プロを目指し上京するはずだったジュリア。
しかし、何故か女子校に通うことになり北上麗花と出会う。

登場人物
ジュリア 北上麗花

最上静香 双海真美
望月杏奈 桜守歌織

1 / 1
【流れ星ひとつ】ミリオンライブ勝手に劇中劇シリーズ『ST@R SYSTEM』

 

【挿絵表示】

 

プロローグ

 

 

 両親と喧嘩をした。

 

 そんなの別に珍しい事でもないけれど、今回ばかりは引っ込みがつかなかった。

 些細なすれ違い、と言えばまあそうかもしれない。

 どこの家族でも起こりうる定期イベントだ。

 

 

──だから何? って話。

 

 

 結論から言うと、だ。

 両親と散々言い争った結果────アタシは今、東京へ向かう夜行バスの中に居る。

 

 

母『バカなこと言ってないで勉強しなさいよ。音楽でやっていくなんてどれだけ難しい事か分かってるの?』

 

父『それは今じゃなきゃだめなのか? ほら、どこかにマトモなところに就職して、腰を落ち着けてからでも……』

 

 

 頭の中でそんな声が木霊する。

『音楽不況』なんて呼ばれるこの時代。

 その言葉は確かに的を射ているのかも知れない。

 だが、そんな言葉に何の意味がある?

 音楽が好きなヤツが全員プロとしてやって行けるのなら、この国の音楽シーンが音楽不況なんて呼ばれる日は来なかっただろう。

『バカ』をやって何が悪い?

 そもそも世間の言う『マトモ』が正しいなんて誰が決めた。

 アタシが好きなロック──元来『ロックンロール』ってのは体制に反対する思想から生まれたって話だ。

 アタシもせいぜい抗ってやろうじゃないか。

 

 

ジュリア『東京に出て、音楽で食って行く』

 

 

 その一言が喧嘩の引き金となった。

 動かなくては何も始まらない。

 ただ、漠然とした不安に付き纏われる日々が嫌だった。

 それは焦りから来るものだったのかもしれないが、今となってはその思いこそがアタシを奮起させる原動力になっている。

 両親に反対されたところでアタシの思いが揺らぐはずもない。

 2週間ほど続いた家族間冷戦はアタシが勝手に退学届を提出し、一方的に押し切る形で終了した。

『高校中退』なんて肩書きどころか足枷にしかならないモノを手に入れちまった以上、アタシも両親も後には引けない。

 東京に居る親戚の元で働く事を条件に、無理矢理上京の許可をもぎ取った。

 

 そして今は東京へ向かう夜行バスの中、というわけだ。

 この門出の日に、両親とは会話を交わすどころか顔を合わす事さえなかった。

 

 

──まあ、しょうがないよな。

 

 

 バスに乗ってからも色んな感情が胸の内で渦巻いていた。 

 既に周りの客の殆どが夢の中に居るようだが、アタシは目を閉じてもちっとも寝られやしない。

 10月。

 時期外れの車内は空席が目立つ。

 アタシの指定席は窓際の最後尾だ。

 だからカーテンの内側に隠れて、ずっと窓の外を流れて行く景色を見ていた。

 夢を抱いて、両親の反対を押し切って、ギターケースに色んなモンを詰め込んで地元から飛び出した。

 夢と決意と──そして、少しの後ろめたさ。

 それがいつまでも耳鳴りのようにずっと頭の奥で巡っている。

 寝られないなら音楽でも聴こうと、カバンの中のイヤホンに手を伸ばした。

 その手が、何かに触れる。

 イヤホンとは別のモノ。

 ノート──いや、手帳だろうか?

 取り出してみたところで、薄暗い車内ではそれが何なのか把握できなかった。

 幸いにも隣の席には誰も居ない。

 なるべく静かにスマートフォンを取り出すと、カーテンの内側で周囲に光が漏れないようバックライトでソレを照らしてみる。

 

 

──ソレは、アタシの名が刻まれた通帳だった。

 

 

 中には暗証番号の書かれたメモとクレジットカードカードが挟まれている。

 

 

『このお金は大切に使いなさい』

 

 

 それは両親から宛てられたメッセージ。

 通帳に刻まれた最初の預入日は数年前。

 0円からのスタートでないという事は、つまりこの通帳が1冊目じゃないという意味になる。

 もしかして、アタシが生まれた頃からこっそりチマチマと貯めてたのか?

 なんだよ、それ。

 

 アタシってヤツはどうやらとんだ恩知らずらしい。

 

 そんなもんをそのまま適当に突っ込んどくなよ、と言い返してやりたかった。

 けれどこのままじゃ戻れない。

 必ず親孝行しに戻るから。

 売れなくて戻るんじゃなくて、キチンと音楽で売れて戻るからさ、少しの間待っててくれよ。

 

──ふと、窓の向こうの空を見上げる。

 

 そこに一筋の光が走った。

 それは一瞬の煌めき。

 きっと他の乗客は誰も気付いていない。アタシだけが見た流れ星。

 目を閉じると、これまでの色んな出来事がフラッシュバックした。

 両親とのイザコザや学生時代の出来事。

 中学から続けてきたのに解散になったバンド活動。

 そして今、東京へ向かうバスの中で見た流れ星。

 それらが今、メロディーを伴ってまるでパズルのように組み合わさったような気がした。

 まだ思いついたのはワンフレーズだけだが、曲でも作ってみるか。

 

 

 この曲に名前を付けるなら────そうだな。

『流れ星ひとつ』っていうのはどうだろう。

 

 

──しかし、そんなセンチメンタルに浸るアタシを他所に、事態は既にアタシの知らないところで全く別の方向へと動き始めていたらしい。

 

 

 眠れずに過ごしたバスからようやく解放されたのも束の間。

 親戚の『桜守歌織』と合流し、そこから今度は彼女の車で移動する事になる。

 流石にこれ以上睡魔と戦うのも分が悪い。

 シートを倒させて貰い、目的地に着くまでの間仮眠をとることにした。

 

──それが間違いだった。

 

 目が覚めた時、既にアタシはそこへ辿り着いていたんだ。

 

 

ジュリア「……なあ、カオリ姉」

 

歌織「フーフフーフフ〜♪ どうしたのジュリアちゃん?」

 

ジュリア「ここは、どこだ?」

 

歌織「私たちの仕事場よ?」

 

ジュリア「それは分かった。問題はその仕事場はどこなのかって話だよ」

 

 

 案内標識が示す現在地は『美里下市』

 聞いたこともない。そもそもここは東京なのか。

 

 

歌織「フフーフ〜フーフフ〜♪」

 

ジュリア「ハミングしてないでさあ」

 

歌織「ふふっ、ごめんなさい。私が今できること それは歌う事だけなの」

 

ジュリア「誤魔化すの下手かっ。もうちょい他に何かあるだろ。頼むから教えてくれよ」

 

 

 上手い事答えを引き出せないものかと画策するが、しかし、その必要はなかったようだ。

 四方を煉瓦造りの高い壁に囲まれた施設──その正門が見えてくる。

 

──まるで箱庭だな。

 

 助手席の窓から見えた銘板。

 答えがそこに刻まれていた。

 

 

歌織「そうね。そろそろ答え合わせといきましょう──貴方には今日からこの学校で『特別編入生』として生活してもらいます」

 

 

『聖美里下女学院』

 

 

 それは、これからアタシが過ごす事になる学校の名前だった。

 こうしてアタシは、一度は終わったと思っていた学生生活を思いがけずも再びスタートする事になったのだった。

 

 

 

ジュリア視点

 

 

母『東京へ出て、音楽で食べていくって言うから東京までは出させてあげたのよ。感謝しなさい』

 

ジュリア「詐欺だろそれ……」

 

 

 東京に来たと思っていたアタシを待ち受けていたのは『美里下市』とかいう辺鄙な街。

 2週間ぶりの母とのまともな会話は、スマホを介しているからか特に途切れる事なく普段通りのやり取りを行う事が出来た。

……というか、思惑が分かるとやけにあっさりだった対応に合点がいく。

 はなっからアタシは嵌められていたんだ。

 

 

母『なんでもその学校は、こと音楽に関してはそれなりに歴史も実力もある学校らしいわよ──ああ、そうそう。鞄に通帳入れておいたでしょ。学費はそこから払ってよね』

 

ジュリア「あれ学費かよっ」

 

母『何よお小遣いとでも思ったワケ? 人生そんな甘かないわよ』

 

ジュリア「小遣いとまでは思ってなかったけどさぁ……」

 

 

──昨日ちょっと泣きそうになったなんて、言えるかよ。

 

 

歌織「ここでの生活については何の心配も必要ないわ。それにジュリアちゃんが提出した退学届は既に回収して、編入手続きも入寮手続きも済ませてあるから安心してね」

 

ジュリア「随分手回しが良いことで……」

 

 

 結局ここに来て引き返せるはずもなく、言われるがままにやって来てしまった。

 3棟に連なる校舎から少し離れた位置にソレはポツンと建っている。

 仕事に戻るカオリ姉と別れ、向かった先がこの『夏旅ノ館』

 学生寮、か。

 校舎に比べて明らかに年季が入っているのはさておき、アタシ自身は無計画に東京を目指していたもんだからその点はありがたいな。

 腹を括るしかないか。

 料理下手なアタシとしては……自分で飯を用意する手間が省けるのは、正直かなり助かるし。

 

──しかし助かるのは確かだが、いきなりアタシみたいなヤツがやって来てお嬢様学校の人らは迷惑じゃないのかね。

 

 まあ、ここで悩んでたって埒が明かない。

 出入りの手続きが面倒になりそうだし、時間があれば今日のうちに東京観光──やはり御茶ノ水の楽器店には行っておきたい。

 さっさと寮母サンに挨拶して早いとこ荷物を下ろすとしよう。

 

 

 

静香視点

 

 

 時間は今日の朝へと遡る。

 夏旅ノ館の寮生にとって今日は待ちに待った日だった。

 中高一貫校のこの女学院は、敷地を取り囲む高い壁によって、ほぼ外部から隔離された状態と言ってもいい。

 そんな最中に突然現れた編入生の噂に寮生一同は色めき立っていた。

 

 

生徒「どんな方がいらっしゃるのかしら?」

 

 

 食堂の方から黄色い悲鳴が上がる。

 

──朝から騒がしいわね。

 

 丁度二階から降りて来た『静香』はそんな女生徒達の輪には加わらず、小さく咳をしてテーブルに向かう。

 すると、それに気付いた生徒達は慌てて着席した。

 

 

静香「皆さん。はやる気持ちが抑えられないのは分かりましたが、私達は美里下女学院の生徒です。1人1人がこの学校の代表だという自覚を持って迎え入れてあげましょう」

 

生徒達『はい、生徒会長』

 

静香「今日は月曜日なので、転入生の方をお顔を合わせるのはそれからになるでしょう。まずはしっかりと今日の勉学に勤めてから──」

 

生徒B「あの生徒会長。『麗花様』も今日こちらに戻られるのでは?」

 

静香「そうですね。私の方からメッセージを送ってあったのですが返信は無く……編入生の方はお姉さまと先にお会いになられるでしょうね──お姉さまは……連絡不精なので、編入生がいらっしゃる事すら気付いていないかもしれませんが」

 

 

 

 

 

ジュリア視点

 

 

 

ジュリア「お邪魔しまーす……っていうのもおかしいか?」

 

 

 閑散とした廊下を歩く。

 今日が休みならここも生徒達で賑わってたんだろうか。

 奥へ進むと何やら食欲を唆られる良い匂いが漂って来る。

 寮母サンあたりが料理をしてるのだろう。

 これからお世話になるんだ。ここは1発ビシッと挨拶しとかなくちゃな。

 

 

ジュリア「これからお世話になります!」

 

 

 キッチンへ踏み込むや否や頭を下げて開口一番に叫んだ。

 料理の手を止めさせるのも悪い。

 自分の部屋だけ聞いて荷物を置いたら暗くならない内に出かけよう。

 そんな事を思っていたのだが──

 

 

寮母「貴方がジュリアちゃんね。新しい子が入って来って聞いてたから、今日は腕によりをかけて作ってるからね。楽しみにしといで」

 

ジュリア「……あー、ありがとうございます」

 

 

──アタシがいつ来るかも分かったうえで、その分の料理をさせちゃってたんだよな……。

 いや、滅茶苦茶ありがたいし、文句をつけるつもりは一切ないけど。

 出かける準備をしてみたが、あんな事言われて外出をするのもな。

 かといって晩飯までは時間もあるようだし……どうしたもんかね。

 急に手持ち無沙汰になってしまった。

 よく分からないままここに来て、何を考えたら良いのかも分からずここに居る。

 意味もなく天井を仰いだみたが、おかげで余計な事に気付いてしまった。

 

──アタシは目的と呼べるようなモノを一切持たず東京へ向かっていたんだ。

 

 その証拠に、親と喧嘩してまで目指したはずの東京行きを諦めようとしている。

 ざまあないね。

 こんな大馬鹿者、そりゃ親じゃなくてって止めるか。

 車の中で眠ったせいか目は冴えている。

 ここはいわゆるワンルーム寮というヤツのようで、アタシにも個室が充てがわれていた。

 これが自宅ならばギター1本でいくらでも時間を潰せるが、個室とはいえあくまでもここは寮。隣室の存在がある。

 今は授業に出払っているようだが、どのみち隣人の在否でいちいち気を揉むのも面倒だ。

 どこか音を出しても許される場所はないものか。

 寮の中を探索してみたが、あっという間に行き止まりだ。

 階段を上り、屋上に出る。

 学校の校舎ならば閉め切られている屋上だが、ココは学生寮。開放されているのも当然か。

 屋上には洗濯物が干されている以外にカフェスペースなのか、テーブルとチェアが備えられ塔屋は校舎に対して背を向ける構造になってある。

 

 

──おあつらえ向きだな。

 

 

 自室からギターを持ち出し、すぐに舞い戻る。

 昨晩思いついたフレーズをなぞるよう、弦に指を這わせる。

 歌詞もない『ラララ』だけで歌うメロディ。

 たったワンフレーズに手がかりを求めて、そのフレーズを繰り返し、アレンジを重ねてゆく。

 生音、指弾きで静かに弾き語るように、アルペジオに声を乗せて歌う。

 さて、これからどうするか。

 ふと我に返りそうになる。そんな時だった。

 

 そんなアタシの思考を吹き飛ばすようにソイツは突然現れた。

 アタシの声に重ねるようにしてソイツの伸びやかな声はハーモニーを奏でる。

 アタシは声をかける事もなく、ただその声に聞き惚れ────そして多分、それ以上に見惚れていた。

 制服を翻し、踊るように、跳ねるように歌うソイツを見てアタシは──なんて楽しそうに歌うヤツだ、と思った。

 アタシも負けじとピックを取り出し、ギターと『ラララ』で応酬する。

 ギターと『声』とのセッションが始まった。

 

……

 

 随分と長い間そうしていたのだろう。

 いつの間にか放課後の鐘が鳴っている。

 送迎のためだろうか。校門の方から走ってくる車がいくつも見えた。

 

 

「あ〜楽しかったっ。また一緒に歌いたいね!」

 

 

 そう言って笑う彼女は『北上麗花』と名乗った。

 アタシも思い出したように応える。

 

 

ジュリア「アタシはジュリア。アンタのおかげで良い曲が出来そうだ。サンキュな」

 

麗花「えっへん。どーいたしましてっ♪ ところでジュリアちゃんは家族の人を待ってるの? わたし呼んで来ようか?」

 

