recadero de domingo(日曜日よりの使者)   作:Writehouse

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第十一話「ターニングポイント・前編」

 わずかな期間のうちに改装を終え、改めてマラサイと名付けられた12機のMSは、入港したばかりのティターンズ所属の軍艦〈アレキサンドリア〉に積み込まれることとなった。

 非公式の取引であるこの納品業務は、カモフラージュの意味も兼ね、わざわざアナハイム側が軍港まで運搬していくという手順をとった。それはアントニオがマクローリンと協議した結果決めたもので、この事実をジャンマリーの目から隠蔽するという意味合いが大きかった。

 

 最後のマラサイがコンテナの中に収まった時、アントニオは大きなため息をついた。指示どおり、なんとかジャンマリーに知られることなく仕事を終えることができたのである。マラサイを積み込んだトレーラーが軍港へ出発するのを見届けると、アントニオは続行中のテストに合流するために管制室へと急いだ。

 

 現時点でたった1機になってしまったドミンゴは、相変わらず良好なテスト結果を叩き出していた。アントニオが管制室へ入ると、まもなく今日のテストが終わるところだとドナが教えてくれた。

 

 今日のメニューは主に火器コントロールシステム(FCS)の試験と、戦闘を想定した各種状況での機体制御だった。まとめられたばかりのテスト結果に目を通しながら、アントニオは複雑な思いにかられていた。

 プログラムを見れば、今日までにほぼすべてのテストを消化していた。明日、全面的な機体のオーバーホールを終えたら、明後日からいよいよ最後のメニューである模擬戦闘テストに入る手筈となっている。

 実際、ドミンゴは戦闘に投入してももはや何の問題も発生させないだけの完成度にあるだろうと思われた。ここから先、模擬戦闘を繰り返すことで搭載するオペレーションシステムのためのデータを蓄積・洗練していけば、ますますもって完成度は高まることになる。

 

 ドミンゴが帰投してきた。機体は係留ワイヤーにからめとられ、従順にハンガーへと運ばれていく。やがて完全に機体が固定されるのを待って、ジャンマリーが機体を降りた。

 

「お疲れさん」

 

 管制室に姿をあらわしたジャンマリーはそう言って片手を上げた。スタッフたちも片手を上げて応えたり、ねぎらいの言葉をかけたりして彼を出迎えた。

 アントニオが変わりはじめているように、ジャンマリーもまた変化しはじめているように見えた。少なくとも、いまのようにちょっとした会話らしきものを皆と交わすようになったし、挨拶もするようになった。なによりいつも仏頂面だったその表情には、多少の穏やかさとも受け取れるものが浮かび上がっている。

 それにともなって皆との距離も縮まってきたように見える。アントニオとの距離もぐっと縮まった。いままでの彼なら必要ないと判断して口にしなかったようなことを、アントニオに向かって語りかけたりするのだった。

 

「明日オーバーホールを済ませたら、いよいよ模擬戦闘か。仮想敵機(アグレッサー)は何だ?」

 

「初日はハイザックと1対1の模擬戦ですね……我が社のテストパイロットが搭乗します」

 

「ハイザックに遅れをとる気はしないが、まあ本職のパイロットの腕の見せ所というところだな」

 

「そうですね、ドミンゴの初舞台だ」

 

 出会った時の印象からすれば、ジャンマリーは本当によくしゃべるようになった。だが彼がしゃべればしゃべるほど、アントニオはうしろめたさを感じてしまうのだった。

 彼の態度が友好的なものに変化したのは、それは彼の信頼を得られたからに違いなかった。それなのに、彼の知らないところでアントニオは、その信頼を裏切るようなことをやっている。

 だから彼の態度が和らいでいくほど、アントニオは身も心もこわばらせていく羽目に陥るのだ。

 

「もう少しで君たちともお別れなわけか。それを思うと少し寂しい気もするな……そうだ、幸い明日はテストもないわけだし、お別れの前に一緒に酒でも呑まないか。あの社員住宅ときたら、豪勢なことにホームバーまでついているからな」

 

「ええ、いいですね」

 

