ラブライブ!サンシャイン!! Beyond the Horizon   作:Le Nereidi

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本稿は推敲未了です。
2022年10月中を目途に、改稿したものを上書きして公開します。


#8 Friendship(3)【暫定版】

 庭を叩く雨の音が強まり、堂内がにわかに光を失っていく。

「このまま私がスクールアイドル部にいても、みんなにとっていいことは何もないし。それに私、みんなと違って何も創り出せないから……何も」

「遼香ちゃん……」

 曜たちの視線を一身に集めながら、遼香は目を伏せ、内省を経てたどり着いた自分なりの結論を淡々と述べた。

「一緒にやらせてもらって痛感した。特別なものを持ってる人だけが輝けるんだって。Aqoursは手を伸ばしても届かない星なんだって。あとから見た夏まつりでのパフォーマンス、あんなの、逆立ちしてもできない。『対等』がどうとか、ゴミみたいなプライドにこだわってた自分が……」

 暗がりの奥で御仏の坐像が青白く瞬く。数秒後、割れるような音が大音量で()ちてきた。

 それが合図かのように、遼香は決然と立ち上がった。

「スクールアイドルは、これで終わりにします。短い間、お世話にな……」

 荒ぶる鈍い足音。

 張り手の鋭い音。

 ルビィたちは息をのむ。

 左の頬を押さえ、うつむく遼香。

 それを見下ろす善子。

「……ふざけるのもいいかげんにしなさいよ」

 夕立に紛れるかすかな声。

「そんな言い草、絶対認めないし……絶対許さない。

 土砂降りの屋上庭園で、言ったわよね。私よりずっと輝いてみせるって……できないから終わりにする? あんたまだ、始まってすらないじゃない」

 善子は叩いた反対側の手で、相手の顔を無理やり自分へ向け、怒鳴りつけた。

「やるんだったら全力で、本気でやりなさいよ!

 練習して練習して、迷って悩んで、本番で無様に失敗して恥さらして、悔し涙流して、立ち上がって、必死にもがいて、あがいて……私より輝いてみなさいよ!! 逆立ちしてでも勝ってみなさいよ!!」

 堕天使の憤怒が、目をくらます稲光、耳をつんざく轟音となり、同時に着弾した。

 ルビィ、花丸。

 曜、月。

 それに、菜々実。

 みな固唾をのんで、激しく感情をぶつける善子と放心したような遼香を見上げる。

 千歌と梨子は、鐘楼の下で風雨にさらされ半身を濡らしながら、至近距離への落雷に震え抱き合ったまま、身を隠せなくなっていた。

 高ぶっていた善子はふと、足の甲に温かい手の感触を得た。

「とりあえず……降りようよ」

 眼下の薄暗がりで月が微笑む。

 気づけば、座卓に踏み上っていた。

「……仏様の前だったわね」

 ゴスロリの堕天使はきまり悪そうに座卓を乗り越して、遼香の隣に立つ。

「叩いて悪かったわ」

 謝ってから、遼香の目を見据え、静かに告げた。

「正直に言う。私、あんたのこと、大嫌い」

「……」

 悲しそうな遼香。

「大嫌いだった、ずっと。羨ましくて、妬ましくて」

 雷と雨はやむ気配がない。

「あの日もこんな天気だった……覚えてる? クラスのクソ野郎相手に、私が暴れたときのこと……」

 

 

 中学二年の夏の出来事だ。

 昼とは思えないほど暗く、ときに稲妻がひらめく窓の外。停電した教室は取っ組み合いの果てに、前半分がめちゃくちゃとなった。渾身のグーで殴り返してやったボス猿が口から血を流して倒れ込み、すぐ横ではもう一人が股間を押さえてのたうち回る。二人は堕天使によって、大量の机と椅子が浴びせられ埋葬された。善子自身も頬を張られ、手に傷を負い、腕やすねにいくつもあざがある。

「なめんじゃねーぞコノヤロー!!」

 アドレナリンを制御できなくなり、椅子を力任せに投げ飛ばした。直撃した三人目が派手な音を立てて机の海に沈む。残る二人がおののきあとずさりしたところへ、遼香が止めに入ってきた。

「津島もうやめなよ!」

 猛り狂う善子に腕の上からきつく抱きつき動きを封じてから、遼香は男子へ振り返り、涙声で訴えた。

「何すんだよ!! 女の子一人を寄ってたかって!」

 興奮状態の善子は、いい子ぶってんじゃねえよ、と心の中で毒づいた。

 ところが――

「津島善子が堕天使のヨハネで、どこがいけないんだよ!!」

 叫びが脳に届いたとき、荒れていた息が止まる。

 自分を抱きしめ震える、腕、肩、声。

 今まで誰も言ってくれなかった言葉が、よりによって、この子の口から――

 激しい呼吸。脈打つ鼓動。

 波長は重なり、共鳴し、増幅し始める。

 経験したことがない感覚、そして感情。

 遼香は、本気で私のことを――

「お前ら……お前ら最低だーーっ!!」

 閃光と雷鳴、怒りの咆哮が、荒廃した教室の闇を駆け抜けた――

 

