ラブライブ!サンシャイン!! Beyond the Horizon   作:Le Nereidi

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本稿は推敲未了です。
2022年10月中を目途に、改稿したものを上書きして公開します。


#8 Friendship(1)【暫定版】

 前回のあらすじ

 

 Aqoursに対する遼香の本心をこむぎから聞いて、反省する千歌たち。

 千歌「最低だよ……」

 善子「なんとも思ってないわよ。あんなヤツ」

 一方、曜は持ち前の明るさで遼香に近づき、気持ちを解きほぐす。

「かけっこしよっか?」

 満たされない願いを抱える、遼香と菜々実。

「私は、そんなの全然なくて」

「歌いたーーい!!」

 苦悩する二人を、驚くべき出会いが待っていた――

 

 

   ▲▲▲

 

 

 八月末の島郷(とうごう)海岸は人の姿もまばらで、海水浴のにぎわいが遠い昔のようだ。白と灰色と黒のまだらに覆われた空は、通り雨の濃厚な気配に満ちている。

「最初はここで、練習してたんだよ」

 亜麻色の髪の曜はサンダル片手に、連れてきたいとこの月に目を輝かせながら思い出を語る。素足で触れた砂の感触は、とうに夏の盛りの熱さを失っている。

「千歌ちゃん、梨子ちゃんと三人で、どんな景色が見れるんだろうって、わくわくしてた。『Aqours』ってグループ名に出会ったのもここなんだ。誰かさんがこっそり、私たちに書き残してくれてたんだけどね」

 言いながら、サンダルを手放して足元の流木を拾い、湿り気を帯びた貝殻混じりの砂に『Aqours』の六文字を、一つ一つ、丁寧に刻む。

 打ち寄せる波の音と感傷に浸りながら、曜は書き上げた筆跡を見つめる。

「楽しかったなぁ」

 手を離れた棒きれが、ぱさりと音を立てる。

 甲高い海鳥の声が聞こえ、曜は天を仰いだ。

「千歌ちゃん、梨子ちゃん……あと、少しだよ」

 曇り空にカモメが三羽。

 互いにつかず離れず、戯れる。

 閉じられたまま砂浜に刺さったビーチパラソルが一本、去りゆく季節を懐かしむように、揺れている。

 

 

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 #8 Friendship

 

 

 三島駅南口の広場に降り立った華穂は、きょろきょろとあたりを見回した。

 ロータリーに近いケヤキの大木の下に、黒キャップに黒Tシャツ、カーゴパンツという、いつもどおりルーズなスタイルのレイを探し当て、小走りで近づく。レイは軽く右手を挙げ、よっ、とあいさつを返した。華穂の服装は、スクールアイドル部の部室を訪ねたときの、青系のワンピースだ。二人はまるでデートの待ち合わせをしていたカップルのように映る。

「レイちゃん、こっち雨が降りそうね」

「おう」

 見上げた灰色の空に、不穏なちぎれ雲が低く漂う。

「うちの方は晴れてたから、傘持ってこなかったの」

「ヤバくなったらオレん()で雨宿りだな。今日は近場で源兵衛川(げんべえがわ)あたりにしとくか」

「うん」

 源兵衛川は町の中心部を貫く用水路で、官民一体となって自然豊かな水辺が整備、維持されている三島市のシンボルでもある。

「……で、決心はついたのか?」

 レイの問いかけに、華穂は眉を曇らせ、下を向いた。

 

 

   ▲▲▲

 

 

『次は、上土(あげつち)

 不意に聞こえた車内アナウンスで、遼香は今の今まで失念していた一つの可能性に思い至り、心地悪い動悸を感じた。

 予感は的中する。

 バスが止まり、一人の少女が乗り込んできた。後頭部には見慣れたお団子髪(シニヨン)。遼香と隣の菜々実は、緊張で身を固くする。

 その少女――善子は、後部座席の遼香たちと目が合い、動きを止める。すぐに視線をそらし、無表情でつかつかと向かってくると、遼香たちと反対側の二人掛け席の窓際へ、無造作に腰を下ろした。

 

 

 バスは島郷を過ぎ、江浦(えのうら)の入江に沿って走る。

 窓外を眺めていた遼香が通路側をちらりとうかがうと、居心地のよくなさそうな菜々実の奥で、善子は自分とは逆の風景に目を注いでいた。感づかれる前に、遼香はすぐに視線を海へと戻す。

 駿河湾を覆う鈍色(にびいろ)の空の下、不定形の黒ずんだ雲が魔物のようにうごめいている。その動きをぼんやり追いつつ、遼香は車内を過ごした。

 

 

 内浦の最西部にあたる重須(おもす)で下車した二人と一人は、互いに見合うこともなく、その場で突っ立っていた。うなるエンジン音が徐々に遠ざかり、バスが視界から消えると、重苦しい沈黙が訪れる。風の動きも止まった。

 白地のグラフィックTシャツと細身の黒ジーンズを着た遼香。

 キャメルブラウンのワイドスリーブTシャツに、膝丈の白いスカートを合わせた菜々実。

 黒を基調としたゴスロリ風のミニワンピースと黒のニーハイに身を包む善子。

 自分たちと距離を保ち視線を交わそうとしないあの子は何を思い、このあと何を告げるのだろう。気が気ではなかった遼香だが、およそ一月(ひとつき)ぶりに聞いたのは、存外におとなしい声だった。

