鮫モンスターに転生したけれど、これからどうすれば良いんだろうか?(完結)   作:蕎麦饂飩

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どうすれば良いか分からなくても、君が大丈夫と言うのだから

「この国から立ち去ってはくれませんか」

 

 九頭竜を倒した僕とセレナに対して、帰って最初に会った、リナという不出来な王佐の告げた言葉はそれだった。

 出迎えの言葉にしては、無礼なものだ。

 

 セレナが生きて帰って来た時には、驚いてさえいた。

 この女の中では、セレナは九頭竜に食われて終わる公算の方が高かったのだろう。

 それ自体は理解出来る。

 

 ルナとして振る舞えと言った割りには、身勝手だ。

 身勝手は弱きものに許される振る舞いではない。

 身体を啄む様に、掃除してくれる小動物なら、食わずとも良いが、僕の食べようとする餌を横取りしようとするのなら、それはもう共生ではなく敵対だ。

 

 セレナがこの“賊”を食えと許可するなら、僕は戸惑いもなく、そうしただろう。

 

 

 しかし、セレナは自分が追い払われる事に慣れ過ぎていた。

 慣れている事にしないと、耐えられなかったのかもしれない。

 だが、それは僕が気にする事でもない。

 余す事なく覗き見れる訳でも無いし、契約者の心を分かった気になったところで、僕の生存に影響がある訳でもないのだから。

 

 

「…出て行きます。

ですが、聞かせてください。

最初から、私を利用する気しか無かったのですか?」

 

 結果としてそうなっているにも関わらず、動機などという無意味な事をセレナは確認した。

 女は首を横に振った。

 

 

「…いえ、違います。

信じては貰えないでしょうが、理由は二つあります。

一つは、ラクモ様の寵愛を受ける貴方を見ていると、自分の立ち位置が不安になったこと。

あの方は育ての親ですが、孫によく似た貴方に構う姿が恨めしくなりました。

それと、貴方が出発した後に気が付いたのですが、もう一つの理由は──────、あの人の子が、先王の子がここにいるんです。

ラクモ様の孫で、私とあの方の子がここにいるんです」

 

 そう正当化する言霊を並べて、女は腹を撫でた。

 

 それがこの女の中では然りとした理由なのだろう。

 …己が王になる気は無いが、先の群の長との間に生まれる仔を新たな王にはしたいと言う。

 

 それ自体が身勝手とは思わない。

 タガメの雌は、他の雌の卵を壊して雄を求めるし、ライオンの雄は、他の雄の仔を殺して雌を孕ませる。

 それがこの女の理屈であり、僕の理屈とは一致しないというだけだ。

 違う理屈から成り立つ以上、考えを向ける事自体が無駄なので行わない。

 

 だから僕の理屈で思考する。

 セレナに居場所を期待させて、それを目の前で取り上げるとはどういう事だ。

 獣の飼い主でも、躾通りに芸をした獣に餌をやるものだ。

 団子の一つもくれてやらねば、獣も従う気にもならぬ。

 人とて獣。

 その通りが通じぬ理はあるまい。

 その程度の事も理解出来ぬ王佐では、王を育てる事も出来ないだろう。

 

 新たな人間が、この場に介入してきた。

 

 

「…あたしが不安にさせたのが悪かったかねぇ。

リナ、お前は何時までも可愛いあたしの子供だよ」

 

「ッ、ラクモ様ッッ!?」

 

 女の後ろから現れた老婆。

 先程からの話を聞いていたのは間違いない。

 

 女を抱き締めながら、老いを尽くした老婆は茶番染みた事を言った。

 

「ルナ…いや、セレナかい。

本当にすまないことをしたよ。

勝手に孫に重ねて、勝手に危険に晒して、勝手に追い払うなんて謝っても許される事じゃない」

 

「…いえ、いいんです」

 

