鮫モンスターに転生したけれど、これからどうすれば良いんだろうか?(完結)   作:蕎麦饂飩

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どうすれば良いのか分からないなら、分からなくてもいいじゃない

 セレナの事を知りたいとは思わないが、知らない事は多くある。

 他の人間と比べて異常と思われる霊力を保有する構造なんて、まさにそうだ。

 人間の旨味は、霊力の旨味だ。

 セレナを食うことがあれば、至上の甘露なのだろう。

 そもそも、契約してから空腹が明らかに抑えられたのは、本来の契約者が欲していたセレナに辿り着いた事だけではなく、セレナの霊力を分け与えられているというのもあるはずだ。

 

 そもそも、野生のモンスターが契約する理由が、空腹が和らぐ事以外に見当がつかない。

 少なくとも本来の契約者の縛りが無ければ、僕はそれ以外の理由では契約しない。

 

 

「私の居場所…。

もうヘビさんだけで良い。

永遠に私の居場所(ネリヤカナヤ)でいてね」

 

 セレナが言う、ネリヤカナヤが僕の強化形態の事ではないのは分かった。

 

「…開放状態の事じゃないから」

 

 分かってる。

 

「ずっとその状態だと、私が全部食べられちゃうからね」

 

 分かってる。

 

「…それも、良いかな」

 

 ──────分かってる。

 その時はそうすれば良い。

 そうなった時に心変わりが無ければ、僕はそれを契約と見做そう。

 

 

 無意識に片方の頭が、もう片方の頭を小突いたがその理由は気にする必要もない──────

 

 

 

 

 

 

 ツシマーズときな臭い関係にあるベップノユ国。

 その近隣に、ユフィン国と、クージュ国がある。

 昔から、三国の中央にある、長寿の泉を巡って争いが耐えないという。

 

 その中でもクージュ国は、度重なる戦争で最早国の規模を保ててはいない。

 僕らが辿り着いたクージュ国は、国というよりは村…お世辞を込みで町に近かった。

 

「おお、ルナや。帰ったのか。

そうかそうか、良かった良かった」

 

 老婆が聞き取りにくい、しわがれ声で話す。

 ルナとはセレナの事だろうか?

 しかしセレナはルナではない。

 

「人違いでは?

ルナとはどな──────」

「合わせて下さい」

 

 否定しようとしたところ、別の人に止められたセレナはルナではないと、ついぞ言い損ねた。

 

「待っちょけ、ばっちゃがいいもん作ったるちな」

 

 そう言って、家の中に老婆は入って行った。

 セレナは、人間違いの訂正を止めた女に、何故止めたかを聞いた。

 

「それは──────」

 

 老婆の孫に、セレナに似た美しい孫がいたそうだ。

 想像できたが、名前はルナといった。

 長寿の泉を独占する為に、クージュの王である父親は、クージュの森の主であり、多くの屍を積み上げた一人にだけ、入浴を許すという泉の王たる蛇の化け物、九頭竜《クトゥリュウ》と契約させたそうだ。

 結果、ルナはいなくなり戻ってくる事は無かった。

 九頭竜は、契約をしなかったのだろう。

 一瞬の極上を味わう為に、長く舐められる飴玉を噛み砕いたのだ。

 

 やはりヘビというのは短慮な生き物だ。

 知性あふれる鮫とは比べるべくも無い。

 

 老婆は、孫がヘビの王を連れて帰ってきたと思ったのか、そう思い込みたかったのかは知らない。

 どうでも良い事だ。

 

 この国の王は前の戦争で倒れたそうだ。

 王の補佐官であるリナの目の前で死んだという。

 しかし、王が死んだところで戦争が終わらなかったが

 その家族が全滅するまでは、家族の誰かが次の王に繰り上がる。

 

 説明をした女は頭を下げた。

「どうか、どうかルナ様としてこの国をお守り頂けないでしょうか!!

