ラブライブ!サンシャイン!! Beyond the Horizon   作:Le Nereidi

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#5 Lose control(3)

 七月に入った。三年U組の窓の外には、梅雨の合間の夏空が広がっている。

 静真高校は全館冷暖房完備で、教室での練習もはかどり、Aqours & Mermaidsはパフォーマンスの質と精度を急速に高めていた。

「じゃあ、このへんでいったん休もうね」

 振付とトレーニングコーチを担当する菜々実の合図で、練習が一時中断される。善子はすぐさま黒マントを羽織って、冷気のたまりやすい、エアコンの吹き出し口の下に寝転んだ。

「クックックッ。新たなる約束の地に降り注ぐ天界からの波動で、漆黒の闇が浄化されてゆく……」

 花丸も、隣で無邪気にあお向けになった。

「涼しいずらー! 未来ずらー!」

「……前の学校って、エアコン付いてなかったの?」

 遼香は、身長のわりに発育のよい花丸の上半身の隆起に目をやりながら、怪訝(けげん)な顔をする。

「千歌ちゃん、飲み物を買いに行くけど?」

「みかんジュースお願い!」

 千歌は元気よく挙手し、梨子におつかいを頼む。

「お、おらもパンを買いに」

 花丸は起き上がり、あとを追った。

「ちょっといいかな」

 ルビィが菜々実に声をかけて、教室の前方へ寄せられた机の塊へ場所を移す。二人は手近な椅子に座った。

「ダンスのレベルを、もうちょっと上げてみたいの。一番のBパートの部分なんだけど、動きが少ないから、ほかの要素を入れられないかな」

 ルビィの飽くなき向上心に、菜々実は感心する。

「うん、わかった。考えてみるね」

「それから」ルビィは声を潜める。「菜々実ちゃんの歌なんだけど……もっともっと頑張ってほしいの」

「……」

 菜々実の顔から明るさが消える。

「菜々実ちゃんのソロパートをなくして、七人のユニゾンで目立たないようにしてるんだけど、やっぱりわかっちゃうんだよね……音程のずれが」

「……」

「今のままだと、まずいかもしれない」

 ルビィの目は真剣だ。

「うん……頑張る」

 そうとしか言えなかった菜々実は、ぽってりした唇を無意識のうちに噛みしめていた。

 

 

「私のどこがダメだっていうのよ!」

 突然、善子のヒステリックな声が響く。

「吉原の指示どおり動けてないじゃん?」

 見ると、遼香が挑発していた。

「そういうあんたはどうなのよ? あんただって四苦八苦してるじゃない!」

「あんたよりはマシだよ! 津島はいつもコンマ数秒遅れてるでしょ?」

「測ったんかい!」

「測るまでもなく見りゃわかるんだよ!」

 二人は立ったまま、互いに煽り合う。

「また始まっちゃったね、遼香とよっちゃん」

「なんであそこまで仲悪いんだろう……」

 菜々実とルビィは苦悩する。

「ルビィ、あの二人がサブで本当に大丈夫?」

「パフォーマンス自体は、ルビィが考えてたとおりにできてるの。遼香ちゃんが言うほど善子ちゃん悪くないし」

「なのに、いつもけんかしてるね。ささいなことで」

「うん。でも……だから、結果が出さえすれば、仲も収まると思うんだよね」

 ルビィはそう言いながら口論を放置し、千歌の黄色いスマートフォンで練習の出来栄えを確認する作業に没頭し始めた。

 千歌は、自分の席に座り、机に頬杖をついたまま、犬も食わないファイトをつまらなさそうに眺めている。

 善子と遼香は野放し状態だった。

「だいたいあんた、アイドルとして、表情がなってないわよ!」

「どこがよ?」

「遼香はいつも、歌ってるときの表情が硬いの。あんた自分でわからないの?」

「自分で自分の表情がわかるわけないでしょ?」

「そんなんだから予備予選にも出られないのよ!」

「なんだって?」

 業を煮やした菜々実が近づく。

「ねえ、もういいかげんに……」

「「おまえはすっ込んでろ!!」」

 二人から、ユニゾンで暴言を浴びた。困り顔の菜々実は千歌のもとへ歩み寄る。

「千歌さん、どうにかしてください! 私じゃ手に負えません!」

 ところが千歌は、あろうことか、ぼんやりした表情のまま

「あ、ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」

と取って付けたように言って、教室からふらふらと出ていってしまった。

 

 