 

「あれからときどき、声かけてくれたのに、私ガン無視しちゃって。素直になれなかったの……大嫌いなリア充のあんたがしてくれたこと、認めたくなくて」

 そして。

「ずいぶん遅くなっちゃったけど……ありがとね」

 長い間言えなかった一言を口にして、善子はこの日初めて和らいだ表情を見せた。

「私も……正直に、言う」

 潤んだ瞳をまっすぐ善子に向けて、遼香は応える。

「堕天使ヨハネの、バカ動画……」

 善子は軽く気色ばむが、かまわず続ける。

「ずーっと追ってた。最初のころから」

「……最初?」耳を疑う善子。「最初って……中二の、秋……?」

「リアタイで欠かさず。バカバカしくて。痛々しくて。こいつアホだって」

 自分が顔を背け続けていた間、遼香は、自分を見続けてくれていた――

「そしてわかった……私、憧れてたんだって。なりたくても絶対なれない……津島善子に」

 善子の涙腺が緩む。

 遼香の頬は既に濡れていた。

「私、あなたと……」

 かつての同級生に、本当の気持ちをようやく、告げる。

「……友達に、なりたかった」

 ひとしずく、こぼれる堕天使の涙。

 だが、すぐにきつい目つきに変わる。

「あんた、また叩かれたいの?」

「……えっ」

「過去形!?」

 しゃくりあげていた息を詰まらせ、善子と見つめ合う遼香。

 かつての同級生に、今度こそ本当の気持ちをはっきりと、告げる。

「友達に……なりたい」

「……いいわ。私のリトルデーモンに、なりなさい」

 天使のように澄んだ声と菩薩のように慈しみ深いまなざしで、善子は遼香と契りを結ぶ。二人はすすり泣きながら、固く抱擁を交わした。

 豪雨は峠を越え、雷の鳴動は遠ざかりつつある。午後の光が堂宇の内部に少しずつ戻ってきた。

 善子は涙交じりで語りかける。

「こむぎから聞いたわ。大嫌いだったあんたが、私のこと、リスペクトしてくれてたって。それで確信できたの。私、これでいいんだって。美しさのあまり神の怒りに触れて、地上の人間どもを救済するため、天界から降臨したフォーリンエンジェル・堕天使ヨハネのままで。

 だから、遼香も遼香のままで……やりたいことを、やりたいようにやればいいの」

「つし……ヨハネ。私……」

 泣き顔を肩に埋める遼香は、か弱い声で、ささやかな、しかし微妙な願望を口にするのだった。

「……堕天使になりたい」

 善子は涙ぐんだまま微笑み、ヨハネモードに豹変する。

「大丈夫、なれるわ。ヨハネの魔眼に狂いはありません。これは天地創造以来定められた運命(デスティニー)……神聖なる契約を交わした我々は必ずや、約束の地に堕天降臨するのです!」

 目元が赤いドヤ顔に手をかざし、堕天使に焦がれる長い髪の少女を前に例の痛々しいポーズをとると、そばでクスクス笑いが漏れる。

「いつものよっちゃんに戻った」

「泣きながらしゃべる堕天使って変なの」

 成り行きを見守っていた菜々実が相好を崩し、ルビィはうれしそうにからかう。

「汝には、この世界で最も忌まわしき魔力を持つ数字を授けよう……リトルデーモン十三号、堕天使・ルカ!」

 続いて、善子の仰々しいセリフと指差しポーズが決まると、おお、と小さく声が上がる。

「禁断の欠番がついに……」

「なんか強そう!」

 震える曜の隣で月はわくわくした口ぶりだ。

 対して遼香は片膝をつき両手を組み、陶然とした表情で善子を仰ぎ見た。

「光栄です、ヨハネ様。地獄の果てまで付いてまいります」

「適応早っ!」

「また一人変なのが増えたずら」

 曜と花丸がツッコむそばで、ルビィは目を細めた。

「で……私は、何号?」

 遼香の後ろから菜々実がおずおず口をはさむと、善子にキッとにらみつけられた。

「五十億年早いわね。あんた、私のこと、内心バカにしてるでしょ?」

「ええっ?」

「菜々実ちゃん」花丸が意地悪く答える。「とりあえず、堕天使ヨハネのバカ動画は今からぜーんぶ見るずらよ」

「……全部ぅ?」

 眉間に刻まれたしわとゆがんだ口元に、本音が現れている。

 すかさずルビィと曜がたたみかけた。

「八時間くらいはあるんじゃないかな」

「たぶん三時間くらいで慣れてくるよ」

 本堂が和やかな笑いに包まれる。遼香の笑顔が戻ってきた。

 それに、蝉の声も。

 庭を叩く雨音は、もう耳には入らない。

 

