[完結済み] この夜に祝福を。   作:Rabbit Queen

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 ねぇ、もしも一度だけ誰かに会えるとしたら、貴方はどうする?

 
 ――そうですね……あの少年に、会いに行きます。

 はぁ?カズマでも友でもおじさんでもなく、あの少年に会うの?何でよ?

 ――ふふ……そうですね、あえて言うのなら……





 ――あの子もまた、迷い人だからですよ。





アフターストーリー 月の下で、兎が笑う。

 

 変わることのない月が、今日も輝き続ける。

 あの日と同じように、悩む人々を導くために。

 僕は、その悩む人々を待ち続ける。

 それが、僕の役目だから。

 

 

 

 

 今日も、僕は誰かを待ち続ける。

 それは、男性か、女性か。

 子供か、大人か。

 誰が来るかはわからない。でも、ただずっと、待ち続ける。

 いつかやってくる終わりの日まで、僕は待ち続ける。

 

 

 

 

 

 

 1人の男性が現れた。

 その人は、僕を見つけると、嬉しそうに、でも、どこか寂しそうにしながら、近付いてきた。

 悩み事ですか?と尋ねる僕に、その人は驚き、そして言った。違うよ。と。

 では、なんでしょうか?と尋ねる。その人は、隣に座ってもいいですか?と言ってきた。

 悩み事なら別に構わない。でもそうでないのなら、正直誰かと一緒の席なんて嫌だった。

 

 

 ごめんなさい。と謝ろうとした僕の前に、また1人現れる。

 その人は女性で、悩み事を相談しに来たらしい。

 僕はようやく来た相談者を席に座らせた。僕も同じように座る。

 1人立ち尽くす男性を、相談者の女性は見ていた。

 僕も気になって仕方ないので、仕方なく隣の席に座らせた。

 男性はありがとうございます。と言って、酒を注文した。

 僕はそれを無視して、女性の相談を聞いた。

 

 

 

 

 女性の悩みは、少し難しくて。

 正直、僕にはよくわからないものだった。

 だから、とりあえず僕が思ったことを話した。

 でも、女性は納得のいく様子ではなかった。

 あれこれ話して、それでもどこか引っかかっているようで。

 僕もいろいろ意見を言ってみる。このままじゃ引き下がれないから。

 それでも、納得のいく答えが見つからず、僕も、女性も、次第に疲れていく。

 答えが見つからない事に僕は少しだけ苛立っていた。

 きっと彼女も、そうなのだろう。

 

 

 しばらくして、女性がなんとか頑張ります。と言って去ろうとした。

 僕は引き留めようとして、でも何を言えば良いのかわからなくて……その時だった。

 隣に座っていたあの男性が、持っていたグラスをテーブルの上に静かに置いて、そして言った。

 

 

 

 

 

 ――私の考えを、聞いてくれますか?

 

 

 

 

 

 

 男性の話を、僕と女性は黙って聞く。

 その人の喋りは、どこか落ち着くようなものがあって。

 一つ一つの言葉が、心を優しく包み込むように暖かくて。

 気付けば、僕の中の苛立ちは消えていた。きっと女性も、同じなのだろう。

 不快感がなく、むしろ、もっと聞いていたいその声に、僕も女性も夢中になっていた。

 そうして、喋り終えた男性が、女性にどうですか?と尋ねる。

 女性は、笑顔で答えた。ようやく、答えが出ましたと。

 男性はよかったです。と答える。

 女性は、僕と、男性に、お礼を言って去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 男性と二人っきりになった僕は、気まずくなって、無言になる。

 さっきまで無視していた男性が、僕よりも良いアドバイスをして。

 僕が救うはずだった人を、その人が救ってしまって。

 悔しい気持ちが溢れ出す。

 それでも、あの女性を救ったのは、僕じゃなく、この男性で。

 僕は、僕の代わりに救ってくれた男性に、感謝を述べた。

 すると男性は、首を左右に振った。

 

 

 ――彼女を救ったのは、私だけじゃないよ。

 

 

 そう言う男性に、でも結果的に貴方の言葉であの人は答えを得たんだと言った。

 

 

 ――確かに。でもね、それは君と、私の意見、両方の話を聞いたからこそ、出せた答えなんだよ。彼女の悩みは、君だけじゃ難しいものだった。でも、私だけでも難しい悩みだった。だから、君の意見と、私の意見。2つの意見を聞いて、彼女は答えを出せたんだと私は思うよ。

 

 

 

 男性は答える。それでも僕は、納得が出来なかった。

 うつむく僕に、男性は言った。

 

 ――難しいよね。でも、それでいいと思う。君が失敗だと思ったそれも、経験だから。その経験は、いつか自分の為になる。だから、今はただ悔しいという気持ちを十分に感じなさい。

 

 

 まるで自分の心を読まれているかのように、男性の言葉は僕の心に響いた。

 この人は僕とは全く違う。

 僕は相手が求めているであろう答えを当てて、そうして救ってきた。

 実際にそれで救われた人は何人も居た。

 でも、さっきの女性みたいに、たまに納得のいかない様子の人も居て。

 意地になって、あれこれ言って、そうしてようやくわからせてきた。

 

 でも、この人は違う。

 答えを当てるんじゃなく、自分の素直な気持ちを相手に伝えていた。

 きっと、時には厳しい言葉もあったと思う。

 それでも、この人の素の言葉によって、救われた人は多く居たはずだ。

 ……きっと僕が救った数よりも、多くの人を。

 何故、こんなにも違うのだろう。

 僕と貴方は、何が違うのだろう。

 

 

 ――君は、何のためにそれをやっているんですか?

