迷宮にて謳うは血狂、現世にて咲くは死桜。   作:C-tan

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相変わらずグダグダではありますがこれからも宜しくお願いさしすせそ。








最期の勝ちを得るにはどうしたら良いかを考えよ。

黒田官兵衛





翌朝。

 

爛々と輝く天球が、現世に残る宵闇と入れ替わり、優しくこの世を飲み込む頃。

 

神殿造(パンテオン)が特徴的なオラリオの中枢組織であるギルドの面談室の一室にて、二人の男が対面していた。

 

一人は壮年のヒュームの男性。

名はハロルトと言い、此処ギルドに置ける、ロイマンに次いだ権力者の一人だ。基本的に気を荒立てる事の無い穏和な性格と培ってきたキャリアを持つ彼は、職員内の中でも信頼された立場にいた。

その為、重要な外務交渉や取引等の仕事を任される程のギルドにとっての重鎮であった。

 

そして、そんな彼の前に居るのは【カグツチ・ファミリア】の筆頭ことマガツヒノ・首屠。

黒染めの笠を深めに被り、着流しの袖縁から黒鉄製の籠手を覗かせながら腕を組んで座るその姿は正に歴戦の武士(もののふ)たる威厳に満ちていた。

 

「今回の分だ。ハロルト」

 

二人に挟まれる形で設置されたローテーブルの上に首屠は懐から取り出した計三つのドッグタグをチャリと置く。鈍色のそれは赤く染まっており、なぜそうなっているのかは想像に固くない。

 

「えぇと、ホップ・ラスクスにライク・ハートルマン、メビス・ショー…………良し、全て揃っていますね。では首屠殿、任務お疲れ様でした。以上の事は次回の会議の際に、上へと報告しておきます」

 

ハロルトはドッグタグを回収し、変わりに錠前のついた上等な木箱を取り出す。かけられていた鍵を施錠し、蓋を開けると中には煌々と黄金に輝く金貨が、気前の良い光を放ち、規則正しく詰められていた。

 

「こちらが今回の報酬、合計して百万ヴァリスになります。後は、いつも通りこちらから拠点へと輸送しておきます故、ご安心を」

 

「………偽りは無いな?」

 

恐ろしく低い声色。

まるで、氷を骨に直接押し当てられたかの様な感覚がハロルトの背中を通過する。

 

「無論、滅相もございません。生憎と私には可愛い孫が居ます故、その様な命知らずな真似は決して致しません」

 

「ふん、なら良い。前に貴様の代理として担当した若造は、運搬の際に報酬金の内幾らかをくすねて行きよったからな」

 

命知らずな若者が居たものだな。と密かに思案し、言葉を更に繋げる。

 

「それで、どうなさったのですか?」

 

「聞いてどうする」

 

「まぁ、興味本意で聞いたまでです」

 

「構わず手首を斬り落としてやっただけだ」

 

「はは……それは………まぁ、笑えませんな」

 

本当に笑えない。

 

つい最近、二十そこらのギルド職員が血だらけの手首を抱えたまま治療院に駆け込んで来た、と言う話を耳にしていたハロルト。

普段担当している彼だからこそ感じていた、もしかしたらと言う思考と出来事が合致し、思わず血の気が引いた顔つきになった彼。そんな顔を首屠は軽く笑うと、笠をおもむろに被り直した。

 

「それはそうと、だ。ハロルト」

 

「は、はい。なんでしょうか」

 

「俺が斬った輩以外にも、麻薬密売に手を染めていた連中がいたが……」

 

「ええ、残りの残党もリーダー格の男を残し、そちらのファミリア方の手により、あらかたは終息しました。現に、貴方が来る少し前に同じファミリアの方々がお目見えになられていましたので、恐らくはそのご報告をなされていたのかと」

 

「そうか、なら良い」

 

羊皮紙に書かれた三人の名前は、巷を騒がせていた麻薬密売の手を引いていた冒険者だった。

 

彼等の捌いていた麻薬は、他の麻薬を凌駕する程の中毒性や快楽成分を有しており、使用した者は一時的ではあるものの、天にも昇る程の快楽を得ることが出来る。が、次第に異常な発熱を体内で起こすようになり、二、三週間もすれば目は腐り、筋肉は溶け、皮膚は爛れ最期には例外無く悲惨な末路を辿っていた。

酷い物になれば、肉体が粥の様に溶解した状態で発見された遺体もあったそうだ。

 

しかし、だ。

何故今まで彼等が捕縛されなかったのか。

 

