サムライ・デッドマンズ・パーティー/或いは貴衛残花の<Infinite Dendrogram> 作:クーボー
第一話 刀都
□刀都門前 斬花
「……こわかった」
さすがに、いきなりパラシュートなしのスカイダイビングをかまされるとは思ってなかった。
あまりに唐突すぎて、これ墜落死するまでがチュートリアルなのか、なんて世迷言じみた妄想をしてしまったくらいだ。高いところは得意じゃないし心臓に悪いから、最初に言ってほしかったな。
そんなことを思いつつ、両手をついて立ち上がる。
そして感じる、まるで現実のような、五感全てに訴えかける——草木と土の匂い。
空を見上げて思い出す——というほど昔のことではないが、落下している中でも、冷たさはあったと覚えている。そして高所特有の薄い空気、一瞬だったけれど、確実にその存在を感じた。
間違いない。これは本物だ。
<NEXT WORLD>などという偽物ではない、本物だ——
「やあ、斬花君。
「……最高だよ。ありがとう、みそ……いや、
この浄というのも、こいつがよく使う名前だ。どうやら禊と同じような意味を持つ浄化の浄と、清らかな乙女を意味する
いつのまにか近くに来ていた浄と、力強く握手する。
「ついでにフレンド登録もしておこうよ」
「そうだね……はい、できた」
少しメニューをいじってやれば、すぐに見つかったフレンド一覧。その中に浄が追加されたのを確認して、僕は彼から視線を外して、目の前の大きな木製の門を見る。
「これが天地の首都、か」
「天地で唯一の安全地帯、何者にも犯されぬ花開く絢爛の都・刀都ってね」
「それなにさ」
「公式サイトの情報」
そんなことまで載ってるのか、ログアウトしたら僕も調べておこう。
右に左に、全方位を守るように築かれた木製の門は開かれている。門番はいるが、さすがに無用心にも思える。
けどよく考えたらここはゲームの世界。もしもモンスターが襲ってきても、強い
「あ、空から人が降ってきた」
「あの洗礼って全員共通なのね」
「あは、見てよすっごい変な姿勢で落ちてやんの」
「笑わないでやりなさいな」
ケラケラと煽るように笑う浄の頭をポンと叩く。
それでもクツクツと腹を抑えて笑いを我慢する浄に半目を向けて、面倒だからと神職風の服の襟元を掴み、門に向けてぐいぐいと引っ張った。
「なにすんのさー」
「ここに留まってたら邪魔になるだろ……それに、上から降ってきた人の墜落に巻き込まれて死にたいの?」
「……そーだね」
浄も馬鹿ではないからすぐに理解する。多分浄も、世界で初めての本物のVRMMOでテンションが上がってたんだろう。その気持ちはわからなくもないが、こういう時こそ冷静に振る舞おう。
他のプレイヤーがあまりのリアリティに戦慄しているのを横目に、僕らは門に近づく。
「すまないが、少し待ってはもらえないだろうか」
かけられた方に視線を向ける。そこにいる門番……槍を構えた武士のような風貌の男が、少し緊張した顔でこちらを向いていた。
「……何用でしょう」
「なに、そこまで警戒せずとも良い。私は【
「げーとさむらい……変な名前」
余計なことを言う浄の両頬を挟み込んで黙らせる。金魚の口みたいな顔になった浄を適当に放り投げて、心なしか苦い笑みを浮かべる金守氏に誤魔化しを込めた笑いを向ける。
「そこの馬鹿はほっといて……で、どういう要件でしょう。怪しいものではない、と言っても信じてくれないでしょうけども」
「いや、一つ聞きたいことがあるだけだ。あなた……先ほどの少年も含めて、あなた方は、<マスター>か?」
<マスター>……ああ、さっきチェシャに、プレイヤーのことは<マスター>と呼ばれる、って言われたっけ。
「おそらくは。あと、これが<マスター>であると示す証だと聞いたのですが」
左手の<エンブリオ>を掲げてみせる。微妙にふてくされた浄も、それを見て察したのか何も言わずに左手をあげた。
それを見て、金守氏は驚愕半分、納得半分の表情を浮かべる。案外早く受け入れられて、少し驚いた。
「以前からこの国……いえ、この世界では、近頃多くの<マスター>が現れる、との噂があったのだ。そして空からあなた方が来た。これはもう、確定と思うしかないだろう」
「なるほど。……どう思う、浄」
「十中八九
まあ、そうだろうな。一々<マスター>がなんなのか説明するのも面倒だ。金守氏の言葉を聞くに、多分管理AIが<マスター>としてこの世界に降り立ったか、もしくは元から噂を流しているんだろう。
そもそもこの世界がどれだけの設定で形作られているのか知らない以上、全ては推測の彼方だけども。
「その管理えーあいが何かは知らないが……それでもあなた方が<マスター>であることに変わりはない。我々はあなたたちを歓迎しよう」
……予想以上に高度なAIだ。チェシャだけが特別かと思ったけど、もしかして全NPCがこのレベルの質疑応答を成立させられるのか——?