「……ずら丸のお寺、来たことある?」

 二人は無言で(かぶり)を振る。

「案内するわ」

 見返ることもなく、善子は歩き出した。

 木立に覆われた薄暗い上り坂を、遼香と菜々実は、数歩遅れて付いていく。蒸し暑く張り詰めた空気に汗がにじむ。

 蝉の鳴き声を浴びながら、遼香は数日前に経験した、もう一つの運命的な出会いを思い起こしていた――

 

 

「……ま、ま、松浦、か、果南さん!?」

 憧れの人の出現で菜々実が素っ頓狂な声を上げたあのとき、遼香もまた驚きのあまり固まってしまった。この人確か、高海さんの幼なじみ――ふだんならさして有益でもない情報を急に思い出してしまい、身震いする。

「……あれ? ひょっとして、あなたたち、マーメイズの……」

 身元があっさり割れてしまった。

「あ、はい、吉原菜々実です、初めまして」

 飛び上がるように菜々実は席を立ち、背筋を伸ばしてきちんと名乗ってから、深くおじぎする。

 ぎこちなく、遼香もあとに続いた。

「……遠藤遼香です」

 意図せず声が小さくなった。

 控えめに会釈して頭を上げると、果南の顔は自分の顔とほぼ同じ高さにあった。長めのポニーテールが女性らしい優美さを醸しながら、垂れ目がなんとも言えずチャーミングで、親しみやすく気取りのない美人だ。菜々実がとりこになるのも理解できる。

「こないだの予選に出てなかったから、何かあったのかなって気にはなってたんだよ」

 とっさに、遼香は心中で身構えた。目が合いそうになり、本能的に視線を外す。

 恐る恐る菜々実が探りを入れた。

「……ご存じなんですよね」

「ううん、詳しい事情は聞いてないよ。千歌も、あんまり話題にしたくなさそうだったから……」

「会ったんですか?」

 食いぎみに遼香は問い詰める。

「直接会ってはないよ、昨日ケアンズから帰ってきたばかりだしね」

 果南の態度はさばさばしていて、自分たちにネガティブな感情を抱いてはなさそうだ。それにしても、亜熱帯のリゾート地に滞在していたわりには、さほど日に焼けておらず、半袖からのぞく肌は艶やかでみずみずしい――

「私たちのせいなんです」

 いきなり菜々実が、口を割った。

「私たちが予選を直前でボイコットして、それで、Aqoursのみんなを混乱させて、それで……」

 告げたきり、菜々実は唇を噛み、下を向いた。

 それ以上付け加える言葉を、遼香は持ち合わせていない。

 風と会話の止まった昼下がりのオープンテラス。テーブルで、ソーダ水の氷がカランと音を鳴らした。

 立ちつくすしかない二人を、優しい声が包む。

「まあ、とりあえず座りなよ……私も、こっちに来ていいかな?」

 

 

 テーブルには、新たにグレープソーダのグラスが加わった。

「Aqoursとマーメイズ、結局仲間割れしちゃったってことだね」

 果南は手近の空いた椅子を借り、菜々実の斜め横に座っている。グリーンのサロペットパンツは腰が高くかつ細く、黒いTシャツの形よい膨らみと相まって、服の上からでも抜群のプロポーションが見てとれる。自分たちと二歳しか違わない果南から、爽やかな大人の色香を遼香は感じた。

「でもさ、予選間際でボイコットとか、普通しないんじゃない? そこまでこじれた原因は、あなたたちだけじゃない気もするんだけどなあ」

 背もたれに半身を預けつつ、頭の後ろで手を組み中空を見上げるAqoursのOGは、意外なことにマーメイズを擁護するかのような発言をした。

 しかし、自分を許すわけにはいかない遼香は強く返す。

「だったとしても」

 果南と菜々実が目を向ける中、いったん言葉を切ってから、沈んだ声で続きを口にした。

「私たちのしたことは……謝って済むようなことじゃないんです」

 ふむ、と果南が鼻で短く相づちを打ち、居住まいを正した。

 無言の時が過ぎる。

 テーブルに目を落とし思案顔だった果南はやがて、結露した薄紫色のグラスを手に取り、ストローに口を付け、少しだけソーダを含む。グラスをコースターに戻して、一つ息をついてから、改めて話しかけてきた。

「二人は確か、善子ちゃんの中学の同級生、と、花丸ちゃんのクラスメイト、だったよね?」

「はい」

 二人はうなずく。菜々実は返事とともに、遼香は黙ったまま。

「身近な人への気持ちってさ、ふだん伝わってるようで、実は伝わってなかったりするんだよね。伝えようとしても、何をどう言えばいいかわからなくなったり、場合によっては余計にこじれたりもするし。