ジュリア「──いや、アタシは今日からこの学校に編入して来たんだ。よろしくな」

 

 

 それまで無邪気に笑っていた麗花だったが、そう答えた途端に何故か困ったような顔を見せた。

 

 

ジュリア「なあ──」

 

 

──どうかしたのか、と尋ねる間もなく。

 塔屋の扉が開かれ、またも1人少女が現れる。

『静香』はアタシたち2人を交互に眺めた後、アタシだけを睨んでこう言った。

 

 

静香「あなたがジュリアさんですね。ここは皆の公共のスペースです。ここで楽器の演奏がしたければ事前に許可を取ってください」

 

ジュリア「……あー、悪い」

 

 

 咄嗟に出た謝罪の言葉からはイマイチ誠意を感じられなかったのか、こちらに向ける目つきは変わらない。

 これはやらかしたか…………いやまあ、やらかした結果ここに居るんだが。

 

 

麗花「ただいま戻りました」

 

静香「お帰りなさいませ。お姉さま」

 

 

 しかし、結局それから特に追及もなく、自室に戻ろうとする足を止められる事はなかった。

 ただ静香の目が語っていた。

──ここから立ち去れ、と。

 言われるまでもない。

 それきり無言で佇む2人を尻目に、アタシは早々に自室へと退避した。

 

 

 

 

 

 

生徒A「ジュリアさんは音楽家を目指して福岡からいらっしゃったのですね」

 

ジュリア「音楽家……ニュアンス的には似たようなもんなのか?」

 

生徒B「もっとジュリアさんの話を聞かせてくださいっ」

 

ジュリア「ああ、いいぜ」

 

 

 18時を過ぎた頃。

 食堂では夏旅ノ館の寮生一同による歓迎会なるものが開かれていた。

 要は、新入りのアタシを歓迎するための親睦会のようなものらしい。

 テーブルに並べられたレパートリー豊かな料理に舌鼓を打つ。

 美味い飯があれば、自然と会話も弾むもんだ。

 寮母サンの飯はとても美味い。それは良い。

 そして、親しげに話しかけてくれる寮の仲間達。これもとてもありがたい事だ。

 アタシは既にこの夏旅ノ館を居心地の良い空間だと感じつつあった。

 

──しかし、ただ一点。そこに影を落とす存在がある。

 

 具体的にはアタシの左後方2メートルくらいの位置に。

 そこには何故かうどんを啜りながらこちらを睨み付けてくるヤツが1人──

 

 

静香「…………」

 

 

 こっちから静香に目を向けると、自分はなにも見てないとアピールするように露骨に目線を逸らす。

 

──なんなんだアイツは……。

 

 そろそろ見られ過ぎて穴があくんじゃないだろうか。

 おかげで味もよく分からなくなってきた。

 監視でもされてるような気分だ。

 

 

ジュリア「なあ、アタシなんかしたか?」

 

 

 屋上での一件──といってもほんの数分のやり取りだが──を他の寮生にかいつまんで説明してみる。

 

 

生徒C「あのもしかして麗花さんと仲良くなったりしましたか?」

 

 

──しかし、そんなテキトーな説明でもここの寮生達には得心が行くらしい。

 

 

生徒A「ご安心ください。静香生徒会長のアレはただ『お姉さま』が取られてしまうのではないかという心配するあまりに過剰な態度をとってしまっているだけですので」

 

 

──心配から来るものなのか……アレが? てか生徒会長なのかよ。

 

 

 アタシが麗花に近付くのを阻止したいのか? よくわからないな。

 屋上の様子を見た限りでは、麗花と静香がそこまで仲が良いようにも見えなかったが……。

 麗花はこの寮生に人気があるらしく向こうの輪の中心で楽しそうにやっているが、そっちには反応しないようだし。

 

 

ジュリア「ところでその麗花サンはさっき帰ってきたらしいけど、アイツは何してたんだ? 今日学校だろ?」

 

生徒B「麗花様はコーラス部の部長を務めていらっしゃるのですが、昨日は合唱コンクールに出場なさっていたのですよ」

 

ジュリア「へぇ」

 

 

──金賞を取った事自慢げに話すわけでもなく、至極当たり前のような語り口が印象的だった。

 音楽に関してはそれなりの実力がある学校だというのは確からしい。

 こちらとしても気合が入るってもんだ。

 いつまでも静香の事ばかりも気にしていられない。

 場所が変わったってアタシはアタシに出来る事をするだけだ。

 

 

 

 

 

 翌日。

 授業は事もなげに進んでいた。

 当然だ。アタシだってちょっと前までは普通に学生やってたんだ。

 成績もまあフツーだ……多分。

 変わったのはクラスの男女比と言葉遣いくらいのものだろう。

 

──だが、授業以外の時間に目を向けると話は変わってくる。

 

 

『私立実里下女学院』

 

 そこは所謂お嬢様学校だった。

 しかし、日常的に「ごきげんよう」なんて使ってる人間居るんだな……。

 クラスメイトに囲まれ、昼食を求めて食堂へと移動する途中、すれ違う生徒1人1人が見せる何気ない所作にさえ優雅さを感じさせられる。

 最早文化圏が違う。

 まあ、食堂のある『南棟』まで来ると確かに別の意味で違うヤツらとすれ違う事になるのだが。

 この点が、多くの学校には見られない特徴──『中高一貫教育』だ。

 南棟へ来るとアタシらとは別の制服を着た中等部の生徒の姿がちらほらと見受けられる。

 この実里下女学院は職員室や食堂のある『南棟』を中心とし、

 中等部の校舎『西棟」

 そしてアタシら高等部の校舎の『東棟』

──この三棟が『コ』の字の形で繋がっている。

 つまりこの両棟の中心である南棟には中等部からも生徒がやって来るという事。

 すると気になるのはアイツだ。

 食堂の中を見回すまでもなく見つかる。アイツ──静香の周囲は、彼女の邪魔をしてはいけないとばかりに空席になっていた。

 友達はいないんだろうか。

 まあ友人だろうと、あの空気感に割って入っていくには多少の勇気を必要とするだろうが。

 

 

生徒A「ところでジュリアさんはクラブ活動をされるつもりはありますか?」

 

ジュリア「……部活か」

 

 

──考えてなかったな。唯一コーラス部の名前だけは知ってるが……。

 

 

 

 

 

 放課後。

 現在活動中の部活動を教えてもらったアタシは、すぐさま職員室へと赴いた。

 

 

ジュリア「──この学校は『音楽に関しては歴史と実力がある』とか言ってなかったか?」

 

歌織「言ったのは姉さんだけど、それについて否定はしないわ」

 

ジュリア「吹奏楽部も軽音楽部も『無い』ってのはマジなのか」

 

歌織「そうね。残念ながら音楽関係の部活動はコーラス部に一極化してしまって、結局他のクラブは無くなってしまったの」

 

ジュリア「廃部ってことか」

 

歌織「歴史はあるのよ?」

 

ジュリア「歴史しか残ってないじゃないか……」

 

歌織「実力もあるわ」

 

ジュリア「今はコーラス部だけじゃないか!」

 

 

──おいおいマジか。いきなり前途多難だな。

 

 

ジュリア「……なあ、何でアタシをこの学校に入れたりしたんだよ」

 

歌織「あら、もう実家に帰りたくなっちゃった?」

 

ジュリア「初日から投げ出さねーよ。今更中途半端な真似はしない」

 

歌織「ふふっ、そうよね。ジュリアちゃんならそう言うと思ったわ──訊きたいのは、貴方をこの学校に招いた理由ね」

 

ジュリア「昨日特別編入生とか言ってたろ? 何か理由があるんじゃないのか」

 

歌織「普通なら編入生には編入試験を受けてもらう必要があるんだけど、ジュリアちゃんは試験を受けてないでしょう?」

 

ジュリア「そういやそうだな」

 

歌織「今の実里下女学院は、分かりやすく『お嬢様学校』って形容出来るような学校なんだけど、色々あってね。もっと新しい風を呼び込みたいという話になって、外部から一般生徒を招く事にしたのよ」

 

ジュリア「新しい風ね……それが特別編入生になるわけだ」

 

 

──しかし、その気障ったらしい表現は何なんだ。

 

 

歌織「丁度ジュリアちゃんも向こうで色々あったでしょ? これはチャンス! と思って姉さんに相談してみたのよ」

 

ジュリア「余計な事を……するとアレか。アタシは外部の生徒のモデルケース……一般生徒の代表って事?」

 

歌織「ええ」

 

 

──勘弁してくれ。

 

 

ジュリア「アタシはそんな人前に立つような立派な人間じゃないぞ」

 

歌織「大丈夫よ謙遜しなくても。貴方なら何もしなくても自然に周りを変えていってくれるって信じてるから」

 

ジュリア「過度な期待はやめてくれよマジで……」

 

 

──随分と面倒なものを背負わされてしまった気がするが……気にするだけ無駄だ。なるようになるだろう。

 

 

 

 

 

 考えてみると放課後ってのは何をすれば良いんだろうな。

 アタシはバンド活動を終え、そして一度は学生生活も手放そうとした。

 学校生活ってのは『進むべき道標』のようなもんだと思う。

 だからそこから外れた時、底のない穴の中に落ちてゆくような感覚に囚われる。

 

──普通の学生達は何をして過ごしてるんだろうか。

 

 職員室からの帰り道。ふと、そんな事を思う。

 そして同時に気付いた。

 そこには、再び始まったこの学生生活に多少なりとも安堵している自分が居る事に──

 

 

──って何女々しい事考えてんだ。

 

 

 外から聞こえる運動部の掛け声とか、体育館で弾むボールの音とか、そういった青春のカケラのようなもんに触れて、ガラにも無く感傷的になっていたみたいだ。

 この時間に下校するのも久々だからだろうか。

 夕暮れに染まる校舎を歩く。

 南棟から東棟へ。

 昇降口へ向かったその先で──

 

『今日までありがとうございました!』

 

 そんな大合唱が響いた。

 すぐに昇降口前には生徒が雪崩れ込み、あっという間に渋滞が形成される。

 

──なんのイベントだろう。卒業にはまだ早くないか。

 

 余韻か何かに浸っているのか、廊下に固まったまま誰もそこから動こうとしない。

 アタシもまだこの学校には知り合いも少ない。

 さっきのカオリ姉の話を聞いた後でそこへすぐに割って入るには少し躊躇われる瞬間だ。

 けれど、その先の中心人物には見覚えがあった──それなら要らぬ逡巡だろう。

 

 

ジュリア「よう麗花サン」

 

 

 別に用があるってワケでもなし。軽く挨拶だけしてそのまま通り過ぎる。

 邪魔されて困ってるのはこっちの方だ。

 麗花もアタシに倣って恭しく頭を垂れ、挨拶をして別れた。

 

 

麗花「さようなら」

 

 

 アタシは渋滞を抜けると靴を取り出し外に出る────何故か、隣に北上麗花を連れて。

 

 

ジュリア「いやなんでだよ」

 

麗花「何でって、あれあれ? 何かおかしいかな」

 

ジュリア「何しれっと付いてきてんだって話だ。アイツらはコーラス部の、アンタの後輩だろ? 良いのか。ムードぶち壊しちまった気がするんだが」

 

麗花「だって、友達が居たからいっしょに帰ろーかなって」

 

ジュリア「まだ、友達ってほどじゃないだろ」

 

 

──友達って。

 コイツとの会話って、今のところ屋上で互いに名乗った以外の記憶はないんだが。距離感どうなってんだ。

 

 

ジュリア「……別に良いけど」

 

 

 そう答えると、小さな子供のように笑って喜ぶ。

 無邪気ってのはこういうヤツの事を言うんだろう。

 しかし、さっきまでのコイツを見てたせいかどうにもテンポを狂わせられるな……。

 

 

ジュリア「アンタって後輩の前だと、意外とお嬢様してるのな……」

 

 

──何故か、その姿はどうにも違和感が拭えなかったけれど。

 

 

麗花「アンタじゃなくて麗花だよ? 名前で呼んで欲しいなっ」

 

ジュリア「真正面から『名前で呼んで』とか言うな。恋人かよ」

 

麗花「ひょっとしてさっきの見てた?」

 

ジュリア「…………まぁな」

 

 

──なんかコイツ会話のテンポが独特だよな。

 

 

 まあ、廊下であんだけワイワイやってんだ。そりゃ見てたさ。

 見てたから気付かないフリして通り過ぎようとしたのに。

 

 

ジュリア「なんか今にも泣きそうだったからさ」

 

麗花「えへへ、やっぱり見られてたんだ」

 

 

 だから、つい声をかけてしまった。

 かけてしまったところで何がどうなるわけでもないけれど。

 

 麗花の話によると、麗花ら3年生は昨日の合唱コンクールをもって引退。今日は3年生を送る会が開かれていたそうな。

 あっけらかんと笑って話す彼女の中には、寂しいという思いはあっても、そこに悲観的な感情は無さそうに見える。

 

 

麗花「ジュリアちゃんは何してたの?」

 

ジュリア「ちょっと部活の相談にな」

 

麗花「わあそうなんだ! 何にするの?」

 

ジュリア「いや、それはまだ決めてない」

 

 

──けれど、ひとつだけはっきりしている。アタシはやっぱり音楽がやりたいんだ。

 ただ、寮の屋上ではアレ以来足が伸びないんだよなあ。

 生音でも隣の部屋まで聞こえるっぽいし、スタジオ借りるにも金が無いし、今はメンバーも居ないし、そもそも近場に無いし、人数揃えて割るならまだしも……。

 

 

麗花「あ、ジュリアちゃん」

 

 

 夏旅ノ館の玄関へ足を踏み入れようとする直前、麗花は突然思い出したように切り出した。

 

 

麗花「今日、それに屋上で会った時の事もだけど……全部聞かなかった事にしてて欲しいな」

 

 

 

 

 

 

 

──北上麗花の人物像がいまいち掴めない。

 そんな事を思いながら迎えた翌日の朝。

 麗花の様子を改めて注視してみると、やはり何か違和感のようなものを覚える。

 初めて屋上で会った時と、昨日帰り道で一緒に話した時。

 廊下の前でコーラス部の生徒達と話している時と、今の彼女。

 普段の彼女はとてもお嬢様然としていて、昨日の北上麗花とはやはり少し違って見えた。

 寮の食事は全員揃って一緒にとることになっているため、毎朝顔を合わせはする。

──するのだが、少しでも近づこうものなら番犬のような中等部の生徒会長様がこちらにやって来てこう言うワケだ。

 

 

静香「申し訳ございませんが、お姉さまの邪魔をしないでいただけますか?」

 

 

 アイツはボディーガードか何かなのか。

 申し訳なさのかけらも無さそうな『申し訳ございません』からはせいぜい威圧感くらいしか感じられない。

 昨日の件について訪ねてみたいが、それは静香が許さないだろう。

 麗花は今日も女生徒に囲まれている。

 けれど、気付いた。その女生徒達は常に一定の距離を保っていた。

 その先へ踏み込めば警報でも鳴るのか(似たようなものかもしれないが)そこに静香がやって来る仕組みになっているらしい。

 それを周囲のヤツらがどう思っているのかは知らないが、だからなのか彼女達の周りには常に距離が生まれていた。

 おかげで寮にいる限り、麗花とは挨拶以上の会話は出来そうにない。

 

──それなら、逆にアタシから静香に話しかけてみるのはどうなんだ。

 丁度今は尋ねてみたい質問もある事だしな。

 

 

 

 

 

 

ジュリア「うどん、好きなのか?」

 

 

 昼休み。

 食堂に訪れたアタシはクラスメイトと別れ、今日も一人でうどんを啜ってるヤツの前に現れた。

 

 

静香「食事中になんですか。人の食べてるモノにケチをつけるつもりでしょうか」

 

ジュリア「そんなつもりはない。顔見知りを見かけたんで一緒に食べようと思ってな」

 

 

 出会ってすぐに敵意のような感情を向けられるが、言葉自体はそこまで辛辣ではないんだよな。

 少しネガティブな気はあるけど。

 一応にわか作りではあるが、対策は練って来た……しかし、これに効果があるかは正直微妙なところだ──

 

 

静香「……ジュリアさんもうどんですか」

 

ジュリア「ああ」

 

 

──うどんはコイツの好物だと聞く。

 同じ釜の飯というわけではないが、同じモノを食う事で同じ経験を得る事は出来る。

 そこに生じるであろう仲間意識のようなものに訴えかけてみようという寸法だ。

 

 

静香「……それで、何か私に聞きたい事でもあるのでしょうか? 話を聞いてあげるくらいしか出来ませんけど」

 

 

──しかし、流石に秒でオッケーが出るとは思ってなかったぜ。

 

 

ジュリア「あー、アタシもこのガッコ来たばっかだから、部活をどうしようかまだ迷ってるんだ」

 

静香「なるほど……しかし、ご自分の興味のある部活に入るか、入らないかの二者択一ではないでしょうか」

 

ジュリア「その入りたい部活がないんだよなぁ」

 

静香「そういえばジュリアさんは屋上でギターを演奏なさっていましたね」

 

ジュリア「ああ──あの件は悪かったな」

 

静香「いえ、あの時は初対面だったのにいきなりすみません。改善の態度を見せていただいている以上そこまで責めるつもりは有りませんので」

 

 

──というか、コイツ麗花が関わらない場所では基本的に良いヤツじゃないか?

