ラブライブ!サンシャイン!! Beyond the Horizon   作:Le Nereidi

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#6 今を楽しめ!!(4)

「次の曲は、私たちにとって、先週のリベンジになります。見ていてください。『Get over it!!』」

 曲紹介を行うのはルビィだ。

 会場の最奥部で見守るダイヤは、もはや気が気ではない。

「……ルビィ」

 無意識に妹の名を呼び、頬や首筋に生じる汗の粒を拭おうともせず、ハンカチを持った右手を固く握りしめた。

 

 

 フォービートの力強いイントロに乗って、Aqoursはパフォーマンスを開始する。

 ルビィ、曜、そして善子。ソロパートを歌い継ぎながら、六人は一糸乱れず、互いの立ち位置を変化させる。中でも曜は、縦横無尽に動き回り、あらゆるポジションに出没する。

 スクールアイドル部の一年生二人は、そんな先輩たちの様子に引っかかりを覚えた。

「こないだと、歌詞が少し違う気がする……」

「全体のバランスも不自然だね」こむぎは雪奈に言う。「これたぶん、六人で七人分をやってる。予選用に準備してた形に戻したんだろうけど」

「……一人足りない」

「うん。渡辺先輩が二人分カバーしようとして、どっちつかずになってる」

 

 

   ***

 

 

 飛込の地区大会、苦手なひねり技の四本目も失敗して、私はプールから上がる。自分で自分をどうすることもできず、会場の景色がぐるぐる回って見えた。たぶん、まっすぐ歩けてなかっただろう。

 最後の五本目は得意技307C――前逆宙返り三回半・抱え型。成功すればかなりの得点になるのに、予選突破まであと何点取ればいいのか計算する余裕もなくて。なんとか飛込台の上までは行ったけど、腰の引けた私は十メートル下の水面を見るのはもとより、小刻みに震える手を手すりから放すことすらできない。

 涙ぐみ、おののきながら、私は観念した。

 ――棄権しよう。

 そう心でつぶやき、階段へ引き返そうとしたとき――

「アクアー! サンシャイーーーン!」

 アリーナに大きな声が響いた。月ちゃんの声だ。

 観客席へ振り向いた私の目に、信じられない光景が映った。

「千歌ちゃん……と……梨子ちゃん……!?」

 夢じゃない。来るはずのない二人の姿が、はっきり見える。

 月ちゃんの隣で立ち上がった千歌ちゃんが、笑顔で私に大きく手を振る。梨子ちゃんは座ったまま、いつもの優しい微笑を送ってくれた。

 手にしたみかん色の吸水タオルに視線を落とした、そのとき。

 

――!!

 

 私を押しつぶそうとしてたすべてのものが、消えた。

 おもむろに顔を上げ、プラットフォームの先を見据える。

 

――できる。

 

 何も感じず。何も考えず。不思議な感覚を保ったまま、日ごろ練習するとおり飛込台の先端に立ち、両腕を広げ、そして身を翻す。

 低くこもった音――瞬時に手からつま先まで伝わる、心地よい感触。肉体が水と同化する。

 浮上してしばらくの間、私は高得点を示す電光掲示板をぼんやり眺めていた。温かい拍手と歓声に包まれながら。

 

 

   ***

 

 

 ルビィが転倒した箇所のフォーメーションチェンジも、この日はスマートにやってみせた。

 プレッシャーから解放されたAqoursは、真夏の日差しが降り注ぐステージで、自信あふれる笑顔で躍動した。湧き起こる大きな手拍子に合わせて、火照(ほて)った肌から汗がほとばしる。

 大失敗で負ったダメージは、一掃された。

 

 

  越えろ! 自分を越えるんだ!

  乗り越える前より弱さ知って

  超えろ! 自分を超えるんだ!

  飛び越える前より強くなるよ

  水平線の向こう側 広がる新しい景色

  笑いあえる日が来るまで

  一緒に……一緒に走ろう!

 

 

 同時刻、遼香は、狩野川風のテラスに面した遊歩道にたたずみ、反対側の岸辺を見つめていた。

 階段状のテラスは桟敷席の準備が整い、提灯(ちょうちん)が連なって雰囲気を醸す。水面真上に渡したナイアガラ花火のワイヤー、そして対岸の特設ステージのさらに先にはAqoursのライブ会場が位置するが、直接は見通せず熱狂は届いてこない。

 後ろから静かに菜々実が現れ隣に並んだ気配を、遼香は察した。

「ごめん……巻き込んじゃって」

 菜々実は首を横に二度三度振ったあと、小声で自らに問う。

「どうしたらいいんだろうね。私たち」

 遼香は唇を噛み、視線を落として、しばし黙考する。

「確かなのは……」

 そして、答えになっていない答えを絞り出した。

「……謝って済む話じゃないってこと」

 楽しそうに往来する人々をよそに、沈んだ面持ちの二人は、別の世界に身を置いていた。

 

