[完結済み] この夜に祝福を。   作:Rabbit Queen

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この月の下で、また会おう。



たとえ叶うことがなくとも、私はずっと待っている――。


月夜に、さらば。

 佐藤和真。

 

 私と同じ、日本からの転生者。

 違うのは、年齢と、その壮大な使命。

 彼は、皆の期待を背負い、この世界の平和、魔王の討伐を目指している。

 こんなに若い青年が、命をかけて戦っている。

 

 改めて、転生者の役目と、

 それでも冒険者にならず思うままに日々を過ごしている自分の情けなさに心が締め付けられる。

 強い能力を得る機会も、強力な武器や防具を得る機会も沢山あった。

 だが私は、たかが酒を飲みたいがために、大事な機会を潰してしまった。

 果たして、本当にこれで良かったのだろうか。

 自分が選んだ選択は、本当によかったのだろうか。

 

 

 「えっと、夜兎さん?どうしました?」

 

 私の目の前に立ち、心配そうに声をかけてくる和真さんに、

 何でも無いですよと返事をして彼を空いている席に座らせた。

 何か注文しますか?と言うと、彼は恥ずかしそうに小さく言った。

 

 「いやぁ……その、今ちょっとお金に余裕が無くて……あ、あはは」

 

 目をキョロキョロとさせ、両手の人差し指同士をくっつけ、

 気まずそうにそう言った和真さんに、私はそうですかと頷き、店員さんを呼ぶ。

 彼がお酒を飲める年齢なのかわからなかったので、ひとまずジュースを頼んでおいた。

 運ばれた飲み物を和真さんの席の前に置く。彼は驚き、席から立ち上がった。

 

 「え!?あ、いや、大丈夫ですよ!そんな、奢ってもらわなくても!」

 

 普段アクアさんにお世話になっているから、そのお礼に奢らせてほしいと和真さんに言った。

 彼は悩み、お世話になってるのはこっちなんだけどなぁ……と呟きながら、

 頭をかくと私に頭を下げて言った。

 

 「……すみません!そ、それじゃ、頂きます!」

 

 どうぞと私は言って彼がジュースを飲むのも黙って見守る。

 恥ずかしそうに一気にジュースを飲み干すと、彼もまたアクアさんみたいに喜びを表現した。

 

 「……ぷはー!いやぁ、美味しいです!丁度喉渇いてて、本当にありがとうございます!」

 

 嘘をついている様子はなかった。和真さんが来た時、彼は額から汗をかいていた。

 きっと、急いでアクアさんを探しに来たのだろう。

 私は中身が無くなった彼のグラスを見て、もう一杯飲みますか?と訪ねた。

 

 「いや!もう大丈夫です!これ以上お世話になるのは、流石に申し訳ないので……」

 

 そう言って和真さんは隣に座っているアクアさんを見た。

 彼女は私と和真さんの会話を聞きながら、

 新しく追加されたお酒の瓶を手に取りジョッキグラスに注ぎ込んでいた。

 

 「ふんふふーん♪……どうしたの?カズマ。あ、もしかしてわたしに見惚れちゃった?やだもー、カズマさんったら!」

 

 ベシッと和真さんの右肩を叩くと、ジョッキグラスを片手で持ち上げぐいぐい飲んでいった。

 和真さんはその様子を見ながら、右手をぷるぷると震わせていた。

 今にも殴りかかろうとしている和真さんを止めつつ、

 更にもう一本追加で頼んでいるアクアさんを見て、私は苦笑するしかなかった。

 

 

 

 「……ほんと、うちのアクアがすみませんでした!お金が入ったら必ず返しに来ますので!!」

 

 和真さんは再び頭を下げながら私に謝る。

 私は返さなくても大丈夫、自分達の為に使ってくださいと返した。

 

 「いや、そういうわけにはいかないです!使った分は絶対返しますので!!」

 

 それでもなお返すと言うので、私は今までかかった費用の金額が書かれた紙を見せた。

 私が書いたんじゃない。

 いつもお世話になっているこのお店のマスターさんが毎回書いて渡してくるのだ。

 いつか、ちゃんと払わせないと駄目ですよと念入りに言われて。

 まさか、このような形でこれが役に立つとは思わなかったなと思いつつ、

 紙を見ている和真さんの表情を見る。

 

 ……あぁ、そんな絶望したような顔をしないでおくれ。

 大丈夫、お金は返さなくていいから。

 