 ジャンマリーに酒を飲もうなどと言われて、アントニオは耳を疑う思いだった。できれば今は酒など酌み交わしたくはないような気がした。しかし面と向かって断るに足る理由をアントニオは持ち合わせていなかった。

 それで、気が付いた時にはそんな言葉を口にしていた。

 ジャンマリーが嬉しそうに微笑むので、アントニオはどうにも胸が痛んだ。

 

 アントニオの社宅は、ジャンマリーにあてがったものと多少離れてはいたが、同じ区画に建てられている。そのおかげでアントニオは自分の愛車にジャンマリーを乗せ、一緒に帰る段取りになった。

 今晩はとくに何の約束もしていなかったが、肩をならべて帰る二人を、ドナは世界の終わりを見るような顔で見送ったものだった。

 

「何をそんなに緊張しているんだ?」

 

 移動中は会話らしい会話もなく、ガレージで車を降りると、ジャンマリーが笑いながらそんなことを言った。

 

「別に緊張しているってことはないんですけど」

 

 暗に緊張を認めるようなことを言いながらジャンマリーの部屋に入れば、これがほとんど生活の痕跡が見られず、初日に案内した時のままに見える箇所がいくつもあった。

 

「まるで生活臭がしないですね……何だか、ある意味では想像どおりというか」

 

「何だ、どういう意味だね」

 

「いやまあ、何て言ったらいいか……」

 

 アントニオの受け答えに苦笑いしながら、ジャンマリーはキッチンに消えていった。所在なくその後ろ姿を目で追っていると彼は冷蔵庫から酒瓶をひとつ、キッチンの隅の収納からもうひとつ取り出し、グラスふたつと氷、それに缶詰といった具合に次から次へとテーブルに並べていった。

 最初にテーブルに置かれた酒は見慣れない酒で、何かと思ってラベルを見れば、地球から輸入されているオランダ産のジンであった。もうひとつは以前からここに備え付けてあったモルトウィスキーで、封は切られていない。缶詰はニシンの塩漬けと、ソーセージである。

 

「君はウィスキーの方がいいだろう」

 

 L字型のソファの対角に座ったジャンマリーがそう言ってウィスキーの栓を開ける。

 

「ワインがあればよかったんだろうが、すっかり忘れていてね……ロックかね? それとも水割りがいいのかな?」

 

「そちらはジンを飲まれるみたいですから、ここはロックでいただきますか。それにしても珍しい酒を飲みますね?」

 

「ああ、私はもともとオランダ系で、我が家では昔から酒はジンと相場が決まっていたものだから、ことさら愛着があってね」

 

 なんだか意外な気がした。

 

「……どうしたね?」

 

「いえ、その、准尉の口から〈我が家〉なんて言葉を聞いたものですから」

 

「私にだって家族くらいはいるさ。エゥーゴが蜂起した直接の理由は30バンチ事件だが、それを言うなら私がエゥーゴに参加するきっかけになったのは家族が理由だ」

 

「ちょっと待ってください。そんな立ち入った話、僕なんかが聞いていいものなのかどうか」

 

 ウィスキーを満たしたグラスをアントニオの方によこしながら、再びジャンマリーが笑った。

 

「かまわんよ。どうもその……いや、これは距離を置くようにつとめていた私の態度もまずかったんだろうが、どうやら君たちは私のことを血の通った人間だと見てくれていない節があるからな」

 

「いえ、そんなことは……」

 

「いやいいんだ、何せ昔から堅物呼ばわりされてきているからな。取り柄と言ってはおかしいが、私にはそれくらいしか持ち合わせているものがなくてね、戦争が終わった後の身の振りようを考えると今から不安でさえあるよ……なにせティターンズのジオン狩りのせいで身よりももうないからな。30バンチ事件以外にも、ティターンズの横暴はあちこちで行われているんだ。サイド3なんてそりゃあひどいものだった」

 

「そうだったんですか」

 

「いきなり暗い話をしてすまんな」

 

 そう言ってジャンマリーは苦笑した。

 ソファに腰掛けてから、わずかな時間にいろいろなことを知ってしまった。雄弁でありながらジャンマリーの話はどこか言葉足らずだったが、それでも彼がオランダ系移民の血を引いた人間で、ジンを好み、家族をティターンズに殺されたことを知ってしまった。

