ラブライブ!サンシャイン!! Beyond the Horizon 作:Le Nereidi
意表を突く発言に驚くほかの七人。千歌は元気よく続けた。
「新しい場所で新しい輝きを目指すには、新しいリーダーがふさわしいと思うんだ。二年生のみんな、どう?」
その場に五人いる二年生は、困ったように互いに顔を見合わせる。
「千歌ちゃんのあとは荷が重いずら」
花丸の言葉がすべてを物語っていた。
「部の立ち上げ直後は、実績ある三年生にまとめてもらったほうがいいと思いますけど」
遼香は、巧みに要職を三年生に振る。すると、曜が顔の前で両手を合わせ、
「ごめん、私、この学校でも水泳部との掛け持ちを続けるつもりだから、部長やリーダーはちょっと難しいかな……」
と、珍しく神妙な面持ちで言った。
必然的に、残る一人の三年生に視線が集まる。
「……わ、私?」
梨子は、端正な顔に似合わない素っ頓狂な声を上げてしまった。
「私は、全然リーダー向きじゃないし……」
「梨子ちゃんけっこうしっかりしてるし大丈夫だよ。私ができたくらいだもん」
「要所要所で千歌ちゃんがサポートしてあげたら?」
「それはもちろんだよ」
千歌と曜のわずかなやりとりで、流れは決まってしまった。
「ルビィも梨子ちゃんがいいと思う」
「ずら」
「今こそ、上級リトルデーモン・リリーが天界から授かり……」
「私からもお願いします。吉原どう?」
「あ、うん」
「……ちょっと、最後まで聞きなさいよ!」
二年生全員からも推され、梨子は少考して、腹をくくった。
「わかった。私、部長をやってみる。ただ、その代わりAqoursのリーダーのほうは、二年生の誰かがやって」
しばしの静寂。
善子、花丸、ルビィは互いに牽制を始めた。
「わ、私はこう見えて人見知りだから」
「おらも」
「ルビィだって」
「……みんな人見知りだったわね。でもルビィこの間、沼津駅前のライブで率先してMCやってたから、ルビィがリーダーでいいんじゃない?」
「あれはその場の空気っていうか……それより善子ちゃん、この学校で意外と人気あるみたいだよね」
「だから善子じゃなくってヨ・ハ・ネ!」
「そう。善子じゃなくて、堕天使ヨハネずら」
「……え?」
花丸が、変化球を投げ込んできた。
「マルたちにない特別な闇の魔力を持ってるヨハネちゃんがリーダーにふさわしいずら」
「そうだよね。次のリーダーはやっぱり、堕天使のヨハネちゃんだよね」
急にいやらしい口調と顔つきになる花丸とルビィ。
「……あ、あんたたち何おかしなこと言ってるのよ。堕天使なんているわけないじゃない! それに私は善子! 津島善子なんだからね!」
取り乱す善子に向かって、花丸とルビィは右手を顔にかざし、堕天使のポーズをキメる。
「リーダーはヨハネちゃん! ギラン!」
「堕天使のヨハネちゃん! ギラン!」
「ヨハネ言うなー!」
「……なんで都合の悪いときだけヨハネ捨てて善子になってんのよ?」
あきれ顔で遼香がツッコむ。
堕天使ヨハネについて理解が追いつかない菜々実は、口を半開きにしたまま、困り眉の間にしわを寄せていっそう困り顔になっている。三年生は、この珍しいやりとりをおもしろそうに見ているだけ。しばらくは決まりそうもない。
「ちょっといいですか?」
しびれを切らした遼香が両手でテーブルをバンと叩き、強引に善子たちの言い合いに割り込んだ。
「私たちは私たちで、Aqoursとは別にやってくから、あとはみなさんでゆっくり決めてください。それでは桜内部長、さっそくですが、これをお願いします」
部の名前、それに遼香と菜々実の氏名が七番目と八番目に書かれただけの申請用紙を梨子の前に置き、鞄を持ってさっさと席を立つ。
あっけにとられる六人に、菜々実は
「よろしくね」
と、バツが悪そうに会釈してあとを追った。
「遼香ちゃんって、ちょっと近寄りがたい感じ」
ルビィの一言をきっかけに、Aqoursの二年生はリーダーの件をいったん棚上げし、遼香と菜々実の印象について話し出す。