どうか、どうかお願いしますっ!!」

 

 頭を下げるどころか、体ごと地面に付けていた。

 

 なる程、確かにあの老婆では、王としては担げまい。

 王の補佐をする、永遠のNo.2の立ち位置にいるという女からそう見做されるとは、無様な老女王だ。

 

「ルナ様を亡くされて、それでも孤児である私達を育ててくれたラクモ様に、これ以上無理はさせられないのです」

 

 あの老婆、ラクモとやらには無理はさせられないのに、セレナには無理をさせて構わないわけか。

 王の称号を代わりにくれるのだろうが、そもそもそう言ったこのリナという女が、王の称号に価値を感じてもいなさそうだ。

 …不快だな。

 

 クージュを守るという事は、セレナにベップノユとユフィンを襲わせるということだ。

 

 セレナが迎え入れてくれるかも知れない国を、確実に二つは消すという事だ。

 まあ、そんな無駄な期待をバッサリ切ってやるのも優しさなのだろうけれども。

 

「泉を諦めても駄目なの?」

 

 セレナは融和を模索するつもりだ。

 

「諦めたと相手が思ってくれなくては、無意味です。

先々代の王であるマキノ様は、そう疑われてベップノユ国に殺されました。

そしてそのせいで徹底抗戦しか考えが無くなったユッボ様は、最早戦えぬクージュ国で、国の全てを戦争に回しました。

そして──────」

 

 やり過ぎだと諌めた補佐官を犯して、そして殺そうとした所を、実の母であるラクモに殺されたのだ───と。

 

 

 

 しかし、戦争を諌めた女が、新たな王に戦争を求めるなどと、分不相応な力が不意に与えられると、人間は溺れやすいものだと理解出来る。

 

「ユッボ様は悪い方ではありませんでした。

マキノ様を殺されて、追い詰められていただけなのです」

 

 この女も、それなりの霊力…いやこの女自身というよりは────まあ、それなりに霊力があるが、愚物だ。

 自分を殺そうとした相手に未練があるなんて、クモかカマキリの雄のようだ。

 

 発声出来るのなら、止めておけと言ったかもしれない。

 どうでもよい身の上話など無視しておけと言ったかもしれない。

 しかし、実際には発声出来ないのだから考えるだけ無駄だった。

 

「私に、戦争を止めることは出来るかな」

 

 それはどういう意味かによる。

 セレナが犠牲になるという意味か、セレナが犠牲の上に立つという意味かだ。

 

「その蛇と共に、ベップノユとユフィンを討ってくれるのですかっ!!」

 

 どちらの意味かも確認せずに、愚かな女は期待をする。

 

「ベップノユと、ユフィンと共に蛇を討つんだよ」

 

「…まさか、それが出来れば二国の争ってもいません。

それが出来ないから、二国と争うのです」

 

 九頭竜には怖くて立ち向かえないから、他国を攻める。

 三国が三国ともその選択肢を選ぶに至った過去があったのだろう。

 どうやっても勝てないと思い知らされる程の過去が。

 

 まあ、分かり易くて良い。

 自国にも敵国にも、色々汚い世知辛い事情があり、互いに正義も悪もあって、そして無いとも言える。

 そんな面倒な話よりは、九頭竜一匹を諸悪の根源として、たった一匹の敵軍にして親玉扱いにした方が、とても分かり易くて罪悪感も無い。

 

 セレナが決めたなら、そうしよう。

 先程から話の中に幾つも王という呼称が出て来たが、よく出て来たせいで、どれもしょうもなく思えてしまう。

 王の大安売りだ。

 ここらで本物の王の力を示して、王の名前の価値を上げることにしよう。

 

 

 

 老婆が料理が出来たと言って出て来た。

 セレナは素朴な味だと言っていたが、僕には十分濃い味付けに感じた。

 素朴な味というのならば、やはり生肉こそがその王道と言えよう。

 それに、僕が食するには少なすぎた。

 

 セレナは、老婆の家に泊められた。

 僕は入りきれなかったので、地下に潜る事にした。

 人間の住まいよりは、土の中の方が遙かに落ち着くのは、僕が元々地中の生物故だろう。

 セレナの枕元に、片方の頭だけを出した。

 

「私ね、戦おうと思う」

 

 何と戦うとは言わなかった。

 何と戦うかは言うまでも無かった。

 