 本当にこれ全部アクアが飲んだんですか?と和真さんは尋ねる。

 その様子を見ていたいつもの店員さんとマスターさんがやってきて、和真さんに説明した。

 どんどん顔色が悪くなっていく和真さんに、

 本当に大丈夫だから気にしないでと言って和真さんを落ち着かせる。

 頭を抱えてぶつぶつと何か呟いている彼に対し、

 アクアさんはまた一本追加しようとしていたので、それに気付いた和真さんが止めにかかる。

 追加の酒を止められたアクアさんは暴れ、私と和真さんとマスターさんでなんとか止め、

 今日ラストの一杯ということで手を打ってもらった。

 

 何度も何度も謝る和真さんに、私は一つ提案をした。

 乗ってくれるのなら、今までの分はそれで無しにすると。

 和真さんはすぐに食いつき、なんですか!?と訪ねてきた。

 

 そして、私は彼に伝えた――

 

 

 

 

 

 「お疲れさまです、夜兎さん」

 

 3日後。

 冒険から帰ってきた和真さんが私の席にやってくる。

 私は立ち上がり手をふると、和真さんを自分のテーブル席に座らせた。

 何か飲み物を注文しますか?と尋ねる私に、

 あ、今日は自分で払うので大丈夫です!と答え自分で飲み物を頼んだ。

 後で知ったのだが、和真さんは一応お酒は飲めるらしい。

 男二人、月に照らされながら、運ばれてきたお酒が入ったグラスをそれぞれ掲げ乾杯をした。

 アクアさんとは違い、ゆっくりと飲む和真さんの様子を見ながら、

 この素晴らしい冒険者の青年が今日も話してくれるのを静かに待った。

 

 

 

 「冒険話……ですか?」

 

 私は和真さんに、和真さんが体験した、

 あるいは仲間から聞いた冒険話を私に聞かせてほしいという提案をした。

 私は一度そういう話をつまみにしながら酒を飲んでみたいと思っていたのだ。

 ホスト時代に先輩方や後輩の武勇伝は何度も聞いたが、どれも楽しいものではなかった。

 1人を複数人でボコったり、カップルを襲ったり、

 とても楽しそうに人に話せるものではなかった。

 そういう話をする時はいつも聞き流していた。

 

 だが、和真さんは違う。

 命をかけて仲間と魔物や悪と戦うその姿は、

 正しく私が聞いてみたかった話そのものだ。

 時に楽しく、時にシリアスな冒険をしてきたに違いない彼の話なら、

 私はぜひ聞いてみたいと思った。それを、私は和真さんに提案した。

 和真さんは驚き、本当にそんなものでいいんですか?と訪ねてきた。

 まぁ、当然だろう。アクアさんにかかった費用は、正直話程度でどうにかなるものではない。

 だが、私はそんなものよりも、和真さんの話が聞きたかった。

 ただ月を見て過ごす私とは違う、壮大な使命を持ったこの青年の話を。

 それはきっと、お金よりも価値があるはずだから。

 

 悩みに悩んだ和真さんは、その提案を承諾した。

 ただ、どうしても話に来れない日が来るかもしれないから、

 その時はお酒代を払いますと言った。

 私はいいと言ったのだが、和真さんもなかなか折れない。

 仕方ないので、一杯だけ奢らせてもらうという形で手を打った。

 

 そうして、私と和真さんの不思議な関係は始まった。

 和真さんが冒険から帰ってくると、私はそれを迎い入れ、この月の下で乾杯をする。

 アクアさんはいつも一緒に来るのだが、たまに和真さんの仲間もやってくる事がある。

 めぐみんさんとダクネスさんという女性二人を紹介され、

 私も挨拶をしながら、お近づきの印として二人に一杯奢った。

 めぐみんさんがとても嬉しそうにお酒を飲もうとしていたが、和真さんがそれを止めた。

 どうやら、まだ彼女には飲ませないようにしているらしい。

 迂闊だったと思い反省しつつ、代わりに晩ごはんを奢ってあげた。

 

 

 ダクネスさんは一度見たことがあったので、その事を話した。

 彼女は驚きつつ、私も貴方の事は聞いていると返してきた。

 花を選んでくれてありがとう。と。

 私は恥ずかしくなりながら、どういたしましてと答えた。

 

 

 和真さんには多くの知り合いが居た。

 そしてたまにこうして私に紹介してくれる。

 私は出会う度に、一杯奢る。

 彼らは遠慮するが、それでも私は奢った。

 命をかけて戦う彼らに私が出来ることは、これくらいだからと。

 

 そうして、今日もまた、この夜と月の下で乾杯を交わした――

 

 

 

 

 

 

 「ガッハッハ!乾杯じゃ!」

 

 「……何度目だ」

 

