ラブライブ!サンシャイン!! Beyond the Horizon 作:Le Nereidi
Aqoursの二年生たちによる曲作りは、難航していた。
新しい曲は「終わりイコール始まり」「リスタート」というコンセプトに基づいて花丸が作詞し、衣装は曜のデザインをベースにルビィが中心となって作ると決まった。ここまでは順調だった。
作曲は、とりあえず善子をメインにほかの二人が補作することとしたが、しかし、どのみち編曲までできる音楽的素養は三人にはない。かつて函館で、理亞を交えて四人で曲を作った際は、Saint Snowのすべての編曲を手がける鹿角姉妹の知り合いを頼ったが、今回同じ方法は使えない。
それで三人は、全国のスクールアイドルが常用する人気アプリに 初めて手を出した。
その名は『シンフォニア』。インターネット上で動作する編曲・伴奏生成アプリである。メロディーを入力し、テンポ、リズム、曲のジャンル、使用楽器、曲調パラメータを指定すると、クラウド上にあるAIエンジンによって、ざっくりとした伴奏が数パターン作成され、それを自分で修正・編集できる仕組みである。
四年前にこのアプリが出現してから、普通の高校生でもそれなりの伴奏が自作できるようになったため、未発表曲でのエントリーが求められるラブライブへの参加グループが激増する結果を招いた。
ただし、このアプリで質の高い編曲結果を得るには、数十種類に及ぶ曲調パラメータを絶妙に設定するセンスと、アウトプットされた伴奏データをさらにチューンアップできる専門能力が必要であり、ほとんどのスクールアイドルは、その域に達していない。
もとより、ラブライブで上位に連なるグループの編曲担当者は、AIアプリなどに頼らず曲をアレンジし、プロミュージシャンやハイアマチュア御用達の高機能なソフトウェアで精緻に音作りをしている。梨子もその一人であった。
善子たちは作曲にあたって、このシンフォニアで並行して伴奏を作りつつ、部分的に修正をかけていき、メロディーはどうにか形になった。しかし、思い描いたとおりの曲調にはなかなか近づかない。むしろ、気になる部分をいじればいじるほど、収拾がつかなくなっていった。
ルビィ、花丸、善子は、神妙な面持ちで部室のテーブルに着いている。
善子が自分のスマートフォンをスピーカーにセットし、伴奏の最新バージョンを再生した。その響きは、もはや「にぎやかな」を通り越して「うるさい」と表現するほうがふさわしい。速いbpmでさまざまな電子音がぐちゃぐちゃに重なり、乱れ飛んでいる。
「最初のときからどんどん悪くなってる気がするずら」
「……そう言わざるを得ないわね」
「善子ちゃん、これって元に戻せないのかな?」
「元がどうだったかなんて覚えてないわよ。てか、ヨハネ!」
「ヨハネちゃん。今こそ堕天の力の使いどころずら」
花丸にむちゃ振りされた善子はしかたなく、それを発動する。音の再生を止めたスマートフォンを左手に持って立ち上がり、右手でいつものポーズをとりながら、念力をかける。
「クックックッ、この堕天使ヨハネの力をもってすれば、造作もないこと……感応波の浄化作用により魔力構造が崩壊し、忌まわしき呪いの歌は、
一喝後、善子は紫のスマートフォンを再びスピーカーに挿し、伴奏を再生した。先ほどから一音たりとも変わらない。当たり前だ。ルビィと花丸の視線が冷たい。
気の利いたオチが浮かばず善子が焦っていると、部室の入口の方から声がした。
「やってるわね、Aqoursのみんな」
ルビィたちが浦の星女学院にいたころからスクールアイドル部の顧問を続けている、井上先生が歩み寄ってきた。黒髪を肩の後ろまで垂らし、縁なしの眼鏡をかけた、上品で優美な雰囲気をまとう、三十代前半の女性教師だ。
しっちゃかめっちゃかな音楽を善子があわてて止めるのを見てから、先生は改めて三人に話しかけた。
「どう? 高海さん桜内さんに頼らず、曲を作るのは」
「……思った以上に、大変です。特に、編曲が」
井上先生を見上げたルビィの顔には焦りの色が浮かんでいる。
