ラブライブ!サンシャイン!! Beyond the Horizon   作:Le Nereidi

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#7 迷える人魚(1)

 前回のあらすじ

 

 ラブライブ予備予選。マーメイズ抜きの五人で臨んだAqoursは、惨敗した。

 傷心のルビィを、遠い星空の下から励ます理亞。

『強いんだね。ルビィは』

 翌週の夏まつりライブ。曜は、千歌と二人で躍動し、遼香と菜々実の穴を埋め、センターで華々しく歌い踊る。

――ずっと、このままだったらいいのにな――

 そして最後に泣きながら、千歌に想いを告げた――

「大好き……」

 

 

   ▲▲▲

 

 

「レイちゃん、やっぱりやめよう?」

「昔っから言うだろ、『思い立ったが吉日』って」

 夏休み中の部室棟。

 当惑する華穂の手を引き、レイは廊下を突き進む。

「ここか?」

 二人は立ち止まって、とある部屋の、開いたドアの上に注目する。

「スクールアイドル……陪?」

「書き間違えてんじゃん。ダッセぇ!」

 嘲笑混じりのディスに対して、不快感を帯びた皮肉が室内から返ってきた。

「デートの合間に部活の冷やかしですか? 彼女さんの白いソックスが汚れますよ?」

 声の主はこむぎだ。部室中央に四つまとめて据えられた長机の左側、全体ミーティングのときと同じ席位置で、隣に雪奈を従えて、私服のまま上履きも履かずに上がり込んだ華穂とレイをにらみつけた。

 華穂はホワイトと薄いブルーに彩られたワンピースをまとう。ハイウエストで裾が膨らんだシルエットこそロリィタ風だが、夏まつりに着てきたものに比べて装飾が少なく、街着としても違和感がない。

 レイの服装は、金色で大きく「7」の文字が正面に入った黒Tシャツと、色味を合わせたルーズなハーフパンツで、足元は裸足。ベリーショートアフロの髪型に黒人少年のような顔立ち、加えて身長が十センチ以上低い華穂と手をつないでいるせいで、外見的には彼氏だ。

 そんなレイは、嫌みに対して悪びれることもなく、制服の首元に黄色いスカーフを着けた二人のスクールアイドル部員に、初対面ながらもなれなれしく話しかけた。

「なんだ一年生か。Aqoursはどこ?」

「見てのとおり。いないよ」

 傍若無人な物言いのレイと仏頂面で塩対応のこむぎとを代わる代わる見やり、気まずさを払いのけようと雪奈が言葉をはさむ。

「あ、Aqoursの人たちは内浦にいるの。私たちもこれから行くけど……」

「渡りに船ってヤツじゃん!」太い声がいっそう大きくなる。「会わせてくれるよな?」

「レイちゃん……」

 伏し目でレイの手をくいくい引っ張る華穂の様子を見て、こむぎはパイプ椅子からおもむろに立ち上がり、机に広げたノートにときおり目をやりつつ、もったいぶって言った。

「内浦は私の地元だし、案内してあげるよ。でもちょっと曲作りしてる最中だからさ、三十分ほどどっか行っててくれる?」

「OK。じゃあまた来るから、よろしく!」

 とげとげしい言葉を浴びてもレイは動じず、華穂の手を引いてその場を離れていった。

 雪奈がぽつりと漏らす。

「……A組のあの二人、最近よくAqoursを見に来てるよね」

出水(いずみ)レイ、と、和歌山(わかやま)華穂か。いいよなぁ、キャラが濃くて……はあぁ~」

 美少女ともイケメンとも言いがたい、浅黒く野暮ったい容貌のこむぎは、中空を見つめながら大げさに、愚痴とため息を続けて吐いた。

 

 

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 #7 迷える人魚

 

 

 静真高校のチアリーディング部は、夏休み中も講堂で練習を行っている。

 各自好みの練習着を着た部員たちをステージ中央に集めてキャプテンの生徒が口頭で指導を続ける中、緑のアシンメトリーTシャツに白いミニスカートの菜々実は、しきりに違う場所を気にかける。

 

――今日も来てるんだ。生徒会長――

 

 客席の向かって右端、前から十列目あたりの出入口付近に、月が立っている。夏制服の白い半袖ブラウスと緑のネクタイ、涼しげなスカートの月が単に部活の見学をしに来ているとは、菜々実には思えなかった。

 図らずも目が合ったそのとき、生徒会長は控えめに右手を挙げながら、軽く微笑みを投げかけてきた。菜々実はすぐに視線をそらしてキャプテンの方に向き直ったが、話の内容は一言も頭に入ってこなかった。

 

 

 練習を終え制服に着替えた菜々実は、鞄を肩に掛け、目を伏せ、足取り重く廊下をひとり歩いていた。

 

――チアの子たち、何も言ってこない分、陰で噂してるんだろうな。

  練習、休もうかな……

 

「吉原さん!」

 遠くから大声がしてビクッと立ち止まる。

 月が駆け寄ってきた。菜々実は身構え、無意識に一歩、二歩と後ずさりする。それでも生徒会長は、いつもどおりのフレンドリーな笑顔で目の前まで近づき、菜々実の肩を、右手でポンと叩く。

