[完結済み] この夜に祝福を。 作:Rabbit Queen
この出会いを。
この別れを。
私は決して忘れない。
だから唄う。友に捧げる、月の唄を――。
あの老人が去ってから、早くも二週間が経とうとしていた。
私は、いつもと変わらない日々を過ごしていた。
朝から夕方まで働き、夜は月を見ながら酒を飲む日々。
少し違うのは、出会いと、そして、別れがあっただけ。
和真さんやその仲間さん達は私を気遣ってくれた。
私は大丈夫ですよと言って、彼らの冒険話を聞き続けた。
アクアさんだけは変わらず、いつもの調子で私に酒を奢らせる。
周りが気を使ってくれるのも凄く嬉しいのだが、私にとってはそれが一番ありがたかった。
翌日。
仕事場で花の手入れをしていた私の耳に、外から何やら騒がしい声が聞こえてきた。
それは夜によく聞くあの楽しそうな騒がしい声ではなく、
何か、不安を掻き立てるようなものだった。
私は花の手入れと店内に居るお客様の対応の為に様子は見に行けなかったが、
代わりに様子を見に行った店長がお客様に聞こえないように私の耳にひそひそと話し始めた。
それは、忘れるはずもない。
あの老人が挑み、そして亡き者にした本人。
――魔王の幹部、ベルディアが城門前に現れたという。
私は驚き、手に持っていた花瓶を落としそうになった。
しかしすぐに冷静になり、両手にしっかり力をいれ花瓶を抱きしめる。
落ち着け。こういう急な事態には慣れている。
老人の敵がそこにいる。それはわかっている。
しかし、私はただの人間だ。
和真さんのように、冒険者達のように、力を持っているわけではない。
仮に持っていたとして、果たして私がその幹部に勝てるだろうか?
今まで一度も人を殴った事も、ましてや殺めた事もない私が、
能力を一つ、いや武器を、今更持ったところで戦えるだろうか?
きっと、無理だろう。
だから私は、今自分のやるべきことをやる。
ひとまず、お客様に不安を与えないこと。
いつも通り、笑顔で接客を。
今はただ、何も起きないことを祈りながら――。
「……話は、聞いたか?」
夜。
いつもの店で、いつもの席に座る私に、
仕事を終えて息を切らしながらやってきた彼が席に座りながら尋ねる。
私は頷き、グラスの中に入っている酒を見た。
中身はまだ減っていない。この席に座ってから30分経ったが、今日はまだ口をつけていない。
仕事を終えて私が真っ先に向かったのは、冒険者ギルドだった。
初めて入る建物とその雰囲気に緊張しながらも、居るはずの青年を探した。
私が建物に入ると、そこに居た冒険者の大半が驚いた。
和真さんの紹介で知り合った人も居れば、私が相談を受けた人達も居た。
こういう場所に縁がないはずの私が居る、それは彼らにとってありえないことだったのだろう。
ギルドの受付をしていたルナさんが私の元まで駆け寄ってきた。
彼女の事も勿論知っている。何度か私に相談しに来た事があるからだ。
主に和真さんのパーティーの事でだが……。
そんな彼女も、驚きながら私の元に駆け寄る。
「どうされたのですか?夜兎さんがギルドに来るなんて……」
私は事情を説明し、目的の人物が居ないか訪ねた。
「それでしたら……あっ」
ルナさんは何か言おうとし、私の後ろを見て言葉が詰まる。
何事かと思い私は後ろを向いた。
そこには、頭を抱えどうしたものかと悩みながらギルドに帰ってきた、
和真さんとその仲間さん達が居た。
私は目的の人物である和真さんに、何があったのか話を聞いた。
グラスの中の液体が大きく揺れる。
ガンッ!と大きな音を立てながら、ジョッキグラスがテーブルの上に強く置かれた。
私は自分のグラスから、隣に座る彼に視線を移す。
和真さんに聞いた話を私は彼に話した。
それを黙って聞いていた彼は置いていたジョッキグラスを持ち上げ、
並々に注がれた酒を一気に飲み干した。
そうして、さっきの大きな音が鳴った。
周りが驚き、店員さんも心配そうにこちらを見てくる。
彼は、額に血管が浮き出るほどキレていた。
すぐそこに仇がいる。
そしてそいつが、老人だけじゃ飽き足らず、
和真さんのパーティーメンバーであるダクネスさんに呪いをかけた。
彼は和真さんのパーティーメンバーと仲がいいわけではない。
