[完結済み] この夜に祝福を。 作:Rabbit Queen
いろんな人に出会い、共に乾杯し、そして、去っていった。
あの世界では、決して手に入る事が出来なかったそれらが、ここにはあった。
多くの夜を。多くの月を。私は過ごし、私は見てきた。
そうしてやっと、私は初めて、世界というものを好きになれた気がした。
本当にありがとう。私を、ここに連れてきてくれて。
――ありがとう。
多くの人が青年を祝福した。
多くの人が青年を愛した。
多くの人が、青年に救われた。
青年、佐藤和真は、その生命を削り、魔王を倒した。
誰もが知っている、青年の偉業を。
誰もが覚えている、青年の名前を。
誰もが嘆いている、青年の死を。
多くを魅了し、守り、そして消えていった青年を、誰も忘れない。
私も、そしてアクアさんも、
こうして、乾杯をする度に思い出す。
今もこうして、隣で笑う和真さんの声が聞こえるような気がして。
「ほんっっとに!!女神様を置いて死ぬとかありえないわよ!!!」
アクアさんはそう言って、飲み干したジョッキグラスをドンッ!と置いた。
私は苦笑しつつ、それでも、彼女の気持ちがわかるので何も言わなかった。
「まぁ百歩譲って死ぬのは仕方ないとしてよ?何で最後に選ぶのが私じゃなくてめぐみんなのよ!!おかしいわよ!?」
返答に困る言葉に、ただただ苦笑するしかなかった。
和真さんは、最後の伴侶としてめぐみんさんを選んだ。
二人は最後まで仲良く暮らしていた。
ダクネスさんは和真さんの結婚を知ると、
前々からお見合いを受けていた男性と結婚したらしい。
そうして、独り残されたアクアさんは、
和真さんが亡くなるその日まで毎夜私の元に来ていた。
最終的に、屋敷に居づらいと言った彼女は、
気付けば私の家に住み着くようになっていて。
私は、そんな彼女の世話をしていた。
「あーもう!ちょっと!!追加のお酒持ってきてちょうだい!!」
アクアさんの言葉にビクッと震える店員さん達。
誰も彼女の元に行きたがらないのがよくわかる。
仕方ないので、私はマスターさんの元まで行き、一本追加で貰って席に戻った。
「なんでわたしじゃないのよぉ……ぐすん」
酔いが回って、泣き始めたアクアさんの様子を見ながら、月を眺める。
今日は、少し曇っていた。
たまにはこんな日もあるだろうと思った私は、
上着をアクアさんの背中にかぶせ、独り静かに飲み始めた。
短く切りそろえた白い髭を触りつつ、昔の事を思い出す。
全てが懐かしくて、全てが、まるで現在のように、そこにあるかのように、思えて。
気付けば独り、ポロポロと涙をこぼしている。
老いたな、そう思いつつ涙を拭っていると、
アクアさんが起き上がって背伸びをする。
そして、置いていた水が入ったコップに口をつけ、一気に飲み干した。
「ぷはー!あー、スッキリした」
落ち着きましたか?そう言う私に、アクアさんはまぁまぁね。と答える。
そしてしばらく一緒に月を見て、女神様は言った。
「わたしね、帰ることにしたの。天界に」
なんとなく、そうなるんじゃないかと気付いていた。
それでも、その言葉を聞くと、やはり寂しくなって。
私はしばらく黙り込んで、そして言った。
寂しくなりますね。と。
「え、なになに?寂しいの?ねぇ寂しいの?ぷーくすくす」
アクアさんはそう言って茶化す。
私は、寂しいですよ。と返した。
「……ありがと。まぁ、悪くなかったわよ、あなたとの日々も」
魔王を倒した事によって、女神様としての役割を果たした彼女は、
この世界に残るか、天界に戻るかという話を受けていた。
アクアさんは戻るつもりはなかったらしい。
……和真さんが亡くなるまでは。
亡くなってから少しの間は、いつもの調子でアクアさんは過ごしていた。
しかし、日に日に、アクアさんは1人考え込む時間が増えていた。
私が飲みに誘っても、気分じゃないと断れることもあった。