「先生は、音楽的なことに関してはわからないから、直接黒澤さんたちの力にはなれないけど、何かあったら遠慮なく言ってちょうだい」
「はい。とりあえず、今は自分たちで頑張ります」
「それに、もうそろそろ中間試験の時期ですよ。頑張るのもほどほどにしておきなさい」
そう言い残して、先生は部室を出ていった。
「ルビィちゃん、どんどんスケジュールがタイトになっていくよ」
「うん……でもそれは、最初から覚悟してたことだし……とにかく、絶対にリベンジしたいの、あの場所で」
Aqoursが六月上旬に予定するイベント『東京スクールアイドルワールド』――略して『スクワル』――は、前の年も曜を含む六人で出演したのだが、そのとき彼女たちは観客からの獲得票数「ゼロ」というこの上ない屈辱を味わっていた。
「だけど、中間試験のあと、本番まで日数がないし」
冷静な花丸は、自分たちの限界を悟りつつあった。
「梨子ちゃんに泣きつくなら、早いほうがいいと思うずら」
ルビィと善子は、互いに顔を見合わせた。
同じころ、マーメイズの二人も悩んでいた。
校舎の屋上で、制服姿の遼香がもの憂げに灰色の空を眺めている。
「どうだった?」
「今は難しいって。時間がとれない分、自分のバンド用の曲作りを優先したいんだって。そう言われちゃうとね」
「編曲だけでもダメだって?」
「うん。お父さんの仕事関係でちょっといろいろあったらしくて、家の手伝いとかでいっぱいいっぱいなんだって」
「そっかぁ。新曲どころじゃなさそうだね」
遼香は苦い顔で首を軽く右に傾け、長い髪を二度、三度とかく。おもむろに、菜々実と反対の方向へゆっくり歩き出し、湧き出た疑念を口にした。
「でもその話、ほんとかなあ? ひょっとして、
「考えすぎだよ、遼香。そんなことないと思うよ」菜々実は遼香に寄り添う。「三年生の人たちに頼んでみない? Aqoursの曲、ほとんど千歌さんと梨子さんで作ってるんでしょ?」
歩みを止めた遼香は腕組みし、答えない。とがった下顎をかすかに上げ、唇をへの字に結んでいる。
「意地張ってても、何も進まない……と思うけどね」
遼香は、無言のまま、制服の内ポケットから真紅のスマートフォンを取り出した。シンフォニアで試しに作ってみた伴奏を、改めて再生する。
流れてくる貧相な音を、二人はしばらく黙って聴いた。
「半年前と比べて、いいところが一っつもないなあ」
「
遼香は肩を落とし、ため息をつく。やがて小さくつぶやいた。
「四国かあ……」
二人は西の空を見やり、水平線の向こうへ去った、もう一人のマーメイドに思いをはせていた。
▲▲▲
煮詰まってしまった編曲作業を放り出して下校した善子は、自宅直前で寄り道をして、
橋の途中で善子は自転車を右側に寄せて止め、ステンレス製の欄干の手すりに両肘からもたれ掛かると、深く嘆息した。
「ハアァ~」
あゆみ橋は、市の中心部に位置する自転車歩行者専用橋である。狩野川はこのあたりで東から南へと流れる向きを変え、沼津港で海に注ぐ。下流側に架かる、
御成橋のすぐ手前の右岸に面して、善子の住むマンションが建つ。そこから上流側にかけての川岸は石張りでテラス状に整備されているが、そのテラスの片隅で男性が一人、ギターでスローバラードを弾き語りしていた。調べは柔らかな風に乗って、疲弊した心を癒やしてくれる。
「ああいうシンプルな伴奏じゃダメなのかな」善子は愚痴をこぼす。「結局、ラブライブで勝利を手にするには、リトルデーモン・リリーの堕天の力が不可欠……か」
善子はもう一回、大げさにため息をついた。頭上の空と同じく、気持ちは晴れない。
テラスの対岸、つまり左岸に目を転じると、近くの岸辺で高校生らしき女子が四人、ダンスを練習している。その様子を善子はぼんやりと眺めていたが――
「あれって……私たちの曲の振付?」
そう気づき、四人を凝視する。一年前の夏の宵、まさにあの場所でAqoursが演じた曲の振りを、彼女たちは忠実にトレースしようと努めていた。
「しかも、あのジャージ……」