講習でまた会うと思う!! けどな! 正直まだ好かん!!
先に謝っとく!! ごめん!!
……何ともイナサらしい別れの言葉である。まっすぐである種の快さを感じるが、心遣いのポイントが少し、いやかなりズレている。
そんな仮免試験会場でのイナサとの別れからしばらく。
今日から二次試験不合格者たちの補講がはじまる。
天候は見事な秋晴れ。雲ひとつない快晴。
しかしどこか空気がどんよりしているのは、集まった子どもたちが全員“不合格者”であるからだろう。補講はいくつかの会場で行われるためここに集まったのは約10人。いずれにしても浮かない顔をしている。
「後ろ歩けや……」
いや、例外もいる。
同じ学校だという理由で会場も同じ、轟の後ろを歩かされている爆豪勝己。すぐにでも絞め殺してやる、というような雰囲気を出しながら歩く爆豪に「浮かない」だとか「どんより」だとかいう言葉は似合わない。
そして何より――…
「おーーい!! 雄英ーー!!」
大柄な身体を弾ませて、手をぶんぶん振りながら近づいてくる夜嵐イナサ。今日も今日とて絶好調である。
和解をしたとはいえ、どうも彼とはテンポが合わない。少々気まずい気持ちが無いわけでもないが、彼を無視する轟ではなかった。
「夜嵐か、久しぶりだな」
「俺、決めたんだ! あんたと必ず親友になってみせるって!!」
「……急だな。無理に親しくしなくてもよくねェか」
「んん!!」
爆豪は不機嫌そうに舌打ちしていたが、それに怯むこともなくうろたえることもなく、イナサは元気だ。随分とテンションが高く――いや、イナサは常にこの調子か。兎にも角にも、悪い関わりではないだろう。
傍らの爆豪は寄るな触るな関わるなオーラ全開であることだし、見知った人物が近くにいるのは正直やりやすい。
接近の仕方に問題があるものの、ほんの些細なことである。
「……イナサ」
どう話を切り返そうかと思案していると、不意にイナサの外套が引っ張られた。轟が目を向ければ、隣に小柄な少女が立っている。
黒い制帽に、黒いスカート。士傑高校の制服だ。
黒づくめの制服に真っ白な髪がよく映える。少し癖のある髪を編み込んだショートヘア。少し幼げな印象を受けた。
目立つのは大きな瞳。不気味なほど透明なその色は、吸い込まれそうな赤だった。
少女はあくまで無表情である。怒っているのか、呆れているのか。
はたまた面白がっているのか、正直、よく分からない。
彼女は自分よりひと回りほど大きいイナサを見上げるようにしながら、淡々と口を開いた。
「……他人のパーソナルスペース考えるって、約束」
「おっといけね! そうだった!!」
「……セクハラと勘違いされたら、困るのはイナサ」
何だか注意の方法が見当違いなような気もするが、彼女は完全にイナサの扱いに慣れている様子。
イナサもイナサでまっすぐな
「轟!! ごめん!!」
「いや、別に。俺たちは男同士だからセクハラになんねェし」
「……はっ」
「そうか!! 確かに!!」
この二人、案外似たもの同士なのかもしれない。天然というか、どこか抜けているというか。
轟もよく天然だと言われるので、もしかすると三人ともそうなのかもしれない。最早ツッコミ不在の現場である。
「そんで、ソイツは?」
「ああ、轟とは初対面か! ええと、同じクラスの星乃さんっス!」
「……どうも、影巳星乃です」
同じようにイナサが轟を紹介すれば少女――影巳星乃は頭を下げた。ぺこりと小さなその動きは、何かの小動物に似ている。
つられて轟も頭を下げると、星乃の瞳が緩く弧を描いた気がした。
「同じクラスってことは、影巳も一年か」
「そうそう! 影巳さんは結構凄くて、士傑1年の中でも相当の実力派なんスよ!! 凄い!!」
「……実技はイナサのが上。イナサのが凄い」
どうやら、お互いがお互いを認めているらしい。
士傑はあまり他者と馴れ合わない、近づきがたい雰囲気を持っている生徒が多い印象を受けるが、この二人は別なのだろう。クラスから浮いている者同士なのかもしれないが、よい友人同士らしい。
「それで……アレ、これって言っていいんだっけ?」
「……言っていい」
「よし、じゃあ言おう! そんで星乃さんは……」
イナサは爛々とした瞳で続ける。
その瞳に、欠片だって嘘はない。そもそも彼は嘘が付けないタイプだと、轟は思っていた。
だから多分。この言葉だって本当のこと。
何気なくイナサが口にした紹介に、轟は目をまん丸にする。
「――実は、宇宙人なんだ!!」
宇宙人? 宇宙人といえば、あの?