それは彼等の組織的構成に問題があったからだ。

大金を餌に釣られたのは、何も冒険者だけでは無かった。

Lv.4.5相当の冒険者崩れ達や金に目が眩んだギルド職員。更に厄介な事に、あの闇派閥(イヴィルス)すらも裏からではあるが一枚噛んでいたのだ。

治安維持派閥の【ガネーシャ・ファミリア】を動かそうにも、闇派閥(イヴィルス)が絡んでいる以上、堂々と表立って動かす事は出来ず、何よりそうする事で「ギルド職員が麻薬密売に荷担していた」と言う事を世間に知らしめてしまい、ギルドの面子を崩壊させる未来に繋がると危惧したロイマンや他のキャリアが居た為なかなか行動に起こせないまま時は過ぎ、結果としてもう【ガネーシャ・ファミリア】の保有する戦力では手の打ちようが無い段階まで被害と密売組織の戦力の拡大を許してしまったのだ。

 

こうなってしまった以上、苦渋の決断ではあるがもう頼る先は彼等はしかいなかったのだ。

 

【カグツチ・ファミリア】

 

対人実績、依頼成功率共に都市最高峰の彼等はギルドと裏で通じていおり、言わば隠密部隊的立ち位置のファミリアだった。

 

しかし、ギルドが【カグツチ・ファミリア】を動かす。つまり、都市トップクラスの力を有する彼等を動かすと言う事実は、裏を返せばそれは都市転覆の危機が迫っていると言う事。

世間に露呈すればいずれにせよギルドに立場は無い。

 

かと言って麻薬密売をこれ以上許せば先に都市が腐ってしまう。天秤に掛けるまでもなく、明白に迫った危機。だからこそ、ロイマン達ギルドは彼等へと依頼したのだ。

 

結果として、麻薬密売の組織はリーダー格の男のみを残し僅か四日で全コミュニティは壊滅。

ギルドが依頼したとの事実も抹消され、表には残らない、闇の活動記録として処理されたのだった。

 

勿論、唐突な事件の終息に懐疑的な意見を持つ連中も居たには居たのだが、ギルドがこの一件に箝口令を敷いた為、不自然な形ではあるが言及も無くなり、やがて完全に姿を消した。

 

「ですが……」

 

ハロルトの表情に影が差す。

 

「どうした」

 

「……この話は貴方が来る少し前に聞いた話なのですが、どうやら【カグツチ・ファミリア】が斬った麻薬密売のコミュニティの中に一人【ロキ・ファミリア】の冒険者が交じっていたらしく──」

 

「ほう……」

 

「なんでも、その捕縛したリーダー格の男が言うには、彼には一人の病弱な妹が居たらしく、その治療費を稼ぐべくしてその密売に手を貸していたのだそうです。

おまけに麻薬密売をしていた事実を主神であるロキを含んだ団員が知っていたかは定かではありませんが、彼に病弱な妹がいた事は認知していたようでして、明日にもなれば、その彼が斬られたと言う事も【ロキ・ファミリア】全体に知れ渡る事でしょう」

 

「成る程な……それは確かに、少々面倒な話だ」

 

 

【カグツチ・ファミリア】の正義。

 

 

その概念に対し、否定的な意見を持つ者も少なく無い。

 

正義や秩序の為とは言え、人の命を奪う訳だから当然斬られた側の人間には【カグツチ・ファミリア】に対し、大なり小なり怒りや悲しみの念が残る。

ましてや今回の一件の様に、訳ありながらも仕方が無く手を貸していた人間が斬られた等と言う事があれば、尚更反感を買い、中には報復を企てる者も出てくるだろう。

 

果たしてその報復を【ロキ・ファミリア】の面々が仕掛けて来るかはわからないが、もしそうなれば最悪、都市全体を巻き込んだ復讐戦争へと発展しかねないのだ。

 

なんせ、両派閥とも実力は全ファミリアの中でも最高峰の領域。

まともに衝突すれば両者ともただでは済まされない。

 

最も、【カグツチ・ファミリア】の掲げる正義の形はハロルト自身理解しているし、何より彼等の活動のお陰で都市内の犯罪件数は年を重ねるに連れ、減少傾向にある。

一部の市民や神からは感謝の言葉さえ貰う程、彼等の恐怖から来る影響力は絶大なのだ。

 

だからこそ、【カグツチ・ファミリア】の担当を長年しているハロルトには辛い物があった。

 

彼等の努力を認めてくれる人が一人でも増えて欲しい。知って欲しい。耳にして欲しい。彼等を否定的な目で見ないで欲しい。

しかし、やはり客観的に見ればやはりそうはならず、悪のレッテルは依然として剥がれる素振りすらも見せなかったのだ。

 

