ラブライブ!サンシャイン!! Beyond the Horizon   作:Le Nereidi

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#4 ふたりの火花(3)

 静岡県三島市。

 沼津の東に位置するこの町は、富士山に降った雪や雨が歳月をかけて地下を伝い、澄んだ泉となって至る所で湧き出ている。

 市街地の中心部にある白滝公園もその一つで、あおあおと茂る木々の下、冷え固まった溶岩流の微細な空隙から清水がしみ出し、名前のとおり、ささやかな滝と池をつくっている。

 

 

 公園のすぐ横を、穏やかに流れていく小川――その水際の木陰に、二人の高校生の姿があった。

 膝丈より気持ち長めのスカートと長袖の白ブラウスの生徒が、ベンチに腰掛け、手元の紙に視線を落とす。傍らに立つもう一人はスラックスで、白い半袖の先から濃褐色の腕をあらわにしている。二人とも、ボトムスは濃淡二色のグレーに赤い線入りのチェック柄だ。

「私、スクールアイドルのライブ、実際に見たことないの」

「ふーん」

「どんな感じなのかな……ねえ、レイちゃん、一緒に見ようよ」

「スクールアイドルには興味ねえな」

「……つれないのね。せっかく近所であるっていうのに」

 おとなしく(はかな)げなウィスパーボイスで、ベンチの高校生は話す。見つめているのは、七月下旬に開催されるラブライブ予備予選の告知チラシだった。それを持つ指も手も、か細く、白い。

「会場どこ?」

「『三島市民文化会館』って書いてある」

「すぐそこじゃん!」

「えっ?」

「こっから駅へ行く途中、左側にあるじゃん」

「あれがそうなの? だったらレイちゃん、家も近いんだから、ねえ」

 レイと呼ばれたスラックスの生徒はすぐには答えず、ベンチを背にし、せせらぎを向いた。透明な水の底で、たゆたう魚たち。初夏の日差しがキラキラはね返る。

「オレっち、ああいうガーリーなの、趣味じゃねえんだ。華穂(かほ)なら似合うと思うけどさ」

 朗々とした低い声のレイ。くだけた言葉づかいも相まって、会話だけでは性別の判断が難しい。

 華穂という名の少女は、ささやくようにつぶやく。

「私は、向いてない。体弱いし。それに……一人で歌うのが好きだし」

「興味はあるってか?」

「……」

 涼気を含んだ風が通り抜け、林の鳴る音が二人を包んだ。

 チラシの上で木漏れ日が踊っている。

 

 

   ▲▲▲

 

 

 スクールアイドル部の部室に、Aqoursとマーメイズの七人が集まった。千歌と梨子がいるテーブルの上座に向かって左側にルビィと花丸、右側に遼香と菜々実が着く。花丸が手にするいつもの長い菓子パンは、既に半分以上腹に入っている。

 善子はあえて着席せず、ルビィと花丸の後ろで、ロッカーにもたれながら横を向く。目を閉じ、両手両腕で堕天使のポーズをとっている。

 遼香が、居住まいを正して、話し始めた。

「Aqoursのみなさんからのご提案ですが、二人でよく相談しました。そのお話……」

 ルビィと花丸は息をのむ。

「……ありがたくお受けします」

 遼香は軽く頭を下げる。菜々実も、神妙な顔のまま、動きを合わせた。

 Aqoursメンバーの緊張が解ける。だが、善子は微動だにしない。

「ありがとう遼香ちゃ……」

「ただし、一つだけ条件があります」

 ルビィの言葉を遮り、遼香は続けた。

「Aqoursとマーメイズ、両グループが対等な立場でコラボするということでお願いします」

「対等……」

 梨子の眉間が縮む。

 ルビィもまた、その単語に一瞬困惑したが、すぐに気を取り直し、毅然と話し出そうとしたとき――

「いいわ。その条件、のみましょ」

 先に言葉を発したのは善子だった。

「善子ちゃん」

 振り返ったルビィと花丸にかまわず、善子は横向きのまま静かに話し続ける。

「『対等』……いい響きよね。特に、あんたみたいな、無駄にプライドの高い人にとっては」

 とたんに、遼香の目つきが険しくなった。

「それで、聞くけど。『対等』って……」

 善子はゆっくりと遼香に顔を向ける。

「……何?」

「……えっ!?」

 虚を突かれた遼香に、堕天使の眼光が突き刺さる。

「説明してくれる? あんた、頭いいんだから、バカな私たちに、わかりやすく説明できるわよね? 仮にもラブライブで優勝してるAqoursと、予備予選すら出られなかったマーメイズが『対等』って……フフッ……どういう意味?」

