実に見事な秋晴れである。
こういう天気のことを絶好の試験日和と呼ぶのだろう。ヒーロー仮免許取得試験、なんて重々しい響きに感じる重圧が、ほんの少しだけ軽くなったかもしれない。
尤も、やや気が重いのは試験のせいだけではないのだ。同じ会場で試験に参加することになったせいで“お守り”をするはめになってしまった――少々難がある後輩二人のせいでもある。
「ア!! あのバス、雄英だ!!」
「うむ、そうだなイナサ。雄英もこの時期は仮免取得だろう。顔ぶれからすると一年生か、少々カリキュラムが前倒しのようだが……」
「地球人、増えた。いっぱい。小さい。可愛い」
「貴様も小さいぞ星乃、人のことは言えんだろう」
移動中のバスでは比較的静かだったが、会場につくなりこうだ。良く言えば元気、悪く言えば落ち着きがない。この調子だと試験開始までに何をやらかすことやら。
肉倉精児は頭が痛かった。この二人には果たして、士傑生としての自覚があるのだろうか?
一年生にして仮免試験への受験資格を許されたほどだ。実力はあるのだろうし、実際、肉倉もそれを認めよう。ここにいる二人の後輩たちは優秀である。
だがそれと普段の言動は別だ。士傑の校風からも浮いているとはっきり言えるような、実にユニークでフリーダム(つまりは常識がない問題児)のお目付け役を任されたことは素直に苦痛である。
人の話をまともに聞く気がないらしい後輩たちに目をやり、肉倉は小さくため息をついた。
夜嵐イナサ。個性は旋風。
大柄でガタイが良く、如何にもといった熱血漢。やることなすこと豪快で、何かにつけて馬鹿正直。そこがヒーローとしての魅力に繋がるのだろうが、振り回される側としてはたまったもんじゃない。
影巳星乃。個性は影踏み。
一方のこちらは華奢で小柄。儚げに見える美少女。だがそう見えるのは最初だけ。彼女は自らを「宇宙人」と名乗る、超絶電波娘である。普段は無表情で大人しいが、急に突拍子もないことを言い出したりする。
まあ、後輩たちが可愛くないわけではない。
多少なりとも変な奴らではあるし、問題児であることには変わりないのだが、彼らなりに先輩である肉倉たちをリスペクトしていることは伝わってくる。彼らが自由に動くのも、それなりにこちらに好意を向けてくれている証拠だろうし、そう思えばこの苦労なんて――…
「せーの!
「
……前言撤回。勝手に士傑生の群れを離れ、嬉嬉として雄英の円陣に加わるイナサは非常に可愛くない後輩だ。
その場で空に両手を掲げ、首を傾げている星乃の方がまだ可愛げがある。謎の呪文のようなものを唱えているようだが、それを聞こえないものとして扱えば他所様に迷惑をかけていないだけ可愛らしい後輩じゃないか、多分。
今すぐにでも個性で捏ねてやりたい気持ちを抑えながら、肉倉は冷静に、できるだけ穏やかに、余裕を持って口を開いた。
「勝手に他所様の円陣に加わるのは良くないよ、イナサ」
「ああ、しまった!! どうも大変、失礼、致しましたァ!!」
その結果、謝意を表すために頭を下げたイナサが地面に頭突きをかますことになってしまったが、まあ、まあいいとしよう。頭から見事に流血しているのは見なかったことにする。
流石の雄英もこれにはざわめき、困惑しているようだった。むしろこれで平然としていられる方がおかしいし、実際肉倉なんかは何回見ても動揺する案件なのだが。
もうこれ以上騒動を起さないでくれと思ったが、それが通じる相手ではない。ここまでくれば最早平常心。妙に心が落ち着いているのは、おそらく現実逃避というものが発生しているせいだろう。
「一度言ってみたかったっス、プルスウルトラ!! 自分、雄英高校大好きっス!!」
目を爛々と輝かせたイナサは、頭から血を流しながら元気に話す。
それに同調してしまったのか、もうひとりの後輩もざわめく雄英生へと目を向けた。何かを調べるように上から下までじいっと見つめ、ふむふむと何かを考えている様子。
仮にもクラスメイトであるイナサを止めるつもりなのか、と期待する方が馬鹿である。何故か星乃はその場で謎のポーズを取りはじめ――彼らの電波を受信しているつもりなのだろうか。
「……みんな地球人だ。イナサが好きって言うから、もしかしてって思ったけど……残念」
「ありゃりゃ、そうスか!! でも雄英ってスゴいんスよ!! 競えるなんて光栄の極みっス、よろしくお願いします!!」
台詞だけ聞けば体育会系好青年の挨拶だったかもしれないが、頭から流血している上、横に謎のポーズをキメる女子がいるのだからどうも締まらない。というか最早気が狂った光景だ。
事情を知らない雄英からすれば逃げ出したい状況だろうが、事情を知っている肉倉からしても逃げ出したい状況には違いないので、本当にどうしようもないのである。
「そのー、大丈夫なんですか、血……」
「血スか!? 平気っス! 好きっス、血!」
「うん。イナサ、地球人の血が好き。平気。いつも見てる。元気」
「いつも見てる!? 元気!?」
