ラブライブ!サンシャイン!! Beyond the Horizon   作:Le Nereidi

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本稿は推敲未了です。
2022年10月中を目途に、改稿したものを上書きして公開します。


#8 Friendship(4)【暫定版】

「見落としがあるぞ、華穂」

 顔を上げた華穂に、レイは言った。

「スクールアイドルに向いてねえヤツが、もう一人いる。目の前にな」

「……」

 腕を組み肩を怒らせ仁王立ちする、不敵な面構えのレイ。

 雷が、空のかなたで鈍く鳴る。

「ついでに部活も向いてねえ」

「……レイ……ちゃん?」

 混乱する華穂に、レイは説いた。

「Aqoursのライブとか見て思ったんだよな。ああいう衣装で歌ったり踊ったりって柄じゃねえけどよ……おもしろそうじゃんって。

 それでだ、向いてねえ華穂とオレっちが組めば、ああいうスタイルとは違う、誰もやれなかったことがやれるんじゃねえかって」

 太陽が雲を割り、木漏れ日が水面で輝きを増していく。レイの首に掛かる金色のチェーンネックレス、そして、黒い瞳も。

「オレたちなら、いや、オレたちだからこそ起こせるんだ……革命をな」

 ニヤリと口角を上げたレイはサンダルを脱ぎ、あらよっ、と浅い流れの中に飛び降りる。チャポンという軽やかな音とともに、何色にも染まっていない、透明なしぶきが上がった。

「来いよ! やりたいようにやってやろうぜ!」

 冒険好きな少年のようにわくわくした表情で手を差し伸べてきたレイに、華穂は返答をためらう。

 突如、手首を強く引っ張られ、足から水に落ちた。白いロリィタパンプスと白いソックスを履いたまま。

「冷たいっ!」

 前ぶれもなく清流にさらされた華穂は、反射的にワンピースの裾をたくし上げ、川の中で二度三度、踊るようにステップを踏む。すぐ脇を、小さな魚がするりと通り抜けた。

 次第に、心地よい感覚が、両足から全身に満ちてくる。

 華穂はレイと見つめ合い、気持ちよさそうに笑みをこぼした。

「怖くねえだろ?」

 新しい景色が広がり始めている。

 二人を包む水の行く先は、狩野川、そして駿河湾――

 

 

   ▲▲▲

 

 

 古寺の境内にある花丸の居宅は北に眺望が開け、空の真下に海の気配が感じられる。

 花丸、菜々実、ルビィ、遼香、善子はこの並びで縁側に陣取り、湯飲みの冷えた麦茶と細長いパンとを交互に口に運びながら、和気あいあいと語らう。

「よっちゃんの黒歴史って、ほかにどんなのがあるの?」 

「そうだなあ、あとは修学旅行? ひとりだけ陰陽師(おんみょうじ)のかっこうで三島駅に集合したんだよね」

 遼香が菜々実に言うとルビィはつい、フフフッと失笑を漏らした。

「……何それ」

「魔除けよ魔除け! 京都は千年の都……あまたの怨霊や魑魅魍魎(ちみもうりょう)跋扈(ばっこ)する魔界……」

「先生にとがめられるまでクラス中ツッコんだら負け選手権みたいな雰囲気で」

 生き生きと語る遼香に、菜々実が尋ねた。

「効果はあったの?」

「ばっちりよ。京都駅に着いていきなり鳥のふん付けられたり」

「ウンの付き始めってヤツよね。クックックッ」

 元同級生の暴露を止めようともせずドヤ顔でうなずく善子。

「鴨川を飛び石伝いに渡ってて水に落ちたり」

「善子ちゃんらしいずらね」

 さもありなんと、花丸は涼しい顔でパンにかぶりつく。

「嵐山で買ったばかりのソフトクリーム地面に落としたり」

「魔除けになってないじゃん!」

 ルビィのツッコミで座がどっと沸く。

「そんなことないって。トラブルなく過ごせたよ、ヨハネ以外は。ね!」

「堕天使が悪霊をすべて引き寄せて闇に葬ったからよ。感謝しなさい」

 愉快そうに思い出話に花を咲かせる遼香の隣で、善子は得意げにいつものポーズで見得を切った。

 まだ強い西日が、縁側の五人の横顔をまぶしく照らしている。

 

 

   ▲▲▲

 

 

