ラブライブ!サンシャイン!! Beyond the Horizon 作:Le Nereidi
前回のあらすじ
沼津の高校に通い始めたAqoursの六人は、二年生の
遼香「彼女のいろんな黒歴史を知ってます」
善子「あんたの恥ずかしい過去をさらすわよ?」
千歌は、リーダーの座を梨子とルビィに譲った。
「新しい景色が見れるんじゃないかなって」
ところが、新入生の扱いを話し合っているとき、曜が――
「ラブライブより、高飛込を優先したいんだ」
こうしてAqoursは、事実上五人で再出発した――
▲▲▲
大型連休の到来が迫る、四月末の放課後。
静真高校二年生の
そこへ、軽やかな足音と声が聞こえてくる。二人がその方を見ると、ルビィが廊下をりんりんとスキップしながら近づいてきた。ツーサイドアップの髪が揺れる。
遼香たちの存在にすぐ手前で気づいたルビィは急に黙り、立ち止まった。小動物のような愛くるしい顔に、一転して緊張と不安の色が浮かんでいる。
遼香が無遠慮に尋ねた。
「黒澤、これ、誰が書いたの?」
そしていくぶん蔑みを含んだ鋭い目と顎で、入口の上を指す。
「遼香!」
菜々実は焦り、とがめた。ダメだよそれを聞いちゃ、と言いたげだが、もう遅い。
両腕を胸の前で閉じたルビィは、答えに窮している。
「ぅ……」
泣き出しそうなルビィに、菜々実はたまらず声をかけた。腰を落として、子供を慰める母親のように、柔らかく。
「ルビィごめんね、答えにくかったら、別にいいんだよ?」
すると、ルビィは表情を和らげ、照れ笑いしながら言った。
「……あぁ、それ、千歌ちゃん。千歌ちゃん漢字がちょっと苦手みたいで……えへへ」
そしてドアを開けて部屋に入っていき、わあっ、と無邪気な歓喜の声を上げる。
遼香と菜々実はささやく。
「……ヤバくない?」
「絶対ルビィだと思ったのに……千歌さんって……」
「元リーダー……だよね?」
ドアの上のホルダーに、浦の星女学院で使われていた白いネームプレートがぴったり収まっている。プレートには、丸みを帯びた手書きの「スクールアイドル陪」の文字。最後の「陪」にバツが付けられ、その上に正しい字が書き直されていた。
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#2 練習場所がない!?
スクールアイドル部の部室の中にはロッカー、ホワイトボード、掲示板用のコルクボード、折りたたみ式の椅子と長机など、最低限必要なものが準備されていた。そのほとんどは、かなり使い込まれた跡がある。ロッカーはところどころ凹み、いくつかの椅子は座面や背もたれが破け、長机の表面は何ヶ所かガムテープで補修してある。
「新品はコルクボードだけなのね……」
「ま、こんなもんでしょ。Aqoursのおかげで部屋がもらえたんだし感謝感謝」
期待を裏切られた菜々実に対して、遼香はクールな反応だ。
部室棟の片隅に用意された、十二畳程度の広さの部屋――中央には、会議室や集会所によくあるタイプの長机が四つ、田の字形に付けて並べてある。長手方向に六人ずつ、廊下側と窓側に二人ずつで十六人までなら余裕で対応できる大きさだ。
菜々実はルビィに質問する。
「浦女の部室の広さはどのくらいだった?」
「こことあまり変わらないかな。部員が増えちゃった分、少し手狭になるかもだけど」
「そうね」
「私たちにとっては十分だけど」
「……私たち?」
「あ、いや、なんでもない」
遼香の言葉に若干の引っかかりを覚えるルビィだが、菜々実がさらに問いを投げかけてくる。
「ほかの備品は浦女で使ってたものを持ってきてくれるんでしょ?」
「うん。あとアイドル関係の資料がいっぱいあるの」
「どのくらい?」
「えーっと、段ボール箱に十箱以上」
「意外と多いんだね」
菜々実は目を丸くする。
「雑誌のほかに写真集とかDVDとかあるし。ほとんどがお姉ちゃんのものだから、今はルビィのお
「お姉ちゃん、か」遼香はつぶやく。「かっこよかったなあ、『MY舞☆TONIGHT』のダイヤさん……」
日本舞踊を思わせる、あでやかな身のこなし。
天女の羽衣のごとく舞う、
そして、見る者の心を惑わせる、妖しくきらめく瞳――
前年秋のラブライブ予備予選で絢爛と咲き誇った黒澤ダイヤの姿を遼香が思い起こしていると、えへへっと控えめな笑い声が聞こえた。目を向けた先に、ルビィの得意げな表情があった。