 

 

ジュリア「静香は何か部活やってるのか?」

 

静香「私はテニスを…………いえ、私の話はいいんです。ジュリアさんが入りたいと思う部活がなければご自分で作られてみるのはいかがでしょうか」

 

ジュリア「確かにそれも選択肢の一つには考えていたが…………作るなら軽音部とかだろうけど」

 

 

──アタシは高校2年。そして今は10月。動き始めるには遅すぎやしないか。

 いや、考えるだけ無駄ってもんだろう。そうだ。動かなくちゃ何も始まらない。

 昨日カオリ姉から聞きだした事と静香の話を統合してみると大体次の3つが必要事項らしい。

 

 ・部員を4人以上集めること。

 ・活動実績を打ち立てること。

 ・顧問が活動を監督をすること。

 

 これらを満たせない場合は同好会という扱いになり、同好会は以上の3つの点を満たした場合のみ部へと昇格できる。

 これ以外にも活動場所も必要になってくるが、今は後回しだ。

 顧問についてはコーラス部の顧問をしているカオリ姉に兼任してもらえるよう頼むとして──今一番大事なのは部員を集めること。

 

 

 

 

 

 

静香視点

 

 

 ジュリアさんは考え込むような顔をして黙ってしまった。

 先に食べていた私のうどんは既に底が見えていて、ただ何となくだけれど、先に食べ終わるのも悪いように思えたから、箸を止めてお茶に手を伸ばした。

 

 

静香「──ジュリアさんは何でそんなに音楽がやりたいんですか?」

 

ジュリア「なんでって……そんなの1つしか無いだろ」

 

静香「え、っと、そんなにはっきりと断言出来るようなものでしょうか?」

 

ジュリア「アタシはロックが楽しくて、ただ憧れてんだよ──ちょっと恥ずかしい事言うとな。夢みたいなもんさ」

 

静香「夢……ですか」

 

 

──私は中等部とはいえ生徒会長。

 この学校が中高一貫校として成り立っている以上、そのルールはクラブ活動に関しても適用される。

 だから、多少は私にも知識があった。

 彼女に肩入れするつもりなんて全く無かったけれど、夢を目指すその瞳には憧れるものがあった────だってそれは『私達』が失ってしまったものだから。

 

 

静香「西棟の4階に元吹奏楽部や元軽音楽部の部室があります。まずはそこへ行ってみてはいかがでしょうか」

 

 

 

 

ジュリア視点

 

 

 放課後、西棟の4階。

 静香に教えられた元音楽部の跡地にやって来た。

 

──我ながら、なかなかにアクティブなヤツだな。

 

 現在ここに在籍しているのは別の同好会らしい。

 同好会の名前までは静香も把握していなかったため、音楽系の部活なら一緒に協力出来ないかと思ってとりあえず来てみたのだが…………期待虚しく、吹奏楽部ら演劇同好会に占有されていたのはさて置いて、ここは切り替えて行こう。

 

 軽音部のドアをノックをする。

 けれども返事は無い。

 断りを入れつつ入室しようとするも、ドアを開く事すら出来ない。

 鍵がかけられており、防音室になっているのか、外から中を伺う事が出来ない作りになっている。

 中に人が居るかすらも分からない。

 再三ドアを叩いて呼びかけてみたがやはり返事は無く、アタシは仕方なく踵を返した。

 

 

麗花「わっ!」

 

ジュリア「おわっ」

 

麗花「うふふ♪ 驚かせちゃったかな? ナイスリアクション! ナイス普通だねっ」

 

ジュリア「いきなり現れやがって……べ、別に驚いてない」

 

麗花「あらら、がっくり。次はもっと上手くやるね♪」

 

ジュリア「次は無くていい────ってんな話はどうでも良い。アンタと話してると独特の空気感が生まれるよな…………で、なんか用?」

 

麗花「そうそう。ジュリアちゃんの後をこっそり尾けてみたら──」

 

ジュリア「尾けてたのかよ」

 

麗花「ウ・ソ♪ でも、昼休みにジュリアちゃんが私の妹とお話ししてるのを見かけたから気になっちゃって」

 

ジュリア「嘘なのかよ──いや待て。妹? 昼休みって……静香? アイツアンタの妹だったのかよ」

 

麗花「そうだよ〜。あれれ言ってなかったかな?」

 

ジュリア「いや確かに静香は『お姉さま』とか言ってたが……本人に聞けよ」

 

 

── てっきりお嬢様学校特有の呼び方だと思っていた。

 そうすると何となく静香と麗花の間にあるものが見えて来るような気がしないでもない。

……でも、コイツらが仲良く話してるトコ見た事ないんだよな。

 

 

麗花「ジュリアちゃん用事終わったでしょ? 一緒に帰ろっ」

 

ジュリア「マイペースなヤツ……。聞きたい事がそれだけなら寮で待ってればいいのに」

 

麗花「ううん。コーラス部の練習も覗きに行こうかなーって思ってたんだけど……」

 

ジュリア「行けばいいじゃないか」

 

麗花「良いの。3年生が抜けた後は、やっぱり3年生が居ない状態で練習する事に意味があると思うから。それよりジュリアちゃんこそコーラス部入らない?」

 

ジュリア「入らない。アタシはもう帰るぞ」

 

麗花「え〜っ。入ればいいのに〜」

 

ジュリア「……アンタが居るなら考えても良かったんだけどな」

 

麗花「えっ! それってもしかして……」

 

ジュリア「何故顔を赤らめる」

 

麗花「ねえ……私の事、名前で呼んで?」

 

ジュリア「意味深ぽく言うなっ──帰る」

 

麗花「あっ、待って待って〜」

 

ジュリア「待つも待たないも、どうせ帰るトコは一緒だろ」

 

──なんて答えてる間に追いつかれる。

 

麗花「えへ〜」

 

ジュリア「なんだよ」

 

麗花「ふふっ何でもな〜い」

 

 

──まあいいけどさ。

 この際だから、前から気になってた疑問をぶつけてやるとしよう。

「忘れ物をした」と言って、自分の教室へ向かう。

──すると、そこで教室から出ようとしていたアタシのクラスメイトと鉢合わせになった。

 その生徒は恭しく頭を下げると、同じように麗花もそれに対して丁寧に応えた。

 

 

──ご機嫌よう。それではまた明日。

 

 

 そんな言葉が互いに交わされる。

 麗花はいつもお嬢様然としていて、こういった時、彼女がとても大人びて見える。

 それがこの学校の生徒の誰もが知る北上麗花の姿なのだろう。

 コーラス部の元部長で、北上静香の姉──

 アタシら2人以外に誰も居なくなった教室。誰に聞かれる心配もない。

 

 

ジュリア「なんでアンタは「お嬢様』であろうとするんだ?」

 

 

──けれど、麗花は困ったように笑うだけで何も答えてはくれなかった。

 

 

 

 

 

──それから何日かが過ぎた。

 

 結局連日軽音部を出入りする様子は無く、教師陣に同好会の存在について尋ねても、顧問の居ない同好会までをキチンと把握できている人間は少ないようだった。

 方針を切り替えてみたが──部員募集に勤しんでも、この時期に新しく部活に入りたい人間なんてそうそう集まるもんじゃない。

 何故かあの時以来、静香からの敵意のようなモノが軽減された気がして、結局今では屋上がアタシの練習場所になっている。

 今日も一応放課後は部員獲得のために奔走してみるつもりだが……その前にもう一度元軽音部を訪ねてみるとしよう。

 まだ、あそこに誰も居ないと決まったわけではないからな。

 

 

生徒A「ジュリアさんはコーラス部に入られるつもりはないのですか?」

 

 

 休み時間。

 同じ寮生からは遂にそんな事を言われるようになってしまった。

 

 

ジュリア「別に音楽なら何でも良いわけじゃないんだ。アタシにはロックっつー夢があってだな」

 

生徒「はあ、夢ですか」

 

 

──なんかコイツも静香と似たようなリアクションだな……妙に淡白というか。

 どうにもこのお嬢様学校のヤツらは夢ってワードに対するリアクションが薄い気がする。

 

 

ジュリア「アンタらには将来の夢とか無いのか?」

 

生徒B「いえ、私は親の跡を継ぐので……」

 

生徒A・C「私達も同じです」

 

ジュリア「そう……なのか」

 

 

 実家についてちょっとだけ追求してみると、アタシでも名前を知ってるレベルの企業の名前がゴロゴロと転がり込んできた。

 そりゃ確かに将来性については何の心配もないだろう。

 

──でも、やりたい事をやれないのって悲しくないか?

 

 そう言いくなる気持ちを堪えて喉の奥に仕舞い込む。

 本人がそれを望んでるんなら良いんだろう。

 自分の『でも』を押し付けるつもりはない。

 その後は来月行われるという文化祭の話題でひとしきり盛り上がった。

 

 

 

 

 

教師「それではジュリアちゃん。この黒板に書かれた英単語を読むのです」

 

ジュリア「……『hop』」

 

教師「ちがうのです。発音はもっと正しく『ほ!』と発音するのですっ。エブリワン、リピートアフターミー『ほ!』」

 

先生達『ほ!』

 

 

キーンコーンカーンコーン

 

 

教師「どうやら今日の授業はこれでおしまいなのです。それでは皆さん、しーゆーねくすとたいむ! なのです♪」

 

 

──これは本当に高校でやる授業なのか? ……なんて突っ込んでる場合じゃない。

 今日こそ部員を獲得しなければ。

 

 

 ホームルームを終えるとすぐに教室を飛び出した。

 後ろから教師の注意を受けたが背に腹は変えられない。

 お叱りは今度受けるとして、今日だけはどうかお目こぼしいただきたいところだ。

 軽音部の部室前までやって来るとすぐさまにドアノブをチェックする。

 軽音部と吹奏楽部がある西棟4階のドアはよくある学校の引き戸とは違い、全てが防音室・防音ドアになっていた。

 確かに、こういった所には音楽に力を入れていた痕跡が残っている。

 

 

──つーかこの学校、金持ってんな。

 

 

 既に休み時間の内に手は打っておいた。

 仕掛けは単純。ドアの蝶番の上にシャーペンの芯を乗せるだけ。

 視認性の低い0.3ミリの芯が落ちたり、折れたりしていなければドアの開閉が行われていないという事になる。

 

──そして変化は無かった。

 

 アタシはすぐさま引き返すと、屋上へ続く階段の踊り場に隠れてその時を待った。

 まだ人気の無い4階は歩くだけでもそれなりの音が響く。

 その音は反対側の階段からの音であっても余裕で捉える事が出来た。

 階段を上がる靴音と共に小さな笑い声が2人分──その2人が軽音部の部室のドアに手を伸ばした瞬間、アタシは待ったをかけた。

 

 

ジュリア「アンタらココで同好会やってる人達?」

 

 

 そいつらはアタシに声をかけられた瞬間、悪戯の現場を押さえられたようなバツが悪そうな表情を浮かべる。

 ターゲットで間違いなさそうだ。

 東棟の高等部の生徒が西棟に辿り着くには、どうしても南棟を経由しなければならない。

 だから、アタシより先に辿り着けるヤツは西棟の中等部の生徒しか居ない。

 

 

──つまり。

 

 

ジュリア「アタシより先に来て中等部のアンタらが居留守してたって事だよな」

 

 

 中等部の制服を着たそいつらは『双海真美』、『望月杏奈』と名乗った。

 

 

真美「うあうあ〜、だって部室取られるのヤでしょ!」

 

ジュリア「おっと、防音室だから聞こえてなかったってわけでもないのか」

 

真美「ぐぬぬぬぬ」

ジュリア「唸るな。こっちだって死活問題なんだよ」

 

杏奈「……ごめんなさい」

 

ジュリア「いや、そこまで思い詰めなくてもいいけど」

 

 

 洗いざらい白状させたので大まかな事情は理解したが──というか説明が無くとも、中に入った瞬間に理解せざるを得なかった。

 ドアを開いた瞬間に見えてくる元軽音部員の楽器や機材──しかしそれはフェイクだ。

 ドアの外からは見えなかった死角に広がるゲーム機が山のように広がっている。

 ネームプレートに軽音部の名前が残っていなかったら、ここが軽音部の部室だったとは思わなかっただろう。

 『室内遊戯同好会』と名乗るソイツらの部室は自らの私物を持ち込んだだけのテレビゲーム置き場になっていた。

 

 

ジュリア「これは他のヤツには見せられないわな……」

 

 

──携帯機じゃ飽き足らず家庭用機にモニター、PCまで持ち込むとは。一周回ってロックだな。

 

 

真美「うっ……いやぁでもさ? 見たトコ姉ちゃん1人じゃん? 人数がコッチの勝ちなら部室はあげらんないよ!」

 

ジュリア「まあ確かにそうなんだけどよ……」

 

 

──孤軍奮闘で頑張っても部員獲得数はゼロ。

 何らかの音楽同好会が活動しているのではないかとアテにしていたが、この軽音部の方も空振りに終わった。

 認めたくは無いが結局は何の成果も得られなかったわけだ。

 いよいよ振り出しに戻ってしまったという事か……。

 

 

ジュリア「はぁ……」

 

真美「何か急にため息ついちゃってるし……お疲れの姉ちゃんっ。ヒマなら真美達とあっそぼーよっ」

 

杏奈「一緒に……ゲーム、しよ?」

 

 

 コイツらなかなか調子良いな。

──などと思いつつも、コントローラーを握るアタシもアタシだが。

 

 

 

 

ジュリア「──これでどうだ! キネティックスラッシュ!」

 

杏奈「ごめんね。デストレイピア……ファイナル・トルネード」

 

真美「はーいカンカンカンカーン! 試合しゅーりょー! 杏奈選手の勝ちィ!」

 