 三年生たちは寺をあとにして、沼津駅行きのバスに乗った。最後部の五人掛け席に、こころもち間隔を空けながら四人で座っている。

 お土産にした細長いパンが詰まったポリ袋を膝上に乗せた月は、寺を離れる前いとこが二人の親友に声をかけたシーンを思い返す。

 

「付き合ってほしい場所があるんだ」

 

 自分がそこに立ち会ってよいものかどうか、考えを巡らせる。というのも、そのときを境に、千歌と梨子の口数がめっきり減ったからだ。

 三人は手持ちの携帯端末をいじるでもなくただ押し黙っていた。

 すぐ左に座る曜は(まぶた)を閉じて、ゆっくり息を整える。その隣の千歌は足元に視線を落としたままで、窓際の梨子はガラス越しに海を眺めている。振る舞いは三者三様でも、気持ちはしっかり通じ合っているように映る。

 淡島の島影を見つめる長い髪の向こうから、かすかなつぶやきが。

「聞こえる……」

 

 

 曜の目的地は、島郷海岸だった。

 右手は海岸に面する御用邸記念公園の松林が、小島のように海へ突き出た牛臥山(うしぶせやま)へと続き、左手からは西伊豆の低い稜線が、遠く大瀬崎(おせざき)にかけて連なる。正面奥の陸地は傾く太陽の下でおぼろげとなり、水平線しか目に入らない。

 緩い弧を描く砂浜には、曜たちのほか三羽のカモメがいるだけだ。

「三人で来るのって久しぶりだよね」

「ほんとね」

「三年生になって、私だけ別行動が多かったからね」

 千歌、梨子、そして曜は裸足になって、浅瀬でパシャパシャと控えめに水音を立てる。

「千歌ちゃん」

 突然、梨子が千歌の両手首をつかんだ。

「一緒に海の音、聞きに行かない?」

 言うや否や、引きずるように深みへ誘う。

「え、梨子ちゃん、何、何?」

 千歌の混乱をよそに、梨子はバレッタで留めた髪を風に踊らせながら、膝下丈のワンピースを濡らすのもいとわず海へ入っていく。やがて振り返り見せた小悪魔的な笑みは、冗談とも本気ともつかないものだった。

「……やめて、やめて! スマホが、ポケットにスマホがーっ!」

 顔を引きつらせ、千歌は必死で踏ん張り抵抗する。

「私も仲間に入れろ! えいっ!」

「うわ!」「きゃっ!」

 パンツの裾をまくり後ろから付いてきた曜が、二人の上半身に、しょっぱい飛沫を浴びせてきた。

「やったなコンニャローっ! 食らえ!」

 千歌が腕ずくで梨子の動きを止めながら力いっぱい波を蹴り上げると、派手なスプラッシュが曜を襲った。

「ぶはーーーっ!」

 想像以上の威力に大爆笑する千歌と梨子。

「そこまでする!?」

「倍返しだっ!」

「曜ちゃん、水も滴るいい女ね」

 童心に返ってわいわいと水をかけ合いはしゃぐいとこたちを、月は遠目から微笑ましく眺めた。

 砂浜に一本だけ突き刺さっていたビーチパラソルに目が留まり、月はおもむろに歩み寄る。開いてみると、ホワイトとネイビーのマリンボーダーが現れた。しばし見上げてからその陰に入り、切ないまなざしで三人を見守る。

「夏も終わりなんだなぁ……」

 暑い季節を運んできた風とは違った肌触りの風が、パラソルの下を緩やかに通り抜けた。

 時の流れは巻き戻せない。

 だからこそ、今この瞬間が(いと)おしい。

 

 

 水遊びが一段落したのち、西日がキラキラ反射する海を見つめながら、曜は、背後で腰を下ろす千歌と梨子に語りかけた。

「去年東京から得票ゼロで帰ってきた翌朝、千歌ちゃんが悔し泣きしてるのを見て、私も千歌ちゃんと一緒にやり遂げるんだって、スクールアイドルに全力を注いできたけど」

 この間、月は三人から距離を置いた波打ち際で、曜と同じ風景を所在なく眺めている。

「大学行って、高飛込、続けることにした。あんな結果で終わるなんて悔しいんだ。もっともっと、うまく飛べるようになりたい……スポーツ推薦の目がなくなっちゃったから、これから受験勉強、頑張らないとね。

