鮫モンスターに転生したけれど、これからどうすれば良いんだろうか?(完結) 作:蕎麦饂飩
「その蛇に腹一杯食わせる環境が欲しくはないかね?」
そう言った男に従う形で、僕とセレナは砂漠へと向かっている。
成功して帰ったら、セレナは貴族の末席に加われるそうだ。
セレナとしては、貴族になる事そのものよりも、必然的にツシマーズの国籍を取得出来る事が良いそうだ。
根無し草な旅人という身分は、セレナには少々辛いらしい。
以前の居場所からあのように追い出されて尚、新しい居場所を求めるのだろうか?
それとも、あのように追い出されたからこそ…か?
僕には人の気持ちはあまり興味も理解もないようだ。
砂漠にいるモンスターについて、毒と念力を使う岩の様に硬いカエルや、吸血性の鬱陶しいハリネズミなどが厄介だとセレナは言っていた。
僕に言葉が通じる事は理解しているから、説明をしてくれるのだ。
返事が出来ない事も理解してくれているのも、良い飼い主と言えよう。
とはいえ、その説明はあまり役には立たなかった。
本来の生態系とやらは、崩壊していた。
空中を浮遊する緑のライオンがかなりの頻度で出てくる。
攻撃して手足を千切った程度では、地面から色々と吸い上げては再生してくる。
これを出来るだけ殺せと言われた。
腹一杯になった後も殺し続けろと。
野生生物としてはその必要は感じないのだが、これほど大量発生したとなっては、人間からすれば駆除しなければならないのだろう。
他にも理由はあるだろう。
鮫を殺してヒレを集めていた人間がいたように、コイツらのたてがみにも商業的な価値があるはずだ。
その為に働くというのは腹立たしいので、出来る限り食って腹に収めてやろうとは思った。
しかし、数が多くそれなりの強さがある。
再生力と顎の強さもそれなりのものがある。
僕も身長と跳躍力が無ければ、飛ばれただけで何も出来ない。
だが、誰かが意図的に大量発生させたのでなければ、これもまた自然の営みだと言える。
イナゴの大量発生だって、自然の一部だ。
農場が荒らされるのも自然の一部だ。
大量発生したライオンもまた、自然の営みと認めよう。
これだけの数と質を持つモンスターは、恐らく人間たちや他のモンスターでは狩れまい。
しかし、この砂しかない砂漠という環境における
地下深くに潜泳する鮫を攻撃する事も、空に浮かぶライオンを攻撃する事も互いに難しい。
それでも僕は地中から跳び跳ねて食らいつき、ライオンは地面ごと僕を吸い尽くそうとする。
良い勝負になっていたと思う。
種族としての在り方は逆。
質はこちらが上で、量は向こうに分がある。
不利なのは、戦う術を持たないセレナだ。
しかし、闘技場で覚えたものがある。
「
契約者とかいうよくわからない存在が、この言葉を紡ぐとモンスターが強くなるのだ。
契約者の願いに応えて、モンスターが強化される。
凄くシンプルに大雑把に適当に言うとこうなるのだ。
闘技場でセレナが僕に対してそれをやった時は、完全にオーバーキルだった。
スイギュウには合掌したものだ。
────頂きますの意味で。
…手じゃなくてヒレしかないけどね。
頭の中が血に酔った時の様に鮮明になる。
セレナ・ユタ=カナの願いの形に合わせて強くなる。
身体から実体の感覚がなくなり、僕の二つの頭がそれぞれ別の身体に別れて、そして互いを喰らい合った。
一時的に契約者の願いに応えた姿へと変質する。
僕は、前世で見たラニカイの海の更にその先にある、旧い海を幻視した。
『
この形態は、特定の形を持たない事を本質的に理解できる。
恐らく、僕の姿が変わればこの形態の姿も変える事が出来る。
変えないことも出来る。
僕が望んだ姿は、ただただ巨大な鮫。
頭が二つある訳でも、ヘビの様な形でさえない。
何処までも鮫らしい姿。
あの日ビッグジョーが力の象徴と思えたように、ただただ巨大な鮫の形を選んだ。
恐らくやろうと思えば、ここから僕の本来の契約者の形にもなれるのだろう。
