[完結済み] この夜に祝福を。 作:Rabbit Queen
老いた兎がこの世を去った。
その兎を、愛した人が二人居た。
片方は自分の恋を諦め、
片方は、未だに恋を追い続けている。
これは、未だに恋を追い続けている女性の物語。
その約束は、決して果たされる事がないもの。
それでも、彼女は乾杯をする。自分の想いをこの一杯にのせて。
父と母が亡くなって、もう14年が経つ。
冒険者として、それなりに名の知れるようになった私は、
なかなか両親の墓の手入れが出来ない日々が続いていた。
遠くの街に依頼で呼ばれる事もあり、家には帰れず、
昔から仲良くさせてもらっていたお隣さんや、両親の知人に家の事は頼んであった。
帰ってきたら汚くなってる……なんていうことが無いのが、正直かなり嬉しい。
依頼などで疲れ切った身体を無理矢理動かして、家の掃除をするのは結構疲れるものだから。
助かっている反面、身内としてはどうなのだろうと思うこともある。
両親の事は、今でも大好きだ。
父は無口だったけれども、いつも優しくて、そしていつも、友人の事を話してくれた。
母はいつも笑顔で居て、優しくて、綺麗で、そしていつも、父とその友人の事を話してくれた。
二人を会わせてくれた人、月花夜兎という人物の話を、私はいつも聞いていた。
父と母が亡くなって。
生まれ育った街に戻り、しばらくはそこで冒険者をしていた頃。
遺品整理も兼ねて両親の部屋を掃除していた時の事。
私は、父が最後に残したその手紙を読んだ。
――娘へ。
――身勝手なのは十分わかっている。
――それでも、どうか俺達の墓を、一番月の近い場所に建ててくれないか。
――俺と妻を会わせてくれたあの月に、そしてあいつに、届くように。
――わがままな両親ですまない。ずっと、愛している。
口下手は父が残した手紙を読んで、私は、泣くことができなかった。
ああ、やっぱり、お父さんらしいな。って思うと、泣くよりも、自然と笑っていた。
そうして、私は両親の墓を建てた。この街で一番、月が近い場所に。
ふと、その人物の事を思い出した。
あいつ……というのは、恐らく、いや、きっとあの人の事なのだろうと。
私は父の部屋で、その人の住所が書かれた紙が無いか探した。
探しても探しても見つける事が出来なくて、途方に暮れた時、
父と母が出会った場所の事を思い出した。
それは、アクセルという街にある、とある酒場。
いつも同じ席に座って、いつも月を見ているその人なら、
きっと街にいる人に聞けばすぐにわかるはず。
私はその人の住所を書かず、
代わりに、聞かされていた酒場の詳しい詳細を郵便屋さんに話した。
受付をしていた人は、それじゃ難しいかもしれないと言った。
困る私に、話を聞いていた受付の上司さんが言った。
「……もしかして、月下の相談屋のことかな?」
その名前を、私は知っている。
そうです。と答えると、やっぱりあの人か。とその上司さんは答えた。
その上司さんは、元々アクセルに居た人だった。
仕事の都合上、遠くの街に引っ越さないといけなくなり、
その時、付き合っていた女性についてきてくれと話すべきか、
別れるべきかで悩みを相談していたらしい。
悩みを打ち明けて、その人の言葉を聞いた上司さんは、女性にプロポーズをして、
一緒にこの街にやってきたという。
上司さんは、その酒場の事を知っていて、私が出しときますよ。と言ってくれた。
私は感謝を述べ、お願いします。と持っていた手紙を預けた。
上司さんは言った。
「君も悩み事かい?」
私は、少し悩んで、そして答えた。
「ラブレター……みたいなものです」
上司さんも受付の人も、微笑んで受け取ってくれた。
少し恥ずかしい気持ちもあったけど、間違いではない。
私は、少しだけ、夜兎さんの事が気になっていたから。
ようやく辿り着いた街で、私は荷物を置くために宿屋を探した。
途中、屋台を見て回り、美味しそうな物がないか探す。
その時だった。
「……貴方、もしかして」
ふと、隣から視線を感じた。
私は振り返って、その人を見る。
あの頃と比べると、少しだけ老けたかもしれない。
それでも、全然変わらない。