 戦ったところで、セレナの望む(・・・・・・)居場所が手に入るとは限らない。

 そんなことはとっくに分かっているはずなのに、セレナはそう言った。

 

 未だ足を踏み入れたことの無い、ベップノユも、ユフィンも、セレナを受け入れてくれるような善良な国かも知れない。

 そんな国を傷付けることは、セレナには出来ない。

 代わりに、未だ会ったことの無い九頭竜を傷付けようと願うとは、人間のエゴはわかりやすい。

 人間が得たいけど得られない利益を独占する、圧倒的な強さの人外────なるほど、実に分かりやすい悪役だ。

 コイツを倒すことに、人間は罪悪感などというおためごかしを感じなくてすむのだろう。

 

 でも、圧倒的な人外を使役するセレナもまた、力の無い人間からすればおあつらえ向きの悪役なのだ。

 

「分かってるよ。分かってる。

これは、────化け物同士の殺し合いだから」

 

 僕は発声もしないし、テレパシーも使えない。

 だというのに、僕がセレナについて思っていたことを、セレナはまるで理解しているように感じた。

 少しだけ、セレナが強く見えた。

 …意識が、澱み始めた。

 

 

 ──夜が運ぶ夢に揺られて、朝へと辿り着いた。

 

 

 

 

 

「行って来ます」

 

 

 老婆達に手を振ったセレナと、山へ向かった。

 

 真っ直ぐに坂を登る。何処までも続きそうな距離を張って登る。

 クージュ、ベップノユ、ユフィンの中央には山がある。

 長寿の泉は、その山の頂上だ。

 当然、九頭竜も。

 

 

 空飛ぶタイヤキや、蝋燭で出来たアブラムシが低空を覆い、森林性のナマコや、粘体として活動するキノコらしきものが地上で蠢いている。

 おかげで、混沌とした匂いが立ち込めた森だった。

 

 二つの頭の内、片方で移動経路上にある獲物を捕食しながら、もう片方の頭で捕食や逃走以外の思考という、極めて無駄(・・・・・)な行為をしてみよう。

 

 平和とは、搾取関係の優越側が感じる感覚である。

 平等とは、思考実験の概念としてでしか理解出来ない。

 鮫にも種類に強弱があり、同種の中でも強弱が存在する。

 どの鮫もそれを不平等や不公平とは感じず、精一杯生きるだけだ。

 

 長寿の泉の為に戦争が引き起こされる。

 そしてその死体が九頭竜に捧げられる。

 九頭竜の目的が長寿か供物かは分からないけど。

 供物として考えるなら大したものだ。

 長寿の泉という資本を持っている九頭竜は、自分の寿命延長に泉を使いつつ、それを貸し出す事で賃貸料を得続ける事が出来る。

 所有資産による、不労所得というものだろう。

 

 羨ましくはあるが、羨ましく思うよりは奪えば良いとも思う。

 そういう意味では九頭竜討伐には賛成する。

 だが、九頭竜という重石があるからこそ、九頭竜の為に戦争しているという引け目がある。

 九頭竜がいなくなれば、真に自らたちが欲する為に人間たちの闘争が始まるだろう。

 もしいずれかの国が圧倒的な勝利を収めたとしても、その富は権力者に独占されて、国民に貸し与えられる形で賃貸料を取るだろう。

 しかし、それは問題ではない。

 資産とは力を持つものの為のものであり、力が無ければ手に入れられず、力があるものには奪う事が出来るものなのだから。

 最悪なのは、長寿の恩恵が誰もに無償で与えられた場合。

 そうなれば──────

 

 …随分と無駄な思考だった。

 そんな思考をする暇があれば、もっと効率的に道中の獲物を食せたはずだ。

 もったいない事をした。

 

 

 今からでも遅くはない。

 手足の代わりに存在する、四つのプロペラで浮遊するムササビを咥えつつ、ハリセンボンの様に下にまで針が生えたハリネズミを噛み砕く。

 思考とは、生存にのみ傾けられるものなのだ。

 生存以外に使われる思考時間とは、無駄な行為に過ぎない。

 

 