ジュリア「くっ、コイツら滅茶苦茶つえぇ」

 

真美「ダメだよジュリジュリ〜。小足見てからキネティックパンチ余裕のもっちーにそんなスキ見せたら〜」

 

ジュリア「小足ってなんだよ……とりあえずヒトを擬音みたいあだ名で呼ぶな」

 

杏奈「もう一回……やる?」

 

ジュリア「あー、やめとく。ちょっとメッセ来てるから一旦休憩だ」

 

真美「ん〜? どったの? 休憩するんだったらこれに同意してもらう必要があるけど」

 

ジュリア「さも当然のように入部届を持って来たな……」

 

真美「年がら年中部員募集自体はしてるからね〜。まあ、誰も入ってくれた事ないんだケドね」

 

ジュリア「……お前達はそもそも勧誘すらしてなくないか?」

 

真美「んでんでーお相手は誰? どちら様? もしやカレシ〜?」

 

ジュリア「ちがう。高等部の北上麗花って知ってるか? ソイツが部活辞めて暇なのかめっちゃメッセ送ってくるんだよ」

 

杏奈「知ってる……きっと、この学校の生徒なら誰でも……有名人です」

 

真美「ジュリーこそ知らないんじゃない? 北上姉妹って北上グループ直系の令嬢だよ? 本家本流、マジもんのお嬢ってヤツ」

 

ジュリア「ジュリーって……いや、しかしマジか……」

 

 

──北上グループといやあ、水瀬財閥とタメを張るレベルってのはアタシでも知ってるくらいだ。富裕層の中でもトップクラスを誇っているワケだが。

 

 スマホに目を落とす。

 画面の中では、本人の声で脳内再生出来そうな独自の着眼点から生まれた突飛な発想が明後日の方向に向かったようなメッセージが踊っていた。

 

 

ジュリア「多分コレが素の北上麗花なんだろうな……」

 

真美「しんみりしてるとこ悪いけどゲームの続きやんない?」

 

ジュリア「────なあ、良いこと思いついたんだが聞いてくれないか?」

 

 

 アタシは立ち上がると部屋の隅に押し込まれたケースの中のアコースティックギターに目をつけた。

 弦は緩められており、錆びた様子もない。

 そして、こんな時のためにスマホには簡易的なチューナーアプリをダウンロードしてある。

 チューニングを始めると、モニターばかり見ていた2人も一体何が始まるのかと期待するような目をこっちに目を向けてきた。

 ゲーム画面はずっとリザルト画面のままで止まっている。

 短いBGMは何度もリピートされ、また曲が頭から始まろうとしていた。

──その瞬間に合わせ、アタシは爪弾き始める。

 

 

真美「わーお! それ今流れてるゲームの曲じゃんっ、もう覚えたの!?」

 

 

 主旋律だけの即興の演奏だが、演出としては間違いなく大成功だろう。

 確実に興味を引く事はできた。

──それなら、後は一押しするだけだ。

 

 

ジュリア「アタシからの提案だ。ゲームと音楽で新しい部活を作る──ってのはどうだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 そしてアタシ達の物語は動き始めた。

 まずは部員を4人揃える事だが、そこは逆転の発想だ。

 新入部員が必ずしも1・2年である必要は無い──。

 

 

ジュリア「というわけで4人目の部員を連れて来たぞ」

 

麗花「わ〜い! ドンドンパフパフー! 北上麗花ですっ。よろしくね♪」

 

真美「じゅり吉遅刻だよー! しかしまさか、卒業も近いコーラス部のエースを連れてくるなんて、神をも恐れぬショギョーだよ……」

 

ジュリア「じゅり吉って……アタシか? 遅刻とかないだろ。良いんだよ。本人だってやりたがってるんだから」

 

麗花「ゲーム音楽研究部って、なんだかよく分からないけど楽しそうだね!」

 

杏奈「あの……まだ『部』じゃない……です」

 

 

 アタシらが新たに立ち上げた同好会──それが『ゲーム音楽研究会』だった。

 杏奈の言う通り、今は実績が無いためあくまでも同好会という扱いでしかない。

 だがしかし──、

 

 

ジュリア「だからこそだ! アタシ達の当面の目的はただ一つ。文化祭のステージで1発ドデカい花火を打ち上げる! そんで見せつけてやるワケだ──ゲーム音楽研究部ココにアリってな!」

 

麗花「わーっ。それすっごく楽しそうだねっ。知り合いの花火屋さんにお願いしてみなくちゃ」

 

真美「ちょちょちょー! ストーップだよ麗花お姉ちゃんッ。花火は言葉の上の話だから! 実際に花火を打ち上げるわけじゃないからねっ」

 

麗花「そうなの?」

 

杏奈「…………」

 

ジュリア「アンナ、そんな不安げな顔をするな……」

 

 

──コイツも流石に冗談で言ってる……はずだ。

 

 

麗花「あーっ! ジュリアちゃん今のズルい!」

 

ジュリア「なんの話だよ!」

 

麗花「名前! ジュリアちゃん私の事一度も名前で呼んでくれた事ないのにっ。杏奈ちゃんの事名前で呼んでるーっ」

 

ジュリア「……そうだっけか?」

 

 

 その日は文化祭に向けての計画を考えて終わりを迎えた。

 ただ、ゲーム音楽研究会1番最初の活動が、互いの呼び方をどうするかで1時間も揉めてしまったのは反省しておきたい。

 

 

 

 

 朝起きてすぐに思う。

 早く放課後にならないだろうか、と。

 いざ活動が始まると放課後までの時間がとても長く感じられる。

 アタシ自身は気付いていないだけで、それだけ充実しているという事なのだろうか。

 朝食時、寮生から『最近のジュリアさんはいつも楽しそうですわね』──なんて事を言われてしまった。

 しかし、そんな事を思いながら鏡を見たからか、そこに映っているのはいつもの自分。

 その顔が唐突に歪む。

 

──しかし、それらアタシのせいではない。さっきから背後でコソコソしていたヤツの仕業だ。

 

 

麗花「にーらめっこしましょー♪ ぷっぷかぷ〜っ♪ わ〜面白い顔っ」

 

ジュリア「自分の顔でやれっ……朝から楽しそうだな、レイ」

 

麗花「ジュリアちゃんおはよう! 朝ご飯は和食に洋食何が出るかな〜。体を動かすにはおいしい朝ご飯だよね〜」

 

 

──でも、コイツは確かに以前より楽しそうに見える。そんな様子を見てると誘って良かったな、と思えた。

 

 

 麗花がゲーム音楽研究会に入って以降、静香はアタシ達に何かするでもなく、時折顔色を窺うようにして──しかし何も言わずに去っていく姿を見かける事が増えた。

 一応静香にも声をかけてみたのだが、テニスと生徒会で忙しいと断られてしまった。

 

 

麗花「はやく放課後にならないかな〜」

 

ジュリア「……そうだな」

 

 

──認めるのは癪だが同じ事を思っていたらしい。

 麗花は、静香が割り込んでこなくなってから寮内でも気軽に話しかけてくるようになった。

 同様に他の生徒達も麗花とコミュニケーションを取る際の距離がいつもよりも近くなった気がする。

 気がかりがあるとすれば静香の事だが──

 

 

麗花「ジュリアちゃんどうしたの?」

 

ジュリア「あー、悪い。ちょっと呆けてた。何の話だっけ」

 

生徒「今度ミリオン流星群が見られるという話をしていたところです。噂によると100万もの流れ星が見られるみたいですね」

 

ジュリア「数が途方も無くて規模がよくわからねえな……流星群か」

 

麗花「えっとね……10月3日から11日まで、だって」

 

ジュリア「──それ、過ぎてないか?」

 

麗花「あっゴメンね。これはなにかのイベント期間だったみたい。本当は今週の週末にピークを迎えるんだって!」

 

ジュリア「今週かあ」

 

 

 

 

 放課後。

 ゲーム音楽研究会でもそのミリオン流星群の話題になった。

 

 

真美「──いーじゃんみんなで見に行こうよ!」

 

杏奈「見に行くって……どこに?」

 

真美「んーなんか山奥とか?」

 

麗花「山! いいねっ楽しそう!」

 

ジュリア「待てよ、慌てるな。そもそもウチらは寮生暮らしだから、多分許可取ろうとすると相当面倒臭いぞ」

 

 

──この学校にやってきて何度か外出をしてみたが、

 何日何時に、何人で、どこまで行き、いつまでに帰ってくるのかを明確にし、外出許可証を発行してもらう必要がある。

 ここのヤツらはどいつもコイツも融通が効かないんだよな……。

 

 

真美「えーっじゃあ行けないの?」

 

ジュリア「まあ一応考えてみるけどな。それより文化祭も近付いてることを忘れるなよ」

 

真美「へーい」

 

 

 ウチらは何もバンドを組むってワケじゃない。

 ゲーム音楽研究会の成り立ちがそもそも特殊なんだ。

 それでいて文化祭までの期間が1か月と来たもんだ。

 1から楽器を始めるには時間が足りなさ過ぎる。

 

──今コイツらはそれまでゲームしていた時間を削ってまで大人しく従ってくれる。これでも感謝はしてるんだ。

 

 アンナはベースなら出来そうというのでアタシが付きっきりで練習に励んでいるが……コイツらの集中力には恐れ入った。

 まるでスイッチが切り替わったかのように自分の世界を作り出す。

 リズム体であるドラムとベースはバンドの要だ。

 アンナの存在があるだけでも、これは行けるんじゃないかと思わせてくれる。

 アタシらのパート分けをざっくり紹介すると、

 アンナがベース、

 麗花にはコーラス部の経験を生かしてボーカルに専念してもらい、

 経験者のアタシがギターとボーカルを兼任する事になっている。

 そして真美だが──

 

 

ジュリア「肝心のソイツはどんなもんだ。行けそうか」

 

 

 真美には楽器を使わずに演奏する方法を提案おいた。それがまさかこうもハマるとは。

 真美はパソコンとの睨み合いを止め、ヘッドホンを外すと伸びをしながら答えた。

 

 

真美「んー、やっと目処が立ったってトコかな」

 

ジュリア「おおっやるじゃねーか」

 

真美「んっふっふ〜、ちょっくらイヤホンの聖母に弟子入りしてきたからねー」

 

ジュリア「誰だよそれ」

 

真美「中等部に居るんだよ。そーゆー渾名の聖母が」

 

ジュリア「ふうん、勧誘してみるか?」

 

杏奈「それは……やめた方がいい……かも」

 

真美「ここを豚小屋……いや、子豚小屋にしたくなけりゃやめといた方がいいよ」

 

ジュリア「お、おう。そうか……」

 

 

 思わぬガチトーンに戸惑う。なんか変なこと言っただろうか。

 聖母の話はとりあえず忘れるとして、真美が取り掛かっているのはデスクトップミュージック。所謂DTMというヤツだ。

 ソフトにドラム音を打ち込み、本番では楽器を使わずにこの音源を流す方針を押し進めることとなった。

 文化祭までは時間との戦いだったが、それにもようやく一区切りがつこうとしている。

 

 

真美「文化祭終わったら真美にもギター教えてよね! ってなわけで、ココは真美に任せて先へ行けーっ!」

 

ジュリア「ああ、ギタリストの誕生は歓迎するぜ。ドラムは任せたっ」

 

 

 練習を再開する。

 部室にあったメトロノームを使い、基本となるリズムを刻んだ。

 アンナの奏でるベースラインを支えるようにアタシはギターを奏でる。

 

──まだ動き始めたばかりのゲーム音楽研究会。

 

 そこへ新たに加わったレイの弾むような声は、確かな成功を予感させてくれた。

 

 

 

 

麗花「今日も楽しかったっ。文化祭が終わったらわたしも楽器やってみたいな! 楽器で遊べるゲームってないの?」

 

杏奈「ギターとか……太鼓とかは……あるけど、ゲームでいいの?」

 

麗花「サックスはないのかなー」

 

ジュリア「歌うのと両立出来るならいいけどよ。鍵閉めるから──おっと、その前にこれがあったんだ」

 

 

 ポケットに入れっぱなしだった紙を広げる。

 小さく折り畳まれた紙片は

 

 

杏奈「ステージスケジュール……出たんだ」

 

真美「えっとなになに〜、午後1時25分から30分間──ん?──準備と撤収時間も含めた時間か。なんだか中途半端な時間だねぇ」

 

ジュリア「30分あるなら4……せめて3曲はやりたいところだな」

 

 

 手持ちの弾は、有名ゲームBGMをバンドアレンジしたものが1曲。

 そして今準備しているのが2曲目になる。

 2曲とも真美と杏奈のセレクトで、これまた有名なゲームシリーズの主題歌のカバーを進めているわけだが、そこには時間という制約があった。

 

 

真美「それがまだ2曲目の打ち込みが終わってないんだよね〜」

 

ジュリア「そろそろ3曲目の準備に移りたいんだが……」

 

麗花「じゃあ3曲目は私がオリジナルソング歌っても良いかな?」

 

ジュリア「……レイは度胸有り余ってるよな」

 

 

──文化祭が近付くにつれて口数の減っていく杏奈にその余裕を分けてやりたいぜ。

 

 折角の麗花の提案なので、一応披露はしてもらったが『ゲーム音楽という観点から見たら』と、遠回しにその案は引き下げられた。

 

 

ジュリア「真美、2曲目は何とかなりそうなんだよな?」

 

真美「あったり前、余裕のヨユー……だよ?」

 

ジュリア「自信なさげじゃねーか」

 

 

──とはいえ、初心者から一か月でここまでやって来ただけでも十分すぎるほどなんだがな。

 

 スタートした時点で時間は限られていた。

 そこから今の形にまでもって来れたのは、紛れもなく真美の功績だ。

 最悪、簡単なリズムパターンを打ち込み、それをリピートさせる事で間に合わせるつもりだったアタシに真美は「妥協はしたくない」とストップをかけた。

 

 

ジュリア「期待して待ってるぜ」

 

真美「ひえ〜、プレッシャーヤバヤバだよ〜」

 

ジュリア「……しかし、ゲー音研の後にコーラス部か」

 

杏奈「……ダメ、なの?」

 

真美「そりゃアウイェーだかんねー」

 

ジュリア「……それを言うなら『アウェー』な。どこのロックバンドだよ。──アウェーって程でもないだろうがコーラス部目当てに来るヤツは多いだろうから、最初はガラガラの中演奏する事も覚悟しといてくれ」

 

杏奈「うん……オッケー、です」

 

真美「一応真美もクラスの友達とか妹とか当たってみるね」

 

ジュリア「妹いるのか」

 

真美「双子のね。学校は別だけど、文化祭は一般開放されるから」

 

 

──アタシが呼べるとすればクラスメイトか寮生という選択肢しかない……一般開放されたところで地元のヤツらは遠すぎて無理だし。

 麗花は引退したコーラス部員に、杏奈もクラスメイトに聞いてみるという事で、この件は一旦それぞれ持ち帰りとなった。

 

 

麗花「大丈夫! みんなで力を合わせればコーラス部だって倒せるよっ。えい、えい、お〜!」

 

杏奈「麗花さんって……今も、一応…コーラス部じゃ……」

 

真美「でも最初はガラガラでも、コーラス部の時間が近付くと人が集まってくるって事っしょ? 逆にチャンスじゃーん」

 

 

 夕闇の中、長く伸びた4つの影を追いかける。

 他の生徒に比べて放任気味なのか、杏奈と真美の下校時間はある程度自由を許されているようだった。

 夏旅ノ館は学校の敷地内にあるため数分で辿り着くけれど、話は尽きない。

 真美と杏奈の迎えが来るまで意味もなく駐車場で屯し、意味もなく縁石をジャンプしてみたり、ひたすら駄弁るこの感じって……なんて言うんだかな。

 