 

  どこからまちがった? すぐにはわからない

  それでも それでもぼくは心から叫ぶよ

  もう一度 きみと歌いたいんだ

  もう一度 きみの声を聞かせて

  もう一度……

 

 

   ▲▲▲

 

 

 スクールアイドルの楽しさを文字どおり謳歌する六人にとって、時の経過はあっという間だった。

 ステージ真ん中に立つ曜が、やや上ずった声で曲紹介を行う。

「それでは、これが、()()の曲になります。聴いてください。『恋になりたいAQUARIUM』」

 曜にとっては、センターポジションを担う、ひときわ思い入れのある歌だ。前年度に、Aqoursが内浦三津(みと)の水族館からオファーを受けて制作、披露した楽曲だが、以後歌う機会がなく、今回自らが強く望んでセットリストに加えたのだ。

 光と泡が揺らめく海の底を思わせる、柔らかで幻想的なイントロが会場を包む。

 曜は自分に言い聞かせた。

 

――この五分間を、心の底から楽しもう。

  私と千歌ちゃんとの、最高の五分間に――

 

 重低音をブーストしたアップテンポのビートが鳴り始めた。

 中央に集まった六人が一人ずつ左右に分かれ、最後に奥から現れた曜がメインパートを歌い出す。ゆらゆらと揺れる両腕が波のようだ。

 ルビィ、梨子、善子が、観客を海中の楽園へ誘い込みながら、リズムに乗って跳ねるように歌う。メインの作詞者でもある果南のパートは千歌が受け継いだ。

 続いて二年生のパートへ。ふざけ半分で花丸が加筆した歌詞をユーモラスに歌う三人は、先週の痛恨事を引きずる様子もなく、ステージ上のにぎやかなパーティーを楽しんでいる。

 

 

   ***

 

 

 秋葉原でμ's(ミューズ)を目にしたあの日から、千歌ちゃんは輝き始めた。

 キラキラしたスクールアイドルになるんだって、チラシを作って、無許可で部を名乗って、新入生に声をかけまくった。

 夢がとうとう叶うんだと思った――

 

 

 始業式の翌朝、学校最寄りのバス停で、千歌ちゃんの背中に自分の背中を預けた。ほのかな体温と、熱い思いを分かち合いたくて。

「私ね、小学校のころからずーっと思ってたんだ。千歌ちゃんと一緒に夢中で、何かやりたいなあって」

「曜ちゃん?」

「だから、水泳部と掛け持ち、だけど!」

 部活動申請書の二番目に自分の名前を大きく書いて、千歌ちゃんに差し出す。

「えへっ! はいっ!」

 

 

   ***

 

 

 キレッキレのダンス。豊かな表情。

 曜はスクールアイドルのセンターとして、高いパフォーマンスを見せつける。本来の振付にない動きを加えながら、奔放に、まさに水を得た魚のようにステージを回遊した。

 間奏の軽やかなステップに合わせて、胸元の大きなリボンが揺れる。

 

 

   ***

 

 

 いつの間にか、千歌ちゃんは私だけのものじゃなくなってた。特に梨子ちゃんは、千歌ちゃんと家が隣どうしで、二人で曲を作って……梨子ちゃんといるときの千歌ちゃんは、なんだかうれしそうに見えた。

 去年夏の予備予選、梨子ちゃんの代役として二人の動きに合わせようとする私は、次第に、言葉で表せないモヤモヤを抱え込んでた。

 でも、それは思い過ごしだった――

 

 

『千歌ちゃん、前話してたんだよ。スクールアイドルは絶対一緒にやるんだって。絶対曜ちゃんとやり遂げるって』

 梨子ちゃんから電話で聞いた直後、千歌ちゃんが(うち)を訪ねてきた。こんな夜遅くに……

「練習しようと思って!」

「練習?」

「うん! 考えたんだけど、やっぱり曜ちゃん、自分のステップでダンスしたほうがいい! 合わせるんじゃなくて、一から作り直したほうがいい! 曜ちゃんと私の二人で!」

 涙が、止まらない。

 十キロ以上の夜道を自転車で来てくれた汗まみれの千歌ちゃんを、感激のあまり、抱きついた勢いで押し倒してしまった。やっぱり私、バカ曜だ。

 

 

 それ以来、梨子ちゃんとはいっそう仲良くなれた。

 千歌ちゃんと三人で歌ってるとき、とても楽しい気分になる。

 ずっと、このままだったらいいのにな――

 

