サムライ・デッドマンズ・パーティー/或いは貴衛残花の<Infinite Dendrogram>   作:クーボー

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プロローグ・B

 ふと気付くと、そこは図書館だった。

 古臭いインクの匂いが鼻腔をくすぐる。ある種嗅ぎ慣れたその匂いは、僕の焦りにも似た急いた気持ちを、少しだけ沈めてくれた。

 あるいはそれは、所詮ここも現実なのだと、そう告げているようにも思える。

 

「はーい、ようこそいらっしゃいましたー」

 

「え……ああ、はい。よろしく、お願いします」

 

 眼前の、二足歩行する白猫は、そう言って薄く笑う。あまりに現実離れしたその生き物を、僕は訝しむように見つめた。

 ついさっき思い浮かべたことを反芻するに、これはもしかして、僕が造り出した幻覚ではないのだろうか——

 

「僕は管理AI13号のチェシャだよー。君のチュートリアルを担当するからー、少しの間だけどよろしくねー」

 

 そんな僕の妄想を否定するように、猫は笑う。管理AI、というのがなんだかは知らないが、まるで生身の人と応答しているような気分になる。

 このレベルのAIが、少なくとも13体も本当に存在するなら、もしかしたら、これは僕の理想そのままなのかもしれない。

 

「……よろしくお願いするよ、チェシャさん」

 

「うん、よろしくお願いされましたー。さてー、それじゃあ早速進めちゃうねー。まず最初に、視点を選んでほしいなー。サンプルが出るから、それを見て判断してねー」

 

 その言葉とともに、図書館の内装が変わる形で流された草原の映像は、現実準拠、フルCG、アニメと三通りに切り替わった。

 僕は少し悩む。あまり現実と差異がありすぎると、現実との行き来で気持ち悪くなりそうだ。しかしそれでもフルCGなどの見慣れない視界というのも、一度くらいは体験してみたい。

 

「あ、アイテムを使えば後で視界は変更できるよー」

 

 ……助け舟なのだろうけど、もう少し早く言って欲しかったな、などと思いつつ。

 それならば、と現実準拠に決定。飽きてきたら他のに変えればいいだろう。

 

「次はプレイヤーネームだねー。何がいいー?」

 

斬花(ザンカ)

 

 ゲームをするときは、いつもこの名前を使っている。「残花」という名前の漢字を変えただけだけど、知り合いにはわかりやすいし、ろくに外に出ない僕ならばリアル割れの危険もない。

 

「ならそれでねー。次はアバターの設定をするよー」

 

 アバター、と言われても、正直何をすればいいのかわからない。

 とりあえず少しいじってみてはみたものの、下手の横好きで妙な顔が出来上がる気配しかしないので、諦めて両手を挙げた。自由度が高すぎるのも考えものだ。

 

「じゃあ、リアル基準にするー? そこから少しいじればプレイに支障が出ない程度には造れると思うよー」

 

「なら、それで」

 

 瞬時に目の前のマネキンが、僕自身を模した造形へと変わる。

 これならばとスライドバーに手を付けて、僕の双子のようなソレに、少しづつ手を加えていった。

 

「それでいいのー?」

 

 そうしてできたのは、僕の目が黒から赤へと変わり、剣術を活かすために身長などは一切いじらなかった……有り体に言えばろくにいじられていない、ほとんど僕自身と言える容貌だった。

 言い訳させてもらえるならば、一言だけ言いたい。……やっぱり、僕にはセンスがなかった。

 

 こんな時に禊がいてくれたらな、と一瞬思った。

 けど多分めちゃくちゃに煽ってくるので、やっぱりいなくてよかったのかもしれない。

 

「……はい」

 

「それじゃあ一般配布のアイテムも渡しちゃうねー」

 

 そう言って渡されたカバン、曰くアイテムボックスを眺める。見た目はあまり実感がないけど、このアイテム一つで、ゲーム感がさらに増したような気がする。

 

「次は初心者装備だけどー」

 

「ああ、ならこれで」

 

 目について和装を指差す。

 

「……早いねー」

 

「袴やらは、着慣れてるので」

 

 いつも鍛錬の時に着替えているので、いつもの気分で過ごせるだろう。

 ちょっと防御力が低いかもしれないけど、そのときは胴当てなどを追加していけばいい。まさか入ってすぐに、初心者装備を貫通してくるような攻撃力の持ち主はいないだろう。

 