「そういえば黒澤、ラブライブの優勝トロフィーは今、誰が持ってんの?」
「トロフィーは千歌が預かってるわ」
善子が、花丸とともに姿を見せた。花丸はブレザージャケットの代わりに、お気に入りの黄色いカーディガンを着ている。
「あ、マルに善子」
「だから善子じゃなくてヨハネ!」
いちいち呼び方の訂正を迫られる菜々実は困っている。
善子はかまわず続けた。
「千歌の実家は内浦で旅館やってて、そこのロビーに賞状と一緒に飾ってあるわよ」
「ふぅん、私たちには見せてくれないんだぁ。まあ別にいいけど!」
「いろいろ事情があるずら」
遼香は半分冗談ぽく口をとがらせ、眼鏡っ子の花丸になだめられる。
そんな遼香に、菜々実が確認を求めた。
「優勝旗はうちの学校にあるんでしょ?」
「らしいね。金庫にしまってあるって」
「ほかの部活みたいに、廊下のショーケースに展示してないのはなんでかな」
「さあ? よく知らないけど。うちの生徒がもらってきたもんじゃないから、じゃない?」
その言葉を聞いた善子が苦虫を噛みつぶしたような顔になる。
真相は、ルビィと花丸から語られた。
「『優勝旗は次の大会で返さないといけないから、学校が責任を持って大切に保管する』って井上先生から言われたの」
「春休み中は千歌ちゃんが預かってたけど、わりと大ざっぱな扱いで。旅館の目の前の砂浜に突き刺したまま、ほったらかしたこともあるずら」
「ったく、何考えてんのよね、千歌ったら」
隣り合う遼香と菜々実は視線を交わす。Aqoursの元リーダーってそんな適当な人物なのか、とお互いの顔に書いてある。
噂をすれば本人が来た。
「やっと部室ができたよぉ!」
能天気な口調に、喜びの笑顔で。
曜と梨子も部屋に入ってくる。
「おっ、なかなかいい感じであります!」
「一年生が来たら、ミーティングを始めるわよ」
▲▲▲
部室では、長机を囲んで、部員全員によるミーティングが行われている。
窓側の上座には、向かって右に部長の梨子が、左に千歌が座る。残りは長手方向の左右に六人ずつ分かれ、奥から順に曜、遼香、菜々実、
花丸は今日も細長いパンを食べている。外袋にとぼけたキリンのイラストが描かれている沼津名物の菓子パンで、花丸はこれを常時一本は携帯し、口さみしくなった際の備えとしているのだ。
その横では、善子が立ち上がり、後輩の求めに応じて堕天使ヨハネとしての出自をとうとうと語る。
「クックックッ、よく聞いてくれたわね……では教えてあげましょう。私は本来、ヨハネという名を授かった、天界をつかさどる天使だったのです。なのに、私のあまりの美しさに神が嫉妬してしまったので、この地上において下劣で下等な人間たちを、私の闇の魔力であまねくリトルデーモンとして救済するため、堕天降臨したのです……」
堕天使の構えはいつもと比べて両肘の位置が高く、見た目の痛々しさが増していた。質問の主のかえでは、中二病全開の善子の立ちポーズと話の内容におびえ、ニキビが目立つ顔を引きつらせている。ほかの一年生も、内浦出身でAqoursをよく知るこむぎを除いて、困惑を隠さない。
「Aqoursのメンバーはみな、私と契約してリトルデーモンになっているわ……どう? あなたたちも堕天して、リトルデーモンに……なってみない?」
「……」
一年生たちはどうリアクションしていいのかわからない。
「『なってみない?』って言われても……」
ツインテールの桃子がそう返すのがやっとだった。
菜々実は、真正面の善子を直視できない。自分自身の話題ではないにもかかわらず、なぜか恥ずかしそうに顔を赤らめ、下を向いている。隣の遼香は歯を食いしばり、必死に笑いをこらえる。
そこへ天使のような澄んだ声が響いた。
「でも本当の名前は津島善子ずら」
「黙れずら丸! つ、津島善子というのは、あくまでこの地上における仮の名前であって……本当の私は、堕天使ヨハネ。だから私のことは、ヨハネとお呼びなさい……」
怒ったり焦ったりおどろおどろしかったり、声色をころころ変えながら弁明に努める善子の様子に、遼香は耐えきれず少しだけ吹き出す。
苦笑いの曜が一年生に明るく声をかけた。
「まあ、最初はドン引きでも、そのうち慣れると思うから」
千歌もフォローを入れる。
「怖がらなくていいよー」
梨子が、やれやれという表情で呼びかける。
「……堕天使さん、もうそろそろいいかしら?」
「あとは任せたわ、リトルデーモン・リリー!」
「だからリリー禁止って言ってるでしょ!!」