宇宙人なんていない。   作:るいるい**

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第2話:宇宙人にコンニチハ。

 何度探しても自分の名前は見つからない。

 轟焦凍は、それを当然のことだと思う。協力なんて微塵もできなかった上に、試験中にあれだけ大きな喧嘩をやらかしたのだ。これで仮免許を取得できた方がおかしいのである。

 かといって、落胆と寂寥がないわけではない。当たり前の結果であると噛み締めた上で、自らの至らなさには胸が苦しい。

 

「轟!!」

 

 掲示板を見つめていると、大柄な男が近づいてきた。

 潰れそうな大声。近づけば分かる威圧感。

 夜嵐イナサだ。轟が、試験中に喧嘩した相手。エンデヴァーの元フォロワーで、おそらく今はアンチだと思われる。

 いざこざを起こした原因は、きっとお互いに未熟だったから。お互いに良くない部分があって、それが明らかになってしまった結果だ。

 

「ごめん!!」

 

 なのに、彼は謝罪する。まっすぐに頭を下げる。頭を地面に激しく打ち付け、流血するような勢いで。

 あんたが合格を逃したのは俺のせいだと。俺の心の狭さのせいだと。

 豪快に見えて繊細なこの青年は、どこまでもまっすぐなのだ。熱血馬鹿であるせいで前傾姿勢が過ぎているが、所謂“イイヤツ”にあたる人間なのだ。

 

「元々俺が撒いた種だし、よせよ」

「でも! ごめん!!」

「……お前が直球でぶつけてきて、気づけたこともあるから」

 

 これまでの道程も。エンデヴァーというヒーローの息子であるということも。それがヒーローを目指す上で背負わなければならないものだということも、ぜんぶ。

 周囲が少しざわめいた。轟は雄英一年A組の優等生。爆豪と並ぶツートップ。彼が試験に落ちたという事実は、あまりにもセンセーショナルであったらしい。

 

「轟……落ちたの?」

「うちのツートップが両方落ちてんのかよ!」

 

 芦戸も瀬呂も困惑している。

 あまり興味を持っていなかったが、どうやら爆豪も試験に落ちていたらしい。日頃の言動が言動なので、残当といえば残当か。

 当の爆豪からは殺意にも近い圧を出しているようだが、轟はあまり気にしていなかった。

 それはそれ。これはこれだ。今は試験を振り返り、できる反省をしていかなくては。

 ここでイナサと出会い、ぶつかることができたのは悪いことでなかったと信じたい。気づくべきことに気づけたことを、改めるべきことを見つけたことを、幸運と言わずに何と呼ぼうか。

 

 兎にも角にも轟にとって、ショックは酷くなかったのである。

 けれどマイペースすぎる彼は、接近する電波に気づかない。

 

 ◇◇◇

 

 爆豪勝己は聡い少年である。

 紛うことなき才能マン。それに胡座をかかず努力を重ねる貪欲さ。そして、有り余るエゴを貫くだけのタフネス。

 はっきり言おう。爆豪は努力をする。彼には彼なりの信念があり、れっきとしたヒーロー志望の人間だ。

 けれどあまりに乱暴で粗野なその言動は、他人を誤解させやすい。本人はそれを訂正するつもりがないし、誤解なんて勝手にしておけというスタンスなのであふ。

 彼は弱い人間に傅かない。守ってやるつもりもない。

 だからおそらく、この結果は当然のこと。

 

 合格者一覧に、爆豪勝己の名前はなかった。

 

 切島が困惑した表情で爆豪を見る。

 爆豪は血走った目で一覧を見る。穴が開くほどガン見しようが、幾ら殺意を向けようが、そこに彼の名前はない。

 轟も不合格だったと周囲が騒がしいが、それが何の問題なのだろう。

 しいて問題があるとすれば、道端の石ころだったはずの人間がこの試験に合格していることくらいで――…

 

 いや、やめろ。おそらくアレは選ばれたのだ。だから当然。

 いや、何が当然なのだ? どうしてアレが選ばれて、爆豪勝己は選ばれなかった? 自分には何が足りなかった?

