[完結済み] この夜に祝福を。 作:Rabbit Queen
アクセルという街に、確かに存在した、月を愛した男のお話だ。
月下の相談屋と呼ばれた男は、多くの人の悩みを聞いた。
そして、悩む人々の道を、照らしていった。
我輩は、男の話を本に書くことを決めた。
勿論、本人からも許可を得ている。
これは、月を愛した男のお話。
これは、我輩の友、兎に送る本である――。
歩いても歩いても、その先はずっと暗闇で。
後ろを向けば、今まで出会った人達が居た。
その先頭に、和真さんが立っていて。
もう休んで良いんですよ。と私に呼びかける。
それでも、歩みを止めなかった。
一歩、後ろに戻ればあの日々に戻れる。
一歩、後ろに戻ればあの人達に会える。
全てが、私の後ろにある。そして、私が戻ってくるのを待っている。
でも。
それでも、私は歩み続ける。
老人は言った。
何故進む?その先には悲しみしかないぞ?
彼は言った。
お前も十分頑張った。だからもう、俺達と共に戻ろう。
和真さんは言った。
皆、待ってます。俺も、仲間達も!だから夜兎さん、もう休んでいいんですよ。
皆の声を背負い、私は歩む。
歩んで、歩んで、そして立ち止まり、振り返って言った。
――それでも、私は歩みます。だって、この月が、今も私の道を照らしてくれてるから。
……とさん。
……やとさん。
……夜兎さんっ!!
声が聞こえた。
私は答える。
「よかった……!夜兎さん、私が、わかりますか?」
女性の言葉に、私は聞き覚えがあった。
ええ、覚えていますよ。と答える。
亡き友の、娘さんに、私はそう答えた。
何故君がここに?と私は尋ねる。
「……私、大人になりました。お酒も飲める歳になりました。だから夜兎さんに会いに」
そうですか、もう、そんなに経ったのですね。
答える私に、彼女は言った。
「どこか、痛いところはありませんか?」
大丈夫ですよ。と私は答える。
すると、彼女の近くから男性の声が聞こえた。
「ったく、心配したぜ爺さん。嬢ちゃんが急に助けてくれ―!って言うから駆けつけてみれば、月下の相談爺が倒れてるじゃねぇか。ほんとにびっくりしたんだぜ?運んだオレたちに感謝してくれよな!」
そう言って、男性は私の肩を軽く叩いて笑う。
私は、すみませんでした。お礼に今度一杯奢ります。と言った。
「ん?なんだ、爺さん。どっか行くところだったのか?」
――はい。これから、月を見にいつものお店に行く予定です。と答える。
「……何いってんだ?爺さん」
「夜兎、さん?」
――おかしな事を言ったでしょうか?と私は尋ねる。
もしかして、今日も月は曇っているのだろうか。
「……」
「夜兎さん……?どうしたんですか……?」
私の言葉に、娘さんも、男性も、
そして恐らく、周りに居るであろう人達も、黙り込む。
その様子を感じ、今日も曇っているのですね。と言った。
「何いってんだ爺さん……月は、見えてるじゃねぇか」
男性の言葉に、私は何も言えなかった。
ただ、自分の目を両手で触ろうとした。
手探りで探して、ようやく触れたそれは。
確かに開いていた。
でも、この瞳に光は無くて……
ああ、そうか。
私は、もう月が見えないのか。
しばらく黙り込んで、そして男性に聞いた。
ここは、あのお店なのですか?と。
「ああ、爺さんが普段から飲んでるあの店だぞ」
そうですか。と答えまた黙り込む。
座ってる感触は、あった。
でも、どこを見ても、真っ暗だった。
声がする方向を見ても。
人が居るであろう方向を見ても。
何も無い。
あるのはただ、暗闇だけだった。
そうだ、乾杯をしましょう。
私は周りに居る人達に言った。
皆さんも、ぜひ飲んでください。私の奢りです。
そう言って、店員さんを呼んで酒を注文する。
若い店員さんは、私の状況を見て困惑してる。
私には、その様子がなんとなくわかる。
それでも、いつもの酒を、代わりにマスターさんが持ってきてくれた。
「はい、いつものね」
ありがとうございます。そう言って、私は置かれているであろう酒瓶を手探りで探す。
すると娘さんが言った。
「わ、私が注ぎます!」
迷惑をかけてごめんね。彼女に言う。
娘さんはそんな……と小さく呟きながら、グラスに酒を注いでいるのがわかる。
「……どうぞ」
差し出されたであろうグラスを、右手で探す。
ゴツゴツとした手が私の右手に触れる。
「違う、爺さんこっちだ」
ありがとうございます。
娘さんに、男性に、そして、私のわがままに付き合ってくれている人達に、感謝を述べた。
月は、たしかにそこにある。
でも、その光も、暖かさも。
今の私には感じることが出来ない。
ただ、暗闇に。
何も無いその場所に、私はグラスを掲げる。
これが私の最後。
これが、私の最後の、乾杯。
――貴方は、今もそこで輝いているのでしょうか?