 だから、スクールアイドルは終わりにする」

 曜は構えず、自然体で伝える。

「三人で新しい景色を見るって約束は果たせなかったけど、気づいたの。スクールアイドルは終わりでも、三人の関係は終わらないって。それで決心がついた」

 名残惜しそうに海の果てへ目をやりながらそこまで話して、二人へ向き直る。曜の表情は、逆光で陰影がかっていながらも、すがすがしいものだった。

「千歌ちゃんと梨子ちゃんのおかげで、いっぱいいっぱい思い出ができて、ラブライブも優勝できた。すっごく楽しかったよ。ほんとにありがとう。

 残り半年、千歌ちゃんと梨子ちゃんで、仲良く悔いなく、やってほしい」

 告げられた二人は言葉もなく、しばらくの間、ただ曜を見つめていた。

 やがて梨子が、おもむろに立ち上がった。

「曜ちゃん……それに、千歌ちゃん」

 伏せた目元が、キラリと光る。

 二人の前で、梨子は、深く腰を折り、叫んだ。

「…………ごめんなさい!!」

 

 

 声で月が振り向く。

 時の止まった世界。

 繰り返される波音。

 落日に染まる浜辺。

「も……もしかして……」

 曜の顔色が、みるみる変わる。

 梨子の肩が、小刻みに震える。

 千歌はただ、安らかに微笑む。

 

 

 頭を垂れたまま、梨子は涙ながらに話し始めた。

「誰にも言わなかったけど……本当は私、九月のラブライブを最後にやめるつもりだったの……あんなかたちで終わりたくなくて、ずっとずっと迷ってた……でも……

 さっきの二年生を見て、あとを任せられるって……今の曜ちゃんの言葉で、私も自分の未来に向かって進まなきゃって……だから……だから……」

 砂の上に一滴、また一滴、想いのこもったしずくがこぼれ落ちる。

 梨子は言葉を絞り出す。

「私のわがままを、許して……」

「……梨子ちゃん」

 曜の瞳も潤んでいる。

「ピアノが弾けなくなって、何かを変えたくてこの町に来て、千歌ちゃんと出会って……それは、偶然でも奇跡でもなく……運命だった……曜ちゃんとも仲良くなれて……三人で聞いた海の音は、決して忘れない」

 しゃくりあげながら、梨子はいちばん大切な人へ、想いを伝える。

「あのときほかの道を選んでたら、こんな素晴らしい経験はできなかった……千歌ちゃん……スクールアイドルに誘ってくれて……本当に、本当に……ありがとう……」

 言い終わると同時に梨子は、堰を切ったように大声で泣き出した。

 カモメが一羽、また一羽、逆光に浮かぶ大瀬崎へ飛んでいく。

 

 

「いいんだよ、これで」

 千歌は力なく立ち上がり、泣きじゃくる梨子の肩にそっと手を添えた。

「なんとなく、こうなるんじゃないかなって、ずっと前から思ってた……これでいいんだよ。だって、やりたいことがあって、それに向かって走ってくって、とっても素敵なことだもん。

 夢中になれるものが見つからなかった私が、スクールアイドルをやってこれたのは、曜ちゃんと梨子ちゃんがいてくれたからなんだよ」

 号泣する梨子。涙を浮かべ息をひくつかせる曜。

 斜陽に染まる千歌の表情は凪のように穏やかだが、寂しさは隠せない。

「ひとりじゃ何もできなかった私、スクールアイドルがやりたいって言った私。そんな私に、今まで付き合ってくれて……本当に、本当に……ありがとう。

 私は続けるよ。最後まで」

 残されたひとりぼっちのカモメは行くあてもないのか、ふわりふわりと、虚空を漂うばかりだ。

 飛び去った二羽の影はいつしか小さな点になり、夕空に溶けて消えた。

 

 

「泣かないよ、私は。だって、これは終わりじゃなくて、始まりだから……だから……私は……」

 声が詰まる。

「千歌ちゃん」

 涙目の曜が口を開いた。

「……代わりに、私が泣いてあげる」

 千歌と梨子の肩を抱き寄せるや否や、こらえられなくなった感情が激しく噴き出した。

「ちょ……ちょっと待って曜ちゃん、おかしいよ」

 千歌は無理に笑顔を作る。

「代わりも何も……私泣かないって言ってるじゃん。

 泣く理由なんかないし。

 さみしくなんかないし。

 悲しくなんか……」

 