 3度目の乾杯をする老人に、彼は呆れ、私は苦笑して答えた。

 私達がこうして集まるのは、深夜に近い時間帯になってからだ。

 和真さんが帰ってしばらくした頃に、こうして集まるようになった。

 最初は私が店に着いた頃には集まっていたのだが、

 最近は二人共忙しいのと、

 私の仕事と和真さんと話しているのを邪魔しないようにしてくれているらしい。

 私は気にしないのだが、彼らには思う所があるらしい。

 

 

 そうして、3度目の乾杯を終え、老人がいい感じに酔い始めた頃になって、口を開いた。

 

 「……ふぅ。それで?おぬし、何を言いたいんじゃ?」

 

 老人の言葉は、彼に向けられていた。老人は、彼が何かを隠している事に気付いていた。

 私も彼に目を向ける。実は私も、彼が何か隠しているのは気付いていた。

 というのも、彼は隠し事が苦手のようで。

 今日は店に来てからずっとそわそわしている様子だった。

 ずっと聞きたかったのだが、もしかしたら自分から言いたいのかもしれないと思った私は、

 彼が喋ってくれるまで待とうとしたのだが、老人は我慢出来ずに彼に聞いた。

 まぁ、そうでもしないと彼は話しそうには見えなかった。

 私も彼に、話してくれないか?と言った。

 

 

 彼はしばらく黙り込み、

 まだ半分以上入っていたジョッキグラスの中の酒を一気に飲み干して、言った。

 

 

 

 

 

 「……結婚、するんだ」

 

 

 

 

 予想もしなかったその言葉に、私も、老人も唖然とした。

 そんな私達に、彼は少しずつ話してくれた。

 

 実は結婚相手というのがこれまた不思議なもので、

 私が彼と初めて出会った時に相談に来ていた、あの元気な女性だった。

 あれ以降たまたま街で出会った二人なのだが、

 実は彼、初めて会った時に一目惚れをして、何も言えずただじっと見つめていたらしい。

 街で偶然会った時、もうチャンスは無いと思ったらしく、勇気を出して声をかけ食事に誘い、

 そこからは段々仲良くなって、最終的に彼がプロポーズをしたという。

 いや、まさかそんな事があるとは……

 私は驚きすぎて、追加で酒を運んできてくれた店員さんにさえ気付かなかった。

 大丈夫ですか?と声をかけられ、ようやく事態を飲み込めた私は彼を祝福した。

 

 「ガッハッハ!!いや、めでたい!!やるではないか!!ガッハッハ!!!」

 

 老人も同じように事態を飲み込むと、これでもかと笑い、彼の背中をバシバシと叩いた。

 それから、わしからの祝杯じゃ!と言いこの店で一番高い酒を頼んだ。

 なかなか高くて私も彼もまだ頼んだ事はなかったが、

 老人にとってもそれほど嬉しかったのだろう。

 顔を赤くして照れてる彼に、私は本当におめでとうと再度祝福した。

 

 「……感謝するのはこっちだ。お前のおかげで、女房に会えた。ありがとう」

 

 初めて、彼は長く言葉を喋った気がした。

 それよりも、彼が私に、優しく微笑んでそう言った事に、

 とても嬉しくなって、とても恥ずかしくなった。

 

 

 

 「いやぁ、めでたいのぅ!!」

 

 老人は嬉しそうにそう言いながら、酒を飲む。

 しかし、実はまだ終わりではない。

 私は気付いていた。そして彼も、同じように気付いていた。

 隠していたのは彼だけではない。あの老人も、何かを隠していると。

 老人も嘘がつけないのか、何か考え事をしている様子で今日は現れた。

 酔いが回り始めた彼が、楽しそうに言った。

 

 「……じいさんも何か隠してるだろ?」

 

 さて、この老人は何を隠しているのだろうか。

 私も微笑んで老人を見た。

 

 

 

 しかし、私と彼の反応とは違い、老人は、急に笑うのをやめると、こう言った。

 

 

 「……なんじゃい、おぬしらにはお見通しか」

 

 その言葉に、私も、彼も、笑みが消える。

 何か、聞いてはならないような事を聞いてしまった、そんな感じがした。

 彼は言った。

 

 「……どうしたんだ?」

 

 「いやなに、別にたいしたことじゃないんじゃ。なぁ夜兎よ、おぬしに相談……ではないのじゃが、わしの話を聞いてくれんか?」

 

 なんですか?と、私は訪ねた。

 

 

 

 

 

 

 「魔王の幹部、ベルディアに、わしは挑むつもりじゃ」

 

 

 

 

 

 それは、冒険者達から聞いた事があった。

 

 元騎士で、魔王側についたアンデッド。

 王都方面ではかなり恐れられており、そのベルディアによって多くの者がやられたらしい。

 並大抵の者が勝てるほどの相手ではない事は、私にもわかっていた。

 

