ラブライブ!サンシャイン!! Beyond the Horizon 作:Le Nereidi
最初に『夜明けの海で スリーマーメイズ』という字幕が表示される。
画面には三人の女子高生が映し出された。真ん中に遼香、右やや後方に菜々実、左奥にもう一人というフォーメーションで、それぞれ赤、エメラルドグリーン、ライトオレンジの無地のTシャツを着ている。スカートは学校の制服そのままだ。
撮影場所は温子の家の作業小屋らしい。足元の、コンクリートの土間はきれいに片付けられた気配があり、背後にはベニヤ板が何枚か立て掛けられてすっきりした背景となっている。
イントロに合わせて、三人はゆっくりと大きな振りからダンスを始めた。軽快な響きの、ミディアムテンポの曲だ。
センターの遼香が歌い出す。声に伸びがある。歌詞が聴き取りやすく、音程もしっかりとれている。
Aメロが終わり、ライトオレンジの子がセンターに移動してBメロのソロパートを引き継ぐ。
切りっぱなしショートボブの髪に、くりっとした目と、丸っこい鼻。文化系の部活にわりあいいそうな、知的でおとなしい印象の顔だ。背は遼香や菜々実ほど高くはなく、低いわけでもないようである。彼女の歌はまずまずだが、ダンスがぎこちない。それでも、一生懸命さは伝わってくる。
サビは、キャッチーなメロディーで、バックで鳴るストリングスが曲調を盛り上げている。親がときどき聴いている、一九八〇年代のマリンリゾート感覚に富んだシティポップの趣が漂い、当時生まれていなかったルビィは不思議な懐かしさを覚えた。
予感どおり、遼香はセンターとしての存在感を示し、ダンスも安定している。しかし、肝心の聴かせどころで歌い方が単調なきらいがあった。
それに、コーラスの音程が怪しい。二人のうちどちらか一人の音が外れているようだ。
二コーラス目も、遼香とライトオレンジの子がメロディーを歌う。
菜々実のソロパートはないのだろうか、とルビィが気にし始めたそのとき、それは不意に出現した――Bメロの途中、わずか四小節。
声にならない 私の願い
コーラスに関するルビィの疑問は解けた。
ただ、菜々実のダンスは抜群だった。指先まで細かく行き届いた手の使い方、柔らかくしなやかな身のこなし、メリハリのある動きで、歌詞に込められた意味を巧みに表現できている。
それは、人間に恋をした人魚が、逢瀬を重ねながらも、日の沈んでいる間しか人の姿になれない切なさを歌った、メルヘンチックな内容の歌だった。
ああ 叶えたいの 叶わない恋を
たとえすべて失ったとしても
私の想いは 今日も波に消えてく
夜明けとともに
ああ 叶わないと知っていたのに
こぼれ落ちる真珠のひとしずく
いつか ふたり寄り添い 虹を仰ぐの
夜明けの海で
最後に、印象的なサビが不安定なコーラスを伴い、転調を交えて繰り返される。菜々実のソロが再び現れることはなかった。
映像は、正面から三人を捉えたまま、ワンカットで終わった。
イヤフォンを外して顔を上げると、菜々実の不安に満ちた表情があった。それを和らげるため、ルビィは自然な笑みで、無難なところからコメントする。
「えーっと……曲と、振付は素敵だと思う。それに、菜々実ちゃんのダンスも」
菜々実は少しホッとしている。
「温子に負担かけないように、シンプルにまとめてみたんだけどね。よかった」
「伴奏も温子ちゃんひとりで作ったのかな。シンフォニア?」
「温子は、もっと本格的なパソコンのアプリ使ってたね。私あんまり詳しくないけど……DAW? っていうの」
「やっぱり……」
温子が梨子と同じく専門的なツールで伴奏を作っていると知り、ルビィは納得した。アコースティック楽器の音を、コンピューターによる打ち込みで自然に響かせていて、まるで本物のオーケストラが演奏しているように、ルビィには感じられた。
「温子、電子オルガン弾けるから、そういうの得意だったみたい。バンドでもキーボードやってたしね」
「そうなんだ……すごいね」
率直な感想がひとりでにこぼれ出る。もしも温子が転校していなかったら、とルビィは想像した。この子の作った曲を、自分たちと一緒に――
