[完結済み] この夜に祝福を。 作:Rabbit Queen
いつものように、輝いている。
今日も夜が訪れる。
でもその夜は、いつもとは違う。
1人の労働者が。
1人の老人が。
相談屋の元に訪れる。
そしてまた1人、月に導かれる青年が居た――。
私は立ち止まった。
それは、いつも私が座っているあの席に、見知らぬ男性が座っていたからだ。
最初はとても驚いた。しかし、このまま立ち止まっては通行の邪魔になると考え、再び歩き出す。元々、あの席は誰かのものではなかった。私だけの特等席というわけでもない。ただ、あそこに座っている時間が長かったから、私も、周りも、そう感じていた。あの席は私の場所だと。
お店に近づくと店内で待機していたいつもの店員さんが私に気付いた。
私に駆け寄ると、頭を下げて言った。
「ごめんなさい!ちょっと目を離してたら席に座っていたみたいで……どうしましょうか?私から言いましょうか?」
そう言った彼女に、私は大丈夫だと伝えた。さっきも言ったが、あそこは指定席ではない。たまたま私が長く座っているだけで、誰かが座ったとしてもそれはなんの問題もない。私は今日は、別の席に座ると彼女に伝え、いつもとは違った席に案内された。そうして、違った席で、いつものお酒を頼み、月を、月を見ようとして――み、見えない?
……しまった、この席では全然月が見えないじゃないか。
困ったな……いやしかし、わざわざ席を変えてくださいと言うのも……うーむ。
「あの、月夜の下の相談屋さんですか!?」
悩んでいる私の耳に、そんな言葉が聞こえた。
私は声がした方向を見た。
いつも座っている席に、見知らぬ女性が、見知らぬ男性に声をかけていた。
女性は二人組で、1人は興奮した様子で声をかけた女性。
もう1人は落ち着いた女性で、少しだけ目の前の男性を警戒したような目で見ていた。
声をかけられた男性は、無言で女性達を見ていた。
「……ねぇ、やっぱり違うんじゃない?」
「え?で、でも、話を聞いた感じだとここに座ってるって……」
「そうだけど、聞いた話と見た目が違うじゃない。カッコいいって聞いてたけど、ちょっと怖いよ?この人」
「……あの、相談屋さんじゃ、ないんですか?」
女性は再度聞くも、男性は黙って女性達を見ていた。
不安そうになってる二人の女性に対し、私は席を立ち上がり、彼女達の元に駆け寄った。
近づく私に二人の女性は気付き、落ち着いた女性は私を見て小さくあっ……と呟いた。
私は最初に謝り、自分が相談屋だと話し、席に座っている男性に目をやった。
男性は鋭い目で私を見ていた。いや、睨んでいるのか?
身体も大きく太い両腕を組んでいる男性は、日焼け後とその身体から肉体労働者だとわかった。
私は彼に、もしかしたら殴られるかもしれないなと覚悟を決めつつ、彼の目を見て言った。
すみませんが、少しだけ席を譲ってくれませんか、と。
「ありがとうございました!私、頑張ります!!」
「ありがとうございました。良かったね、相談聞いてもらえて」
「うん!」
二人の女性はお礼を言って、仲良く歩いていった。
その姿を見送りながら、私は座っていた席から立ち上がり、隣に立っている男性に席を譲る。
男性は私の仕事の様子をずっと見ていた。そして、仕事を終えて席を離れようとした私に、彼はそのまま席を譲ると言った。
私は感謝を込めて、彼に一杯奢りますと言った。そうして、私の右側の席に男性は座った。
「……いつも、やっているのか?」
言葉は少ないが、一言一言が力強く腹の底に伝わってくるその声に、私は答えた。
この仕事は最近始めたという事を、その前から、この席で月を見るのが日課だった事を、男性に話した。彼は酒を少しずつ呑みながら、私の話を黙って聞く。そうして、話し終えた後、沈黙が流れる。私は月を眺め、彼は静かに酒を飲む。
「……あの女性、嬉しそうだったな」
しばらく経って、彼はそう言った。
確かに、とても嬉しそうだった。
内容に関しては、なかなか重いものだったが……それでも、相談して良かったと言ってくれた。