「なら、武器は刀でいいー?」

 

「あ、はい。真剣ならばなお良しです、使い慣れてるので」

 

「……真剣って使い慣れるようなものなのー?」

 

「まあ、お家の事情で」

 

「詳しくは聞かないけどー、わかったー」

 

 これで、それなりに様にはなるだろう。無刀流もそれなりには扱えるけど、やっぱり戦刀流が一番馴染むのだ。

 そのあとはある程度の路銀を渡される。これが路銀ということは、多分ゲーム内だともっと使うんだろうな……その感覚がリアルに伝染しないように気を付けよう。特段お金には困ってないけども。

 

「さて、お次はいよいよお待ちかね、<エンブリオ>だよー」

 

「……<エンブリオ>?」

 

「あ、そういえばまだ情報が出回ってなかったねー。それじゃあ説明するよー」

 

 曰く、<エンブリオ>というのは、プレイヤーのパーソナルに呼応して進化する、オンリーワンなシステムだ。

 それも色違いとか、そういう些細な変化をオンリーワンとして謳っているのではなく、発現するスキルも含めて類似したものはあれど完全に同一なものは存在しないという。

 

 正直、半信半疑だ。今までやってきたゲームとは桁が違うというか、そもそもこれ今の技術で造れるものなのか? 

 しかしながら運営を名乗る眼前の(チェシャ)の様子を見るに、真実であるらしい。

 

「それで、そんな<エンブリオ>だけど、一応共通するカテゴリーがあるんだー。

 大まかに言うとねー、

 プレイヤーが装備する武器や防具、道具型のTYPE:アームズ

 プレイヤーを護衛するモンスター型のTYPE:ガードナー

 プレイヤーが搭乗する乗り物型のTYPE:チャリオッツ

 プレイヤーが居住できる建物型のTYPE:キャッスル

 プレイヤーが展開する結界型のTYPE:テリトリー

 だねー」

 

「へぇ」

 

 いいな、僕の<エンブリオ>は何になるんだろう。そう考えると俄然ワクワクしてきた。

 

「他にも色々と上位カテゴリーとかがあるからー、頑張って育ててねー。と言っても、自分の意思でカテゴリーは決められないんだけどさー」

 

「そこはまあ、僕の希望を<エンブリオ>が読み取ることを祈るよ」

 

「それがいいかもねー。さて、<エンブリオ>は移植完了だよー」

 

「えっ、わっ、ほんとだ」

 

 僕の左手で輝く、宝石でできた卵のようなもの。

 これが<エンブリオ>。

 僕だけの、可能性。

 

「孵化した後はその宝石は外れて、あった場所には紋章が浮かび上がるよー。それがNPCとプレイヤーを見分ける手段だから、隠さない方がいいかもねー」

 

「そんなにNPCが高度なのか」

 

 でも、目の前にいるこの猫を見れば、あながち間違いじゃないと思う。<エンブリオ>なんてものがあるんだから、NPCにも相応の人工知能はあってもいいはずだ。

 

「じゃあ最後に、所属する国を選択してねー」

 

 チェシャ自身によって広げられた地図に浮かび上がった七つの光柱の中に、それぞれの国の説明が見える。

 

 

 白亜の城を中心に、城壁に囲まれた正に西洋ファンタジーの街並み

 騎士の国『アルター王国』

 

 桜舞う中で木造の町並み、そして市井を見下ろす和風の城郭

 刃の国『天地』

 

 幽玄な空気を漂わせる山々と、悠久の時を流れる大河の狭間

 武仙の国『黄河帝国』

 

 無数の工場から立ち上る黒煙が雲となって空を塞ぎ、地には鋼鉄の都市

 機械の国『ドライフ皇国』

 

 見渡す限りの砂漠に囲まれた巨大なオアシスに寄り添うようにバザールが並ぶ

 商業都市郡『カルディナ』

 

 大海原の真ん中で無数の巨大船が連結されて出来上がった人造の大地

 海上国家『グランバロア』

 

 深き森の中、世界樹の麓に作られたエルフと妖精、亜人達の住まう秘境の花園

 妖精郷『レジェンダリア』

 

 

「これは……」

 

