ラブライブ!サンシャイン!! Beyond the Horizon 作:Le Nereidi
前回のあらすじ
合同ユニットを組んだAqoursとマーメイズの間には、徐々に亀裂が深まっていた。
千歌「そんなに嫌なら、私たちに付いてこなくていい」
菜々実から歌う機会を奪ったルビィに、遼香の怒りが爆発。
「予備予選出場を、拒否します!」
梨子「『去る者は追わず』よ!」
迎えたラブライブ予選の日。曜は、飛込の試合会場でパニックに陥っていた――
『千歌ちゃん……助けて!』
▲▲▲
「千歌ちゃん?」
スマートフォン越しに親友の異変を察した曜の耳に、直後、想像もしないワードが飛び込んできた。
『……終わっちゃった』
終わっちゃった――日常的に使う言いまわしなのに、意味がわからない。思考回路が停止する。
「えっ……それどういうこと?」
▲▲▲
予備予選の出番を終えた千歌たちは、楽屋の椅子でうなだれる。
花丸と善子から、声にならない声が漏れる。ルビィは大粒の涙をこぼしながらも、歯を食いしばってこらえている。梨子は目がうつろだ。
千歌もまた、ひどく打ちのめされていたが、言葉を探りつつゆっくり立ち上がる。
「現実を受け止めよう。結果発表は明日だから、あとのことはあとで考えればいい。
今の悲しい気持ち、情けない気持ち、悔しい気持ち……それを絶対に、絶対に忘れないでおこう」
左右の腕を力なく垂らしたまま、最後に、声を絞り出す。
「……泣きたいなら泣こう!」
ルビィの感情が決壊する。
花丸も善子も、耐えきれず続いた。
梨子の膝の上で震える両手に、一つ、また一つ、しずくが落ちる。
千歌は泣くことすらできず、血の気の失せた顔を仲間から背けた。
向かい合った曜の衣装が、自分たちを無言で見守っている。
菜々実の姿はなかった。
/\/\/\
/\/\/\
#6 今を楽しめ!!
『説明すると長くなるけど……今日中に公開される、私たちの動画を見てみて。詳しいことは、そのあと話すから』
電話で千歌に言われたとおり、曜は帰宅後、夜十一時過ぎに、Aqours & Mermaidsのパフォーマンスを確認した。
自室のデスクチェアに腰掛け、スマートフォンにつないだイヤフォンを着けた状態で、ラブライブ公式サイトにアクセスし、目的のサムネイルを選択して、再生ボタンをタップする。
ステージには五人しかいなかった。
「……えっ?」
曜は当惑する。何がどうしてこうなったのか。
予備予選の衣装デザインは曜が担当した。「
曲が始まらないうち、善子があわてて立ち位置を変えた。すぐにイントロが流れてくる。
一人だけ、ほかの四人とは逆の方向へ動いていく。花丸だ。四人から離れたことに気づいて、ドタバタと本来の位置へ戻る。
一コーラス目の途中で、一瞬ボーカルに空白が生じる。すぐに千歌が歌い継いで取り繕ったが、そのときのメンバーの立ち位置から推し量ると、善子が自分のパートを失念していたように見えた。
曜は不吉な予感がしてきた。
さらに、二コーラス目の出だしをルビィが間違え、間奏が終わらないうちに先に一人で歌い出す。ルビィはすぐに気づいて歌をやめ、正しい小節から始めたが、スクールアイドルらしい笑みを振りまく余裕はなさそうである。
仲間たちの置かれた状況が、昼間の自分と重なった。心臓が激しく脈打ち、息苦しい。気味の悪い熱と寒さが同時に襲ってきて、目がくらみそうになる。
怖くなった曜は、思わず動画の再生を止めた。
胸に手を当て二度三度、ゆっくり大きく息を吸って吐く。そうやって気を落ち着かせたつもりになってから、曜は恐る恐る、指先を再生ボタンに触れた。
この曲は、センターのルビィを中心として、メンバーが複雑にポジションを移動しながらパートを歌い分ける趣向である。菜々実が振り付けた凝ったフォーメーションダンスは、上背がなくてもうまく決まれば十分見ごたえがありそうだが、ステージ上のルビィたち二年生はいっぱいいっぱいの状態に見えた。
そして、二コーラス目のサビ直前、間合いを詰めたルビィと花丸の動きが交錯し、ぶつかる。
バランスを崩してよろめいたルビィは善子の脚に引っかかり、上半身から床に落ちそうになる。
曜は反射的に、あっ、と声を発した。
次の瞬間、すぐ後ろで腰を落とした体勢だった千歌が、とっさにルビィの真下に飛び込んで、小さな身を受け止めた。
会場内がどよめく。
『ルビィちゃん!』『ルビィ!』
花丸と善子はパフォーマンスを中断した。やや離れた位置の梨子は、呆然と立ちつくしている。
『大丈夫?』
床の上でルビィを抱きかかえる千歌の声を、ヘッドセットマイクがまるまる拾っていた。カメラのアングルが切り替わり、蒼白のルビィの顔が大写しになる。
伴奏は流れ続けている。ルビィとともに起き上がった千歌は、いつも以上に大きな声で檄を飛ばす。
『続けよう! これからだよ!』
五人はポジションを整え、きりのいいところから歌を再開する。
そのあとは惨憺たるありさまだった。
二年生トリオはポジションチェンジや細かい振り、歌の間違いを連発し、自ら崩壊していく。梨子は顔をこわばらせたままだ。
千歌だけが、全力で、キラキラした笑顔で、奮闘している。
そんな千歌にひかれて、自分はスクールアイドルを始めたのだ。
「千歌ちゃん……」
