ラブライブ!サンシャイン!! Beyond the Horizon 作:Le Nereidi
善子はあゆみ橋を対岸へ渡り、土手の上に自転車を放置して、川岸への階段を下りる。左岸は大部分が草地と砂利道だが、御成橋との間にブロック敷きのまとまったスペースがあり、四人はそこで川の方を向いて熱心にダンスの練習をしていた。
善子は後ろから声をかける。
「あんたたち、静真の子?」
「……あ、津島先輩」
振り返って、制服姿の声の主にいち早く気づいたのは、大きめのベージュTシャツに身を包んだ
練習を中断した四人の顔を、善子は確かめる。一年生部員と会う機会は全体ミーティングのときくらいなので、全員の顔を覚えきれていないのだが、ヘアスタイルを手がかりに特定していく。後頭部に編み込みのある
「みんなうちの一年生、よね。いつもここで練習してるの?」
「いえ、日によって変わります」
「っていうと?」
こむぎは説明を続ける。
「Aqoursやマーメイズの諸先輩方と違って、決まった練習場所が確保できてないんです。それで近くの公園とか、こことかで」
さらに、一重の細い目が特徴の雪奈が、白い右腕を伸ばし、御成橋を指して言った。
「雨の日は、そこの橋の下でやってます」
「橋の下!?」
善子の声が裏返る。一年生たちがどこでどういった練習をしているかなど、それまで気にも留めていなかった。
「……でも、全部で六人よね。あとの二人は?」
「佳織ちゃんと美麻ちゃんは、今日はカラオケルームです」
桃子のアヒル口から発された言葉の意味が、善子はすぐには理解できなかった。
「カラオケルーム?」
「本人たちは、歌の練習だって言ってます」
「……なるほどね」
善子は桃子の答えでいちおう納得したが、それよりその隣にいるかえでの挙動が不可解だった。落ち着きがなく、決して自分と目を合わせようとしない。
「工夫してるのね、いろいろ。練習の邪魔して悪かったわ。続けて」
「はい、失礼します」
こむぎたちが一礼するのを見届けて、善子はいったんはそこを去ろうとした。
「……ちょっと待って」
振り向いた。やはり気になる。
右腕をまっすぐ前へ伸ばす。手のひらを下に向けて人差し指と薬指を折り曲げ、残り三本の指で不審人物をロックオンした。
「オレンジの子」
堕天使と目が合ったニキビ面が、ビクッと震える。
「あんたさっきから、様子が変だけど、どうかしたの?」
かえではしばらく返事をためらっていたが、やがて、観念したのか、恐る恐る言った。
「ヨ……ヨハネさんて……」
ゴクリと唾を飲み込み、続きを口に出した。
「しゃべれるんですね……人並みに」
「……!?」
真に受けた善子は
「ひ、人並みって何よ失礼ね、私は人よ!」
「……えっ」
「…………あれ?」
▲▲▲
一年生部員の練習実態は、翌日ほかのAqoursメンバーの知るところとなった。
「ねえ、こむぎちゃんたちも、ここで練習させてあげない?」
「この教室でってこと?」
梨子に聞かれて、千歌は言葉を補う。
「うん。私たち、毎日使うわけじゃないし、週に二日くらいなら大丈夫だよね?」
「おらは賛成」花丸の反応は早かった。「今まで一年生がどこでどんな活動してるのか全然わからなくて、ずっと気になってたんだけど、ここなら目も届きやすいし、アドバイスもしやすいと思う。橋の下は気の毒だし、見に行くのも大変ずら」
ルビィと善子も賛意を示す。
「そうだね。それに、Aqoursに加えるメンバーの見極めもしやすくなるし」
「私も別にかまわないけど、三年U組の人たちは認めてくれるの?」
「大丈夫じゃないかな。いちおうスクールアイドル部の練習場所ってことになってるし」
「でも、クラスのみんなにはAqoursが使うって言っちゃってるから、改めて私と千歌ちゃんから事情を説明して理解を求めたほうがいいわね」
そのとき、花丸が思い出したように言った。
「マーメイズは?」
「……」
会話が途絶える。盲点だった。
「声かけなくていいわよ。だって、あんな
堕天使のポーズで善子が言い放つと、千歌がやんわり異議をはさんだ。
「そういうわけにもいかないよ。同じ部の仲間なんだから。ねっ、部長!」
「……まあ、そうね」梨子は不本意そうに同意し、下を向いて、誰にも聞こえないほどかすかな声でつぶやく。「……建前上は」
すると突然、花丸が椅子から立ち上がった。
「おら、今直接、二人に話してくる」
「花丸ちゃん、ひとりで行くの?」
「うん」
「怖くない?」
「全然!」
両腕を閉じて心配するルビィに余裕の笑みを返し、花丸は教室からすたすたと出ていく。
「お願いねー!」
千歌は頼もしげにその後ろ姿を見送ってから、真顔に戻り、横目で梨子の様子をうかがった。
「三年U組、で?」
練習中の部室で、菜々実はつぶらな瞳をいっそう丸く、大きく見開いた。
「うん。一年生とシェアしようかって話が出てるけど、菜々実ちゃんたちはどうする? ここより広いスペースが使えるずらよ」
思ってもみなかった花丸からの提案に、マーメイズの二人は、しばし考える。
「遼香どうする?」
「……とりあえずいいんじゃない?」
菜々実が首を軽く縦に振るのを確認して、遼香は自然な笑顔で花丸に回答した。