 

真美「それでそれで? 流星群どーすんの?」

 

ジュリア「なんだ。そんなに見たかったのか?」

 

真美「言わせんな……アタシはな……アンタらと一緒に見てーンだヨ」

 

ジュリア「何だその口調」

 

真美「ぷぅちゃんの真似〜」

 

麗花「わあ〜ジュリアちゃんが分裂しちゃった!」

 

ジュリア「いや似てないだろ……つかアタシはなんでそんな呼び方されてんだっけ」

 

杏奈「えっと、ジュリアさんが……前の学校辞めて……それでプータロー…って、言い出したから。……プー太郎って……誰?」

 

麗花「分かった! 熊の──」

 

ジュリア「それは絶対違う」

 

 

 別に隠すような事でもなかったから、コイツらには前の学校での事情をかいつまんで話したんだった。

 

──それでもまだ、全てを話したわけではないけれど。

 

 

ジュリア「何なら2人も寮に泊まりに来るか? アタシらの部屋で1人ずつなら行けるだろ」

 

麗花「お泊りだねっ! わーいわーい!」

 

 

 何だかんだ3人は乗り気のようだが──しかし、静香は何て言うかな。

 お堅い生徒会長がオーケーを出すかどうかは微妙なところだ。

 そう付け足し、麗花の様子を窺う。

 けれど麗花はただ曖昧な表情で笑うだけだった。

 

 

 

 

 

 そして週末。

 10月もそろそろ終わろうとしている中、午後の休日の寮に真美と杏奈が訪れていた。

 久々にゲーム部らしい事をしようと行われたゲーム大会。

 麗花はテレビゲームをやるのが事が初めてらしく、罰ゲーム付きのパーティゲームにかなりご執心のようだった。

 寮生も一緒になってゲームをしている間に時間はあっという間に過ぎてゆく。

 2人の分までわざわざ用意してくれた寮母サンに礼を言い、全員で夕食の時間を過ごした。

 

──ただ1人、そこで所在なさげに佇んでるヤツを除いて。

 

 

ジュリア「流星群、静香も一緒に見ないか?」

 

静香「いえ、私は……」

 

 

 多少強引にでも連れ出した方が良いんだろうか。

 アタシには麗花と静香の関係がイマイチ掴めないままだ。

 アタシなんかがそこに立ち入って良いものなのか、とずっと悩んでいる。

 

 

ジュリア「悩みがあるなら言ってくれ。アタシに出来る事ならいくらでも聞いてやるから」

 

 

──アタシのこの声は静香にどんな風に届いているのだろうか。

 

 静香は小さく頷くと、食堂を抜けて1人自室へと戻って行った。

 空は次第に夜の色に染まってゆく。

 天候は晴れ。

 これ以上にない天体観測日和だった。

 

 

 

 少しだけ厚着をした一同が屋上に集う。

 いつもは1人でギターを弾いてる場所にこうも人数が揃ってると妙な感覚に囚われるな。

 賑やかしのためにギターを持って上がってくると、仲間内からは煽るような歓声が上がった。

 

 

真美「おっと遅刻者がここでギターを持って登場しましたー!」

 

ジュリア「やり辛いからやめてくれ」

 

 

 そう言いつつも、ギターは音を奏でる。

 アタシはそれにラララだけでメロを付けて歌った。

 

 

 

 

 

真美「その曲初めて聴いたけど何の曲?」

 

 

 ひと段落しパラパラと拍手が沸く中、真美がそんな事を尋ねてくる。

 

 

ジュリア「……一応『流れ星ひとつ』って名前のアタシのオリジナルソングだ」

 

麗花「あっ、あれって完成してたんだ〜」

 

杏奈「オリジナル……」

 

ジュリア「まだ完成ではないけどな。色々忙しかったからまだ歌詞もつけてないし」

 

 

──そういえば、部室ではゲームの曲アレンジくらいしかしていなかったか。

 

 

真美「…………そうそう、期間的に新しいアレンジ考えながら3曲準備するのってケッコーキビシーんだよねぇ〜……そこで、どうよ? いっそゼロから作てみるってのもアリじゃない?」

 

杏奈「それ……面白そう」

 

ジュリア「お前ら何を言って──」

 

麗花「ジュリアちゃんの曲があれば3曲! やったね! パチパチパチ〜♪」

 

ジュリア「ちょっと待て! アタシの曲使おうってのか? いくらなんでも……ウチらはゲーム音楽研究会だぞ」

 

真美「いーのいーの。ゲー音研の事を歌ったオリジナルソングって事で押し通せるからっ──これでMC、準備、撤収含めて30分埋まるぜいえーいっ」

 

 

──いや、しかし同じ理由で麗花の曲に却下を出さなかったか?

 

 

ジュリア「待て真美、最近打ち込むのにも慣れてきて余裕で行けるとか言ってたじゃないか」

 

真美「誰そんな事言ってた人。もっちー知ってる?」

 

杏奈「……知らない」

 

麗花「ジュリアちゃんの曲練習するの楽しみだな〜」

 

ジュリア「お前が乗り気なのかよっ」

 

生徒「……あの、私達も楽しみにしてます」

 

ジュリア「ありがとよ……アタシの味方はいないのか……」

 

 

 ここに雌雄は決した。

 ふと誰かが薄闇の空を指差し、話題はそちらに移っていく。

 流れた一筋の光を追って、カフェスペースに屯していたアタシたちは揃って空を見上げる。

 アタシはギターを邪魔にならない場所へ避難させようと、そっと塔屋のドアを開いた。

 そのドアの向こうに──

 

 

静香「あっ……もういいんですか?」

 

 

──静香が立っていた。

 

 

ジュリア「いや、むしろこれからだ。んなトコに居ないでこっちに来いよ」

 

静香「……私は行けません」

 

 

 

麗花『ジュリアちゃーん何してるの〜?』

 

真美『ギター置きに行ったんじゃない?』

 

 

 

静香「ほら、早く行ってあげてください」

 

 

 そう言って静香は去ろうとした。

 けれど、そこには躊躇のような感情が見て取れる。

 

──じゃなけりゃ、そもそもこんなとこで突っ立ってる筈がない。

 

 考えるよりも先にアタシは静香の肩を掴んでいた。

 

 

ジュリア「こっちに来れない理由があるなら教えてくれよ」

 

 

 塔屋のドアは開いたまま。ドアの外から静香の返事を待つ。

 けれど、すぐに静香はアタシの手を振り払った。

 

 

静香「……もし知りたければ、今夜、お姉様には悟られないように私の部屋まで来てください」

 

 

 後ろから歓談の声が聞こえた。

 静香の前に立ちはだかるようにドアは閉じられる。

 駆け下りる足音もすぐに聞こえなくなり、アタシは仕方なく引き下がり、カフェスペースの椅子に身を預けた。

 空には無数の流れ星が瞬いている。

 けれど、そこから少し下に目線を下げれば、そこには空の終わりがある事に気付かされるんだ。

 この学校を取り囲む煉瓦の造りの高い壁──ここへ初めて来た時思ったんだよな。

 

──まるで箱庭だな、って。

 

 今更になってカオリ姉が言ってた事を思い出す。

 

 

ジュリア「…………『新しい風』か」

 

 

 カオリ姉の言いたかった事が今になって何となく分かってきた。

 

 

ジュリア「──なあ、みんなは将来の夢ってあるか?」

 

 

 だから、ふと気になって尋ねてみる。

 

 

真美「急にどったの? なんか悪いもんでも食べちった?」

 

ジュリア「ほら、流れ星に願い事を3回唱えると──ってヤツさ。アタシにはあるんだよ。『音楽で食っていく』っつー夢が。まっ、そんなの関係なく叶えてやるつもりだけどな」

 

真美「わお語るねぇ。でも教えてくれたとこ悪いんだけど、中等部の真美さんはまだそーゆーの考えた事ないんだよねー」

 

杏奈「杏奈も……この学校、エスカレーター式……だからまだ先の話、かなって」

 

麗花「私はもーっと歌が歌いたいし、あと空とか飛びたいなー」

 

 

──その2つは同列に並ぶようなもんじゃない気がするが……野暮な事は言わないけど。

 

 

真美「麗花お姉ちゃんならそこからジャンプしたらそのまま飛べそうじゃない?」

 

麗花「わーい! 今度やってみようかなぁ」

 

ジュリア「やめてくれ。レイが言うと冗談に聞こえないから」

 

麗花「えーっ! じゃあなんだろー……私はねー普通がいいかなーっ」

 

ジュリア「普通って……まあいいや」

 

 

 それから他の寮生にも尋ねてみたが、明確な答えは得られなかった。

 敢えてそれを抽象化するなら『既に決まっている事だから考える必要がない』という答えになる。

 それはいつかクラスメイトからも聞いた答えにも似ている気がする。

『親の跡を継ぐ』ってか。

 立派なもんだ。親孝行な娘を持ってご両親はさぞ誇らしいだろう。

 アタシみたいな親不孝な娘から太鼓判を押されたところで何の意味があるって話だが。

 

──やっぱり釈然としないな。

 

 それからはまた談笑に戻ったけれど、アタシの頭にはあまり入ってこなくて、だからその分忘れないようにじっと空を見ていた。

 夢や願い事を周りに教えるのが恥ずかしいとか、人に話したら叶わない──なんて事なら別にそれで良いんだけどな。

 これだけあれば願い事の1つや100個唱えたって罰は当たらないだろうに。

 

 

 

 

 

 深夜。

 これが平日ならばそろそろ布団に入っておきたい時間だが、今日は2人の来客がある。

 未だに眠ろうともしない3人がアナログゲームで盛り上がる中、自然と機会は訪れた。

 アタシ1人敗北を喫したタイミングで飲み物を買いに行くと言って席を立つ。

 自販機で人数分に加えて1本多く飲み物を買ったが、勿論目的はそれで終わりじゃない。

 その足で静香への元へとやって来た。

 

──さて、鬼が出るか蛇が出るかは知らないが聞かせてもらおうじゃないか。

 

 両手が塞がったままなのでペットボトルを使ってノックすると、間もなく静香に招き入れられた。

 ずっとそうやって待っていたんだろうか。

 屋上のドアの向こうでも同じように待ち続けていたのかもしれない。

 強張った顔のままの静香にお茶のペットボトルの軽く放ってやると、キャッチしようと意識が逸れる。

 少しは気が紛れれば良いんだけどな。

 結局はすぐにそれも消え去り、無表情だけが残った。

 そして、静香は語り始める。

 北上家の事情とやらを。

 

 

 北上グループは水瀬財閥にも匹敵するほどの力を持った家系だ。

 その長女である麗花には、それだけ両親からの期待がのしかかっていた。

 

 

静香「お姉さまは大変だったと思います」

 

 

 自分を棚に上げてそう語る静香だが、次女である彼女にもその重荷が背負わされていたのは想像に難くない。

 そして、麗花達はこの壁に囲まれた学校へと預けられる──。

 

 この学校の中では彼女達は自由に過ごす事を許されていた。

 部活も自由に選んで良い。親の元を離れ、寮での生活も許された。

 けれど、それを聞いて理解したのはまるで別の事だ。

 

──北上家にとってのこの学校は、お嬢様達を閉じ込め、外の世界から切り離すための箱庭なんだ。

 

 

静香「私達姉妹は互いの監視役として、北上家へ日々の生活の報告をする事になっています」

 

 

 静香のその言葉で、それは確信に変わる。

 随分とスケールのでかい箱入り娘が居たもんだ。

 そうやって互いを監視する関係がずっと続いていくうち、静香は麗花に対してどう接して良いのかが分からなくなっていった。

 

 

──けれど、アタシには分かる。

 

 

静香『申し訳ございませんが、お姉さまの邪魔をしないでいただけますか?』

 

 

 コイツは、自分と麗花との距離が開いてしまったがために、自分よりも距離が近いヤツに嫉妬していただけなんだ。

 ただ、それだけの事。

 けれど、それだけの事が分からないほどに2人の距離は開いていた。

 静香はその距離の埋め方も、測り方も知らなかった。

 そして──

 

 

麗花『今日、それに屋上で会った時の事もだけど……全部聞かなかった事にしてて欲しいな』

 

麗花『昼休みにジュリアちゃんが私の妹とお話ししてるのを見かけたから気になっちゃって』

 

 

──それは麗花も同じなんだ。

 

 

 

 コーラス部を引退したあの日に麗花が見せた涙。

 あの日アイツはどんな思いであそこに立っていたんだろう。

 

 

麗花『私はねー普通がいいかなーっ』

 

 

 あの言葉にはどんな意味があったのだろう。

 

 

 

 

静香視点

 

 ジュリアさんがこの夏旅ノ館にやって来た日。

 私は生徒会長として、新しい寮生を歓迎するべくホームルームが終わると一目散に寮へと向かった。

 その先から聴こえてきたのはギターと、2人の声のハーモニー。

 邪魔をする事なんて出来なかった。

 だって、あんなに楽しそうに歌うお姉さまを私は見た事が無かったから。

 塔屋から少しだけドアを開けて、2人の様子をこっそり覗き見る。

 ギターを止めたところでようやく突入した。

 

 

静香『あなたがジュリアさんですね。ここは皆の公共のスペースです。ここで楽器の演奏がしたければ事前に許可を取ってください』

 

 

 『屋上の許可』なんて誰も覚えていないようなルールを重箱の隅を突くみたいに叩きつける。

 そうやって割り込んだところで、私と姉との間に会話は生まれるわけでもないのに。

 ずっとそうやって来たんだ。今更まともなコミュニケーションがとれるはずもなかった。

 

──何か、きっかけさえあれば。

 

 さっかけさえあれば何とかなると思っていた。

 また昔みたいに仲良く出来る──って。

 でも無理だった。

 無理なまま時間だけが過ぎ、お姉さまは高等部の3年になり、気がつけば卒業間近。

 そんなある日突然やって来たのがジュリアさんだった。

 ジュリアさんはあっという間にお姉さまと仲良くなっていく。

 それどころかお姉さまの方がジュリアさんに執心している気がする。

 それが羨ましくて、けれど、そんな態度が表に出てしまう度に自分に嫌気が差した。

 ジュリアさんがわざわざうどんを持って私の前に現れた時、この人変わった人だなぁって思って、でもそれ以上に良い人だなぁって思ったんだ。

 それだけで十分。

 もうお姉さまの邪魔をしたくなかった。

 両親にはお姉さまがゲーム音楽研究会に入った事を伏せ、嘘の報告をし続けた。

 コーラス部でいくら賞を取ろうと、両親はどうとも思っていないみたいだけれど、部活を引退したと分かれば口出しをしてくると容易く想像できる。

 卒業までの短い間だけれど、せめてそれまではお姉さまには自由でいて欲しいから。

 

 

静香「だから、そこに私が居なくてもいいんです」

 

 

 

 

 

ジュリア視点

 

──静香はそう結論づけた。

 それが自分の想いであり、その距離こそが答えだと。

 

 

ジュリア「健気な事だ」

 

静香「なにか問題がありますか? 仰りたい事があるのならお聞きしますが」

 

 

──それなら遠慮なく聞かせていただこう。

 

 

ジュリア「じゃあ、なんで静香が泣く必要があるんだ?」

 

静香「それはっ──」

 

 

 指摘されてはじめて自覚したのか、静香は慌てて顔を伏せる。

 

 

静香「これは、その、そういうのじゃありません…から」

 

