recadero de domingo(日曜日よりの使者)   作:Writehouse

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第十三話「果ての先」

 一瞬のようでもあり、それでいて様々な痕跡を残していった数ヶ月が終わろうとしていた。ジャンマリーが火花のように弾けて散ったあの日から数日が経過していた。

 

 ジャンマリー・ロラン。ティターンズのパイロット2名。アナハイム・エレクトロニクスのパイロット1名。合わせて4名が命を落とすことになった戦闘は、グラナダ・アンマン間という都市近海で展開されたこともあって、即座にマスコミが嗅ぎつけることとなった。

 アナハイム月面工廠の正面玄関にはリポーターやTVカメラが群れをなし、広報課は蜂の巣を突いたような騒ぎとなった。事態は泥沼の様相を呈し、広報部が「アナハイムのパイロットは戦闘に巻き込まれただけで、いっさい事件に関与をしていない」とコメントすれば、次の日には月面定点観測カメラが捉えた戦闘の様子がニュースに流れるというありさまだった。

 最終的にアナハイム・エレクトロニクスは、世論に対する誠意を示すための記者会見を開くことを余儀なくされた。そこにはグラナダ支社代表取締役をはじめとした重役たちの姿があった。

 末席では、マクローリン設計局長がしおれた顔をして汗をかいていた。

 

「もうすぐ記者会見が始まるみたいよ、見なくていいの?」

 

「見ないよ。僕には関係ない」

 

 ジャンマリーが撃墜された日から、一度もドナには会っていなかった。最後に交わした会話が随分険悪なものだったこともあり、正直プライベートで会うことはもうないだろうと思っていた。

 だがアントニオの予想ははずれた。彼の気持ちを知ってか知らずか、ドナは記者会見が開かれるというニュースを携え、まるでいつもどおりのような顔をして彼の部屋を訪れたのだ。

 仕事帰りらしく、髪はアップにまとめられたままだった。もしかしたら〈プロジェクト・ドミンゴ〉の事後処理業務に忙殺されているのかもしれない。アントニオの目に、彼女の表情がすこし疲れているように見える。

 それに引き換え、アントニオは無為に日々をやり過ごしていた。今朝はひげも剃っていない。外出する用事がないからだ。

 

 事件のもみ消しをはかるためデータはすべて抹消され、書類の類は焼却処分に付され、最初から存在していなかったかのように〈プロジェクト・ドミンゴ〉のチームは解散した。

 アントニオは加熱する報道が沈静化するまで自宅待機を命じられるとともに、プロジェクトの終了による前倒しの任期満了を宣告され、それにともなって地球へ帰還する辞令を与えられていた。

 すぐグラナダに呼び戻してやるなどとマクローリンは言っていたが、それを期待するのは野暮というものだろう。プロジェクトの総責任者だった彼には相応の責任がある。いずれそれに見合った処分が下されることになるだろう。

 ドナの話では、スウィートウォーターあたりに飛ばされるのではないかと社内でまことしやかな噂が流れているという。今となってはマクローリンの進退の方があやうい。

 

「何見てるの?」

 

 背中を向けたまま端末にかじりつきっぱなしのアントニオを咎めるように、ドナが背後から画面を覗き込む。

 

「何ってニュースサイトだけど……いや、別に大したものじゃないよ」

 

「ふうん?」

 

 画面には、端から端まで聞いたこともない人間の名前が列挙されていた。

 それはエゥーゴ・地球連邦軍両陣営の、ここしばらくの戦闘で死亡した者の氏名リストだった。

 数度にわたる戦闘と、わけてもモンブランが撃沈されたせいで、おびただしい数の名前がそこに集められていた。

 アントニオはその中にジャンマリーの名前を見つけていた。

 

 ジャンマリー・ロラン。エゥーゴ。最終階級、准尉。地球降下作戦において戦死。

 

 他の兵士たちがそうであるように、彼に与えられた情報もその程度のものだった。だが、これだけでも遺族にとっては重要な情報となるのかもしれない。無論アントニオにとっても示唆に富む内容である。

 地球降下作戦において戦死。

 手回しのいいことだと思った。こんな情報が報道に流れているのなら、市民の関心が失われてきた頃に何らかの形で事件はうやむやにされるに違いない。何より今回の騒動にはティターンズが一枚噛んでいる。いざとなればどうとでも握りつぶすことができるだろう。記者会見など、とんだ茶番なのだ。

 

「ねえ本当に記者会見、見なくていいの?」

 

「いいんだ。見たってしようがないからね――それより僕は地球に戻ることになった」

 

 思わぬ台詞にドナが目を丸くする。

 