 

 一筋の熱いものが、頬を伝う。

 

 

 心の中で言い聞かせた。

 ――涙なんかじゃない。

 細かく震える唇。

 これ以上、想いを言葉にしたら。

 違うものがあふれ出て、止められなくなりそうで。

 だから、気持ちを伝えるすべはただ一つ。

 

 

 千歌は、(まぶた)を強く強く閉じ、泣き交わす梨子と曜を固く固く抱きしめた。

 

 

 走り続けてきた三人の少女たちに寄り添いさざめく、波の音。

 みかん色の光に包まれながら、輝かしい季節が、幕を下ろす。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今はまだ泣かないって決めてたのに……湿っぽくなっちゃって、ごめんなさい」

 腫らしたままの目をしばたたきながら梨子はどうにか息を整え、憂愁に沈む千歌と曜に話し始めた。

「実はね……終わりにしようって決めた理由が、もう一つあって」

 そう言って腰を落とし、涙を拭ったばかりのハンカチをバッグにしまい、桜色のスマートフォンを取り出した。

「今日、千歌ちゃんと会う前に、こんなメールが来たの」

 立ち上がって、Aqours宛ての文面を二人に示す。スクールアイドル部のアドレスに届いたメールは部長のもとへ転送される設定だ。

 送信者の名前を千歌が口にした。

「アスルクラロ沼津……」

 沼津市をホームタウンとするプロサッカークラブだ。

「月ちゃん!」

 間髪入れず、曜が大声と手招きで、波と戯れていたいとこを呼び寄せる。

「九月末のホームゲームで、Aqoursにゲストで歌ってほしいっていうオファーなんだけど」

 梨子はメールの主旨を告げてから、自分の考えを述べる。

「どうせなら私たちだけじゃなくて、マーメイズや一年生も含めたスクールアイドル部全員でパフォーマンスしたらどうかなって。私、今まであまり部長らしいことしてこなかったから」

「そんなことないと思うけど……」

 疑問をはさむ千歌に、梨子は続けた。

「ううん、すごく反省してる。Aqours以外に全然目配りできてなくて、グループの間に溝を作ってしまっていた。

 だから、部員全員がひとつにまとまってライブをやりきれたらみんなの新しい第一歩になると思うし、私自身の気持ちにも区切りがつけられるって思ったの」

 梨子の落ち着いた声は、自らに言い聞かせるような響きだった。

「すごいじゃないか! 『ひものマッチデー』だから、お客さんいっぱい来るよぉ!」

 一方、遅れてメールを読み終えた月は、興奮を抑えきれない。

「サポーターの協力が必要なら、ぼくが話を通すよ!」

「月ちゃん、ゴール裏の常連なんだ」

 食いつく月の様子に、目の周りに赤みが残った曜の顔がほころんだ。梨子も思わず苦笑いである。

「沼津の大きなスタジアムで、大勢のお客さんの前で、部員のみんなで……」

 千歌の瞳が新たな輝きを得る。

「うん、いいと思う! なんかラブライブみたいでわくわくする!」

「賛成であります!」

 曜も異存はない。キレのある敬礼で応じた。

「じゃあ、夏休みが明けたら、みんなに提案してみるわ。で、このライブまでは私スクールアイドル続けるけど、曜ちゃん、や・め・る?」

「やめないって! あと一回、千歌ちゃん梨子ちゃんと歌うんだからね! まだまだ終わらないよ!」

 梨子にイジられて多少ムキになる曜だが、喜びは隠し通せない。

 そんな二人を受けて、千歌は高らかに宣言した。

「やろう! みんなで、私たちのラブライブを!」

 

 

   ▲▲▲

 

 

 未知の世界へと踏み込む二人。

 和解からの再出発を図る五人。

 有終の美を飾るべく進む三人。

 

 

 それぞれの、目標に向けて。

 ひとつのステージに向けて。

 

 

 ――少女たちは、走り出す。

 

 

 晩夏の太陽は既に大きく傾き、駿河湾の海面に近づきつつあった。それでもなお輝きは失わず、静かに波寄せる浜辺と、新たな希望を得て喜びに沸く千歌たちを煌々と照らす。

 マリンボーダーパラソルを見下ろし舞うカモメは、元の三羽になっていた。

 

 

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 次回 #9「Aqours」

 

 

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