鮫モンスターに転生したけれど、これからどうすれば良いんだろうか?(完結) 作:蕎麦饂飩
「行こう、鮫さん」
セレナを背に乗せて、海へと進む。
別の世界のお伽噺のように、不思議の無い世界の不思議な話のように、海へと進む。
勿論、亀でも爬虫類ですらなく、僕は鮫だ。
セレナ
寧ろ、
衣類のように広がるヒレで包む様にしてセレナを守る。
抱き締めるように守る。
外敵から、そして海水から。
内包された空気が漏れない様にしながら、セレナを含めて呼吸を確保する。
海水は苦手だ。
だが、思い出していく記憶が告げる。
最初に拒絶したのは海ではなく、僕の側だった。
海に嫌われたくないなんて、身勝手な話だ。
僕が最初の地下鮫になった。
海を捨てて、土に潜る事を選んだ。
あの時はルミスだったか、ルナだったか、それともあの時もセレナの名前だったかは思い出せない。
でも名前なんてどうでもいいのだ。
今セレナと呼称している魂の本質は変わらない。
だからセレナで良い。
ルナだった回や、ルミスであった回の僕はルナやルミスを守った様に、今僕が守るべきはセレナなのだから。
僕自身やティダを何度も食べて、今の僕がある。
思考を浅く引き戻すと共に、記憶にある場所まで来ると深く深く深く深く潜る。
海中には
ティダを食らう前の、何の柵もない鮫であった僕は、この場所で卵を産んだ。
もしかするとこの鮫たちは、僕の子孫にして遠いいとこなのかも知れない。
そう思うと、少しだけ安らぐ。
触れ合うように鮫達が周りに戯れる。
苦手な海水の中だというのに、懐かしさが溢れてくる。
そんな鮫たちの伴泳は、突如離れていった。
渦潮を吐き出す大きな鮫が現れたからだ。
明らかにこちらに意識して接近してくる。
…まだ、生きていたのか。
僕が何度も代を変えて、螺旋のように登った位階を、同じ母の胎から生まれたあなたは、一つの生をまっすぐ生きていたのか。
海の鮫であった時、母は2匹だけを産んだ。
二つの胎盤内で、孵った無数の稚魚達は食らいあって、それぞれ一匹だけで生まれて来た。
兄弟姉妹の食い合いから開放されて最初に出会った同類。
周囲には似たような仲間もいたし、鮫以外の餌も多くいた。
僕はかつて姉に当たる個体と、同じ群れにいた。
今更になるが、最初の僕は雌だった。
姉は渦潮を纏ったまま、深く潜っていった。
先導するように、先行するように、潜行した。
光さえ届かない闇の海へと進んだ。
姉の姿が見えなくなっても、その後ろへと進んだ。
岩に擬態した巨大なトカゲを打ち倒して進んだ。
海の暗黒を進むにつれて、再び明るさが戻っていく。
それは、生体発光する生き物の住まう深度だった。
あらゆる生き物が発光する領域だった。
そしてその領域も更に超えて潜り続けると、その光の領域さえも後方へ置き去りにした。
凶暴で獰猛な肉食サンゴしかいない領域を潜り抜け、更に深みへと目指した。
仄かな光と、小さな泡が進行方向から向かってくる。
進むに連れて、光は強くなり、泡の数や大きさが増える。
姉が海の中で光る湖をすり抜けるのを目視した。
十分に目視できる程の明るさがあった。
その地面は、死国への入口。
僕は魚もすり抜けられるこの地面を元に、地中を泳ぐ鮫になる発想を得たのだ。
昔と同じように、輝く海底をすり抜けた。
そこは浅い海だった。
今までの世界とは違う種類の光、僕の世界ともティダの世界とも違う日の光が射し込んでいる。
姉は真っ直ぐ丘を見ていた。
そこには、海から出てすぐのところに洞窟があった。
半月のように横に広がった洞窟だった。
海に残った姉を置いて、僕とセレナだけで地上に登った。
周囲にはよく知るマトモな生気が感じられない。
そんな陸地だった。
砂浜を抜けて、ゴツゴツとした岩を越えて、洞窟の入口に付いた。
入口付近には、上下に鋭い柱が何重にも並んでいた。
水が上から垂れている。
鍾乳洞と、知識があるものは言うだろう。
何も知らないものは言うだろう。
それは鍾乳石などではなく、鮫の歯だった。
この洞窟は生きている。
この洞窟は死んでいる。
この洞窟は眠っている。
那由多の瞬間を微睡むように、刹那の永遠に目覚めるように。
ただただ眠っていた。
「ここに鮫さんは眠ったんだね」
そう、そしてティダはここから来た。
時系列なんて意味は無い。
僕が先か、ティダが先か、セレナが先か、ルナが先か。
時間は意味を持たない。
