ラブライブ!サンシャイン!! Beyond the Horizon 作:Le Nereidi
静岡県三島市。
沼津の東に位置するこの町は、富士山に降った雪や雨が歳月をかけて地下を伝い、澄んだ泉となって至る所で湧き出ている。
市街地の中心部にある白滝公園もその一つで、あおあおと茂る木々の下、冷え固まった溶岩流の微細な空隙から清水がしみ出し、名前のとおり、ささやかな滝と池をつくっている。
公園のすぐ横を、穏やかに流れていく小川――その水際の木陰に、二人の高校生の姿があった。
膝丈より気持ち長めのスカートと長袖の白ブラウスの生徒が、ベンチに腰掛け、手元の紙に視線を落とす。傍らに立つもう一人はスラックスで、白い半袖の先から濃褐色の腕をあらわにしている。二人とも、ボトムスは濃淡二色のグレーに赤い線入りのチェック柄だ。
「私、スクールアイドルのライブ、実際に見たことないの」
「ふーん」
「どんな感じなのかな……ねえ、レイちゃん、一緒に見ようよ」
「スクールアイドルには興味ねえな」
「……つれないのね。せっかく近所であるっていうのに」
おとなしく
「会場どこ?」
「『三島市民文化会館』って書いてある」
「すぐそこじゃん!」
「えっ?」
「こっから駅へ行く途中、左側にあるじゃん」
「あれがそうなの? だったらレイちゃん、家も近いんだから、ねえ」
レイと呼ばれたスラックスの生徒はすぐには答えず、ベンチを背にし、せせらぎを向いた。透明な水の底で、たゆたう魚たち。初夏の日差しがキラキラはね返る。
「オレっち、ああいうガーリーなの、趣味じゃねえんだ。
朗々とした低い声のレイ。くだけた言葉づかいも相まって、会話だけでは性別の判断が難しい。
華穂という名の少女は、ささやくようにつぶやく。
「私は、向いてない。体弱いし。それに……一人で歌うのが好きだし」
「興味はあるってか?」
「……」
涼気を含んだ風が通り抜け、林の鳴る音が二人を包んだ。
チラシの上で木漏れ日が踊っている。
▲▲▲
スクールアイドル部の部室に、Aqoursとマーメイズの七人が集まった。千歌と梨子がいるテーブルの上座に向かって左側にルビィと花丸、右側に遼香と菜々実が着く。花丸が手にするいつもの長い菓子パンは、既に半分以上腹に入っている。
善子はあえて着席せず、ルビィと花丸の後ろで、ロッカーにもたれながら横を向く。目を閉じ、両手両腕で堕天使のポーズをとっている。
遼香が、居住まいを正して、話し始めた。
「Aqoursのみなさんからのご提案ですが、二人でよく相談しました。そのお話……」
ルビィと花丸は息をのむ。
「……ありがたくお受けします」
遼香は軽く頭を下げる。菜々実も、神妙な顔のまま、動きを合わせた。
Aqoursメンバーの緊張が解ける。だが、善子は微動だにしない。
「ありがとう遼香ちゃ……」
「ただし、一つだけ条件があります」
ルビィの言葉を遮り、遼香は続けた。
「Aqoursとマーメイズ、両グループが対等な立場でコラボするということでお願いします」
「対等……」
梨子の眉間が縮む。
ルビィもまた、その単語に一瞬困惑したが、すぐに気を取り直し、毅然と話し出そうとしたとき――
「いいわ。その条件、のみましょ」
先に言葉を発したのは善子だった。
「善子ちゃん」
振り返ったルビィと花丸にかまわず、善子は横向きのまま静かに話し続ける。
「『対等』……いい響きよね。特に、あんたみたいな、無駄にプライドの高い人にとっては」
とたんに、遼香の目つきが険しくなった。
「それで、聞くけど。『対等』って……」
善子はゆっくりと遼香に顔を向ける。
「……何?」