 

 そうは言うが、声が震えている。

 とうに無表情という名の仮面は崩れ去り、そこには素顔のままの彼女が立ち尽くしていた。

 全てを明かした彼女は、もう北上家なんて関係ないどこにでも居る普通の少女だ。

 このままでいい──わけないよな。

 人様の家の事情なんて知ったことか。

 アタシが静香に対してこんな事を言うのは烏滸がましいのだろうけど、どうやらアタシ以外に言ってやれるヤツは居ないみたいだ。

 

 

ジュリア「よく頑張ったな。静香」

 

静香「ジュリ、ア……さん……」

 

 

 アタシの勝手な理想を押し付けるつもりはないけれど、アタシからしたらもっと抗ったって良いと思うぜ。

 今アタシに出来る事といったら──そうだな。

 

 

ジュリア「──ひとつ、アタシの話も聞いてくれるか」

 

 

 まだアイツらにも話していないアタシ自身の事でも話してやろう。

 

 

 小学生の頃、アタシは音楽にまるで興味の無いフツーの少女だった。

 しかしある日、友人の1人がギターを持って来てアタシの家に隠してくれないかと頼んで来た。

 それは親に内緒で買ったギターだった。

 隠してくれるなら自由に弾いて良いと言われ、それを快諾した所からアタシの音楽が始まったんだ。

 預けられた右利き用のギター。

 おかげで左利きのアタシだが、ギターだけは今も右利きだ。

 中学になるとアタシは自分のギターを買い、同中のヤツらからバンドにも誘われた。

『いつか、武道館に立つのが夢なんだ』

 そう語る彼女達の言葉に、アタシの魂が震えた。

 当然のようにオッケーしたさ。

 活動は順調だった。

 高校に入ってからしばらく経ったある日、メンバーの中にカレシが出来たヤツがいた。

 勿論祝ったさ。その時はきっと心の底から。

 

──けれど、高校に入ってからソイツは少しずつバンドに顔を出さなくなっていった。

 

 次第に他のメンバーの意識もバンドから離れていく事に気付いた。

 ある日、全員を集めて尋ねたのさ。

『いつか武道館に立つのが夢じゃなかったのか?』って。

 そしたら全員『は?』って顔をしたんだ。

 

 

「いつまでそんなガキみたいな事言ってんだよ」

「夢見すぎだろ。大人になれよ」

 

 

 ソイツらの言う『夢』なんて言葉は、その場のノリから飛び出した、風が吹けば飛ぶような薄っぺらい紙切れのようなモンだった。

 バンドは解散。

 アタシは両親と大喧嘩を繰り広げ、夢を追いかけて上京──するはずだったが、それから色々あって今に至る。

 

 

ジュリア「何が言いたいかっつーとだな……」

 

 

──思いのほか熱く語ってしまって話が逸れたが、アタシが言いたいのは至って単純なこと。

 

 

ジュリア「『自分』を無くすな、ってことさ」

 

 

 ギターだけ持って、ほぼ無一文で東京行こうとしてたどっかの大馬鹿者の話は……これ以上広げないでおくが──

 自分が本当にやりたい事を見失ってはいけない。

 迷ったら周りの力を借りたって良いんだ。

 

 

ジュリア「自分にとって1番大切な事、それを1番分かってやれるのは自分だ。静香が本当に望んでること、それは何だ?」

 

 

 掴みたい夢があるのなら、

 叶えたい願いがあるのなら、

 ただ、そこに向かって進むだけだ。

 

 

ジュリア「まあ、なんだ。静香が何と言おうと、アタシは勝手に協力させてもらうけどな」

 

 

 そうおどけてみせると、呆れたような顔で静香は微笑んだ。

 もうその表情に陰りは見えない。

 アタシはここらでお暇するとしよう。部屋を長く空けすぎた。

 人数分の飲み物を抱え、静香の部屋を後にする。

 

 

ジュリア「遅くに悪かったな」

 

 

「おやすみ」と、ドアを閉じようとしたところで静香が口を開く。

 

 

静香「──あのっ……私の、お姉ちゃんをよろしくお願いします」

 

 

 真っ直ぐアタシを見つめてくる眼差しにもう迷いは無かった。

 だったら、アタシもそれに応えてやらなくてはならない。

 

 

ジュリア「ああ、任せろ」

 

 

 

 

 

 文化祭前日の放課後。

 夕焼けに染まる校舎を、部活の連中のみならず全学年全クラスが慌ただしく駆けずり回っている。

 それは我がゲー音研も同様だった。

 各々クラスでの出し物など、生徒も教師も忙しなく行き交う西棟。

 そこへアタシがどうにか辿り着いた頃には、もう明日のために必要な機材を運ぶ時間になっていた。

 

 

ジュリア「悪い、遅れちまった」

 

杏奈「大丈夫……。それに、ジュリアさん以外…まだ誰も来てないから」

 

ジュリア「なんだそうなのか。とりあえずアタシらだけでも準備進めとくか……」

 

 

 アンプみたいな重いものもある事だし、諸々台車で運んでしまいたいところだが、ここが4階である以上そうはいかない。

 ゲー音研の部室は西棟の4階。

 どうしても1階までは階段を降りる必要がある。

 防音室はきっちり完備されているのにエレベーターは無いんだもんなこのガッコ。いったい何年前に建てられたんだか。

 コレばかりは麗花にも協力を仰ぐ必要がありそうだ。

 

──まあ、これでも一応か弱い女子なんでね。

 

 他にも配線できる場所の確認や、打ち合わせもしなくちゃならない。

『流れ星ひとつ』が完成して約1週間。

 今のこの時間にも全員で集まって練習をしておきたいところだが、時間はそれを許してくれなかった。

 

 

ジュリア「しっかしホントにいいのか? アタシのオリジナル曲って……ゲー音研としてどうよ」

 

杏奈「いいよ。杏奈、この曲好きだから」

 

ジュリア「……そりゃどうも」

 

 

 麗花や真美からは返ってこないストレートな答えは反応に困るな。

 何はともあれ、準備は楽器以外の荷物をまとめるだけなのであっという間に終わった。

 2人を待つ間にアタシと杏奈だけで軽く合わせてみたが──

 

 

ジュリア「緊張、してるみたいだな」

 

杏奈「…………うん」

 

 

 ゲー音研になる以前は一切表立った活動をしてこなかった杏奈にとって、文化祭のステージは一大イベントだろう。

 

 

ジュリア「悪いなアンナ。今更だけど、本当はもっと静かにやってるのが好きだったりするんじゃないか?」

 

杏奈「ううん……みんなと一緒に……1つのことをやるのって、音楽でもゲームでも……楽しいと思うから」

 

ジュリア「そう言ってくれると、アタシも助かるよ。アタシもこの4人で一緒にやれて良かったって思ってる」

 

 

 休みの日にわざわざ泊まり込んで流星群を見に来るあたりそこまで深刻には考えていなかったが、なんだかんだ杏奈も一緒に活動する事を楽しんでくれてたみたいで少しホッとした。

 

 

真美「2人にも……そう言って……あげたら?」

 

ジュリア「アイツらに言えるか恥ずかしい──って真美じゃねーか!」 

 

真美「んっふっふ〜。バレちった?」

 

ジュリア「う、うるさい遅刻だ」

 

真美「そんなカタい事言いなさんな〜。それにぷぅちゃんだってよく遅刻してくるっしょー」

 

ジュリア「東棟からだと距離があるんだよ。遅刻じゃない」

 

 

 麗花といいコイツといいアタシを驚かせるのが趣味なのか。

 しかしそれはさておき、だ。

 

 

ジュリア「それよりもう1人の遅刻者を見なかったか?」

 

真美「ありゃりゃ麗花お姉ちゃんまだ来てないの?」

 

ジュリア「ああ」

 

 

──それからしばらく待ってみたが、麗花がやって来る事はなかった。

 

 仕方なくアタシらだけで進める事にして、ついでに暫定顧問のカオリ姉にも手伝ってもらいながら機材を体育館に運ぶ。

 荷物を降ろせば後はそんなに重労働でもない。

 合唱用に準備された2本のマイクのケーブルや演劇部の背景セット、それらに足を取られないよう慎重にステージ裏に回ると、すぐに本番のステージの打ち合わせが始まった。

 要請していた通りに2本のマイク使用の許可を得る事は出来たが、本来はコーラス部で使用するものだから、本番直前に移動させて演奏終了後に返却する手間が必要だな……地味にめんどい。

 麗花にはハンドマイクで歌ってもらうとして、30分のうち、準備片付けを多めに10分と見て──3曲で役15分だから……5分以上MCで喋らなくちゃいけないのか。

 いや、逆に5分も麗花や真美に与えて大丈夫だろうか。そっちの方が心配かもしれない。

 

 

──そんな時、ポケットの中のスマホが震える。

 体育館の外に出て確認してみると、それは麗花からのメッセージだった。

 

 

『ごめんねっ 今日参加できなくなっちゃった』

 

 

杏奈「用事でも出来たの…かな?」

 

ジュリア「用事なら仕方ないが……」

 

 

 体育館で指揮をとる実行委員の中には生徒会のメンバーも混ざっている。

 けれど、そこに静香の姿はなかった。

 他の生徒に静香の事を尋ねてみると、家族から連絡があって帰ったという事は判明したが……。

 

──どうにも嫌な予感がする。そして嫌な予感ってのは結構当たるんだよな……。

 

 とりあえず部室には戻って荷物を回収したけれど、その部室に麗花が来ない以上、ここで待っていたってしょうがない。

 しかし、このまま本番を迎えてもいいのか?

 

 

ジュリア「ものは試しで聞いてみるけど、今日ってウチ──寮に泊まりに来れるか?」

 

真美「打ち合わせという名の前夜祭だね! オッケー、了解! この真美に任せなよ」

 

杏奈「親に、連絡してみる……駄目でも、文化祭だから残りたい──って言えば……オッケー貰えると…思います」

 

ジュリア「……ありがとな」

 

 

 

 

 

 

 2人は外泊について親へ連絡をしながら寮へと向かう。

 すると、夏旅ノ館への方から走り出す車が見えた。

 あのヤクザでも乗っていそうな高級車は北上家のものだろうか。

 

 

 アイツらもしかして、急に実家に帰ることになったんじゃ──という想像が脳裏を過ぎったが、その予想は見事に外れ、北上姉妹は寮でリビングの片付けを行なってるようだった。

 

 来客の対応があったのは明白だが……いちいち推測するのも面倒だ。直球で聞こう。

 

 

ジュリア「今日はどうした? 親戚でも来てたのか?」

 

麗花「あはは、私たちの親が、ね。でももう帰っちゃったから」

 

静香「……はい」

 

ジュリア「じゃあ用事は終わったんだな? それならレイ、今から明日の打ち合わせ始めるぞ」

 

麗花「──ごめんね。私、明日の文化祭出られなくなっちゃった」

 

ジュリア「…………何だって?」

 

 

──こういう時に限って何故、当たらなくても良い予感は当たってしまうのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 夕食後、アタシの部屋には4人が集まっていた。

 真美、杏奈、そして麗花──ではなく静香。そしてカオリ姉。

 「ごめんね」以上の説明をしようとしない麗花は夕食も食べずに、メッセージを送っても返事はない。

 外からの呼びかけにも答えず、部屋に籠もったっきり出て来なくなっていた。

 

 

歌織「それで──、私はなんで呼ばれたのかしら?」

 

ジュリア「カオリ姉の知識が必要になるからだ」

 

 

 これまで文化祭のステージは麗花がメインボーカルという体でやって来た。

 しかし今、その根底が揺らごうとしている。

 アタシらにはその水面下で進めていた計画もあった。

 その計画は、ステージの演奏中に突如静香が参加してくる──という、麗花へのサプライズだったわけだ。

 杏奈と真美には北上姉妹の距離感を適当にざっくり説明して既に協力を得ていた。

 ピアノ経験がある静香がキーボードで参加する事で、麗花だけでなく生徒会長を知る観客にも驚きを与え、静香の見方が変わるきっかけにでもなればと思い、この案はゲー音研としてもアピールが出来て万々歳と考えていたのだが──

 

 

静香「……というわけで、お姉さまがゲーム音楽研究会に入った事を報告していなかった事がバレました」

 

 

──ここに来てちゃぶ台返しを食らう事になるとは。

 サプライズを明かさなかったからか、静香は親から厳重注意をいただいたのみに留まった。

 しかし麗花は部活を辞め、ステージに出るのも止めろとまで言われ、この惨状だ。

 メインボーカルが降りサプライズする相手が居ないとなれば、いよいよもって崖っぷち。計画破綻もいいところだ。

 

 

真美「なんだかメンドくさい事になってんねぇ」

 

静香「すみません、ジュリアさんや皆さんが協力してくれていたのに……」

 

ジュリア「静香が謝ることじゃない」

 

杏奈「この学校に居る間……自由にやって良いって話……じゃ、なかったの?」

 

真美「そうそれ! 言ってる事矛盾してるよねー」

 

ジュリア「納得は出来ない。監視なんてのがそもそも歪なんだよ。──しかし、親の言いたい事はわからなくもないか……」

 

真美「えーっ、なんで!」

 

ジュリア「3年はフツー受験とか色々あるだろう。遊んでるって思われたのかもな」

 

真美「やー……そうだけども、勉強は勉強でやってるでしょ。関係なくない?」

 

ジュリア「大前提としてゲーム音楽研究会って名前がアウトなんだよ」

 

真美「根本からの否定!」

 

杏奈「ゲー音研……駄目、なの?」

 

ジュリア「ミリオン流星群見るために泊まりに来た日、麗花がゲーム初めてって言ってたろ? 多分、親が禁止とかしてるタイプだ。静香もゲームやった事ないんじゃないか?」

 

静香「はい……」

 

真美「え〜っ、ゲームやった事ないとかどんな生活送ってきたらそうなるの。……じゃあ部活の名前変えたらオッケーだったりする?」

 

杏奈「文化祭のステージ……出たらダメ…って言われてた……よ?」

 

真美「そーでした……もうこっそり出ちゃえば?」

 

歌織「でも、本人はどう思ってるの? そこが1番大事なんじゃないかしら」

 

 

 カオリ姉の言葉に全員が押し黙る。

 結局のところ行き着くのはそこだ。

 仮に無理矢理ステージに上げたところで、自室に立て篭り続ける麗花に歌を歌わせる事は出来そうにない。

 

 

ジュリア「そこで1つ提案があるんだが──」

 

 

 だから、アタシ達はアイツの気持ちを確かめなくてはならないんだ。

 

 

 

 

 

 

 泣いても笑っても、アタシにとってはこの学校に来て最初の──そして、麗花にとっては最後の文化祭の日がやって来る。

 いつも通りの朝食の時間も、いつもと違ったどこかソワソワした空気が漂う。

 

 

麗花「おはようジュリアちゃん」

 

 

 そんな中、昨日引き籠もっていたのが嘘のように麗花はいつも通りを保っていた。

 これまでの断片情報からアタシは北上家の親に対して、なんとなく教育ママみたいなイメージを持っている。

 だとすれば、昨日の今日であってもちゃんと学校に登校するのは当然といえば当然なのだが……。

 

 

麗花「どうしたのジュリアちゃん?」

 

ジュリア「いや……クラスの用事が終わったら模擬店とか回ろうぜ」

 

麗花「うん、いいよ」

 

 

 あまりに平然としている様子を見ると、昨日のアレは冗談だったのかと思えてきた。

 杏奈、真美と顔を見合わせ、互いに頷き合う。

 

 

ジュリア「アタシらはこれから練習するために部室に行く。……なあレイ、今からでも出る気はないか?」

 

 

──けれど、麗花はそこで首を振る。

 

 

麗花「ごめんね。私、やっぱり──」

 

杏奈「……じゃあ杏奈達は……もう、行く…ね。でも……」

 

真美「──必ず見に来てよね!」

 

 

 それだけを一方的に告げると、アタシ達は真美に手を引かれ、麗花の返答も待たずに寮を出た。

 

 

ジュリア「……さっきの、ただの言い逃げじゃねーか」

 

真美「時間を与えたところでノー出されちゃー意味ないじゃんっ」

 

杏奈「それに、麗花さん……自分でもどうしたら良いか…分からなく、なってる気が……する」

 

ジュリア「まぁそうみたいだけどな……」

 

 

──レイがステージを降りると言ったところで、アタシらが身を引く理由にはならない。

 アタシらが諦めたと思ったら大間違いだぜ。レイ。

 

 

 

 

 

 

 美里下女学院の文化祭は1日限り。

 ぶっつけ本番で外部の人まで招くなんて生徒の立場からすれば結構面倒な事だ。

 例えるなら新人バイトしかいないコンビニのようなものだと思うのだが、流石お嬢様学校は伊達じゃない。

 アタシらのクラスは軽食を扱う喫茶店──なのだが、妙にふわふわした衣装を着せられて居心地が悪いったらありゃしない。

 それに引き換え、学校の机を集めて作った即席の客席であれど、クラスメイト達の客への対応は一級品。

 しかし、訪れる客も一級品だ。

 一般客に混じっていても、明らかにお嬢様の父兄だろうと推測出来る姿勢、服装、何より振る舞いに気品が漂っている。

 

──今更ながらアタシは何でこんなとこで学生やってるんだろうな。

 

 ウチのクラスの生徒1人1人の手際が良すぎてビビるぜ。

 そもそもフツー模擬店といったら焼きそばとか、フランクフルトとか、せいぜいベビーカステラとかだろ。

『プラリネ』って何。どこのスイーツだ。そもそも文化祭で出すようなものなのか?

