[完結済み] この夜に祝福を。   作:Rabbit Queen

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生まれてから、いつも聞かされていたあの人のお話。
初めて会ったその人は、かっこいいというわけではなかった。


ただ、凄く綺麗で。手を伸ばしても、届きそうになくて。


そして、聞いてた通り、ずっとずっと、優しい人でした。


月まで届け、この一杯。

 「そろそろギブアップしたらどうかしら?」

 

 「フハハハ!それは我輩のセリフだ女神よ!そろそろ限界ではないのか?」

 

 

 テーブルの上の酒瓶が、二人がジョッキグラスを強く置く度に少しずつずれていき、

 地面に落ちそうになるのを私は受け止め元の位置に戻す。

 それを、既に3回は繰り返していた。

 流石にもう限界かなと思いいつもの店員さんを呼ぶ。

 テーブルの上に置かれている大量の酒瓶を店員さんは運んでいく。

 数が多く1人では持てなかったので、私も手伝った。

 本来なら別の店員さんが手伝うのだが、今日は特別混んでいて。

 他の店員さんは忙しそうにあっちへこっちへ注文を受けに行っていた。

 

 「すみません、手伝ってもらって」

 

 彼女は私に謝るが、これくらいは全然構わない。

 むしろここ最近はアクアさんとバニルさんの、

 酒飲み勝負で迷惑をかけていることに、私はすみませんと謝った。

 

 「いえいえ、貴方が楽しそうでよかったです」

 

 彼女はそう言って笑う。

 この人にもわかるくらいに、私は表情に出ていたのだろうか。

 そう思うと、なんだか恥ずかしい。

 

 「初めて来た頃は、どこか怖いイメージがありましたので」

 

 ここに来た頃は、ただじっと月を見ていた。

 酒を頼み、つまみなども用意せず、ただ独りじっと月を見ていた。

 そんな私の姿が、彼女にとって、いや、当時から私を見ていた人達にとっては、

 相当変なやつだと思われていたのだろうか。

 元の世界に居た時も、私はずっと月を見ていた。

 何をするにも、最後には月を見ていた。

 

 だが、この世界に来て……

 

 多くの人に出会い、同じ夜を共に過ごしていくうちに、

 月を見ていた時間と同じくらい、私はその人達と話を交わした。

 月をただ見ていた私が、

 今では、月の下で、月に照らされつつ、誰かと一杯やる。

 

 それは私にとっても、

 そして彼女にとっても、とても喜ばしいものだったんだと思う。

 そう思わせるほどに、彼女の笑顔は嬉しそうだった。

 

 

 

 

 「夜兎さん、忘れていたのですが……これ、どうぞ」

 

 酒瓶を片付け席に戻った私はアクアさんとバニルさんとまた酒を飲み始めていた。

 そんな私の元に、彼女は思い出したかのように急いで駆け寄ってきた。

 その手には、一つの白い紙が握られていた。

 

 「お手紙のようですよ?なんでも、住所がわからず、この場所にいけば大丈夫だと」

 

 そう言って差し出してきたその手紙を、私は受け取る。

 表には私の名前が書かれていた。住所は、書かれていない。

 裏を見た私は、最初その名前が誰のものかわからなかった。

 その名前の横に書かれていたそれに気付いて、私はやっとわかった。

 

 

 ――生涯の友へ。飲み仲間より。

 

 

 それは、遠くの街に行った彼からの手紙だった。

 私は嬉しくなり、初めて彼から届いたその手紙の中身を見る。

 

 

 「なになに、手紙?ラブレターかしら?わたしにも見せなさいよ!……って、どうしたのよ?」

 

 「……そういうことか。女神よ、今は、何も言うでない」

 

 「な、なによ?どういうこと?」

 

 

 

 

 

 

 ――拝啓、遠くの街にいる、父の大事な友さんへ。

 

 ――話は、父と母からずっと聞いていました。

 

 ――貴方に、ぜひともこちらの街に来ていただきたいのです。

 

 

 

 

 

 

 ――どうか、父と母の墓に、会いに来てくれませんか?