「……えっ!?」
虚を突かれた遼香に、堕天使の眼光が突き刺さる。
「説明してくれる? あんた、頭いいんだから、バカな私たちに、わかりやすく説明できるわよね? 仮にもラブライブで優勝してるAqoursと、予備予選すら出られなかったマーメイズが『対等』って……フフッ……どういう意味?」
鼻で笑いながら、冷たい視線と抑えた声で、善子は遼香を問い詰める。
遼香は、いつものような理路整然とした受け答えができなくなっていた。
「だから……『対等』……って、いうのは……その……」
顔はこわばり、声は震えている。あたかも、堕天使ヨハネの闇の魔力で金縛りにあったかのように。
善子と遼香の対照的な姿に、菜々実は青ざめた。Aqoursのほかのメンバーも、予想外の展開に驚きつつも、成り行きをうかがうしかない状態である。
善子は再び横を向き、穏やかにとどめを刺しにいく。
「私、頭悪いから、あんたが言う『対等』の意味がさっぱりわからないんだけど……フフッ……私たちは、少なくともあんたたちよりは実績を持ってるし、経験もある……成功も、失敗も。屈辱も、挫折も、栄光も、歓喜も……そのことは、よく覚えておいて」
部室が凍りついている。
辱めを受けた遼香は何も言い返せず、小刻みに体を震わせながら、端正な顔をゆがめ、歯を食いしばるほかはなかった。
気まずい沈黙の時間。それを破ったのは、やはり――
「ふえぇ~」
間抜けなため息を室内に響かせる。
「千歌ちゃん」
花丸が思わず言う。あまりに場違いな声に、梨子はクスッと笑ってしまった。善子も、マーメイズの二人も、頭上にクエスチョンマークが似合いそうな顔で、千歌を見た。
「この中だと、私がいちばん頭悪いと思うんだけど、頭悪いなりに考えてみたんだ」
千歌は、わざと力を抜いて話す。
「要するにだよ、五人と二人の力を合わせて、一人一人のいいところを組み合わせて、お互いを尊重して助け合いながら、みんなでいい曲を作って、みんなで発表する。それが、きっと遼香ちゃんの言いたい『対等』ってことなんじゃないかな」
「……頭いい」
善子の口から、称賛の言がこぼれる。
「そういう意味なら、問題ないと思うけどね。遼香ちゃん、菜々実ちゃん、それでいい?」
「はい!」
菜々実は笑顔とともに答えたが、すぐに真顔に戻り、隣を気にした。
「……はい、それで……ありがとうございます」
遼香は、千歌に対して深々と頭を下げる。声に力はなかった。
「Aqoursのみんなも、それでいいかな?」
「もちろん」
「うゅ」
「ずら」
「……それならいいわよ」
「じゃあ、これで合同ユニット成立だね。期間は、とりあえず次のラブライブが終わるまで。曜ちゃんは私に任せるって言ってくれてるから、曜ちゃんを入れた八人で、ラブライブ予選にエントリーしよう!」
生き生きと場を仕切る同級生の姿に、梨子は顔をほころばせる。
「なんか、千歌ちゃんがリーダーみたいね」
「あっ、リーダーは私やらないよ」
「やっぱり?」
ぶれない千歌の姿勢に、梨子の頬が緩む。
すると、遼香が殊勝な態度で言った。
「リーダーは、黒澤がいいと思います」
「やっぱり?」
今度は花丸だ。誰も異存はない。
「それじゃあ、引き続き、黒澤ルビィ、リーダーとして、がんばルビィ!」
いつものセリフと腕開きポーズによる、決意表明である。
あと一つ、ここで決めなければいけないことがあった。
花丸が言う。
「ルビィちゃん、合同ユニットの名前はどうする?」
「Saint Aqours Snowみたいなかっこいい名前にしたいよね」
「リリーは、何かいい案持ってるの?」
「だからリリーはやめなさいって……」