 

「千歌ちゃん梨子ちゃん、もう出てきていいよぉ!」

 タイミングを見計らって、月が大声で呼ぶ。

「えっ?」

「ずら?」

「来てたの?」

 二年生たちが障子戸の開口部から表の庭をのぞくと、鐘楼のあたりに姿があった。二人はバツが悪そうに本堂へ歩いてくる。千歌の着ているグレーの袖なしブラウスと黄色いショートパンツ、梨子がまとうピンクの花柄ワンピースは、ところどころ濡れている。

 突然、遼香が表へ飛び出した。

 靴も履かず二人に駆け寄り、濡れた石畳に膝をつく。

「ごめんなさい! ごめんなさい! 言うことはなんでも聞きます! だから、竹刀で、竹刀でしばくのだけはっ!!」

「……竹刀?」

 ポカンとする千歌の眼前で遼香はひれ伏し取り乱し、ごめんなさいを連呼する。遅れて出てきた菜々実も横並びで土下座をした。

「申し訳ありませんでした!」

 梨子は困惑しながら声をかける。

「もういいの、遼香ちゃん菜々実ちゃん、頭を上げて。謝らなければいけないのは私たちのほうよ」

 遼香たちが怖々顔を上げると、しゃがんで目線の高さを合わせた梨子は優しい顔をしていた。

「次のラブライブでどうしても結果が欲しくて、今までのやり方を変えたくなくて……私のわがままのせいで、二人を苦しめてしまった。本当にごめんなさい」

 そして梨子は頭を下げた。

 ほかの五人も本堂からぞろぞろと歩み出てくる。

 雨はすっかり上がっていた。

 千歌も腰を落として、マーメイズに向き合う。

「私が反省しなきゃいけないのは、浦女への思い入れが強すぎて、静真に気持ちが向いてなかったってこと。遼香ちゃんから校則違反を注意されても逆ギレなんかして」

「でもそれは私の言い方が……」

「そうだね、Aqoursにもけっこうひどいこと言ってたと思う」苦笑いしつつ千歌は続ける。「でも私たちにそれを責める資格はない。お互いのグループ、お互いの母校へのリスペクトが足りなかったんだよ。Aqoursとマーメイズ、全然ひとつになれてなかった。だから、今度こそ」

 いったん言葉を区切り、しっかりと遼香の目を見て訴えた。

「マーメイズと一緒に歌いたい……ラブライブで!」

「……高海さん」

 遼香はその先の言葉が出ない。

「千歌さん」菜々実が口を開く。「夏まつりライブの動画見ました。あれが、千歌さんからのメッセージだったんですね」

「私だけじゃないよ。歌詞を書き換えたりフォーメーションを元に戻したりしたのは、リーダーがそうしたいって言ったから」

 千歌はそう答えてルビィを見やると、うゅ、とルビィは軽くうなずいた。

「二人の代わりは私なんかじゃ務まらなかったでしょ?」

「いえ、あのステージでの渡辺さんは、圧巻でした」

 曜が軽口を叩くと、遼香は生真面目にたたえた。

「最初のつかみは千歌ちゃんのアイデアに乗っかっただけなんだよね。でも千歌ちゃんがバク宙までできるようになってたのは、私も驚いたよ」

「……え? あれ曜が教えたんじゃなかったの?」

 善子が目を丸くする。

「あれは菜々実ちゃんのおかげ。ああいうの得意だって言うから、みんなに内緒で朝、体育室で教えてもらってたんだ。いつかびっくりさせてやろうと思って」

「そうだったのね」

 隣の家に住む級友の登校時刻が遅れがちだったことに、梨子は合点がいった。

「ここ一番での爆発力はさすが三年生ずら」

「あれで会場の雰囲気が一変したもんなぁ」

 花丸と月の所感に、菜々実と遼香は二度三度大きくうなずく。

「まあ、あれが私なりの、マーメイズへのメッセージでもあったのかな」千歌は菜々実に向き合う。「自分を信じて、今その瞬間を全力で。それが私たち……これまでずっと、そうしてきたから」

 不安定な大気は遠くへ去り、雲のすき間から陽光が漏れてきた。空は徐々に青を取り戻しつつある。

「失敗を成功のヒントに変えて、前へ進んで、全部乗り越えてく……それが私たち」

 そう言って、ルビィが右手を差し伸べると、ようやく二人は腰を上げた。

 白く小さな手を、遼香はしっかりと握り返す。

「初めからもう一度」

 菜々実が手を添える。

「やり直そうね」

 花丸が続く。

「元気出して」

 最後に善子が。

「すべてはこれから」

 中心でひとつにつながった二年生の輪から、自然に笑みがこぼれる。

 三年生は、一歩下がった場所から見守った。

 満ち足りた表情の曜。

「……全部終わった」

 隣にいた月は、蝉時雨に紛れた小さなつぶやきを聞き逃さなかった。

 

 

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