「ですからどうか首屠殿。ここは穏便に済ますべく私からも謝罪をし──」

 

「ハロルト」

 

「は、はい」

 

「団員でも無い貴様が知ったような口ぶりを効いて良い話では無い。黙れ」

 

首屠の白黒目が鋭く尖り、ハロルトの目を穿つ。

 

「ぁ────申し訳ありません。出過ぎた真似を」

 

思わず目を下へと反らし、萎縮した。

 

「例え相手が最強派閥であろうと何であろうと、志す正義がある以上俺達は何一つ躊躇うこと無く刃を振るう。その邪魔は誰にもさせん」

 

側に立て掛けてあった、白鞘と黒鞘の二振りの太刀を腰へと差し直し、その場に立ち上がる。

そして、この客室の入り口と出口に当たる扉のドアノブに手をかけ、開けた。

 

 

「悪は誰であろうと、全て斬る。それが俺達の信じる正義への架け橋だ」

 

 

ギィと悲鳴をあげる扉を閉め、首屠はギルドを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【カグツチ・ファミリア】が拠点もとい屯所を構える場所は、第七区画の最西端にあった。

 

極東ではよく見られる木製の長屋門に、屋根には黒光りする瓦が所狭しと並べられている。

それを中心に左右に広がりを見せる黒と白の塀。付近には灯籠や提灯、そして彼等のファミリアのエンブレムでもある“女の生首”と“炎”が描かれた横断幕が垂れていた。

 

「首屠筆頭、お勤めご苦労様です」

 

門の左右前には黒い和装に身を包み、脇差しと木の長棒を携えた【カグツチ・ファミリア】の団員が首屠の姿をその目で捉えるや否や、労いの言葉を送った後一糸乱れぬ動きでお辞儀をする。

 

それに対し特に返事をする事無く、彼は本殿へと敷かれた石畳をたどり、中へと入っていった。

 

拠点内は広く、横開きの扉を開け、玄関をくぐれば木造建築特有の木の香りが鼻を撫でる。豪華絢爛とまでは行かないものの、何処か雅で風情のある装飾には品がある。

正面からは虎と龍が互いに睨みあっている様子の屏風が彼を出迎えてくれた。

 

そんな玄関を右手に曲がり、真っ直ぐな廊下を暫く進む。

 

木製の床を叩く、彼の足音だけが閑静な廊下に響き渡る。と言うのも、基本的に屋敷内は幹部以上の階級を持つ者、もしくは特別に許可を貰った者以外の入場は許可していない。

 

理由としては大まかに分けて二つあり、一つは、ここにはファミリアに関する機密文書や禁書等を数多く保管している部屋が存在する為だ。仕事柄、秘匿的事項を多く所有している為、安易に団員を屋敷内に入れては、もしスパイ等が居た場合取り返しのつかない事態に発展するやも知れない。

最悪、ファミリアの破滅だってあり得るのだ。

過去には、【カグツチ・ファミリア】の文書の数々を盗みだし奇襲に活用しようとした他派閥の連中が実際に団員に紛れ混んでいた為この処置は必須とされたのだ。

 

そして二つ目の理由は、この【カグツチ・ファミリア】には幹部の階級を持つ者には、それぞれ『隊』を保有する事を義務づけられるからだ。

『隊』とは、一隊八名の団員で構成された班の事で、それぞれ幹部の一席には一番隊、二席には二番隊、三席には三番隊と言う風に用意される。そして任務や仕事の際には、幹部が隊を率いて事の解決に当たるのだ。

しかし面倒な事に、団員、幹部の間でも仲の良い悪いが存在する。まだいざこざ程度の話で済めば警告のみで済む。しかし、もし下手をして他の隊の団員による内戦が勃発すれば、ファミリア内の法度に則りその隊は解体した後、それ相応と言う形で粛清しなければならなくなってしまう。

それを未然に防ぐべく提案され、取り入れたのだ。

 

他にも、『団を脱するべからず』や『他のファミリアからの改宗者は受け入れるべからず』と、厳しすぎるとも取れる規則の数々。他のファミリアに比べればその異様さは一目瞭然だろう。でも、この規則があるからこそ、団はより固く強靭な組織となり【カグツチ・ファミリア】の最凶神話は語り継がれる物となったのだ。

 

故に今ここにいるのは幹部六名、参謀一名、副頭一名、筆頭一名、神一柱の計十名と屋敷の広さの割には随分少ない。

 

そして、長い廊下を進んだ先に見えたのは他の部屋とは一線を画した雰囲気を放つ一室。

 