だが目の前にいる星乃はごく普通の女の子に見えるし、エイリアンが擬態しているようにも思えない。そもそも宇宙人が仮免許取得試験に落ちて補講を受けるなんて、前代未聞ではないだろうか。
「……そうか、凄ェな」
しかしながら轟も素直であり、ド天然な男であった。
イナサの言葉がすとんと通って、妙に納得してしまっている。証拠なんてどこにもなかったが、見事なまでに信じてしまった。
この反応は少し要素外だったのかもしれない。
あっさり受け入れた轟を見て瞬きをした星乃。あいかわらずの無表情だが、その表情が得意げに見えるのは気のせいだろうか。
「私の故郷は月。地球には研修に来たの。だから地球で勉強して、プロヒーローになって……故郷の星に帰る。それが目標」
「そうか。士傑は宇宙規模だな」
「ア! これ大人には内緒スよ!! 多分信じないだろーし!!」
「ああ、分かった。緘口令だな」
突拍子もない会話。それが何故か受け入れられている光景。
一同は噛み合っていないが和やかな雰囲気に――…
「まーーた言ってンのか、ソイツ」
……ならなかった。
今までのやり取りに、遂に痺れを切らしたのだろう。青筋を立てた爆豪が乱入。
すると星乃は少しだけ、驚いた表情を見せた。心なしかその赤い瞳がぱあっと輝いたようにも見える。
「……あっ、仮免落ちたひと」
「それはテメェもおんなじだろが!」
「えっ何? 知り合いスか!!」
「……うん。会場で見つけた面白い地球人」
「テ メ ェ も 地 球 人 だ ろ う が!!!」
爆豪に凄まれようが、星乃は顔色ひとつ変えない。
図太いのか、あるいは気にしていないだけなのか。ある意味凄いなと、轟は思った。士傑生はメンタルが強いのだろうか。
……そして、ふと考える。
ここにいるということはつまり、星乃も試験に落ちたのだ。
士傑高校の中でも実力派。イナサと同じく一年生にして仮免試験を受けることを許可された生徒でありながら――彼女は、どうして不合格だったのか。
イナサが不合格だった理由は、轟と喧嘩したからだ。爆豪が不合格だった理由はおそらく彼の不良じみた言動のせいだろう。
では影巳星乃が不合格になった理由は何か?
この言動のせい? いや、ユニークで奇妙ではあるが、決して暴力的ではないし、主要な原因が言動だとは思えない。試験中に「宇宙人」に言及することがあったとは考えにくいし、彼女がここにいる理由は他に存在するはずだ。
「私の故郷は月……だから、地球人じゃない」
「さっきから月がどーたらこーたら……月には何遍も人類が到達してンだよ! 生命体はいねェって結果出てンだろーが! 馬鹿か!」
「……ほら、地球人はまだ幼年期だから。月のひとを見つけるだけの技術がないの」
「はぁ!?」
「戦争にならないように宇宙人は隠れてる。……大丈夫。月のひとは温厚で、子ども相手に大人げないことしないから。そんなふうに怖がらなくっても、いいよ」
「誰がいつ何処で怖いっつった!?」
透明な声に、不透明な会話。わざわざ星乃の話に付き合ってやるだけ、爆豪の妙な面倒みの良さを感じる。
まあ、今は考えるだけ無駄だろう。共に補講を受けていれば自ずと理由が分かるはずであるし、自分の身に生かすのもそれからでいい。
そう考えているうちに、ふらふらと目良が現れた。
「えー、目良です。今日から仮免講習が始まります。と、いうわけでよろしくお願いします。頑張りましょうね」
相変わらず覇気のない男だ。マイクを通じて放たれた声がふらふらしている。顔色もより一層悪く、目が完全に据わっていた。
それからお経のような注意事項を垂れ流した後、ホールの扉が開く。
現れたのはギャングオルカ。仮免講習の始まりだ。