 

 

 

 

 

 それは、彼の死の知らせだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガタガタと揺れる小さな馬車の中から、私は外の景色を見る。

 その右手には、例の手紙を握っている。

 初めて見る外の景色に、少しはワクワクしていた。

 それでも、頭の中はずっと彼の事ばかり考えていた。

 私は再び手紙の中身を読んだ。

 とても綺麗で、でもところどころ文字がかすんでいるその手紙を、私は読み返した。

 

 

 

 彼は、友は、流行り病で亡くなった。

 当時、その街では流行り病起きていて、多くはなかったが何人かの命が亡くなった。

 その中の二人が、彼と、その奥さんだった。

 

 最初は奥さんが病気になった。

 医者に見てもらった結果、流行り病だという事がわかった。

 当時治すすべがなかったため、

 病気にかかったものは運良く生きるか、ただ死ぬしかなかった。

 医者は彼に、残念ですと話しながら奥さんと離れるように伝えた。

 奥さんも既に病気を理解しており、彼に感染るからと言って別れを告げようとした。

 それでも、彼は一緒に居た。

 

 ずっと側で看病していた彼に病気は感染り、徐々に彼の身体も弱くなっていたらしい。

 それでも、ずっと側にいて。

 そして、幸か不幸か、二人は同じ日に亡くなったという。

 最後には、お互いに手を繋いで。

 

 

 

 手紙の裏に書かれていた生涯の友へ。飲み仲間より。とは、彼の娘さんが書いたという。

 父の話を聞いた娘さんが、父ならきっとこう書くだろうと思って。

 娘さんに感染らなかったのは、彼女が別の街に居たから。

 成長した彼女は父と母の静止を振り切って冒険者になっていた。

 生まれた街だと両親に止められると思った彼女は、

 別の街のギルドに登録して冒険者をやっていた。

 

 

 そうして、しばらくして娘さんもその知らせをしったという。

 戻った頃には既に両親は亡くなっており、

 更に流行り病も二人が亡くなった直後に薬が出来て解決したという。

 娘さんは別の街で冒険者をやるのを止めて、

 今は住んでいた両親の家に住み、その街で冒険者をやっているらしい。

 墓も出来てようやく落ち着いた頃に私の事を思い出し、こうして手紙を送ってきた。

 

 

 

 最後まで読んで、そして書かれていた文字に人差し指を当てる。

 ところどころ濡れた跡でかすれている文字は、きっと娘さんが泣きながら書いたのだろうか。

 もしそうなら、きっと娘さんは今も……

 

 

 「……大丈夫ですか?」

 

 文字をじっと見ていた私に、彼女は声をかけた。

 私は大丈夫ですよ。と言って、本当に良かったのですか?と彼女に言った。

 普段の制服姿とは違い、可愛らしい私服姿の彼女は微笑んで言った。

 

 「だって、今の貴方1人だと、なんだか危なくて」

 

 私が守ってみせますから!と右手で拳を作って私の胸に優しく当てる。

 彼女の優しさに感謝しつつ、私は小さな馬車が走る先を見る。

 

 大きな城壁が見え、その向こうに待つ人物に私達は今から会いに行く。

 

 

 

 

 

 辿り着いた街で、

 私と彼女は手紙に書かれていた住所の場所を街の人に聞いた。

 話を聞いてくれた人達は皆、彼とその奥さんを知っていた。

 とても仲がよく、この街で一番お互いを愛し合っていた夫婦だったと評判だった。

 それがまるで自分のように私には誇らしくて、早くその事を彼に報告してあげたいと思った。

 

 そうして、人々に聞いて向かった先に――

 

 

 「……夜兎さん、ですか?」

 

 その娘は居た。

 

 彼と同じ強い瞳を、そして奥さんと同じ髪色をした可愛らしい女の子が。

 

 

 

 

 

 娘さんに案内され、私と彼女は彼と奥さんが眠るその場所まで歩いた。

 道中、大きな畑が見えて、それをじっと見ていた私に娘さんは言った。

 

 「父の畑です。いつか、夜兎さんに見せたいって言ってました」

 

 今は親戚の人や彼の知り合いが協力して育てているらしいその畑から、

 私は彼が一生懸命ここで働き、生きてきたんだと感じた。

 しっかりとこの目で彼の畑を見る。

 

 確かに、見たよ。

 確かに、感じたよ。

 君の、生命を。

 

 

 

 

 

 

 そこは、一番、月に近い場所だった。

 彼の最後の遺言だったらしい。

 

 

 ――どうか、俺と女房を、一番月の近い場所に。

 

 ――俺達を会わせてくれた月に、そしてあいつに、届くように。

 

 

 

 それを聞いた私は、1人だけで行かせてくれませんか?と言った。

 娘さんも、彼女も、小さく頷いた。

 感謝を述べ、ゆっくりと歩き出す。

 

 

 

 

 