あれから数十年経っているのに、私はすぐにわかった。
綺麗で、可愛らしい笑みを浮かべたその人に。
「お久しぶりです、お元気でしたか?」
同じ人を好きになったその女性に、当時の事を思い出しながら私は返事をした。
「そう、依頼でここに来たのね」
それから、私は彼女に連れられて、彼女が住む家でお茶を飲んでいた。
私は依頼でここに来たこと、丁度さっき着いて宿屋を探していた事を話した。
すると彼女は、ここに泊まっていかない?と言ってくれた。
私は迷惑じゃないですか?と聞く。
「全然。私ね、もっと貴方といろいろ話したかったの。もしよければだけど、泊まる代わりに私のお話に付き合ってくれたらなーって」
迷惑じゃなかったらだけど……。と彼女は返す。
私は笑って、それなら、お言葉に甘えて。私も、貴方とお話したかったです。と返した。
それから二人で昔話をした。
彼女は、あの人の側を離れて、幼馴染の男性と結婚した事を。
私は、あれからずっと冒険者をやっていて、今も独り身で居ることを。
お互いの事を話し、そして当時の事も思い出し、結局、最後にはあの人の話になっていた。
「そっか……夜兎さん、最後も月を……」
私は、夜兎さんの最後を見届けた人物の1人として、
亡くなった事を後で知った彼女に、あの人の最後の姿を話した。
最後まで月を求めたその姿は、綺麗で、美しくて、でもやっぱり、寂しかった。
私でも、彼女でもない。
あの人が選んだのは、月だったから。
「ねぇ。もしも、もしも夜兎さんが生きてたら、どうしてたの?」
彼女の言葉に、私は当時抱いていた想いを隠さず言った。
「勿論、告白していました。振られようとも、私は夜兎さんに告白していたと思います」
私の言葉に、彼女は羨ましそうな目で言った。
「……そっか。いいなぁ、若いって。羨ましいよ」
「貴方は、何故しなかったのですか?」
「……ほんと、なんでだろうね。いくらでも機会はあったのに。なんで、出来なかったんだろう」
彼女はそう言って、遠くを見る。
私は、なんとなく彼女の気持ちがわかっていた気がした。
月を見るあの人の横顔を見れば、告白なんて出来るわけがない。
そう思うほどに、あの人の目には月だけが映っていた。
「でもね、後悔はしてないよ。今の旦那さんを、私は凄く愛してるから」
その言葉に嘘はないようだった。
それからは、旦那さんの事を、そして二人の子供の事を聞かされた。
家族の事を話す彼女の姿はとても嬉しそうで、幸せそうだった。
しばらくして、旦那さんとその子供が一緒に帰ってきた。
今日は二人でお出かけしていたらしい。
私は旦那さんに挨拶する。
笑顔が素敵で、彼女と話す旦那さんは凄く幸せそうだった。
そして、旦那さんの後ろに隠れる少年に、私は声をかける。
初めまして。と言った私に、少年は旦那さんの後ろから姿を現す。
その姿と、名前に、私は驚かずには居られなかった。
「……夜兎です。初めまして、お姉さん」
どことなく、あの人に似ている少年に、私は困惑した。
彼女は私の姿を見て、旦那さんと子供にお風呂に入るように言った。
私と彼女だけが部屋に居る。彼女は、私に言った。
「勘違いしないでほしいのだけど、私と夜兎さんの子供じゃないからね?」
それを聞いて、少しほっとした。
家庭問題に足を突っ込むところだったと思うと、冷や汗が止まらなくなりそうだった。
……でも、それなら何故?
何故、あの人に似ているのだろうか?
「……昔ね、アクアさんという人が酔ってた時に言ってたんだけど」
この世界には、私達には知らないシステムが存在しているらしい。
夜兎さんと、あの英雄サトウカズマさんは、元々この世界の人間ではないという。
どういったものかはわからない。けれども、たまに生まれ変わる事もあるらしい。
もしかしたら、あの子は夜兎さんの生まれ変わりなのかもしれないと。
一通り話して、でも彼女は否定した。
「似てるだけで、性格は正反対だよ。人と居るのは好きじゃないみたいだし、お友達も作らないの。1人で居る時間が好きみたい」
確かに、それだけ聞くとあの人とは全然違う。
それなら何故、同じ名前にしたのか?