話したのは一度っきりで、それ以降は面識がない。
それでも、同じ街に住み、自分達を守ってくれている人達が、
わけのわからない呪いで死ぬかもしれないと聞くと彼は怒りを顕にした。
私は先に話すべきだったと彼に謝り、続きを話した。
ダクネスさんにかけられた呪いは、アクアさんが浄化したという事を。
彼は驚き、そういう事は早く言え。と怒り気味で言った。
私はすまなかったと頭を下げて謝った。
「珍しいわね。喧嘩でもしたの?この女神アクア様が仲裁してあげるわよ?」
彼に謝っていると、いつものように酒を飲みに来たアクアさんが現れた。
私は事情を説明し、彼女を座らせる。
様子を見ていた店員さんがアクアさんにお酒を運んでくる。
彼女は感謝を述べ、グビグビと飲み始めた。
そんなアクアさんに、彼は言った。
「……お前、凄いやつだったんだな」
彼の不器用な褒め言葉に、アクアさんは口に含んでいた酒を私に吹きかける。
彼女の唾液と口に含んでいた酒でびしゃびしゃになった私は、
店員さんを呼び拭くものはないですかと聞いた。
そんな私を無視してアクアさんは驚きながら彼に言った。
「ちょ、急になによ!?気持ち悪いわね……」
「……悪かったな。話を聞いて、感心しただけだ」
「話?話って何よ?あなた達わたしの話なんてしてたの?ちょっとやめてよー照れるじゃない♪」
「……まぁ、間違ってはいない。お前は、よくやった」
「え……ちょっとどうしたのよ。素直すぎて逆に気持ち悪いんですけど……」
「……今日は、オレも一杯奢ろう」
「え、ほんと!?……って、だ、騙されないわよ!?そうやって喜ばせておいて最後にはわたしを泣かせるんでしょ!?知ってるんだからね!ねぇそうなんでしょ!?」
アクアさんはそう言ってびしゃびしゃになったシャツを脱いで身体を拭いている私の肩を、
両手で強く掴み左右に大きく揺らしてきた。
私は違いますよと言いながら素肌に当たる夜風が冷たくて、早くシャツを着たいと思った。
替えのシャツ……なんてものは持っていなかったので、
お世話になっているお店の店長に何かないか話をした。
話をしておいて、流石に替えの服を置いている飲食店などないんじゃないかと思った。
案の定、店長さんは困っていた。
そんな困っているところに、いつも私を対応してくれる店員さんが白いシャツを持ってきた。
それは彼女達が仕事場で使うものだった。
これでもよければ、と言う彼女に私は感謝を述べて受け取る。
真っ白なそのシャツを着た時、店長さんは呟いた。
「あれ、確かそのシャツも丁度切らしてなかったかい?」
彼の言葉を不思議に思いつつ、私はふとその匂いに気付く。
それは、その真っ白なシャツに付いていたもので、その匂いに私は覚えがあった。
私はシャツを持ってきた彼女を見た。その時、彼女から匂いがした。
それは、私が着ているシャツと同じ匂い。
甘くて、少しクセになりそうなその匂いが、私を包む。
まさかと思い、私は彼女にそれを言おうとし、
彼女は自分の口元に人差し指を当てると、秘密ですと言いたげな優しい目で私を見た。
「さっき探したら、一つだけありましたよ」
そう言って誤魔化す彼女に、店長さんは疑いもなく納得した。
そして、店長さんは他のお客さんに呼ばれその場を離れる。
店長さんが離れた事を確認した私は彼女にすみませんと謝った。
彼女は微笑んで、いつも贔屓にしてもらってますからと言った。
それでも申し訳ない気持ちで居た私に、彼女は言う。
「それじゃ、貴方の濡れたシャツをください。私のと交換です」
彼女の言葉に、私は驚く。
そんな私に対し、彼女は、なーんて。と笑う。
私は、少し考え、承諾した。
彼女の言葉に驚いた私だったが、今度は彼女が、私の承諾に驚いた。
こんな物でよければ。そう言って、濡れたそのシャツを差し出す。
口を半開きさせ唖然としている彼女の姿は初めて見るなと思いつつ、
やっぱりいらなかったですか?と言って引っ込めようとした。
彼女はサッと私の持っていたシャツに手を伸ばし強く引っ張る。
「も、貰えるのなら……いただきます」
少し照れくさそうに、頬を染めた彼女に私は笑ってそれを差し出した。
この子のように、私の物を欲しがる人は居た。
大抵は私が持っていたブランド物を、受け取って飾ったり売ったり。