善子をとがめる梨子の口調は、以前ほどきつくはない。
「そうね」
梨子は考えつつ立ち上がり、自席後ろに据えたホワイトボードの左側に『Aqours』、右側に『マーメイズ』と、青いマーカーで書く。
そしてにっこり笑った。
「『Aqoursマーメイズ』……なんて、どう?」
「え」「ウソ」
誰かの小声。部室に微妙な空気が充満し、梨子は当てが外れた顔をしている。
「……さすが、上級リトルデーモン・リリー。切れ味鋭いボケね!」
「ボケてない!」
善子のフォローツッコミに対し、梨子はムキになった。
「これは、その……叩き台よ、叩き台! みんなが意見を出しやすいように……」
「梨子ちゃん」花丸が口をはさむ。「合同ユニットだから、間に『&』を入れたらどうずら?」
言われるままに、梨子は一字書き加えてみた。
「こう?」
Aqours & マーメイズ
「遼香、対等っぽい感じしない?」
菜々実にさりげなくイジられて、遼香は苦笑した。そんな二人の様子に、ルビィはほっこりする。
「いい感じだね。でも、英語とカタカナだと見た目のバランスがどうかな」
「そうね。とすると……」
「失礼します」
遼香は立ち上がり、梨子に代わって『マーメイズ』の部分を消したあと、英語でサラッと書き直した。
Aqours & Mermaids
「マーメイズ、ってそう書くんだ……」
たぶん、ルビィが生まれて初めて見る英単語である。
「……頭いい!」
今度の善子は、皮肉や冷やかし抜きの素直な感想だ。
遼香が席に戻ったと同時に立ち上がった千歌は、ホワイトボードを見つめ、そして笑顔になった。
「うん、いいんじゃないかな。Aqoursとマーメイズ、それぞれの活動の中で今回コラボしました、ってことが一目でわかるし。それに、なんとなく海の香りがしてくる名前だよね」
うれしそうな千歌の姿に梨子も満足げだ。
「意外とあっさりまとまったわね」
「きっと叩き台がよかったんだよ」
「うん、まあ、それはそれほどでも……あるかな」
「あと、Aqoursの人たちに聞きたいことがあるの」
「なんずら?」
再び細長いパンを食べ始めた花丸が、菜々実に聞き返す。
「あの、その、だから……なんて、呼べばいいのかな? ……そこの人」
菜々実は、目を伏せたまま、テーブルの反対側で痛々しいポーズをとるメンバーを、軽く顎で示した。
「クックックッ、愚問ね。そもそも我は、人にあらず。天界よりこの地上に降臨したるフォーリンエンジェル・堕天使ヨ……」
「善子ちゃんでいいずら」
「ヨハネ!」
「私は、前から名字で呼んでるけど。クソ面倒だし、それがいちばんだよ。ね、善子ちゃん!」
「だからヨハネよ!」
この調子でいつもの騒がしいやりとりが、善子を中心にしばらくの間続くのだった。
菜々実はため息をつき、物思う。
――この先ずっと、こんな鬱陶しいやりとりしなきゃいけないのかな。ヨハネなんて、恥ずかしくて絶対口に出せない。
遼香みたいに「津島」とか「津島さん」って呼べば無難なんだろうけど……なんか、違うんだよね。へんてこりんだけど、愛嬌があって、かわいくて、憎めない。そんな彼女、津島善子にぴったりの呼び名は……
「よ……よ……」
菜々実の口をついて出たのは――
「……よっちゃん」
「…………はぁ?」
慣れない呼び方をされ当惑する善子に菜々実は駆け寄り、肩に手を添えて、自慢のスマイルで、人懐っこく話しかけた。
「ねえ、よっちゃん、て呼んでいい?」
「……べ、別に……あなたがそう呼びたいなら、それでもいいわよ?」
迫られた善子は柄にもなく照れながら、その新しい呼び方をあっさり受け入れた。