側に居たもう1人の女性も、最初は警戒していたが、最終的には私に感謝していた。聞いてくれてありがとうと。それがとても、嬉しかった。私は微笑み、酒を一口飲む。
「……お前も、嬉しそうだな」
彼の言葉に、私は頷いた。
彼は、言葉を伝えるのがきっと下手なのだろうと思った。
最初、睨んでいたと思っていたそれも、生まれつきのようだった。
きっと、いろんな人に誤解されて生きてきたのだろう。
私も、危うく誤解するところだった。
それも、今ではわかる。
彼は、いい人だ。
私にはわかる。
言葉にするには、少し難しいけど――
月夜に照らされた彼の顔も、どこか嬉しそうに見えて、私にはそれで十分だった。
「……よぅ」
いつもの席にやってきた私に、彼は小さくそう言った。
あれから、私と彼は、時間が合えばこうして同じテーブルでお酒を飲む、飲み仲間になっていた。と言っても、私には仕事が先にあるわけで、店にやってきた私はまず相談屋として仕事を始める。そして3時間くらい営業し、その後はプライベート時間として彼と酒を飲んでいる。仕事の時間は、彼は黙って隣の席に座り仕事の様子を見守っていた。たまに相談者が怖がって逃げようとするけど、私が事情を説明すると戻ってきてくれる。
ありがたいのは、彼が仕事中に横槍を入れないことである。私の考えに対し、後で俺はこう思う。と話すこともあるが、仕事中は決して言わない。私の仕事であり、彼の仕事ではないからだ。そんな彼に対し、私は感謝を込めて必ず一杯は奢ることにしてる。彼は黙ってそれを受け入れてる。
「……今日は、静かでいい」
彼が言う静かとは、アクアさんの事に対して言っている。
私が彼と飲み始めてからしばらく経って、アクアさんが飲みに来た。無論、私の奢りだ。
前まで毎夜来ていたアクアさんだったが、どうも仲間のカズマさんという男性にバレてしばらくは夜に出歩くのを禁止されていたらしい。
無論お酒も我慢していた彼女だが、まぁ、彼女が素直に従うのは無理なわけで。
そうして、しばらくしてから現れたアクアさんは、お酒が飲めなかったイライラと、無愛想な彼と喧嘩し、二人の仲はあまりよろしくはない。とはいえ、乱闘騒ぎを起こすほどの事ではないのが幸いだ。私が止めてくれと言うと、二人は止めてくれる。こういう時は素直なのがありがたい。
そういうわけで、彼はアクアさんが居ないこの夜を嬉しそうに、
でもどこか寂しそうに、酒を飲んでいた。
私は彼に付き合うように、グラスを持ち上げ彼に向ける。
それに気付いた彼も、同じようにジョッキを持ち上げ、私に向けた。
今日は、この静かな夜に、乾杯を――。
「おぅ!ここか!相談屋が居るというのは!!」
そう思って、乾杯をしようとした私達に、その老人は現れた。
彼はジョッキを持ち上げたまま、老人を睨む。いや、見ている。
私は苦笑しながら、グラスを置いて、目の前の、これまた巨体な老人を席に座らせた。
「実はのぅ、この依頼を受けようと思っているのだが、どう思うか聞きたくての」
老人は、持ってきた一つの紙を私に見せる。
内容は、雪精霊を捕まえろ!というものだった。
達成すればそれなりのお金が貰えるのだが、その老人は何故この程度の依頼がそれほど高いのかが気になっていた。というのも、雪精霊は比較的楽に捕まえられるらしい。攻撃的でもなく、どちらかと言うとマスコット的なそれを捕まえるだけで高額な報酬が貰えるのは、何か裏があるんじゃないかと疑問に思ったそうだ。
私はその依頼が書かれた紙を見ながら、ふと思い出した。
そういえば、アクアさんも以前同じ依頼をやっていたと聞いた。
確かその時は……失敗したと言っていたような。
なんだっけか……雪将軍?がなんとかで……。
思い出せないが、よくない事が起きたというのは聞いていた。一応、伝えておこう。
「ほほう、雪将軍か!なるほどのぅ、それはちと厳しいのぅ」
話を聞いた老人は納得したように頷いた。どうやら、その雪将軍を知っているらしい。
腕を組み悩む老人を置いて、私は彼を見た。まだ、ジョッキを持ち上げたまま老人を見ている。
一度置いたらどうだい?と声をかけると、彼は置いて腕を組んで老人を見る。
