宇宙人なんていない。   作:るいるい**

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第5話:宇宙人とセッキン。

 どれほど回を重ねようと、影巳星乃が会場にいる。

 まあ彼女も仮免試験に落ちているわけだ。紛うことなき補講対象者であるわけだし、当然ではあるのだが。

 

「……あ。カツキくんだ」

 

 爆豪にとって運が悪かったのは、補講初日のペアの相手がよりにもよって星乃であったこと。

 そして講習初日の模擬戦が何かと振り返りとして用いられ、それ以後の訓練の相手として星乃が選ばれてしまったことだ。

 やけに馴れ馴れしい彼女を舌打ちで出迎える爆豪だが、それに怯む様子はない。自称:宇宙人は、今日も今日とて肝が据わっている。

 

「……今日もよろしく」

「よろしくしねェよ電波女! 散れや!」

「散るのは大気圏の星だけ。宇宙人のロケットには特別な細工がしてあるから流れ星に見えるけど、散ったりしないの」

「ンなモン知るかよ! つーかいつまでその設定引っ張っとんだ」

「設定じゃなくて、事実」

 

 そして今日も絶好調だ。

 爆豪が何を言おうと自分は宇宙人だの一点張り。頑として譲ろうとはしないし、キャラ作りという説を否定し続けている。

 他の生徒に対してもこの調子らしく、講習においても星乃は完全に浮いていた。本人は気にしていないようだが、幾分とアレである。

 

「爆豪と星乃さん、今日も仲良しっスね!!」

「仲良くねェよ、死ね!」

「悪ィな、星影。いつも爆豪がうるさくて」

「うるせェのはこの電波女の方だろーが!!」

「……大丈夫。地球人はこれだから面白い」

「何面白がっとんだ殺すぞ!」

 

 最早このやり取りは、補講でのお約束になってしまった。

 非常に遺憾な事態であるが、爆豪が何度ブチ切れようと奴らの天然っぷりは変わらない。

 耐えるという選択肢以外、最早存在しないのであった。

 

 ◇◇◇

 

 だが、そんなお気楽なことばかりではない。

 ハードであるという前評判通り、この補講はいつも厳しい。

 男子だろうが女子だろうが同じカリキュラム。タフネスの塊である爆豪ですら意識の遠のくような講習であるのだから、女子である星乃にとっては相当の苦痛だろう。表情こそあまり変わらないものの、たまにふらついているように見える。

 星乃にそのことを聞けばきっと「宇宙人だから問題ない。次のメンテナンスで直す」なんて言葉が返ってくるだろうから聞くつもりはないし、そもそも彼女を気にかけてやる道理はないけれど。

 

「……カツキくん、もしかして怖がり?」

「……あ゛ぁ?」

 

 与えられた10分の休憩。

 個性抜きでの身体訓練に音を上げる生徒が多い中、爆豪の隣で星乃が言う。ちびちびと水分補給しながら呟いた彼女の表情から、特に特別な感情は感じられない。

 嘘をついているわけでも、構ってほしいわけでもないらしい。

 特段に妙なことを言ったつもりもないようで、爆豪が眉を寄せ睨みつけようと、彼女は目を逸らさなかった。

 吸い込まれそうな赤い瞳が、じいっと爆豪を捉えている。

 

「……何処に目ェついとんだ」

「ここにふたつ。宇宙人にもいろいろいるけど、私の目はこれだけ」

「そういう話はしとらんわ!」

 

 ちゃんと話をする気があるのか、ないのか。

 星乃の調子はいつも通り。普段通り、安定と信頼の電波女。だからほんのちょっぴり――ほんの少しだけ、調子が狂う。

 図星であるわけがない。

 爆豪は強い。何かに臆することはない。怯えることもない。怖がったことだってない。強いのだから、当たり前だ。

 

「……仮免落ちたときから、そう思ってて、」

 

 だから今の星乃の瞳だって。

 すべてを見透かしてしまいそうなその赤に、爆豪が怯えるわけなんかないのである。今も痛む隠した傷を、抉られるわけがないのである。

 

「私たぶん、間違ってない」

 

 人工芝が気になるのだろうか。手持ち無沙汰に指先で地面を弄りながらも、星乃は視線を逸らさない。他の誰でもない、爆豪を見ている。

 真正面から、爆豪勝己だけを見つめている。

 

 以前、似たようなことを麗日にも言われたことがあった。

 爆豪はまるで、緑谷に怯えているようだと。怖いから彼を威嚇して、遠ざけるようにしているみたいだと。

 勿論、否定しようとした。思いっきり噛み付こうとした。

 けれど「違う」とは叫べなかった。麗日からの問いの答えはそれだ。

 

「……怖がりだったら、何だっつーんだよ」

 

 爆豪は、オールマイトを終わらせた。

 オールマイトは爆豪のせいではないと言う。限界は近かった、終わることは決まっていた、と。

 爆豪の弱さのせいでオールマイトが終わったわけじゃない。爆豪は弱いわけじゃない。憧れたものが間違っていたわけでもない。爆豪は、とても強い男であると。

 

 だが、それが何だというのだ?