「元々違う名前をつける予定だったの。最初その名前で呼んでも全然返事しなくて。悩んでる時に夜兎さんだったらどうするかなって呟いたら、それに反応しちゃって」
それから、夜兎という名前にしたらしい。
やはり、生まれ変わりなのだろうか?と考える私に、彼女は言った。
「生まれ変わりでも、そうじゃなくても、私はあの子の事をとっても愛してるよ。私と旦那さんの、可愛い子供だから」
そう言って笑う彼女に、私はそれ以上追求せずそうですね。と返事をした。
夜になって、私は彼女の家の庭で1人酒を飲んでいた。
すっかり大人になった私は、あの人との約束を果たすために、ずっと酒を飲み続けていた。
そうして、ようやくあの人に会って。
交わした約束を果たせず、あの人は逝ってしまった。
右手に持つグラスを、私は見続ける。
あの人が使っていたグラスだ。
私は無理を言って、店のマスターさんに譲ってくれないかと頼んだ。
最初は断られて、それでも時間が許す限り店に訪れてはマスターさんにお願いした。
そうして、仕事の都合上帰らないと行けなくなった日に、グラスを譲っていただいた。
そこまでして欲しい理由はなんですかと尋ねるマスターさんに、私は昔のことを話した。
事情を聞いて、悩んで、そうして、私にそのグラスを渡してくれた。
大事に扱ってください。という言葉をしっかりと胸に刻んで、私はそれを受け取った。
未だ綺麗に輝き続けるその透明なグラスに、酒を注ぎ込む。
こんな物を欲しがるなんて、私もどうかしているな。そう思いながら、あの人の事を思い出す。
静かに、そっと右手を上げて、月に乾杯をするその姿は、今も私の脳裏に焼き付いている。
同じように真似をしようとし、右手を上げる。
「……ちょっと恥ずかしい」
そう思いつつ、乾杯をしようとして、あの少年が現れた。
「……何してるんですか?」
私の姿を見て、少年は若干引き気味で言った。
私はグラスを置いて、少年に話した。
こうしていると、ある人の事を思い出せるんだよ。と。
少年は興味無さそうに聞いて、私の正面の席に座る。
「それって、月花夜兎さんのことですか?」
少年の言葉に、私は頷いた。
「そんなに、凄い人だったんですか?その人って」
少年の言葉に、私は首を左右に振った。
特別すごいことをやった人ではなかった。
ただ、優しくて、綺麗で。
その姿に、優しさに、救われた人も居るんだよ。と答えた。
「お姉さんも救われたのですか?」
少年は言った。
私は、そうだよ。と答え、昔話をした。
全部話して、それを聞いた少年が言った。
「約束、果たせなかったんですね」
そうだね。と私は答える。
もう叶うことが出来ない約束だけれども、私は未だに、それを引きずっていた。
そんな私の想いを察してか、少年は言った。
「……僕でいいなら、乾杯しますよ」
そう言って、少年は家の中に急いで戻り、ミルクが入ったグラスを持ってきた。
「お酒は飲めないですけど……」
恥ずかしがりながらそう言う少年に、私は嬉しくなり、優しく頭を撫でてあげた。
この子なりの優しさに触れつつ、私は少年に、自分のわがままに付き合ってもらった。
「……こうして、それで、乾杯って言うの。大丈夫?」
「こう……ですか?」
「そうそう。それじゃ、一緒にやってみようか」
私はお酒が入ったグラスを少年に。
少年はミルクが入ったグラスを私に。
お互いに向けて、そして乾杯をする。
丁度、月明かりが少年の顔を照らした。
「乾杯」
笑顔で少年に乾杯した私は。
――乾杯。
月明かりに照らされた少年の姿が、あの人とそっくりで。
「あっ……やと……さん……」
姿、形は違うけれども、約束が果たされた気がして。
私は1人、泣いてしまった。
あの日、あの人に抱きしめられながら、
生まれてきてありがとう。と声をかけられた時と同じように。
私は、泣いて、泣いて、そうしてやっと、夜兎さんと乾杯をしたんだ――。
次回は未定。あと二話あります。