 表面に露が付いた紙パックのみかんジュースを両手に携え、梨子は鼻歌を歌いながら階段を上がる。

 上りきって教室へ向かおうとしたとき、黄色い練習着が一瞬視界の隅に入った。振り返ると、千歌がトイレの前の廊下でうなだれている。梨子は鼻歌を止め、ジュースを渡そうとしたが、いつもの千歌とは違う気配で、ためらった。

 教室から言い争う声が聞こえてくる。

「またあの二人ね」

 梨子は渋い顔をしながら、開いたままだった教室後ろ側の出入口に立ち、口論する二人をにらみつけた。当人たちはまだ気づかない。菜々実が焦る。

 しかしそのとき、花丸が梨子のすぐ脇をすり抜けてつかつかと入室し、善子と遼香の頭に両手できつく手刀を振り下ろした。

「えいっ」

(いた)っ」「あ(いて)っ」

「いいかげん二人ともやめるずらぁ」

 ルビィがスマートフォンから顔を上げる。

 細長い菓子パンを練習着の背中に斜めに突っ込んだまま、教師のように凛とした態度で花丸は諭す。

「ほかのメンバーをディスったところで誰の得にもならないずら。そんな暇があったら自分自身を高めるために、各自が今できることをやるずら。わかったずら?」

「……はい」

「わかったわよ」

 遼香も善子も、あっさり花丸の言うことを聞いた。菜々実が目を丸くしている。

 梨子はもの憂げにつぶやく。

「あの子をコントロールできるのは、花丸ちゃんしかいないのかしら」

 そして視線を、手元の二個のみかんジュースから遠くの千歌の背中へ移した。

 廊下の奥の方で立ちつくしたままの千歌は、こぶしを握りしめ、ひとりで葛藤しているようだった。

 

 

   ▲▲▲

 

 