 アレにあって自分にないもの? 憧れたものは同じ。先を進んでいたのは自分だった。努力だって欠かさなかった。それに胡座をかくことも、足を止めることだってなかった。

 なのにどうして。何故。どうして。何故――…

 

「……おんなじだ」

 

 混濁する思考。発狂しそうになる寸前。

 声がした。聞き覚えのある声だ。

 切島や上鳴の近く。爆豪のすぐ隣。華奢な少女が立っていた。

 思いっきりガンを付けてやる。だが、彼女は怯まない。

 むしろひらひら手を振ってくる。余裕か。

 

「わたしも名前、なかった。たぶん、あなたと一緒」

 

 今朝の士傑生。夜嵐イナサの隣にいた女子だ。

 如何にもトロそーな電波女。変なポーズをしていたが、峰田は美少女だと騒いでいた。実に峰田らしい反応だ。

 爆豪は彼女の容姿を覚えていたわけじゃない。ほんの一瞬、彼女と目が合った……ただそれだけ。

 彼女を記憶していたのは理由はひとつ。他でもない相澤が、士傑の一年生について話していたからだ。

 

 ――影巳星乃。士傑高校一年生。

 大した活躍こそないものの、成績ではイナサと並ぶほど優秀。実力も彼並みだと推測できる要注意人物。

 実際、一次試験ではいい動きをしていたらしい。目撃した飯田曰く、彼女と対峙した相手は身動きすら取れないようだった、いつの間にか相手の失格が確定していたのだと。

 だが彼女の口ぶりからすると、二次試験落ちらしい。

 理由が何かは分からないが、爆豪が言うことなんてひとつに決まっている。

 

「は? 一緒にすんなや電波女!」

「こら爆豪! ほぼ初対面だろ、初対面!」

 

 切島が宥めてくるが、知ったことか。

 呻くような声で爆豪は吠える。だが当の本人は狼狽えることもなく、こちらを見て小さく微笑んだ。

 

「……そっか。電波女か」

 

 緩められたのは赤い瞳。見つめられれば吸い込まれてしまいそうだ。

 真っ白な星の色をした髪は士傑の黒い制服によく映える。

 ほんの一瞬の微笑にどきりとする。誰にも見つからないところに隠した混乱も困惑も、すべてを見透かされてしまいそうで。

 不気味に見えた。そして同時に、柔らかく見えた。

 

 一瞬の表情が、やけに頭にこびりついた。

 

「当たってる。だって私、宇宙人だもん」

「…………は?」

「だからヒーローになって、故郷の星に帰るの」

 

 残された言葉で、頭を殴られたような心地。

 種類の違う混乱が爆豪を襲う。おそらくそれを感じたのは彼だけじゃなくて、周囲にいた切島と上鳴も。

 

「おーーい、星乃さん!! プリント配るって!!」

「……分かった。すぐ行く」

 

 奇妙な気持ちを植え付けてくれた電波女はイナサに呼ばれ、爆豪たちに背を向けた。

 小さな背中。不規則な歩調。けれど難なく人混みをかき分け、一回り大きいイナサの隣を確保する。定位置なのだろうか。

 プリントを受け取った彼女はそれを逆さまにしてみたり。光に透かすように掲げてみたり。

 

「な、何……もしかして、不思議チャン系?」

 

 何だったんだ、といった顔をする切島と上鳴。

 そんなの爆豪の方が知りたい事情である。何故か妙に懐かれてしまったような、そんな気配すら感じた。

 

 おそらく、ただのキャラ作り。ヒーローには個性が求められる。だからあのようなユニークな言動も差別化には役に立つのだろう。

 もしくは、ただ単に構ってほしいだけか。妙な言動をすれば視線は自然と集まるだろうし、注目株にもなれるだろう。

 

 そうは分かっていても、妙に注意を向けてしまうのは何故だろうか。

 果たして何が原因なのか。

 

 一瞬だけ、何かが交わった。それが何かは分からなかった。

 けれどその一瞬だけ、神野から爆豪に付き纏う靄を忘れることができた気がした。苦しめるそれが消えた気がした。

 ショック療法の一種なのかもしれない。感謝をする気はなかったし、本人にその気はないのだろうけれど。

 

 ――ただ一瞬。ただ、それだけ。

 

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