「まあ、でも、これで予備予選の三十六組に入れなかったわけだし……自分たちに足りないものはわかってるんだけどね」
情けなさそうに下を向く菜々実。その歌唱力に関して、今この場で指摘することもできず、ルビィは迷いながら、慎重に言葉を選ぶ。
「うん……なんて言えばいいんだろう……三人の特長が、うまく噛み合ってない、っていうか……」
そこまで言ったあと、急に語気を強めた。
「あっ、でも、菜々実ちゃんも遼香ちゃんも、これからもっともっとよくなると思うよ! ルビィ、羨ましいもん、二人が!」
「……えっ!?」
菜々実は、ルビィの最後の言葉に目を丸くしていた。
それは、あわてて付け足したように受け取られてしまったかもしれないが、本心だった。背が高く大人びた、菜々実と遼香。自分には、そして今のAqoursにはない魅力を持つ二人のポテンシャルを、ルビィは確信した。
「菜々実ちゃんたちのこと、少しずつわかってきた。見せてくれてありがとう」
ルビィは微笑みながら礼を述べ、菜々実にスマートフォンを返してから、すぐに真面目な顔に戻った。
「それで、次の予備予選……どうするの?」
▲▲▲
「ルビィ、あんたそれ本気で言ってんの?」
「今のままじゃ、足りないと思うの! 予選を勝ち抜くには!」
二ヶ月前と同じように、ショッピングセンターのファストフード店で、ルビィは四人の仲間たちに主張していた。
「だけど、一年生じゃなくて、まさかマーメイズの二人、って……」
善子だけでなく、花丸も困惑していた。
「マーメイズは、曲を作れる温子ちゃんがいなくなっちゃって、今のままだとラブライブの予選にエントリーできないの」
「それはあっちの事情でしょ? 知らないわそんなこと」
ドライに突き放した善子は、上体をひねって隣のルビィに背を向け、ドリンクをストローで飲む。
右斜め前の席の梨子も、難しい顔になっている。
「いちおう、各グループの活動は、それぞれの責任で進める、って方針だし……」
「でもね、この間、スリーマーメイズの未公開映像を菜々実ちゃんに見せてもらったの」
「そんなのがあるの?」
「うん。それを見て、ルビィ思ったの。菜々実ちゃんと遼香ちゃん、二人と一緒にやれたら、私たちもっともっとよくなるんじゃないかなって」
「どういうこと?」
「二人とも、ダンスがきれいだし、遼香ちゃん美人で華があるし、歌えるし。菜々実ちゃんは、振付もできちゃうし」
いぶかしむ梨子に、ルビィはマーメイズの魅力を語った。菜々実の致命的なウィークポイントについては、まだ口外しない。
「……連続バク転もできるし」
一人だけブラウスの上からカーディガンを羽織る花丸が、ぽつりとつぶやく。
梨子は理解した。
「つまり、今の私たちに足りない部分を、その二人で補って、その二人も私たちとならラブライブの予選に参加できる、ってことね」
「もちろん、それだけじゃないの。新しいメンバーとなら新しいAqoursが作れるんじゃないかなって、ルビィ思うの!」
ルビィの真向かいで腕組みしながら黙って聞いていた千歌が、納得の表情でうんうんとうなずく。修学旅行先の沖縄で買った、黄色いハイビスカスの髪留めが、頬の横で揺れた。
「予選まであと一ヶ月ちょっとしかないから、声をかけるなら今のうちだよ!」
二ヶ月前と違って、ルビィの言葉には気迫と熱がこもっていた。
「私は反対よ」善子がルビィに向き直る。「前も言ったと思うけど、私はこのメンバーでやれるところまでやってみたいの。確かにこないだの東京では振るわなかったけど、去年だってゼロから頑張って予備予選突破できたんだから、私たちまだまだやれるはずよ!」
「善子ちゃん、去年と違ってお姉ちゃんたちもういないんだよ?」
「ヨハ……」
善子は、お約束の返しの途中で絶句した。
シビアな現実を前に、五人とも黙ってしまう。周りの親子連れのにぎやかな声だけが、耳に入ってくる。
しばらくして、梨子と善子は懸念を口にした。
