サムライ・デッドマンズ・パーティー/或いは貴衛残花の<Infinite Dendrogram> 作:クーボー
□<刀野林> 【
刀を構える。
力を込めず、ただ大いなる流れに流されるように。
されど、それで流されすぎても力を発揮することは叶わない。
何事もそうだ。適度に力を込め、己にできる最高を、常に成し遂げる。
限界を超えなくともいい。限界を超えねば乗り越えられぬ事態をなくせるようにすればいい。限界を超えることに頼るのは、それでもどうしようもない時だけだ。
「斬花、大丈夫か?」
「ああ。むしろ絶好調だよ」
「それならいいけど、さっ!」
浄は杖のリーチを活かし、相手を近づけさせないように膝の皿や目、首筋などを狙う。ステータスが貧弱だからさほど有効ではないけども、それでも人間危ないところに棒が当たれば怯みもする。
ステータスと怯み耐性は比例しないからな……あ、今弁慶の泣き所打たれてぶっ倒れた。
「っと」
「い゛っ」
浄の観戦をしてるところを好機とばかりに突っ込んできた賊をひらりと交わす。紙一重で斧を避けて、続く一撃が来る前に、僕は股間を蹴り上げた。
「生憎、邦衛式はお貴族様に教えられるような上品な剣術じゃないんだ」
「ぁ」
地面に蹲り、図らずとも首を差し出す姿勢となった男に、上段から刀を振り下ろす。最適な角度で入った刀が、骨に遮られることもなく的確に男の首を落とした。
死刑執行体験系VRやっといてよかった、と思いつつ、邪魔なので男の身体を蹴り飛ばす。それなりに重かったが、それ以上ではなかった。
「て、めえ、何しやがる!」
「何って……これは殺し合いだろ。何寝ぼけたこと言ってんだ」
……あぁ、もしかしてこいつら農民上がりか? 飢えで苦しんだから盗賊にでもなったのか?
「ここは天地だ。聞いたぞ、ここには修羅しかいないってな。そんな土地で盗賊なんざやるんだから、当然死ぬ覚悟も殺す覚悟もできてるんだろ?」
もしも、もしも、その覚悟すらないのだとしたら。
「
「てめえ、人でなしの……突然現れた<マスター>のくせに! いっちょまえに人を語ってんじゃねええええええ!!」
上段から力任せに振り下ろされた斧の側面に刀を当てて、弾く。そのまま首を一閃、したが、ステータスの差で避けられた。
「知らないの? 人間範疇生物って、<マスター>も含まれるんだぜ? それともそんなこともわからないほどに頭がお粗末なのか?」
「っざけ」
「ふざけてねえよ大真面目さ。ま、そりゃあおまえらに比べりゃ生温い人生送ってただろうよ」
飢饉、殺人、災害。その全てがリアルでは大概対策されていて、精々中世程度の文明レベルしかないこちらとでは、人生の
「——だけどな、こっちも相応の苦労やらしてきたんだ。生温ってことと、幸せってことは比例しない」
たとえば勉学。
たとえば関係。
たとえば、たとえば、たとえば、たとえば。あげようと思えばいくらでも、辛かったことは挙げられる。
自由というのは生きること、生きることは辛いこと。選択の自由がある限り、人は辛くなっていく。心が砕け散っていく。
考えずに済むというのは、一般的に悪だと言われる。なんだっけか、そう、ディストピア。考えることを許されず、ただ決められたレールの中を歩くだけ。
確かにそれは辛いだろう。確かにそれも辛いだろう。
だけど、それはある意味幸福なことだ。考えることなくして全てを任せていられるんだから。
それはある種、幼少の頃での母への甘えに近い。なにせ「自由」という充足を知らないのだから、それで満足するのだ。ああ、子供と、赤子というのは言い得て妙だった——子供は純潔なのだから、それ以外を知らないのだ。
この世界にはジョブがある。「可能性」という「自由」がある。
それは万人に選択を強いる。逃れられることのない選択肢。けれど、己がやれること、やりたいことが明記されているということは、とても楽なものだろう。
——
僕だって、……最初から、そう言われていれば受け入れた。
おまえは人を殺せる人間だと……最初からそう告げられていれば、どれだけ楽だったろう。
「結局のところ、どっちの世界も辛いんだ。おまえにも人生はあるし、僕にだってある」
「おまえの人生に敬意を払おう」
「おまえの生涯は、きっと僕の想像もつかない苦労と幸せに満ちていた」
だが殺す。
「それも踏まえての人生だ」
あれ——おかしいな、どうしてそんな顔で僕を見る?