 いつか終わる運命であったとしても、それを早めたのは爆豪だ。とどめを刺すきっかけを作ったのは爆豪なのだ。

 その事実は変わらない。目を逸らすわけにはいかない。

 オールマイトは間違っていない。爆豪勝己は強い男だ。

 だから爆豪は最も見たくない――自分の身体のいちばん柔らかい部分に負った、決して消えないおぞましい疵と、それを負わせた最大の悲劇から――どうしても、目を逸らすことができない。

 

 お互いに認め合う? まっとうに高め合う?

 良い響きだ。世間の理想だ。オールマイトが望むことだ。

 自我を貫いて生きてきた。今のままでは駄目だと言われた。気付かされた。直さなければならない。

 けれど、いつまでも疵が痛む。じくじくと、音を立てているかのように。

 何度もへし折られたプライドが疵口に刺さって、応えようとするほど痛むのだ。

 爆豪勝己は強い男だ。才能がある。体力がある。疵にだって耐えられる。痛みにだって勝つことができる。

 

 ――だが、そんな爆豪を誰が見てくれる?

 ――今も痛み続けるその疵を、一体誰が認めてくれる?

 

 爆豪は強い。強いのだから、爆豪は平気。

 一度弱さを晒したことがある。俺は弱いと吠えたことがある。

 それでも正しきオールマイトは、爆豪のことを強い男だと言った。

 ならば爆豪は強く在らねばならない。負った疵に耐えなければならない。

 庇護されるなんてまっぴら御免だ。折れずに残るプライドが、爆豪の身体を持ち上げ続ける。

 

 ――見てほしいとは思わない。認めてほしいとも思わない。

 

 けれど、この疵をどうすればいい? いつまで耐えれば報われる?

 どうしようもなく、爆豪は人間だった。人間である以上、怪我をすれば「痛い」と思う。

 誰しも「痛い」ことは「怖い」のだ。

 折れて折れて、何度も壊れて、でもその度に起き上がって。貫き続けた自我を取られて、尖り続けた自分を丸められて。耐えて耐えて、取って。削れて削れて、協調して。

 

 あとどれだけの「痛い」を繰り返せば、痛み続ける疵と生きることができる?

 

 爆豪は嘘をつかない。

 耐えられると思うから「できる」と言うのだ。実行できる力があるから「やる」と言うのだ。

 たとえ相手が嘘の塊のような自称:宇宙人であろうと、そのスタンスは覆さない。

 赤い瞳を睨みつけながら、星乃の次の言葉を待つ。何のつもりで、彼女はこんなことを尋ねたのだろう。

 無表情のまま爆豪を見つめる、彼女は何を――…

 

「カツキくんにも故郷があればいいな、って思う」

「……はぁ!?」

 

 返ってきたのは、いろいろ考えたことが馬鹿らしくなるような返事。

 けれど、その時の星乃の顔は真剣に見えた。不思議と、嘘をついているようには見えなかった。

 

「地球、ちょっと狭すぎるよね」

「狭かねーわ! お前が故郷だっつってる月の方がちっせぇだろーが!」

「本当はね、もっと大きいの。特殊なセンサーを使って地球人には小さく見えるようにしてる。すぐ近くの星が大きいと、地球人はびっくりしちゃうかもだから」

「隠蔽理由が謎すぎるわ! 設定ならもっと丁寧に練れや!!」

「設定じゃなくて、事実」

 

 宇宙人を名乗る電波女が言いたいことは、いつもよく分からない。

 からかっているわけでも、馬鹿にしているわけでもないようだ。爆豪は星乃のことを理解できないし、理解してやるつもりだってないが、それくらいのことは分かる。

 だとすれば、彼女は何を言いたくてこんな話をしたのだろうか。

 

「……ねぇ、カツキくん」

「ンだよ、しつこいな電波女!」

 

 ツッコミに疲れた爆豪が水分補給をしていると、再び星乃が話しかけてくる。

 先程の真剣さはどこへやら。ほんの世間話でもするかのような調子で口を開く。

 

「もしも故郷の星があったら、カツキくんは星へ帰りたい?」

 

 くだらない話だ。馬鹿馬鹿しい話題だ。

 けれど、敢えて乗ってやろう。冗談から生まれたような、自称:宇宙人にも分かるように。

 

「俺は絶対ェ帰らない。意地でも地球で生きてやる」

「……どうして?」

「ンなモン、決まってんだろ」

 

 珍しく、星乃は驚いたような顔をした。

 予想外の返答だったのだろうか。気にせず爆豪は、吠えるように続けた。

 

「馬鹿にされたまんまで帰れるか! 地球人全員、平伏させて()る!」

 

 何度か、星乃が瞬きをする。ゆっくり、何かを噛み締めるように。

 その後表情が緩んだのは、爆豪の答えが気に入ったからだろうか。

 

「……そっか」

 

 それとも、残念だったからだろうか。

 星乃の笑顔が寂しそうに思えた。理由が何かは分からなかった。

 宇宙人というよりは、迷子の子どものように見えた。

 

「おんなじじゃ、なかったね」

 

 それはただのひとり言だったのかもしれない。

 爆豪が何かを言うよりも前に、休憩終わりを告げるアラームが鳴る。

 

 それ以上、星乃は何も言わなかった。

 

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