「あの教室を二人だけで使うのは、ちょっと広すぎるかな。私たちは、ここで十分だから」
「そうなんだ。わかった」
「マル、わざわざありがとうね」
「ずらっ」
花丸が髪をなびかせて部室を去る。
「……国木田って、けっこう義理堅いところあるじゃん」
「いい子だよぉ」
菜々実は、まるで自分が褒められたみたいな表情になる。
遼香はタオルを首に掛け、手近なパイプ椅子に無造作に座って脚を組みながら、話題を戻した。
「『出島』かあ……広すぎってのもあるけど、そもそもあそこ……入りにくくない?」
「うん。確かにね」
▲▲▲
数日後。
花丸と千歌は、校舎の廊下を歩きながら相談していた。
「Aqoursと、マーメイズと、一年生。グループの間に、見えない壁がある気がするずら。千歌ちゃんどう思う?」
「そうだね。部長の梨子ちゃんはそのへんあんまり気にしてないみたいだけど、いいのかなぁこれで」
千歌はふと足を止めた。
「花丸ちゃん、お願いしていいかな」
「ずらっ?」
「もし一年生が三年U組で練習することになったら、その様子を、ときどき見ておいてほしいんだ。それを私たちで共有するの。でね、Aqoursの分も含めて、マーメイズの菜々実ちゃんとの間で、定期的に情報交換してくれないかな」
「うん、でも、おら、図書委員と掛け持ちだから……」
「毎回じゃなくていいよ。私も、ときどき見に行くから。連絡係、お願いしていい?」
「うん。承知、ずら」
千歌と花丸は、部室に一年生部員を集めた。
ふだんミーティングで廊下側を占める六人は、今日は席位置をスライドして窓際の先輩二人の目の前だ。千歌の左隣の部長席には、黄色いカーディガンの花丸がちょこんと座っている。
「Aqoursが練習に使ってる私たち三年U組の教室を、スクールアイドル部全体の練習場所として使えるように、クラス全員の承諾を取りました」
「だから、お……私たちが使わない日に、一年生のみんなで使おうと思えば、使ってかまわないず……かまわないよ」
「ほんとですか!?」
千歌から見て右手、こむぎと雪奈の奥に座る、長い三つ編みの佳織が、驚嘆の声を上げた。
「これでやっと、外で練習しなくて済むよ!」
佳織と向かい合わせの美麻は満面の笑みだ。どことなく一九八〇年代のアイドルを連想させる、外ハネレイヤードの髪が喜びに揺れる。
美麻と花丸にはさまれた位置の、桃子とかえでもうれしそうだ。雪奈は安堵の色を浮かべる。しかし、千歌のすぐ目の前のこむぎは、ニコリともせず、まっすぐテーブルを見つめていた。
そんなこむぎを気にしつつ、千歌はあわせて自分の考えを伝える。
「それと……前にも部長から言われたと思うけど、ここにいる全員を必ずAqoursに入れるって約束はできないんだ。だから、Aqoursだけを見るんじゃなくて、スクールアイドルとして自分なりの輝きを目指すってことも考えたほうがいいと思うんだ」
「悩み事があったら、お……私たちが相談に乗るず……乗るよ」
一年生は、話を聞くうち、先ほどまでの喜びを失い押し黙ってしまう。
「……」
しばらくたって、テーブルを見据えたままのこむぎが、思いつめた顔で切り出した。
「高海先輩、国木田先輩。一つ聞いていいですか」
「なあに?」
微笑む千歌に対して、こむぎは堰を切ったように話し始めた。
「私は、Aqoursのことを、ファーストライブのときから見てきました。PVのスカイランタン作りも手伝ったし、狩野川花火大会のライブもネットで見ました。私が暮らす身近な場所で、何もない田舎の内浦で、一生懸命歌って踊って、キラキラと輝いてるAqoursが、大好きになりました。
ラブライブ地区予選の『MIRAI TICKET』の内容にすごく感動しちゃって、心から思ったんです。
――私もAqoursに入りたい。ううん、Aqoursに入る!
そう決めて、すぐに浦の星女学院のホームページで、住所と名前、志望動機を入力して、学校説明会参加希望のボタンをクリックしました」
千歌と花丸はびっくりして互いの顔を見た。あのとき入学希望者のゼロを一にしたのは、学校のお膝元・内浦に住むこの子だったんだと。
「浦女が静真に統合されるって決まってから、目標を切り替えて必死に勉強して、やっとAqoursの諸先輩方と同じ学校に通うことができました。そのあとのつらい練習も耐えました。Aqoursに入るために」
こむぎはそこまで一気に話し終えて、いったん呼吸を整えてから、千歌の目を見て、訴えた。
「具体的に教えてください。どうすれば、Aqoursのメンバーになれるんですか? それはいつなんですか?」
真剣なまなざしで問いかけてくる地元の後輩に、千歌は戸惑いを隠せない。いや、こむぎだけではない。ほかの五人からも同じ気配が迫ってくる。同じ視線が刺さってくる。
「だ、だから、それは……あなたたちの活動の様子を、これからしっかり見たうえで……」
「どういう活動をしたらAqoursに入れるのか、私たち、全然わからないんです! 教えてください!」
こむぎの悲痛な叫びに対して、千歌と花丸は、返す言葉がすぐには見つからなかった。
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次回 #4「ふたりの火花」