死国はそういう場所だから。
僕とセレナはその洞窟に背を向けた。
山を登ると、幾つも温泉があった。
それらに構うことなく進み、崖の側面に隠れるような一つの温泉を見つけた。
周囲には九つの窪みがあった。
今は枯れた温泉だ。
その温泉が、その世界が、どうなったかは僕は知っていた。
セレナと共に、残された温泉に飛び込んだ。
僕は急いで
そこは灰色の町だった。
周囲が白い塔に囲まれている。
ティダ・ナナウエの故郷だ。
この世界では、タイヤキは空を飛ばないし、風に乗るライオンなどいないし、人は魔法を使わないし、鮫は地面を泳がない。
そんな、何の不思議もない事が不思議な世界。
少なくとも、似たような世界を九つは知っているけど。
それらの世界はもうどこにも存在しないから、この何の不思議もない世界は残された不思議だ。
どの世界も、この世界も懐かしい、
「ティダはここから来たんだね」
セレナは足元に視線を向けてそう言った。
僕は心の中で肯定した。
セレナは頷いた。
ティダたちは似たような世界から逃げ出した。
似たような世界から追い出された。
似たような世界からの尖兵だった事もある。
そして全てのティダがセレナと惹かれ合った。
ティダが来なかった時もあったが、その時も僕がいた。
あの時も、僕と
だからあんな姿にされた後も、地中に潜った僕だけに八つ当たりはすれど、地上にいた無防備な
守れなかったルナを、今度は殺す側になるのだけは耐えたのだ。
いずれこの世界も枯れる。
それは確定事項だ。
あの九つの世界のように枯れて消える。
決まっている未来だ──────
「まだ、決まったわけじゃないよ」
勝てない敵とは戦わない。
それは生命としての本能だ。
生身の人は鮫に勝負を挑まない。
鮫はシャチに勝負を挑まない。
勝てないなら逃げるしかない。
いつか食われるとしても、それでも逃げるしか無いのだ。
「戻ろう。
まだ終わりじゃないから」
その意味を理解した。
理解してしまった。
それは──────僕にとっては終わりだった。
身体が無理矢理元の世界へ引きずられた。
死国に戻った僕は、鮫の姿をしていた。
完全な鮫の姿をしていた。
僕の最後の姿。
そして、最初の姿。
雄になった事くらいしか変化は無い。
鍾乳洞のようになっていた歯も、ちゃんと命が通って蘇っていた。
──────セレナの姿はどこにもなかった。
彼女は全てを捧げたのだ。
文字通り全てを。
全ての命の居場所を守る為に、全ての居場所から永遠に失われたのだ。
開放は契約者の魂を捕食する。
セレナは、全てを僕の中に捧げた。
僕にとっては、全てが終わったのだ。
──────いや、まだ終わりじゃない。
終わらせはしない。
次のセレナとティダの為に、僕はここで終わりにする。
死国の奥深くまで潜る。
深く深く深く深く深く深く深く深く潜る。
そこには僕の抜け殻がいた。
抜け殻の肉体ではなく、抜け殻の魂が。
今までの
そして九つの世界を枯らせた。
世界を食らう
最強に至った僕を捕食すること九回。
最強を九回重ねた存在がそこにいた。
根の国の根を食らう日の為に、頭を増やして力を高める。
幾つもの世界を食らい、いつかは根の国そのものを食らう為に、それはいた。
以前より遥かに巨大で強大な九頭竜。
九頭竜とは、龍に至った僕を食らって食らって食らった故の皮。
その本質は──────『外神クトゥルー』。
ツシマーズで趣向を変えた僕が、九頭竜に似た姿だったのは当然だった。
外神への縁は海の底よりも尚深い。
セレナ無しで開放した結果、近いものへの線に引きずられて染められただけだった。
最初の僕が無残に破れ、それから九回僕を食った。
セレナの遺志は、最初に戻った僕にそれを食らえと言うのだ。
だが、外神への縁などどうだっていい。
そんな無駄なことを考えるなんて、下らない。
加速する理性が告げる。本能が告げる。
セレナへの縁は──────それよりも深い。
歯を突き立てる、付き立てられる。
噛み付く、噛み付かれる。
こちらは一度、相手は九度。
こちらは餌、相手は捕食者。
だから、だからなんだ。
それがなんだというのだ。
あの
求める因果は剥離すると。
どうすれば良いのかなんて分かっている。
…そう、求めてやれば良いのだ。
この先の因果を全て剥がす。
僕の螺旋階段は、この一歩から先は無くなった。
負けても次の周がある?
