなとまったく同じってわけにはいかないけど……でもできる限り付き合うよ。そして、千歌ちゃんと梨子ちゃんと三人で、新しい景色を見てみたい!」
「見よう!」
「うん!」
「約束だよ!」
「うん!」「ええ!」
三人は固く手を握り合う。
「約束だよ……」
千歌はぽつりと漏らす。梨子の笑顔がわずかにゆがむ。
富士山には雲が懸かり、頂を覆い隠していた。