そこは、変わらないんだね。
「うーむ……よし、決めたぞ!今回はやめておこう!!」
悩みに悩んで、老人は答えを出すと、ガッハッハと笑い、私の肩を強く叩いた。これが結構、痛い。
「いやぁ、助かったわい!危うく死ぬところじゃったわ!!!」
腕を組んで大きな声で笑う老人に、向かいの店で騒いでいた冒険者達が何事だと思い見てくるも、なんだあのじじぃかと言って再び騒ぎ始めた。どうやら、冒険者達には知られてる人物のようだ。老人はしばらく笑うと、笑い疲れたのか、店員さんを呼び、ジョッキを3つ頼んだ。運ばれてきたジョッキを老人、彼、そして私の手前に置く。私は驚き、彼は黙って見ている。
「世話になった礼じゃ、遠慮せず飲めい!!」
そう言って、先に老人は飲め始め、そしてまたガッハッハ!と笑う。
彼は黙ってジョッキを持ち上げ、私達に差し出した。
私は微笑みながら、同じようにジョッキを持ち上げ差し出した。
老人は私達を見て、大きく笑い、そして言った。
「ガッハッハ!!乾杯じゃ!!!」
それから、私と、彼と、老人の、静かで、騒がしい夜が訪れるようになった。
老人は別の方からやってきた冒険者らしく、とある理由の元この街にやってきたらしい。
冒険者の中には老人を知る者も居るらしく、なかなかの強者らしい。
彼もなかなかの身体だが、この老人はもっと凄かった。
筋肉という筋肉が、そこら中についている。私は二人に比べ華奢なので、老人には肉を食え!肉を!と言われ毎回奢ってくれるのだが、少食なので全然食べれない。
残すのももったいないので無理してでも食べようと思っていると、どこからか現れたアクアさんが気付いたら肉を食べていた。最初は老人も驚いていたが、肉を注文する度に現れる彼女が面白いのか、はたまたペットに餌を与える感覚なのか、よーしよしと毎回アクアさんの頭を撫でていた。
そんな日が続き、私の日常も、少しずつ……いや、だいぶ変わった頃だった。
彼に出会ったのは、これが、初めてだった。
「今日はあの老人も、無愛想なアイツもいないのね」
仕事を終え、1人静かに月を見ながら酒を飲んでいた私の元にアクアさんは訪れ、
いつものように酒を頼んで飲み始める。
今日は珍しく、二人共来なかった。
考えてみれば当たり前の事だ。
私達はずっと昔から知り合いというわけではない。
連絡手段もなく、集まる時はこの場所に自然と集まる形だった。
知り合ってからはほぼ毎日、約束もしていないのに私達はここに集まり飲んでいた。
そんな彼らも、たまには1人で居たい日があるだろう。
私も、今日は少し、静かに飲みたいなと思っていた。
まぁ、アクアさんが来た事でそれは無理なのだが。
……と、1人苦笑してる私に、アクアさんは顔を近付けてきた。
「むぅ、なによ1人でニヤニヤして。水の女神アクア様が許可するわ、言いなさい。今すぐ言いなさい」
既に頬を赤く染めながら、アクアさんは私に絡んできた。
今日はやけに、酔いが早いな。
「……ひっく……しかたないでしょー、カズマさんの目を避けて来るのが、どれだけ大変だったか……ひっく」
そう言って、空いたジョッキグラスを私に差し出す。
いつものように注ごうとし、注ぐよりも先に、アクアさんの頭が叩かれた。
「てぃっ」
「いったぁ……だ、だれよ!?女神の私の頭を叩くなん……て……」
「おいアクア、俺言ったよな?当分夜の外出は禁止だって。無視したらお前のシュワシュワをめぐみんに飲ますって」
「い、いやその、これはですねカズマさん……そ、そうよ!この男が悪いの!この男が勝手に奢ってくるから!」
「ていっ」
「いったぁ……二度も叩いた!!なんでよ!!叩かないでよ!!」
「うるさいお前は黙っとけ!!ったく……」
ジャージ姿の青年は私に目を向ける。私は黙って青年を見る。あのジャージ、どこかで――
「えっと夜兎さん、ですよね?うちのアクアが、今まで迷惑かけて、本当にすみませんでした……!」
うちのアクア、そう言った青年に私は驚く。
そうか、彼が――
彼が、カズマ。同じ転生者の、佐藤和真君か――。
お疲れさまでした。
我らがカズマさんの登場ですぞ。