 鼻で笑いながら、冷たい視線と抑えた声で、善子は遼香を問い詰める。

 遼香は、いつものような理路整然とした受け答えができなくなっていた。

「だから……『対等』……って、いうのは……その……」

 顔はこわばり、声は震えている。あたかも、堕天使ヨハネの闇の魔力で金縛りにあったかのように。

 善子と遼香の対照的な姿に、菜々実は青ざめた。Aqoursのほかのメンバーも、予想外の展開に驚きつつも、成り行きをうかがうしかない状態である。

 善子は再び横を向き、穏やかにとどめを刺しにいく。

「私、頭悪いから、あんたが言う『対等』の意味がさっぱりわからないんだけど……フフッ……私たちは、少なくともあんたたちよりは実績を持ってるし、経験もある……成功も、失敗も。屈辱も、挫折も、栄光も、歓喜も……そのことは、よく覚えておいて」

 部室が凍りついている。

 辱めを受けた遼香は何も言い返せず、小刻みに体を震わせながら、端正な顔をゆがめ、歯を食いしばるほかはなかった。

 

 

 気まずい沈黙の時間。それを破ったのは、やはり――

「ふえぇ~」

 間抜けなため息を室内に響かせる。

「千歌ちゃん」

 花丸が思わず言う。あまりに場違いな声に、梨子はクスッと笑ってしまった。善子も、マーメイズの二人も、頭上にクエスチョンマークが似合いそうな顔で、千歌を見た。

「この中だと、私がいちばん頭悪いと思うんだけど、頭悪いなりに考えてみたんだ」

 千歌は、わざと力を抜いて話す。

「要するにだよ、五人と二人の力を合わせて、一人一人のいいところを組み合わせて、お互いを尊重して助け合いながら、みんなでいい曲を作って、みんなで発表する。それが、きっと遼香ちゃんの言いたい『対等』ってことなんじゃないかな」

「……頭いい」

 善子の口から、称賛の言がこぼれる。

「そういう意味なら、問題ないと思うけどね。遼香ちゃん、菜々実ちゃん、それでいい?」

「はい!」

 菜々実は笑顔とともに答えたが、すぐに真顔に戻り、隣を気にした。

「……はい、それで……ありがとうございます」

 遼香は、千歌に対して深々と頭を下げる。声に力はなかった。

「Aqoursのみんなも、それでいいかな?」

「もちろん」

「うゅ」

「ずら」

「……それならいいわよ」

「じゃあ、これで合同ユニット成立だね。期間は、とりあえず次のラブライブが終わるまで。曜ちゃんは私に任せるって言ってくれてるから、曜ちゃんを入れた八人で、ラブライブ予選にエントリーしよう!」

 生き生きと場を仕切る同級生の姿に、梨子は顔をほころばせる。

「なんか、千歌ちゃんがリーダーみたいね」

「あっ、リーダーは私やらないよ」

「やっぱり?」

 ぶれない千歌の姿勢に、梨子の頬が緩む。

 すると、遼香が殊勝な態度で言った。

「リーダーは、黒澤がいいと思います」

「やっぱり?」

 今度は花丸だ。誰も異存はない。

「それじゃあ、引き続き、黒澤ルビィ、リーダーとして、がんばルビィ!」

 いつものセリフと腕開きポーズによる、決意表明である。

 

 