 九頭竜まで、大した脅威はいなかった。

 …九頭竜には同情する。

 その力に見合う餌がいないというのはツラい事だ。

 飢えが収まらない。

 だから、人間達を求めるようになったのかも知れない。

 もし、そうなら性格は僕に近しいかも知れない。

 だけどそれは、僕が九頭竜を食らわない理由にはならない。

 敵は殺し、餌は食う。

 ただそれだけで良い。

 僕達の世界は────とても単純に出来ている。

 

 

 なあ、お前もそう思うだろう? 九頭竜。

 

 

 

 僕たちを知覚したのか、強烈な臭いが近付いてきた。

 表れたのは、動く噴水だった。

 それぞれ色と匂いの違う水流が九つ、不自然な穴から湯気と共に噴出している。

 活ける水脈。

 それが九頭竜の正体。

 

 そういう肉体に変化したモンスターなのか、自然が意思を持ったのかは分からない。

 しかし、人間が倒せないと諦めるのは納得出来た。

 

 ──殺しようが無い。

 そう考えたに違いない。

 無色・塩味、滑り、苦味、発泡、鉄分、硫黄、酸、無色に似た何か。

 僕も実際に九つの水流を纏めて横薙ぎに噛み切ろうとしたが、何の意味も無かった。

 

 意思を持った九個九種の噴泉。

 これが、九頭竜の正体。

 恐らく、長寿の泉の正体。

 

 なるほど、長寿の泉そのものが九頭竜なら、倒すという選択肢は無く、認められる他は無い。

 しかし、それは長寿の湯に希望を捨てられない人間の場合だ。

 僕は容赦なく食らう。

 

 大地に潜り、間欠泉たちの根元を食らう。

 口の中に高温の水を掻き込んだだけの結果になった。

 

 血と肉と脂が無いと、脳が働かない。

 しかし、それでも働かせなければ生き残れないなら、全力で働かせなければならない。

 生存の為の思考は、全力で行うものだ。

 

 最も無力に見えて、最も力強く熱い無色の泉には、特に警戒を怠らない。

 

 

 躱しながら咬み付いた根元には、尚も温水があった。

 ────では、その更に奥深くは?

 

 地中に潜るのは、僕には当たり前のことに過ぎない。

 いつもは生物を食う為に必要な分しか潜らない。

 だが、全力で潜るのなら、きっと九頭竜の大元にある本体(・・)に辿り着けると思えた。

 

 

 側方に九頭竜の体を認識しながら、地中を真っ直ぐ下に潜る。

 

 

 

 ─────見つけた。

 

 

 

 

 『八尋ノ大和邇(ネリヤカナヤ)

 

 その瞬間、魂が、肉体が解放された。

 理想的な巨大鮫へと全てが置き換わる。

 間違いなくセレナは地中にはいないはずなのに、そのタイミングは完ぺきだった。

 

 

 その灼熱の塊に、唯々歯を突き立てた。

 瞬間、それ(・・)は消え去った。

 

 

 殺しきれた感覚はない。

 腹には水しか溜まっていない。

 ただ、“ソレ”は一瞬で何かを伝ってこの場から消え去った。

 

 

 

 二頭の蛇頭の姿で地上に戻った。

 そこには、悍ましさも力強さも無い、九つの湯気が沸き立つ池があるだけだった。

 

 …残ったこれに、長寿の利益があるかはわからない。

 それでも、三国がこれを三等分や共有するとは考えられない。

 

 

 その上で、もし仮に平和的に三国に活用されて、戦争も起こらず、誰でも自由に使えて、長寿の効果が不断のものであったのなら、それはそれで恐ろしい事になるだろう。

 寿命が長くなれば、増えた老人たちを支えるコストが嵩む。

 いずれは国ごと緩やかな崩壊を迎える事だろう。

 

 

 

 まあ、そのような事は、衣服を脱いで先程まで怪物であった温水に浸かろうとする、セレナの妙な肝の座り方の前では些事と言えた。

 

 

「蛇さんも一緒に入ろうよ」

 

 …塩水の湯以外なら、ご一緒しよう。




後にこの湯は、九頭竜泉と呼ばれる事になった。
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