 この茶番(・・)に猛烈な不快感があった。

 現在における最高権力者である老婆が、やろうと思えばセレナの残留を許す事の出来る国の長が、最初から追い払う前提で語る茶番(・・)についてではない。

 セレナよりも不出来な王佐の胎に宿った新しい孫を取って、流れのままセレナが追い出される事を黙認した事についてではない。

 もしかすれば、全て織り込み済みで、セレナを孫として扱う形を取って情で縛り、裏で動かす国の王に相応しい謀略を敷きながら、それを見せない様に茶番を演じている可能性を否定しきれない事でもない。

 だとしたら、大した王だ。

 しかし、新しい孫の誕生に余裕が出来て、正気に戻り、セレナがルナではない事に気が付いたからという、真っ当な理由も考えられる。

 寧ろ、その可能性は高い。

 どのみち───、見下げ果てた。

 

 

 不快感の元は、もっとシンプルで主観的な事だ。

 相手にどういう事情や思惑があったかなど、考慮にすら値しない。

 セレナに居場所をちら付かせて与えなかった事そのもの。

 セレナが悲しむ事そのもの。

 セレナが今後期待すらしなくなる未来そのものへの強い不快感だった。

 

 僕が身勝手だと女に感じた事は、理由に関係なくセレナが悲しまされること自体が、身勝手な所業と感じたのだ。

 これは、僕の身勝手な結論だった。

 

 ただの飼い主に過ぎない。

 だというのに、これ程の制御出来ない無意味な感情に襲われる事に、この瞬間は違和感を感じなかった。

 肉体の度重なる変化に遅れて、精神が変質したのだろうか。

 

 

 

 

 

「駄目。蛇さん。

これがきっと正解だから。

きっといつか居場所も見つかるから」

 

 セレナが本当にそう信じているのなら、それでまだ収まった───かもしれない。

 …セレナ、本当にそのいつか期待しているのか?

 期待する振りをするのはよせ。

 それくらいは、既に今の僕にも感じ取れる。

 

 

 ああ、あの地下深くに潜った時、セレナが僕を知覚したのはこの感覚だったのかという、生存に有益な(今は必要ない)事を理解できた。

 

 

「大丈夫だから。

大丈夫、きっと大丈夫」

 

 それは僕だけに言っている訳では無いのだろう。

 だからこそ不快感は収まらない。

 

 それでも、セレナが去る後ろを僕は着いて行った。

 餌を食った後でもないのに、口の中には鉄の味がした。

 

 

 

「死国へ行こう。

あそこになら、きっと。

ティダが来てくれた場所。

あそこに無ければ、もう…何処に行っても無駄だから」

 

 セレナは死国へといくのだという。

 死国──────ティダが来訪した場所。

 涅槃を通じて、数多の異界と通じる根の國。

 この世界の中心にありながら、世界の外核にいたる場所。

 それが、死国。

 

 セレナが生きたいというのなら、好きにすればいい。

 僕はそれに追従するだけだ。

 

 

 

 クージュを超えて、海沿いに進んだ。

 セレナは、何故死国を目指すのだろう。

 セレナに求婚したトトリ砂漠の男がいる場所にでも行けば良い。

 それも選択として十分に考えて良かった。

 そうなれば、セレナが死ぬまでは僕もその場所にいて良かった。

 セレナが死ねば、セレナの現世での魂の旅が終われば、僕も元の居場所に戻ればいい。

 あの暖かな日差しの土へ、戻るのも良い。

 

「蛇さん。

死国で良いわけじゃ無いの。

死国が良いの。

あの村の男の人は、悪い人じゃ無かった。

でも、私の一番は別の人なの。

だから、死国が良いの。

だからね、好意に甘えられるあの村には、行くのは全て駄目だった時にしたい」

 

 

 極めて悪辣な言い方をすれば、それ以外の居場所は予備であり、あの男も予備に過ぎない。

 今までの居場所を作る旅は、正しくは『予備の』居場所を作る旅だった。

 だから簡単に追い出されることを受け入れられた。

 つまりはそういう事だ。

 ──────それが、もし本心とは違う強がりでしかなくとも、僕が気にすることでは無い。

 

 