まるで鬼か化け物でも見るように——ああ、いつかもそうだったな。
あの時、相手をいつものように練習道具だと思って、いつものようにして、そして殺しかけた。
彼は全身から血を流して、骨を折って、肉が裂けていた。それを見て僕は喜悦を感じた。
確かに僕は人でなしだ。人殺しに、愉悦を感じる畜生だ。それ以上でもそれ以下でもない。ただ純粋なクソ野郎だ。
僕は僕を嫌悪しよう。
だけど、ああ、今わかった。
「あは」
こんな僕でも友はいる。
こんな僕でも心がある。
己の欲を嫌悪して。
人を尊べる、道徳がある!
それってつまり——僕は、どうしようもなく、人間ってことなんだ!
僕は、この衝動を抱え込んで、生涯前を向いて生きていこう!
この衝動を抑え込み、嫌悪して、命を尊び、ただの人として生きていこう! 開き直るなんて——そんなひどい真似できるはずがないじゃないか!!
それが、僕に許された「自由」——「可能性」なのだから!!!
恐怖と、焦燥と、嫌悪感、それらが向けられ振り下ろされた、一振りの斧に刀を差し出す。
さながら首を垂れる罪人が如く。
「ああ、刀が欲しい」
こんな鈍ではなくて。
「人を殺せる、強い刀が」
斧が、刀を、叩き割って——
『ならばその願い、叶えましょう』
——新生する。
『人を殺せる強い刀を』
左手の宝石が、解ける。
『己が悪性を移し取り』
『されど目を逸らす度し難き貴方様の為に』
それはまるで、光の糸。
『人とは愚かしくも千差万別、まさに万華鏡の如くに美しい』
『であるからこそ、
『目を封じ、淑やかに、貴方様に見合う美しきものであるために』
『されど、我が形代の、名のままに』
『この身は貴方の為に、五臓六腑を切り開き、貴方様の悦びのまま、人を人として蹂躙しましょう』
解けた糸は、再度光として紡がれる。
『私は全てを
『代わりに、私の全てを差し上げます』
『——ああ、愛おしき人。私の全てを、召し上げて?』
答えることは、ただ一つ。
「もちろんだとも。僕は僕が果てるまで、君と共に在り続けよう」
『……嬉しいっ』
そこだけは、年頃の少女のように。
光が収束し、人型を形作る。ありえべからざる光景は、されど幻想の中でのみ成立する儚きもの。それが僕には、ひどく愛おしく思えるのだ。
「おはよう、僕の<エンブリオ>。それとも、妻と呼べばいい?」
「……せ、積極的すぎてきゅんとしました。ええ、ええ、好きにお呼びくださいな」
そうして生まれた彼女は、白を基調として僅かに赤を散らした上等な和服を着ている。身長は、一五〇に届くか否かと言ったところ。
肩辺りまで伸びた白山吹の髪も艶やかで、されど屍人じみた肌色と合わさり、まるで儚き幽鬼のよう。しかしそれもまた、彼女の美しさを引き立てる一因にしてならない。
特徴的なのは、額に生えた二本の小さな角と、彼女の目を隠す和紙のような枷だろう。和紙には目のような紋様が描かれていて、まるで呪術師のようだ。
角はほんのり赤みがかっており、着物と鼻緒の赤色に呼応しているよう。惚れ惚れするような赤色である。一流の染物屋でも、これほどの色は出せないと——そう確信できるほどだ。
「私は貴方様の刀。貴方様の喜悦のままに、その才覚を現すもの」
少女は、僕の<エンブリオ>は、そう言って淑女の礼をする。
「
「——さあ、貴方様の御心のままに、愉悦を成し遂げてくださいまし」
それは強者を殺すもの。
『それは倫理に歯向くもの』
されど尋常の強者ではない。
『それは欲望を御するもの』
それが仇なすのは概念。
『それは喜悦を制するもの』
それは、人であるならば——
『それは、倫理及び抑制への反逆者』
——何者であれ、殺せるものなり。
/蛇足
浄(うわぁ)