ラブライブ!サンシャイン!! Beyond the Horizon   作:Le Nereidi

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#2 練習場所がない!?(3)

 静真高校には「三年U組」というクラスがある。特別教室棟の端に設けられた教室の中は、並ぶ机が二十数個と少なく、左右と後方に余白の空間ができている。

 大型連休が明けた日の午後、その教室の窓寄りの席に、制服姿の千歌と梨子が着いていた。既に放課後で、あたりに生徒の気配はない。

「ナァ~」

 千歌が背伸びをしながら間の抜けた声を出す。

「梨子ちゃん、練習場所見つからないね」

「なかなか難しいわよね、外のスタジオを押さえるのは。駅前の練習スペースが使えなくなったのが痛いわ」

 曜の父親のつてで、Aqoursは過去半年間、沼津駅のすぐ北側にある複合施設のスタジオを優先的に使うことができていた。

「あそこはこの学校からだと近くて便利なのになー」

「一般枠で抽選に当たれば使えるけど、なかなかね」

「でもさあ、いつまでも基礎練習とか、一年生とランニングとかやってる場合じゃないよ。そろそろ本格的に始動しなくちゃ」

「とにかく、浦女の屋上に代わる場所が必要ね。体育館は朝だったら空いてるけど、私たち家が遠いから一時間も練習できないし。校内もスタジオもダメだとすると、結局いつもの海岸しかないのかしら」

「分校は使えないんだっけ?」

 千歌たち編入生が通わされそうになった古い木造の建物は、本校舎から南へ四キロ以上離れているものの、春休みに練習を行った島郷(とうごう)海岸よりは近い。

「ここに保管してあったいろんなものを、全部向こうの教室に運び込んでるはずよ」

「じゃあ、物置みたいになってるのかな」

「かもね。でもそれも今年一年だけって聞いたわ。大雨のたびに雨漏りがして、いつまでも置いておけないんだって」

「そんな所に私たちを押し込めようとしてたんだ」

 千歌は腕組みをしながら頬を膨らませる。

 そこへ、二年生が遅れてやってきて、廊下から声をかけた。

「お待たせしたずら」

「堕天使ヨハネ、新たに開かれた精霊結界に堕天するわよ!」

「うゅ」

 

 

 Aqoursの五人は部室へ行く。花丸がドアを開けると、部屋の様子がいつもと違う。

「ずらっ!?」

 長机が隅に寄せられ、小さなスペースができている。スマートフォンが発するメトロノームのクリック音に合わせて、遼香と菜々実がダンスの練習をしていた。

 遼香は胸に大きなロゴの入った赤いTシャツとグレーのジャージパンツ、菜々実は裾が斜めにカットされた緑のTシャツと白のミニスカートを着ている。入口から遠い側にいた菜々実が、自分たちを唖然と見つめるAqoursのメンバーに気づき、あわてて動作を止める。

 いつの間にか部室の入口に備え付けられていたファイルをルビィが見つけ、開いてみた。

「……部室の使用予定表?」

 既にマーメイズの練習予定が、週に二、三回のペースで記入されていた。

 それを横からのぞいていた梨子は、みるみる険しい顔になる。一つ二つ咳払いをしてから、いつもより低い声で、問いかけた。

「あなたたち、何してるの?」

 遼香かようやく練習を中断し、悪びれずに答える。

「何って、練習ですけど」

 梨子はルビィの手から乱暴にファイルをひったくり、室内に踏み込んだ。一枚だけ()じられた紙を、右の人差し指でトントンと軽く叩いてみせる。

「……で、このふざけた予定表とやらは、誰が作ったの?」

「私ですけど」

 間髪入れずあっけらかんとした遼香の返答に、人差し指の動きが止まる。

 数秒後。

 梨子はファイルから勢いよく、予定表を引きちぎった。

「あっ」

 誰かが小さく叫ぶ。

 ファイルのほうは床に捨て、手に残った一枚の紙を、梨子は無表情で、無言で、無造作に、無慈悲に、細かく破いていく。

 Aqoursの四人は、今まで見たことのない梨子の様相に、息をのんでいる。菜々実は半分涙目だ。だが、緊張を作り出した本人は、この事態を見通していたように、平然としている。