 ずっと海沿いを這っていた。

 様々なものを見た。

 様々のものを食べた。

 僕の肉体は、更に変質した。

 白き衣のようなヒレは、ウロコは、黒銀に染まっていた。

 漸くここまで来た気がする。

 ()もここまで染み込めたんだ────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 浜辺で、少女が襲われていた。

 少年が、岩に向かって石を投げていた。

 それでも岩は、意も介さずに少女を追いかけていた。

 巨大な岩だった。

 岩が動くのは、この浜辺ではよく見た光景だ。

 岩ならすり抜けられると思って、下から攻めると痛い目に遭う。

 まあ、地中を泳げるのは僕たち地下鮫くらいなものだから、他の種族なら気にする必要は無い。

 しかし、僕は地下鮫以外の種族では無いから、他の種族の場合の攻略法を気にする必要も無い。

 …よく蛇と間違えられるが、それでも一応僕は鮫なのだから。

 

 あの岩が動く理由は極めて簡単だ。

 だが、そんな簡単なことは、セレナの命令により、少女を助けてからにしよう。

 身体のすり抜けを意図的に押さえ込んで、岩の側面を叩き打つ。

 上からでも、下からでも無意味だったのは経験済みだ。

 

 岩が横転する。

 先程まで、そこであった部分が空の方を向く。

 岩の動きは止まった。

 

 強い光が苦手なのか、岩を動かしていたものが蠢く。

 それは、無数の貝だった。

 漂流物に漂着する烏帽子のように鋭く尖った無数の貝。

 それらが、岩の下一面に張り付いて、岩という屋根を共有する無数の脚として活動していた。

 群体化したヤドカリみたいなものだった。

 上からは岩が鉄壁の掩蓋となり、下からは尖った身体が地中からの外的への吊り天井になる。

 上から叩いても、貝殻が砂に沈むだけ。

 下から攻めても、痛みを覚悟しなければならない。

 たがら横から転がして、苦手な天の光を浴びせるに限る。

 

 

 廃墟となった家を運んでいるのも見たことがある。

 あるいは、奴らがその家を無人にした(・・・・・)可能性も高い。

 

 近隣には、肉塊に寄生した近似種も見たことがある。

 あるいは、その廃墟の元住人がその肉塊である可能性も否めない。

 …僕にとっては、トゲだらけで食べにくいが、肉の中に伸ばされた触手の味は悪くない…程度のものでしか無いが。

 

 

「ありがとうお姉ちゃん」

「…ありがと」

 

 少女は嬉しそうに、少年は少々素っ気なくそう答えた。

 僕にとっては礼など腹の足しにもならないが、セレナにはそうで無かった様だ。

 

「気にしないで」

 

 

 セレナの容姿は、他者に幽玄として冷然とした印象を与えるようで、本当に気にしていないようにしか見えないようだ。

 その容姿に少年は釘付けになり、今度は少女が少し不機嫌になった。

 セレナ以外の機嫌など、僕には何の影響も与えないから、二人の表情を読み取った事自体が無駄だった。

 餌としてみるならば、獲物の表情を読み取るのは効率的なこともあるが、流石にこの人間二人を腹の足しにするのは、セレナが認めないだろう。

 セレナから恒常的に与えられる霊力の方が、有象無象の人間の肉よりは栄養価が高いから、それに従う他に選択肢は無い。

 こうしてみると、セレナの異常性がよく解る。

 

 人間と鮫では、決定的な強さの差がある。

 何度も姿を変えて漸く今の形になり得た人類と、最初から完成していた故に鮫は姿が変わらなかった事がそれを示している。

 だが、僕の場合、あまりにも休息に姿が変わりすぎている。

 エラが無ければ鮫を名乗るのは難しい。

 リュウグウノツカイかウミヘビの方が見た目は近い。

 鮫という種族に限界が来たからそうなったのか、僕という個体が変化しやすかったのかは分からない。

 結果として変わっている以上、その理由を証明しても、都合よく利用出来ないのであれば無意味だ。

 セレナという、霊力の高い外的要素だってあるだろうし。

 