 あと一つ、ここで決めなければいけないことがあった。

 花丸が言う。

「ルビィちゃん、合同ユニットの名前はどうする?」

「Saint Aqours Snowみたいなかっこいい名前にしたいよね」

「リリーは、何かいい案持ってるの?」

「だからリリーはやめなさいって……」

 善子をとがめる梨子の口調は、以前ほどきつくはない。

「そうね」

 梨子は考えつつ立ち上がり、自席後ろに据えたホワイトボードの左側に『Aqours』、右側に『マーメイズ』と、青いマーカーで書く。

 そしてにっこり笑った。

「『Aqoursマーメイズ』……なんて、どう?」

「え」「ウソ」

 誰かの小声。部室に微妙な空気が充満し、梨子は当てが外れた顔をしている。

「……さすが、上級リトルデーモン・リリー。切れ味鋭いボケね!」

「ボケてない!」

 善子のフォローツッコミに対し、梨子はムキになった。

「これは、その……叩き台よ、叩き台! みんなが意見を出しやすいように……」

「梨子ちゃん」花丸が口をはさむ。「合同ユニットだから、間に『&』を入れたらどうずら?」

 言われるままに、梨子は一字書き加えてみた。

「こう?」

 

 

  Aqours & マーメイズ

 

 

「遼香、対等っぽい感じしない?」

 菜々実にさりげなくイジられて、遼香は苦笑した。そんな二人の様子に、ルビィはほっこりする。

「いい感じだね。でも、英語とカタカナだと見た目のバランスがどうかな」

「そうね。とすると……」

「失礼します」

 遼香は立ち上がり、梨子に代わって『マーメイズ』の部分を消したあと、英語でサラッと書き直した。

 

 

  Aqours & Mermaids

 

 

「マーメイズ、ってそう書くんだ……」

 たぶん、ルビィが生まれて初めて見る英単語である。

「……頭いい!」

 今度の善子は、皮肉や冷やかし抜きの素直な感想だ。

 遼香が席に戻ったと同時に立ち上がった千歌は、ホワイトボードを見つめ、そして笑顔になった。

「うん、いいんじゃないかな。Aqoursとマーメイズ、それぞれの活動の中で今回コラボしました、ってことが一目でわかるし。それに、なんとなく海の香りがしてくる名前だよね」

 うれしそうな千歌の姿に梨子も満足げだ。

「意外とあっさりまとまったわね」

「きっと叩き台がよかったんだよ」

「うん、まあ、それはそれほどでも……あるかな」

 

 

「あと、Aqoursの人たちに聞きたいことがあるの」

「なんずら?」

 再び細長いパンを食べ始めた花丸が、菜々実に聞き返す。

「あの、その、だから……なんて、呼べばいいのかな? ……そこの人」

 菜々実は、目を伏せたまま、テーブルの反対側で痛々しいポーズをとるメンバーを、軽く顎で示した。

「クックックッ、愚問ね。そもそも我は、人にあらず。天界よりこの地上に降臨したるフォーリンエンジェル・堕天使ヨ……」

「善子ちゃんでいいずら」

「ヨハネ!」

「私は、前から名字で呼んでるけど。クソ面倒だし、それがいちばんだよ。ね、善子ちゃん!」

「だからヨハネよ!」

 この調子でいつもの騒がしいやりとりが、善子を中心にしばらくの間続くのだった。

 菜々実はため息をつき、物思う。

 

――この先ずっと、こんな鬱陶しいやりとりしなきゃいけないのかな。ヨハネなんて、恥ずかしくて絶対口に出せない。

  遼香みたいに「津島」とか「津島さん」って呼べば無難なんだろうけど……なんか、違うんだよね。へんてこりんだけど、愛嬌があって、かわいくて、憎めない。そんな彼女、津島善子にぴったりの呼び名は……

 

「よ……よ……」

 菜々実の口をついて出たのは――

「……よっちゃん」

「…………はぁ?」

 慣れない呼び方をされ当惑する善子に菜々実は駆け寄り、肩に手を添えて、自慢のスマイルで、人懐っこく話しかけた。

「ねえ、よっちゃん、て呼んでいい?」

「……べ、別に……あなたがそう呼びたいなら、それでもいいわよ?」

 迫られた善子は柄にもなく照れながら、その新しい呼び方をあっさり受け入れた。

 

 

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