「あれが、スクールカーストの頂点に君臨した者の邪悪なオーラ……菜々実は単なる取り巻きの
「それに、背の高さもお姉ちゃんや果南ちゃんくらいあるみたいだし……」
「マルたちと同じ学年には見えないずら」
「さりげなくメイクしてるわよあの二人。ませちゃって」
「五・七・五ってなんずら? 俳句?」
「フフッ、それはまたおいおい」
千歌と梨子は、むしろグループ名に関心が向いていた。
「でもさあ、スリーマーメイズって、とことんベタな名前だよねえ?」
「そ、そうかしら? 素敵な名前じゃない?」
「梨子ちゃんほんとにそう思ってる?」
「……」
にやける千歌に、渋面の梨子。二人のやりとりに顔がほころぶ曜だったが、その笑みはすぐに消え、ひとり浮かない表情になっていた。
遼香と菜々実は学校をあとにして、沼津駅へ続く大通りの広い歩道を歩いていた。家が学校から近い遼香はかご付き自転車を押しながら、電車通学の菜々実に駅まで付き合う。
「吉原ぁ、さっき津島の自己紹介のときドン引きしてたでしょ。ばっちり顔に出てたよ?」
遼香の指摘に菜々実は、眉間にしわを寄せながら悩ましげに答える。
「だってさぁ……堕天使ヨハネって、結局何? 前からあんな感じだったの?」
「すがすがしいほど変わってないよ。すごいでしょ? まあ最後のアレはご愛嬌だけど。それより、国木田の『~ずら』って、あれこそ何よ? 聞いててイラッとするんだけど」
「今どきおばあちゃんでも使わないしねえ。それに、教室でも自分のこと、ときどき『おら』って言ってた」
二人はAqoursとの初対面の感想を率直に語り合う。
「高海さんが優勝グループのリーダーにしては普通だったのが意外だな。もうちょっとカリスマ性があると思ってたんだけど」
「ルビィも、ステージや動画の印象と全然違ったね。なんかオドオドしてたし」
「アイドルのキャラ作ってるっぽいよね。素であれだったら二、三発殴ってたけど」
「ダメだよ黒澤グループのお嬢様なんだし。あっそう、それから、新しい部長の梨子さん? あの人美人だけど、キレたらヤバそう」
「自己紹介のときでしょ? 津島にイジられて、すっごい顔でにらみつけてたよね。趣味は壁がどうたらこうたら言われて」
「あの人は下手に怒らせないほうがいいね」
本人たちがいないのをいいことに言いたい放題の二人だったが、その中で唯一難を逃れたAqoursメンバーがいた。
「渡辺さんの印象はどうよ?」
「女子力高そう」
「だよね。嫌われる要素全然ないし。生徒会長の渡辺さんと、いとこどうしなんだって。血筋なのかな」
「でも曜さんあまりしゃべってなかったね」
菜々実は、至近距離で接した六人の様子を振り返る。
「Aqoursの人たちって、間近で見たらみんなかわいくて、キラキラしてて羨ましい。千歌さんは、なんていうか、いい意味で普通っぽいけどね」
「そうかなあ? むしろ私服だったら吉原がダントツなんじゃない?」
遼香は、菜々実の服選びのセンスを褒める。お世辞ではなく、日ごろから世話になっていたのだ。
「そうかなあ」
「私、夏用のボトムスが欲しいんだけど。ちょっと付き合ってくれる?」
▲▲▲
Aqoursの六人のうち、曜と善子は自宅が沼津の市街地にあるので自転車で登下校することになったが、ほかの四人は、先月まで浦の星女学院があった内浦に住み、バスで通う。今日からは通学時間が大幅に延びる。片道一時間近くかかるため、毎朝三十分以上早起きしなければならず、家に戻る時間もそれだけ遅くなる。
帰りのバスの中、梨子が最後部の右側の窓際に、千歌がその隣に座っている。
「梨子ちゃんごめんね。私のわがままで部長を押しつけたみたいになっちゃって」
「ううん、いいのよ。最終的には私自身でやるって決めたんだから。気にしないで」
「Aqoursのリーダーはやっぱりルビィちゃんかあ」
「順当なところじゃないかしら。スクールアイドルへの思い入れは、ルビィちゃんがいちばん強いだろうし」