 迷う。とても迷う。アルター王国とカルディナにはそこまで惹かれないけど、他の国には余すところなく行ってみたい。

 とはいえ、さすがに和装のままドライフやらグランバロアやらを訪れるのは少し気になる。黄河に行くならそれ相応の格好をしたいし……となると。

 

「天地で」

 

「了解ー。ちなみにどうしてー?」

 

「まず、日本風の国でゲームに慣れたいので。それに和装でレジェンダリアを訪れるより、まず先に天地でレベル上げをして、そこから世界を渡りたい。それに何より……直感ですね」

 

「直感」

 

「はい。天地なら、僕が求めるものが手に入るのではないか、と」

 

 あと、禊のやつはほぼ確実に天地を選ぶからだ。次点でレジェンダリアだけど、あいつなら多分、最初に高性能な和風装備を仕入れて各地を巡るだろう。

 大陸から遠いっていう欠点こそあれど、これだけの自由度を誇るのだから、天地から大陸に渡れないはずがないのだから。

 

「……なるほどねー。わかった、じゃあ天地の——」

 

「待って」

 

「はい?」

 

 首をかしげるチェシャに向けて、僕は少し深呼吸する。

 大丈夫、妙なことではない。ただの、小さな——

 

 

「この世界では、“人殺し”は、どう扱われてる?」

 

 

 疑問だ。

 それを聞いたチェシャは、特に顔色を変えることなく、世間話のついでのように口を開く。

 

「そりゃあもちろん、犯罪さー。けどそれは、NPC——この世界で言うティアンの人を殺傷した場合だけ。君たちプレイヤー、<マスター>とされる人たちが、お互いを殺す、いわゆるデスペナルティに陥れることに関しては、何も罰則は存在しないよー」

 

「……何も?」

 

「何もー」

 

 そうか。

 

「……そう、か」

 

 手を、口元に這わせる。

 やっぱり、歪んでいる。人はそうそう、変われるものではないらしいと、僕はきつく唇を噛み締めた。

 どうせなら、取れてしまえばいいのに。……そうすれば、誰も悲しむことはないのに。

 

「……このゲームではね、誰もが無数の可能性に満ちている」

 

「チェシャ……?」

 

「英雄にも魔王にも、王になるのも奴隷になるのも、善人になるのも悪人になるのも、何かするのも何もしないのも、この世界に居ても居なくても、誰も咎めるものはいない」

 

 チェシャは、この世界における「神」である運営の一人は、そう言って笑う。

 

「だから、君が自分の心を受け入れても、受け入れなくとも、全て君の自由なんだ。僕らはそれに一切関与しないし妨げない。僕らが君たちのためにできるのは、ひとつだけ。

 君たちがこの世界を楽しめるように、応援するだけさ」

 

 それは、受け取る人によっては、淡白にも思える言葉だ。ゲームの運営が、そのゲームから去るという選択肢をも許容し、自由という名の無限の選択肢を与えてくる。

 それは親鳥が、子鳥を放任するのと同じ、厳しさにも思える自由。羽ばたくことすら選択なのだ。

 

 けれど、それもまた一つの許容なのだろう。

 僕のような、明らかな変人を、こう言って認めてくれるのだから。

 

「……ありがとう、チェシャ」

 

 口元から手を離す。もうそこには歪みはない。

 

「お礼なんていいよー。僕は当たり前のことをしただけだからねー。

 さて、いよいよ旅立ちの時だ。準備はいいかい?」

 

「ええ!」

 

「良い返事だねー。それでこそ、前人未到を容易く踏み切る、新たに生まれる<マスター>だ」

 

 

「これからの君を待つのは、その手に持つ<エンブリオ>と同じ、無限の可能性」

 

 

 

「<Infinite Dendrogram>へようこそ。“僕ら”は君の来訪を歓迎する」

 

 

 

 その言葉に、声を出そうとした、その時。

 唐突に、何の前触れもなくすべてが泡のように消えて——

 

 

「わ、わああぁぁぁぁぁぁぁぁッ───!!?」

 

 

 僕は、この世界(<Infinite Dendrogram>)に、足を踏み入れた。

 もっとも、足を踏み入れるというよりは、高速落下で突入中、と言ったほうが正しいのだろうけども。




なんか始めてまともなチュートリアル書いた気がする(ロボットの方はポンポン飛ばしてたので)
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