「戻るって、いつ!?」

 

「自宅待機が終わったらチケットの予約をしようと思ってる。だから君と会える機会も、もうそんなに多くはないと思う……ああ、それより腹が減ったね。せっかく会いにきてくれたことだし、いっしょに出かけようか」

 

 そう言って立ち上がったアントニオの姿を見て、置いていかれまいと慌ててドナが立ち上がる。

 

「いつもの店でいいだろ? 結局、僕はまだロブスターを食べずじまいのままだ」

 

「……地球に帰るって、でもすぐに戻ってくるんでしょ?」

 

「どうだろう。マクローリン局長があの有様だからね、何ともわからないな」

 

「それじゃあ、もう会えなくなるってこと!?」

 

 アントニオは困ったような顔をして笑った。あれだけ辛い気持ちを味わったのだから、もういいじゃないかという気分だった。辛いのはもうたくさんだ。

 

「大丈夫だよ。僕は君のことを忘れたりしない……なあ、湿っぽいのはよそう。いつだったか話したじゃないか、君にもラテンの血が流れているんだろう?」

 

「そういうあなただって、ちっとも情熱的じゃないわ。すっかり陰気になってしまって……」

 

 アントニオが振り向くと、ドナはまだ端末のあたりに立ちつくしていた。笑おうとしながら泣きそうになっているような、何とも気持ちをはかりかねる複雑な表情をして、廊下に立ったアントニオを見つめている。

 ああ、これは長くなりそうだ――彼は心のうちでため息をついた。どれだけ経験を重ねようが別れ話というのは憂鬱で、面倒くさくて、疲労がたまる。決して慣れることはなく、それだけに避けてとおりたい代物だ。

 だいいち恋愛をあれこれしたい気分ではなかった。さばけた気分で食事をとって、そのままさよならしてしまいたかった。じめじめしたことを言いだしそうなドナがうっとおしかった。

 だから、そんな彼にドナの言葉は意外なものとして響いた。

 

「あたし、これまであなたと話したことをあれこれ思い出して、いろんなことを考えていたわ」

 

 アントニオは半ば無意識に背筋を伸ばしていた。

 

「でも駄目なの、何かに気づけたような気になったと思ったら、やっぱり勘違いなんじゃないかって思ったりして、堂々巡りで抜け出せないの――だから、あなたに教えてほしいと思ってる。何があったのか、あなたに教えてほしい」

 

「何がって……それは明日の朝ニュースでも見れば、記者会見のダイジェストが出るだろうから、それを見てくれればいい」

 

「そうじゃないわ、あたしが知りたいのはあなたに何があったのかってこと。グラナダに来てすぐの頃と比べたら、あなた変わったわよ」

 

 どこか責めるような、いまにも取り乱してしまいそうな口調でそう言う。

 

「変わったって、僕が? そうかな? そりゃまあ、少しは変わったかもしれないけど」

 

「ジャンマリーの影響なんでしょ? 一体彼との間に何があったの、何を吹き込まれたっていうのよ!?」

 

「吹き込まれただなんて、彼を悪者みたいに言うのはやめてほしいな」

 

「ごめんなさい……」

 

 ドナがうつむく。

 

「たしかに彼との間には色々なことがあったよ。話してもいいけど……それは、本当に聞きたいの?」

 

 しばしドナが黙る。顔を上げると、アントニオを見つめる。真剣な眼差しが彼女をいつもとは違う表情に彩っている。 その眼差しが何かを〈見よう〉と懸命になっている。

 アントニオは目をそらさない。やがて腹を決めたようにドナが口を開いた。その声は小さく、そして震えていた。

 

「何だか、知らないうちに大事なことをたくさん取りこぼしている気がするの。あなたやジャンマリーが見ていたものを、あたしだけ見逃しているような……わからないことが沢山あるわ。まだロールアウトしていなかったはずのドミンゴがどうしてティターンズに運用されていたのか、どうしてジャンマリーは原型機を持ち出したのか……いや違うわね。あたしが知りたいのはその中であなたが何を感じ、どう変わったのかということ。あたし、あなたに置いていかれたくない。あなたが何かを感じたというのなら、同じように何かを感じられるあたしでありたい――だから真剣に聞きたいと思ってる」

 

「君がそこまで言ってくれるのなら、それは話さなくちゃいけないね――それじゃ出かけようか。長い話になるだろうから、食事をしながらゆっくり話すことにするよ。オランダもののジンでも呑めば、僕も上手に話せそうな気がする」

 

 そう言いながらドナに微笑みかけ、アントニオはドアを開けた。

 

〈おわり〉


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