必要ない。
次の周もその次の周もいらない。
全て求めて剥がしてしまえ。
根の国の根の中でなら、あらゆる世界に繋がっている。
全ての世界から観測を受けて、これ以降全ての周の僕を食らうのだ。
身体が大きくなる。
ただただ大きくなる。
ビッグジョーに怯えた日を、ビッグジョーになった日を思い出す。
更に深く潜り、更に大きくなった。
身体の大きさは、既に高々九回重ねた僕の大きさなどとうに超えた。
外神クトゥルー、お前に居場所を与えてやろう、
お前の居場所を求めてやろう。
お前の居場所は──────胃の中だ。
餌を真下から襲うように、顎を大きく開けて、そして──────強く閉じた。
この世界を求め、この世界から剥離する。
俺と共にこの外神を、抑止の輪から追放する。
全ての因果から剥離して、永遠の孤独の中に消滅しろ。
…この僕と共に。
あらゆる世界から剥離する。
何処か知らない世界の中で、少女と少年が出逢うのを見た。
手を繋ぐのを見た。
幸せに笑うのを見た。
その永い時の果てに、観測者になるのを見た。
あの浜辺で、魂の皮を借りて、かつての己に会いに行くのを見た。
二人はセレナとティダ、では無いかも知れない。
名前程度は変わっているはずだ。
だけどその本質はきっと同じはずだ。
その幸せを願うだけだ。
永遠に全てから剥離される前に見た、一瞬の夢にしては良いものだった。
死ぬという感覚は僕にとっては少し違った。
死んだところで、次の僕になっていたからだ。
転生するのなら死など怖くない。
螺旋を昇り、一つ上の輪を廻るだけだったから。
だけど今回こそ、完全に終わる。
光も感じなくなった。
匂いもかんじなくなった。
おともきこえなくなった。
なにか、あたたかいものがふれた──────────────────
そこは、海だった。
姉がいた。
優しい海だった。
そこに──────いた。
僕がティダだったように、姉はセレナだったのだ。
最初からそこにいたのだ。
考えてみれば、その程度の縁はあっておかしくない。
だが、おかしいのだ。
どうして僕がここに存在している?
甘噛みされた。
そんなこと不要だと示されたのがわかった。
そんな細かい事なんて考える必要なんてない、無駄な事など考えるなど無いのだ。
僕も彼女も人間ではなく鮫なのだから。
詳しい事は検討もつかない。
その糸口も必要性も感じない。
ご都合主義のハッピーエンドでよくわからないけど、何か不思議な力が働いたのだろう。
鮫モンスターに転生したけれど、どうすれば良いのかなんてわからない。
だけど、どうすれば良いのかわからないけど、やりたいことをやれば良いのだ。
どうすれば良いのかはわからないけど、──────これからも彼女の居場所でいたい。
駆け足でしたが、お付き合いありがとうございました。
遅くなりましたが、感想、評価のコメント、励みになりました。
改めて全ての読者の方への謝辞を述べさせて頂きます。