雄英生たちの気遣いすら逆効果。非常に危険で、良くない誤解を生みそうな台詞たちだ。
別にイナサは人間の血を愛するヤバい奴ではない。流血するくらい厳しい特訓だって平気で元気にこなすタフネスな奴であり、おそらく星乃はそれを伝えたかったのだろうが、残念ながら逆効果である。というか言葉が足りなさすぎる。
これ以上、長居して誤解を広げるのもアレだろう。
もう一度小さくため息をついてから、肉倉は二人に声をかける。
「イナサ、星乃。行くぞ」
「ア、はい!!」「……はぁい」
まったく、返事はいいし素直なのだ。
こういうところは可愛いとも思わなくもないのだが。
ざわめく周囲は気にしないことにして二人を回収。半ば無理矢理にも近い撤退だが、まあいいだろう。何か言ってきそうなケミィも今日は随分と大人しい。
「仮免試験どうなるかなー! 楽しみっスね!!」
「……そうだね。ちょっとどきどき」
「アー、ワクワクしてきた!! ちょっとグラウンド十周くらいしてきていいスか!?」
「やめろイナサ。普通に迷惑だ」
「イナサがつけたグラウンドの足跡。……電波受信の要、一種のミステリーサークル?」
「やめろ星乃。他所様のグラウンドで宇宙感交友を試みるんじゃない」
先輩とは、本当に大変な立場である。
彼らは士傑高校の伝統や、ヒーローが現在置かれている状況を理解しているのだろうか? 理解した上でこの言動ならば、ある意味オールナイトもびっくりな大物である。
今にも駆け出しそうなイナサの襟首を掴み、それに便乗しそうな星乃をやんわりと諌めながら肉倉は思った。
◇◇◇
結果だけ報告しよう。肉倉精児は一次試験に落ちた。
肉倉は雄英高校を好ましく思っている。だがその反面、爆豪勝己など粗暴な生徒で構成された一年A組は不快だ。ヒーロー殺しステインの影響であると言われれば確かにその通りかもしれないが、好ましく思えないものは逆立ちしたって好ましくない思えないものである。
ぐちゃぐちゃの戦況で諸悪の根源共と接触したまでは良かったが、案外奴らはヒーローとしての自覚を持っており――逆にやり込められる結果となってしまった。
何が問題だったのだろうか。実力でいうならば肉倉とて劣っているはずがなかった。優れた個性を持っており、日々それを磨いてきた人間なのだから。
「あのですね、肉倉くん。君が今回そうなったように、“否定”や“嫌い”を原動力にすると、時に目が曇り行き過ぎてしまうんですよ」
肉倉と共に二次試験の会場を見守る教師が言う。
引率の教師のくせに気が弱いところがあり、イナサと星乃の制御こそはできていかったものの――彼が言うことは存外正論だ。
足りていないものがあったとすれば、精神か。自分は落ち着いた冷静な人間だと思っていたが、自己分析とは当てにならないものだ。
「ですから省みてください。会場の生徒たちは良い行動も悪い行動もするでしょう。それらすべてが君の学びになります」
……会場の迫力は、見学席にも伝わってくる。
実力は確かだがどうも前傾姿勢が強すぎるように見えるイナサ。個性のコントロールは見事だが、救助における経験と判断力がやや不足している。雑、という評価が下されても仕方ないだろう。
一方の星乃は地味だ。不自然に倒れない瓦礫は、おそらく彼女が個性「影踏み」で止めているから。おそらく地道に救出活動を行っているのだろう。だがそれを考慮に入れても、少し大人しすぎる。
「やはりイナサは前傾姿勢である。……何かと張り合っているようにも伺える。良くない傾向だ。」
「……なるほど。良い気付きですね」
「反面、星乃は消極的だ。堅実であるのは確かであるが、助けを求められてはじめて行動に出ている。積極性が不足しているのではないか」
「よく見ていますね、肉倉くん」
案外、足して二で割れば丁度よくなるのかもしれない。
ここにいる士傑の一年生、成績は申し分ない二人はどうもどこか危うくて、目を離すことができなかった。
「これから事態は急変するでしょう。取り返すならここからです」
気の弱い教師も、二人を心配しているように見える。
逆に言えば他の二年生たちは大丈夫だという確信があるのだろう。この絶対的な一年のアドバンテージと、二人の未成熟な部分がどう転ぶかが不安なのだ。
個性的なのは元より承知。だが精神的に未熟である部分がないとは言いきれないのは、漠然とした不安へと繋がる良くない部分だ。
イナサも星乃もヒーロー志望なのは間違いない。
その気持ちに揺るぐものはないだろう。ヴィランへと転ぶことはないと言い切ることができる。
だが世の中の人間は、善と悪で割り切れるわけじゃない。
善とも悪とも言いきれない感情に振り回される……あるいはそれに気づかないフリをしたせいで生まれてしまった、言い表せやしない“何か”によって、事態は幾らでも変化する。
二人はそのことに気付き、改めることができるだろうか。
可愛らしいとは言いきれない後輩たちだ。
けれどこの試験が、どうか彼らにとって学び多いものであってほしい。
そう思えるだけ、肉倉精児は大人なのかもしれない。