▲▲▲
翌日の昼過ぎ、スクールアイドル部の部室は、さながらお通夜だった。ノートパソコンのブラウザに表示された地区予選進出グループの中に、Aqours & Mermaidsの名はない。
「こんな状況で、みんな精いっぱいやったとは思う。だけど……」
千歌の口からは、前向きな言葉がなかなか出てこない。
「ルビィのせいでみんなにつらい思いをさせちゃった。ごめんなさい」
蚊の鳴くような声のルビィ。
「ううん、引き金を引いてしまったのは、この私……」
梨子は激しく悔やむ。
「ルビィやリリーのせいじゃないわ。全部あいつらのせいよ!」
壁に向かって立つ善子は、静かな口調に怒りをにじませる。
「でも失敗したのは、ステージにいたおらたち。いなかった人のせいにしたらいけないずら」
善子は振り返り、ルビィと同じく長袖ブラウス姿でしょげる花丸の背を見た。
静かにドアが開く。曜が遅れて現れた。
五人の視線を集めながら、曜はドアを丁寧に閉め、申し訳なさそうに言う。
「ごめんね、みんなの力になれなくて……これ、名古屋のお土産」
紙袋からお菓子の箱を取り出し、テーブルにそっと置いた。
「もうみんな知ってると思うけど、私からも、改めて報告するね」
緩めに結んだネクタイの位置をまっすぐ整えた直後、曜はテンションを爆上げする。
「女子高飛込、静真高校三年、渡辺曜選手、あえなく予選落ちであります!」
いつもの明るい声と笑顔で、ビシッと敬礼をキメる。
「さすがね、曜。私たちと違って、あえなく予選落ち……予選落ち!?」
善子の声がひっくり返った。
「ウソでしょ、曜ちゃん」
「悪い冗談は善子さんずら」
「ヨハネ!」
「ウソじゃないよ。千歌ちゃんと梨子ちゃんには
驚き見上げる二年生たちに曜は言いながら、A4サイズ三つ折りの紙を鞄から取り出して、テーブルに広げる。
「私飛び方間違えちゃって、二本目が零点になっちゃったんだ」
「……えええっ?」
「それで、そのあとの二本が続けて大失敗で、最後に多少挽回したけど、決勝進出ラインまで届かなかったんだ。ダメだねー私。
「……」
「でもね、そこにある公式記録を眺めてて、思ったの。この結果は認めなきゃって。これが今の私の、ありのままの実力なんだって。そう考えたら、なんかすっきりした。だから、私に関しては、もうノープロブレムであります!」
「……」
ふがいない記録が記載された部分には水色の蛍光ペンが引かれ、明瞭に強調されている。
神妙な面持ちで受け止める五人を前に、曜はけろっとした顔で語り続けた。
「こんなときに不謹慎かもだけど……実を言うとね、私、今、ちょっとだけうれしいんだ」
「うれしい、って?」
花丸が不思議そうに尋ねる。
「高校の水泳部での活動は昨日で終わり。だから、みんなとまた、スクールアイドル活動ができるって、わくわくしてるんだ!」
「曜ちゃん……」
梨子は曜を見つめる。
千歌は黙って聞いていた。
曜は、二人に軽く視線を送ってから、長机のいつもの位置、梨子のすぐ斜め前に座る。
「それでさ、次の日曜、夏まつりでミニライブの予定だったよね?」
「……うん」
曜の真向かいにいるルビィは、明らかに気乗りしていない。
「そのライブ、Aqoursだけでやる、ってことでいいんでしょ?」
「そうね。出演依頼はAqours宛てだし、その点はあいつらも承知してるわ」
善子の言うとおりで、ラブライブ出場を目指す以外では、Aqoursとマーメイズはそれぞれ独立して活動することとしていた。
「そっか。で……どうするの?」
「……」
梨子と二年生は下を向く。
曜はそんな仲間の心理状態を思慮しつつ、それでもあえて、こういった場合の常套句を、幼なじみにぶつけた。
「千歌ちゃん」
「……え?」
「……やめる?」
千歌はかすかなためらいを見せたものの、すぐ机に手をついて勢いよく立ち上がった。
「やるよ、やるに決まってんじゃん! こんなときだからこそ、やるんだよ!」
曜の表情が和らぐ。
ただ、千歌はそう言い切りながらも、肩を落としたままの四人を気にかけた。
ちょうどそのとき、ドアをノックする音に続いて、井上先生が姿を見せた。
「ちょっといいかしら」
室内の生徒たちは無言で迎えた。
「渡辺さん、東海大会、お疲れさま。残念だったわね」
曜はすまなそうにペコリと頭を下げた。千歌と善子は席に座る。
歩み寄りながら井上先生は話しかけた。
「マーメイズとの間で、トラブルがあったようね」
「……」
顧問の教師にこれまで一切を伏せていた曜以外の部員は、気まずくなった。
「自分たちの扱いに不満を持った遠藤さんが練習をボイコットして、吉原さんも翌日から来なくなった。そして、そのまま本番も……ってことで、合ってるのかしら」
「……はい」
元気なくルビィが答える。
「どうするの? これから」
どうすると尋ねられたところで、今言えることは一つだけだった。ルビィはそれを、遠慮がちに口にする。
「合同ユニットは、もう終わりなので……」
「それでいいの?」
「……えっ」
「吉原さん、予選会場に来てたのよ。衣装を携えて」
告げられた事実の意味が、ルビィたちはすぐにはのみ込めなかった。
「遠藤さんが来ると信じて説得を続けながら、雨の中、外でずっと待ってたの」
「……えええええっ?」