となると、少し心配になる。
「気をつけてくださいね」
「……ふむ、何を?」
「<マスター>は死にません。だから面白半分で……それこそ人殺しとか、そういうことをやる人も必ず出てくる」
たとえペナルティの危険性が存在しようと、やる奴はやる。絶対に。必ずだ。
「僕らも決して善良とは言えない。ただ良識を尊重しているだけだ。やろうと思えば、どうとでもなる。だから……貴方達ティアンと、僕ら<マスター>を、同じ生物としてカウントしない方がいい。油断は、しない方がいい」
知らず、刀を握りしめる。
この人も強いんだろう。でもそれだけじゃ熱に浮かされた人間は止まらない。
僕がかつてそうだったように。
「……見たところ、君はなんらかの武術を修めているようだ。そちらの少年も、おそらくは本当に神職の出なのだろう。振る舞いに品がある」
金守氏は少し考えた風に、僕らに言う。
……そこまでわかるのか。
「流派の名を訊いても?」
「……邦衛式戦闘術」
「神条院派生、清浄神道」
「うむ。その流派の名が示す通り、あなた方は「あちら側」で経験を積んできたようだ。なればこそ、あなた方は人間だ。我らと同じな」
軽快な笑み。それにあっけに取られて、彼に肩を叩かれる。
「確かに<マスター>は人間ではあり得ない力を持つ。それは否定しない。だが、その力を振るう心は人間なのだ。あなた方のように我らにわざわざ忠告してくれるような者がいる、それだけで十分だ」
「……それに何より、そういう犯罪者はこちらにもいる。面白半分で人を傷つけるような畜生だっている。そちらとこちら、<マスター>とティアンは、ただ力の差があるだけで同じ人間なのだよ」
その力の差にしたって、三強時代の頃にはほとんどなかったけどな、と付け足して、彼は真面目な顔をした。
僕は何を勘違いしていたのか。彼らは人間だ。ただのデータの集合体じゃない——本物の知能と知性を持つ生き物だ。それを無意識に下に見ていたのは、僕じゃないか。
「別に咎めているわけではない。むしろあなた方は善良だろう。我らは対等な立場を、<マスター>に望んでいる——そう受け取って欲しいのだよ」
「……わかりました。金守
「ぼくは浄。まあ、この真面目ちゃんの親友さ。ぼくもこいつも、正直まだこの世界に面食らってる。だから現地人の友人というのは、とてもありがたいよ」
……やっぱり、こいつの対応力は頭抜けてる。僕も見習わなければ。
金守殿は笑みとともに会釈すると、続く<マスター>の対応のために、正面に向き直る。
僕らも前を向き、門を見上げる。
「すごいね、この世界」
「ふふ、買ってきてあげたぼくに感謝したまえ」
「うん、ありがとう。……さて、いこうか」
僕らは門をまたいで、刀都に足を踏み入れた。
この世界でなら、僕は——僕の心の行く末を、見つけられるのかもしれない。
そう思うと、自然と足が弾むのだ——