 鮫という完成された種族ですら、僕という個体のような変異を続ける種がいる。

 人間のような未完成甚だしい種に、どうして変異が無いと言えるのだろう。

 もし、セレナが、人間という種の中に生まれた変異種ならば、人間がそれを受け入れないのなら、セレナの居場所は何処にも無いのかも知れない。

 

 だが、セレナは僕を受け入れた。

 ならば、人間という種そのものに期待する以外にも、期待すべき対象はある。

 個体として期待を向けるか、他種族にも目を向けるかだ。

 

 

「…お姉ちゃん。

この土地は、死国に近いの。

『イワハコビ』がたむろして、文明は全て奪われて流された。

もう既に人が住むには、向かないわ」

 

 少女が、似つかわしくない冷たい声でそう言ったので、先程まで思考を担当していた頭も強制的に思考をやめて、一つの頭で少女を、もう一つの頭でセレナの周囲を警戒することにした。

 

 少女が言うことが正しいとするのなら、あまりにも不自然だ。

 本来、人間という弱い個体の、その中でも脆弱な幼い雌が、文明が全て無くなって人が住めなくなった場所に居るはずも無いのだから。

 

「心配しないで。お姉ちゃんに害を為すつもりは無いわよ。

お姉ちゃんは悪い人じゃないし、わたしも悪霊のつもりも無いから憑り殺す理由も無い。

それに、お姉ちゃんたちは特異点でしょう。

前の皆(・・・)に悪いわ」

 

「特異点……?」

 

 僕が特別なこと同様に、セレナが特別なことも見当が付いていた。

 現在、ニンゲン…ではなさそうな何かから害意は感じない。

 しかし、不必要な思考を回すのは後からで良い。

 

 

「抑止の輪に捕らわれることが無い貴方には、逆に抑止の園で留まることが出来ないんだよ。

留まる意思を見せれば、因果断層が剥離して、貴方は孤独を強いられるんだ」

 

 少年も意味深な事を告げる。

 格好付けのブラフでないのならば、やはりこちらも人間では無いはずだ。

 

 

 少女がセレナから視線をずらしてこちらを向いた。

 

「人では彼女を守れない。

海では彼女を守れない。

弱き心が生む奢りが彼女を守れない。

過去の無念が今の貴方を構築した。

最初の貴方は、肉体と幽体に分かたれた。

肉体は楔のシマに眠り、幽体は柵から逃げ出した。

───接触したのでしょう?

精神に変化は無い?

自覚は無い?

…自覚すら無い?

──────実に哀れね」

 

 何だ。

 これは何だ。

 何故、何故だ。

 何故、知らないことを思い出させるかのような言葉が吐ける。

 

 考えるな。

 思考を排除せよ。

 不快の元を排除せよ。

 それだけで、快適になるのだから──────

 

 

 ──────。

 少女をかみ砕く手前で、意識を取り戻した。

 

 

「恐いなぁ。

『』(代弁者)たる『』はともかく、依り代にしたこの子(わたし)の霊体は、貴方の残留霊力に耐えられないというのに。

やり直すだけのわたしは、やり直して変わっていく貴方たちに期待しているのよ」

 

 

 クスクスとソレは笑う。

 僕はあまりの不快を掻き消すように、空の光に苦しんで岩から身を剥がして底面に逃げようとしている貝共を噛み潰した。

 

 

 

「『い』きなさい。死国(龍宮城)へ。

きっと見つかるから。

求めるものが、…求めたものが」

 

 

 そう言って、少女は少年と手を繋いで消えた。

 もう浜辺には、僕の顎から逃れた数十匹の貝が這い回る音以外はしなかった。

 

 

 

 

「行こう、鮫さん。

大丈夫、今度こそ大丈夫だから」

 

 その大丈夫は、以前聞いた『大丈夫』よりも、随分と期待に溢れた大丈夫だった。




 紬(ツムギフカ)種
 底深くに住まう鮫のモンスター。
 その姿は高貴な着物を来た龍にさえ見える。
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