「大丈夫」

 声と同様に明るく弾ませた手を肩に添え、見つめてくる。

「ぼくは、君たち二人の、味方だよ」

 そして、左手でスカートのポケットから紙切れを取り出し、菜々実に差し出した。

 小さい二つ折りの紙切れと、生徒会長のニンマリ顔。菜々実は視線を上下させてから、遠慮がちに、両手で紙を受け取る。

「中を……見ても……?」

 上目づかいと蚊の鳴くような声で尋ねた。月はうなずく。

 怖々開けると、動画投稿サイトのURLらしき文字列が記されていた。丸みのある筆跡は、一学期の終わりから顔を出さなくなったもう一つの部室のネームプレートと同じだ。

「君たちへの、メッセージだそうだよ」

 

 

   ▲▲▲

 

 

 沼津駅からバスでおよそ四十分――内浦の三津(みと)海水浴場では今年の夏も、地元自治会の手による質素、というよりは若干くたびれた造りの、海の家が営業中だ。ほどほどにぎわう店内には「ヨキソバ本日お休みします」の張り紙が見える。

 Aqoursは去年に引き続き、この海の家の運営をサポートしていた。

「かき氷のみかんと抹茶が一つずつ、ですね」

「シャイ煮バリュー二つと堕天使の涙三つ、入りましたー」

 この時間帯はこむぎと雪奈が接客にあたり、善子と助っ人のスリーリトルデーモンズが調理を担う。六人とも思い思いの色のバンダナで髪を覆い、白文字で「UCHIURA」ロゴの入ったネイビーブルーのTシャツで身だしなみを整えている。

「クックックッ、この漆黒の果実を口にしたものはみな、堕天使ヨハネの忠実なる下僕(しもべ)……」

 邪悪な笑みを浮かべる善子は調理場のタコ焼き器で、イカ墨色に染まった禍々(まがまが)しい球状の物体に火を通していた。

「心して味わうがよい……名付けて『堕天使の涙 Ver.2.0 featuring デビルフィッシュ』!」

 黒々とした謎物体が三つ突き刺さったピックを掲げて善子は、同時に左手を顔の前で不規則に広げ得意満面だ。刺し穴から真紅のペッパーソースが滴り落ち、見るからに毒々しい。

「目に染みるよぉ~早く替わってぇ~!」

 隣で焼きそばを焼く澪は、しきりにまばたきを繰り返す。

「ヨハネちゃんご機嫌だね」

「激辛だけど売れてるよね。去年はさっぱりだったんだって?」

 キャベツを刻む渚と食器を洗う岬が言葉を交わしていると、三津の北隣の小海(こうみ)地区に住むこむぎが入ってきて事もなげに言った。

「タコが入ってなかったんです」

「「……え」」

 

 

 三津浜とも呼ばれるこの砂浜は、駿河湾の最奥部、長井崎(ながいさき)と淡島に囲まれた穏やかな入江に面する。海水浴場としては小ぶりで、近隣住民のプライベートビーチといった色が濃いが、すぐそばの水族館と合わせて多少の観光客も足を運ぶ。

 鹿角聖良は、ダイヤの帰省に付き添って当地を訪れていた。

「いっきますよぉー!?」

 黄色いハイビスカスの柄が大きく入った白ビキニの聖良は、すぐ後ろでルビィが見守る中、遊覧船用の桟橋の上を、海に向かってダッシュする。サイドで束ねたポニーテールが踊る。

「それっ!」

 聖良は桟橋の突端で勢いよく踏み切り、空中で軽々と一回転して尻から海に落ちた。バシャーンと、無数のしぶきが派手に飛び散る。

「イッターい!」

 水の中から顔を出した聖良は愉快そうだ。

「聖良さん、羽目を外すと水着も外れますわよ!」

 そばから笑顔で忠告したダイヤが着ているのは白のワンピースだ。聖良の水着は肩ひものないバンドゥビキニで、ダイヤと対照的な胸の膨らみを幅の狭い布で押さえ込んでいる。

「なっまら楽しいー!! それっ!」

 聖良は手の届く所に浮いていたビーチボールをつかみ、力任せにダイヤに投げつけた。ダイヤはとっさに腕でレシーブし、高く跳ねて戻ってきたボールを両手でキャッチ。

「負けませんわよー? おりゃっ!」

 聖良にお返しを見舞った直後、頭上から弾んだ声が降ってくる。

「お姉ちゃん、ルビィも仲間に入れて!」

 ピンクのセパレート水着のルビィが、桟橋から躊躇なく海面に飛び込んだ。

 

 