金色に縁取られた襖を開け、中へと入る。

ここはこのファミリアの主神である女神カグツチの自室だった。

業物らしき刀や抜き身の薙刀に畳床いっぱいに散らかった巻物。それらはお伽噺や軍記伝と、ジャンルはまばら。中央の床の間には『悪・即・斬』と達筆で書かれた掛け軸が垂れていた。

そんな部屋の丁度真ん中にちょこんと座り、白い布団を顔まで被ってぞもぞと動くそれ。

襖を開く音と共に、こちらの存在に気付くやくるりと小さな顔を首屠の方へ向け、読んでいたであろう絵巻物と被っていた布団を放り出すと、目を輝かせながら真っ直ぐに彼の元へと駆け寄ってきた。

 

「おーおー。よう帰ったな、()()

 

「ええ、只今帰りました。()よ」

 

首屠の事を小僧と呼んだ彼女に対し、被った黒笠を脱ぐとその場に立て膝を着き、頭を軽く垂れる。そして、普段の絶対零度な彼からは想像も出来ない様な、穏やかでそれでいて優しい微笑みをこしらえた。

 

「むふーっ。お前が居らぬとやはりつまらんなぁ、あ、そうだ。犬を飼わぬか?犬は良いぞ?暇潰しにも癒しにもなるからな。丁度先程まで犬の図鑑を見ていたのだ。ワシは柴犬が欲しいぞ?」

 

「解りました。また明日にでも()()()()()()()へと参りましょうか」

 

「やったぁ!楽しみじゃなぁ、えへへぇ」

 

両手を頬に当て、とろけた表情で無邪気に笑う少女。

彼女こそ、生まれながら身に宿す焔の力で母を焼き殺してしまい『親殺し』の罪を背負った後父に斬られ常世を追われたとされる、あの焔神カグツチその神であった。

 

「怪我の方は………まぁ心配要らぬか」

 

きめ細やかな色白い肌に、首屠とは対照的な柔らかく小さい手。

頭部の両端で結わえた毛先が仄かに赤い銀髪と、夕焼けの如き朱の瞳に加え、幼さと大人の色気の両方が入り交じった美しい顔立ちは文字通り絶世の美少女だ。

 

舞い散る紅葉の柄が特徴的な、花魁の衣装を彷彿とさせる暖色系統の色で織られた着物は少しだけており、そこから僅かに覗く丸くこじんまりとした肩と、大きすぎず、かと言って決して小さくもない乳房は道行く全ての者の視線を釘付けにする程魅力的に映る。

 

そして、何より特徴的なのが、首に走った一筋の赤い細線。茨の様に歪な形状をしたそれは、かつて斬られた時に付いた傷なのか、はたまた彼女を縛る何らかの枷を表しているのか。

それは神のみぞ知る、と言う物だろう。

 

「で、今回の任務はどうじゃった?楽しかったか?」

 

「いいえ、最近の冒険者は全くと言って良い程味が歯応えが在りませぬ。全く、体たらくここに極まれり、とでも言いましょうか」

 

「むぅ、ギルドの阿呆共が手を焼いていると聞いていたから、少しは楽しめたかと思ったのじゃが……まぁ貴様の強さであれば仕方あるまいか」

 

首屠の身長が190近くもあるに対し、彼女の身長は150余り。それ故に彼女は彼の肘辺りをぺちぺちと叩き、「どんまい」と言わんばかりの仕草を取った。

 

「にしても、強()()()と言うのもここまで来れば酷な話じゃな。幾らその剣を交えど、貴様の持つ闘争への渇きは到底潤せまい。唯一潤せるとすればぁ…………そうじゃな、もう【猛者(おうじゃ)】ぐらいしか残って居らなさそうだしの?

どうじゃ?退屈しのぎに今度遠征がてら七十階層あたりまで進出してみてはどうじゃ?まだ見ぬ強敵との戦い………うむ、昔読んだ童話のようじゃ」

 

「その気持ちは有難い限りですが、生憎私を含め団員はそのような事に余り興味が在りませぬ。もしダンジョン優先に考える様な人間であれば、このファミリアに籍を置きはしないでしょう。

それに加え、我々のファミリアにとって第一に考えるべきはダンジョンの新階層進出などでは無く──」

 

「『悪・即・斬』、であろう?私が組織したファミリアだ。それぐらいは当然心得ておるわい。全く、冗談を根っこからまともに受け取るあたり、昔と何も変わって居らぬなぁ」

 

「申し訳ありません」

 

「何、そちらの方が可愛げがあると言う物。お前らしくて結構じゃ」

 

今だけは、あの冷徹で無慈悲な人斬りである首屠の影は無く、代わりに、まるで母親を前にした子の様な、そんな健やかな顔がそこにはあった。

 