 紙の破ける音とメトロノームの音だけがしばらく部室に響いた。

 手元のものを細断し終えた梨子の周囲に紙くずが散らかっている。腕組みした梨子は、遼香と目を合わさず、静かな声で問い詰める。

「……ここはいつから、あなたたちの部屋になったの?」

「部室全体が使えなくなるわけじゃありませんし、私たちはこの程度のスペースがあれば十分です。だから予定表を……」

 花丸がとっさに両耳を塞ぐ。

 突然、大きな音とともにパイプ椅子が蹴り飛ばされた。涼しい顔だった遼香が、かすかに動揺を見せる。

 機を逃さず、善子が後方から歩み出て詰め寄った。

「あんたたちほかに練習する場所ないの?」

 対して遼香は強気の態度で、声を張り上げる。

「部室で練習できなかったらいったいどこで練習しろって? 誰かのコネで鏡張りのスタジオ借りられたあんたらとは違うんだけど?」

 にらみ合う善子と遼香。

「で、でも、練習場所の確保はそれぞれが自分たちで……」

 両腕を胸の前に引きつけたまま、弱々しい声でそう言いかけたルビィの純情な瞳を、遼香の眼光が鋭く射抜く。

「ピギッ!」

 小動物のような甲高く短い悲鳴を発したきり、ルビィは凍りついた。

 無機質なメトロノームの音が、等間隔で鳴り続けている。

「……まあ、みんな落ち着こうよ」

 千歌が、あえてゆっくりと、緩い口ぶりで、張りつめた空気を壊しにかかる。

「ここでずっと二人で練習されても困るけど……ちょっとだけならいいんじゃないかな?」

「千歌ちゃん!?」

「さすが元リーダーの高海さん、話がわかる!」

「あくまでちょっとだけだよ? それに、ちゃんと予定表に書いといてくれれば、だけどね。そうしてもらえば私たちも一年生も、予定が立つでしょ? それでどうかな」

 千歌の物わかりが良すぎて当惑する梨子の脳裏にふと、部室をシェアして練習していた軽音楽部の光景がよぎった。

「そうね、うーん……でも、部室は部員みんなで使うものだから、今ここで決めるんじゃなくて、全体ミーティングできちんと議論しましょう。今日はもうしょうがないからこのまま使っていいわ……ただし、とりあえず今日だけよ。結論が出るまでこのファイルは私が預かります。いいわね!」

 梨子は言いながら、予定表のファイルを床から拾い上げ、そのまま没収した。最後はいつになく強い口調だった。

「わかりました。お心づかい、ありがとうございます」

 遼香は丁寧におじぎをした。

「行くわよ」

 仏頂面の梨子を先頭に、Aqoursは立ち去った。

 

 

 ずっと鳴っていたクリック音を、菜々実がようやく止める。菜々実は一連のやりとりの間、顔をこわばらせ、遼香の後方で突っ立ったままでいた。

「……梨子さん、めちゃくちゃ怒ってたね。やっぱり先走りすぎたんじゃない?」

「大丈夫大丈夫。先手を打っとけばあとあと有利だから、このくらいやっとかないと」

 か細い声の菜々実とは対照的に、表面上は自信にあふれた遼香だが、その手のひらは人知れず、汗ばんでいた。

 

 

 梨子たちは、とりあえず三年U組の教室に戻った。

「なんなのよ、これ!」

 パーンと大きな音を立てて、ファイルが床に叩きつけられる。梨子の怒りは収まらない。

 善子も同調する。

「ったくどういうつもりなのよあいつ!」

「ルビィにらまれちゃった……」

 千歌は仲間をなだめようとする。

「まあまあ、遼香ちゃんのやり方はともかく、みんな練習場所見つけるの必死なんだよ」

「一年生はどうしてるずらか」

「そうだね。でもどっちみち五、六人が練習するには、部室じゃちょっと厳しいかもね」

「マーメイズが羨ましいずら」

 千歌は窓側最後尾の自分の席に、梨子はその右隣の曜の席に、二年生はその二人を取り囲む位置の席に、それぞれ腰掛けた。

 梨子が大きくため息をつき、愚痴る。

「それにしても、扱いにくい子ね、遼香ちゃんって」

「頭が切れるだけにね」

「なんかヤな感じでしょ? 昔っからあんな感じよ!」

「でも、ルビィと同い年なのに大人っぽくって羨ましいな……」

「マルと違って背も高いし。きっと舞台映えすると思う」

「ところで……」そのとき、さりげなく千歌が言った。「今日は、そもそも何するんだっけ?」

 ほかのメンバーは耳を疑い、一斉に千歌の方を向く。当人はけろっとした顔。

「……ええええっ!?」

 先日までリーダーだった人物とは思えない適当な発言だ。新しいリーダーのルビィがきちんと説明しようとする。

「千歌ちゃん、今日は新曲のコンセプトについて意見を出し合う、えーっと、ブ、ブレース、ブレーストン……」

「ブレーンストーミングずら」

「そう、それ!」

「あ、そっかそっか。そうだったね」

「千歌、最近ちょっといいかげんじゃない?」

「ごめんごめん、リーダー降りてからちょっと気が緩んじゃってさ。でもルビィちゃんがしっかりしてれば大丈夫だよ。ね!」

「う、うゅ……」

 ブレーンストーミングが言えなかったルビィは立場がない。それでも、いいかげんな千歌のおかげで、梨子の表情はほぐれていた。

「千歌ちゃんも最上級生なんだからしっかりしてよね。で、部室の代わりにどこでやるの?」

「面倒だからもうここでいいんじゃないかな」

 適当なのか投げやりなのか、よくわからない元リーダーである。

「学年の違うマルたちがずっとこの教室にいて大丈夫?」

「まあ、放課後はここ使う人いないしね」

 花丸への何気ない回答、しかしその内容が意味するものに、千歌は一呼吸遅れて気づいた。

 

――放課後はここ使う人いない――

 

「そうだ! いいこと思いついた!」

 いきなり椅子から立ち上がる千歌。勢いで、椅子は後ろへ吹っ飛んだ。

 

 

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