 だからこそ、きちんと言葉を尽くさないといけない。わかり合えるまで。誤解が生じたら、それが解けるまで。自分にとって本当に大切な人ならね」

 話しながら、果南はグラスを再び手にし、ストローで氷をからからと、涼しげにかき回す。そのまなざしは、バイオレットカラーの小さな海の中に、(いと)おしい誰かの面影を思い浮かべているようだった。

「本気で仲直りしたければ、誠心誠意、本当の気持ちを全部、包み隠さず正直に伝える。今私が経験上言えるのは、そのくらいかな。

 あなたたちは、迷惑をかけた仲間に、ちゃんと向き合おうとしてる。その気持ちが本当なら、きっと大丈夫。心配要らないよ」

 遼香は思った。今はそんなふうには考えられない。でも、この人が言うのなら――

「私は、二人を信じてるよ。もちろん、千歌たちのこともね」

 

 

 カフェの屋内から、果南、と呼ぶ声がする。聞こえた方向に軽く片手を挙げてから、果南は申し訳なさそうに断りを入れる。

「ごめん、約束の相手が来ちゃった。大したアドバイスもできてないけど、いいかな」

「じゅ、十分すぎます! ありがとうございました!」

 菜々実はかしこまって低頭する。

「松浦さん」グラスを手に腰を上げようとするところを、遼香は呼び止める。「このあと、Aqoursの人たちと会うんですか?」

「会うとしたら、内浦へ帰る今晩かなあ。ゆっくりしてたいんだけど、こっちで用事を済ませたらすぐケアンズに戻らないといけなくてね」

「だったら、私たちとここで会ったこと……秘密に、しておいてもらえませんか」

 遼香が懇願すると、心境をくみ取ってくれたらしい果南は一呼吸置いて、包み込むような微笑みを返してくれた。

「うん。わかった」

「ありがとう、ございました」

 遼香は立ち上がって丁寧に礼をする。気持ちを込めた長めの礼を終えると、果南と菜々実も相次いで席から立った。

「じゃあ、私はこれで……」

「あの」

 オープンテラスを離れかけていた果南が、再び動きを止める。

「えぇと、その……だから……」

 まだ何か言いたそうな菜々実は少しの間口ごもっていたものの、意を決し目を大きく開き、緊張を伴った真顔と大声で――

「果南さんのことが好きです!!」

 店内の客が一斉に、奇異の目を向けてきた。

 きょとんとする果南。

 自らの意志で放った言葉が恥ずかしすぎたのか、動揺した菜々実は下を向く。みるみる朱に染まる頬。

「……あ、ありがと。菜々実ちゃんも、頑張ってね」

 年下の女子から突然告白された果南は、そう言い残すと照れを隠すように背を向け、グラス片手にキャリーケースを引き、そそくさと店の中へ戻っていく。

 束ねた長い髪の先が、ふわりと川風になびいた――

 

 

 現実に返れば、黙々と歩を進める善子の後ろ姿が目に入る。

 腰のリボンの紫色を追うように、遼香は足取り重く、参道の坂を一歩一歩上っていく。

 曜と果南が授けてくれた言葉が、胸にこだました。

 

――善子ちゃんと一緒に全力で走ってけば、見たことのない景色をきっと見れるよ――

 

――迷惑をかけた仲間に、ちゃんと向き合おうとしてる。その気持ちが本当なら、きっと大丈夫――

 

 木立から降り注ぐ蝉時雨に、鈍い遠雷が交じる。

 鬱蒼たる道の奥、堕天使が導く先は、魔界か、地獄か、それとも――

 

 

   ▲▲▲

 

 

「あと三十分……」

 梨子は自室の壁時計を見上げた。長短の針は二時半を指そうかというところだ。

 スマートフォンの着信メロディーが流れた。ベッドから腰を上げ、円い座卓に置いてあったサクラピンクの端末をつかみ、発信者を確かめてから応答する。

「どうしたの、千歌ちゃん」

『やっぱ行こうよぉ!』

 じれた声がいきなり耳に飛び込んでくる。

 梨子は部屋の窓を開ける。果たせるかな、対面する家の二階で、通話相手が黄色いスマートフォン片手に、切迫した表情を向けている。

「でも今日のところは二年生と曜ちゃん月ちゃんに任せるってことだったじゃない。メッセージは託してあるし、私たちまで顔出したら、あの二人に余計なプレッシャーを与えるわよ」

「でも気になるじゃん! 家でじっとなんてしてられないよぉ!」

 子供のように駄々をこねる千歌の生の声と回線経由で届く声が、若干のタイムラグを伴って伝わってくる。もはやスマートフォンは要らない気もしたが、ベランダに出た梨子は、隣の家まで聞こえる声で、そのまま端末のマイクに話し続けた。

「しょうがないわね……じゃあ気晴らしに、沼津にでも遊びに行く?」

「行かないよ! あぁもうやきもきするー!」

 千歌はひとりでいらついている。

「とりあえず今からそっち行く!」

 叫んで千歌は電話を切るや否や、室内へ姿を消した。

「はぁ……こらえ性がないわね」

 ため息と愚痴しか出ない。

 窓を閉め、梨子は再びベッドに座る。と同時に、右手の中で、メール着信の音が短く鳴った。

 開いた文面に、しばらく梨子は見入った。

 

 

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