 どれだけの時を、二人は共にここで過ごしたのだろうか。

 

 どれだけの夜を、二人は共に乗り越えたのだろうか。

 

 どれだけの月を、二人は共に見て、そして二人を、月は照らし続けたのだろうか。

 

 

 

 立ち止まり、小さな小さな、その墓に、呟く。

 

 

 

 ――やぁ。随分と遅くなったけど、来たよ。

 

 

 

 

 

 

 私は、彼に、そして彼が愛した彼女に、20年ぶりに会った。

 

 

 

 

 

 

 

 夜。

 娘さんが作ってくれた料理を、彼女は美味しそうに食べる。

 私は少しだけ食べ、そして残してしまった。

 申し訳ない、と娘さんに謝るが、彼女は大丈夫ですと答えた。

 私が少食なのも、娘さんは聞いていたらしい。

 一体どれだけの事を娘さんに話したのだろうかと苦笑しつつ、

 私はそれじゃ、失礼するよ。と言って外に出る。

 手には酒瓶とグラスを持って。

 

 

 

 

 

 「……あの」

 

 「はい?」

 

 「夜兎さんの、奥さんですか?」

 

 娘は彼女に言う。

 彼女は笑って、そして言った。

 

 「そうだったら、良かったんだけどね」

 

 その言葉を聞いて、娘は理解する。

 

 「……そうですか」

 

 そうして、二人は肩を並べて一緒に食器を洗った。

 

 

 

 

 

 

 初めて訪れる場所で、その月を見る。

 いつもと違った表情を見せる月が私を照らす。

 しばらく見て、そして彼のグラスに酒を入れて墓の前に置く。

 

 ――懐かしいですか?わざわざ、あの店から持ってきたんですよ?

 

 

 ふと、月が強く私を照らした気がした。

 

 

 私は再び月を見る。

 月は、笑っているように見えた。

 

 私も笑って、そしてグラスを月に掲げる。

 

 

 

 ――乾杯。

 

 ――……乾杯。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あの、夜兎さん」

 

 三日後、私と彼女は帰ろうとした所、娘さんに声をかけられる。

 どうしました?と私は答える。

 

 「父と、母と、出会ってくれて、ありがとうございました」

 

 そう言って、娘さんは頭を下げる。

 私は、彼女に荷物を一度預け、娘さんに近寄る。

 そして、顔を上げた少女を、優しく抱きしめた。

 

 「え、あ、あの、夜兎さん……?」

 

 

 ――こちらこそ、生まれてきてくれて、ありがとう。

 

 

 「あ……」

 

 

 きっと、彼も、奥さんも、ずっと言いたかった言葉。

 私はそれを代わりに伝える。

 少女は、私を強く抱きしめ、泣いた。

 心を強く見せようとも、表面上強く見せようとも、この娘はまだ子供だ。

 だから今は、思いっきり泣いていい。

 ずっとずっと溜めていた物を、今は吐き出していい。

 彼が出来なかった事を、私が代わりに出来るのなら。

 

 

 今はただ強く、私にぶつけていい。

 

 

 

 

 

 

 「ごめんなさい。それと……ありがとうございました」

 

 気にしないでください。と答える私に、娘さんは言った。

 

 「聞いてた通り、本当に、優しい人ですね」

 

 恥ずかしいな。そう言って笑う私に少女は、同じように笑って、そして言った。

 

 

 「あの、いつか、いつか夜兎さんの元に行きます。そしたら、私とも飲んでくれますか?」

 

 ええ、勿論。

 その時は、貴方の父の話をしましょう。彼と過ごした日々の事を。私は答えた。

 

 「楽しみにしてます」

 

 少女は寂しそうに、でも何かを強く決心し、そう言った。

 私と彼女は、そんな少女にまた会いましょうと言って街を去った。

 

 

 

 

 

 

 「あの娘、貴方に恋をしましたね」

 

 

 

 帰りの馬車で、彼女は言った。

 私は笑って、それは無いよと返した。

 

 「はぁ、相変わらず、女の子の気持ちはわからないんですね」

 

 呆れる彼女に私は苦笑する。

 

 

 ……わかっているよ。十分、わかっている。

 でも私は答えられないんだ。

 

 

 あの娘にも。

 

 そして、君にも。

 

 

 

 「……あ、見えてきましたよ?今日の夜はどうします?」

 

 彼女の言葉に、私は笑って返す。

 

 

 ――勿論行きますよ。月を見るために。

 

 

 

 

 

 




明日も投稿します。GW中に完結です。
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