 それを、この老人は挑むという。

 

 

 「ふざけるな!!」

 

 

 彼が怒り、持っていたジョッキを地面に投げ捨てた。

 ジョッキは割れ、ガラスの破片が地面に落ちていた。

 騒ぎを見てやってきた店員さんがどうしたんですか!?と訪ねてきたので、

 私は大丈夫ですと答えガラスの破片を拾う。店員さんも同じように拾い始めた。

 

 「……たしかに、こんなめでたい日に話す事ではなかったの。すまん」

 

 「……そういうことじゃ、ねえだろ」

 

 割れたガラスの破片を拾い集め、ポケットに入れていたハンカチで包み込み、

 店員さんに怪我をしないように注意しつつ渡し、席に戻る。

 新しく運ばれてきたジョッキを受け取り、感謝を述べ、彼の手前に置いた。

 そして、私は静かに目を閉じた。

 

 彼が怒るのもわかる。

 何故なら、この老人は、今から死にに行きますと言っているようなものだったからだ。

 めでたい日に言ったから怒ってるのではない。

 何故、無謀とわかってまで、挑もうとしているのか。

 彼は、それに怒っていた。

 

 「おぬし達の言うこともわかる。だがの、わしにとって、これは無駄ではないのじゃ」

 

 老人はそう言って、長い長いその話を、

 老人の、これまでの人生を話し始めた。

 

 

 

 「わしはの、若い頃からずっとこの身体とこの武器だけで冒険者をやってきた」

 

 「戦う事しか知らなかった、そんなわしにも、愛する人が出来た。たった一つのかけがえのないものが出来たのは、本当に偶然じゃった」

 

 「それからは、その愛する人、ばあさんも、この身一つで守ってきた。戦い疲れて帰ってきたわしを、ばあさんはいつも笑顔で出迎えてくれた」

 

 「子供には恵まれなかったが、本当に幸せだったんじゃ。それが、去年亡くなった」

 

 「わしはの、ばあさんが居ない世界が信じられないのじゃ」

 

 「最初こそ我慢はしたが、気付けば1人泣いている事が多くなっての」

 

 「40年じゃ……40年、共にした愛する者が、急にいなくなるのじゃ。それはもう、耐えられるものではなかったわい」

 

 「……元々、この街に来たのは、死ぬためだったんじゃよ」

 

 「ばあさんの生まれ育った街が、ここなんじゃよ。最後に一目見て、そこらのモンスターにでもやられて死のうと思っとった」

 

 「じゃが……おぬし達に出会い、もう少しだけ、生きてみたいと思った」

 

 「ばあさんに話す土産話を、少しでも多く持っていこうと思っての」

 

 「じゃが、それも終わりじゃ」

 

 「古い友人から聞いたんじゃ。この付近に、魔王の幹部、ベルディアが居るかもしれんと」

 

 「既にわしの仲間が奴が居ると思われる場所で待機しておる。わしも、明日の朝には向かうつもりじゃ」

 

 「もしこの街にやつが来たら、きっとあっという間に街は滅ぶじゃろう」

 

 「人も、街も、全て消えてゆく。それだけは、阻止せねばならんのじゃ」

 

 「例えそれが無駄だとわかっていても、わしはやらねばならん。ばあさんの街を、そして、おぬし達との思い出を、消したくないのじゃ」

 

 

 老人は全て語り、黙り込んだ。

 彼も、何も言わず、席に座り腕を組んで黙る。

 私は1人、月を見た。

 

 

 

 そして、彼のジョッキに新しく酒を注ぎ込んだ。

 老人のジョッキにまだ酒が残っているのを確認し、

 私は自分のグラスを静かに持ち上げ、掲げた。

 

 

 

 ――乾杯。

 

 

 

 ただ、それだけを言って。

 

 老人も、彼も、私を見て、そして、同じように掲げた。

 

 

 それから、いつものように騒いだ。

 この夜が、いや、この人達と過ごす夜が、明日も来ると願いながら――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「夜兎さん!」

 

 

 次の日の夜、私は独り酒を飲んでいた。

 そこに、いつものように、和真さんがやってきた。

 その様子はどこか焦っているようだった。

 後からやってきたアクアさんの顔を見る。

 あの女神様も、普段とは違い、何か、悲しい目をしていた。

 

 

 私は、もう理解していた。

 だから、和真さんには何も言わなくていいですよと言った。

 

 

 

 そして、月に、あの老人に、私はまた乾杯をした――。

 

 

 

 




補足です。
この時点でアクセルの人達はまだベルディアに気付いてません。
時系列としてはベルディアが街に来る前のお話。
何かに殺られたという情報だけ伝わってる感じです。
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