 しかし、こんな形で『特別編入生』という立場を思い知らされる事になるとはな。

 思わず背筋が伸びてしまうぜ。

 あまり知り合いには見られたくない姿だが、そんな事を考えている時に限ってアイツらは現れる。

 

 

麗花「ジュリアちゃーん! 遊びに来たよー」

 

真美「トリックオアトリート! お菓子くれなきゃイタズラしちゃうよ〜!」

 

杏奈「高等部の、教室……初めて、入った……」

 

ジュリア「あんまり入り口で騒ぐなよ」

 

 

 照れを隠すように小さく嗜める。

 晒し者にされた気分だ。

 時計をちらりと眺めるが──、アタシが接客から離れられるまではまだ5分ほど残されていた。

 

 

ジュリア「……何か頼んでいけよ」

 

麗花「あーあ、知り合いだからってダメだねジュリアちゃん。折角可愛い格好してるのに。もっとお店の人っぽくやってみて」

 

真美「そうだよもったいない。ウチらはぷぅちゃんの頑張ってるトコロを見に来たのに」

 

ジュリア「…………『いらっしゃいませ』……これで良いか?」

 

麗花「笑顔が足りないなー」

 

真美「むしろお客さん逃げちゃうよ」

 

杏奈「これは……39点、だね」

 

ジュリア「厳しいな!」

 

 

──何点満点だったのかは聞かなかった。

 

 分かってくれよ。知り合いだからむしろやりづらいんだろうが。

 適当に何か食わせとけばそっちに注目が行くだろうし、さっさと出来合いのプラリネでも食わせとくか。

 席に案内すると簡易レジの横を抜けてオーダーを渡す。

 アイツらと離れて分かったが、うだうだやってたせいで妙に注目を集めてしまっていた。

 

 

生徒「仲がよろしいんですね」

 

ジュリア「…………まぁ、そうだな」

 

 

 クラスメイトにそう言われ、気恥ずかしくなって頬を掻く。

 接客に戻ると真美達がこちらを指差して何かを話していた。

 その様子を見てまたクラスメイト達も何やらアタシを微笑ましそうな目で見つめて来る。

 

──これが四面楚歌ってヤツか。

 

 その中で麗花は普段通りの無邪気な笑みを振り撒いていた。──まあ、アイツが楽しくやってる分には良い事なのかもな。

 午後からはステージがある事だし、アタシの担当時間が終わったら今のうちに色々回っておきたいね。

 

──ちなみに、アタシは調理に参加していないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 午後12時30分、中庭の休憩所。

 文化祭であらかたのイベントを踏破したアタシらは大量の食糧を抱え込んでいた。

 お嬢様学校に似つかわしくない振る舞いで注目を集めるのも今更な事だ。

 ここはステージでの観客が増えるかもしれないと、ポジティブに捉えておこう。

 今は必要な休息と、そして準備期間だ。

 外野の目なんて気にしても仕方がない。どうせこの後嫌ってほど晒されるしな。

 

 

真美「シズちゃんのクラスのうどんめっちゃ美味かったよねー」

 

ジュリア「確かにな。でも、『耳を澄ませばうどんの声が聴こえる』とか言い出した時はマジでヤバいと思ったぞ」

 

麗花「あははっ。静香ちゃん昔からうどんが大好きだからね」

 

杏奈「そう、なんだ」

 

 

──普段、あまり麗花から静香の話が出て来ないものだからこういう時はホッとするな。

 

 麗花はゲー音研に入って、その本来の性格が表に出て来るようになった。

 アタシがやって来たばかりの頃は謎のベールに包まれていた感じのコイツも、今では『近所のちょっと変なお姉さん』くらいに格下げされている気がする。

 それが良いか悪いかは──麗花の顔を見れば一目瞭然だ。

 

 

──これで良い、よな。

 

 

ジュリア「そろそろ最後の仕上げだ。アタシらは部室に行くけど、レイはどうする?」

 

麗花「自分のクラスのお化け屋敷『赤い世界が消える頃』に戻るよ」

 

杏奈「そっか……」

 

真美「まー、しょーがないよねー」

 

 

 そして、沈黙。

 なんとも言えない空気が場を支配する。

 

 

真美「えっと……じゃあね」

 

 

 耐えきれなくなった真美がそう切り出す事で膠着状態が解かれる。

 アタシ達は互いに別の方向へと歩き出そうと背を向けた。その時だ。

 

 

「こんにちは」

 

 

 背後から声をかけられる。

 知らない声だ。

 それもそのはず、その人は麗花の母親だった。

 振り返ると、背中に定規でも入れてあるのかと言わんばかりのきっちりとした佇まいの長身の女性が立っていた。

 麗花も来訪の予定を聞かされていなかったのか、驚きの表情を浮かべている。

 

 

北上母「貴方達は麗花のクラスメイトの方ですか?」

 

 

 威圧感はあるけれど、そんなごく当たり前な問いかけに何故かアタシは怯んでしまう。

 

 

ジュリア「い、いえ、クラスメイトじゃ……」

 

 

 けれど、なんと答えたものだろう。

 麗花の母相手に同じ部活の仲間とは名乗るべきではない気がする。

 こんな時に言わなくてはならない言葉はたったひとつ。

 けれど、その言葉は不思議と新鮮さに満ちていた。

 ふと、この学校に来てからの日々が蘇る。

 

 

麗花『──だって、友達が居たからいっしょに帰ろーかなって』

 

ジュリア『まだ、友達ってほどじゃないだろ…………別に良いけど──』

 

 

 また、別の日。

 

 

麗花『──名前! ジュリアちゃん私の事一度も名前で呼んでくれた事ないのにっ。杏奈ちゃんの事名前で呼んでるーっ』

 

ジュリア『……そうだっけか?──』

 

 

 そして、ついさっきも。

 

 

生徒『──仲がよろしいんですね』

 

ジュリア『…………まぁ、そうだな──』

 

 

──そうだ。アタシは一度もちゃんと言葉にした事がなかった。

 

 このままでいい? そんなわけあるか。

 静香に言った言葉をもう忘れたのかよ。

『任せろ』って言っただろうが。

 

 

ジュリア「──アタシ達は、麗花さんの友達です」

 

 

 そう宣言すると一礼して、今度は麗花の方に向き直る。

 

 

 

ジュリア「分かってると思うけど午後1時25分からだからな。必ず見に来てくれよ!」

 

 

 真美を真似て、言いたい事だけ言って走り去る。

 後ろからの声は、もう耳に入ったとしても何も聞こえちゃいないぜ。

 

 

北上母「なんなの? あの品のない娘は」

 

麗花「私の…………友達です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲーム音楽研究会のステージまで残された時間は少ない。

 初心者からのスタートだった2人にとってはかなり波乱の1ヶ月だったはずだ。

 部室に戻ったアタシ達は最後の足掻きを行なっていた。

 

 

ジュリア「──みんな、ありがとな」

 

杏奈「どうか……したの?」

 

真美「えっ、なに急に……気持ち悪いんだけど」

 

ジュリア「……気持ち悪いって、ヒデー言い草だな。今日くらい言わせろよ」

 

静香「真美! ジュリアさんになんて事言うの!」

 

ジュリア「いいんだよ。静香」

 

静香「えっ、でも……」

 

 

──アタシの味方をしてくれるのは嬉しいが、根が真面目な分すぐ真美の軽口に噛み付くのが悪い癖だ。

 

 

真美「まだ本番はこれからでしょ! 勝手にエモい気分に浸ってないで練習練習!」

 

ジュリア「──そういうこった」

 

静香「ジュリアさんがそれで良いなら良いですけど……」

 

杏奈「真美ちゃんは……もう、音源流すだけだから、演奏は……しないのにね」

 

真美「てへっ」

 

 

 とはいえ、こんなやり取りをしてる間にも時間は確実に進んでいる。

 アタシ達の計画を遂行するためには、何よりアタシがしっかりしなくてはならない。

 

 

ジュリア「次で最後にするぞ!」

 

 

 さてラストアクト、参ろうか。

 

 

 

 

 

 

 

歌織「準備は出来てる?」

 

 

 カオリ姉が部室に訪れた頃には全ての曲のリハーサルが完了しようとしていた。

 ギターの最後の音をミュートして演奏は無事終了。

 ミニアンプからシールドを回収して、まだ楽器などを運ぶ必要はあるが──

 

 

ジュリア「準備万端だ」

 

 

──やるべき事は全てやった。

 本来はまだ真美のやる事が残っていたのだが、それは本人の希望によって変更となった。

 楽器を運びながら体育館へと向かう。

 午後に入った事で、文化祭全体が少しずつ終わりのムードを漂わせ始めていた。

 

 

歌織「──もう人前で披露出来るの?」

 

ジュリア「歯ならしっかり磨いたぞ」

 

歌織「そうじゃなくて『あの曲』のことよ」

 

真美「大丈夫。何とかするって!」

 

静香「なんで演奏しない人が1番自慢げに言うのよ……」

 

ジュリア「アタシについては心配しなくていい。──杏奈、緊張のほどはどうだ」

 

杏奈「うん……行ける、よ」

 

 

 適度な緊張は集中力や注意力、ひいてはパフォーマンスを高めるという。

 それが結果的にプラスに働いているのだろうか。

 

ジュリア「静香も行けるな?」

 

静香「自身はありませんが……全力で挑みます」

 

ジュリア「それだけ言えたら十分だ」

 

 

 どのみち引き返す事はできないんだ。その分前へ進もうぜ。

 

 

 

 なるべく静かにステージ裏へと潜り込んだアタシ達は演劇部の舞台を袖で見ていた。

 カーテンコールの後に幕が引かれ、セットのバラしが始まる。

 舞台直後の充足感からかテンションの高い演劇部の面々とハイタッチを交わし、ついでに片付けを手伝っているとアタシらの準備も手伝ってくれる流れになった。

 準備を終え、ステージ袖のデジタル時計を確認してみると現在時刻は午後1時26分。

 思わぬ時間短縮に繋がった。

 

 

歌織「本当にマイクは1本でいいのよね?」

 

ジュリア「ああ、必要なくなったからな」

 

 

『これより、ゲーム音楽研究会によるライブ演奏が始まります』

 

 

 放送部によるアナウンス。

 そして、幕の向こうから聞こえる歓声。

 

──客入りは上々。反応は期待以上。演劇部にも感謝するぜ。

 

 

歌織「行ってらっしゃい」

 

ジュリア「見ててくれ──新しい風、吹かせてやるよ」

 

歌織「ふふっ。楽しみにしてるわ」

 

 

 演劇部に倣って4人でハイタッチを交わす。

 円陣でも組みたいところだが、それは全員が揃った時にとっておくとしよう。

 幕がゆっくり上がり始めると真美は袖へと捌けてゆく。

 ここで真美とは一旦お別れだ。

 その背中を後押しするように、アタシはギターをかき鳴らし始めた。

 

 

 

 

麗花視点

 

 私は自分のクラスの出し物を終えて、母に付き添い歩いていた。

 廊下に貼り出された展示を見る母との間に多くの会話はない。

 ただ訊かれた事に答えるだけの事務的なやり取り。

 

 

北上母「そろそろさっきの子が言ってた時間だけど、何か用事があるんじゃないの?」

 

 

 ジュリアが具体的な事までを話さなかったからか、その意図は伝わらなかったらしい。

 

 

麗花「……いいんです」

 

 

 しかし、目的が明かされなかったところで何になるというのか。

 仮になんとか誤魔化して母を振り切り、ステージに出たとしてもその後の母の怒りは尋常ではないだろう。

 

「未来の北上家当主にそんなものは必要ありません」と。

 

 麗花が継がなければ、妹の静香にその役目が回って来る。

 だから、その役目は自分が引き受けなければと考えた。

 自分は静香の姉だから。

 もっと自由に、楽しんでいて欲しいのに。

 そのために自分は北上家の長女であろうとしているのに──。

 

 私はただ時間が過ぎるのを待った。

 けれど、時計は一向に進む気配がない。

 私が母と居る時はいつもこうだった。

 時間の流れが遅く感じる。

 この感情をなんと呼ぶかは考えるまでもない。

 憂鬱だ。

 この学校に来ることになって、私達姉妹はある程度の自由を許して貰える事になった。

 

──それは飛べない鳥がはじめて外に出た瞬間だった。

 

 どこまでも高い空があるのに、私達は飛ぶ事が出来ない。

 ここは、壁で囲まれた箱庭だ。

 自分にとっての自由が、本当の自由じゃないと気付いたのはいつだったかな。

 私は歌うのが好きだったと、最近になってようやく気が付いたんだ。

 だからゲー音研に誘ってもらえた時、とっても嬉しかった。

 けれど、それももう終わり。

 私には北上家当主となるべく決められた道がある。

 この箱庭から出て、行かなくてはならない場所が決まっている。

 歌が上手くたって、どんな曲でも演奏出来る様になったって、道が決まってる以上、それらは将来的に何の役にも立たない。

 夢を見るのは今日でおしまいにしよう。

 

──ステージが始まってもうどれくらい経ったかな。みんなには悪いけど……行けないよ。

 

 私はもう一度時計を見ようと辺りを見回す。

 その瞬間──

 

 

『高等部3年生の北上麗花さん。高等部3年生の北上麗花さん。至急中庭までお越し下さい』

 

 

──校内放送が私の名前を呼んだ。

 時刻は午後1時34分を指しそうとしていた。

 

 

 

 

 

真美視点

 

 