 

 急に男性が僕にそう訪ねてきた。

 

 僕は答える。それが、僕の役目だと思っているから。 

 あの日、月に救われた僕は、その恩を、人の悩みを解決することで返そうと思っていた。

 その人がしたであろう、同じ事を繰り返して。

 

 

 ――……君の月は、それを望んでいるのかい?

 

 

 男性の言葉に、僕は戸惑った。

 君の月……?どういうことだろう。

 

 ――私も、君と同じように月に救われたよ。……でもね、私が見る月は、そういうのを一切望んでいなかったよ。ただ、私が歩む人生をずっと見守ってくれていた。私も、同じように彼女をずっと見守っていた。お互いが何かを望んだわけじゃない。ただ、同じ時間を、同じ夜を、共に過ごした。気付けばいろんな人が月の下に導かれて、私に相談事を話してくれていたけどね。でも、一度たりとも、誰かを救ってやれって言わなかったよ。君の月は、君に何かを望んだのかい?

 

 男性の言葉に、僕は違うと言った。

 ただ、僕がそうするべきだと思ったから。

 

 ――そっか。君もずいぶんと大変な道を歩こうとしているね。私はそれを止めはしないし、応援しているよ。ただ一つだけ。少しだけ、力を抜いてもいいと私は思うよ。力を抜いて、それで月を見てみなさい。きっと、いつもとは違う姿が見れるはずだから。

 

 男性はそう言って、店員さんを呼び出す。

 力を抜いて月を見ろ。言われなくたって、僕はいつも月を見ているさ。

 でも、男性が言った違う姿とは何なのだろう。

 僕が普段見ている月とは、違うのだろうか。

 

 

 ――せっかくだから、乾杯をしましょう。

 

 

 新しくお酒を注文した男性が僕に言った。

 僕は、お酒は飲めないと言った。

 それでもいいですよ。と男性は言う。

 

 

 

 ミルクが入ったグラスを、僕は掲げる。

 酒が入ったグラスを、男性は掲げる。

 僕は、何に乾杯をするんですか?と訪ねた。

 男性は微笑んで、そして言った。

 

 

 

 

 

 ――二人の兎に、乾杯を。

 

 

 

 

 

 月に照らされたその綺麗な笑顔に、僕はその人にようやく気づいた。

 そして、理解した。

 あの人達が好きになった理由も、この姿を見れば、わかってしまう。

 

 

 

 そう思うほどに、本当に、綺麗だったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「夜兎さん?もしもーし?」

 

 

 僕は、目を開ける。

 気付けば眠っていたらしい。

 隣には、あの黒髪の少女が座っていた。

 何故君が?尋ねる僕に言った。

 

 

 「この前悩みを聞いてくれたお礼です!今日は私の奢りですよ!」

 

 そう言って、少女は店員さんを呼んで何かを注文する。

 僕は、いつものミルクを頼んだ。

 

 

 

 そうして、運ばれてきた飲み物をそれぞれが受け取る。

 僕はミルクが入ったグラスを、月に掲げた。

 

 「どうしたんですか?」

 

 尋ねる少女に、僕は乾杯をするんだ。と答えた。

 

 「あ、じゃあ私も!」

 

 そう言って、少女も同じようにグラスを掲げる。

 

 

 ふと、その人の言葉を思い出した。

 僕は、自分なりに力を抜いてみた。

 お母さんに頭を撫でてもらったときの、あの心地よい気持ちを思い出して。

 

 

 

 

 

 月が、笑っていた。

 

 それは、今まで一度も見たことがなくて。

 

 今ままで見た月の中で、一番綺麗で、楽しそうで。

 

 

 

 

 

 

 ――……ずるいですよ。

 

 

 ――貴方はずっと、この月を独り占めしていたんですね……夜兎さん。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、僕は、この騒がしい少女と、月の下で微笑むもう1人の兎に、乾杯をした――。

 

 

 

 






 これにて「この夜に祝福を」は終わりとなります。

 外伝最終話を0時にした理由は、個人的な理由なのですが実は誕生日でして。
 
 記念というか、なんとなくその日に合わせて終わらせようかなと思いました。

 短いようで長かったような連載期間。

 皆さんお付き合いいただき、本当にありがとうございました。


 ではでは。


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