「では、この後七時から今回の任務の報告会が有ります故。そろそろ我々も向かいましょうか」

 

懐から取り出した懐中時計を見て、そう告げて背を向けた矢先、首屠の臀部辺りに強い衝撃が走った。

腰に回された白く細い腕。へその下辺りで互いに握りあった小さな掌。

 

「嫌じゃ」

 

「────は?」

 

「は?では無い。報告会なんぞ他の幹部やら何やらに任せておけば良い。小僧は今からワシと一緒に犬の図鑑を見るんじゃ」

 

「……………」

 

始まってしまった。

 

神と言う生き物の大半は基本的に非常に我儘で奔放な性格をしている物であり、故に一度思い立ったら最後、満足するまで決して手を止めようとはしない。

 

その話はカグツチとて例外では無く、彼女のそれには幹部が揃って唸り声を上げる程の難題だった。

 

見た目で言えば十五、六の目麗しい少女が、あざとい態度かつ上目遣いと言う、そこらの男神なら一撃で轟沈させかねないほどの甘美な誘惑をこれでもかと言わんばかりに押し付けてくるではないか。

これを断れば当然彼女は駄々をこねた挙げ句、「どうせワシなんか要らないんじゃろ」等と言う、年齢不釣り合いな稚拙極まりない台詞を吐き捨て、拗ねるのだ。

 

以前、彼女に新しい絵巻物を買って欲しいとせがまれた幹部がそれを断り、それに対し逆上した彼女が三日の間失踪した。と言う、前代未聞の珍事件が発生したのだ。

あの泣く子も黙る人斬りファミリアが、汗を額に血眼になりながら都市内を右往左往している姿はさぞ滑稽だっただろう。

結局彼女の友神である鍛冶女神こと【ヘファイストス・ファミリア】の拠点で世話になっていた事が発覚し、【カグツチ・ファミリア】全団員で謝罪と感謝の礼をしに行った事は、今でも記憶に新しい。

 

この事件以来、ファミリア内には暗黙の掟として、「主神の我儘を断るべからず」と、苦笑しか漏れない代物が密かに敷かれたのだ。

 

しかし、この異常に我儘と言う点を覗けば、立派な神格者である彼女。でなければ、誰もが忌み嫌う人斬り役なんぞ引き受けたりは絶対にしないだろう。

 

悪とは人の本質にして根元である以上、たった一度でもその悪に堕ちた者を救う事は、非常に困難だ。そして、大衆が思い描く綺麗事の正義なんぞ、真なる悪を前にすれば何の役にも立ちはしない。

だからこそ悪には悪を。それも『必要悪』と呼ばれる、“もう一つの正義”を以て死と言う救済を与えるのだ。

 

が、その正義は血濡れそのもの。

人を斬り、罪を背負い、命を奪ったと言う事実を受け入れる。皆が皆こなせる程、楽で簡単な代物では無い。

 

そんな、誰もが嫌がり、避け、煙たがる。だが絶対に必要な役割を彼女は引き受け、この【カグツチ・ファミリア】を組織したのだ。

『悪・即・斬』など、他の派閥に属する団員や一般市民からすれば物騒な言葉でしかない。しかしこのファミリアに置いてその言葉こそが、心底に携えた不動の心理であり、正義であり、規範その物だ。

 

故に、汚してはならない。否汚させはしない。

 

誰からも理解されない尊き理念を汚すこと。

それは同時に女神カグツチがその小さな白い手を血に穢しながらも背負った揺ぎ無き正義を崩壊する事と同義だからだ。

 

今だ犬が描かれた絵巻物片手に膨れっ面でごねる彼女を見る。

 

それならこの駄々も、彼女が背負う業故の反動からくるものなのか。

 

「……ほら、行きますよ」

 

「だから嫌じゃと言って……」

 

「全て終わったら、ゆっくり読みましょう。約束です」

 

小指を差し出し、ぴんとたてる。

 

「………………………はぁ、まぁ、一時間ぐらいは我慢してやるか。全く、ワシは何故か小僧の指切りげんまんだけには弱いわい。あぁナマイキじゃ。ほっんとに好かんわ」

 

不満げな表情を浮かべつつも、首屠の小指に自身の小指を絡め、しっかりと結ぶ。

 

古より伝わる、簡易にして単純な儀式。

 

指切りげんまん。

 

しかし旧友の仲であり、主と子でもある二人にとってそれは、より特別な意味をもち、またその儀式は破ることの許されない重厚な契りとなるのだ。

 

我儘な女神と冷徹な人斬り。

二人はそのまま手を繋ぎ、散らかった部屋を後にするのだった。

 

 




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