 文化祭実行委員の固まる中庭で待っていたのは先生でも、クラスメイトでもなく、この時間ステージに居るはずの人物────。

 

 

真美「やっほー! 麗花お姉ちゃん」

 

麗花「真美ちゃん……なんでここにっ?」

 

真美「そりゃ、ステージでやるはずだったパフォーマンスやめにして麗花お姉ちゃんを探しに来たからだよ」

 

 

──1曲目のバンドアレンジしたBGMだけじゃウケが悪いと思ったから、ピコピコサウンドのゲームっぽい音を追加して、本当ならゲームキャラになりきってパフォーマンスを行うつもりだったんだけどね。

 まあ、今はそんな事を長々と話している余裕はないか。

 ステージの方ではMCに入ったばかり。

 そこを見計らって放送部の方から校内放送を流してもらった。

 自分で作った音源だもん。秒単位できっちりと終わるタイミングまで頭に入ってる。

 ここまでは上出来。

 でも──その後ろに着いてくる麗花お姉ちゃんのお母さんまでは分断する事が出来なかったか。

 さて、気を取り直して作戦第2弾と参りましょうか。

 

 

真美「こちらをご覧あれーぃ」

 

 

 そう言い、ポケットからスマホを取り出す。

 今の時間は1時36分──画面をタップすると打ち合わせ通りすぐにステージ袖の歌織先生が反応し、トークが繋がる。

 多少ノイズは入るけれど、ステージ裏からならきちんと音が拾える事は確認済みだ。

 スマホの音量を上げ、目の前に突き付ける。

 

 

真美「聴いてくれるよね」

 

 

 ステージからじゃ届かないから、届けにきたよ。

 後ろの母君は訝しげな顔でこっちを睨んで来るけど、これはあくまでもただのスマホ。

 そしてスマホは本来電話をするための機械だ。

 耳に当てて音を聴くのも何ら不自然な動作はない。

 あとは会話してないのがバレないようにこっちが注意を引き付ける必要はあるけど……向こうもそろそろメンバー紹介と部員募集で話を繋ぐのも限界だろうし、ここが頑張りどころですかねえ。

 

 

 

 

 

ジュリア視点

 

 午後1時36分。

 袖でカオリ姉は頭上で大きな丸を作り、合図を送ってくる。

 真美が麗花にスマホを渡したというサインだ。

 校内放送を使うのは上手い手だな。

 おかげで客席に居る生徒は概ねの事情を理解してしまっているようだが。

 思った以上にアタシらは結構な有名人になっていたらしい。

 MCを無駄に引き伸ばそうとして頭では全く別の事を考えているものだから、自分でも何を話しているか分からなくなっていた。

 しかし、麗花が見つかったならもう引き延ばす必要はない。

 

 

杏奈「みんな知ってる? この後コーラス部が来るんだよ! おかげで杏奈達プレッシャー凄いんだからね!」

 

 

 今はスイッチが入った、ハイテンション状態の杏奈がMCを引っ張ってくれている。

 会場内に微かな笑いが波を打った。

 これ1つステップを通過した。

 杏奈のおかげでコーラス部について話す流れが出来上がる。

 

 

ジュリア「コーラス部といえば、うちにコーラス部と兼任してる部員が居るんだよ。……今はちょっと居ないけど」

 

 

 メロディーに乗せて、どんな言葉を使ってでも届けたい思いがあった。

 ヤケになって地元から飛び出したアタシは今、どういうわけか女子校のステージに立って、ゲーム音楽研究会とかいう妙な集団の一味となっている。

 あの日、夜行バスの中で見た流れ星。

 あんなモンを追いかけて随分と遠くへ来たもんだぜ。

 

──けれどその先でもっと眩しく、光るモノを持ったヤツらに出会ったんだ。

 

 

 

ジュリア「ゲー音研には、北上麗花ってヤツが居るんだ。でも、親がステージに出るのを禁止したんだってさ」

 

 

 元々『北上』ってだけでも十分な効力を発揮しそうな名だ。

 それでいて、さっき放送で名前が出たばかりの人物ときたもんだ。会場内のざわつきは次第に大きくなっていった。

 始まったばかりの頃は半分くらいだった空席もほとんどが埋まりつつある。

 

 

ジュリア「アタシは、いや、アタシらはそんなのに従うつもりは毛頭ない!」

 

 

──レイ、覚えてるか?

 

 最初に会った日、言ってくれたよな。

 あれが嬉しくてアタシはお前をゲー音研に誘ったんだ。

 ゲーム音楽研究会を作ろうと動き始めた日、真っ先にアタシはレイにメッセージを送ったんだ。

 文面はたった一言。

 

 

ジュリア「レイ……『また、一緒に歌おうぜ』」

 

 

 多分、アタシはあの日屋上でレイの声を聴いてからずっとそう思っていた。

 だって、お前ほど楽しそうに歌うヤツをアタシは知らない。

 

 そんなレイを思ってアタシ達は1日で新しい曲を準備する事にしたんだ。

 

──とはいえ、新しく1から曲を作るのではどうあっても間に合わない。

 

 そこでカオリ姉と静香の出番だ。

 ピアノのアレンジャーとしてカオリ姉に協力を仰ぎ、サプライズだけではなく1人の演奏者として静香に助けを求めた。

『流れ星ひとつ』の歌詞を変え、アレンジを施し、1曲分レパートリーを増やすという至極シンプルな話。

 

──まあ、実際にやるのは全くの別だがな。

 

 それらの事情について客席に断りを入れると、ステージ袖に控えていた静香を招いた。

 

 

ジュリア「聴いてください────『流星群』」

 

 

 

 

 

真美視点

 

 時刻は午後1時43分。

 スマートフォン越しに聴こえる歌声は確かに麗花お姉ちゃんの耳に届いているみたいだった。

 でも、そろそろここらが潮時かもねえ。

 いい加減北上マザーの意識を逸らすのも限界だし。

 何より、早くしないと流星群終わっちゃうしね。

 

 

真美「そんじゃ、後は頼んだよ。亜美」

 

亜美「オッケー、任しといてよ」

 

真美「麗花お姉ちゃんはスマホ持ったままで良いから、行くよ!」

 

麗花「う、うん!」

 

 

 こっそりと忍び足で死角に回り込む。

 中庭はまだ人の行き交いが激しい。

 人混みに紛れればすぐに姿を眩ませられるだろう。多分。

 

 

北上母「あっ、ちょっとどこ行こうとしてるの!」

 

「ごめーん! 私服だからバレバレだった〜!」

 

真美「うあうあ〜! せめて1分くらい保たせてよ!」

 

 

 こうなれば強行突破!

 麗花お姉ちゃんの手を取り、走り出す。

 スマホをスピーカーモードにして、周りの音なんて気にしないで一直線に体育館へ向かってゆく。

 

 

 

 

 

麗花視点

 

『願い事はもう唱えた?』

 そう問い掛けるその歌声が、まるで私の足元を、私の居場所を、私の進むべき道を照らす光のように思えて──私は走り出していた。

 真美ちゃんに引かれていた手を握り、気が付けば私の方が真美ちゃんを引っぱっていた。

 スポットライトに照らされ、眩しいくらいに輝くステージ。

 そこでは私の仲間が待ってくれている。きっと、ずっと前から。

 ステージの段差なんてジャンプ1つで乗り越えた。

 私にはそれを跳ぶ勇気が無かったんだ。

 本当は、いつだって飛べたはずなのに。

 

 

ジュリア「──レイ、遅刻だぞ」

 

麗花「えへへっ、ごめんねっ」

 

 

 もう私はスマホを通さずともその声が聴こえる場所に立っている。

 ステージのマイクは中央に1本だけ。

 ジュリアちゃんは何も言わずマイクスタンドの左後ろに立つ。

 私がジュリアちゃんの右隣に立つと、同じ1本のマイクに対して2人で並ぶ格好となった。

 

 

ジュリア「──さあ、MCの最後を締めくくってもらおうか」

 

 

 私は叫んだ。

 母に対して、妹に対して、今まで言えなかったこと。

 夢が出来たこと。

 友達が出来たこと。

 叫びたいだけ叫ぶと、その叫んだ分だけの勇気が私を満たしていく。

 

 

麗花「私達の歌、聴いてください! ──『流れ星ひとつ』!」

 

 

 

 

 

エピローグ

 

 波乱の文化祭は幕を閉じ、あれから1ヶ月が過ぎて今は12月。

 ゲー音研は見事同好会から部へと昇格し、めでたく『ゲーム音楽研究部』と名を改めた。

 歌織も正式に顧問となり、真美と杏奈は合法的にゲームをプレイが出来ると喜んでいたが……。

 ゲー音部には次なる危機が訪れようとしていた。

 

 

真美「あれだけ頑張ったのに、新入部員ゼロってドーユー事なのさ!」

 

杏奈「一応……入部希望者…は、来てたよ。全部、ジュリアさんが……追い返しちゃったけど」

ジュリア「当たり前だ。ゲームにも音楽にも興味がないのにラブレター渡すためだけに入部されても困るんだよっ」

 

真美「なんかあれからぷぅちゃんめっちゃ人気だよねえ」

 

杏奈「女子校って……ほんとに、ラブレターとか……渡すんだ」

 

ジュリア「アタシにその気はないんだがな……」

 

歌織「でも……このまま新入部員が入らないまま麗花ちゃんが卒業しちゃったら、同好会へと逆戻りよ?」

 

3人『………………』

 

 

──そうなのだ。

 

 先送りにしていたが、12月ともなれば考えなくてはならない問題が残っている。

 高等部3年の麗花は3学期が終われば卒業してしまう。

 

 

真美「その肝心の麗花お姉ちゃんは今何してんのかなー」

 

 

 文化祭の一件から北上家の方で色々ゴタゴタがあったらしく、12月に突入してからの麗花と静香は実家の方に戻っていた。

 

 

ジュリア「その本人から今メッセが届いたぞ。『今から戻るね』──だってさ」

 

杏奈「いきなり……だね」

 

真美「らしいっちゃらしいけど──」

 

 

 真美がその言葉を言い終わる寸前に、部室のドアが開かれる。

 

 

真美「麗花おね──」

 

静香「失礼します。今日はお話があって参りました」

 

真美「なーんだ。静香お姉ちゃんか」

 

静香「なんだとは何よ」

 

真美「失礼をすると言うので、それなりの対応をさせてもらったまでの事よ」

 

静香「なっ、なんですって! この場合失礼しますというのは──」

 

ジュリア「静香、ソイツ相手にしなくていいから。真美も静香で遊ぶの止めてくれ。話が聞けないだろ」

 

静香「そうですか? ジュリアさんがそう言うなら分かりました」

 

杏奈「なんか……静香……キャラ、変わってない?」

 

歌織「きっと色々あったのよ」

 

ジュリア「あー、とりあえず本題から聞かせてくれ」

 

静香「はい。今回の皆さんのご協力について、遅くなりましたが感謝をお伝えしたく参りました。それと──」

 

真美「堅いねー。もうちょいくだけた感じでお願い」

 

ジュリア「続けていいぞ」

 

静香「……いえ──ちょっと真美こっちに来て」

 

真美「えぇー引っ張らないでよ。嫌な予感…………で、どったの?」

 

静香「くだけた挨拶ってどうすれば良いのか教えなさい」

 

真美「ぷっ」

 

静香「笑わないでっ。ジュリアさんの前で恥をかかせる気!?」

 

真美「いや、こんな真面目に頼んでくる静香お姉ちゃんに対してそんなそんな」

 

静香「いいから早く教えなさい」

 

杏奈「じゃあ……そもそも……何を話そうとしたか教えて?」

 

静香「杏奈までっ……まあいいでしょう。つまり私が言いたかったのは──────ということ」

 

杏奈「納得……」

 

真美「うむうむ。全て分かった」

 

静香「そう、じゃあお願いね?」

 

真美「みんな聞いて! 静香お姉ちゃんがゲー音部入ってくれるってさ!」

 

静香「ちょっとっ!」

 

真美「──って、アレ? ぷぅちゃんはどこに?」

 

歌織「さっき電話がかかって来て出て行ったわよ?」

 

静香「…………」

 

杏奈「あっ……ステータス異常……発生」

 

真美「……静香お姉ちゃん?」

 

静香「……もう私、今日は寮に帰ります。さようなら」

 

 ガチャリ、バタン。

 

歌織「本当に帰っちゃったわね。寮に帰ってどうするつもりかしら」

 

杏奈「多分……寮で、洗濯機見るんだと……思う」

 

真美「えっと、何故?」

 

杏奈「見てると……心も洗われる……気が、するんだって……」

 

歌織「そうなの……」

 

真美「とりあえず、明日会ったら謝っとくね……」

 

歌織「その方が良いわね」

 

真美「で、ぷぅちゃんの方はどこに行ったの?」

 

歌織「フ〜フ〜フフフ〜♪」

 

真美「誤魔化すの下手かっ」

 

 

 

 

 

 

 両親と喧嘩をした。

 

 そんなの生まれて初めての事だったけれど、今回ばかりは引っ込みがつかなかった。

 些細なすれ違い、と言うにはあまりに大きすぎるすれ違い。

 今後の北上家に大きな影響を与える事は間違いないだろう。

 

 

──まあ、今更謝られたって私は引き下がるつもりはないけどね。

 

 結論から言うと、両親と散々言い争った結果────私は今、音楽を学ぶために色んな勉強を始めている。

 

 1週間ぶりに帰ってきた夏旅ノ館は、驚くほどなんの変化もなかった。

 私は最初から高等部だったから、3年くらいしか暮らしていないのに、今ではこっちの方が実家のようにも思えるくらいなのがちょっぴり不思議かな。

 階段を上がり、自分の部屋ではなく屋上へ──

 

 

 塔屋のドアを開くと、ギターと、そして声が聴こえてくる。

 けれど、今日の声には「ラララ」じゃなく歌詞があって、それは私もよく知る歌だった。

 だから、彼女の歌に重ねるようにしてハーモニーを奏でる。

 挨拶なんて、きっとそれだけで十分だった。

 

 

ジュリア「レイにはアタシの勝手な思いを押し付けてでも一緒に歌いたかったんだ」

 

 

 そもそもそうやってアタシはこの学校に連れてこられたんだ、と彼女は語る。

 だから、私も応えた。

 

 

麗花「私が卒業した後も、またステージの上で一緒に歌いたいって思っても良い?」

 

ジュリア「望むところだ。アタシの夢は音楽で食っていく事だからな」

 

 

 そう言って、2人で笑い合う。

 

 

麗花「あっでも、私が留年したらもう1年一緒にみんなと居られるのか〜」

 

ジュリア「いやそこは大人しく卒業しとけよ」

 

麗花「だって、ジュリアちゃんが留年したらもう1年待たなくちゃいけないじゃない?」

 

ジュリア「アタシが留年する前提で考えてんじゃねえ!」

 

麗花「うーん、しょうがないか。先に卒業して待ってよーっと」

 

ジュリア「そうしとけ」

 

麗花「じゃあ──待ってる間、流れ星にお願い事してあげるねっ」

 

ジュリア「……一応その願い事、聞かせてもらってもいいか?」

 

麗花「卒業後も一緒に歌えますように、って!」

 

ジュリア「ああ、任せた」

 

麗花「うん、任せて。流れ星ひとつだって逃さないよ!」




 こちらに投稿するのは初投稿です。
 一応シリーズ、と書いてありますが他の話に繋がりはなく、どこから読んでもオッケーなヤツです。よろしくお願いします。
 去年からピクシブに投稿してましたが、最近こっちの存在を知ったので投稿してみます。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。