 そんな聖良たちのはしゃぐ光景を、梨子と千歌は砂の上に体育座りで眺める。

「あんなテンション高い聖良さん見るの、初めてだわ」

「まるで子供だよね。水着姿はオトナだけど」

 二人は水着の上からラッシュガードを羽織り、串団子のような形状のチューブ入りみかんゼリーを手にしている。これを半解凍で楽しむのが内浦っ子の夏の定番だ。

「でも、ルビィちゃんが元気になってよかった」

「そうね。六人でのライブがうまくいって、自信を取り戻したんじゃないかしら」

 そこへ、いつもの練習着を着た花丸がやってきた。千歌が声をかける。

「ただいまずら」

「花丸ちゃんお疲れ! どう、華穂ちゃんの様子は?」

「だいぶつらそう。まるで去年のおらを見るようで」

「暑いし、無理させちゃダメよ。あくまで体験入部なんだから」

「地獄の体験入部で希望者をふるい落とした鬼は誰ずら?」

「鬼って……あのときはあのとき、今は今よ!」

 ジト目の花丸にイジられて、梨子は口をとがらせる。顔が少し鬼っぽい。

 それを見た千歌はクスッと笑った。そして、冷たいゼリーの吸い口を指で押さえてから自らのうなじに当てて涼を取る。

「入部してくれるかなあ。友達のほうは、どんな感じ?」

「レイちゃんは、昔と全然変わってなくて、自由人ずら」

「花丸ちゃんって、意外と顔が広いのよね。何かあったら言ってね」

「ずらっ!」

 気を取り直した梨子へ真面目ぶった敬礼を返し、花丸は海の家へ向かう。

「早く曜ちゃんのヨキソバ食べたいずらぁ」

 食欲旺盛で夏バテ知らずな後輩の後ろ姿をしばらく目で追ってから、梨子はぽつりとつぶやく。

「私たち……こんなことしていていいのかしら」

「今は任せようよ」

「そうね……それに、こうして過ごす時間も、長くはないのよね」

 言いながら、冷たさと固さを失いつつあるみかん色のゼリーを梨子はそっと握り、(いと)おしそうに見つめる。

 突然、桟橋から黄色い声が響いた。

 視線を移した先で、抱き合いながらバランスを崩して海に落ちる、ダイヤと聖良。

 その刹那、梨子の意識の中を、甘美で懐かしい音色が通り抜けていった。

「聞こえる……」

 

 

   ▲▲▲

 

 

 千歌の実家『十千万(とちまん)』は、三津浜沿いに走る県道をはさんで海に向き合う、木造二階建て、数寄屋造りの和風旅館である。建築から八十年以上経過した二つの客室棟は国の文化財に登録されており、また昭和を代表する文豪がかつて小説を執筆するため逗留(とうりゅう)したことでも知られる、格調の高い宿だ。

 夏の日は既に傾いて、暑さはいくらか和らいだ。前庭に据えられた犬小屋ではもふもふした白い親犬と二匹の子犬が、ヒグラシの独唱を子守歌代わりにまどろんでいる。

 正面玄関脇の談話室には、曜を除くAqoursの五人とダイヤ、聖良、こむぎが集まり、くつろいでいた。

「今日は楽しかったー!」

 旅館の浴衣に着替えた聖良の顔はほどよく上気し、充実感に満ちていた。館内の天然温泉で昼間の汗と疲れを落としてきたばかりで、こざっぱりしたつくりの顔立ちがなおいっそうさっぱりと見える。

「聖良さん、夏の内浦は初めてですよね」

 梨子が尋ねると、聖良は頬を緩める。

「そうなんです。北海道の海は夏でも冷たくて、長く入ってられないから、内地の人たちが羨ましかったんです。海水浴らしい海水浴は今日が生まれて初めて。気持ちよかったー!」

 そう言って(まぶた)をぎゅっと閉じ、口角を上げながら大きく伸びをした。

「理亞ちゃんも来れればよかったのにね」

 ルビィが調子を合わせる一方、

「私たち負け組と違って、地区予選が控えてるし、しかたないわよね」

と善子はつまらなさそうだ。行儀悪く長椅子一つを占領して寝そべっており、おかげで座る席のないこむぎは隅の方で所在なげに立っている。

 塩キャラメル風味の細長いパンをパクつきながら花丸が聞く。

「理亞ちゃんたちは、どんな具合ずら?」

「おかげさまで順調だそうです。地区予選では、かなり思い切ったことをやるみたいですよ。力添えしてくれたAqoursのみなさんには、本当に感謝です」

 聖良は頭を下げたあと上体をひねり、背後の棚を羨ましそうに眺めた。

「これ欲しかったなあ……」

 棚にはラブライブの優勝トロフィーと賞状が飾ってある。

「ここに置いてあるんですね」

「普通は、学校に飾っておくもんだと思うけど。なくなっちゃったから」

 千歌の返答がどことなく寂しげで、聖良は気まずさを覚えた。

「……すみません、無神経なこと言ってしまって」

「ううん、いいんです」千歌は続ける。「優勝旗は今の学校に預けてあるから、浦女があった内浦にも、何か残しておきたいって、私の勝手な希望で」

「ほかの部員の子たちからの要望で、一度だけ、静真高校に持っていったことはあるずらよ」

「そうでしたか」

 花丸の説明で、とりあえず聖良は納得する。

 

 

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