 

 出会った頃はまるで無愛想で笑うことすらせず、人の輪に加わることもまれで、およそこの世に存在していないような立ち振る舞いだった彼が、アントニオの中で急速に存在感を増してくるのが感じられてならなかった。

 彼にも家族があり、それにまつわるエゥーゴに身を投ずるに至った理由があり、そのために命をかけて戦っているのだ。そう思えば自分がアナハイムに入社しようと思ったのはなぜだったろうか。家族にはもう何年会っていないか知れない。

 

「君の話も聞きたいね。私と違って、君には明るい話題も多いだろう。たとえばあの秘書の女の子とはその後うまくいっているかね?」

 

 ジャンマリーが突拍子もないことを言い出したので、アントニオはウィスキーを吐き出しそうになった。

 

「何をいきなりそんな……」

 

 ひどく狼狽したアントニオを見てジャンマリーがまた笑った。部屋の空気が少し和んだようになる。

 

「見ていればわかるとも。パイロットの勘と言ったらいいすぎだが、たとえば周囲を取り巻いたどれが敵でどれが味方か、敵が複数なら最初に落とすべきターゲットはどれかを、頭で理解するよりも早く肌で感じているようにね」

 

「何といったらいいか……まあ准尉のおっしゃるとおりなんですけど。でも最近はうまくいっていません。こんなこと言うのも倦怠期の夫婦みたいで難なんですけど、価値観の違いっていうんですか、何ていうかうまく噛み合わない感じなんですよ」

 

「そうか、そいつは残念だ……いや違うな、もっと気の利いた受け答えができればいいんだが」

 

「かまいませんよ、准尉だってプライベートの辛い話をしてくれたんですし」

 

「うんまあ、それはそうなんだが……なんだ、額を付き合わせて酒を呑んでみれば、お互い明るい話題など持ち合わせていなかったってことか。そうなると、明るい話などドミンゴのロールアウトが近いことくらいしかないじゃないか」

 

 ドミンゴの名が出て、再びアントニオはどきりとなった。グラスを持つ手がびくりと止まり、中の液体がゆらゆらと揺らいでいるのが見える。

 増加試作機はもうグラナダにはないのである。マラサイと名を変えた彼らはティターンズの軍艦に積み込まれ、すでに出発してしまった。テストチームでそのことを知っているのは自分だけだということが心苦しい。ジャンマリーは知らないのだ、この場に明るい話題などもうありはしないのだということを。

 

 言わなければならないと思った。ここでその話題に触れるのは酒の力を借りるようで女々しくもあったが、それでも伝えなくてはならないとアントニオは思ったのである。何となれば、それが誠実な者を前にした時のあるべき態度であると思えたからだ。

 いまの自分は、言うなればティターンズに荷担しているようなものだった。30バンチ事件が今もって隠蔽され続けているように、不誠実な行いはまたしても取り返しのつかない場所にしまい込まれようとしている。

 

「准尉、ドミンゴのことなんですが……」

 

「准尉と呼ぶのはよせと言ったはずだ」

 

 ジンがまわってきたのか、少し顔の赤くなったジャンマリーが責めるような目でこちらを見た。

 顔が赤くなっている――ああ、この男には血が通っている。

 

「ジャンと読んでくれてかまわんよ。モンブランの連中は皆そう呼んでいた」

 

 現実に血を通わせた、実体のある男がそう言って、アントニオは胸の内に何かがこみ上げてくるのを禁じ得なかった。もう一刻の猶予もおけなくなっていた。

 

「ジャンマリー……僕はせっかく手に入れたあなたの信頼を失ってしまいそうだ」

 

 だがその言葉を最後まで言うことはできなかった。

 何の前触れもなく電子音が鳴り響き、アントニオの背広の内ポケットで携帯端末が震えていた。




第十一話「ターニングポイント」は文章量が多めなので、三分割にてアップします。
今晩中編を、明日いつもの時間に後編をアップさせていただく予定です。

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