流石にシャツを欲しがる子は居なかったが、不思議な物を欲しがるなと思いつつ渡した。
大事にしますね。そう聞き慣れた言葉を聞きつつ、私は自分の席に戻った。
席に戻った私は、既に出来上がっていたアクアさんを見て、
今日はあと2本頼んだら終わりかなと思いつつ席に座る。
さっきまで怒っていた彼も、今じゃ顔を赤くさせ楽しそうに酒を飲んでいた。
遅れて私も飲み始めようとグラスを持ち上げ、
入れてから十分すぎるほど時間が経ったその酒を飲み込む。
そして、朝の出来事を振り返る。
和真さんとアクアさんの仲間に呪いをかけたベルディアという人物は、
そのまま自分の住む城に帰っていったという。
一度は帰ったとはいえ、いつ、また訪れてくるかはわからない。
果たして、次も同じようにどうにかなるのだろうか。
それとも……
「安心しなさいよ。わたしとカズマ達でどうにかするわ。守ってあげるから感謝しなさい」
私の不安をかき消すように、アクアさんは呟いた。
彼女の見る。楽しそうに酒に酔って酒瓶を抱えていた。
いつものだらけた頼りないその姿が、今の私と彼にはとても頼もしく思えた。
そして、その言葉を聞いて安心したからか、彼は静かに眠りだす。
アクアさんも楽しそうな顔をして、よだれを垂らして眠りだす。
私は、そろそろお開きかなと思い席を立ちアクアさんのよだれを拭いた。
最後に一杯飲もうと、グラスに酒を入れて月に掲げる。
意味がないかもしれない。
それでも――
それでもどうか――この女神様と和真さん達に、祝福を。
最後に目撃されたと言われるその場所に、私達は訪れた。
その日私は無理を言って、和真さんとその仲間さん達に護衛を頼んだ。
冒険者達の情報を頼りに、その場所に向かい、そして辿り着いた。
手には酒瓶と、グラスを3つ。
私のグラスと、
彼のジョッキグラスと、
老人の、ジョッキグラスを。
それぞれにお酒を入れる。
そして、小さく建てたその墓の前に、老人のジョッキグラスを置いた。
和真さん達は気を利かして、離れた場所で待機している。
今日も彼らには依頼があって、その短い時間に私の頼みを聞いてもらった。
少ししかないその時間。
でも、私と彼には、十分だった。
多くの言葉はいらない。
ただ、報告を。
そして、あの日と同じように。
私達3人は、乾杯をした。
私に訪れた別れは、もう一つあった。
「……女房の両親のところに、行くことになった」
それは、老人に会いに行った日の夜だった。
彼は高いあの酒を頼むと、私にゆっくりと話した。
彼の奥さん、その両親が居る街に行くことを。
挨拶だけではなく、その両親がやっている農業を手伝うのだと。
奥さんの両親はもう長くないらしく、彼が引き継ぐことを決めたらしい。
最後まで両親の側に居させたいと思った彼は、奥さんを説得して行くことにした。
看取って、そして彼も、出来ることなら奥さんとその街で最後を迎えたいと。
彼には両親がもう居ない。
事故で急に亡くなった彼にとって、奥さんだけはせめて最後まで一緒に……と。
老人が自分の話をした時、それ以上怒らなかったのはきっとそういう事だったのだろう。
自分と同じように、それまで一緒に過ごしていた大事な人を、
一瞬で奪われ失う辛さを、彼は知っていたのだ。
私は、そうですかと言い、では乾杯をしましょうと伝えた。
新たな門出に?それとも、この夜に?
悩む私に、彼はジョッキグラスを掲げ言った。
それは、予想もしなかった言葉だった。
私は驚き、照れて、そして――
「ふーん……あの無愛想な男もどっか行っちゃったのね」
独り静かに飲んでいた私の元に、アクアさんがやってくる。
いつものように酒を注文し、いつもの席に座り、グイグイと飲み始める。
私の話を聞いた彼女は、興味無さそうに、でもどこか寂しそうに、呟いた。
「でも変な関係ね。あなた達ってそういう関係じゃなかったの?」
アクアさんの言葉に、私は微笑む。
私も、彼も、あの老人も、きっと同じように思ってたと思う。
でもそれは、言葉にするのには少し恥ずかしくて。
ずっと言えなかった言葉。
でも彼は、最後にそれを口にした。
私は、今は遠く、そして同じようにこの月を見ているだろう彼に向けて乾杯をする。
あの日と同じように。
「……友に」
――あぁ、友に。