しかし長年使っていない人の形など、今となっては気味が悪い。
ティダとやらの形になど、なったところで役に立ちそうにも無い。
────それこそが彼女の願いだとしても。
地面から飛び跳ねる。
まるで違う。
その跳躍力も、速さも────広げた顎の大きさも。
自信を持って言える。
僕こそが、頂点捕食者だ。
敵から餌に成り下がったライオン達を徹底的に食らう。
カツオがイワシを追う必死さではなく、クジラがオキアミを食らう様な気軽さで。
この形態の弱点の一つである、急速な飢餓感は食べ続ける事で解消出来る。
他の弱点である実質的な時間制限は、僕が気にしなければどうということはない。
──本来契約者は、契約したモンスターを開放すると共に、その生命力を消費する。
契約の開放とは、橋道染線という術式により、モンスターが契約者に染まり、契約者がモンスターに染まる事だ。
生命力の消費だけでなく、契約モンスターの飢えと痛みを一部フィードバックされる。
とは言えど、僕が食べたスイギュウを解放していた対戦相手の契約者は、昏睡状態になった程度で死んではいない。
つまりはその程度だ。
僕が死んだとしても、死ぬほど苦しかったとしても、セレナが死ぬには至らない。
逆にこの状態でしゃかりきにならねば、セレナが死ぬ可能性もある。
なら少しくらいの無茶程度は我慢してもらうのもセレナの為なのだ。
そう思い込めば、“縛り”も緩くなる。
なに、ほんの少しの時間くらい、僕に食らわせてくれても構わないだろう。
ほんの少しくらい、食わせてくれて当然だろう。
さあ、とにかく食らえ。
血と肉で顎と喉と胃と魂を満たせ。
何処までも何時までも捕食は終わらない。
この愉悦は、この歓喜は────────────終わらせ──────
────────────はっ?
何で…力が──────
力が入らない。動きが上手く伝達しない。ヒレ先が痺れる。肉体への支持が伝わらない──────
二つの頭で互いを確認する。
頭部もその根本も、どこにも怪我はない…。
……二つの頭?
待て、今僕の姿はどうなっていただろうか?
自分で自分の姿が噛み合わせられない。
戻った…?
前の姿に…?
もう一度確認する。
姿こそ戻ってしまったが、どちらの頭も返り血以外の匂いを発してはいない。
どこにも不具合はない。
…他に原因はあるんだろうか?
…何か、他にあるんだろうか?
──────────セレナ?
ふと視界に入った人間を見た。
透き通る様な白髪へと変化を起こし、ビクビクと震えながら、自分の身体を抱き締めるようにして、人間の少女が倒れ込んでいた。
この脆弱な契約者は、人間が契約するにはあまりにも強力なモンスターの解放には耐えられなかったのだろう。
ヒヨコやウシ如きとの契約とは話が違う。
互いの身体に巻き付いた契約のラインが切れる事は無い。
代わりに、ラインを巻き付けたもう片方の端を引きちぎる事はあったようだ。
元々、本来の契約者ですらない。
本来の契約者は最初に食べた人間だった。
だから、この感情はその契約者由来のものなのだろう。
僕本来が持つにしては、あまりにも不自然な感情だった。
痛みが走る。
鮫肌と呼ばれる鱗が裂けた。
──────力を逆流させた。命が薄くなるのを感じた。倒れた人間を狙う猛獣たちの前に割り込んだ。
…たったそれだけの事を、全く無意味なことをやっていた。
そこから、無我夢中でセレナを片方の頭で甘噛みして咥え、もう片方の頭でライオン達を追い払いながらひたすら砂漠を抜けた。
ライオンの攻撃で、今までにないくらい肌が裂けて血が吹き出た。
這い続けた。
いつまで続くかわからない砂の世界を、這い続けた。
…そして、小さな村に着いた。
人間たちが集まってくるのを確認すると、セレナを置いて眠りに身を委ねた────────────
生きていた。
討伐されてもおかしくはなかったが、何故か殺されてはいなかった。
セレナの匂いを辿ると、離れた天幕の中にいた。