リーダーを決める話し合いはあのあと、善子イジりモードから真面目モードにスイッチした花丸が、
「ルビィちゃんは、スクールアイドルに対して誰よりも、真摯に向き合う気持ちがあると思うんだ」
と、ルビィを推した。
異議を
「ルビィがリーダーになるのは重大なことだから、気持ちを整理したいの……だから、ちょっとだけ待ってくれないかな」
と言った。それが言葉どおりなら、引き受ける意思はあるということだ。
ルビィは今は千歌たちの三つ前の二人掛け席で、文庫本を読む花丸の左肩にもたれ掛かってうつらうつらしている。ガラス越しの陽の光が、そんな二人を柔らかく包む。
「ちょっと考えたい、みたいに言ってたけど大丈夫かな」
「大丈夫よ。ダイヤちゃんと
「そうだね」
「ところで千歌ちゃん」
梨子は話を展開させる。
「なあに?」
「『新しい場所で新しい輝きを目指すには新しいリーダーで』って言ってたけど、部長やリーダーにならなかった理由はそれだけ?」
「梨子ちゃん鋭いなあ。実はね、もう一つあるんだ」
「よかったら聞かせて」
「うん」
千歌は、窓の外に広がる
「三年生になるってなったとき、果南ちゃんたちのことを思ったんだ。上級生として、スクールアイドル経験者として、私たちを支えたり見守ったり、ときには厳しいことも言ったりしてくれた」
二人は浦の星女学院の、Aqoursの先輩を改めて思い出す。
部員が千歌、梨子、曜の三人しかいないスクールアイドル部の設立を、条件付きで認めてくれた、理事長兼任の三年生――
体育館ライブの最中や堕天使アイドルの動画公開にあたって、厳しくも愛ある指摘をしてくれた、生徒会長でルビィの姉――黒澤ダイヤ。
必ずバク転できるようになると千歌を信頼し、ラブライブ決勝進出への命運を託してくれた、千歌と曜の幼なじみ――松浦果南。
「それでね、考えたの。私が三年生になったら、後輩たちのために何ができるんだろうって」
「後輩たちのために、何ができるか……」
「……やってみなきゃわかんないよね。だから、やってみることにした。部長とAqoursのリーダーを二年生の誰かに任せて、私は先輩として支えてこうって。部長は結局梨子ちゃんになっちゃったけどね。でも、私なりに支えてくって気持ちは変わらないから」
「千歌ちゃん……」
「それにね。今までは成り行きで、私が先頭を突っ走って、みんなに付いてきてもらって、支えてもらってたけど、今度は逆に、新しいリーダーを私が後ろから支えながら走ってったら、今までとは違う新しい景色が見れるんじゃないかなって」
千歌に後ろから支えられることになるルビィは、まだ居眠りしている。隣の花丸は眼鏡越しに優しい視線を送った。
「水平線って、なんで向こう側が見えないんだろう。梨子ちゃん考えたことある?」
「それは……」
梨子は、脈絡のなさそうな千歌の問いに、頭をひねる。
やがて、何かに気づいたらしく、科学的な正解とは異なる答えを返した。
「考えたことはないけど、見えなければそこまで行って、確かめたくなるわよね。自分の目で」
「だよね! 私もそう思う。だから、見てみたいの。私たちの水平線の先にある、見たことのない新しい景色を」
そのように語る千歌の瞳は、視線の先に広がる春の海と同じく、キラキラと輝いている。
梨子がフフフッと笑った。
「梨子ちゃん?」
「なんだか、千歌ちゃんらしいなって」
「また私のこと、変な人って思ってる?」
「全然。素敵だなって思った。ほんとよ」
梨子も海を眺める。とんがり帽子の形をした、
「新しい景色って、どんな景色なのかしら」
「梨子ちゃんも一緒に見ようよ」
「ええ。もちろん曜ちゃんも一緒」
千歌はそのとき、今日の「らしくない」曜を案じた。遼香たちとの話し合いの席では口数かいつもより少なくおとなしかったし、沼津駅前で別れ際にそれを指摘すると適当に笑ってごまかしていたのだ。
梨子の何気ない言葉に対して、さりげなく間を置いてから、千歌は努めて穏やかな顔で答えた。
「そうだね」