「ルビィちゃんの狙いはわかるけど、実際にうまくいくのかしら? 遼香ちゃん、相当難しいわよ、接し方が」
「わかるでしょみんな? ふだんの態度から。あいつ絶対何かやらかすわよ? 百歩譲って菜々実だけなら受け入れてもいいけど」
「それはないよ」
乱暴な意見は千歌がすぐに却下した。善子はムスッとする。
「……ルビィも、遼香ちゃんとうまくやってけるかどうか、正直、わからないの。でも、今はやるしかない、って思う。結果を出すために」
ぽつりぽつりと、しかし迷いのないルビィの話しぶりからは、リーダーとしての責任と覚悟が沸々とにじみ出ている。
「ずら丸も黙ってないで、何かしゃべりなさいよ」
花丸は珍しく、食が進んでいない。目の前には食べかけのハンバーガーが一個と、手つかずのが一個ある。善子に促されて、自分の意見を述べ始めた。
「菜々実ちゃんと遼香ちゃんを今、Aqoursの正式メンバーにしたら、Aqoursに入るのを夢見てる一年生を裏切ることになるずら」
「……そこは、ルビィも気にしてるの」
「それに、マーメイズがAqoursに吸収されるかたちだと、二人のプライドを傷つけるかもしれないし……ルビィちゃん、二人にはこの話、もうしたの?」
「ううん、まだ何も」
「乗ってきそう?」
「わかんない」
花丸は、ずり落ちた眼鏡のアンダーリムを人差し指でくいっと上げ、言った。
「おら、今さっき思いついたんだけど、こういうのはどうだろう」
四人の視線が注がれる。
「Aqoursとマーメイズによる、期間限定の合同ユニット」
「……」
――その手があった!
千歌、梨子、善子、ルビィは、順々に言葉を漏らす。
「期間限定の……」
「合同ユニット……」
「って、もしかして……」
「……
「うん。次のラブライブのためだけの、一時的なコラボレーションずら。コラボが終われば、一年生受け入れの余地も残るってことで」
そこまで言い終わり、すっきりした面持ちの花丸は食べかけのハンバーガーに猛然とかぶりつく。
「おいひいずらー」
しっかりと
「いいっ!!」
「ムグッ……」
「それいいよ花丸ちゃん! それでいこう!」
ルビィは、喉が詰まって目を白黒させている花丸の両肩をつかみ、ぶんぶん揺すっている。眼鏡がまた、ずり落ちた。
「ぐ……ぐるじいずら……」
「私も、それがいいと思う!」千歌も賛成した。「確かに、善子ちゃんみたいに、今のメンバーのままでAqoursを熟成させてくって考え方もあるけどね」
「ヨハネ!」
「でも私は、新しい仲間と一緒にやりたいかな。新しい仲間となら、新しい景色が見れる気がする!」
「新しい景色……」
梨子は思い出す。千歌が以前にも口にしたフレーズだ。
「もちろん、一年生には、なんでAqoursとマーメイズがコラボしたか、っていう理由はちゃんと説明してあげないとだね」
「……そうね」梨子も一歩踏み出す。「今までにない難しい挑戦になりそうだけど、私も千歌ちゃんと見てみたいな、新しい景色を……だから、思い切って、私もルビィちゃん花丸ちゃんのアイデアに乗るわ!」
五人のうち四人が、マーメイズとのコラボに前向きになる。
「なんでこんなときに、よりによってあいつらに頼んなきゃなんないのよ!? しょうがないわね……曜がいいって言うんなら、一緒にやってあげてもいいわ」
善子は不満を隠さないものの、それが精いっぱいの意思表示だった。
胸を叩いてつかえがとれた花丸に、ルビィが生き生きと話しかける。
「花丸ちゃん、コラボの提案、マーメイズのところへ一緒に行ってくれる?」
「もちろん。善子ちゃんは?」
「ヨハネ! あんなヤツ、別に会いたかないけど、ルビィがどーーーしても付いてってほしいなら、付いてってあげてもいいわ!」
「二人対二人がいいかな」
ずっこける善子。
「その代わり善子ちゃんには、遼香ちゃんがどんな子なのか、みんなに教えてほしいずら。Aqoursの中でいちばんよく知ってるのは善子ちゃんだから」
「承知! 堕天使ヨハネ、あまたの背徳と悪行にまみれた忌まわしき魔女・遼香の黒歴史を、すべて白日の下に……」
「普通でいいずら」