戸すらない、布で仕切られた出入り口を鼻先で押す。
セレナがいた。
手を振っていた。
僕は鼻先だけ天幕の中に入れて待っていた。
セレナは、責めることなく僕に話をした。
──ここの人たちに助けられた事。
──お礼にこの村を襲うサソリを倒したい事。
──寝ている間、ティダに背負われた様な夢を見たこと。
「ああ、ティダって言うのは──────」
知っている僕は、その内容を聞き流した。
頭を引っ込める。
セレナは僕が先程まで塞いでいた出入り口を通って出て来た。
セレナに軽く身体を巻き付けると、それを緩めて僕は村を出ることにした。
人間では足手まといになるからだ。
「一人で行くの…?」
…返事はしなかった。
村の周りの地中を、だんだん距離を話しながら、グルグルと、グルグルと周る。
地中で身体を叩き付けるようにしながら周る。
何か、振動を感知した。
地上に上がると、そこには何もいなかった。
代わりに、大きな穴があった。
入れ違いで潜ったのだろう。
土や砂をすり抜けて泳ぐ僕たちと違って、他の生き物は潜ると痕跡が残る。
僕はその穴を追っていった。
追い付いたのは、崩れやすい洞窟の先を抜けてからだった。
この穴は、かなり前からあらかじめ掘ってあったものなのだろう。
砂の洞窟を抜けた先は、泊まっていた村だった。
僕の目の前には、それなりに大きなサソリがいた。
それなりの大きさというのは、僕から見ての話だ。
全身にドリルや筒を生やした黒光りする金属質のサソリだった。
僕を確認したのか、振り向くと筒の中から蒸気を噴き出した。
随分とパンクな化け物だ。
両腕と尾のドリルが回転数を上げると、一直線に僕に突っ込んで来た。
身を捻るようにして、砂に潜る事で躱せた。
恐ろしい程の速さだった。
削岩機の如き破壊力と、トラックの如き速さとを兼ね備えた重装。
これは人間ではどうにもならない。
そう考えていると、僕の上でサソリは止まった。
本能的にマズいと感じてより深く潜った。
──その直後、首筋をドリルが掠めた。
コイツ、一気に掘り進んで来た。
痛みを無理矢理我慢する。
血を流しながらを砂中を泳いで、後ろを確保した。
噛み付きはしたが、かなり硬い。
挙げ句にトゲトゲして熱も発しているので、巻き付くには向いてない。
しかしそれでも決着を付ける為に、身体を巻き付けた。
熱いし、鋭利な箇所に食い込んだ身が裂ける。
その上、尾や両腕のドリルが何度も抉ってくる。
だがそれでも締め上げながら何度も二つの頭で噛み付いた。
地上の生き物には見えない砂中での、化け物同士の殺し合い。
同等以上の個体との戦いは、ビッグジョーに挑んだ時以来かもしれない。
格下ばかりとの殺し合いにはない緊張感。
これは忘れていたものだ。
これは、忘れてはいけなかったものだ。
今まで僕が勝利を収めてきた様に、強者が正面から戦えば勝つ。
それは当たり前の事ではあった。
僕がもっと強ければ、勝つ。
そうでないから勝てない。
だけどもし、もっと強かったなら──────
『
──身体が変質する。
巨大な鮫へと変質する。
サソリに食い込む様に噛み、身体を捻じりながら地上へと跳ね上がった。
セレナが眼下にいた。
随分と危険な場所に、随分と脆弱な生き物がやってきたものだ。
噛み付いたままのサソリを砂に叩き付けた。
左腕と脚が千切れて胃の中に収まった。
サソリの本体は、セレナの向こう側まで跳ね飛んで行った。
サソリは何とか立ち上がろうとしたが、それには脚が足ら無さ過ぎた。
だからだろう。
サソリは尾と右腕をこちらに向けた。
そして、尾と右腕のドリルを
──────その程度、余裕だった。
潜って、セレナの前で浮上すると、二つのドリルを噛み砕いた。
その後にあったのは、当たり前の結果だった。
より強いものが勝つ。
それは、胃の中に吸い込まれた敗者の残骸が証明していた。
「一人で行く…なんて言わないよね?」
背後で自信有りげに話す少女に、元に戻った姿で、二つの頭の片方だけを使って肯定した。