――あの時と同じように、私を照らしてくれてるのでしょうか?
――……だとしたら、ごめんなさい。
――私はもう、貴方の輝きに答えられないようです。
――……ありがとう。ずっと、照らしてくれて。私を、支えてくれて。
――さようなら。
「……本当に世話のかかるおじいさんね!」
「……今回だけよ!またわたしが怒られるんだからっ!!」
「……どうか、どうかあなたに」
――この夜に、祝福を。
それは、とても輝いていた。
いつまでも、いつまでも、私を照らし続けていた。
あの日も、そして、今日も。
彼女は輝き続ける。
月が、私を照らし続ける。
――綺麗だ。
その言葉に、男性も、娘さんも、驚いた。
「爺さん?もしかして、見えてるのか?」
「夜兎さん……見えるんですか?」
――ええ、見えますよ。とても、とても綺麗です。
そう言って、私はグラスを月に掲げる。
いつものように、でも、別れを告げるように。
月に、乾杯をした。
パリン。という音が聞こえ、持っていたはずのグラスが右手からこぼれ落ちていた。
「夜兎さん……?夜兎さん!!」
「おい爺さん!?返事をしろ!!」
薄れゆく意識の中で、私を呼ぶ多くの声を聞きながら、
わがままだとは思っても、最後の後悔を思い出す。
それは、決して届くはずのないもの。
それは、決して叶うはずのないもの。
どれだけ願っても、聞くことのできないその声は、いつしか私の夢だった。
……だから、嬉しかった。
「――これからもずっと、貴方と共に」
――ああ、やっと。
――やっと、
その夜、一つの光がアクセルという街から上がり、月まで登っていった。
多くの人が、その夜は月を見ていた。
何故、そうしていたのかはわからない。
それでも、見ないといけない気がした。
忘れてはいけない何かを、しっかりをその目に焼き付けるように。
「……お疲れさまでした。月花夜兎さん」
銀色の短髪をした少女は、小さく呟いた。
その目は、光となって消えた、男性のあの席を暖かく見守って。
消えゆく男の最後の夢を叶えて――。
「ふむ……なかなか、いい出来であるな」
「バニルさん?……もしかして、出来たのですか?」
「うむ。さぁポンコツ店主よ。明日からこれを売り出すぞ」
「わかりました。それじゃ、今から準備しましょうか」
それから数週間後、ウィズの店には一つの本が売られていた。
魔道具ではなく、一つの物語を描いたその本は、翌日当店オススメの商品として売られた。
人々が興味本位で買ったその本はやがて、多くの人に、そして子供達に知られる。
――それは、月を愛した男のお話。
――力も地位も富も求めなかった男が、唯一それを求め、そしてそれを愛したお話。
――男は世界に影響を与えたわけではありません。
――でも、確かにその男は、多くの人に、そして月に、愛されていました。
――そんな男と月のお話。
――男は今日も小さく呟きます。
――ああ、夜よ、月よ。
――どうか今宵も、私と共に……。
お疲れさまでした。
以上で、本編は終了となります。
今日までお付き合いいただき、ありがとうございました!
――次回。
――アフターストーリー そして、月は私を照らす。