「本番まであと八日ずらね、菜々実ちゃん」

「ここから一気に仕上げてかないとね」

 期末試験が終わった日の放課後、三年U組の教室に、七人が久しぶりにそろった。長雨を含んだ風が、窓の外の木々を揺らす。

「ちょっといいかな」

 ルビィが全員を目の前に集める。

「みんなには急な話だけど……今日から演出プランを一部変更します。これはルビィの……リーダーの私の一存で、決めさせてもらうね」

 ほかのメンバーはなんだろうと、互いに見合う。

「菜々実ちゃん」

 ルビィは菜々実の目の前に進み出て、厳粛な面持ちで、静かに告げた。

「菜々実ちゃんは、もう歌わなくていい」

 菜々実の柔和な表情が一変する。

「……ルビィちゃん」

 千歌が思わず漏らす。

 菜々実は突然の通告にも、取り乱したりはしなかった。むしろほかのメンバーのほうが、驚き動揺している様子だ。

「ちょっと待って、ルビィ……」

「その分、パフォーマーとして、みんなに貢献してほしいの」

 花丸がはさんだ言葉に耳を貸さず、ルビィは新たな役割を菜々実に課す。

「……わかった」

 菜々実は一切あらがわず、リーダーの要請を受け入れた。

「私の力不足で、ごめんなさい」

 申し訳なさそうに下を向き、弱った小鳥のような声で答える。

 しかし――

「……何それ?」

 隣で、遼香が体を震わせている。

「ちょっと待ってよ、あまりにひどすぎるじゃない!」

 遼香は、憤りと声量を抑えられなくなった。

「なんでこの時期なの? それに一方的で、しかもはしごを外すようなやり方で! 黒澤、あんた卑怯だよ!」

「予選で負けるわけにはいかないの! ラブライブは遊びじゃない!」

 ルビィは涙目で、遼香に対して初めて、真っ向から言い返した。

「だけど、やり方が汚いよ! さんざん吉原に練習させといて、ダメだからポイって、無礼にもほどがあるでしょ!」

「何きれいごと言ってるの? 努力しても結果が伴わなかったんだからしょうがないじゃない?」

 善子は冷たい言葉を放った。

「あんたは黙ってろ!」

「あんたとは何よ!」

「もうやめてよ! 全部私のせいだから、ルビィを責めるのはやめて!」

 菜々実が悲痛な声で叫ぶ。

「吉原が納得できても、私は納得できないんだよ! なんだよ、このAqoursってクソみたいなグループ?」

 遠慮のない罵倒を浴びて、千歌は反射的に頬の筋肉がつり上がる。

「結局あんたたち、私たちの都合のいいところだけ利用して、つまみ食いするつもり……」

「いいかげんにしなさいっ!!」

 教室の外まで通る、梨子の怒鳴り声。おりしも廊下を歩いてきた、膝丈スカートの生徒が萎縮して足を止める。

 たじろいだ遼香に梨子は鬼のような形相で詰め寄り、赤いTシャツの胸ぐらをつかんで、鈍い音とともに、廊下側の壁に体を叩きつけた。

「あなたねぇ、自分の行動が周りにどういう影響を与えてるかわかってるの? あなたが入ってから、引っかき回されてもうめちゃくちゃよ!」

 これほど怒りをあらわにする梨子の姿は誰も見たことがない。殴りかかりそうな勢いだ。

「ルビィちゃんはねぇ、断腸の思いですべてを背負い込む覚悟なのよ? それに比べてあなたはなんなの? あまりにも自分勝手すぎるわ! 恥を知りなさい!」

 遼香も、たまりにたまった不満が臨界点を超えつつあった。至近距離で梨子をにらみ返す。

「私だってよくしようと努力してるし提案もしてる、なのにこれまでの扱いはいったいなんなんですか? 私たちはあんたたちの駒じゃない……ふざけるな!」

 一歩も退かない遼香に、梨子は、勢いに任せて言葉をぶつける。

「私たちのやり方が気に入らないなら、出てってもらってかまわないわよ!」

 数秒の間を置いて、遼香は、ふっと表情を緩めた。

「とうとう馬脚を現しましたね……やっぱりそれが、Aqoursの本音だった。ここしばらく、毎日考えてたことの結論が、たった今出ました」

 遼香は梨子の手を力任せに振りほどき、鋭利な単語を用いて自らの態度を示す。

「私、ラブライブ予備予選出場を、拒否します!」

「遼香ちゃん……」

「お、落ち着くずら」

「遼香、早まったまねはやめて!」

 次々と声を上げるルビィ、花丸、菜々実に向かって、遼香は言う。

「ううん、これは、急な思いつきじゃなくて……ずっとずっと、考え抜いた末の結論だから。『対等』っていう前提条件が反故(ほご)にされてしまってはね。最後は、立派な先輩の桜内部長が、私の背中を力強く、押してくれました」

 胸中を吐き出し、すがすがしい表情になった遼香は、眼前の梨子に冷ややかな視線と強烈な毒を浴びせた。

「……好きにしなさい」

 梨子も譲らない。強気に吐き捨てる。

 泣き出しそうな菜々実に、遼香は優しく語りかけた。

「吉原がこれからも、この人たちのやり方に耐えられるなら、ともに行けばいい。私は耐えられない……ごめん」

 そう言い残して、教室から出ようとすると――

「待ちなさいよ!」

 善子が駆け寄り、立ちはだかった。

「あんた本気なの? 引き返すなら今のうちよ。菜々実とは違って、あんたの出来は悪くないんだから……つまらないプライドなんて、ゴミ箱にでも捨てたら?」

 善子は落ち着いて相手の目を見据え、真剣に説き伏せる。そこには、以前見せた激しい敵意も、蔑みの態度もない。

 遼香の瞳がかすかに泳ぐ。

「千歌もぼーっと突っ立ってないで何か言いなさいよ! みんなほんとにこれでいいの?」

 千歌は何か言おうとしているかのようにも見えたが、一言も発さなかった。ルビィは嗚咽(おえつ)を漏らし始めている。

 サイは、既に投げられてしまっていた。

「遼香ち……」

「残念だけど、終わりにする……楽しかった」

 目を伏せながら花丸の呼びかけを遮った遼香は、引き留める善子の手を払い、教室の出入口へ歩いていく。

「遼香!」

 善子に呼び止められた遼香は出入口で振り向く。

「一言言わせて。私、あんたのこと……」

 遼香は、悲しげな表情だけを残し、教室から飛び出していった。その後ろ姿を一人の生徒に廊下で目撃されていたことなど、知る由もない。

 追いかけようとした善子の手首を、梨子が強くつかむ。

「ほっときなさい! 『去る者は追わず』よ!」

「リリー……」

 善子が驚いて振り返る。梨子の顔には血が通っていなかった。

「残酷かもしれないけど、ラブライブのため……ルビィちゃんは悪くない。受け入れてくれた菜々実ちゃんには、心から感謝するわ……さ、練習、始めましょ。千歌ちゃん、準備お願い」

 冷徹に、平然と場を仕切る梨子。

 言われたとおり黙々と、撮影に使うスマートフォンの準備にかかる千歌。

 下を向き、目を腫らし、何度も鼻をすする菜々実。

 涙をため、懸命に気持ちをこらえながら、過呼吸を繰り返すルビィ。

 そんなルビィに、文字どおり体ごと寄り添う花丸。

 統制を失いつつあるメンバーの様子を目の当たりにし、善子は悔しさと怒りをにじませながら、つぶやく。

「私、あんたのこと……」

 

 

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