そんな日々が続いて、そうしてやっと、アクアさんは決心したんだろう。
「長々と居てもしんみりするだけだし、もう行くわ」
アクアさんはそう言って、席から立ち上がり、
そして私に、大きな布袋を渡してきた。
中を見ると、大量のお金が入っていた。
「あなたにお世話になったお礼よ。感謝して受け取りなさい♪」
そう言ったアクアさんに、私は、今までの感謝を述べた。
貴方と過ごした日々は、とても充実してました。
私を、この世界に連れてきてくれて、本当にありがとうございました。
貴方は、私にとって、そして、和真さん達にとっても、最高の女神様でしたよ。
私は微笑んで言った。
そして、彼女も笑って言う。
「当然よ!なんてたって、水の女神アクア様なんだから!」
そうして、光になって消えていく女神様に、私はグラスを掲げて見送った。
「……逝ったか。あの女神も」
しばらくして、バニルさんが私の元に訪れた。
その言い方じゃまるで死んだようですよ。と私は答えた。
「女神はもうここに来ることもあるまい。同じようなものだ」
そうですかね?と尋ねる私に、バニルさんは無言で席に座り私を見つめる。
少し恥ずかしくなって、私は月を見た。
月は変わらず、曇っていた。
「兎よ。調子はどうだ?」
大丈夫ですよ。と私は答える。
「我輩を前に嘘をつくとはな。だが、兎の気持ちもわからんでもない」
すみません。と私は謝る。
「気にするな。時に兎よ」
なんでしょうか?私は尋ねる。
「実は、少し考え事があってな。話を聞いてもらおうと思ったんだが……」
長くなった髪を後ろで縛る。
髪も、髭も、すっかり白くなった。
鏡で顔を見る。
シワが増え、ここに来た頃の面影はもう無くなっていた。
そう思いながら、再びやってくる眠気に耐えつつ、私は準備をする。
ここ最近、月を見れていない。
正確には、夜を迎える前に寝てしまっていた。
寝る、という行為は、とても良いことだ。
だが私にとって、寝る事は違うことを意味する。
私は、重度の不眠症だった。
寝れる日は、一ヶ月に一度あるか無いか。
これは、私がホストになる前からそうだった。
そして、不眠症によって、
私は月に出会い、そして救われたのだ。
親が、私によく暴力を振るっていた。
それは、必ず夜になると、酔った父が酒瓶で私を叩いてた。
母は止めなかった。母も、私を苛めていたからだ。
父は目に見える暴力を。
母は私の身体に汚れを。
それが毎夜行われていた。
私は、夜が嫌いだった。
何時殴られるかわからない日々に、
何時起こされるかわからない日々に、
私は怯え、震え、気付けば、眠る事が出来なかった。
15の時、私は家から飛び出した。
勇気を出して逃げた先は、ただ暗闇だけがあり。
戻るにしても、進むにしても、闇しかなかった。
そんな私を照らすように。
道を示すように。
彼女は、輝き続けた。
それから私は、夜の街を歩き続けた。
歩いて、歩いて、
そうして、あの店長に拾われた。
容姿を褒められ、どこか惹かれるモノを持っていると言われ、
言われるがままにホストを始め、
休みの日には勉強を教えられ、
食事の作法を、言葉遣いを、
必要な事全てを、教えられた。
そうして、20になって。
私はようやく好きになった夜に、
そして、ずっと照らし続けてくれた月の下で、
私は死んだのだ。
茶色いコートを着て、玄関で靴を履き、外に出る。
鍵を閉め、私はいつもの店に向かう。
眠気は収まらない。むしろ、段々酷くなってきている。
それでも私は歩む。
ただまっすぐ。ただ、まっすぐに。
眠い。
眠くてたまらない。
意識が飛びそうになる。
その度に頭を振って、強く叩く。
それでも眠気は襲ってくる。
眠くて仕方がない。
それでも一歩。
また一歩と歩む。
月を見るために――
薄れゆき意識の中で。
私は最後の力を振り絞って、顔を上げる。
見上げればそこにはいつもの月があるはずだった。
月は、無かった。
私は、眠った。