サムライ・デッドマンズ・パーティー/或いは貴衛残花の<Infinite Dendrogram> 作:クーボー
プロローグ・A
□2043年7月15日
その日、僕は珍しく人間相手に試合をした。
いつも人形を相手にしていた僕への、両親の手向けだった。
或いはそれは、僕の鼻を折ってやろうと寄越された、小さな親切心だったのかもしれない。
見慣れないそれは、僕と同じように竹刀を構える。
竹刀であっても刀であって、それなり以上に重かった。
それでも僕には、やっぱりいつもと同じであって。
いつものように竹刀を振って。
いつものように身体を叩いて。
ほどなくしてそれは倒れ伏して、辺りに赤いモノを撒いた。
道場の畳に、紅から変わった茶色が染み付く。
僕はいつものように試合を終えようとして、気付く。
竹刀にも、同じ色が広がっていて。
ふと見たそれは、蝿叩きで虫を叩いたときの、汚らしい汁を連想させた。
その数瞬ののち、僕は気付く。
己以外の己を見る目に、多分に畏れが滲んでいることを。
その数瞬ののち、僕は気付く。
己の貌が、ひどく吊り上っていることを。
——そのときだ。
僕は、相手が「ヒト」であったことを……「
己自身の醜い性を、自覚した。
/欲性戒禁
蒸し暑さを感じるようになってきた、七月の中旬の頃。挨拶もなしに僕の部屋に入ってきた、僕の主治医のような友達は、にこりと胡散臭い笑みを浮かべた。
「うん、まあ、安定してると言っていいんじゃないかな。まだきみは普通だよ、残花」
「そう言われる時点で、もう普通じゃないような気もするけどね」
それを聞いて、禊は白々しく笑う。相変わらずの彼の姿を、僕は半目で睨み付けた。
身長は一六〇に満たない程度。昔から着物を好み、その嫋やかとすら評される少女じみた容貌は、街に赴けば退屈なくらいの「お誘い」を受けるという。
「そういえば、どうだったの、本家。神条院の御曹司さまとは仲良くなれた?」
「きみはぼくの母親か、残花。……まあ別に、どうってことないさ。ぼくなんて神条院本家からすれば木っ端の傍流に過ぎないからね。何もかも桁外れの、「巫」の一文字を受け継ぐことを許される正当後継者さまなんて、まさしく雲の上の人。関わりなんて持てないし、望んでない」
「よく言う」
君とて彼がいなければ、或いは本家の正当後継者になっていたかもしれないくせに。
それくらい、禊の才覚と容貌は図抜けている。いつかの日、正当後継者たる巫楽さまと並んだ姿を見たことがあったけれど、まるで双子のようだった。
つまるところ、彼も天上人の一人なのだ。
「ねえ残花、聴いてる? 真木の長男さま、入院したって話だけど」
「まあ、それなりには。あの人は身体が弱いらしいから。それなのに各地を飛び回ってるから、どこかから厄介な病気でももらってきたんじゃないのかな。よく知らないけど」
「よく知らないって……。あのね、世捨て人も大概にしないと。きみはこの家の、貴衛家の当主なんだ。きみが世情に疎かったら、誰がこの家を守るというの」
「そんな大層なものじゃないよ。ただ古流剣術を継いでいるだけの、古臭い家だ。ここは権力争いからも離れてる。何より経営の類は、僕の補佐に全て任せてる。君なら知ってるだろ」
何より、こんなへんぴな田舎の庵にこもってる僕のことなんて、大概の人が忘れてる。
そう告げると、禊は難しい顔をしてため息を吐いた。
「もうぼくらも良い歳なんだから、そろそろ相手も探さないといけないのに……」
「そこもすべて、僕の弟に任せてる」
「気楽でいいねーきみは。ぼくは皆からせっつかれてるというのに」
「遮那裡ちゃん」
「ぼくは年下趣味じゃない……」
「どの口が言うのか……」
互いにため息を吐く。
人生、ままならないものだ。
「ところで、残花」
「なにさ」
「今日発売されたゲーム、知ってるかい?」
/
昔、貴族が集まる野外パーティーで、ただ一人木の棒を振って遊んでいたから覚えていたら、いつのまにか話す仲になっていて。
昔、とある事件を起こして人との関わりを絶った残花の、唯一といっていい友達となった。
それがぼく。或いはお節介を焼いて、いつのまにか彼の係になった男。
とはいっても、彼は劣等生ではない。
小中高とともに過ごして、彼が赤点危機だったりしたことは一度もない。特に飛び抜けているわけでもなかったけど、それでも優等生といってよかった。
運動はほとんどそれなりにできたし、ぼくも彼もそれなりにモテた。もちろん“幻の美男子”——さっき話題に出した真木の長男殿ほどじゃなかったけど。
彼はその古臭いようなそうでもないような妙な名前と同じように、和洋折衷を好む。というより、面倒臭いから和洋折衷になってしまう。
有り体に言えばセンスがない。
たとえばパーカーとかのがっつりした洋服に雪駄を合わせたりする。一度真っ当にインバネスコートに和服を合わせてみたけれど、彼が着た中で良かったのはそれくらいだ。彼自身のセンスに信頼は存在しなかった。
そんな彼は、いつも宮城の片田舎にある庵に引きこもっている。
それはおそらく、かつて彼の、無自覚の趣向が引き起こした事件の結果——
だから、だろうか。
ぼくは彼に、とあるゲームを勧めた。
<Infinite Dendrogram>。
今日発売された、ダイブ型のMMO。歴史を見ればただの失敗とされたVRというジャンルにおいて、大言壮語としか言いようがないセールスポイントを以て売り出されたゲーム。
普通なら無視するだろうそれを、ぼくがわざわざ実費で二万出して買ったのは、多分、気まぐれだろう。
でもその気まぐれは、多分、本物になるだろうことを、ぼくは何故だか妙な自信を持って確信していた。
/
<Infinite Dendrogram>。禊からもらったヘルメット型のゲーム機を眺める。
本物のリアリティを——第二の現実世界を提供するというそのゲーム。僕はまったく知らなかったけれど、かつて<NEXT WORLD>の失敗ならば知っている。
それを経てもなおVRというジャンルに挑むのだから、よほどの自信があるのだろう。もしくはただの馬鹿か。
「……まあ、どっちでもいいか」
一度試してみればいい。それで健康被害を受けるのなら、それでもいい。
どうせ隠居した身だ。それに隣室で禊もやっているのだから、二人で散々な目に合うのも一興だろう。
「……だけど」
もし、これが僕の期待に沿うものならば。
それはまさしく、僕の
説明書通りヘルメットを装着し、敷いた布団の上で仰向けに転がる。
ボタンに手をやる。一瞬のためらいと数多の疑問を、息を吐いて吐き出して。
スイッチを押した。
瞬間、視界が暗転する——
空の境界みたいな文章を目指して書いたけどクソ難しいですねコレ!