 

「ずっとこのままだったらいいのにね。明日も、明後日(あさって)もずーっと。そしたら、そしたら……」

 閉校祭の前夜、煌々と灯りのともる校舎の外で、千歌ちゃんと私は語り合った。

「私ね、千歌ちゃんに憧れてたんだ。千歌ちゃんが見てるものが見たいんだって。ずっと同じ景色を見てたいんだって。

 このまま、みんなでおばあちゃんになるまでやろっか?」

 見つめ合う私たち。

「……うん!」

 

 

 このままずっと、いつまでも、同じ景色を見ていたい。

 だって、私は――

 私は、千歌ちゃんのことが――

 

 

   ***

 

 

 千歌との一年四ヶ月が、一瞬で駆け抜ける。

 

 

 ビデオ撮影していた月が、ズームで捉えた映像に息をのむ。

 曜の笑顔から、涙があふれ落ちていた。

 

 

「イエーイ!!」

 オーディエンスの盛大なコール。ライブはクライマックスを迎え、ブレード、タオル、うちわ、さまざまなものがあちこちで高く振り回される。

 頬を濡らしたまま、曜はラストフレーズを歌いきった。

 後ろにいる千歌たちに悟られぬよう、全員でくるりとターンするタイミングでさりげなく目元を腕で拭う。

 これ以上は泣くまいと、(まぶた)をぎゅっと閉じ、腹の底から叫びながら両手を突き上げる。

「イエーイ!!」

 そして最後に仲間たちとともにポーズをとり、渾身のパフォーマンスを終える。

 晴れやかな笑顔に涙はなかった。

 

 

   ▲▲▲

 

 

 終演後のバックステージで、ルビィが運営スタッフと言葉を交わす間、ほかのメンバーは充実感に満たされていた。

「六人でのライブとしては、今日は今まででいちばんよかったんじゃないかな」

「そうね。これで、本当の意味で、前へ進めそうな気がするわ」

「おら、今日はとっても楽しかったずら」

 千歌、梨子、花丸は喜びを口にするが、善子は違うことを言った。

「曜、その目、どしたの?」

「え? あぁ、これ、歌ってる最中に目におっきなゴミが入ったんだよ」

 両目を赤く腫らした曜の様子を、千歌と梨子も多少気にかける。

「あれ?」

 千歌たちは、旧知の人物を視界に捉えた。ビデオカメラを手にした月を伴って歩いてくる。

 千歌が小走りで近づいて声をかけた。

「ダイヤちゃん、今日サークル活動で来れないんじゃなかったっけ?」

「あっ、いえ、その、急にお父さまに呼ばれて……」

 立ち止まりうろたえるダイヤの人差し指が、無意識に口元のほくろに触れたとき――

「お姉ちゃん?」

 遅れてルビィが現れた。かすれた声で呼んだ姉を、いたいけな目でうるうると見つめる。

 ダイヤは、たおやかに妹の前へ歩み出て、話しかけた。

「ルビィ。あなたのことが心配で心配で、大事な用を放り出して、来てしまいました」

「へ?」

 間の抜けた千歌の反応に、月がクスッと笑う。

 ダイヤは続けた。

「いろいろあったようですが、一週間で、よくここまで持ち直しましたわね。今日のパフォーマンスについては、文句のつけようも……」

「お姉ちゃあぁぁん!」ルビィが泣きつく。「ルビィ、できたよ! お姉ちゃんに頼らず、ルビィたちだけで……」

 それ以上の言葉は出てこない。

 激しく感情を噴出させる妹の頭と背中にそっと手を回し、ダイヤは言う。

「わたくしは、ルビィをずっと信じてました。そして信じますわ……これからも」

「これから……」

 つぶやく曜。夢で見た、海原を泳ぎ進む五人の後ろ姿が浮かんだ。

 再び目が潤む。

 左右の頬を伝う涙をこらえられない。

 そのまましゃくり声を上げ始めた。

「よ……曜ちゃん?」

「どうしたずら?」

「もしかして、伝染(うつ)った?」

 月、花丸、善子だけではない。号泣するルビィを抱擁したダイヤもまた、戸惑っている。

「大丈夫?」

 曜は梨子の気づかいに反応せず、泣き叫びながら千歌に抱きつく。弾みで二人はそのまま地面に倒れ込んだ。

「千歌ちゃん……ありがとう……」

 慟哭(どうこく)のあまり言葉にならない。

 それでも、曜はありのままの想いを伝える。

「大好き……」

 曜の体と気持ちを、千歌は黙ったまま受け止めていた。優しく、悲しい瞳で――

 

 

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 次回 #7「迷える人魚」

 

 

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